過去のページ―自由法曹団通信:1459号        

<<目次へ 団通信1459号(7月21日)


岩佐 賢次 「オスプレイ八尾受入れ」の現場を検証する
森  孝博 国家安全保障会議(日本版NSC)の危険性について
伊須 慎一郎 埼玉支部における憲法学習会
講師活動の状況と今後
飯田 美弥子 みややっこのネタ帳その一(取り戻す?)
竹嶋 健治
吉田 竜一
法務省官僚の論文に追随した不当判決
―佐用町水害訴訟・神戸地裁姫路支部判決―
中野 直樹 教師としての誇り、名誉、情熱を侵害すると断罪
私立・鶴川高等学校「立ち番裁判」東京高裁勝利判決
諸富  健 バングラデシュ人女性技能実習生事件の審理が始まりました
仲里 歌織 *新潟五月集会特集*
教育分科会に参加して(いじめ防止対策推進法について)



「オスプレイ八尾受入れ」の現場を検証する

大阪支部  岩 佐 賢 次

一 はじめに

 本年六月三日、橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表)は、沖縄県の普天間基地に配備されているアメリカ海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイの飛行訓練の一部を大阪の八尾空港で受け入れる意向を表明した。

 これに対し、ただちに広範な批判の声が上がり、自由法曹団大阪支部も抗議の声明を出した。八尾市長は反対の立場をとり、八尾市議会も反対決議を行っている。

 私の所属する大阪法律事務所にとり、八尾市は、今年で三一回目を迎える「やお平和のための戦争展」で展示を行うなど市民とも交流を深めている地域である。そこで、現地見学ツアーが提案された。八尾市在住の元社会科教諭である木村薫氏にガイドを依頼し、七月六日に所員(弁護士五名・事務局一名)で実施した。

二 八尾空港見学ツアー

 大阪府八尾市は、大阪市の南東部、平野区の東隣にある。大阪市内へは、高層ビル「あべのハルカス」で今や全国区の知名度となった天王寺に電車で一〇分、難波、梅田へもそれぞれ二〇分から三〇分という大阪のベッドタウンである。

 八尾空港は、八尾市南部に位置し、地下鉄八尾南駅から徒歩数分の距離にある。ツアー当日は、レンタサイクルで八尾空港周辺と空港内を回った。

 八尾空港の歴史は、一九三八年に民間航空機パイロットの養成を目的とした阪神航空学校が設立されたことに遡る。当時は小規模であったが、一九三九年に軍専用の大正飛行場となり、その後周辺の農地を強制的に買い上げ、現在の規模以上に広さをもち、周辺に軍の関連施設が作られた。

 航空廠は、そのうち、航空機の整備・修理などを行っていた機関である。航空廠跡は、現在は住宅地になっているが、説明を聞きながらみると、道路が細かく南北に交差し、航空廠への資材運搬のための引き込み線の跡がカーブで残り、当時の痕跡を感じることができた。

 空港周辺の別の場所では、空港建設により旧道(村と村をつないでいた道路)が途切れた跡を見ることができた。軍の使用する飛行場を建設するため、土地を強引に買収したことが窺われた。

 八尾空港の現状はどうか。A滑走路とB滑走路の二本の滑走路がある。空港内に入ってみると、B滑走路で、大阪消防局の航空隊のヘリコプターが訓練を開始するところだった。訓練をしていたヘリコプターはたった一機であったが、プロペラやエンジンから発せられる騒音は相当なものだった。ガイドの木村先生の声が聞こえず、会話が成立しないほどだった。大型機オスプレイでは、当然この比ではない。

 八尾空港から周辺を見渡すと、空港フェンスから、水路や道路を挟んだすぐ側に住宅や工場が密に建ち並び、保育園や小中学校もある。周辺住民は、現在でも日常的に騒音による不便さを感じているそうだ。先に述べたように、人口密集した繁華街も遠くない場所にある。このような場所で、墜落の危険のあるオスプレイの訓練を行うなど論外だと実感した。

三 八尾空港にオスプレイは配備できない

 八尾空港の面積は普天間基地の約七分の一と小規模であり、オスプレイは、八尾空港滑走路の法令上定められた重量制限を超えている。八尾空港でのオスプレイ訓練は、そもそも物理的に実現可能性がないのである。ガイドの木村先生からは、「八尾空港上空は、伊丹空港で離着陸する飛行機の航路になっており、航空機が多いので、戦闘用オスプレイの管制はそもそも出来ない」という説明もあった。

