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山下  潔 弱者の救済判例の活用を
橋本 祐樹 札幌で給費制の復活を求める市民集会を開催しました!
中野 直樹 猛暑の朝日連峰縦走(一)
谷  文彰 ネット選挙にも完全(?)対応!
「自由にできる選挙活動」改訂のお知らせ



弱者の救済判例の活用を

大阪支部  山 下   潔

 皆さんの立派な意見ばかりで気がひけます。裁判所の裁判実務に少し役に立てられる問題ではないかと思いました。
 一つは株式会社等の法人が貧困なため、訴訟費用が出せないときどうするか。
 二つは少年事件で、刑事記録は謄写できるが、社会記録(鑑別所、家裁調査官、学校の意見)が見れないと十分付添い人の活動ができないではないか。
 三つは、憲法を引用して準備書面、弁論要旨を書くが、この場合必ず国際人権規約も検討して活用しているかです。
一 法人の訴訟救助の活用を
 株式会社の訴訟救助は一九七二年京都地裁判決(判例時報六五九号 昭和四七年四月一一日京都地裁昭和四六年一一月一〇日決定参照)があり、株式会社で公益性(ドイツ民事訴訟法)が認められる限り訴訟救助が認められた。このたび仙台高裁秋田支部二〇一四年(平成二六年)四月三〇日平成二六年(ネ)第二八号預け金返還控訴事件において宗教法人であるが公益性がなくとも訴訟救助が認められた。団員におかれては活用願いたい。又法人の訴訟救助例があれば紹介されたい。
二 少年事件の「社会記録」の閲覧権の活用を
 少年事件の付添人活動において社会記録の閲覧が認められた大阪高裁決定(判例時報一〇〇七号昭和五年九月一日号、昭和五五年三月一七日大阪高裁第六部決定)。近時法科大学院出身の弁護士から社会記録の閲覧を裁判所から拒否されてこれに従っていることを聞いたので、この拒否は許されない、違法であるので前記判例の徹底した活用をされたい。
三 国際人権規約の活用を
 国際人権法の判決例の集約をこのたび自由法曹団五月特別報告で「国際人権法の活用の集約」と題する原稿を提出させていただいた。団員におかれては、民事事件や刑事事件で憲法を引用された時、必ず国際人権法もひもといていただきたいし、活用していただきたい。そして、国際人権法で獲得できた判決があれば紹介いただきたい。日弁連などに報告をおねがいしたい。


札幌で給費制の復活を求める市民集会を開催しました!

