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南雲 芳夫 「元の福島を返せ」
―「避難者」と「滞在者」を結ぶ―
藤原 泰朗 相馬新地・原発事故の全面賠償をさせる会
東電説明会のご報告
近藤ちとせ TPPと医療問題を考える
〜民医連を訪問して〜
橋澤 加世 東京都ぜん息医療費助成制度の存続と今後の課題
井上 正信 ここまで来た集団的自衛権憲法解釈見直し一
神田  高 《国民的共同の力で》・その二
鶴見 祐策 「えん罪原因を調査せよ」の購読を勧める



「元の福島を返せ」 ―「避難者」と「滞在者」を結ぶ―

埼玉支部  南 雲 芳 夫

足尾鉱毒事件における田中正造の直訴

 明治三四年一二月一〇日、田中正造は、第一六議会開院式から帰る途上の天皇に、足尾鉱毒事件の解決を訴える直訴を決行した。しかし、警護の騎兵がこれをさえぎろうと落馬し、正造も転び警官にとりおさえられ果たせなかった。直訴した場所は、現在の東京家庭裁判所前付近である。

 幸徳秋水が下書きをしたという「謹奏 田中正造」と表紙された直訴状の中で、田中正造は、次の六点を訴えている。

 「渡良瀬河ノ水源ヲ清ムル其一ナリ。河身ヲ修築シテ其天然ノ旧ニ復スル其二ナリ。激甚ノ毒土ヲ除去スル其三ナリ。沿岸無量ノ天産ヲ復活スル其四ナリ。多数町村ノ頽廃セルモノヲ恢復スル其五ナリ。加毒ノ鉱業ヲ止メ毒水毒屑ノ流出ヲ根絶スル其六ナリ。」

 自ら「其罪実ニ万死ニ当レリ」といいつつ直訴のやむなきに至った田中正造が求めたのは、第一には、「水源を清め、鉱毒に汚された土を回復」することである(環境上の原状回復)。第二には、それを通じての「なりわいの復活」と「町村の恢復」である。そして、第三には、究極の要求としての「鉱毒(公害)の根絶」である。

 この直訴状には、公害事件の被害救済は、損害賠償では尽くされないことが示されている。そして、明治の渡良瀬川流域の住民の要求は、平成の福島原発事故において福島県民の「元の福島を返せ」という叫びと軌を一にする。

 「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発事故被害弁護団(通称・「なりわい弁護団」ないし「中通り弁護団」)は、一〇月八、九日に、原発事故の影響で閑散とした磐梯熱海温泉にて弁護団合宿を開催した。この集会では、篠原義仁自由法曹団団長(公害弁連代表委員)から「公害闘争と加害企業の責任―集団訴訟と大衆的裁判闘争に関連して―」と題して講演を頂いた。篠原団長は、右にみた正造の「直訴状」の内容に触れつつ、公害闘争の歴史や教訓を踏まえ、今回の原発事故に立ち向かう方向性について示唆に富む提起をされた。

原発事故の損害の多様性

今回の集会は、弁護団合宿とはいいつつ、実際には、多くの被害者団体及び民主団体の方にご参加頂いたことから、今後の国民運動の方向と裁判の果たすべき役割について、忌憚ない意見交換ができた。

 なりわい弁護団として共同を強めてきた民主商工会関係では、全商連、福商連のほか、埼玉、茨城の県商連からも参加を頂いた。

 多くの会員が強制的に避難を強いられた地元である相双民商(南相馬・双葉郡)からも参加があり、その会員の多くは、事業者として営業面での被害者であるとともに避難強制に伴う被害者でもある(「強制避難者」、「営業損害」)。

中通りに代表されるいわゆる自主的避難地域は、「大人八万円、子ども等四〇万円」で一律切り捨ての対象とされている。この地域の住民の被害者の会からは、この間、弁護団として活動の支援を行ってきた「福島県北の会」(福島市・伊達市等)、「相馬・新地の会」「南相馬の会」からも参加を頂いた。また、福島県北の農民連の役員及び地元郡山市の農産物直売所に関係する被害者グループからも参加があった。中通りの被害者は、放射線量が相対的に高い地域に滞在を続け、またそこで農業を続け、現に被曝のリスクを受けている方たちである(「滞在者」、「農業被害」)。

 弁護団としては、この間、福島県外の避難者の団体との連絡と、その支援に努めてきた。今回は、沖縄の会からは遠方でもあり参加は頂けなかったものの、米沢市への避難者の会の方にもご参加頂いた。そのうち多くは、福島市等の中通りからのいわゆる「自主的避難者」である。

 原発事故の損害は多様であるが、侵害された権利は共通ではないか?

