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田渕 大輔 護衛艦「たちかぜ」イジメ自殺訴訟
〜自殺の予見可能性を明確に認める〜
荒井 新二 「高田警部補襲撃事件」の実相と安倍会見
馬奈木厳太郎 各地の原発訴訟の原告が一堂に会しました
〜「原発と人権」集会・第一分科会の報告
佐野 雅則 原発をなくす全国連絡会連続学習会
「新エネルギー基本を斬る」の感想
玉木 昌美 滋賀弁護士会主催憲法記念の集い報告
横山  雅 司法取引は新たな冤罪の温床にならないか。
松井 繁明 俳優座『先生のオリザニン』の観劇を
坂井 興一 「駆け抜けた五十余年の活動の日々」
万年青年本多君の死



護衛艦「たちかぜ」イジメ自殺訴訟
〜自殺の予見可能性を明確に認める〜

神奈川支部  田 渕 大 輔

一 自殺との相当因果関係を全面的に認める「完全勝利」の判決
 二〇〇六年四月五日に提訴した護衛艦「たちかぜ」イジメ自殺訴訟は、同艦に乗艦していた一等海士が、先輩の二等海曹からイジメを受け、自殺へと追い込まれたことについて、国と二等海曹の責任を問うていた裁判である。
 二〇一一年一月二六日に横浜地裁で第一審の判決が言い渡された後、東京高裁において控訴審が係属していたが、本年四月二三日、東京高裁は、二等海曹の加害行為及び「たちかぜ」幹部らの指導監督義務違反と自殺との相当因果関係を全面的に認める判決を言い渡した。一等海士の自殺から九年半、ようやく言い渡された「完全勝利」の判決であった。
二 被害者が自殺を考えていることを現に認識していることを求めた原判決
 一等海士は、自殺する一ヶ月前から、複数の同僚に対して、自殺を考えていることを口にしていた。そして、自殺する前日には、飲食を共にした同僚に対して、明確に自殺する考えでいることを述べていた。
 それでも、横浜地裁で言い渡された原判決は、一等海士が自殺を考えていることを加害者の二等海曹や「たちかぜ」幹部らは認識しておらず、また、一等海士が自殺を考えていることは「たちかぜ」艦内の共通認識にもなっていなかったとして、自殺の予見可能性を否定した。
 このような原判決の判断は、可能性の問題である自殺の予見可能性について、被害者が自殺を考えていることを加害者らが現に認識していることを求めるに等しいものであり、自殺の予見可能性のハードルを極めて高く設定するものであった。
三 安全配慮義務を負う者には実態把握に努める責任がある
 一等海士は、自殺する一ヶ月前から、自殺を考えていることを口にしていたが、同じ時期、「たちかぜ」幹部には二等海曹が後輩隊員に対して暴行を行っていることについて申告がなされていた。そして、内容としては全く不十分であったが、二等海曹に対する「指導」も行われていた。
 これらの事実を踏まえて、控訴審判決は、一等海士が自殺に至る一ヶ月前の時点で、「たちかぜ」幹部らが乗員らから事情聴取を行うなどして二等海曹の行状や被害者が受けている被害の実態等の調査をしていれば、自殺まで考え始めていた一等海士の心身の状況を把握できたとした。その上で、二等海曹に対する適切な指導が行われていれば、一等海士の自殺を回避できた可能性があるとして、自殺について予見可能性を認め、自殺との相当因果関係を認めた。
 控訴審判決は、「たちかぜ」幹部らが実態把握に努めれば知り得た情報も加えて、一等海士の自殺の予見可能性を判断するというものであり、現に、「たちかぜ」幹部らが一等海士の変調に気付かなかったとしても、それは単に部下に対する配慮を欠いていたものに過ぎず、自殺の予見可能性に関する判断を左右するものではないとも判決文で述べている。
 このように、控訴審判決は、部下に対して安全配慮義務を負う立場にある者は、現に得ている情報に基づいて、部下の心身への配慮を行うだけでは不十分で、部下の心身の状況や心身の安全に対する危険な要因について、積極的な実態把握に努めれば得ることができた情報に基づいて、必要な対策を行わなくてはならないとするものである。
 これは、自殺の予見可能性を、文字通り「可能性」の水準で認めるものであるとともに、部下に対して安全配慮義務を負う立場にある者は、必要な情報収集を行った上で危険防止の対策を講じなければ、部下の生命や身体の安全に対する安全配慮義務を尽くしたとは評価できないというものであり、安全配慮義務の内容を充実させる判決として評価することができる。
四 国による文書の「隠匿」も認める
 この裁判では、控訴審の段階になって新たに、国が「艦内生活実態アンケート」などの重要な文書を隠匿していたという問題が浮上した。
 原審で国の指定代理人を務めた現役の三等海佐が、事実の隠蔽と自衛隊内部での処分による身の破滅の危険を顧みず、勇気ある内部告発を行ってくれたおかげで、国による文書の隠匿が判明したのである。
 控訴審判決は、「艦内生活実態アンケート」の隠匿問題について、文書を保管していた横須賀地方総監部の監察官が、一等海士の両親からの行政文書開示請求に対して、行政文書である「艦内生活実態アンケート」を開示しなかったことは文書の「隠匿」であったと明確に認めた。さらに、一等海士の自殺の予見可能性との関係で重要な意味を持つ同僚からの聴き取り文書についても行政文書にあたるとした上で、これを「たちかぜ」艦長が開示しなかったことも、文書の「隠匿」であったと認定し、自殺に対する損害賠償とは別に、国に対して損害賠償を命じた。
 海上自衛隊は、本来は行政文書として管理しなくてはならない文書について、個人ファイルというカテゴリーを独自に設け、行政文書の管理を恣意的に行っていた。個人ファイルに綴じられた文書は行政文書でないから開示しなくても違法ではないなどという海上自衛隊の恣意的な行政文書の管理のあり方を容認したのでは、情報公開制度そのものが成り立たなくなるおそれがあった。
 その点について、東京高裁が、行政文書として管理すべき文書を行政文書として管理せず、行政文書開示請求に対して文書を開示しなかったことを文書の「隠匿」であると認め、損害賠償を命じたことは、海上自衛隊による恣意的な行政文書の管理そのものを違法と断じたに等しく、情報公開制度を守るという観点からも、極めて意義のある判断がなされたと受け止めている。
五 真に実効性のある自殺防止対策を
 一等海士が自ら命を絶ってから、今年の一〇月二七日で満一〇年になる。
 彼の家族は、この一〇年間、彼に着せられた汚名を晴らし、その死に対する責任を国と加害者にとらせるために闘ってきた。国の心ない主張に苦しめられ、自殺との相当因果関係を認めなかった横浜地裁の判決に涙した。それでも闘ってきた家族の思いが、三等海佐の内部告発を呼び、控訴審判決に結実したのだと思う。三等海佐の内部告発があったからこそ、控訴審判決で勝利を得られたのであり、三等海佐には心からの感謝と敬意を表したい。
 東京高裁で判決が言い渡された後の家族の表情は晴れやかで、判決は一等海士が生きてきた証になるとの喜びを口にしていた。そのこと自体は、弁護団の一員として率直に嬉しい。しかし、残念ながら、今回の判決をもってしても、一等海士の命を取り戻すことはできない。一度失われた命は、何があっても取り戻すことはできないのである。
 自衛隊内部では、未だに「私的制裁」が横行しており、「私的制裁」により死へと追い込まれている被害者が確実に存在する。自衛隊は、私的制裁の防止や自殺対策を掲げてはいるが、目に見える形で成果が出ているとは到底言い難い状況にある。
 家族の思いは、亡くなった一等海士と同じ苦しみを他の人に与えたくない、自分たちと同じ悲しみを、もう二度と他の人に受けて欲しくない、そのことに尽きている。
 今回の東京高裁の判決は、部下の生命や身体に対する安全配慮義務を負う者が、漫然と上がってくる情報に基づいて自殺防止の対策を講じるだけでは不十分であるとするものであり、積極的に情報の収集に努め、自殺防止の対策を講じていくことを求めるものである。自殺を防止するには、悲劇的な結果が生じてからでは遅い、最悪の事態に至る前にやるべき事をやるということを求めているという意味では、極めて妥当な、同時に高く評価できる判決である。
 国は、この東京高裁の判決に対して上告を行うことはなく、判決はそのまま確定を迎えた。そうであるならば、国には、この判決に込められたメッセージを真摯に受け止め、今こそ同じ悲劇を繰り返さないため、真剣かつ実効性のある自殺防止の対策を講じることを求めたい。それこそが、失われた命に対する唯一の弔いであり、家族の願いでもあるのだから。


