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<<目次へ 団通信1548号(1月11日)


藤岡 拓郎 二〇〇〇万署名活動のさらなる拡大を
〜常幹での各地からの報告を参考に〜
金子 直樹 市の不対応を断罪!
〜さいたま市パワハラ自殺事件
安原 幸彦 JAL客室乗務員契約制廃止の闘い
田見 高秀 ブラック地主・家主対策弁護団の結成と活動
井上 正信 新ガイドラインと安保法制で米軍、米国軍事戦略との一体化を深める日本
近藤 里沙 CEDAWによる日本政府
第七回・第八回報告に対する審査について
中野 直樹 山河が泣いている
そして人々が流してきた幾多の涙(一)
湯山  薫 新事務局次長の湯山です。よろしくお願いいたします。
田中  隆 調査会「改革案」が投げかけるもの



二〇〇〇万署名活動のさらなる拡大を

〜常幹での各地からの報告を参考に〜

事務局次長  藤 岡 拓 郎

 皆様、二〇〇〇万署名の取り組み状況はいかがでしょうか。
 戦争させない・九条壊すな!総がかり行動実行委員会による「戦争法の廃止を求める統一署名」は、二〇〇〇万人を目標に集約日を今年四月二五日とし、五月三日の憲法集会での発表を予定しています。戦争法制廃止の勢いを参院選につなげるためのとても重要な取り組みです。
 昨年一二月一九日の常任幹事会では、各地から様々な取り組み状況が報告されました。まだまだ広がらないという地域や支部の皆様、参考にしていただければと思います。
(1)東京では団員一人一〇〇筆を
 東京支部では、約四五〇人の団員がいる中で、一人一〇〇筆を目標とし、全体としては五万筆を目指しており、各事務所でも自主的に目標を出してもらっているとのことです。
 また、以前の日弁連の戦争法廃止の署名活動では、返信用封筒を同封して依頼者に送る取り組みにより、一つの事務所で五〇〇〇筆集めた成果が報告されました。
(2)東京大田区「返信用封筒に切手は要りません」
 特に東京の大田区では、オール大田が結成されて積極的な活動がなされています。例えば、一二〇人が駅前に繰り出して署名活動を展開、通行人の方が少なく一二〇人の間を縫うように歩く内に、チラシを受け取ってもらったり署名にも協力してもらえたそうです。このときは、一時間で一〇〇筆を超える成果があったとのことで、日時を絞って集中的に人海戦術を繰り出すことも効果的であることが分かります。
 また、大田区全体では一〇万筆を目標に、一つの事務所ではその五%の五〇〇〇、所員一人二〇〇と設定したとのことです。
 さらに、依頼者に発送する事務所ニュースには返信用封筒を同封していますが、これに切手を貼ることは熱意が伝わるものの貼る手間や費用も馬鹿になりません。そこで、切手が不要の返信用封筒(返信があったものだけ後で支払う)を同封するのですが、その際、切手不要の返信用封筒の意味が分からず、切手を貼る必要があると思って出さない人が予想されることから、案内文に「返信用封筒に切手は要りません」との一文を添えたそうです。相手の立場に立ったきめ細かい心配りは参考になるかと思います。
 最後に、署名が返送されてこない依頼者には電話をかけて、署名を送ってもらうようお願いをします。最後まであきらめない、この運動に一貫して通じる姿勢がこの署名活動でも欠かせないということでしょう。
(3)沖縄では三団体が結集
 沖縄では、憲法共同センターが沖縄九条の会に呼びかけて、平和センター(平和フォーラム)も入れて、三者で署名に取り組むための実行委員会を予定しているとのことです。超党派で本格的に署名活動を展開しないと、二〇〇〇万という数字はとても実現できないという危機感を背景に、辺野古のようにオール沖縄の実現に向けた動きがここでもあるようです。また、この機会を通じて全県にも呼びかけていくとのことです。
(4)広島では戸別訪問も地域を絞って集中的に
 広島でも県内で総がかり行動が結成されており、例えば、各団体二〇万、二五万といった目標が設定されています。九条の会では、二〇万を目標にすると、県内一〇〇ある団体において一団体二〇〇〇、一人二〇と、具体的に数字を詰めて、実現のために目標をより具体化しています。また戸別訪問も視野に、地域を検討して狙いを地図に落とし込んで集中的にやることも検討されているようです。
 以上、常幹における各地のご報告を紹介させていただきました。
 街頭での署名活動は、どうしても短時間とならざるを得ません。一時間で一〇〇筆にもなれば大変大きな成果ですが、このような宣伝活動が五月までに全国であとどれくらいできるかを考えると、当然限界があります。多面的な取り組みが必要ですが、各事務所や弁護士ごとの毎日の地道な取り組みを広げていくことが第一であろうと思います。SNSを活用したり、色々と工夫できることもあるでしょう。日常の依頼者対応や学習会、デモでも忙しさに追われて忘れることもありますので、日々の意識した取り組みが欠かせないものと思います。弁護士は対外的接点が多いですし、一日一筆、一週間に五筆など個人的に日常に組み込んだ目標設定もありかもしれません。
 二〇〇〇万という数字は、一見して途方もなく大きな数字ですが、今回のような全国からの報告があると自然と勇気づけられます。皆様も四月の集約時期まで、ぜひ団通信などを通じて、各地の取り組みや成果などを報告していただきたいと思います。


市の不対応を断罪!