北海道支部  橋 本 祐 樹

 司法修習費用が無給になって三年目、政府の検討機関では抜本的改善への道筋は程遠い状態です。
 そんな中でも、日弁連や各単位会の給費制対策本部等の委員会、ビギナーズ・ネット及び給費制廃止違憲訴訟団において、若手団員が諦めずに給費制の復活を求める諸活動を積み重ねています。
 今年の夏から冬にかけては、今後の立法への起爆剤として、全国の単位会で給費制の復活を求める市民集会を開催しています。
 その市民集会キャラバンの先陣を切って、七月一三日に札幌で、「司法修習生への給費の実現と司法修習の充実を求める札幌集会」が開催されました。
 札幌集会の開催の目的は、全国各地の集会の先駆けとして集会を成功させること、具体的には、(1)国会議員等に集会に参加し給費制に肯定的な発言をしてもらい、またメッセージ送付をしてもらうこと、(2)市民的理解を広め、メディアに取り上げてもらうこと、(3)「当事者」に現状を理解してもらうことにありました。
 (1)についていえば、政府の検討機関の検討状況が極めて不十分であるのに対し、これまでの議員要請により、議員の給費制復活への理解は進んでいます。そこで、札幌集会では、今後の立法的解決に向けて協力してもらえる議員に意思表明をしてもらう機会としました。
 議員要請の成果もあり、七名の本人出席(国会議員六名、市議会議員一名)及び四名の代理出席(全て国会議員)があり、一六通のメッセージ(国会議員一四通、道議会議員一通、市議会議員一通)送付がありました。党派も、自民党・公明党・民主党・共産党・維新の会・新党大地と、北海道選出の全党派を網羅していました。
 発言内容についても、複数の自民党議員から、給費制の復活ないし経済的不安のない司法修習の必要性についての言及がありました。理由は様々で、法曹の質を保つことが国家の安定・平和を守るために必要であることから、給費制が採用された趣旨から、あるいは、医師と法曹がいずれも公的性格が強く市民のために尽くさなければならない職業であるとの共通点からなど、議員自身の言葉で語られました。同じく自民党議員からのメッセージには「給費制の完全復活」との文言が記載されていました。
 このように、今後給費制の復活の方向性を左右する自民党においても、給費制の必要性が広く浸透していることが改めて明らかになりました。
 これまで議員要請を繰り返してきた私たちとしても、ここまで議員が踏み込んで発言等をしてくれたことを嬉しく思いました。
 (1)の目的は概ね達成できました。
 (2)については、団体署名の取り組みが生きました。
 「司法修習生への給費の実現と司法修習の充実を求める団体署名」に賛同してくれた北海道医師会、北海道消費者協会、連合北海道から、各代表者が出席されました。医師会からはインターン制度との対比からの発言があるなど、それぞれ団体の立場から、給費制の復活を求める発言が相次ぎました。これらの発言も、出席していた国会議員を後押ししたと思われます。
 北海道では、給費制についての報道は一年以上ご無沙汰でした。
 そこで、集会に先立って、六六期元修習生による給費制廃止違憲訴訟の提起についての情報提供も兼ねて記者レクを行いました。その甲斐あって、北海道新聞が集会の取材をしてくれました。
 翌日には、主に集会内での新六五期及び六六期の貸与当事者の声をもとに、給費制廃止違憲訴訟の提訴情報も含んだカラー写真入りの記事が北海道新聞に掲載されました。
 (2)の目的についても、概ね達成できたと思われます。
 (3)は、とっても深刻な課題です。
 集会準備の段階から、ビギナーズ・ネット及び給費制廃止違憲訴訟団の新六五期及び六六期の若手弁護士が関わってくれました。また、ロースクールや大学の授業で集会の広報をさせてもらえたことで、新しい学生の参加もありました。
 しかし、これらの若手弁護士・学生は極めて少数です。
 札幌弁護士会所属の弁護士は各期に四〇人ほど弁護士がいますが、新六五期の参加は二人、六六期は三人のみの参加でした。六七期修習生は五〇人以上もいますが、一人しか参加がありませんでした。(3)の目的は達成できなかったと言わざるを得ません。
 「当事者」が諦めてしまっているのかと残念な気持ちになります。せっかくの現状報告、議員や団体からの発言があっても、「当事者」が聞いて「諦めないぞ」「何としても遡及的に給費制を復活させるんだ」と思ってもらわないと、運動は先細り必至です。
 そんな中、貸与当事者として大変な状況にあるにもかかわらず、集会や訴訟提起に向けての準備など、司法の将来や法曹の役割について真剣に考え積極的に動く若手弁護士を、頼もしく思いました。
 貸与制経験者の発言は、貸与制等が原因で法曹への道を断念しかけたこと、貸与金の申込み時の葛藤、親等に連帯保証人を頼む辛さ、奨学金・修習中の貸与を含めた債務額が莫大であること、その返済への不安など、言いにくいことも含めて発信したもので、給費世代が理解しておくべき内容が満載でした。
 札幌集会は、一定の成果があったものの、深刻な課題も明らかにしました。
 九月六日には福岡、翌七日には仙台で、一〇月一九日は名古屋、一一月三日は岡山と、若手団員が中心となって集会準備を進めています。これらの集会でも、議員や市民の理解を得る工夫、「当事者」の意識喚起をする工夫がなされています。
 貸与世代も総じて「諦めモード」の中、人権の守り手を育てる方法について真面目に考え奮闘してくれる団員の存在は、とても貴重です。
 全国の団員の先生方、札幌集会に続く各地の市民集会に、どうぞご参加ください。


猛暑の朝日連峰縦走(一)