 このように何重にも無茶苦茶な話であるからこそ、党派を超えて地元が強く反対している。橋下氏と維新の会が、従軍慰安婦発言による失地を回復するために、何の検討もなく持ち出したことは既に明らかである。私たちは、「現場」を知った者として、地元の方達と協力し、反対の声を挙げ続けていく。また、住民の生活に一片の思慮もない維新の会に、政治的にノーを突きつけることも不可欠の課題である。


国家安全保障会議(日本版NSC)の危険性について

東京支部  森   孝 博

 先月七日、安倍政権は、国家安全保障会議(日本版NSC)を創設するための関連法案を閣議決定し、国会に提出しました(現在は衆議院で継続審査中)。内閣官房の説明資料では、国家安全保障会議の設置目的を「総理を中心として、外交・安全保障に関する諸課題につき・・・政治の強力なリーダーシップにより迅速に対応できる環境を整備する」としていますが、それはごまかしといわざるを得ません。

 先月四日に自民党が発表した「新『防衛計画の大綱』策定に係る提言」には、憲法改正と国防軍の設置、国家安全保障基本法の制定、集団的自衛権などの法的基盤の整備、日米ガイドラインの見直しといった「日米同盟と国防軍を基軸とした戦争国家づくり」に向けた策動が「重要課題」とされ、その一つとして国家安全保障会議の設置が位置づけられています。また、昨年七月四日に自民党が発表した「国家安全保障基本法案(概要)」でも、「安全保障」を国政の最上位に置き(同三条二項など)、安全保障政策の策定・推進の中心的役割をこの国家安全保障会議が担うことが想定されています。これらは、戦争国家づくりを推進するための「司令塔」として、国家安全保障会議の設置が狙われていることを示すものに他なりません。

 国家安全保障会議の概要としては、内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣のいわゆる「四大臣会合」を中核とし、内閣総理大臣の補佐として「国家安全保障担当補佐官」、事務局機構として「国家安全保障局」といった諸機関が設置されることが予定されており、この四大臣会合で「国家安全保障に関する外交政策及び防衛政策の基本方針並びにこれらの政策に関する重要事項」を決定するとされています(なお、内閣総理大臣の許可があれば統合幕僚長等も関係者として出席し、意見を述べることができるともされています)。これは、戦前の五相会議(内閣総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣、大蔵大臣、外務大臣)を彷彿させるものですが、内閣制度を形骸化させるとともに、政権内での防衛省・自衛隊の地位・比重を高め、政治が軍事を抑制する役割を放棄することになります。

 また、国家安全保障会議は、関係行政機関の長に「国家安全保障に関する資料又は情報の提供及び説明その他必要な協力をするよう求めることができる」とされ、外交・防衛等の機密情報を収集、集約することを可能にするとともに、政府内での情報共有の促進と情報保全のためという口実で「秘密保全法」の制定も意図されています。

 安倍政権は、次の臨時国会で国家安全保障会議の関連法案を成立させることを予定しているといわれています。現在、各地で取り組まれている秘密保全法制定反対の運動の中に、この国家安全保障会議の問題も位置づけ、秋の臨時国会に向けて、国家安全保障会議設置反対、秘密保全法案の国会提出反対の声を大きくしていただければと思います。


埼玉支部における憲法学習会

講師活動の状況と今後

埼玉支部  伊 須 慎 一 郎

 埼玉支部では、昨年末に自民党・安倍政権が発足し、改憲の動きが活発化してきたことを踏まえ、自民党の憲法改正草案を阻止するために、年明けから、憲法学習会の無料講師派遣活動を開始しました。県内に広く呼びかけるために、「弁護士の講師を無料で派遣します。」というチラシを六〇〇〇枚作って、現在まで、うち三〇〇〇枚を配布しました。学習会の内容は、講師の申込みをする市民団体の方に自由に決めてもらうようにしていましたが、実際には、九六条先行改正問題や自民党の憲法改正草案についてという要請が多かったです。埼玉支部では、二月一五日に、佐々木新一団員が講師を担当したのを皮切りに、七月一六日までに、一〇七件の学習会の要請が来ています(なお、一〇七件のうち、七月一五日までに九四件の学習会が終了しています)。特に、ゴールデンウィーク(憲法記念日)明けから、学習会の要請が一気に増え、多い時には一日七件ほどの要請がありました。埼玉支部には約一〇〇人の団員がいますが、このうち、講師を担当した団員は四二人にもなります。柳重雄支部長、佐々木団員、青木努団員は、若い団員には負けてはおれないと、率先して学習会の講師をしています。青木団員が最も人気があり、一〇件の学習会の講師を担当しています。しかし、若手団員も負けてはいません。なんと、講師を担当している四二人の団員のうち、はじめて憲法学習会の講師を担当するという団員が約二〇人もいます。若い団員は、パワーポイントを使って分かりやすい資料を作っており、視覚的にも分かりやすく訴えるのは重要だと、私も勉強させてもらっています。また、市民のみなさんからの疑問や質問もたくさんあり、今後、Q&Aを作ってみるのも良いかもしれません。

