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加藤 芳文 福島第一原発事故
昨今の新たな情勢と今後の闘いについて
守川 幸男 松井繁明さんの「橋本・維新の会とファシズム」に賛同する
玉木 昌美 研修命令は不利益処分ではない?
井上 耕史 自民党憲法改正草案に反対する意見書を発表しました



福島第一原発事故
昨今の新たな情勢と今後の闘いについて

東京支部  加 藤 芳 文

(はじめに)

 四月に相馬市、南相馬市沿岸部の津波被災状況及び一〇キロラインまで規制解除された無人の南相馬市小高区などを視察し飯舘村、川俣町を迂回し満開の桜街道を走ってきた。(有名な合戦場の桜、滝桜のライトアップもついでに鑑賞)

 さらに七月には昨年入れなかった名取市閖上地区に入り日和山から夏草が生い茂る見渡す限りの住居跡を見たあと一年ぶりに仙台市若林区沿岸部に入った。これで昨年から岩手、宮城、福島の主要な被災地一〇数カ所を回ったことになるががれきの撤去が進んだだけで復旧、復興はまったく進んでいない。

 原発事故からまもなく一年半が経過する今、昨今の情勢をどう見るべきか検討し戦略を再点検するすることが求められていると思う。

一 遅れる被害者の救済と窮状

 帰宅困難地域に指定された被害者は帰宅のめどが立たず、それ以外の被害者も健康不安や仕事がないこと等から容易には帰宅できず、わずかな慰謝料という名の賠償金で生活しそれも一括払い等で打ち切られようとしている。地域分けによる賠償額の相違が住民を分断しているとも言われコミュニティーは破壊され、展望を失った自殺者も後を絶たない。

二 政府、東電は全く反省していない

 この一年半の政府東電の対応はどうであろうか。足早に事故収束宣言を出し事故原因の究明を待たずに大飯原発再稼働を決め怪しい意見聴取会を開催、新たな規制組織の長を原子力ムラから登用しようとする政府。事故は想定外の巨大津波のせいとする一方、決まり文句の「ご心配とご迷惑をおかけし」のフレーズのもと難解な請求書を送りつけ被害者救済を遅らせる東電。

 彼らには加害者としての誠意のかけらもなく、その不誠実な態度は世論の反発と怒りを買っている。

三 脱原発運動の世論と運動の急激な昂揚

 毎週金曜日数万人が集まる官邸包囲行動、七・一六集会の成功(一七万人)など全国で急速に再稼働反対、原発やめろのシュプレヒコールが高まっている。ちなみにこれらの数は六〇年安保以来のもので一般市民が結集しているのが重要である。一部には未だ政治運動にはなっていないとか、リーダーがいないなどのさめた声もあるが、私はこの声の高まり、エネルギーこそが情勢を動かす基本であると考える。

 世論誘導を企図した「意見聴取会」は世論の反撃にあって失敗し、各種世論調査でも七割が脱原発を選択している。

 したがって運動と世論の動向は脱原発の側にあると言える。

四 事故調査報告書の評価について(不都合な真実の暴露)

 この間東電、(民間)に続き国会、政府事故調の最終報告書が出そろい一区切りついたと言える。(もちろん調査はけっして終わりではないが)はたしてその内容と評価はどうか。

 私は細かい点はさておきとりわけ国会事故調が電事連のロビー活動や保安院と東電のなれ合い、癒着にまで踏み込み事実を暴露、巨大津波を想定して何度も対策をとる機会があったのに意図的に先延ばしし事故に至ったと指摘したのは高く評価すべきと考える。

 また政府事故調も昨年の中間報告書において東電と保安院などの津波想定についての詳細なやりとりを明らかにし、彼らが巨大津波の想定をしていたと言えるだけの経過を暴露したのは今後政府、東電の責任を追及する上で重要と考える。

 もちろん彼らの指摘をそのまま緻密さが要求される裁判所での責任追求に使えるわけではない。

 政府事故調は最初から個人の責任追及は目的としないとしてヒアリングをしているし、(だからこそ関係者から事実の陳述を得られたとも言えるのだが)国会事故調も国政調査権を十分活用したと言えない面もある。

