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中野 直樹 「団の事務所の基盤づくり・人づくり」アンケートの結果報告(その一)
平井 哲史
杉本  朗
「団の事務所の基盤づくり・人づくり」アンケートの結果報告(その二)
渥美 玲子 外国の憲法にみる家族条項
佐藤 香代 少年法「改正」問題が問いかけるもの
永尾 廣久 法服の王国(黒木亮、産経新聞出版)を読んで(二)



「団の事務所の基盤づくり・人づくり」アンケートの結果報告(その一)

神奈川支部  中 野 直 樹

一 新潟五月集会プレ企画

 先の五月集会プレ企画で「団の事務所の基盤づくり・人づくり」をテーマとした会議を開きました。全国から五九名が参加しました。

 司会を担当した私から、次のような問題提起をしました。「相談者数が減り、売上げも減り、経営難に直面すると、所内に様々な不安と不満が潜在・顕在問わず生まれる。事務所の発展という未来志向とならず団結にも影響し、退所という事態にもつながりかねない。今多くの伝統ある集団事務所は、六〇歳台以上となったベテラン層と五年目くらいまでの若手層という構成である。ここに、五〇歳台の準ベテランと五〇期台半ばくらい(弁護士一〇年前後)の中堅層がいるところといないところがある。

 現状を図式的に言い表すと、ベテラン層と準ベテラン層は自ら設立し、あるいは先輩が創設した民主的法律事務所を継承発展させ、財政的に右肩上がりで歩んできた世代である。ベテラン層は人生の後半を迎え、煩わしい集団生活から解放されて、少し別の弁護士人生を送りたいとの気持ちになっても不思議でない。準ベテラン層には、事務所財政の責任と弁護士会や法律家団体、弁護団等の役職の重責が押し寄せている。中堅層は事務所の安定した基盤にのって過払い金バブルに支えられた世代であるが、他方で自らの顧客層を築けないうちに基盤の細りと法曹人口の急増による様変わりに苦しんでいる。そして若手層はスタート時から稼ぎの不安・危機に直面している。

 ベテラン・準ベテラン層、中堅層、若手層が団結をして道を開いていくための討議と実践が求められている。」

 会議では、藤本齊団員(東京)「経営問題提起」、長谷川一裕団員(愛知)「団事務所の経営問題を考える」、前田憲徳団員(福岡)「北九州地域における団事務所建設の現状と課題」のメイン報告を受けて、上記の三層の世代が活発な意見交換を行いました。大変刺激的な会議でした。特別報告集に詳細な記録を掲載しましたので、ぜひ皆様の事務所づくりの参考にしてください。

二 アンケート実施

 このプレ企画に先立ち、以下の事項につきまして、二名以上の団員のいる事務所約二八〇にお願いしました。四〇の回答がありました。

 質問1 事務所の所在エリア

 質問2 事務所の一年間の相談件数の推移

 質問3 弁護士一人あたりの年間売上実績の平均値

 質問4 友誼団体の法律相談会の数

 質問5 常設以外に友誼団体と連携している相談活動の場・連携

 質問6 地域の労組・諸団体との交流について

 質問7 地域の諸団体と共同して市民生活支援等のネットワークをつくる試み

 質問8 経営基盤づくりにおける事務局の役割

 質問9 事務所組織の在り方、業務対策等について

質問10 弁護士と事務局の比率 

三 質問8 経営基盤づくりにおける事務局の役割

 団では、事務所づくりにおける事務局の主体的な役割を大事にし、五月集会プレ企画で、事務局員交流会を開催しています。今回は経営基盤づくりにおける事務局の役割という質問でアンケートをとりました(自由記載)。

この質問に対する回答は回答総数の約半分の二〇事務所でした。

弁護士の業務を支える事務局の業務能力・水準を向上させることは当然のこととして、さらにHPの充実等広報に力を発揮してもらっているとの回答があります。

事務所運営に事務局が弁護士とともに参画しているとの記載も多いが、「経営戦略会議」に事務局が参加して意見を出しているとの回答も複数あります。

たぶん大都市部の伝統的な集団事務所と思われますが、事務局が地域運動に独自の役割をもって参加し、地域の活性化と地域とのパイプ役として重要な矢倉利を果たしているとの回答が多くありました。