 ところで、どの支部でも同じかもしれませんが、参議院選挙を目前にして、講師要請が停滞している状況です。埼玉支部では、年内二〇〇件の目標を掲げ、さらに幅広く学習会活動を展開していきたいと思っていますが、今の停滞状況だと、目標達成は難しそうです。そこで、各支部で、どのような工夫をしながら、学習会活動を広げているのか(普段付き合いのある団体以外にも広げるためにどんな工夫をしているか、若い世代の人にも学習会に参加してもらうためにどんな工夫をしているか)など、情報交換・意見交換ができる機会をもうけていただくとありがたいと思っています。

 越後湯沢での五月集会で、京都支部の渡辺事務局長から、京都支部では一七〇件ほど学習会をやっていると聞きました。件数では京都支部に大きくおくれをとっていますが、埼玉支部も、ベテラン、中堅、若手団員が、自民党の憲法改正草案を断固許さないと団結して、改憲阻止の活動を広げています。参院選の結果にかかわらず、全国各地で、改憲阻止の活動をさらに広げ、強めていきましょう。


みややっこのネタ帳その一(取り戻す?)

東京支部  飯 田 美 弥 子

与太郎;自民党のポスターには、「日本を取り戻す」って書いてありますね。ご隠居、あれは、どこから取り戻すってえ話なんですか?

隠居;お前、いいところに気がついたね。あれには、大きな声では言えないけれどね、恐い話があるんだよ。

与太郎;へえ、どんな?

隠居;自民党は、改憲草案てえのをインターネットで公開してるだろう?あの中に、すぐにはわからないように答えが隠してあるんだな。

与太郎;勿体ぶらずに教えてくださいよ。

隠居;改憲草案の一番最後の条文、一〇二条なんだがな。憲法尊重擁護義務てえ中身を定めているんだが…。

与太郎;今もあるんじゃありませんか?

隠居;お前、意外に勉強しているね。今は九九条に同じ見出しがつけられているんだが、見出しは同じでも中身は大違い。

 一〇二条の方は、一項で国民に、いいかい、国民に、憲法尊重擁護義務を負わせるんだな、これが。ね、おかしいだろう?国民は主権者で、憲法を作れるはずの人達なのに、作る人が、守らされるってことになるわけだ。

与太郎;確かに、意味がわかりませんね。

隠居;改憲派の小林節教授が、立憲主義の否定だ、と怒っているのもこの点だな。憲法で国民を縛るってえ考え方は、もう時代遅れもいいところ。フランス革命の前に戻っちまうってわけさ。

与太郎;なるほど。で、一〇二条には二項もあるんですかい?

隠居;そう。今の九九条と似て非なる条文になっていて、公務員に憲法尊重義務を課すのは同じなんだが、なんと、天皇と摂政を削除している。

与太郎;そんな殺生な!

隠居;これ、大事なところなんだから、茶々を入れちゃいけない。

 国民を憲法で縛って、天皇および摂政を憲法から解放する…それが何を意味するかわかるか?

与太郎;天皇は憲法を守らなくてよくて、国民は憲法を守れってことでしょう?