 だが私は我々には到底収集できないだけの膨大な情報を収集、暴露しており今後の活用が我々に付託されたものと考える。

 出してほしくない不都合な真実が出てしまった、これは政府、東電の意図せざるところであり矛盾のひとつの現れである。

五 あるべき今後の闘いについて

(1)闘いの目標は何か

 今回の事故について広範な大衆闘争を組織し、かつそれに法廷闘争も結合させ、東電、国の責任を認めさせ、その上に立って被害者に適正、完全な損害賠償をさせること、汚染された環境を可能な限り原状に回復させ被害者の生活を元に戻させること。

 すべての原発を廃炉にし国のエネルギー政策を抜本的に転換させることである。

(2)闘いの現状

 各地で廃炉要求の運動と訴訟が提起され、かつ東電に対して損害賠償の直接交渉、ADR申立、訴訟のほか、業務上過失致死で刑事告訴もなされている。

 とりわけ損害賠償は問題のある中間指針のもと一定の成果を上げているようにも見えるが、よく考えると東電の名の下に政府すなわち我々国民が血税ないし電気料をもって支払っているに他ならず、東電や電事連、メーカー、銀行、株主などの利害関係者(ステイクホルダー)の責任は手つかずで問題がある。

 環境回復に至っては除染が進まず、またその効果について根本的な疑問も指摘され(単なる移染ではないか等)被害者の帰宅は困難で見通しのつかないまま悶々とした日々を送っている。

 したがって廃炉裁判も真の意味での損害賠償請求、環境回復も本格的な闘いはこれからと言える。

 政府、東電(関西電力等の事業者)は電力不足で恫喝し再稼働電気料値上げ等の巻き返しを図っているが、それは国策民営のもと独占的権益を貪ってきた原子力ムラの必死の抵抗なのであり、闘いはそれら原発推進勢力(最近は政府独占というと嫌われるらしい)と原発から命と暮らしを守ろうとする反対勢力の激しいせめぎ合いであることを忘れてはならない。

(3)今後の闘い

 被害者の怒りと要求を広範に組織する中で、彼らの正当な要求をスローガンとするあらたな法廷闘争を検討する時期ではなかろうか。もちろん裁判所に幻想を抱くことは許されない。これまであらゆる差止め訴訟で住民側の主張を退け国を勝たせてきた裁判所は今回の事故の戦犯の一人でもあるのだから。

 ただ我々には脱原発世論のたしかな昂揚と、事故調報告書や良心的な研究者の存在という武器がある。それらの有利な情勢に確信を持ち今こそ各弁護団はばらばらのたこつぼから抜け出して団結し大きく前に足を踏み出すべきである。

(最後に)

 原発安全神話は戦前の神州不滅、皇国不敗の神話を彷彿させるものがある。天皇制ファシズムのもと我が国は神州であり絶対に負けない、危なくなれば神風が吹くとすり込まれていた民衆にとって意外な敗戦であった。

 原発は多重防護がなされ安全で我が国では過酷事故は起きないと思いこまされていたのにこの事故である。(もちろん心ある人は戦争は負ける、事故は起きると主張し抵抗していたのだが)。そして戦後トップが責任をとらないと批判されたが(天皇の戦争責任)、後世原発もそうだったといわれないために弁護団のいっそうの奮起が求められている。


松井繁明さんの「橋本・維新の会とファシズム」に賛同する

千葉支部  守 川 幸 男

 団通信二〇一二年八月一一日号(一四二五号)の頭書の投稿に賛同したい。

 私は、六月一日号(一四一八号)の団通信に「ハシズムの手法を斬る」の詩を投稿し、「ファシズムは双葉のうちに摘み取ろう 双葉のうちなら止められる」と書いた。しかし、松井さんのいうように、ハシズムはすでに「双葉」でも「萌芽」でもない「成長期」かも知れないと思う。

 実は、私は一、二年前から、いわゆる地域政党の危険性について多少発言してきたが、ハシズムは、現在の二大政党制の破綻の前に、事実上の大連立とともに、予定を前倒しして歴史の表舞台に躍り出た、と言うべきだと思う。財界や大マスコミなどの並々ならぬ後押しがあるとみなければならない。

 消費税問題では、財界の圧力で最後はあのような三党合意ができることは予測の範囲内であったように、選挙制度改悪問題も、民自公の間にいくら「対立」があっても、最後は無理にでもまとめる方向であることは必然的だと思う。

 松井さんが冒頭に、「(あまり賛同を得られないと思うが)、」とか、末尾に「私にもためらいがないわけではないが」などと控え目な発言をしているが、そのような遠慮は不要だと思う。

 赤旗がこの問題で精力的にキャンペーンを張っているが、大阪以外からもどんどん発言をし、団全体としても何らかの組織的な対応を開始しないと間に合わないかも知れないと恐れている。


研修命令は不利益処分ではない?