 弁護団としては、こうした多様な被害にあわれている被害者の方に対して、福島地裁本庁に提訴を予定している集団訴訟の内容と意義を訴えた。その訴訟の眼目は、「元の福島に戻せ」という請求であり、それと共に「それまで(避難者も、滞在者も)月額数万円の慰謝料を支払え」というものである。請求の基礎となる権利は、学者の方との勉強会も踏まえ、人格権の一つ、いわゆる平穏生活権として「放射線に汚染されていない環境で生活する権利」を据えている。確かに、避難者と滞在者では、損害(避難費用の有無、家族の別離の有無など)の現れ方に差はあるものの、この基本的な権利の侵害という点は、全ての被害者に共通しているのではないかという捉え方である。

 滞在者の権利侵害と避難者の被った損害とはメダルの表裏では?

避難者と滞在者の間に、時として心理的なわだかまりが生じると指摘される。

 しかし、放射線被曝を避けるために「自主的」に避難した人の「避難自体」を被害として認めさせそれに伴う損害を賠償させようとすれば、避難ができずに地元福島に留まらざるを得ず被曝のリスクに曝されている滞在者において、「放射線に汚染されていない環境で生活する権利」を侵害されており、かつそれが受忍限度を超え、違法なレベルに達していることを認めさせることが、前提となるのではないか。

今後、各地で福島県等から避難したいわゆる自主的避難者を中心として、賠償請求の訴訟が提起されることが想定されるが、現地福島に住み続ける滞在者の要求との連携は不可欠となるのではないか。

国民的運動を支える軸となる訴訟と弁護団の役割

 東電を被告として、強制避難に伴う住宅の損害や慰謝料を請求する集団訴訟が構想されていると聞いている。これは、中間指針や東電の賠償基準に対して損害額の「上乗せ」を求めるものといえよう。 他方で、自主的避難地域の滞在者やそこからの避難者については、すでに東電の側で、今年七月二四日の不動産を含む包括賠償方式の策定を契機として、被害者と認めないという切り捨ての姿勢を明らかにしてきている(前号の通信で、福島現地について馬奈木報告、沖縄について中瀬報告参照。)。

 国と東電が、福島県及び周辺県に広がる被害について、これを切り捨てようとしていることに対して、その「横出し」を求める闘いも、同時に進められる必要がある。そして、この闘いは、福島県民二〇〇万人の要求を基礎をおく必要がある。

明治の田中正造は、天皇への直訴という方法しか取りえなかった。しかし、現在の我々は、国民的な運動の展開と統一的な訴訟の連動という闘いの武器を持っている(今回の合宿にも、全労連及び全日本民医連・福島民医連からも役員の参加を頂いており、訴訟と運動の連携にむけて励ましとなっている。)。

 弁護団ごとに、直面する被害者の損害の現れ方が多様であったり、依拠する地域の特色などがあるとしても、責任を問われるべきは「国と東電」であり、侵害された国民の権利は共通であることからすれば、弁護団は、全ての被害者が大きく連帯することが可能となるように力を集中すべき時に来ているように思われる。


相馬新地・原発事故の全面賠償をさせる会
東電説明会のご報告

福島支部  藤 原 泰 朗

一 はじめに

 こんにちは。「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発事故被害弁護団で事務局を務めております、福島支部の藤原泰朗です。さて、福島県相馬市・新地町の地域住民を中心として、相馬新地・原発事故の全面賠償をさせる会という被害者の会が、今年の三月三〇日に結成されており、弁護団が支援をしています。現在、会員数は約二〇〇人で、ほとんどの会員が避難指示区域外(自主的避難区域内)の人たちです。

 去る平成二四年一〇月一三日、相馬新地・原発事故の全面賠償をさせる会が、東電に説明会を開催させましたので、その様子をご報告いたします。

二 説明会の様子

 説明会には、約一二〇人の市民が集まりました。会員外からも呼びかけをしたとはいえ、会員数が約二〇〇人であることを考えると、相当の数の人が集まったといえるでしょう。相馬市・新地町の地域では、東電による市民向けの説明会は、今回が初めてのことであったということで、注目度が高かったものと思われます。原発事故から一年七ヶ月もたってようやく初めての説明会が開催されたのでした。東電からは、南相馬にある補償相談室から八人の社員が出席しました。福島民報、福島民友、河北新報の三紙も取材に来ていました。

 まず、請求書一四四通を提出し、東電に、事前に提出していた六項目の質問への回答をさせました。六項目の質問とは、(1)自主的避難の避難費用の賠償(2)生活費増加分の賠償(3)精神的損害の賠償(4)健康対策(5)就労支援(6)除染についての質問です。東電の回答は、(4)、(5)、(6)は東電では決められない、(1)、(2)、(3)は検討中である、との回答でした。

 また、自主的避難区域内の被害者に対する定額の賠償金である八万円四〇万円について、金額の根拠を問う質問がありましたが、東電の回答は中間指針でそうなっているから、という回答で、なおも詳しく聞くと、わからない、との回答でした。