隠居;その通り。要するに、安倍さんはな、しっ、大きな声じゃ言えないが、国民主権から天皇主権に、この国を取り戻すって言っているのさ。

与太郎;えええーっ!そりゃあえらいこった。こうしちゃいられねえ。急いでポスターに、「国民主権から」って書き込まなきゃ。ごめんなさいよ。

二〇一三・七・八


法務省官僚の論文に追随した不当判決

―佐用町水害訴訟・神戸地裁姫路支部判決―

兵庫県支部  竹 嶋 健 治
兵庫県支部  吉 田 竜 一

 二〇〇九年八月九日に日本列島に接近した台風九号の豪雨は兵庫県と岡山県の県境にある佐用町に死者行方不明者二〇名という大きな被害をもたらした。

 死者行方不明者二〇名中九名は、町営幕山住宅に居住し、避難所への避難途中に用水路に転落して被災した人たちで、翌年八月一〇日、被災して亡くなられた五名の遺族九名が、佐用町に総額約三億二〇〇〇万円の国家賠償を求める訴訟を提起したのであるが、本年四月二四日、神戸地裁姫路支部(田中敦裁判長)は原告らの請求を棄却する判決を下した。

 原告の主張は、午後七時五八分、佐用川の河川水位が佐用町地域防災計画が避難勧告の発令基準としている避難判断水位に到達した時点で速やかに避難勧告を発令すべきだったのに避難勧告を発令しなかった佐用町長の不作為が違法であること等を骨子としており、規制権限の不行使(不作為)の違法性が最大の争点となっており、原告は、災害対策基本法六〇条は避難勧告等を発令するか否かを市町村長の裁量に委ねているようにも読めるが、二〇〇四年の新潟福島豪雨は避難勧告の発令を市町村長の裁量に委ねてもうまくいかないという教訓を残し、この教訓に基づいて国が設置した有識者会議は、二〇〇五年三月、防災計画には避難勧告の発令について具体的・客観的な基準を定めるべきであるとして「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」を示した。そして、佐用町もこのガイドラインに基づいて佐用町地域防災計画を策定したのであるから、佐用町長は避難勧告等の発令について防災計画の定める基準に覊束される旨を主張した。

 これに対する被告の反論は「避難勧告を発令するか否かは専ら町長の裁量に委ねられている」ということを強調するだけのものに過ぎなかったところ、訴訟提起から数ヶ月した二〇一〇年秋、判例タイムズ一三五六号と一三五九号に法務省大臣官房民事訟務課付という肩書を持つ二子石亮、鈴木和孝の両氏が「規制権限の不行使をめぐる国家賠償法上の諸問題について」と題する論文を発表した。

 いわば国側の立場に立つ人間が国側の見解を明らかにした論文ということができるが、論文は、「行政の規制権限不行使を違法とすれば、私人の行為により被害を受けた個々の国民の損害は賠償されることになるが、それをあまりに広げすぎると、本来は私人間で賠償され解決されるべき事項や保険制度等が妥当すべき分野において、国民一般からの税金により被害を填補するという結果が生ずる」と、規制権限の不行使を違法とすることには消極的でなければならない旨を述べている。それは、本来、司法がよって立つべき「強きをくじき、弱きを守る」という発想とは逆の「弱きをくじき、強きを助ける」という立場を鮮明に打ち出すもので、内容的にも到底賛同できるものではない。

 もっとも、二子石・鈴木論文を読んだとき、この論文は少なくともこの訴訟に影響を及ぼすことはないと考えていた。それは、この論文自体、規制権限の不行使を「国・地方公共団体が直接の加害者ではないが、直接の加害者に対して規制権限を適正に行使していれば国民に損害が発生・拡大することを防止できた」場合と定義し、「規制権限不行使の違法が問題となる事案では、規制対象者が一次的、最終的責任を負担すべき」と述べているところ、集中豪雨下、避難が遅れたことにより発生した被害については、直接の加害者である台風(集中豪雨)に賠償請求できないことは自明で、まさに一次的、最終的責任を負担すべき者は避難勧告等の発令権限を有している市町村長以外にあり得ないからである。

 被告も準備書面においてこの論文を引用することは一切なかった。

 ところが、神戸地裁姫路支部判決は、避難勧告の不発令が国家賠償法上違法の評価を帯びる場合があること自体は認めつつも、避難勧告発令「権限の不行使は、具体的事情の下において、市町村長に上記権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、違法と評価されることはないというべきである(最高裁判所平成元年一一月二四日第二小法廷判決・民集四三巻一〇号一一六九頁等参照)」と判示して、町長に極めて広範な裁量を認めた上で、町長の裁量権の逸脱濫用を否定した。