滋賀支部  玉 木 昌 美

 中学校教諭のHさんは、テニス部の顧問として活躍していたが、テニス部のある生徒の両親が学校側にクレームを付けたこと等を理由に研修命令を受けた。そのクレームはうちの子が差別されたというものであったが、主たる要因としてはテニスのペア換えで活躍できなくなったことであると推測される。クレームは校長、教頭、Hさんを相手に実に六時間に及ぶ異常なものであった。校長らは、Hさんをうつ病として休職させ、その後、研修命令を出して学校現場から排除した。

 Hさんは学校現場へ戻るために、滋賀県を相手に研修命令の取消と国家賠償請求を求めて本人訴訟で提訴した。私は、ある程度訴訟が進行した段階で受任した。受任したとき、一番気になったのは、訴訟前に不利益処分の取り消しを求める不服申立をしていないこと、そして、六ヶ月の出訴期間を徒過していたことであった。ところが、私が受任した段階でそれが問題にされたことはなく、被告滋賀県がそれを主張したこともなかった。通常、訴訟要件を欠いていると主張するはずであるが、それを一切していなかった。

 その理由は、滋賀県は、「研修命令は本人のためになるもので不利益処分に該当しない。」と一貫して主張していたからである。それゆえ、不服申立期間の教示もしていないが、この点も争いはない。また、「研修命令は期限付きで出しており、期限が到来すれば効力を失って、訴えの利益がない。」とも主張していた。それゆえ、原告としては、不利益処分論を回避して訴訟を展開した。

 研修命令があるかぎり職場復帰ができないから取り消す利益がある。研修命令が期間経過で失効するというなら、休職期間が終了すれば、職場復帰ができるはずだが、そうではない。そうでないなら、職場復帰するためには研修命令を取り消すしかない。滋賀県は、研修が完了していない以上は何回でも研修命令が出せるという。しかし、その根拠となるのは当初の研修命令の判断が前提になっているとしかいえない。

 滋賀県は終盤には、「研修命令とは別に不適切教員の判断処分がある。」と主張し出した。しかし、その処分は訴訟の途中で考えたものであるから、当然Hさんのときには処分として通知されたこともないし、当然のことながら不服申立の期間の教示もない。本件訴訟の途中から、そうした処理をするようになったようである。

 こうした経緯を辿ってきたものの、口頭弁論終結直前になって、裁判官は、「不利益処分として不服申立をしていないこと、出訴期間を徒過していることについて主張を補充するように。」と言い出した。そして、「訴訟要件の判断は当事者の主張に拘束されない。」という。確かに、訴訟要件の判断は職権で判断すべきことであるが、あまりにも時期に遅れた訴訟指揮である。本人訴訟の段階でも何ら指摘せず、当職が受任したあとも何ら指摘しなかった。そのことは争点として問題にならないことを前提に争点整理は勿論尋問までを終了させておいて、最後にそんなことを言い出すなんて実にけしからんことである。また、裁判所のアドバイスにより、「不適切教員の認定の取り消し請求」も予備的に追加することとなった。滋賀県はこの段階で裁判所の意向に迎合し、従来の主張を変更して却下を求めた。

 本件の研修命令の処分については、校長が反対尋問において、Hさんを転校させることを考えており、研修命令に向けた手続を採っていなかったこと、そして、研修命令は学校側の判断ではなく、教育委員会の指示によるものであることも認めたため、被告代理人が「大丈夫ですか。」とあわてた一幕もあった。学校側は、「あんな教員のいる学校には娘はやれん。」というモンスターペアレンツのクレーム処理に困り、学校から排除した、その形式が転校ではなく、研修センター送りになってしまったようである。その処分は、あとから、授業の仕方に問題があった、生徒指導に問題があったなどと理由をこじつけた感が強かった。