〜さいたま市パワハラ自殺事件

埼玉支部  金 子 直 樹

第一 事案の概要
 平成二三年四月にさいたま市の西部環境センターに転属になった労働者が、教育係としてペアを組まされていたAから暴力や苛烈な言動等のパワハラを受けた。本人にはうつ病の既往症があり、前年には九〇日間の休職をしていた。但し、転属時には寛解状態になっており、業務上全く問題ない程度に回復していた。本人の既往症や休職の情報は、転属後の上司に全く引き継ぎされていなかった。本人は、脇腹を殴られるなどのパワハラを受けたことから、四月末、上司である係長に殴られたあざの写真もあるなどと訴えたが、係長はAを交えた三名で、パワハラに関してではなく、本人からAとのペアを解消する訴えがあったため、どうすべきかという議題で、一〇分間の話合いの機会しか設けなかった。係長曰く、その会合でお互い納得したとしてペアは解消されなかった。本人が納得いかないとして係長に再協議を求めるも、係長は証拠を持ってこいと突き放した。センター所長はその後本人は警察に相談に行く、再度Aとのペア解消を求めるなどした後、一〇月に体調を悪化させた。一二月、本人は市に対して即時休職すべきという診断書を提出したが、所長は産業医や主治医等に相談することなく勤務を継続させた。診断書を提出して一週間後、ようやく所長は両親に連絡し、休職することになるも、診断書の日付が実態と異なるとして、所長が休職が必要な期間の改変を要求した。それを聞いた本人は、「もう嫌だ」と叫び自殺に至ってしまった。
 そこで、平成二四年七月、両親を原告として、市の安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求め、さいたま地裁に提訴した。その後、平成二七年一一月一八日、請求を一部認容する判決が出された。
第二 争点
 パワハラの存否
 市の安全配慮義務違反の有無
 本人の自殺と市の安全配慮義務違反との相当因果関係の有無
 損害額(責任割合)
第三 裁判所の認定
1 パワハラの認定

 暴力によってできたあざの写真や家族・警察への相談状況等から暴力の事実を認定、本人が係長への再協議を求めていることやペアの解消を再度訴えたことなどを理由に、パワハラが一〇月ころまで、継続的ないし断続的に行われていたと認定した。
二 市の安全配慮義務違反の認定
 市は、上記経過から本人訴えがあった以上、事実確認し、パワハラの事実が認められればもちろん、直ちに認められなくても、既往症等の本人の状況に鑑みて、配置転換等の適切な措置を執るべきであったのにこれを怠ったとして、市の安全配慮義務違反の事実を認定した。
三 相当因果関係の肯定
 市が本人の訴えに適切に対応していれば、本人がうつ病を悪化させ、自殺に至ることを回避できた蓋然性が高かったとして、本人の自殺と市の安全配慮義務違反との相当因果関係を認めた。
四 損害額(過失相殺)
(1)本人の既往症の存在(素因)が自殺に結びついたこと及び(2)両親が本人の病状確認や治療実施等の自殺回避措置を怠ったことを理由として、八割の減額をした。
第四 判決後の状況
1 対応

 両親は当初市の安全配慮義務違反が認定されたため控訴する意思はなかったが、市が控訴の意向を示したことから、こちらも控訴することとなった。
2 控訴審での闘い
 市の不対応の事実は明らかなので、更に主張を補充する。更に、電通最高裁判決が、本人が成人で自己の判断で労働していたことを理由に両親の過失を否定していることから、上記(2)の判断の誤りを主張すると共に、原発自殺訴訟(過失相殺四割)、近時の過労自殺裁判例(過失相殺なし)などを主張・立証しようと考えている。
第五 公務災害申請
 本件訴訟に先行して、記者会見を実施し、地方公務員公務災害補償基金さいたま市支部(支部長はさいたま市長)に公務災害申請を行った。しかし、Aが上司にも反抗的であった、以前にもAの言動により心療内科に通った者がいたなどの内部調査結果であったにもかかわらず、パワハラの事実を否定し、うつ病の再発は本人の素因が原因であるとしてこれを棄却した。そこで、同基金さいたま市支部審査会へ審査請求を行うも、原決定理由と寸分違わぬ理由で棄却した。これに対し、同基金中央審査会へ再審査請求を行い、本判決の認定を踏まえた補充書面を提出したところである。なお、最終的に受理されたが、支部審査会は、普通郵便で当事務所により送り、事務員に受領を確認したので、再審査請求期間を徒過した旨主張していた。
第六 終わりに
 市の不対応は明らかで、既往症の引き継ぎやパワハラの関係者への事実確認すらせず放置していた結果自殺に至ったという、地方自治体として極めて許されざる対応であった。当初、裁判所は既往症を理由に請求につき難色を示していたが、尋問における市の不対応事実を徹底的に究明し、医師の意見書やパワハラ・メンタルヘルスケアに関する厚労省指針等の追加立証を積極的に行い、上記判決を得ることができた。もっとも、過失相殺の理由は得心いくものでないことから、上記の追加主張等を積極的に行い、更なる勝利判決を勝ち取りたいと考えている。