「高田警部補襲撃事件」の実相と安倍会見

東京支部  荒 井 新 二

 五月一五日の安保法制懇報告の会見で安倍首相は、カンボディアPKO活動中に殉職した高田警部補の事件を引用しながら、海外で活躍する多くの若者ボランティアやPKO要員が「突然武装集団に襲われたとしても」「日本の自衛隊は彼らを救うことはできません」と説明した。しかし、これは九三年五月四日発生の「高田警部補襲撃事件」のミスリーディングというほかなく、引用として間違っている。

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 九四年一〇月一日に放映されたテレビ朝日の「ザ・スクープ」(キャスター鳥越俊太郎氏)は、海外でのオランダ兵の証言と映像に成功し、それまで知られることのなかった「高田警部補襲撃事件」の実相をほぼ事件から一年ぶりに伝えた。
(1)高田氏は文民警察官として、連なって進行する車列の二台目車両の前部座席に他の邦人文民警察官とともに乗車していた。後部座席には、ボーイ少佐が武器を携帯して乗っていた。
(2)先導役の一台目には、オランダ軍兵士四人が機関銃を持って乗り込んでいた。二台目のボーイ少佐はこの四人の歩兵を指揮する立場にあった。
(3)前方から武装集団が襲撃し、これに対しオランダ兵は武器をもって応戦した。一台目は発砲しながら進行方向に逃げることができたが、二台目は停滞しボーイ少佐の応撃による抵抗があったが、武装集団に集中的に攻撃され、そのなかで高田氏は即死した。
 このうち高田氏の後ろにオランダ歩兵部隊のボーイ少佐が武器を携行し、同一の車両内からさかんに応戦したという状況は、これまでの国内報道では見られなかった新しい事実であった(だから「スクープ」なのであろう)。
 事件直後の現地カンボディアでの文民警察官グループへの取材にもとづく国内新聞報道では、オランダ兵は、日本人の文民警察官の護衛の任務についていたと思われる。さらに武装集団がとどめを刺すようにロケット砲を至近距離から構えたときに、三番目以降の車両にいた日本人警察官が車から降り両手を挙げながら「ジャパニーズ ジャパニーズ」と叫んだところ、それ以上の攻撃をやめて現場を引き揚げたと伝えられていた(朝日五月七日付 同日付読売など)。