四 質問9 事務所経営の在り方、業務対策等についての実践(自由記載)

回答なし 一二

情報発信・便宜供与

回答をみますと、やれることはなんでもやるという時代状況を感じます。

 HPの開設・充実、事務所リーフレット、様々な広告媒体利用、市民向け法律講座の連続開催、相談無料化、夜間相談・土曜日相談実施、紹介状配布、中小企業対策PT、高齢者対策PT

弁護士の研修、能力向上、専門性習得

所内業務対策委員会等、個々の弁護士の「私の業務対策」を出し合い、それを材料として討議 

従来からの顧問先団体との関係強化

地域の要求運動・人権運動への積極的参加と活性化に寄与

労働組合・民主団体の拡大強化、人づくりへの支援


「団の事務所の基盤づくり・人づくり」アンケートの結果報告(その二)

東京支部  平 井 哲 史
神奈川支部  杉 本   朗

 中野団員の報告に続けてアンケートの質問1ないし7および10について報告します。(質問1「事務所の所在エリア」は省略します。

一 質問2 事務所の一年間の相談件数の推移(二〇〇七年と二〇一二年比較)

 回答いただいたところでは、エリア別に平均をみると、次の通りでした。

北海道・東北 約一〇〇件→五〇件超
関東      約八〇件→六〇件超
東海      約一七〇件→一二〇件超
北信越     約一五〇件→八〇件超
関西      約一五〇件→一〇〇件超
九州      約一三〇件→九〇件超

 関東を除くいずれの地方でも一〇〇件を超えていたのが、東海・関西以外はそれを割り込むようになってきており、もともと件数が比較的少なかった関東以外では四分の一以上の減少となっています。「仕事が減った」という実感を数字が裏付けたことになります。

二 質問3 弁護士一人あたりの年間売上実績の平均値

 二〇一一年と二〇一二年の弁護士一人あたりの売上実績の平均は、五段階に分けてエリア別に分布をとってみました。団通信では差し障りがあるので具体的な数字は出しませんが、傾向としては、二〇〇〇〜二五〇〇万円の売上帯が最も多くなっており、関東では一五〇〇〜二〇〇〇万円が多くなっていました。関東と言っても、ほとんど東京か神奈川で、新人が比較的多く入ってきているエリアのため単純に断定はできませんが、売上の面からだけ見れば一番厳しいエリアと言えそうです。

 質問2の相談件数と対比すると、相談件数に応じて売上高も変わってくることがわかります。このため相談件数の減少率の高い地方ほど財政的に厳しさが迫ってきていることが想像されます。

三 質問4 友誼団体の法律相談会(常設。月一回程度開催)の数

 友誼団体の常設の法律相談は、地方議員・労働組合・業者団体の三種類に分けて月あたり実施回数をとりました。回答いただいた中での分布を見ると、北海道・東北は地方議員の相談は四回程度あるものの、労組は〇、業者は〇・三三となっており、比較的地方議員との結びつきはあるものの、労組や業者などの団体との関係は密接とは言えないようです。関東は比較的どの数字もあがっていましたが、地方議員四回強、労組二ないし三、業者約三回となっており、事務所によってだいぶ差がありました。東海は、地方議員〇・三回、労組〇、業者は一強と少なく、北信越は業者一回以外は〇となっていました。これらは地域の実態を反映しているのかちょっと疑問です。回答の集まり具合の問題かと思われます。関西は、地方議員三に対し、労組〇、業者七・五回と業者の相談が突出していました。おそらくは地域との結びつきがまだまだ強いエリアなのだろうと思われます。他方、労組については事務所で受けるのでなく大阪民法協のような連合体で相談を受ける態勢がとられていることによるのかなと想像されます。九州は、地方議員二、労組〇・三、業者一・三回で、私の勝手なイメージでは、地方議員とのパイプが太いと思ってましたが、アンケート結果だけで見るとそうでもないようです。

全体的には、関東と関西以外は必ずしも多くないようです。これはそれぞれの地方の友誼団体自体が先細ってきていることもあるかもしれませんし、多忙で人手が足りない時代に疎遠になっていったこともあるかもしれません。さらなる情報に基づく分析が必要です。

四 質問5 常設以外に友誼団体と連携している相談活動の場・連携(自由記載)

