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加藤 啓二 退職金を減額する場合は、労働者に不利益な内容を説明する必要がある
―最高裁初めての判断―
池田 賢太 ウェルカムさっぽろアクション
―私たちは差別のない街を目指し、
全ての人々を歓迎いたします。
板井 優 九州玄海原発訴訟、原告一万人突破 記念フェタ
前 哲夫 山内康雄君の思い出
増田 悠作 日弁連「法曹の収入等の経済状況調査」への回答をお願いします!
後藤 富士子 国民が求める法曹の養成を
―法曹人口増員、国営統一修習廃止



退職金を減額する場合は、労働者に不利益な内容を説明する必要がある
―最高裁初めての判断―

山梨県支部  加 藤 啓 二

 甲府から静岡市に抜けるJR身延線の沿線に八店舗の支店を有していた峡南信用組合という金融機関がありました。従業員は、一〇〇人位でした。この峡南信用組合は、平成一五年一月に一県一信用組合、一信用金庫という財務省の方針に沿って合併させられました。その後、再度合併させられ、平成一六年から山梨県民信用組合として今日に至っています。
 平成一五年一月の合併の際、この信組の管理職職員は、実質的に退職金をゼロにするという内容の同意書に署名、押印をさせられ、労働組合員の委員長に対しては、退職金をゼロにするという労協に署名、押印をさせました。その結果、旧峡南信組の職員の退職金はゼロになりました。この結論が不当であるとして、旧峡南信用組合の管理職八名、労働組合員四名の計一二名が訴えていた退職金請求裁判で、最高裁判所第二小法廷は、東京高裁判決を取り消して、差し戻しの判決を言い渡しました。
 原告らが所属していた信組が、平成一五年一月に合併する際、合併先の役員の意向を受けて、原告らが署名、押印した同意書(その内容は、「今後の退職金は実質ゼロでもよい」と読み取れるもの)の有効性が一審、二審を通じて問題となりました。合併先の意を受けた信組の役員が短時間のうちに原告らの職場を回り、「何でもいいから、これに署名、押印してくれ」と原告らに署名、押印を迫り、内容を精査する時間もないまま原告らが署名、押印したことで、人によっては一〇〇〇万円を超える退職金を放棄したとみなされるのかという問題でした。一審の甲府地裁、二審の東京高裁のいずれもこの同意書に原告らが署名、押印したことで退職金は放棄したとみなされるとしました。
 しかし最高裁は次のように判断し、東京高裁判決を破棄しました。
 「・・・そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」
 この判決は、マスコミにおいても「賃金退職金の不利益に対する労働者の同意は事前に具体的に内容を説明し、労働者の自由な判断の上での意思を得る必要がある」と最高裁が初めて判断をしたと報じられています。団員の皆様の実務にも使えると思います。尚、弁護団は加藤啓二、長田清明、雨松拓真、加藤英輔の四名です。