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 自衛隊が仮にこのとき、オランダ歩兵部隊と同様に武器をもって応戦すれば、安倍首相の言うように果たして邦人警察官を救うことができただろうか。日本人を警護するオランダ軍兵士たちも武器を携行しながらも防げなかった。普通の装備をした自衛隊員ならば救えるという想定は困難である。自衛隊員がそこにいて応戦するならば、いくら文民警察官がジャパニーズと叫んでみたところで助かる見込みは無い。自衛隊による応戦はむしろ民間人の犠牲を不可避的に引き起こす。いわゆる駆けつけ警護とは異なる局面である。
 国際NGOや若者ボランティアの現地での平和的な活動の実態はこれまで、自衛隊あるいはその活動と一線を画して行われているか、自衛隊の活動とは異なる分業としてはっきりとさせて行われているかのいずれかであろう。そうすることで国際NGOの活動は有効且つ安全に継続できる。「普通」の軍隊となった自衛隊に守られたり、あるいは軍隊と一体となった場合には、彼らはかえって重大な危険に晒され、その活動の多くも自ずと制約されることになるであろう。
 「ジャパニーズ」と叫んで危機脱出に成功したという事実に、今まで日本人が平和的な活動を国際NGO等を通してつくりあげてきた海外の評価のひろがりとその証しを読み取れよう。そのことは自衛隊のPKO活動に対する海外での評価にもあてはまる。安倍首相は、口では「皆さんのお子さんやお孫さんたちがその場所にいるかもしれない」等と脅かしつつ自衛隊の軍事力による警護を正当化せんとするが、それは海外NGOやボランティアの努力と国際的な成果を顧みずに、その高い海外での評価を自ら投げ捨てさせるのに等しい。

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 高田警部補は、国連アンタック(カンボディア暫定行政)の一環としての活動をしていた。当然国連において調査が行われた筈である。テレビ報道では、国連で事件報告書が作成され日本の外務省に送ったという国連の対応を報じていた。そこで私たちは、折から進めていた自衛隊カンボディアPKO派遣違憲市民訴訟でこの事件報告書の開示を求めた。しかし国は提出を拒否し、国連事故調査報告書はこれまで陽の目をみていない。
 国の一方的な秘密指定および秘匿を許す今般成立した「特別秘密法」の問題点を地でいくような話であろう。「高田警部補襲撃事件」は単なる秘匿にとどまらず、今や全く事実に反する形で「自衛隊によって救われる」の宣伝材料として国民を欺くことに使われる。このことにあらためて強い憤りを感じるのである。
(本原稿は、五月一七日「五月集会」のプレシンポとして行われた「憲法討論集会」での私の発言に一部加えたものである。)


各地の原発訴訟の原告が一堂に会しました
〜「原発と人権」集会・第一分科会の報告

東京支部  馬奈木厳太郎

一 全国の状況
 現在、原発事故の被害救済を求める訴訟は、全国一七の裁判所に係属しています(札幌、山形、仙台、福島、いわき、新潟、前橋、さいたま、千葉、東京、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、岡山、松山)。さらに三ヶ所が提訴予定です(水戸、広島、福岡)。
 原告は約六八〇〇名。多くは避難先で提訴した方々です。また、原告団の形式をとっていない、あるいは至らないところも多く、現地にとどまっている方(滞在者)と避難者が一つの原告団を構成する「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(生業訴訟)以外は、滞在者のみか避難者のみの原告となっています。
 さらに、生業訴訟は原状回復も請求していますが、それ以外は損害賠償のみの請求となっており、被告についても、国を加えるのがほとんどですが、いわき支部の避難者訴訟のように国を被告としないものもあります。
 このように、特徴や構成が微妙に異なる訴訟が起こされ、事故から三年が経過するなか、各地の連携を深めようという思いから今回の集会は企画されました。
二 初めて一堂に会する
 四月六日、福島大学において、「被害者訴訟原告団・みんなで交流〜私たちが求めるもの、私たちが目指すもの〜」と題する集会が、約二〇〇名の参加で開催されました。集会は、中島孝(生業)・村田弘(かながわ)の両原告団長が呼びかけ人となり、生業原告団が運営にあたりました。
 札幌から福岡まで提訴予定も含めて一〇に及ぶ裁判の原告・弁護士が参加し、差止訴訟からも「原発なくそう!九州玄海訴訟」の原告と弁護団が参加しました。各地の原告が、これだけの規模で一堂に会したのは全国初のことでした。
 集会では、各地から訴訟の概要や特徴が報告され、今後への決意が表明されました。また、「先人たちの取り組みに学ぶ」とのテーマで、水俣病や東京大気汚染訴訟の原告の方から体験や教訓を報告していただいたほか、馬奈木昭雄団員が、国とたたかうことや被害根絶を求める意義などについて講演、その後、感想交流も行われました。
三 四・六アピール
 集会は、連帯の原則を謳ったアピールを採択し閉会しました。過去の取り組みに学び、連帯を深める貴重な機会となりました。各地から初めて集まったため、集会の模様は、福島民友や東京新聞が写真付きで伝えたほか、「全員救済まで共闘重要」(朝日新聞)、「東電と国の責任 裁判で訴えたい」(しんぶん赤旗)といった見出しで各紙が報じました。