 これに対して会員から「何しに来たんだ」「答えられない人を並べるな」と怒号が飛びました。そして、会として東電社員に対し、今回来た社員では責任ある回答ができないのであれば、本社に会員の声を伝え回答するように、と要求しました。

 また、子供の健康被害への不安や、土壌汚染の問題等々さまざまな人がさまざまな被害を直接東電社員に訴え、東電の木で鼻をくくったような回答に怒りを強めていました。

 会員の怒りの声に圧倒され、当初、次回説明会開催を渋っていた東電社員は、次回の説明会開催を会員の前で約束するに至りました。

三 今後の展望〜原発事故への取り組みは奪われた未来を取り戻す闘いである〜

 今回の説明会を経て、会員のみなさんの怒りの気持ちや意識は高まったと思います。次回も説明会を開催し、人を集め会員を拡大するとともに、会員の意識を高め、運動を強化してゆこうと思います。また、回答権限のない現地東電社員に回答させるのでは交渉成果に限界があるため、一一月二〇日に行われる全国公害被害者総行動実行委員会による経産省・東電交渉の場に相馬・新地の会からも多数の会員に参加してもらい、東電本社に対して怒りをぶつけてもらいたいと思っています。 

 福島原発事故問題は、個々人の損害が賠償されればそれで解決するという問題ではありません。金が払われればそれで済む問題ではありません。環境が汚染されています。コミュニティーが破壊されています。これから健康被害が生じるかもしれません。それらは金では解決できません。被害者が求めているものは元どおりの生活です。福島の人々は当たり前に続いてゆくはずの未来を奪われたのです。福島に残った人達は、これからも被ばくしながら福島で生活していかなければなりません。子や孫の世代のために、自分たちがしっかりと今回の事故について国や東電の責任を追及する声をあげ、元どおりの生活を求めていかなければならない。相馬の会の多数の方々がそう考えています。そしてその数は着実に増えています。

 最後に、全国の団の先生方におかれましては、福島原発事故問題へのこれまでのご協力に感謝すると共に今後のさらなるご支援(願わくば弁護団への加入)をお願いして、この報告を終わらせて頂きます。


TPPと医療問題を考える
〜民医連を訪問して〜

神奈川支部  近 藤 ち と せ

一〇月二日、国際問題委員会では、TPPが医療の分野でどのような影響を及ぼしうるかについて話を聞くため、民医連を訪問した。TPPがいかに危険な条約であるかを知る機会になればと考え、ここで報告させていただく。

《民医連訪問の目的》

 団の国際問題委員会では、これまでに杉島団員を中心に、TPPの条項を読んだり、TPPについての本を読んでみたりしながら、TPPへの参加が日本の社会や経済にどのような影響を及ぼすのかを考えてきた。しかし、TPPの条文は、抽象的であるばかりか、対象となる分野が余りにも広いため、具体的な影響についてのイメージが沸きにくい。

 そこで、TPPによる影響を具体的に理解するため、影響を受けるであろう各分野の生の声を聞こうという話になった。これまでに第一弾として農民連を訪問したが、今回は第二弾というわけだ。

 団からは、井上洋子団員、根本孔衛団員、鈴木亜英団員、杉本朗団員、瀬川次長と私が参加し、民医連は、長瀬文雄事務局長、伴香葉事務局次長、岸本啓介事務局次長が応対してくださり、一時間半ほどお話を聞いた。

 以下は、民医連でお聞きした内容や、いただいた資料などを読んで私が理解したTPPが医療分野で及ぼす影響である。

《米韓FTAは将来の日本を映す鏡》

 TPP参加が医療分野でどのような影響を及ぼしうるかを具体的に考えるには、アメリカとのFTAを締結した韓国の状況を見るとわかりやすい。

 民医連では、韓国の医師で、人道主義実践医師協議会等で活躍されているウ・ソッキュン医師をお招きして、東京、仙台などで米韓FTAによって韓国の医療にどのような影響が生じようとしているかを講演してもらったとのこと。同氏によれば、韓米FTAには、知的財産権の強化など、多国籍企業のために韓国の薬価政策に介入を可能にする規定が盛り込まれており、これによって韓国の薬の価格は今後高騰する危険があるという。例えば、ジェネリック医薬品などについてアメリカの製薬会社が企業の利益を害するとしてその使用を禁止し、いつまでも高く薬を売りつけられるようにする危険が生じている。

 また、韓国にも国民健康保険制度(国民負担は四割程度とのこと)はあるが、もしも韓国政府が国民健康保険制度を強化する対策を打ち出した場合、米国の民間保険会社が「医療保険市場を縮小させるもので民業圧迫だ」と主張してこの政策に干渉することもできる。米韓FTAには、ISD条項があり、「経済活動を阻害する」と判断した場合には、この条項を根拠に企業が相手国に対して損害賠償請求もなし得るとされている。例えば、韓国政府が先のように国民健康保険制度を強化する政策をとった場合、米国の民間保険会社が韓国政府に損害賠償を請求できる。