JAL客室乗務員契約制廃止の闘い

東京支部  安 原 幸 彦

一 全員正社員化を実現
 報道されているとおり、日本航空は昨年一二月一五日、今年四月から客室乗務員の契約制採用を廃止し、正社員採用とすることを発表した。同時に、現在在籍している契約制客室乗務員も正社員化されることになった。一九九四年の契約制導入以来、日本航空キャビンクルーユニオン(CCU)は、会社の分裂政策のもとで少数組合にさせられたが、一貫し契約制の廃止を要求してきた。その二〇年来の取り組みがついに成果を結んだのである。
二 契約制導入の経緯
 一九九四年六月、航空審議会答申を受ける形で、日本航空は国内線に「契約制スチュワーデス」を導入すると発表した。その形態は、JAZという子会社で一年契約、更新三回までの契約制スチュワーデスを採用し、日本航空に出向させるというものであった。これに呼応して、全日空、日本エアシステム(後に日航と合併)をはじめ国内線各社も一斉に契約制導入に踏み切った。つまり、スチュワーデスは全て三年契約のアルバイトとし、三年ごとに全て入れ替えようというのである。
 CCU(当時は日本航空客室乗務員組合)をはじめとする各労組は「保安要員である客室乗務員のチームワークを阻害する」「同一労働同一賃金の原則に反する」としてこれに反対し、契約制の撤回を求めて運動を繰り広げた。その反映として、亀井静香運輸大臣(当時)が「極端に待遇の違うアルバイトではチームワークを乱し安全上問題がある」という発言をするに至った。しかし、当時のマスコミはほとんどが「スチュワーデスはアルバイトでいい」という論調に終始し、日本航空は、第二組合である全労(現在のJALFIO)の了解を取り付けて契約制導入に踏み切った。但し、その後JAZの採用ではなく日本航空の採用とさせ、三年後に正社員に登用するという修正を勝ち取ることができた。
三 契約制下での日本航空の労務政策
 こうして、日本航空の中には、労働条件が異なる二種類の客室乗務員が存在することになり、それは当然ながら、全体としての労働条件の低下に繋がっていった。また、JALFIOに便宜を図り、新人客室乗務員を全員JALFIOに加入させるなどしてJALFIOの育成をはかるという労務政策も強化されていった。こうして、二〇〇六年にJASの客室乗務員の労働組合と合併して一時二〇〇〇名近くの組合員を擁したCCUの組織は次第に少数化を余儀なくされていった。二〇一〇年の日本航空の破綻はこうした労使関係のもとで起きたことである。
四 日本航空は今
 日本航空は破綻したにもかかわらず、労働条件の大幅切り下げ、整理解雇を含む大量の人身整理、課税上の優遇などにより、その後は史上最高利益をあげ続けている。しかし、一方で、低下した労働条件・すさんだ職場の空気が反映して、運航乗務員を中心に人材の流失が続いている。このままでは、拡大を図りたい定期運航にまで大きな支障が生じることは目に見えている。こうした危機が背景にあって、今回の全員正社員化が実現したのである。
 全日空の正社員採用再開から二年遅れて決断された客室乗務員の正社員化は、「経験重視、雇用安定」を求めるCCUの長年の要求に応じるものとなった。しかし、日本航空がこの危機を打開する本当の鍵は、整理解雇問題の解決にある。整理解雇問題が未解決であることが人材流失のもっとも大きな要因だからである。今回の契約制廃止・正社員化という成果に確信を持って、これを整理解雇問題の解決に繋げていくことが我々の喫緊の課題である。


ブラック地主・家主対策弁護団の結成と活動

東京支部  田 見 高 秀

 六日一二日、東京支部団員八名で「ブラック地主・家主対策弁護団」を立ち上げました。ホームページ(http://blackjinushi.com/)も出来ています。是非、ご覧下さい。
 弁護団員は、東京借地借家人組合連合会顧問弁護団(略称「東借連弁護団」)の構成員で結成しています。この弁護団は「借地人・借家人の権利を守り、法律の根拠もなく、不当に借地や借家からの立ち退きを求めてきたり、高額な金銭(更新料・賃料等)を要求してくる地主・家主(ブラック地主・家主)からの被害救済」を活動目的に掲げました。東借連弁護団は、これまでも組合と協力・協働し借地人、借家人の権利保持と向上を目指した活動に取り組んできましたが、近年、特に不動産業者等が地主から借地の所有権を買い受けた上で、法の根拠もなく、借地人に土地の明渡しや底地権の買取りを求め、これに応じないと執拗かつ脅迫じみた対応をしてくる事例が目立ってきました。新聞・テレビ等マスコミで結構報道されましたので、御記憶の団員もおられると思いますが、「借りたものは返す!。母親に教わらなかったか!」と恫喝する。借地人の玄関の真ん前に「売り地」と大書した看板を立てる。「出ていくか、底地を買え」と迫り、連日押しかけ、家人は恐怖に怯えるという、まさに乱暴極まる無法のし放題の現実がありました。被害を受けた借地人の方が、この無法者の言葉を録音しており、テレビに出演し、録音が放映され、非常に大きな反響がありました。
 「ブラック地主・家主」というネーミングも秀逸でした。命名者は長谷川正太郎団員です。すばらしき感性かなと思います。個別被害の救済としては、裁判所に対する面談強要・訪問・勧誘禁止の仮処分に取り組みました。問題が報道されて社会的非難を受けるようになって以降は、当対策弁護団からの通知を受けると即時にそれまでの無法行動は止まるようになっています。ある不動産業者からは「うちは、ブラック地主ではありませんから」とわざわざ言ってくるというエピソードもあります。
 ただ、被害を既に受けて立ち退いた方、無理やり底地を買わされた方、相談を受けられないまま、ブラック地主・家主の被害を受けてしまった方や、今後その恐れのある方は多数いると考えています。弁護団では、その対策として、一つは、「ブラック地主・家主一一〇番」という電話相談を行いました。二つは、ホームページを立ち上げ、メールフォームで相談を受け付ける対応を始めました。三つ目として、行政に対するアクションとして、監督官庁である国交省に対して、悪質な不動産業者を宅地建物取引業法違反により取り締まるよう申し入れをしました(一一月六日)。
 西田穣団員が弁護団事務局長として奮闘されています。他の弁護団員を紹介しますと、以下のとおりです。白石光征団員・黒岩哲彦団員・大竹寿幸団員・瀬川宏貴団員・種田和敏団員。不肖私は、弁護団長を仰せつかってしまい、任をなんとか果たせるよう「奮闘」中です。来る新年、住居と営業の拠点を「ブラック地主・家主」から守るため、本年以上の活動をしようと念じています。