 判決が引用している最高裁判決は、京都府知事から免許を受けた宅建業者が手付金等を不正流用したことにより損害を被った顧客が、知事が宅建業法に基づく免許取消処分等を行なわなかったから損害を被ったとして京都府知事に国賠法に基づく責任を追及した事案である。本件と異なり、国民(市民)の生命、身体の安全は直接問題となっておらず、裁量権収縮論が問題となる事案ではない。

 原告はもちろん、被告も準備書面で宅建業法事件の最高裁判決を引用したことは一度もなく、判決が、何故、わざわざこのような最高裁判決を引用しているのか、最初に判決を読んだときはまったく理解できなかったのであるが、二子石・鈴木論文が真っ先に検討している最高裁判決が、この宅建業者事件の最高裁判決であった。

 判決が、二子石・鈴木論文を踏まえ、この論文に忠実な判断を行なったことは、同論文が真っ先に引用している最高裁判決を事案の相違を無視して判決文の中で引用していることからも明らかであるが、それは、二子石・鈴木論文が発表された時点で裁判の結論は決まっていたことを意味している。  

 弁護団としては控訴したかった。しかし、原告の事情で、断腸の思いであったが控訴を断念せざるを得なかった。

 佐用川の流域ではなく、佐用川の支川である幕山川の流域である幕山地区において佐用川の河川水位が避難判断の発令基準になり得るのか等の問題もあって、二子石・鈴木論文が発表されていなくても、結論的には難しかったのかもしれないことは否定できないが、控訴断念後、判決を総括して判決が二子石・鈴木論文に引きずられたものであることを認識すると、このような判決を確定させたこと、控訴しなかったことが本当に悔やまれてならない。

 派遣切りの事案では、派遣先の雇用責任を否定したパナソニックPDP事件・最高裁判決が出されてから、その結論のみに追随する中身のない判決が全国で相次いで下されているが、規制権限不行使の問題についても、訟務検事の書いた論文の結論のみに引きずられる事態が生じようとしている(イレッサ事件判決等、本判決以外にも既にその兆候が表れているようにも思われるが)。

 裁判所、裁判官は最高裁を頂点とする権威のレンズを通して事件を見ているのだということを確信させられた。

 しかし、派遣切りについても、全国で不当判決が相次ぐ中でも、全国の労働者、労働組合、弁護士の奮闘によりマツダ事件・山口地裁判決のような画期的判決も獲得されている。

 規制権限の不行使の問題についても、二子石・鈴木論文の問題点を的確に指摘した上で、この論文の考え方が判決に反映されることのないよう、裁判所、裁判官を国民、市民の側に向かせることが強く求められていると思う。


教師としての誇り、名誉、情熱を侵害すると断罪

私立・鶴川高等学校「立ち番裁判」東京高裁勝利判決

神奈川支部  中 野 直 樹

学園側の控訴棄却

 六月一七日、東京高裁(裁判長小池裕、大久保正道、浅見宣義)は、東京地裁立川支部民事一部(裁判長市村弘、前田英子、同安川秀方)が命じた、学校法人明泉学園及び百瀬和男学園理事長兼鶴川高等学校校長個人に対し、原告である鶴川高等学校教職員組合に所属する教員一〇名に損害賠償として合計金一二二七万円を支払え、との判決を肯定し、学園側の控訴を退けました。

組合結成以来続く不当労働行為と反撃

 鶴川高校は、敷地が町田市と川崎市にまたがる女子校です。学校法人内には幼稚園、専門学校、短期大学があります。一九九三年に鶴川高校教組が結成され、私学教職員組合連合(私教連)に加入しました。以来、百瀬理事長は、組合を嫌悪し、組合員をクラス担任や部活顧問から外し、管理職登用差別、賞与差別等を繰り返してきています。組合は、労働委員会に救済申立を行い、二〇〇九年に救済命令を出した中労委命令が確定しました。さらに組合は、東京地裁立川支部に三次にわたる賃金請求訴訟を起こし、勝利判決を得ていますが、理事長は独自の信念をもって新たな組合攻撃を繰り返す状況が続いています。