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原発訴訟原告らによる四・六福島アピール

 本年三月一一日、全世界を揺るがした福島第一原発事故から、三年が経ちました。
 しかし、原発事故は、汚染水問題にも明らかなように、いまだに収束すらしていません。私たちが、かつて暮らし、あるいは今も暮らしている地域では、除染が進められているところもあるものの、除染によっても、放射性物質汚染がなくなるわけではなく、私たちは、今でも放射線被ばくによる健康影響への不安をぬぐい去ることができません。除染による廃棄物の処理の目途もついていません。汚染地域から避難した人々も、いつになったらふるさとに戻ることができるのか、国や自治体の支援がいつ打ち切られるのか、将来の見通しが立たないまま、過酷な避難生活を続けています。
 被害者一人一人の被害の現れ方は、それぞれが住んでいた地域、家族構成、年齢、職業など、個々の事情によって実に様々です。しかし、その被害の根源には、今回の事故によってもたらされた放射性物質汚染があり、これによる重大な健康影響への不安や懸念があることは明らかです。そして、その被害は、今回の事故により放出された放射性物質が、被害者のふるさとを汚染し続けている限り、継続するのです。
 原発事故の収束の遅れ、被害者救済の遅れにもかかわらず、国や電力会社は、原発の再稼働や輸出に突き進んでいます。これは、結局、原発事故の被害が、表面上の賠償などによって覆い隠され、国や東電の加害責任が明らかになっていないからであると言わざるを得ません。
 私たちは、各地での裁判を通じて、今回の事故を引き起こした東電だけでなく、国策として電力会社と一体となって原子力発電を推進し、必要な安全対策を怠ってきた国の責任を徹底的に追及していきます。これは、単に被害者の救済だけでなく、これだけの被害をもたらした国の原子力推進政策を根本的に改めさせ、原発事故による被害者をこれ以上生み出さないためにも必要なことです。
 私たちは、多くの被害者が、それぞれの被害の現れ方の違いや、放射線被ばくの健康影響に対する考え方の違いなどを乗り越えて団結し、被害と立ち向かい、被害をもたらした国と東電の責任追及に立ち上がることを呼びかけるとともに、その先頭に立つ決意です。
 以上の決意を込めて、私たちは、ここに、次の原則を確認し、原発訴訟原告らによる四・六福島アピールを採択します。
 原発事故について国と東京電力の責任が明らかにされなければならない
 地域にとどまっている者も避難者も、区域内も区域外も、福島県内も県外も、それぞれが原発事故による被害者である
 原発事故による被害者の最後の一人まで救済されなければならない
 私たちが求めるもの、私たちが目指すものを実現するには、私たち自身が声を挙げなければならない
 原告同士、被害者同士が連携をとり、全国の人々と共闘し、被害救済のために取り組んでいかなければならない
 福島現地の取り組みも避難先各地の取り組みも連帯した取り組みである
 私たちの苦しみを二度と繰り返させないことを誓い、すべての人が原発から自由になるため、私たちは全国の脱原発を求める人々と連帯する