新ガイドラインと安保法制で米軍、米国軍事戦略との一体化を深める日本

広島支部  井 上 正 信

 二〇一五年四月二八日に日米2+2で合意された新ガイドラインは、有事や情勢緊迫時より以前の平時からの日米軍事一体化を深める内容でした。同盟調整メカニズムを「平時から緊急事態までのあらゆる段階」で機能させること、平時から共同計画策定メカニズムを機能させて、日米の共同作戦計画を策定することを合意しています。この部分が新ガイドラインの「肝」と言うべきところです。
 同盟調整メカニズムの中心機構は共同運用調整所です。自衛隊の統合幕僚監部、陸・海・空幕僚監部の代表という、自衛隊の文字通りトップと、米太平洋軍司令部、在日米軍司令部の代表という、これまた米地域統合軍のトップで構成されています。太平洋軍司令部が参加するということは、少なくとも太平洋軍が管轄する太平洋、アジア、アフリカ東部海岸までの広大な戦域での、自衛隊と米軍の共同行動を想定しているからと思われます。共同運用調整所の下部には、日米の三軍の代表で構成される軍軍間の調整所も設置されます。これらの調整所は二〇一五年一一月に日米の防衛首脳会談で立ち上げが合意され、運用が始まっています。
 同盟調整メカニズムと共同計画策定メカニズムについては、防衛省の以下のURLでご覧下さい。
  http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/shishin/pdf/ACMandBPM.pdf
 新ガイドラインの中身は、安保法制により初めて実行可能なものが含まれています。集団的自衛権行使、アセット(武器等)防護、戦闘捜索・救難活動への支援、海上阻止活動(臨検)があります。
 これらの軍事協力を日米一体として行うために、平素から同盟調整メカニズムを機能させ、軍軍間の調整所も機能させ、平素からこれらの軍事活動を想定した共同訓練を行い、共同作戦計画を策定、更新をするのです。これにより、平時から情勢緊迫、危機、戦時に至る「切れ目のない」日米軍事協力が可能になります。
 ところで、私が新ガイドライン文書を読んだ際にほとんど理解できていなかったことがありました。「日本に対する武力攻撃への対処行動」の中の、「領域横断的な作戦」という言葉です。「日本以外の国に対する武力攻撃への対処」ではこの言葉は登場しません。初めて見た作戦概念で、新ガイドラインでも何の説明もありません。「領域横断的な作戦」の意味が分からないまま気になっていました。
 最近になって軍事問題研究会から入手した防衛研究所の平成二五年度特別研究成果報告書「中国の軍事戦略(A2/ADを中心に)」を読んで、やっとその意味を知りました。
 この論文の中で、台頭する中国軍の軍事戦略として米国が呼称している「接近拒否、領域拒否戦略」(Anti-Access Area Denialの頭文字をとってA2/AD)に対抗する米軍の軍事作戦の中の中心概念として「Cross -Domain Operation」(領域横断作戦)が位置づけられていることを知りました。つまり、新ガイドラインで登場する「領域横断的な作戦」とは、万が一の中国との本格的な武力紛争を想定して米軍が作りつつある新しい作戦概念(Air-Sea Battle Conceptとも呼ばれています)の中心概念であったということです。
 領域横断的な作戦とは、複数の軍種(陸・海・空・海兵)を統合し、これをネットワーク化された戦力とし、複数の戦域(陸・海・空・宇宙・サイバー空間)にまたがる横断的並行的な作戦と理解しています。
 ところで新ガイドラインでは、日本に対する武力攻撃の際の日米の防衛分担について、自衛隊が主体的に作戦を実施し、米軍はそれを支援、補完するというものです。ところが「領域横断的な作戦」では、自衛隊と米軍は複数の領域(陸、海、空、宇宙、サイバー空間)で領域横断的な共同作戦を実施、複数の領域を横断して同時に効果を達成することを目的にするとしています。新ガイドラインが規定している日本防衛の際の日米両軍の役割や任務(自衛隊が主役で米軍が脇役)とはいささか違うのではないかと思います。
 そもそも日本の公式の防衛政策では、日本に対する本格的な武力攻撃は見通せる将来にわたり想定されていないはずです。領域横断的な作戦が、中国との本格的な武力紛争を想定したものですから、新ガイドラインが規定している「領域横断的な作戦」は、米国と中国との本格的な武力紛争が日本に対する武力攻撃へと波及した事態を想定しているのではないかと考えざるを得ません。
 この様に見てくると、安倍内閣がすすめている自衛隊の増強や、南方防衛、辺野古への新基地建設は「万一の場合の日本の防衛」とは違う姿が見えてきます。宮古島と石垣島へ陸自の対空、対艦ミサイル部隊(約五〇〇〜八〇〇人規模)を配備しようとしています。中国海軍と空軍に対する防衛ラインです。しかしこれは、米海軍と海上自衛隊、米空軍と航空自衛隊の共同作戦を補完するもので、領域横断的な作戦の一部と考えられます。
 辺野古への海兵隊の新基地建設は、基地機能の強化と併せて基地の分散の意味もあります。上掲の論文を読めば、米軍が想定している中国軍の「接近拒否、領域拒否戦略」では、中国軍が西太平洋の米軍基地(グアム、嘉手納、三沢基地など)への大量の弾道ミサイルや巡航ミサイルによる先制攻撃が行われるとのことです。そうすると米軍基地を狭いところへ集中させるのではなく、広大な戦域に分散配備すること、各基地の抗堪性を強化する、攻撃による機能しなくなる基地の代替を多く作っておく等が必要になるはずです。辺野古への新基地建設は、代替基地としての機能も考えているのではないかと思います。もしそうであれば、私たちの税金から一兆円をかけて作っても、捨て石に過ぎないのかも知れません。米軍とすれば、強化された基地は一つでも多い方が良いはずです。中国軍攻撃に飛び立った爆撃機、戦闘機が、作戦を終えて帰投する空港がなくなり燃料切れで海に落ちるしかないのでは、戦争になりません。
 新ガイドラインで設置された同盟調整メカニズムや軍軍間の調整所は、中国との本格的な武力紛争を想定して、自衛隊と米軍が統合され、陸・海・空・宇宙・サイバー空間での戦闘がネットワーク化されて横断的、並列的な作戦遂行が出来るようにするためのものであると思われます。
 米国は決して中国を軍事的に封じ込めようとしているのではないと表明しています。しかし軍人達は万一の武力紛争に備えて(ヘッジ)、この様なことを考えているのです。その点は中国軍も同じです。米国との武力紛争を起こそうとしているのではありません。しかし不測の事態を常に想定するのが軍人達の常なでしょう。
 しかし軍人達の想定だけに終わるとの保障はありません。もし中国との武力紛争となれば、中国軍の「接近拒否、領域拒否戦略」とそれに対抗する米軍のAir-Sea Battle Conceptと「領域横断的な作戦」は、私たちに直接戦争被害が及ぶ(捨て石と言った方が良いかも知れません)ことは確実です。
 安倍内閣は、安保法制を整備してこの様な軍事戦略を推し進めようとしており、そのことが逆に中国との関係を緊張させ、安全保障環境の厳しさを一層強めることになります。新ガイドラインの実行を担保する安全保障法制の発動をさせない、廃止することは、私たちの平和と安全にとり絶対に必要なことです。
 最後に、中国の軍事戦略である「接近拒否、領域拒否戦略」がどのようなものか簡単に説明しておきます。中国軍はみずからの軍事戦略を明らかにしておらず、ましてみずからが「接近拒否、領域拒否戦略」と呼称しているのではありません。米軍がそのように定義しているだけです。
 「接近拒否、領域拒否戦略」として米国が考えている中国の軍事戦略は、第一列島線(琉球列島からフィリピン、ボルネオに至るライン)と第二列島線(小笠原諸島からグアム・サイパン、ニューギニアに至る線)の間の海域に米軍の進入禁止区域を作ることを目的としています。
「接近拒否」とは、敵対的な戦力が作戦地域に入ることを妨げること、「領域拒否」とは作戦地域における敵対的な戦力の行動の自由を制約することと考えられています。
 米国が想定している(あくまでも米国の想定です)中国軍の戦術は、米軍の戦闘ネットワークと前進配備基地(在日米軍基地やグアム、サイパンの基地など)への大規模な先制攻撃から始まるとしています。戦闘ネットワークは、人工衛星やインターネットを利用した情報通信システムや、前進配備されたレーダー・通信基地(日本国内のものが含まれます)でしょう。