学校敷地外で「立ち番」命令

 二〇〇八年一一月に、遅刻をした生徒が通学路で痴漢被害にあうという事件がおきたことを機に、百瀬校長は、「学園防衛当番」と称して、管理職以外の教員に対し、授業のない空き時間は通学路(六〜一〇カ所)に立つよう業務命令を出しました。通学路といっても授業開始後ですので、生徒のほとんど通らない場所に、一人でただ立たせるものです。第一時限開始(八時五五分)から第六時限終了後の一六時四〇分までの時間帯に、どんな気象条件であろうとも、五〇分単位で立たせるものです。歩いて往復するだけで終わってしまう遠い箇所での立ち番もあります。百瀬校長は用務員にカメラを持たせて立ち番をする組合員を盗撮させるいやがらせまで行いました。次第に、一人の組合員に週一〇回以上、二〇回以上の割り当てとなりました。最高回数は週三一回です。

 二〇〇九年四月一日、校門前に支援の組合・卒業生・保護者・地域の人々が集まるなか、組合は、立ち番に対する抗議のストライキを行い、教師としての本来的な教育業務にたずさわるために、立ち番業務命令を拒否することを学園に通告しました。そして四月二八日、組合員が原告となって、学園と百瀬校長個人に対し、損害賠償を求める裁判を起こしました。

 すると、学園は、今度は、すべての学校行事の日に、組合員を行事に参加させず、朝から行事終了時刻まで、学校敷地外(六〜一〇箇所)に立たせ続けるという立ち番命令を出し続けました。組合員は、この行事立番も、違法な業務命令であるとして追加請求をしました。

「教師としての人格権」侵害認定

 判決は、授業時間帯立番及び行事立番について、登下校の際のマナー指導及び安全指導の限度を超えて本件立番を実施すべき必要性や合理性が乏しいこと、痴漢や変質者等への対策としての実効性が認められないこと、原告らに肉体的負担と精神的苦痛を課して、長きにわたり原告らを抑圧してきたものであること、原告らの教師としての誇り、名誉、情熱を大きく傷つけたことを指摘したうえで、組合員である原告らを不利益に取り扱い、かつ、原告らの団結権及び組合活動を侵害するものであって、労働契約に基づく指揮監督権の著しい逸脱・濫用に当たる違法なものというべきである、と厳しく批判しました。業務命令権の壁をうち破り、人権侵害性が断罪されました。

 判決は、原告らに対する抑圧も学園ないし鶴川高校を支配する百瀬の意思に基づきなされたと認定して、百瀬校長個人の個人責任も認めました。

 高裁判決は、一審判決に加え、女性教員を一人で立たせたことが女性教員に対する安全配慮義務に反することも指摘し、損害額として、立ち番一時間あたり五五〇〇円前後の慰謝料額を認めました。立ち番にも賃金が支払われていることを前提としていますので、この認容額は人権侵害にふさわしい金額だと評価しています。高裁判決は確定しました。

高裁は付言で学園に教育者としての原点に立てと求める

 原告団は、八名の女性と二名の男性教師です。二名まで切り崩されて再出発した組合は新しい力を得て団結をしてきています。中学までに不登校であった生徒も少なくない鶴川高校で、「学び」を基本に教育実践をしてきている本当に素敵な先生たちです。

 全面解決までまだ時間がかかるかもしれませんが、学校の再生をめざした努力が続けられています。

 弁護団は、私教連顧問の東京中央(法)の江森民夫・菅沼友子団員、まちだ・さがみ総合(法)の志田なや子、服部弘幸・川合きり恵・東圭介各団員と私です。


バングラデシュ人女性技能実習生事件の審理が始まりました

京都支部  諸 富   健

一 本件の概要

 本件は、被告三社(長崎県所在)に対し未払賃金や慰謝料等総額約七九〇万円(被告代表者には約五一五万円)を請求する事件で、四月三日に提訴しました。技能実習生は、二〇〇九年入管法改正(翌年七月一日施行)によって、一年目から労働者として扱われることになりましたが、本件は、新制度導入後最賃法違反を訴える初めての事例だと思われます。

二 提訴に至る経緯

 原告のベガム・ラベアさんは、バングラデシュのブローカーに五〇万円を支払った上で、二〇一一年一一月一六日に「技能実習一号ロ」(団体管理型技能実習)の資格で他の一〇人のバングラデシュ人とともに来日しました。ラベアさんを含む一一人は形式的に四つの会社に分けられ、ラベアさんは有限会社サンシャインに所属することになりました。ただ、この四つの会社は所在地も代表者も同一で、工場の外観は株式会社セルビールとなっています。寮も同一で、一一人が同じ部屋で生活していました。