二〇一四年四月六日

福島大学において
「被害者訴訟原告団・みんなで交流」参加者一同


原発をなくす全国連絡会連続学習会
「新エネルギー基本を斬る」の感想

事務局次長  佐 野 雅 則

一 はじめに
 福島原発事故から三年が経過しても事故収束の目途も立っていません。そのような状況にもかかわらず、政府は、福島原発事故の凄惨な現実を顧みることなく、今年四月一一日にエネルギー基本計画を閣議決定し、原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ、原発の安全性よりも、低コストや安定供給性などを強調し、さらに、新たな安全神話ともいえる「世界一厳しい」と称する規制基準に適合した原発の再稼働を進めることを明記して、再び原発に依存する社会に回帰させようとしています。住民の安全よりも、原発がもたらす莫大な利益に群がる自治体や業界団体の意向に乗った政府の姿勢に強い批判が集まっています。
 このような情勢の中で、四月一八日、全労連会館において、原発をなくす全国連絡会主催で、立命館大学国際関係学部の大島堅一教授を招いて、「新エネルギー基本計画を斬る」と題して、四月一一日に閣議決定されたばかりのエネルギー基本計画にについて、その内容と問題点を解説していただきました。おそらく正式に閣議決定されたエネルギー基本の内容に関する学習会は、これが日本で最初だったのではないでしょうか。大島教授は、環境・エネルギー政策論、環境経済学がご専門で、「原発のコスト」(岩波新書)、「再生可能エネルギーの政治学」(東洋経済新報社)など、原発の問題点を指摘した多くの著書を出版されています。
二 エネルギー政策の課題
 エネルギー基本計画は、政策の課題として、(1)エネルギー供給体制の脆弱性(エネルギーの安定的確保が必要)、(2)新興国のエネルギー需要拡大等による資源価格の不安定化(長期的な資源価格が上昇)、(3)温室効果ガスの増大(継続的削減の必要性)などを指摘し、現状のエネルギー供給体制の不安を大いに煽ります。そのうえで、これらの課題を克服して、「低コスト」、「安定供給」、「環境適合」を実現するのが基本的な視点であると言います。
三 原子力の位置づけ
 そして、エネルギー政策の課題をことごとく克服できるエネルギー源こそが原子力発電だとし、発電コストが低廉で、安定的に発電することができ、昼夜を問わず継続的に稼働できる電源となる「ベースロード電源」として原発を位置付けます。
 そして、安全性の観点は、「世界一厳しい水準」の規制基準が存在するということを連呼してごまかそうとしています。
 しかし、全くのまやかしです。すなわち、「低コスト」という点は、燃料費に限らず、社会的費用(政策コスト、事故コストなど)まで視野に入れれば、青天井の高コストになり得ます。また、「安定供給」という点は、すでに長期間の停止を余儀なくされている状況でもあり、仮に稼働したとしても、いつ、どの程度また停止するかもわからず、全く安定していません。「環境適合」という点は、確かに温室効果ガスは出ないが、反面、重大事故の危険や日常的な放射能汚染の問題があり、廃棄物問題も含め深刻な環境問題をはらんでいます。さらに、「世界一厳しい水準」などということは新たな安全神話の作出であり、同じ過ちを繰り返しかねません。
四 再生可能エネルギーの位置づけ
 一方で、エネルギー基本計は、再生可能エネルギーについては、安定供給面、コスト面で様々な課題が存在するとして、積極的ではありません。
 「これまでの水準を上回る水準」を目指すとしますが、数値目標などはなく具体的な意味は分かりません。
 再生可能エネルギーの燃料コストはゼロです。「太陽光」も「風力」も「水力」も「地熱」も、現在の技術の進歩の先には安定供給を実現できる可能性は十分あります。国外ではすでに実用化に踏み切っています。もちろん、温室効果ガスの排出もありません。
 このような再生可能エネルギー普及の現実的な可能性については、エネルギー基本計画では詳しく触れられていません。この分野の本当のところを詳細に記述してしまうと、原発のありがたみがなくなってしまうからです。だから「これまでの水準を上回る水準」などとして、やる気がありそうな雰囲気だけを残して、でも課題が多いのでやはり原発の方が優秀ですよと指摘するのです。これまた国民をだます議論です。
五 今後のエネルギー政策
 ここまで見てきただけでも、エネルギー基本計画が主として原発を推進するための政策を定めたものであることは明らかです。そうすると、今後は、再稼働の動きが現実化していきます。実際、鹿児島の川内原発が再稼働第1号に向けて準備を進めています。これを止めるには民主主義の力しかありません。
 また、全国で展開されている国や電力会社の責任を追及する訴訟も非常に重要です。大島教授は、経済学の観点から、「電力会社は原発が良いか悪いかなど考えていない。経済的にもうけが出るのであれば原発事業をやめることは無い。たとえ事故を起こしても責任を負わず、国が後始末をしてくれるのであれば、電力会社が自主的判断で莫大な利益が出る原発事業から撤退することはあり得ない。」と述べていました。電力会社も原発事故の責任を負わされるということを明らかにすることは、被害者救済だけではなく、日本の原発政策そのものを止める力になるのです。
六 最後に
 私は、初めて大島教授のお話を聞きましたが、大変わかりやすく聞くことができたという印象です。原発の問題は科学技術な難しい話が多くなかなかとっつきにくく敬遠しがちな分野でもあります。大島教授は、主として政策的な観点や経済的な観点からわかりやすくお話ししていただけます。遠方からお呼びするのは難しいかもしれませんが、関西近郊の方々はぜひとも大島教授をお招きして原発の学習会を企画してみるのもいいと思います。