 本問では、質問四の発展として、友誼団体との常設以外の法律相談活動について、お尋ねしました。記載のあった回答は二一通でした。

 頻度として二〜三ヶ月に一回程度の相談会や年に一回程度○○まつりにブースを出して法律相談をやっているという趣旨の回答が多いようでした。

 他士業との合同相談会、労働一一〇番をやっているところもありました。

 あとは、外に場を設けるのではなく、友誼団体からの法律相談を事務所で無料で行うという回答もありました。回答には反映していませんでしたが、顧問組合からの法律相談は無料、というのは、多くの法律事務所で行っていることではないかと思われます。

五 質問6 地域の労組・諸団体との交流について

 地域の諸団体との交流については、旗開きや大会などでのあいさつの件数は、質問4の常設相談の回数に比例する感じでした。この二つの回数は地域の団体の結びつきのバロメーターといえます。

 もっとも、アンケート結果を見る限り、旗開き等でのあいさつや常設相談の回数は、質問1の相談件数と比例しているわけではありません。常設相談の比較的多い関東や関西のなかでみると、一人あたりの相談件数が比較的多いところでも常設相談が少なかったり、逆に、常設相談は多くやっているけれども一人当たり相談件数がそれほどでもなかったりしました。これは事務所の規模にもよるところですので、常設相談会と相談件数との関連性はより子細な情報に基づく分析が必要です。

六 質問7 地域の諸団体と共同して市民生活支援等のネットワークを作る試みをしていますか(自由記載)

 単に、他団体に出ていくだけではなく、積極的にネットワークを作る試みがどの程度行われているかのお尋ねでした。記載のあった回答は一七通でした。

 なにもしてないというところから、組合や他の地域法律事務所などとネットワークを組んでいる、会員数一〇〇〇名を超えるネットワークを作り活動しているというところまでありました。

 テーマ毎にネットワーク的なものを作っているところもあり、テーマとしては、貧困・生活保護、消費者、高齢者、労働などでした。

七 質問10 弁護士と事務局の比率

 弁護士と事務局の人数比は、全体平均が一対一、北海道・東北エリアは一:〇・八九、関東エリアは一対〇・七三、東海および北信越エリアは一対一・二五、関西エリアは一対一・一一、九州エリアは一対一・〇七でした。


外国の憲法にみる家族条項

愛知支部  渥 美 玲 子

 自民党の憲法改正案の中には、憲法第二四条の改正も含んでいるが、世界の水準といを知るために外国の家族に関する規定を少し調べて見た。とは言っても「世界憲法集」(岩波文庫)の範囲内なので、ご容赦ください。なお、詳しい条項については事務所のHPに書いています。

 まず、アメリカ合衆国であるが、現行の合衆国憲法には修正一九条で「合衆国市民の選挙権は、合衆国またはいかなる州も性別を理由として、これを否定しまたは制約してはならない」との規定しかない。

 次に、フランスであるが、明文で性差別を禁止する条項はまったくない。但し、前文では「フランス人民は、一七八九年宣言により規定され、一九四六年憲法前文により確認かつ補完された人の諸権利と国民主権の諸原理に対する云々」とある。ご存じのように一七八九年の人権宣言は男性に限定されており、女性は埒外だったので、一九四六年憲法の前文にて「法律はあらゆる領域において、女性に男性と平等な権利を保障する。」規定され、この前文には憲法的効力が認められている。

 ロシア連邦憲法は一九九三年一二月制定された。「ロシア連邦では労働と人々の健康が保護され、最低労働賃金が保障され、家族、母性、父性、児童、障害者および高齢者への国家による支援が保障され、社会的サービスの制度が展開され、なおかつ国家による年金、扶助およびその他の社会的な保護が設けられる。」及び、「(1)母性および児童、家族は国家の保護下にある。(2)児童とその養育への配慮は両親の平等な権利であり、かつ義務である。(3)一八歳に達した労働能力のある子は、労働能力のない両親に配慮しなければならない。」と規定されている。

 中華人民共和国憲法は一九八二年一二月に制定された。特徴的なのは、「(1) 婚姻、家庭、母親及び児童は国家の保護を受ける。(2)夫妻双方は計画出産を実行する義務を有する。(3)父母は未成年子女を扶養し、教育する義務を有し、成年子女は父母を扶養する義務を有する。(4)婚姻の自由を破壊することを禁止し、高齢者、女性及び児童を虐待することを禁止する。」という規定である。