CEDAWによる日本政府

第七回・第八回報告に対する審査について

埼玉支部  近 藤 里 沙

 二〇一六年二月、ジュネーブの国連欧州本部で、女性差別撤廃委員会(委員長林陽子弁護士)による、日本政府の第七回・第八回報告に対する審査が行われます。
 団女性部は、婦人団体連合会の一員として私と団女性部長の二名が参加します。日弁連から参加する団員もいらっしゃると思います。
 これに先立ち、団員の皆さんに、女性差別撤廃条約及びその審査についてご紹介します。
 女性差別撤廃条約(The Convention on Elimination of All forms of Discrimination Against Women)は、一九七九年の第三四回国連総会で採択され、一九八一年に発効した条約で、男女の完全な平等の達成に貢献することを目的として、女性に対するあらゆる差別を撤廃することを基本理念としています。具体的には、「女性に対する差別」を定義し、締約国に対し、政治的及び公的活動、並びに経済的及び社会的活動における差別の撤廃のために適当な措置をとることを求める条約です。二〇一五年七月現在、契約国数は、一八九カ国にのぼり、日本は、一九八五年に批准しています。そして、国連には、この女性差別撤廃条約の実施に関する締約国からの報告の検討または締約国から得た報告及び情報の検討に基づき、提案や勧告等を行うために女性差別撤廃委員会(The Committee on the Elimination of Discrimination against Women、委員長林陽子弁護士)が設置されています。条約も委員会もどちらもCEDAWと表記されます。
 同条約一八条に基づき、日本は、一九八七年三月に第一回報告(CEDAW/C/5/add.48)を提出し、同報告は、一九八八年二月に第七回女性差別撤廃委員会において審議されています。さらに、第二回報告(CEDAW/C/JPN/2)を一九九二年二月に、第三回報告(CEDAW/C/JPN/3)を一九九三年一〇月に提出し、これらの報告は一九九四年一月の第一三回女性差別撤廃委員会において同時に審議されました。
 この第一三回期には、日本を含む全締約国に対し、「一般勧告第二一号 婚姻及び家族関係における平等」が出されています。その第一六条では以下の規定があります。
  締約国は、婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし、特に、男女の平等を基礎として次のことを確保する。
(a)婚姻をする同一の権利
(b)自由に配偶者を選択し及び自由かつ完全な合意のみにより婚姻をする同一の権利
(c)婚姻中及び婚姻の解消の際の同一の権利及び責任
(d)子に関する事項についての親(婚姻をしているかいないかを問わない。)としての同一の権利及び責任。あらゆる場合において、子の利益は至上である。
(e)子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する同一の権利並びにこれらの権利の行使を可能にする情報、教育及び手段を享受する同一の権利
(f)子の後見及び養子縁組又は国内法令にこれらに類する制度が存在する場合にはその制度に係る同一の権利及び責任。あらゆる場合において、子の利益は至上である。
(g)夫及び妻の同一の個人的権利(姓及び職業を選択する権利を含む。)
(h)無償であるか有償であるかを問わず、財産を所有し、取得し、運用し、管理し、利用し及び処分することに関する配偶者双方の同一の権利
  児童の婚約及び婚姻は、法的効果を有しないものとし、また、婚姻最低年齢を定め及び公の登録所への婚姻の登録を義務付けるためのすべての必要な措置(立法を含む。)がとられなければならない。
 そして、一六条に対するコメントとして、以下のように述べられています。
「24・安定した家族とは、各構成委員の平等、正義及び自己実現の原則に基礎づけられる家族である。従って各パートナーは、条約第一一条(a)及び(c)に規定されるように、自己の能力、資格及び意欲に最もふさわしい職業もしくは雇用を選択する権利を有さなければならない。さらに各パートナーは、共同体における個性及びアイデンティティーを保持し、社会の他の構成員と自己を区別するために、自己の姓を選択する権利を有するべきである。法もしくは慣習により、婚姻もしくはその解消に際して自己の姓の変更を強制される場合には、女性はこれらの権利を否定されている。」
 その後、一九九八年に政府は第四回報告(CEDAW/C/JPN/4)を提出し、二〇〇二年九月に第五回報告(CEDAW/C/JPN/5)を提出し、これらの報告は二〇〇三年七月の第二九回女性差別撤廃委員会において同時に審議されました。二〇〇八年四月に第六回報告(CEDAW/C/JPN/6)を提出し、二〇〇九年八月の第四四回女性差別撤廃委員会において審議されました。
 そして、二〇一四年九月に、第七回報告及び第八回報告を提出し、二〇一六年二月の女性差別撤廃委員会で審議される予定です。
 同委員会では、政府からの報告を受け、その内容について審議し、最終的なコメントを発表し、差別撤廃に向けた提案や勧告をすることになります。
 日本の第四回報告及び第五回報告に対する委員会のコメントとして、「日本の民法が、婚姻最低年齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、夫婦の氏の選択などに関する、差別的な規定を依然として含んでいることに懸念を表明する。また、戸籍、相続権に関する法や行政措置における嫡出でない子に対する差別及びその結果としての女性への重大な影響に懸念を有する。委員会は、民法に依然として存在する差別的な法規定を廃止し、法や行政上の措置を条約に沿ったものとすることを要請する。」というコメントが出されています。
 このような委員会からの勧告にもかかわらず、二〇〇八年四月の第六回報告の時点において、上記民法の改正はなされていませんでした。そのため、この報告に対して、委員会からは以下のようなコメントが出されています。「委員会は、前回の最終見解における勧告にもかかわらず、民法における婚姻適齢、離婚後の女性の再婚禁止期間、及び夫婦の氏の選択に関する差別的な法規定が撤廃されていないことについて懸念を有する。更に、委員会は、戸籍制度及び相続に関する規定によって嫡出でない子が依然として差別を受けていることについて懸念を有する。委員会は、締約国が、差別的法規定の撤廃が進んでいないことを説明するために世論調査を用いていることに懸念をもって留意する。 委員会は、男女共に婚姻適齢を 一八歳に設定すること、女性のみに課せられている六カ月の再婚禁止期間を廃止すること、及び選択的夫婦別氏制度を採用することを内容とする民法改正のために早急な対策を講じるよう締約国に要請する。さらに、嫡出でない子とその母親に対する民法及び戸籍法の差別的規定を撤廃するよう締約国に要請する。委員会は、本条約の批准による締約国の義務は、世論調査の結果のみに依存するのではなく、本条約は締約国の国内法体制の一部であることから、本条約の規定に沿うように国内法を整備するという義務に基づくべきであることを指摘する。」
 以上のように、日本は、長年にわたり、女性差別撤廃委員会から、女性に対する差別的な民法の法制度について改正するように勧告を受けてきました。委員会の勧告のうち、離婚後の女性の再婚禁止期間については、二〇一五年一二月一六日、最高裁において、一〇〇日経過部分については、憲法違反であるとの判断がなされています。一方で、同規定について一〇〇日を超えない部分については、合憲の判断がなされています。また、同日、夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称すると定める民法七五〇条の規定については、最高裁において、合憲との判断がなされています。
 これらの最高裁判決については、自由法曹団としても抗議の声明を出しました。勧告を受けた他の民法の規定についても早期に改正し、女性差別が撤廃される団女性部としても引き続き署名活動に取り組みたいと考えています。