滋賀弁護士会主催憲法記念の集い報告

滋賀支部  玉 木 昌 美

 滋賀弁護士会では、二〇一四年四月二六日、野洲市で憲法記念の集い「What's憲法? 憲法を変えると暮らしはどうなる」を開催しました。例年は大津市での開催でしたが、今年は会場を野洲市にしました。
 冒頭、滋賀弁護士会会長となった近藤公人団員が開会の挨拶をし、特定秘密保護法の廃止等を訴えました。
 集いの第一部は、滋賀弁護士会会員による四つの場面の寸劇で、シナリオも実行委員会のメンバーが作りました。また、各寸劇終了後にそれにちなむクイズを出題し、会場の参加者からは表裏に「○」「×」と表示した厚紙を掲げて回答をお願いしました。四つのテーマは学問の自由、家族の協力扶助義務、教育を受ける義務、選挙権を取り上げました。クイズは、たとえば、「現在の日本の憲法には、家族はお互いに助け合わなければならないという条項がある。○か×か。」というものでした。会場参加型を追求したものであり、それなりに楽しく第二部への導入ができました。
 第二部は伊藤真弁護士(日弁連憲法委員会副委員長)による講演で、途中休憩をはさんで、たっぷり二時間ご講演いただきました。
 パワーポイントを使い流れるような講演でしたが、立憲主義とは国民が政府(多数派)を縛り、人権を守るものであること、多数派によっても憲法が保障する平和や人権を奪うことはできないこと、いかなる理由があっても戦争は許されないこと、日本の原点は「戦争をしない」ではなく「戦争ができない」先駆的な国であること、権力者は「戦争はしない」と言いながら戦争すること等ナチスの例を引きながらの説明等に引き込まれました。また、私たち国民が何をなすべきか、憲法を知ってしまった者が声をあげる必要がある、という指摘も印象に残りました。伊藤弁護士の平和や憲法に対する熱い思いがストレートに心に響きました。
 集いは一六四名の参加で成功しました。アンケートを実施しましたが、五五名の方から回答がありました。講演については、五五名中四三名が「とてもよい。」、九名の方が「よい。」と回答され、大変好評でした。感想も、たとえば、「中身の濃い話をわかりやすく聞かせていただいた。」「大変よくわかりました。」「戦争だけは絶対してはならないと思います。」「来てよかった。本当のことが聞けました。」「今日は日本国憲法を理解し、守っていくうえで想像力がとても大切だと伊藤先生のお話で肝に銘ずることができました。」など多数寄せられました。
 私はこの集いの実行委員長を務めましたが、若い会員が中心の三一名(五〇期までの期は七名だけ)で準備しました。二〇一三年一〇月二四日から一三回の実行委員会を行い、伊藤弁護士の『憲法問題』(PHP新書)の事前学習もしました。一章ごとに担当者を決定し、報告してもらい、若干の議論をしました。その準備の中で講演はたっぷり二時間とることを決定しました。二〇一四年二月二一日には、井上正信弁護士をお招きして会内学習会を開催し、「憲法問題とは何か。」と題して濃密なご講演をいただきました。これにより集団的自衛権の問題についてメンバーの認識が深まりました。また、実行委員会は、広報、会場、企画の班分けをして担当を分担し、たとえば、広報では野洲市でチラシの新聞折り込みも実施しました。さらに、四月一八日夕方には二二名の会員で草津、守山、近江八幡の駅頭で、前日の四月二五日夕方には二〇名の会員で草津、守山、野洲の駅頭でチラシ配布を行って宣伝しました。
 集会後には、伊藤弁護士を囲んでの懇親会がありましたが、大いに盛り上がりました。滋賀の会員にも会長、副会長を含め、伊藤塾で憲法の講義を聞いた「弟子」がたくさんいることがわかりました。伊藤弁護士からは、滋賀の場合、若い会員が多数憲法実行委員会を担っていることを評価していただきました。
 今回の取り組みは私自身、街頭宣伝、企画等若い会員のパワーを実感し、達成感がありました。四〇期代の会長経験者から翌日「先生、昨日の集会はよかったですね。」と声をかけてもらいました。高橋団員が事務局次長を務め、荒川団員、杉山団員が寸劇を熱演しました。