 ドイツ連邦共和国基本法は、敗戦によりイギリス、アメリカ、フランス、ソ連の四カ国の分割統治の下に置かれたが、一九四九年五月二三日に公布された。家族条項としては、第六条にて「(1)婚姻及び家族は国家的秩序により特別な保護を受ける。(2)子どもの保護及び教育は親の自然の権利であり、親に課せられた義務である。この義務の遂行については国家共同体がこれを監視する。(3)子どもは親権者に故障があるとき、又は子どもがその他の理由から放置されるおそれがあるときには、法律の根拠に基づいてのみ親権者の意に反してこれを家族から引き放すことが許される。(4)すべて母親は共同体の保護と扶助を請求することができる。(5)婚外子に対しては立法によって肉体的及び精神的発達について、並びに社会におけるその地位について婚内子と同様の条件が与えられなければならない。」となっている。

 最後にイタリア共和国憲法を見てみる。現行憲法は一九四八年一月から施行された。

 家族条項のみ見てみると、

 第二九条「 (1)共和国は、婚姻にもとづく自然共同体としての家族の権利を認める。(2)婚姻は、家族の一体性を保障するために法律で定める制限の下に、配偶者相互の倫理的及び法的平等に基づき、規律される。」

 第三〇条「(1)子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり権利である。子供が婚外で生まれたものであっても同じとする。(2)両親が無能力の場合は、前項の任務を果たすものを法律で定める。(3)婚姻外で生まれた子供に対する法的および社会的保護は法律で定める。この保護は適法な家族の成員と両立するものである。(4)父の捜索に関する規定とその制限は法律で定める。」

 第三一条「(1)共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を助ける。大家族に対しては、特別の配慮を行う。(2)共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する。」

 第三七条「(1)女子勤労者は男子勤労者と同じ権利を有し、等しい勤労につき同じ報酬を受ける。その勤労条件は、女子に不可欠な家政の遂行を可能とし、母親と幼児に特別の適切な保護を保障するものでなければならない。

 以上、わずか六つの国しか見ていないが、女性や家庭、子どもの権利条項について、非常に大きな違いがあることが分かる。おそらくアメリカやフランスは第二次大戦においては戦勝国だったため自国の憲法を見直すという契機がなかったのであろう。

 また、ロシア連邦や中華人民共和国は第二次大戦後新たに成立した国家だが、社会主義的な色彩を持っており、母性・児童・家族については国家の保護を受けることを明確にしている。しかし他方、両国とも両親に対する配慮・扶養義務を規定している。

 以上に比べてドイツ、イタリア、日本は、反ファシズムや反軍国主義の立場から、第二次大戦後、新憲法を制定している。この三つの国の中で一番簡単なのは日本、一番条項が多いのはイタリア。

 例えば、今年九月四日最高裁判所で判決がでた「婚外子」の問題については、すでにドイツやイタリアは憲法でその平等を謳っている。ところで イタリアは第二次大戦後当時、キリスト教民主党、社会党、共産党の三つの党が国民の四分の三の支持を集めており、憲法制定議会においてもカトリック勢力と共産主義勢力が議論を指導したという。従って、当時の社会主義的な考え方を取り入れられた。例えば、第一条には「イタリアは労働に基礎を置く民主的共和国である」と規定されているが、この条項はマルクス主義の影響を受けていると言われている。また、第三一条はロシアや中国の憲法と似ているところがある。さらに第三七条では「同一労働同一賃金原則」を規定しており、中国の憲法にも規定がある。もっとも同憲法三七条の「その勤労条件は女子に不可欠な家政の遂行を可能とし」という役割分担論は不要だと思うが。

 両性の平等、子どもの養育、家族のあり方などについて、どのように憲法で規定するかは、なかなか難しい論点だが、自民党の改正草案を検討するひとつの基準になると幸いです。


少年法「改正」問題が問いかけるもの

東京支部  佐 藤 香 代

一 今議論されている少年法「改正」とは?