神奈川支部  中 野 直 樹

鶴岡灯油裁判の地から幻の怪魚の地へ
 八月二日、山形県・鶴岡駅前ホテルを午前四時に出たタクシーは、朝未だきの空気を切りながら、朝日連峰の大鳥登山口に向かった。昨夏は、京都の村松いづみ、村井豊明、浅野則明、藤田正樹さんたちに誘われて、村松さん百名山達成の飯豊連峰縦走に同行した。今回は、浅野さんの八六峰めの大朝日岳登山に、藤田さんと一緒することになった。
 鶴岡を訪れたのは初めてだ。七三年オイルショックのときの物価の高騰に便乗して、石油業界が独禁法に反するヤミカルテルを結んで灯油価格を不当につり上げた。この社会悪に対し、鶴岡生協の組合員一六〇〇名以上が原告となり、主婦連・川崎生協と共同して、石油会社を被告に損害賠償を求める裁判を、山形地裁鶴岡支部に起こした。仙台高裁秋田支部で全面勝訴したが、八九年、最高裁は「ヤミ」部分について消費者に不可能な立証責任を負担させて、逆転敗訴判決を出した。消費者の権利確立をかかげ、消費者運動・訴訟の先駆けというべき「主婦たちの灯油裁判」の現地である。駅前に生協の店舗があった。その弁護団をつとめられた脇山弁護士の事務所があるところだと思いながら、美しい田園風景を眺めた。
 庄内海岸に注ぐ赤川の上流である大鳥川は、集落の最後タキタロウ公園で西大鳥川と東大鳥川に分岐する。車は東大鳥川沿いの林道に入った。女性の運転士は、昨夏六月の豪雨、今年七月の大雨による崩れで、この林道も通行不能状態が続き、登山客を運ぶ機会が激減したと言っていた。五時、車止めの泡滝ダムの駐車場に自動車が一〇台ほど止まっていた。
 朝食をとって五時三〇分、幻のタキタロウ魚伝説のある大鳥池に向けて出発した。私が終始露払いとなった。深田久弥氏「百名山」には、大正一五年に縦走したときには、道が無くヘソまでつかりながら大鳥川を徒渉したと書いてある。標高五三〇メートルの登山口からの山道は、川沿いの整備されているが勾配が緩やかでだらだらと長い。二つの吊橋を経て、ようやく斜度の出た七曲り差しかかったときに、男女ペアに追い付いた。二人は以東岳までの往復日帰りだと言って再び先行していった。地図を見るとコースタイム九時間なのでなかなかの健脚な二人だ。
 七時五〇分、快調なペースで、標高千メートルのタキタロウ小屋に着いた。昨夏の飯豊山行は三日とも雨中であったが、今日は強い日差しが照りつけている。風がなく、池面は、向かいの緑の山容と青空の巨大な姿見となっている。どちらが本物か見迷うほどの見事な鏡面である。大鳥池は斜面崩壊による堰止めでできた大きな池である。明治三〇年頃から水の流れ口に制水門を取り付けて灌漑用水用の貯蔵水溜にする計画ができ、昭和九年に現在の施設が完成した、と案内板は伝える。
熱中の登り
 朝日連峰は、以東岳、寒江岳、西朝日岳、大朝日岳、小朝日岳、鳥原山を指していると言われている。私たちもこのコースを二泊三日で縦走する。一八七〇メートルの大朝日岳が百名山とされている。地元から見て、朝の光が山塊と山肌を美しく照らすのであろう。
 初日の最高峰以東岳(一七七一メートル)を目指して左回りルートの尾根に取り付いた。コースタイムで三時間四〇分なので、三時間をみておけばという気持ちで急登に取り付いた。一四〇〇メートルほどまで樹林帯で、風がなく、足下に汗がひたたり落ちた。灌木帯を抜けると通常ならば心地よい風が吹き上げてきて汗が引くものである。しかし、この日は無風であった。しかも、日差しを遮るものはなく、強烈な照りつけの中を登ることとなった。藤田さんは京都弁護士会マラソン部で、全国のフル、五〇キロ、一〇〇キロマラソンイベントに遠征している。浅野さんは、山こそ命の次で、月二〜三回は山歩きに夢中である。えらい健脚の二人を後ろに従えて先頭を歩む私は、彼らのペースを乱すまいと懸命に足を上げるが、ちっともペースがあがらない。空冷がきかないものだから、水冷しかなく、しきりにペットボトルを傾けた。私は普通は行動中の飲み水としてはペットボトル一本程度で足りているが、この日はみるみる間に二本が空になった。途中の雪渓で水を詰め替えたが、たちまちあぶられてぬる湯になった。