 さらに、韓米FTAでは「経済特区」を指定し、営利病院の経営が認められたが、これらの地区では医療費を病院経営者が決めることが可能で、医療費は実際に高騰している。特区は一旦設けてられればこれを廃止することはISD条項の対象となるとされる。特区が広がれば、営利病院経営が広がり、結局はお金を持たない人は低レベルの医療で我慢せざるを得ないが、金持ちは高度な医療を受けることが出来るという医療格差を拡大させる。

《民医連がおそれる国民皆保険制度の空洞化》

 民医連では、アメリカの保険会社や製薬会社などの利益追求のために、日本の国民皆保険制度が空洞化されることを最も恐れている。

 これはTPPに、国民皆保険制度の廃止などとの直接的な条項が入るという問題ではない。むしろ、国民保険と自由診療の併用を認める混合診療の原則禁止などは、例外として明記されない限りISD条項の対象となって日本が損害賠償を請求されうるという問題だ。

 日本では東日本大震災の被災地などについて医療特区を設けようという動きもあり、韓国と同じようなアプローチで国民皆保険制度の空洞化が進められる危険もある。

《多国籍企業による国政干渉は始まっている》

 このようにTPP参加は、多国籍企業による国政干渉を認める結果を招くと考えられるが、実際にそのような事態は世界中で始まっている。

 例えばオーストラリアでは、アメリカの投資家によって禁煙政策にブレーキがかけられている。オーストラリア議会がたばこ包装規制法(たばこ包装の無地化やロゴの禁止などを定める)を通過させたところ、フィリップモリス・アジア・リミテッドが、法の執行停止を求め仲裁申し立てをしたのだ。

 また、ドイツでは、脱原発政策に対してスウェーデンのエネルギー企業バッテンフォール社が投資の機会を侵害したとして、スウェーデンが損害賠償請求をなした。同社は〇九年にもドイツのハンブルグ市が火力発電所に対する規制を強化したことに対して損害賠償を要求し、国際投資紛争解決センターは一四億ユーロの支払いを命令していた。

《TPP円卓会議でのとりくみ》

 現在、民医連は農民組織や市民団体などでつくる「TPPに反対する人々の運動」に加わり、そこで行われるTPP円卓会議に参加して情報交換などをしているとのこと。国際問題委員会では、団もこのような会議に加わってより詳細な情報交換に努める必要があるという話になった。

《さいごに》

 今回の訪問で私が一番驚いたのは、オーストラリアやドイツで既に多国籍企業による国政干渉が始まっているという部分だった。TPPによって何が起こりうるのかという予想をするようなつもりでいたが、実際は将来の話でも、もちろん単なる絵空事でもない。これまでもアメリカによる年次要望など日本の政治がアメリカの「要望」によって実質的に決定されていると言われているが、TPPに参加すれば日本の主権はもっと直接的に制限されることになるのだろう。

 最後に、民医連からおすすめされた本とHPを紹介する。

 お勧め本 「サルでもわかるTPP」 合同出版 安田美絵著

 お勧めHP「TPPに反対する人々の運動」。


東京都ぜん息医療費助成制度の存続と今後の課題

東京支部  橋 澤 加 世

一 東京都ぜん息医療費助成制度の創設

 東京大気汚染公害裁判は、平成一九年八月八日に、一一年余りの戦いを経て、勝利のうちに和解解決しました。その和解で、東京都の医療費助成制度の創設を勝ち取ったことは、とりわけ大きな成果でした。

 この医療費助成制度は、都内全域に居住する気管支ぜん息患者を対象に、年齢制限、収入制限等一切なしに、医療費の自己負担分全額を助成するというものです。財源は五年間で二〇〇億円と試算され、これを東京都のみならず、国、首都高速道路会社、自動車メーカー七社が負担するという画期的な内容でした。

二 五年後の「見直し問題」

 ところで、この東京都の医療費助成制度は、制度創設後五年時点での制度見直しがうたわれていました。これは、国の救済制度創設の動向をふまえることなどを想定したものであり、弁護団としては、これを念頭に置いたうえで、国による抜本的な救済制度の創設を求める運動を展開してきました。現在、弁護団は、環境省との継続的な勉強会を実施したり、国会にはたらきかける等して、国による救済制度の創設に向けた活動を進めています。

 そんな中、東京都の医療費助成制度は、創設からまもなく五年の期限(平成二五年八月)を迎えることになりました。五年経過時点で、二〇〇億円の財源のうち七〇〜八〇億円が残る見込みでしたが、東京都からは、この財源を使い切ったときに、国やメーカーに新たな財源負担を求めていくことは容易ではなく、東京都だけでの負担も困難である旨が伝えられました。そして、選択肢として、(1)一部自己負担にして制度を存続させるか、(2)二〇〇億円の財源が無くなった時点で制度を終了させることを、考えていることが告げられたのです。