司法取引は新たな冤罪の温床にならないか。

東京支部  横 山   雅

 二〇一四年四月三〇日、刑事法制改正を審議している法制審「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)は、改正法案のたたき台となる事務当局試案を公表した。試案の中では、取調べの録音・録画制度や盗聴法の拡大等とともに、「捜査・公判協力型協議・合意制度」という名のいわゆる「司法取引」が盛り込まれていた。条文の内容は、極めて詳細である。取調べの録音・録画制度、盗聴法の拡大については、議論が多方面からなされているが、「司法取引」については、十分な議論がなされてきたとは言い難く、問題点も明らかにされないまま立法化されてしまう危険性がある。以下、制度の概要を説明した上で私見を述べる。
 「捜査・公判協力型協議・合意制度」は概要、被疑者・被告人が他人の犯罪事実についての知識を有すると認められる場合において、当該他人の犯罪事実を明らかにするために被疑者・被告人が取調べ等で真実の供述をすること、当該他人の刑事事件の証人として尋問を受ける場合に真実の供述をすること、当該他人の犯罪事実を明らかにするため、証拠物を提出すること等を条件に、検察官が不起訴、公訴の取り消し、訴因変更、略式命令の請求等を合意するというものである。なお、合意には弁護人の合意も不可欠であるとされている。対象犯罪は、公務執行妨害、詐欺、恐喝、横領等の刑法犯から、組織的犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反、独禁法違反、金融商品取引法違反、薬物や銃器等の法律違反などが挙げられている。
 対象犯罪に組織的背景を持つことの多い犯罪が挙げられていることともに、公務執行妨害がわざわざ挙げられていること等から、権力側は治安対策立法の一つに位置づけられているものと思われる。
 上記の内容のとおり、事務当局試案が打ち出した「捜査・公判協力型協議・合意制度」は、他人の犯罪事実を明らかにするための供述や証言を行うということを条件に、不起訴等の恩恵を受けるというものである。証拠物の提出も条件に挙げられているが、証拠物の提出のみに止まり、供述や証言が得られないということは通常は考えがたく、証拠物の提出も供述・証言の採取とセットになっている制度というべきであろう。
 共犯事件等で他人の犯罪事実に関して供述をすれば、恩恵を受けられるという利益誘導が制度化されるということなのである。
 そもそも、利益誘導による供述、証言の採取が危険なものであることは、多くの冤罪事件の中で証明されてきた。また、第三者の引っ張り込みや、共犯者間の責任の主従のなすりつけ等から、共犯者の供述は、慎重に判断されなければならないというのは、司法研修所ですら採用している立場である。
 したがって、今回の「捜査・公判協力型協議・合意制度」は、利益誘導により、共犯者の供述を獲得することを制度化するというものであり、極めて危険な制度であることは明らかである。
 そもそも、供述の獲得に依存した捜査手法、供述に依存した事実認定が冤罪を生み出して来たのであり、この制度が、新たな冤罪の温床になることは明らかである。
 また、取調べの録音・録画が限定的で取調べ全過程の可視化が実現されていない状況では、どのような過程で合意に至ったのか、その過程は、ブラックボックスに入ってしまい事後的に検証ができない。
 さらに、弁護人の合意が不可欠の条件であるとされているが、捜査段階での証拠開示制度がない現状の下で、被疑者・被告人が取引への同意を望んだ場合、弁護人は取引の妥当性、正当性を判断するのに、何ら客観的証拠がないままに判断せざるを得なくなる。
 捜査段階で被疑者から取引を望まれた弁護人が、その被疑者の第三者に対する供述が信用できない場合(しかし、捜査段階なので何らの証拠も弁護人は見ることができてはいない。)、弁護士は取引に同意すべきか否かは、弁護士倫理上の重大な問題を孕む。
 もっと言えば、弁護人がここで取引に合意した場合で、後になって無実の第三者を引っ張り込んだことが判明した場合、弁護人は冤罪の作出に加担したことにならないだろうか等、枚挙にいとまがない程、問題は山積している。
 このような制度が、国民的議論もないまま立法化されることを断じて許してはならないと思う。アメリカの制度状況も含めて研究し反論していく必要があると考える。


俳優座『先生のオリザニン』の観劇を

東京支部  松 井 繁 明

 ふとしたことから、劇団俳優座の女優有馬理恵さんと知合いになりました。
 これまでも自由法曹団は俳優座とさまざまな交流をしてきましたが、俳優座は今年、創立七〇周年を迎えたそうです。創立七〇周年記念公演のひとつが『先生のオリザニン』です。「先生」とは農芸化学者鈴木梅太郎のこと、彼が発見した「オリザニン」は現在のビタミンB1のことです。
 日露戦争の当時、日本の将兵は脚気に悩まされました。海軍軍医総監の高木兼寛はその原因を米糖の不足と考え、玄米を食べさせました。これによって海軍の脚気発症率はいちじるしく低下したそうです。これにたいし陸軍軍医総監森林太郎(作家・鴎外)は「海軍の対策は化学的根拠なし」として白米の供給を続け、陸軍の脚気発症率は改善されませんでした。軍医総監としての森の過誤は明らかですが、もちろんそのことは、作家鴎外の作品群の評価や墓碑名に「森林太郎の墓」とだけ彫らせた死生観の潔さなどに影響をおよぼすものではありません。
 そのなかで鈴木梅太郎は三六歳のとき、糖の有効成分オリザニン(のちのビタミンB1)の抽出に成功します。しかしその学会発表は森林太郎の影響下にある医師や化学者から罵倒される有様でした。苦悩する梅太郎を支えたのが妻須磨子(東京駅の設計者辰野金吾の娘)でした。
 今回の公演では、梅太郎を加藤剛(ごう)、頼(らい)親子が、須磨子を有馬理恵が演じます。ぜひ観劇していただきたいと思います。
 公演の次第はつぎのとおりです。
 『先生のオリザニン』脚本/堀江安夫、演出/眞鍋卓嗣(たかし)
 公演期間 二〇一四年六月一二日から二七日
 公演会場 三越劇場(日本橋三越本館六階)
 開演時間 六月一二日 一八時一五分、その他は一三時三〇分
 チケット料金 俳優座のご好意により、六五〇〇円のところを五八〇〇円(税込)に割引いていただきました。
 そこで、常任幹事会の前日である六月二〇日午後一時三〇分を「自由法曹団デー」にして、皆で観劇しようではありませんか(もちろん、他の日でも結構です)。つねに民衆の側に寄添おうとした鈴木梅太郎の生涯は、学者・研究者の在り方として今日の状況に示唆を与えるのかもしれません。まッ、そんなに固く考えるのでなく、日頃の業務や活動の緊張をゆるめる観劇の一日、としたいと思います。
 六月二〇日のチケットの取扱いは自由法曹団本部でいたします。購入ご希望の方は団本部宛にご連絡ください。それ以外の日のチケットは俳優座までお問い合わせ下さい。
 俳優座 〇三-三四〇五-四七四三