山河が泣いている

そして人々が流してきた幾多の涙(一)

神奈川支部  中 野 直 樹

蔵王山麓からの帰途
 遠苅田温泉で東京南部法律の竹村和也弁護士が車に乗り込んだ。私は一年前、一〇月一一日団通信を手にすると、まず自作「虫ワールド『鈴木亜英昆虫展』」を読んで感動する自演となった。その一つ前に竹村さんが「新基地NO! 県外からも連帯したい!!」と題する投稿をしていた。沖縄県知事選を前に、オール沖縄を応援したくて、何も具体化していないが、事務所にも伝えていないが、ともかく一一月に沖縄に行くのでご一緒できる人は連絡下さい(一人では寂しいのです)、と無謀な訴えをしていた。結局寂しい一人旅となったようだが、この熱い心と行動が火種となって、今年は首都圏の若手弁護士の「NO MORE BASE」が立ち上がり、戦争法案反対の運動と連動した取組をしている。一年後の今年一〇月二一日付けの団通信には、寂しくなくなった竹村さんが再び投稿し、沖縄はもう十分な声を上げ続けている、本土がその声にどう応えるかにかかっている、と力強く訴えている。団総会の全体会での竹村さんの発言も胸に染みわたるいい話だった。竹村さんは六五期で弁護士三年めである。
 竹村さんは事務所の先輩の佐藤誠一弁護士に誘われて、山登りを始めたという。そう言えば、総会会場の同期部屋で、佐藤さんから、若い人はただ歩くだけで、景色を楽しんだり、花を愛でたりする楽しみ方を知らない、と聞いていたので、そのことを話題にしたところ、竹村さんは、佐藤先生はすぐ息があがり立ち止まっているのです、とのコメントだった。事実の把握は難しい。
 しまった。話に夢中になっていたために、一五時に待ち合わせの約束をしている白河インターを通り過ぎてしまった。既に一四時三〇分を過ぎていた。次の那須高原SAのETC出口で降り、一般道を経て下り線のETC入口から本線に入り直し、なんとか間に合って白河インターを降りた。
白河のまちに生きる
 待ち合わせをしていたのは、「生業を返せ 地域を返せ 福島原発訴訟」原告のNさんである。一一月一七日から始まる原告本人尋問の二番手の方で、竹村さんが尋問担当、私がサポートである。すでに提出済みの陳述書づくりは中瀬奈津子弁護士が担当であり、二人とも初対面の今日、Nさんと中瀬さんとの間にできている信頼関係をスムーズに継承することが第一の目的である。竹村さんは、早速、陳述書をもとに尋問事項案をつくってきていたが、私は竹村さんに、今日はNさんとフリーなおしゃべりをして、尋問者自身の感覚でNさんの人柄と体験をつかみ、理解することにしようと提案した。弁護士が陳述書の枠内の解釈で尋問事項をつくり原告に示すと、原告もそれに囚われてしまうことになりがちであり、それでは生きた言葉と語りがでないと考えるからである。
 Nさんの自宅で聴き取りとなった。Nさんは、白河に生まれ育った。Nさんは、子どもの頃の、阿武隈川での川遊び、源流部の山遊びの思い出話を生き生きと語り、二人ともその話に引き込まれた。Nさんの口から、二人の知らない地元の山々の名、スキー場の名が次々と登場した。私はここでしまったと反省した。私は山や川を友だちとしているが、Nさんの地元の山河には来たことがなく、予習もしてこなかったからだ。すぐに昭文社の地図を買った。白河の山は、那須連峰の北部に位置し、三本槍岳(一九一六メートル)を頭に、赤面山、甲子山などが阿武隈川の源流域をつくっていることがわかった。Nさんは高校卒業後、就職先との関係で神奈川の湘南ボーイとなり、サーフィン、さらに冬のスノーボードの世界を人生の一部とした。Nさんはそこでできた友との語らいの中で、自分の故郷の自然環境が豊かなものであることを再認識し、白河に帰り、そこで家族をもつことを決意した。二八歳のときであった。
 そして、白河にUターンしたNさんは、ウクライナ出身の女性と出会い、結婚し、娘が生まれた。山小屋風を組み込んだ家も建てた。Nさんは、阿武隈川での山女、岩魚釣りを楽しみ、漁協の組合員ともなった。Nさんは、地元で山仲間をつくり、登山だけでなく、スキー・スノーボードーで冬山にも出かけた。自然の恵みである山菜やキノコ採りはNさんたちの食文化を潤し、その季節が巡りくることを待ち遠しくする歳時記がつくられていた。これらの遊びは単なる趣味ではなく、生活さらには人生そのものである。
 私は、生まれ育った石川県・白山麓のふるさとでの生活に強い憧憬をもちながらUターンできずにいるが、ほぼ同世代人であるNさんの白河の山河に抱かれて生きる日常が心の琴線に触れてくるものがあった。まだ山の世界に入門したばかりの竹村さんも私たちの話の虜になったように見えた。直後の弁護団の被害班会議で尋問予定原告との打合わせ状況を報告し合ったときに、竹村さんは、他のメンバーから、話が盛り上がったのはよいが、肝心の尋問事項の打ち合わせが一つもできなかったことについて大丈夫かと不安を指摘されたそうだ。私は、この初回の打合わせで、保護されるべき家族の人権は、白河の山河、歴史、人間関係の中でこんな形で存在したのだということを、実感をもって共有できたことが大事であり、ここが尋問の柱の一つになると考えた。
 二〇一一年三月一三日、この平穏な生活が一変した。(続く)