三 制度存続に向けての運動

 東京都の医療費助成制度を利用している認定患者は、今年七月末時点で七万一一八五人であり、その後も増え続けています。医療費の無料化により、患者は、お金の心配をすることなく継続的な治療を、積極的に受けることができ、それが、病状の改善につながっています。七万人を越える利用者にとって、この医療費助成制度は命綱です。その社会的意義を考えれば、自己負担の導入や制度の打切りは許されません。

 弁護団や患者会はこの間、制度存続を求めて様々な運動を展開しました。まず、この「見直し問題」を告げられた直後、「石原都知事に宛ての患者による直筆の手紙運動」をスタートさせました。わずか一週間程度の間に六一通もの手紙が集まり、これを昨年一二月におこなわれた東京都との制度問題連絡会で提出しました。その後もこの手紙運動は継続され、今年八月までで合計六二三通(東京だけでも三四〇通)を提出しました。

 都庁前の座り込み・宣伝行動も、今年一月から八月までの間に七回にわたっておこないました。終盤には参加者は二〇〇名近くになり、その様子は、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、赤旗新聞、東京新聞で報道されました(東京新聞は特集)。その後朝日新聞社は、ぜんそく医療費救済制度の正しい理解のためのシンポジウムを開催しています。

 また、東京都の各医師会に働きかけ、一六の医師会から制度維持への賛同署名を得たことや、都議会への働きかけで、自民、公明、を動かす結果となったことは、制度存続への大きな後押しとなりました。

 その結果、東京都は、九月二五日の都議会代表質問の答弁において、来年八月が期限であった見直しの検討作業は、来年八月以降から始めること、見直しが決まるまで急激な影響は出ないように対処する旨を答弁しました。また、同月二七日の弁護団との交渉においては、見直し結果が出るまでの全額助成を継続すること、平成二五年度予算は全額補償を前提に予算請求することが約束されました。これにより、平成二五年八月からの一部負担導入等の動きは阻止され、全額補償維持という大きな成果を勝ち取りました。

四 まとめと今後の課題

 今回の「見直し問題」問題は、患者を中心とした運動で、大きな成果を得ることができました。この問題を通じて、これまで大気汚染裁判とは無関係であった患者層や医師会が運動に加わるといった新しい展開もあり、問題がより広く社会に認識されました。

もっとも、「見直し問題」は解決したわけではありません。平成二六年以降はどうなるか未定であり、全額補償を維持させるためには、さらなる運動が求められることになると考えられます。本来、東京都の医療費保障制度の「見直し」は、国の救済制度創設を受けて、発展的に解消する方向で議論されるべき問題です。その意味で、今後は国の救済制度の創設に向けて全力をかけて運動を展開する必要があります。

 国は、自動車排ガスの健康影響について科学的知見が明らかになれば救済制度を復活する、と明言しつつ、これまで「SORA(そら)プロジェクト」なる、環境省が実施する大規模疫学調査の結果が出ていないことを理由に、明確な回答をして来ませんでした。

 昨年五月にこの「SORA(そら)プロジェクト」の解析結果が発表され、調査設計の中心をなす学童コホート調査と、成人の非喫煙者を対象とする断面調査で、自動車排ガスとの明らかな関連が認められるに至りました。この結果をふまえて弁護団としては、抜本的な救済制度の創設を求める運動を展開しています。「救済制度を求める請願署名」は今年九月末で三五万筆を越え、また、国会要請行動により五三名の紹介議員を獲得しています。引き続き、世論に訴え、国による制度の創設を目指して、全力で取り組んでいく所存です。


ここまで来た集団的自衛権憲法解釈見直し一

広島支部  井 上 正 信

一 なぜ憲法九条の政府解釈で集団的自衛権行使が禁止されたのか

 平成二四年度防衛白書は、集団的自衛権について次のように述べている。

 「わが国は、主権国家である以上、国際法上、当然に集団的自衛権を有しているが、これを行使して、わが国が直接攻撃されていないにもかかわらず他国に加えられた武力攻撃を実力で阻止することは、憲法第九条のもとで許容される実力の行使の範囲を超えるものであり、許されないと考えている。」(一〇八頁)

 この九条の政府解釈は一貫して変わっていない。ではいつからこのような解釈をとっているのだろうか。ルーツを探ると、自衛隊創設と不可分な解釈であることが理解できる。

 一九五四年六月二日参議院本会議で自衛隊法が可決成立した。同じ日に参議院では、「自衛隊の海外出動禁止決議」がなされた。

 一九五四年六月三日衆議院外務委員会で、下田外務省条約局長(当時)は、次のような答弁を行った。

 「(自衛権を)憲法が禁止していない以上、持っていると推定されるが、そのような特別の集団的自衛権までも憲法は禁止していないから持ち得るのだという結論は出し得ない。」

 一九八一年五月二九日政府答弁書では「わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法九条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲に止まるべきものであると解釈しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない。」と述べて、遅くともこの時期までには現在まで続く政府解釈が確立したと考えられる。