 地図には、途中のオツボ峰から左に下ると八久和川の源流に向かう点線ルートが書かれている。八久和川は山道のないV字の渓谷で、冒険的な釣り人には、ロープを使った泳ぎの遡行と大岩魚で有名な険谷である。藤沢周平氏の「春秋山伏記」には、人さらいにあった子どもを救出するために主人公の山伏がこの渓沿いの奥山に分け入るシーンがスリリングに描かれている。小説では、峪は「八苦和」と表記されていると思う。
 オツボ峰までも遠かったが、そこからのコースタイム四〇分の登りもきつく、どんどん足取りが遅くなった。今を盛りと咲き誇るハクサンイチゲ(白山一花)の白花、桃色のヒメサユリ(姫小百合)、紫のマツムシソウ(松虫草)などの写真をとることにかこつけては、休息をとった。一二時、ようやく以東岳山頂に荷をおろすことができた。タキタロウ小屋から四時間かかった。眼下に大鳥池がクマの毛皮のように両手と両足を伸ばしている。頭の上には無数の赤トンボが舞っていた。
 ここで元気回復のための昼食のはずだが、かんかん照りの暑さに食欲がわかない。少し下ったところに、老朽化のために使用を制限されている以東小屋があり、その側に雪渓が見える。私はわずかな涼が欲しく、そこに移動をして休憩をすることを提案したが、これから進むコースから外れており、登り返しをしなければならないことから、二人から賛同が得られなかった。やむなくザックを開いたが、とてもガスに火をつける気がせず、熱せられたパンとビスケットを無理矢理飲み込んだ。こんなにバテたことに少し落ち込んだ。浅野さんがこの焦熱のなかで湯を沸かしてラーメンを啜っているのに気づき、余計に気分が悪くなった。
 そこに、朝出会った男女ペアが反対側から到着した。私たちの歩んだ道よりもコースタイムの短い直登コースだったので、二人の足だともっと早く着いているはずだった。ところが、途中で女性の足がつり、一時はどうなるかというアクシデントがあったとのこと。やはり、この暑さは尋常でないのだ。藤田さんが、足がつったときの特効薬として「芍薬甘草湯」という漢方薬の話をしたところ、彼らの方で持参していて、服薬してなんとか回復したとのことであった。私は、これまで足がつった経験はなく、人ごとであったが、数十分後に我がこととなってしまった。

(続く)


ネット選挙にも完全(?)対応!
「自由にできる選挙活動」改訂のお知らせ

京都支部  谷   文 彰

 二〇一三年に公職選挙法が改正され、インターネットを用いた選挙運動が解禁されるという節目を迎えたことで、選挙活動のあり方は大きく変わりました。また、その前年である二〇一二年には最高裁で「堀越事件」「宇治橋事件」に関する判決が出され、適法な公務員の政治活動の範囲が大きく広がっています。政治の革新を目指す私たち民主勢力として、この機会を逃す手はありません。いまこそ政治を国民の手に取り戻すために、選挙活動はどこまでが「自由にできる」のか、改めて認識を共有する必要があるのではないでしょうか。
 自由法曹団京都支部では、公選法の内容を正しく理解し、大胆な選挙活動を展開してもらうための一助になればと、「自由にできる選挙活動」を出版し、時勢に応じて改訂を行ってきましたが、このような問題意識から今般、「自由にできる選挙活動」を改訂し、四訂版として出版することになりました。ネット選挙の解禁に完璧に(?)対応し、二〇一二年の最高裁判決も詳細に解説するとともに、表現を工夫したり小見出しをつけたりするなど読みやすくなるよう全体的にバージョンアップしています。
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