 二〇一三年一月二八日、法制審議会少年法部会は、少年法改正要綱の取りまとめを行い、今秋の臨時国会にも提出されようとしている。

 しかし、その中身は、少年法の理念に相反する重大な問題を含むものでありながら、あまり市民に知られていない。

 今回の少年法「改正」の骨子は、以下の通りである。

(1)少年審判に国選付添人が選任される対象事件の範囲を、被疑者国選対象事件と同範囲(死刑、無期、長期三年以上の懲役・禁固の罪)まで拡大すること、

(2)非行事実の認定に必要な場合に、検察官が立ち会うことができる対象事件についても、(1)と同範囲まで拡大すること、

(3)少年の刑事事件の処分について、無期刑をもって処断すべき時の有期刑の上限について一五年とされていたところを二〇年に引き上げること、有期刑をもって処断すべき時の上限について一〇年とされていたところを一五年に引き上げること

二 少年法「改正」の問題点

(1)国選付添人制度拡大と「一体」として議論される検察官関与拡大

 上記の要綱のうち(1)の国選付添人制度拡大は、少年審判における子どもの権利を拡充するものであることに疑いはなく、歓迎されるべきと言える。

 特に、日弁連は、かかる改正を勝ち取るべく、二〇〇七年一一月、人権擁護大会で「全面的な国選付添人制度の実現を求める決議」を採択し、大人の国選弁護人と同様に、国民の権利として付添人の選任を保障するよう国に求める運動を提起し、その後、全国各地で運動を展開し、少年の付添人選任率を大きく上昇させてきた。こうした運動の経過もあって、日弁連としては、この機に何とか国選付添人制度拡大を実現したいところであろう。

 ただし、今回の少年法「改正」は、国選付添人制度拡大が単独で導入されるのではない。それと「一体」の制度であるかのようにして、検察官関与対象事件も、国選付添人制度の対象事件と同範囲(=被疑者弁護対象事件と同範囲)にまで大幅に拡大されようとしているのである。

 しかし、そもそも、少年審判における付添人の選任と検察官の関与は、論理的に一体の制度ではない。すなわち、審判廷での少年の発言を保障して自発的な更生を期待する少年法の理念に照らして、付添人の選任権は当初から法定されていたのに対し、検察官関与はかかる理念を損ない、刑事処罰化をもたらすものであるとの理由で、法制定以来禁止されてきたものである。

 こうした少年法の理念との抵触に加えて、少年審判では、成人の刑事裁判では当然のルールである予断排除の原則や証拠法則がない。この一点からしても、少年審判は、現行制度化において既に少年の不利な状況で進められているのであり、さらにここに検察官が関与することの弊害は明らかである。

 このような問題にもかかわらず、二〇〇〇年の少年法「改正」では、重大事件に限定されて検察官関与が導入されてしまったわけであるが、この二〇〇〇年の法改正も、易々と実現したものではない。当時の法務省は、有期刑の定めが「長期三年を超える」犯罪(すなわち、今回の改正案と同範囲)を検察官関与の対象とする法案を提出していたのである。しかし、この法案は、市民・弁護士会が結集し、少年法の理念を守るべく大きな反対運動を展開したことにより、廃案に追い込むことに成功した。その後、残念ながら、議員立法により、対象範囲を大きく後退させた内容で検察官関与制度が限定的に導入されたのであった。

 そして、恐れていた通り、現在の限定的な制度の下においても弊害は生じている。いわゆる大阪地方裁判所所長襲撃寃罪事件では、少年の訴えを認めて家裁が不処分決定をしたのに対し、検察官がこれを不服として抗告受理の申立をしたため、冤罪が晴れるまで四年半の歳月を要した。これは、検察官関与が導入されていなければ生じえなかったものである。

 もし、今回諮問されている「改正」案が成立すれば、その本質は、市民の力で後退させた二〇〇〇年の法務省案が一三年の歳月をかけて成立したとさえいえる。

(2)少年に対する厳罰化

 また、今回の少年法「改正」における少年の有期刑の上限引き上げが、これまでになされた成人の懲役刑上限引き上げと連動したものであることは明らかといえる。しかし、大人の五年と子どもの五年は、全く意味が異なるのであり、この違いを無視した一律の議論は、少年法の理念に反する。