二 自衛権行使の三要件と専守防衛そして自衛隊の合憲性

 平成二四年度防衛白書では、九条の下で認められる自衛権行使の要件として、次の三点を上げている。

(1)わが国に対する急迫不正の侵害があること(2)この場合にこれを排除するためにはほかの適当な手段がないこと(3)必要最小限度の実力行使に止まるべきこと。

 専守防衛政策につき平成二四年度防衛白書は次のように説明している。

 「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限度にとどめ、また、保持する防衛力も必要最小限度のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう。」

 自衛隊の憲法適合性について、平成二四年度防衛白書は次のように述べている。

 「わが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められると解している。このような考えに立ち、わが国は、憲法のもと、専守防衛をわが国の防衛の基本的な方針として実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきている。」

三 集団的自衛権行使の禁止は、自衛隊合憲解釈と表裏一体

 以上のような憲法九条の政府解釈を眺めてみると、自衛権行使の要件も、自衛隊の合憲性も、集団的自衛権行使禁止も、専守防衛政策も、憲法九条の政府解釈の共通の核心に基づくものであることが分かるであろう。それは、自衛権を保有する、そのための実力組織(戦力とは言えない)保有も認められるが、わが国防衛のための必要最小限度に止まるべき、というものだ。つまり、集団的自衛権行使禁止と自衛隊合憲解釈は表裏一体であり、集団的自衛権を行使するようになった自衛隊は憲法に違反するということになる。この点はいくら強調しても強調しすぎることはない。国会でも、国民の間でも、自衛隊の憲法適合性についての議論は、昨今ほとんど聞かないが、わが国が日米同盟の下で、集団的自衛権行使をしようとしているとき、もう一度自衛隊の憲法適合性の議論をすべきであろう。

 集団的自衛権行使禁止の憲法解釈見直しは、政府解釈でも維持されてきた憲法九条の最も中心部分を無くしてしまおうというものである。これがなされれば、もはや憲法九条の意義=政府の安保防衛政策の歯止めの機能は失われてしまうだろう。

四 日米防衛政策見直し協議、米軍再編見直し協議と集団的自衛権

 いわゆる米軍再編協議と言われている日米防衛政策見直し協議は、わが国の防衛政策を大きく変質させた。日米同盟はグローバルな軍事同盟となり、日米の軍事一体化が、政府の防衛政策レベルから部隊レベルに至るまで強化されることが合意された。その結果、強化された日米同盟では、日本政府の役割や任務を遂行する上で、集団的自衛権行使は当然の前提となったのだ。二〇〇五年一〇月二九日2+2共同発表文書「日米同盟:未来のための変革と再編」では、周辺事態への対応として、「日本は、日本の有事法制に基づく支援を含め、米軍の活動に対して、事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供するために適切な措置をとる。」ことを合意している。

 それまでの日本の周辺事態に対する米軍支援には「切れ目」があったというのである。周辺事態法では、非戦闘地域での後方支援活動しかできない。戦闘に巻き込まれそうになれば、自衛隊は米軍支援活動を中止し、場合によっては撤退することもある。これが「切れ目」の意味である。では、なぜ「切れ目」ができたのか。周辺事態において、自衛隊が米軍の後方支援をする際、米軍の軍事行動と一体化するような活動を行えば、集団的自衛権の行使となる。周辺事態法はあくまでも個別的自衛権行使の軍事法制であるから、米軍の軍事行動と一体化するような支援は憲法上できない。それでこのような法制となったのだ。言い換えれば、「切れ目」とは、個別的自衛権行使と集団的自衛権行使の間の越えがたい壁ということだ。これをなくそうというのが、日米防衛政策見直し協議であったのだ。

 民主党政権となってから取り組まれた米軍再編見直し協議は、更に一層集団的自衛権行為へと踏み込みんだ。詳しくは団通信一四二五号「集団的自衛権と秘密保全法」をお読み下さい。

五 第三次アーミテージレポートと集団的自衛権行使

 二〇一二年八月一六日米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」は、「日米同盟」というレポートを発表した。今年一一月の大統領選挙で決まる次期米国の政権に対する対日政策の提言であると同時に、日本政府に対する重要な勧告を含み、日本のこれからの政治過程に影響力を行使しようとしている。

 この報告書は、極めて率直に集団的自衛権行使を日本政府に勧告している。集団的自衛権行使の禁止は、日米同盟の障害物となっているとし、日本政府に対する勧告として、「(日本は)地域紛争で米国と共に行う防衛について、自らの責任範囲を拡大すべきである。両同盟国は、日本の領域をはるかに越えて、より強固で、共有する相互運用性のあるISR(情報、監視、偵察活動)の能力と作戦を求められている。平時、緊張段階、危機、戦時といった安全保障上の各段階を通じて、米軍と自衛隊の全面的な協力を認めることは、日本の責任ある権限の一部である。」と述べて、集団的自衛権行使に踏み切れと、日本政府にボールを投げているのだ。では、どの地域を想定しているのか、報告書を読めば、南シナ海、東シナ海、西太平洋であることが分かる。