 ラベアさんらは、来日翌日から、同一の工場内で同一の使用者から指揮命令を受けながら縫製の仕事を開始しました。朝八時から仕事を開始し、仕事が終わるのは日付が変わってから。毎月休みは二、三日しかありませんでした。給料明細は一〇万七千円となっていましたが、寮費や社会保険名目で四万円控除された上、バングラデシュ人ブローカーが五万円を抜き取るため、ラベアさんの手元に残るのは毎月一万円でした。

 ラベアさんともう一人のバングラデシュ人が給料の少なさについて苦情を言ったとたん、二〇一二年八月から仕事場に入れてもらえなくなりました。そして、同月五日に福岡空港から強制帰国させられそうになりましたが、辛うじて入管で止めてもらえました。ただ、会社に戻ることはできなかったため、もう一人のバングラデシュ人の伝手を頼って京都府八幡市にやってきました。

三 第一回口頭弁論

 提訴と同時に訴え提起前の証拠保全も申し立てていたのですが、無事在留更新ができたため、証拠保全は取り下げて、六月二五日、第一回口頭弁論期日を迎えることになりました。

 当日、相手方は出頭しませんでしたが、三人の裁判官にラベアさんの言葉を直接聞いてもらいたかったので、意見陳述を行いました。ラベアさんは、日本語がほとんどしゃべれないため、支援の方に通訳をしてもらいながらの意見陳述でした。ラベアさんは、日本はよい国だと聞いて来日したのに、ほとんど休みなく仕事をして、晩ご飯を食べることすらできない日もある、一万円の給料では何もできず、借金をどうやって返せばいいのかで頭がいっぱいだった、他の人が私の様なひどい扱いを受けないようにするために裁判をせざるを得なかった、と切々と訴えました。

四 これから

 本件は、若者の夢と希望を奪った酷い事件です。バングラデシュ人を受け入れた日本国としても恥ずべき事件だと言えます。ラベアさん個人の救済はもちろんのこと、制度が変わっても実態が全く変わっていない「技能実習生」の問題点を明らかにすべく、闘いを進めていきたいと考えています。今後の審理にご注目いただきますようお願いいたします。 


*新潟五月集会特集*

教育分科会に参加して(いじめ防止対策推進法について)

東京支部  仲 里 歌 織

 二日目に開催された教育分科会では、安倍政権における教育再生の問題点、いじめ防止対策法案の問題点に関する講演及び報告がなされました。

 今谷先生の講演では、資料として「重点政策二〇一二自民党」と題する政策パンフレットが配布されましたが、その第二項には「教育を取り戻す」として、「自民党は、世界トップレベルの学力、規範意識、そして歴史や文化を尊重する態度を育むために「教育再生」を実行します」と宣言されていること、そして、かかる教育再生の具体化のために、二〇一三年一月二四日に「教育再生実行会議」が発足し、その最初の仕事がいじめ問題への対応であることの指摘がなされました。今のいじめ問題への対応の位置づけがクリアに整理されるとともに、五月一六日に提出された自公案の「いじめ防止対策推進法案」において、「道徳教育の強化」等が盛り込まれている理由を理解することができました。

 引き続き行われた村山団員の報告では、上記法案について、道徳教育を重視している点、いじめを二項対立的に捉えている点、親に努力義務を課している点等多岐に亘る問題点が明確に指摘されました。併せて、いじめをより深刻化させる内容が含まれているにも拘らず、六月の会期末までに成立する危険性が高いと言及されており、分科会参加者で危機感を共有する場となりました。

 その見通しのとおり、残念ながら、六月二一日、与野党六党による「いじめ防止対策推進法」が成立してしまいました。同法に対しては、既に様々な団体から、道徳教育の充実を定めた点、規範意識を養うよう親に努力義務を課した点、二項対立的な視点が強調されいじめた側の支援の観点がない点、相談者に通報義務を認めた点、保護者への情報提供義務が限定的になっている点等、広範囲に問題を抱えた法律であるとの指摘がなされているところです。

 私自身は、大学時代は教員を目指し、教育現場で学習支援等に携わってきましたので、現場を見ていて、「いじめを克服する力は、子どもや教師、教育現場の中にある。法案では、この観点が欠如している」という分科会で語られた言葉に強く共感しています。

 上記法が成立した以上、今後は、かかる法律による教育現場への弊害をくい止める活動をしなければならないと感じています。