 もし一六歳の子どもが、二〇年服役することとなれば、社会で暮らした時間より、刑務所で幕らした時間の方が長くなる。心身の成長が最も著しい時期に長期間社会から隔絶された子どもが、社会に戻ってきたときの社会適応の困難は容易に想像できる。ひとりの社会人として自立することが不可能となれば、再び犯罪者となるしかなくなる恐れが大きく、このような厳罰化には、少年犯罪を抑止する効果も期待することができない。

三 人権の拡充と制約をセットとした法案をどう考えるべきか

 今回の少年法「改正」の本質的な問題は、上記のように、子どもの権利を拡充する制度と「一体」として、子どもをますます追い詰める制度が導入されようとしていることである。

 無論、被害者の人権と被疑者・被告人の人権など、対立する人権相互の調整を図らざるを得ない場面はある。その中では、一方の人権が従前よりも制約されることを容認せざるを得ない場面もあるだろう。

しかし、今回の法案への疑問を禁じ得ない点は、検察官関与と引き換えに、「弁護士付添人」への国費投入が拡大されることである。

 制審法制審少年法部会が取りまとめを終えた日、日弁連会長は、「当連合会は、この要綱(骨子)が速やかに法案化され、国会で可決・成立し、少年法改正が実現することを望むものである」などとする談話を発表した(二〇一三年一月二八日日弁連会長談話)。ここでは、今回の少年法「改正」に含まれる深刻な理念の後退と、それがもたらす人権制約の危険性については、ほとんど触れられることがなかった。

 この無批判の声明の裏に、法案がもたらす弁護士業界への便益ゆえに、自由な議論がなしえない状況があったとするならば、それはまさに人権の危機ではないか。

四 最後に 〜事実を共有した上で、十分な議論を望む〜

 今年六月、日弁連は、各単位会に法律援助基金の財源のあり方に関する意見照会をした。

 その中には、少年法「改正」案の通過を前提に、特別会費の徴収額を現在の月四二〇〇円から月三三〇〇円に減額する案が提起されている。まさに、少年法「改正」と引き換えに、月額金九〇〇円の減額を実現するという構図である。

 子どもたちにどのようなまなざしを向けるべきかという問題は、どのような社会を目指すべきかという問題と深く関係している。

 憲法の翌年に旧教育基本法が生まれ、その翌年に少年法が誕生した。ともに、憲法の理想を実現するために、子どもたちとどう向き合うべきかを指し示したものである。少年法の理念を守ることは、憲法を守ることと深くつながっている。

 今、少年法を巡り何が起きているのかしっかりと事実を共有した上で、十分な議論が尽くされることを切望する。


法服の王国(黒木亮、産経新聞出版)を読んで(二)

福岡支部  永 尾 廣 久

矢口洪一・講演

 判例時報(一六九八号、二〇〇〇年三月一一日号)に矢口洪一・元最高裁長官が裁判官懇話会に出席し民事分科会を三時間全部傍聴したうえ、全体会で講演し、さらに意見交換と称する質疑応答をしたことが紹介されています。

 矢口洪一元長官の演題は「司法改革の背景と課題」というものです。矢口氏が法曹一元について積極的だったことはよく知られていますが、「ここで一番大事なことは、法律専門家の助言を必要とするそういう国民の需要に早急にこたえて増やしていくしかありません」という発言には、私も素直にうなずきました。

 さらに、民事分科会を傍聴しての感想として矢口氏が述べた、「裁判所の一部のいいたいことを、私がここで代弁させていただければ、弁護士さん同士で十分こなして持ってきて下さい。不意打ちのような釈明をしなければならないような持ってき方はしないで下さい。それが今の新しい民訴の精神ではないのかとおっしゃっているように聞こえました」というのも、なるほどと思いました。

矢口氏との意見交換

 面白いのは、そのあとの質疑応答です。かなり緊張感のある真剣な対話がなされたようです。矢口氏は、「こういう機会に私が出てきたのも、どうせ皆さんから、苦情が出てくるだろうとは思っていましたが、私自身そう永い身ではありませんから、これで何らかのお役に立つならばと思ったのです」と述べています。実際、「苦情」のようなものがいくつも出ていますが、矢口氏はそれなりの答えをしました。

 宮本康昭判事の再任問題について、矢口氏は「当時の世情もあったと思います。大学の騒ぎ等もありましたから。今から考えてみると、どうしてあんなに騒いだのだろうと思うようなこともありました。以上のトータルがああいう結論になったと申し上げるほかないと思います。今となってみると、問題のあの方が今日の司法行政のことを一番理解されているようにも思われます」と答えました。私は、これは大変含蓄のある発言だと思いました。