新事務局次長の湯山です。よろしくお願いいたします。

神奈川支部  湯 山   薫

 このたび次長に就任いたしました神奈川支部の湯山と申します。
 女性部、市民問題委員会及び盗聴法・治安警察・司法問題等の担当をすることになりました。よろしくお願いいたします(盗聴法等は久保田次長と一緒に担当いたします)。
 本来、次長の任期は一〇月スタートですが、私は中途採用です。なぜ途中から次長に就任することになったかというと、女性の次長がいないことに危機感を覚えたからです。前期の執行部も、事務局長こそ女性でしたが、次長には女性がいませんでした。このままだと四年間女性の次長がいないことになります。一一月末に行われた「阪田団員を偲ぶ会」で、今村幹事長と山口前事務局長とお会いした時にその話を聞き、次長になることを決意しました。これも阪田団員のお導きだと思います。
 さて、私は女性部の事務局長を何年かやっているのですが、どうも団本部に女性団員の声が届いていないような気がしていました。女性差別撤廃条約や、女性の貧困や、選択的夫婦別姓問題や、家庭内介護問題等々、女性を取り巻く様々な問題があるにもかかわらず、団の委員会であまり取り上げられていません。団員の方から「常幹に出て来て意見を言えばいいじゃないか。」と言われました。女性部としても交代で毎回誰かを出席させようとしたのですが、なかなか達成できませんでした。子育てや介護で常幹に出られない人もいるのです。私自身、母の介護で仕事をしばらく休んでいました。でも、女性団員が出席できなくても、男性団員から、夫婦別姓や待婚期間差別等について問題提起がないことがとても不思議に思います。私は、日弁連で両性平等委員会に属していますが、男性委員からこれらの問題に対する意見・提案が沢山出されます。横浜弁護士会でも人権擁護委員会両性平等部会に属していますが、部会長は男性ですし、出席委員は男性の方が多いくらいです。これからは、次長として、女性を取り巻く問題を取り上げて理解していただき、団から意見を発していきたいと思っています。
 このたび、夫婦同氏強制及び再婚禁止期間の一部を合憲とする最高裁不当判決に対し、自由法曹団から「夫婦同氏強制及び再婚禁止期間の一部を合憲とした最高裁判決に抗議し、国会に対して民法の差別的規定の早期改正を求める声明」が出すことができました。
 これからも頑張って参りますので、よろしくお願いいたします。