「駆け抜けた五十余年の活動の日々」
万年青年本多君の死

東京支部  坂 井 興 一

 長年(太陽の会)と全国クレ・サラ被害者連絡協事務局長を務めた本多良男氏が五月一四日夜亡くなった。享年七三歳。後輩からもよしおちゃんと親しまれた万年青年「(江崎)グリコの本多君」が逝ったのである。がんが判明してから一年半。余命半年と言われながら、「なあに、胃袋の外だから関係ないんですよ。」と言って、最後まで酒・タバコも止めなかった磊落な彼は、抗がん治療はバカバカしくも苦しいだけ、とそれはよしおにして、茅ヶ崎まで愛車の四駆を自分で運転してビタミン治療に通ったと言う。開けて閉じただけの手術後は、入院もせずに用事で出歩き、家人が付いていたのは最後の日だけ。子育てに追われたその昔、子らのために衝動買いしてと冷やかされた山小屋と云う自宅高台の窓からは湘南腰越の海が見え、プロ写真家並み自撮の重文クラスのみほとけ像にズラリと囲まれた部屋で逝った。「じゃ、行きましょか。」と、さながら登山やスキー宿でのように、ニコニコふらりと逝ったのである。(本多君との出会い)は、二一期生の私が大田区蒲田に前年にできたばかりの東京南部法律事務所に入所してすぐの六九年四月のこと。彼は多摩川六郷鉄橋そばのグリコ東京工場支部で若年ながらの書記長として、京大出のエリート青山(氏の)学校・本多教室と並び表される活躍をしていた。じきに配転拒否解雇裁判を担当することになった私が証拠提出した彼のノートには、六〇年安保時の銀座フランスデモで高揚し、夜の日比谷公園でキスをしたと云った類もあって、ままよと出したそこには、「おれはグリコが好きなんだ、工場長・社長になるんだ。」と書かれていた。早くに父親に死なれ、何人もの子育てをした母親の苦労を見かね、定時制通学もままならない彼の日記兼用ノートは、当時から果てしなき感想とメモのアレコレ。書くのがスキ、モテルから女の子もスキ、好奇心の塊だから何でもスキ、一泊三日のプロ並みの登山・スキー行もへいちゃら。泳ぎに野球に碁将棋・麻雀・写真、闘争時の資金稼ぎにやった長距離トラックの大型免許運転と、何でもござれ。そして肝心なことに、人間も自然も根っから好きのやさしい親切心で、裏に回ってアカンベーがない正直人間だったから、ヒレツなことと貧乏をバカにすることに対する怒りには原点的なものがあり、「頭から理解」のインテリとはハッキリ違っていた。もともと配転拒否仮処分敗訴の赴任拒否解雇では勝てなくても仕方がないと思っていたが、彼の人柄と勢いで何とかなりそうになった。認められて復職すれば容易く管理職も務まってしまう彼のこと、危なくて勿体なくてグリコに戻せるか!となって金銭解決し、そのまま当事務所にラチ。(本多君が守る会)のみんなと一緒に裁判闘争に傍聴に来ていた感激屋のミヨちゃん(今も尚、外国人労働者支援カツドー家です。)が健気なよしおちゃんに感激し、でもって五反田・城北の優秀事務局が生まれたのはご同慶の至りかと。その間、はるばる西宮か芦屋だったかのオーナー宅まで長駆街宣抗議要請に行ってグリコVIPとなっていた彼は、「グリコ勘弁したる!」誘拐事件で捜査側のリスト入りして最敬礼の面談要請を受けた。が、八面六臂大活躍の当所事務局長退職後のクレサラ被害救済活動では、東西の木村・福岡の永尾や東京の宇都宮(弁)ら各氏を支え励ましながらの富士青木ヶ原樹海看板や立法要求三度笠キャンペーン等の取り組み。もとが大田区だった太陽の会は、彼らの活動に感激した篤志家が提供したクレサラ戦争最前線の東京神田の事務所を拠点にグレーゾーン撤廃まで漕ぎ着け、その奮励努力が評価され、団でも何度か講師となった。あまチャンの我々は然し、過払いバブルとは縁が薄く、彼とは安酒飲んでカラオケ歌って「ま、仕方ナイッショ」。その一連の活動の中で彼はワーキングプア、年越し村から果ては我が事務所関係者では最もエライ政府審議委員となり、またアレコレの宇都宮選対活動まで、全くの休みなし。彼を見ていると、成る程、人はその行うところによって評価されるのだと云うことがつくづく納得されるのである。その彼が、「あなた病人よ、ガンなのよ!」と家人に説教され、部屋いっぱいに運び込まれた活動資料にやっとその積もりになったのが昨日今日。それでも「ボクは全然死なない気がする。」と、旧交を温めたグリコ守る会の仲間に宇野千代みたいなことをノンビリ言ってた二日後、山のような宿題を運動仲間に残して、「恐縮、お先に!」とは、よしおちゃん、余りに調子よしおでないかい!?(追記)本多良男氏を偲ぶお別れ会は、一般献花の方々も含め、関連団体と共催で、八月九日(土曜)午後二時から、本多君ゆかりの大田区京急蒲田駅そばの区立産業会館ピオで行う予定です。)