 というのも、矢口氏が、「ちゃんと仕事をしておられる方は、ちゃんと仕事をしておられるだけの処遇を受けておられるんじゃないでしょうかということです」、「各人の仕事が表に出るのです。そしてみんなで見ているんです」、「各人の仕事が表に出るのです。そしてみんなで見ているんですよ。だから、隠すとしても、隠すことができない。日頃の仕事ですよ。だから、各層としても、隠すことができない。日頃の仕事をちゃんとおやりになっているかどうかということが、いずれ積み重ねとして外の出てくる。いい仕事をして、希望を捨てないで下さい」と強調していることをあわせると、決して矢口氏は皮肉とか自己弁護とかではなく、懇話会の参加する裁判官に対して大いなるエール(励まし)を送ったものと素直に理解することができました。たとえ、任地や給料で差別を受けたとしても、精一杯いい仕事をしていれば、きっと世間は評価してくれるということを矢口氏は最高裁人事局長も経験した立場で語ったのでしょう。

 これに対して、そうはいうものの「再任拒否に続いて、新任拒否が過去の問題ではなくて、現在でも司法のきずとして扱っているのではないか」、「矢口さんが司法行政の要職にあられたころは、自由闊達な雰囲気を求めようとするのは邪道なんだとか、ちょっとおかしいとか、異端児とか、そういった形容詞で白眼視されてきたのです」という「苦情」が呈されました。私も、それはそうだと思います。

 問題は、それに対する矢口氏の答えです。矢口氏はこう答えました。

 「先ほどの不幸の重なった時期に、あんまり目立つことはするなという空気であったことも間違いないと思います。それは否定しません。しかし、今はそんなことは言わないでしょう。現にこうして皆さんが集まっておられる。集まる人数が減っているというのであれば、それはこの集まりの実績によるのではないですか」

 ここに考えるべき重大な問題があります。裁判官懇話会に参加する裁判官は減っていき、やがて懇話会は消滅してしまいました。

 これに対して、ある裁判官が「自主的に何かをすると言うことに対する怯えみたいなものが若い世代にあるのではないか。修習生がびくびくしている。三〇年前のことが静かに影響していると思います」という意見を述べました。私も半ば同感です。その反面、司法修習生の青法協への入会が少ないことは、それだけではないという気もします。もっと大きなところに原因があると今では考えています。過去に再任拒否や新任拒否があったこととは無関係に、青法協へ入会したり積極的に社会的活動に関わろうとする司法修習生や弁護士が少なくなっています。それと同じ現象が裁判官懇話会への裁判官の参加の減少につながったのだと思います。

 いずれにしても裁判官懇話会に矢口氏が出席して講演し、率直に質疑応答したことは大いに評価できることでした。浅見宜義裁判官も、「歴史的な和解」として高く評価しました(一九九九年一二月一五日、朝日新聞・論壇)。

司法反動・司法改革に関する文献

 この本の末尾にある参考文献は、司法反動の実態、そして司法改革とは何だったのかを知るためには欠かせない本ばかりです。司法界と無縁だった(と思われる)著者がこれだけの本を読み込んで、小説に仕立て上げた筆力には驚嘆します。

 裁判官の内情をさらけ出す小説として『お眠り、私の魂』(朔立木、光文社文庫)はショッキングでした。もちろん日本裁判官ネットワークの本も紹介されています。じん肺訴訟については、福岡の小宮学弁護士の『筑豊じん肺訴訟』(海鳥舎)が紹介されています。

 なんといってもすごいのは、この本が原発訴訟を一貫して取りあげているところです。この点については海渡雄一弁護士は実名で登場していますし、最新作である『原発と裁判官』(朝日新聞出版)も踏まえているところが、すごいです。

 つまり、裁判官も人の子。行政にタテつく判決を書くのは、とても勇気のいることなのです。これから出世できないのではないか・・・。夜も眠れないほど悩むのです。

 実名と仮名で多くの裁判官が登場する、とても刺激的な本です。小説仕立てなので、どこまで事実なのか判然としませんが、ともかく司法反動そして司法改革を知りたい団員にとって、必読の本です。