調査会「改革案」が投げかけるもの

東京支部  田 中   隆

一 経緯と使命
 二〇一五年一二月一六日、衆議院議長の諮問機関である「衆議院選挙制度調査会」がまとめた「改革案」が公表された。
 現行の小選挙区比例代表並立制を前提に、定数を一〇議席(小選挙区六、比例四)削減して四六五議席(小選挙区二八九、比例一七四)にし、都道府県への小選挙区の配分と一一の比例ブロックへの議席の配分に「アダムズ方式」を採用するというもので、一票の格差は一・六二倍に圧縮されるとのことである。
調査会をめぐる経緯を概観する。
 一四年三月、与党(自民・公明)と野党五党(民主・維新・みんな・結い・生活=当時)が、衆院議長のもとに「第三者機関」を設置することで合意した。「第三者機関の答申」になんらかの拘束性を認めようとする政党もあり、主張もあり、メディアのなかにもそうした主張が見受けられた。
 これでは「国権の最高機関」「唯一の立法機関」のはずの国会の上位に立つ「第三者機関」を認めるに等しく、選挙制度審議会法にもとづく常設の公的諮問機関である選挙制度審議会との関係でもゆゆしい問題を引き起こすことになる。自由法曹団が、「『第三者機関への丸投げ』は許されない」と題する長文の声明(三月一二日付)を発表したのはそのためである。
 六月一九日の議院運営委員会での確認を経て、調査会の設置が進められた。座長に就任した佐々木毅東大教授は、九四年に強行された政治改革以来の「お馴染み」だが、他の一四名の委員は政治改革や選挙制度の「プロ」とは考え難かった。政治改革から「第二次政治改革」に至る経緯を概説した「添え状」(八月八日付)をつけて、自由法曹団のすべての意見書をそれぞれの委員に送付したのは、問題の正確な理解を求めるためである。
 「添え状」では、「『小選挙区比例代表並立制の二〇年』がもたらした問題を正しく総括し、国民の声(民意)が反映して議会制民主主義が再生できる選挙制度を模索すること」こそが、調査会の使命だと指摘しておいた。議院運営委員会が確認した「諮問事項」には、「定数削減」や「格差の是正」とともに、「現行制度を含めた選挙制度の評価」「現行憲法下での衆参議院選挙制度の在り方」といった選挙制度の抜本改革にかかわる問題が掲げられており、二〇一三年六月には「並立制の功罪の検証」が与野党で合意されていたのだから、「自由法曹団の注文」は決して法外ではない。
 問題は、調査会がその使命を果たしたかにある。
二 検討姿勢と水準
 調査会の検討がどんなものだったかは、冒頭の「改革案」そのものから見て取ることができる。
 第一に、選挙制度そのものには立ち入らず、並立制の総括・検証をまったく行おうとしなかった。
 並立制を提唱した第八次選挙制度審議会が、「民意の反映」と「民意の集約」という議会制民主主義の根幹にかかわる対抗にそれなりに踏み込んで、「国際国家に求められる果断な政治」を掲げて「集約」を選択したのと対比しても、落差は歴然としている。政治改革を推進する二一世紀臨調(民間政治臨調を改組)の共同代表であり、選挙制度のはらむ政治性を熟知する佐々木座長が、本質問題に触れることをあえて回避させたとしか考えられない。
 第二に、あるべき議会像や議員定数について正面から検討することもなかった。報道によれば、「国際的に比較しても議員の数は多くなく、削減する積極的な理由は見出しがたい」としながらも、「多くの政党が選挙公約で定数削減を掲げているから一〇減らすことで一致した」とのことである(一二月一六日 NHKニュース)。国会審議や政党間の協議では結論が出せないから第三者機関を設置した。だが、その第三者機関は議会や定数のあり方についてなにも提起できず政党の意向に追随した・・・これでは、政党も有識者も、まったく能力がないことを自認していることにしかならない。
 第三に、格差是正の「切り札」のように持ち出した「アダムズ方式」は、人口を定数で割った商の少数点以下を切り上げて定数配分を決める方式で、「一人別枠方式」と同工異曲のものにすぎない。
 最高裁の「一人別枠」違憲論のもとで「アダムズ」合憲論が成り立つかの問題もあるが、ここでの最大の問題は、「別枠」や「切り上げ」にこだわる理由が、どれだけ人口が流動しても「定数ゼロ配分」を生み出さないためというところにある。より広い選挙区での多様な民意の反映によって解決すべき問題を、小手先の技術で処理しようとするために、露呈している矛盾にほかならない。
 以上、「選挙制度」「議員定数」「格差是正」のいずれの問題においても、調査会が使命を果たしたとはとうてい言えない。
三 調査会の「周辺」
 「調査会の一年半」は、国会のあり方が鋭く問われた歴史的な時期であった。
 「改革案」公表に先立つ一一月二六日、最高裁は一四年一二月の総選挙(小選挙区選挙)について「違憲状態」判決を宣告した。
 「一人別枠方式」の温存を憲法の要請に反するものとしながら、調査会での検討などの「是正努力」が続いていることから、違憲との判断を回避したものである。調査会で行われていた小手先の定数操作に「お墨つき」を与えるとともに、現行定数のままで一六年七月にも行われるであろう「次なる総選挙」(衆参同時選挙)に違憲判断をしないことを、あらかじめ宣告したに等しい。
 その一四年総選挙が投げかけたのは、「投票価値の平等が実現されていない」という問題だったか。一四年総選挙とは、政治改革が「理想像」であるかのように描いた二大政党制が、脆くも崩壊したもとで強行された総選挙という「歴史的な意味」をもっていた。
 その結果、集団的自衛権行使容認やTPP強行などの民意に反する政策を強行しようとした自民党は、三三・一一%の得票率(比例)で二九〇議席(六一・〇五%)の議席を獲得し、民主党や「三極」はほとんど溶解状態になって敗北を遂げた。国民の政治不信は戦後最低の投票率五二・六五%(比例)となって現れ、政権党の自民党は国民の六人に一人の支持しか得ていなかった。
 民意と乖離した議会を生み出した一四年総選挙の本質は、意見書「重ねて小選挙区制の廃止を求める」で指摘したところである。
 その総選挙で生み出された国会がこの国をどこに導くか。このことを鮮やかに示したのが、戦争法制をめぐる展開だった。五月一五日の法案提出から九月一九日未明の強行採決まで、法案に対する批判・反対は火を追うごとに拡大し、国会は反対の声に包囲され続けていた。その闘争はやむことなくいまも続けられている。
 あの闘争を通じて、平和主義のみならず立憲主義や民主主義が危機に瀕していることを、多くの人々が感得した。だが、小選挙区制を導入した政治改革とは、「国際国家」への国家改造を果たすためのものであり、民主主義や立憲主義を蹂躙して平和を危機に陥らせることなどはじめから「想定内の事態」だった。
 「戦争法制の夏」とは、政治改革が生み出そうとした国と政治のあり方が、二〇年余の歳月をを経て現実化したものにほかならない。
 あの夏もいまも人々はそうした国や政治を肯首していない。そうであるなら、その矛先はその政治を生み出している国会や選挙男制度そのものに向けられねばならない。
 調査会が意図的に放棄し、最高裁また目を向けようとしない「並立制の二〇年」の総括と民意が反映する選挙制度への転換は、人々の手によって実現されねばならないのである。

(二〇一六年一月二日脱稿)