 二〇一二年三月二七日、大津地方裁判所(長谷部幸弥裁判長)は、不適切な教員の認定及び研修を命じた辞令の取り消しを求める訴えを却下し、五〇〇万円の国家賠償の請求を棄却した。却下は最終段階の訴訟指揮で予想していたものの、国家賠償請求は一部でも認められるのではないかと期待したが、その見通しは甘く、まったく通らなかった。Hさんは、モンスターペアレンツの暴力的なクレームに圧倒されて動揺してきちんとした説明をしなかった等の弱点があり、それが重く見られたようであった。

 このところ、親のクレーム問題で精神に支障をきたし、うつ病になって休職したり、あるいは研修センターに送られる教員が多いように思われる。橋下大阪市長などは「親のクレーム申立権」などという議論をしているが、そんなことをすれば、ますます教育の荒廃が進むと思われる。テニスの実力によってペア組を決めることを生徒と話し合って決め、それを実践しても、「弱い子と組まされた。」というクレームは発生する。教師にもこうした親と渡り合うだけのタフさが要求されるようで、学力が高いだけでは太刀打ちできない。

こうした事件は実際には多いのではないかと思うが、参考事例は少なかったので報告することにした。


自民党憲法改正草案に反対する意見書を発表しました

事務局次長  井 上 耕 史

 昨年一一月に憲法審査会の始動が強行されたことを受けて、改憲策動が活発化し、私たちは憲法を巡る新たな重大局面を迎えています。

 国政進出をめざす大阪維新の会が本年三月一〇日に発表した「維新政治塾・レジュメ」において憲法改正を掲げ、四月二五日にたちあがれ日本が「自主憲法大綱『案』」、同月二七日にみんなの党が「憲法改正の基本的考え方」と、相次いで改憲案の骨子を発表しました。そして、同日、自民党が、この間検討を続けてきた「日本国憲法改正草案」を正式に発表し、民主、自民、公明、みんなの党等の各党議員らでつくる「衆参対等統合一院制国会実現議員連盟」は、定数五〇〇人以内の一院制とする憲法改正原案を衆院議長に提出しました。改憲各派から次々と改憲案の具体化が公表されるとともに、改憲原案が初めて国会に提出されるという、今までにはなかった事態がおこっています。

 自民党ほか各党の改憲案は、いずれも、(1)軍隊の創設による戦争をする国への転換、(2)基本的人権の否定と国家権力の強化、(3)天皇制を中心とした国家主義、(4)憲法改正要件の緩和を共通項としています。のみならず、個人の尊重と基本的人権の保障のために国家を縛る憲法から国民を縛る憲法へと、憲法の本質を変えようとするものです。それは、単なる「憲法改正」ではなく、憲法の基本原理をことごとく否定する全面改悪にほかなりません。

 また、三・一一東日本大震災・福島原発事故以後、非常事態に対処することを口実とした国家緊急権規定が盛り込まれ、小選挙区制や二大政党制の行き詰まりによる国民との矛盾の強まりに対して、首相公選制や一院制など一層の強権政治が目論まれているのも特徴です。

 他方、解釈改憲の動向も無視し得ない情勢となっています。本年七月六日、野田政権の「国家戦略会議フロンティア分科会」は、日本の将来像を提言する報告書を提出し、従来の憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を認めるよう求めています。同日、これと符合するかのように、自民党総務会は、現憲法の枠内で集団的自衛権の行使を可能とする国家安全保障基本法案の概要を了承するに至りました。

 明文改憲、解釈改憲とも、情勢は急を告げています。

 こうした情勢の変化に機敏に対応し、憲法を擁護し、発展させることがますます重要となっています。

 今月一五日、団は、「自民党憲法改正草案に反対する意見書」を発表しました。自民党ほか改憲勢力の狙いの中心点をつかめるように、コンパクトにまとめたものとなっています。団本部ホームページからダウンロードできますので、団の意見書を多くの皆様にお読みいただくとともに、学習会の資料等に活用していただきますようお願いします。