 集団的自衛権を行使しようとすれば、専守防衛政策は放棄せざるを得ない。この点も報告書は明確に述べている。

 この報告書を読めば、米軍再編見直しで合意された二〇一二年四月二七日2+2共同発表文と、五月一日日米共同声明の意味が明確になる。民主党も自民党も、投げられたボールを投げ返そうとしている点では、変わりはない。


《国民的共同の力で》・その二

東京支部  神 田   高

“脱原発とオスプレイ反対のコラボレーション(協働)”

 県民大会当日の九月九日朝は“泡盛酔い”に屈せず七時三〇分に起床して、会場の宜野湾海浜公園に向かう。早めに出たのが正解で、大会正面の好位置に“オキナワの会”(沖縄返還運動の流れを汲む“基地のない平和な沖縄をめざす会”)の緑旗を会場最前列に打ち立てることに成功(残念ながら団の旗は持参せず)。

 強烈な南国の太陽を久しぶりに真に受け、気がつくと短パンから出た足は真っ赤に焼かれていた。しかも、今回の県民大会のシンボルカラーは“赤”。強烈な太陽の日差しに負けじとの気迫で一〇時からはじまった大会では、二〇分〜三〇分おきに新報、タイムスの号外がつぎから次へと発行される。そして、県内外から集まった“オスプレイ拒否。配備反対 怒りの結集”大会は一〇万一〇〇〇人から一〇万五〇〇〇人へと膨れあがっていった。会場アナウンスは“熱中症にならぬよう水を取ってください。”とのよびかけ。しかし、誰も座ったところから一歩も動かず、舞台に見入っていた。

 大会当日二日前に大会参加の“メッセージ代読”を公表した県知事には大会会場、県内両紙などから県民大会にはめずらしい痛烈なブーイングがあがった。メッセージ代読の背景には、県民一体となった“オスプレイ配備反対”の高揚を恐れる側の事情があったのだろう。

 しかし、今回の大会のすばらしさは、バス仕立てで会場入りした県内の全県的な参加者だけでなく(会場には沖縄各自治体の桃太郎旗が翻っていた)、全国からの参加者たちが“オスプレイノー”のゼッケンを前に、後ろには“原発ノー”のゼッケンをつけて会場にはせ参じていることだった。

 闘いの現場はちがっても、福島も沖縄も共に国、原発大独占、アメリカらの理不尽きわまりないやり口に対する遮ることのできない怒りと連帯すべき仲間との共感が自然のものとして生まれ出てきていることを物語っていた。

 運動の“協働(コラボレーション)”の可能性の予測はあったが、これだけ早く勢いをもって、本土の“脱原発”の闘いとオキナワの“オスプレイ普天間配備阻止”の闘いが文字どおり“表裏一体”となって取り組まれるとは思っていなかった。

 復帰後から、少女暴行事件も含め数々の県内集会に参加してきたが、切実なウチナンチューの願い、闘いと本土の人々の命をかけた取組みが同じ会場内で協働しているのを目にしたのは初めてであった。

 これまでにない、県民と本土との連帯した運動の底深さを感じ、今この時点で、多いなる展望が開かれていることに感動した。

 時間を割いて大会参加した稲嶺名護市長は、「辺野古は普天間基地の代替ということで、設計もオスプレイ配備を想定している」とした上で、「今大会をオスプレイ配備阻止の“はじまり”であり、絶対に配備を許してはいけない。」と断言した。

 「沖縄の青い空は米国や日本政府のものでなく、県民のものだ。これ以上沖縄を犠牲にすることは許さない。沖縄の素晴らしい未来を築くため、みんなで頑張っていこう。」との沖国大生の加治工さんの発言は、二〇〇四年八月一三日の米軍ヘリ墜落現場の凄まじさと共に、九五年の少女暴行事件をきっかけにした同じ宜野湾海浜公園の八万五〇〇〇人の大会での「基地のない、戦争のない平和なオキナワを返してください。」との当時普天間高校生であった仲村清子さんの痛切な叫びをもありありと思い出させた。

 追伸:県民大会での訴えの最後に加藤裕沖縄弁護士会会長は、「オスプレイは宜野湾にも嘉手納にも飛ばせない。そして高江にも。」と訴え、ひときわ高い拍手がおこった。


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東京支部  鶴 見 祐 策

一 冤罪根絶のため

 日弁連は「えん罪原因調査究明委員会の設置を求める意見書」(昨年一月二〇日)を発表した。そのWG(ワーキンググループ・座長西嶋勝彦弁護士)編著の表記の本が公刊された。副題は「国会に第三者機関の設置を」。これを世に問うている。

 氷見、足利、布川など再審無罪が相次ぎ世間の耳目を集めている。加えて志布志事件では拷問に類する警察の取調べが暴露され、郵便不正事件では特捜検事による物証の偽造が明るみにされた。冤罪根絶を目指すWGの作業はその前から進められてきた。その成果の発信版である。

二 冤罪の構造的な土壌

 捜査官による人権侵害の報道合戦は、毎度のことだが、マスコミの偶々「不祥事」発覚とする視点には違和感を覚えざるを得ない。

 この年明けに松川事件で冤罪と闘った元被告や救援運動に関わった人達の会合があった。話題の郵便不正事件には「何を今さら」が大方の正直な感慨であったと思う。警察、検察の犯罪は今に始まったことではない。無実を知りながら、際限のない身柄の拘束、脅迫と偽計で供述の捏造、証拠の改ざんや隠匿の不正が何らの躊躇もなく行われてきたのだ。その中枢の地位にあった「下手人たち」は、何らの咎めも受けなかったばかりでなく、部内では顕彰され、出世の道が保障された。警察庁長官や検事総長(二人も)になった。長期の苦闘の末に無罪となり、国家賠償も認められたが、何故に無実が明白な者が再度も死刑や無期を宣告されたのか。検察や警察の謝罪も反省の言葉もない。原因究明の試みもない。

 もちろん松川だけではない。冤罪には必ず権力の不正が伴う。今回の郵便事件で検察官に対する起訴は異例のことだが、当人達は、先例に倣った不遇を託つのではあるまいか。その根は深い。

三 第三者機関による調査の必要性

 それを断ち切る道をどこ求めるか。

 交通、航空、海上など大規模な人為が絡む事故が発生した場合に、公的な第三者機関による原因究明は、再発防止のためにも不可欠な作業と言えるだろう。最近では原発事故がそうだ。冤罪が例外ではあり得ない。原因の検証は、諸外国では広く行われている。

この本の最初に映画監督の周防正行さんから「ショックを受けた」日本の刑事裁判が語られている(対談者小池達子弁護士)。導入部に相応しい体験談だ。

 次いで監修の指宿信教授が、カナダのマーシャル事件調査委員会の例を紹介しつつ第三者委員会の必要とその条件について説いておられる。最後に社会構造や捜査の在り方にも踏み込んだ勧告書がカナダの司法制度を変えたとの指摘は示唆的である。

 それを受けて小池振一郎弁護士が「刑事司法の根本改革へ」として総括的に問題点を提示している。愛媛県警の被疑者取調要領に「絶対に落とすとの気迫が必要」とあるのに驚かされる。検察も同じだろう。

 私自身の体験だが、修習終了間際に検察志望者対象の特別授業があった。オープンなので聴講したところ、帝銀や白鳥や芦別事件に名を残す人を筆頭に検察教官が勢揃いの講義であったが、その中身は、取調室の灯りや壁の色や窓の高さなど、瑣末な道具立ての説明に終始していた記憶がある。要するに被疑者を孤立させ、心理的に追い込み、自白に導くための手練手管が講義の主題だった。

 だからこそ密室を穿つ風穴が必要なのだ。取調の適正化を図る施策として「時間の規制」「弁護人の立会」「全面可視化」「証拠の全面開示」「人質司法の打破」「代用監獄の廃止」などの提言は適切で貴重である。そして検察警察の内部的検証では無理として第三者機関の必要性が強調されている。

 その日本版「第三者機関はどうあるべきか」を泉澤章弁護士が「独立性」「目的」「対象」「権限」「公開原則」「委員の人選」「設置期間」「結果の扱い」「予算」などを周到かつ網羅的に展開している。当然に司法権との関係が問題になるが、その「憲法問題」を木下和朗弁護士が解明される。また伊藤和子弁護士からはアメリカの司法制度の見直しの現状が紹介されている。DNA鑑定の進歩と救援活動(イノセント・プロジェクト)の発展が各地で多くの冤罪が判明して現行制度に対する反省と改革が途上にあるという。その実情の紹介とその経験を日本に活かす方向性が語られている。いずれも示唆に富む論述である。

 最後に西嶋勝彦弁護士による冤罪事件の一覧表と冤罪の被害にも触れた解説がある。一九一〇年代から二〇〇〇年代まで一六二件が列挙され顛末がまとめられている。これでも網羅的でないというが、冤罪の全貌を語るのにも役立つ資料となっている。

四 ぜひ購読を

 全体として裁判所、検察、警察あるいは弁護士会とは別個独立の公的な機関として「えん罪原因究明」の第三者機関を国会に設置する必要について全面的に展開されている。警察、検察(裁判所も)の人権軽視の体質を根本的に作り変え、冤罪を生み出す土壌を一掃する第一歩として、この提言の実現を心から願わずにいられない。運動の指針として役立つ文献として団員諸兄姉に購読を勧めたいと思う(勁草書房・定価二三〇〇円+税)。