ウェルカムさっぽろアクション
―私たちは差別のない街を目指し、
全ての人々を歓迎いたします。

北海道支部  池 田 賢 太

一 差別で汚さぬ 白い雪まつり
 ヘイト・スピーチは、何も関西や東京だけの問題ではない。北海道・札幌にもヘイト・スピーチは存在する。
 札幌には、この時期、国内はもとより、海外からも多くの観光客が訪れる。さっぽろ雪まつりが開催されるからだ。この雪まつりに合わせて、少なくとも二〇一三年から毎年、ヘイト・スピーチが行われてきた。だが、今年の雪まつりに響いたのは、差別を煽るヘイト・スピーチではなく、「私たちは差別のない街を目指し、全ての人々を歓迎いたします。」というメッセージだった。しかも、それは、色とりどりのプラカードや雪まつり会場周辺を中心に複数の街宣車を通じて日英韓中の四か国語で発信された。
二 札幌で行われてきたヘイト・スピーチ
 筆者は、これまで札幌で行われてきたヘイト・スピーチに対し、いわゆる「カウンター」活動に参加してきた。二〇一五年、筆者がカウンター行動に参加したものだけでも、二〇一五年二月八日の「周知街宣 雪まつりソウル市長来札歓迎企画 慰安婦像を即時撤去せよ!」、桜井誠が来札して行われた七月五日の「大嫌韓デモ ver.5in 札幌」、札幌独特のヘイト・スピーチとも言える八月二日の「日本が韓国を近代国家にしてしまったことを謝罪しよう!パレード5」がある。それぞれに対し、支部の団員を含め、市民が結集してカウンター行動を行ってきた。
 全国的に行われているカウンター活動同様、札幌におけるカウンター行動も、ヘイト・スピーカーに対し、効果的にダメージを与え、その広がりを阻止してきた。他方、カウンター参加者は、ヘイト・スピーチを罵倒だけではなく、より市民に受け入れられる形で、多くの市民が参加しやすい形でヘイト・スピーチを包囲することを目指して、新たなアクションの検討を始めた。対処療法的な抗議行動ではなく、地域全体で、「ヘイト・スピーチを許さない」という機運をいかに創っていくかが、次なる課題であった。
三 「ヘイトスピーチ、許さない」を掲げて
 ウェルカムさっぽろアクションは、直接的な抗議行動ではなく、よりソフトに、しかも大きな広がりを持たせるように、準備がなされた。法務省作成の「ヘイトスピーチ、許さない」という黄色のポスターを札幌市中心部の飲食店やドラッグストア、映画館、ホテルなどに配布し、約三〇〇か所に掲示してもらった。ススキノのスイーツバーには、積極的にテレビや新聞の取材を受け入れてもらった。
 このアクションには、大学教員やジャーナリスト、道内ゆかりのパンクロックバンドのメンバー、民主党議員、共産党議員、連合北海道、道労連と、党派や年齢、職業などを超え、幅広く賛同が寄せられた。二月六日、七日、一一日には街頭宣伝行動を行い、七日には札幌出身の精神科医香山リカさん、民主党と共産党の市議会議員、前札幌市長が揃ってスピーチを行った。冷たい雪が降る中での行動であったが、「ヘイトスピーチ、許さない」を掲げ、札幌の雪を差別する言葉で汚してはならないという決意を語りあい、とびきりの笑顔で歓迎を伝えるという、温かな行動だった。休憩中、海外からの観光客が、用意したプラカードをバックに記念撮影をしていた。「ウェルカムさっぽろ」という私たちのメッセージは、確実に伝わっていた。
 今年、街頭宣伝をした場所は、一年前にヘイト・スピーチが行われ、警察に取り囲まれながらカウンターをした場所だった。ヘイト・スピーチを許さないという全国の声に呼応して、札幌も確実に変わりつつある。
 私たちは、これからも全ての人に「ウェルカム」を伝えていく。


九州玄海原発訴訟、原告一万人突破 記念フェタ

熊本支部  板 井   優

一万人原告達成
 「原発なくそう!九州玄海訴訟」は、二〇一二年一月三一日第一回提訴がなされ、二〇一五年一一月一九日の第一六陣提訴で、原告数が一万人を超えた。正確には一万八七人である。
 これを記念して、二〇一六年二月六日、福岡の国際会議場でフェスティバルが行われ、約一三〇〇人が参加した。この会場には、マルシェ(参加者が主催する市場)も大勢が加わり、盛況であった。集会には、福島、福井、川内からも参加して発言し、環境法律家連盟の総会が福岡で開かれたこともあって大挙して駆けつけて頂いた。
 集会の記念講演では、城南信用金庫の前理事長(現相談役)の吉原毅さんが政界や財界の脱原発を目指す様々な動きが紹介された。また、ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんも参加し、数多くの歌も披露された。
 この玄海訴訟の原告は佐賀・福岡・長崎・熊本などから集まり、兄弟訴訟の「原発なくそう!九州川内訴訟」は鹿児島・宮崎・熊本から原告が集まっている。
原発なくそう!九州玄海訴訟
 この裁判は、電力会社である九州電力だけでなく、原発による発電政策を推進する国をも被告にした原発の差し止めを求める裁判である。この裁判の原告たちは、福島での半永久的・壊滅的被害を二度と起こさないということが共通の目的である。
 こうして、国を被告にくわえることにより、全ての原発被害者が団結して最後まで闘っていく構えを明らかにしたものである。
 この訴訟は、こうした立場から「思想ではなく被害で団結すること」を求めて原告を増やし、世論を大きく巻き込んで「力のある正義」を実現して勝利を勝ち取ろうとするものである。
 この裁判の提訴にあたって、私たちは、裁判所外に特別法廷を設置して全ての原告が傍聴できることを最高裁に求めた。しかし、最高裁はこれを根拠もなく拒否した。しかし、最高裁は、熊本で行われたハンセン病元患者の刑事事件を菊池敬楓園内の特別法廷で行い、死刑を執行された事例について調査を開始している。
私たちの闘いの視点
 戦争は最大の公害である。しかし、戦前、私たちは不幸にして戦争を食い止められなかった。しかし、今、前文で戦争の惨禍がなくすことを決意し、基本的人権の擁護、国民主権主義、戦争の放棄を掲げる日本国憲法を新たなルールとして私たちは勝ち得た。
 また、昭和四〇年代の四大公害裁判により、私たちは裁判所で公害をなくする新たなルールを手に入れた。この理論は、この国の様々な分野に広がっている。
 福島での原発事故により、原発事故は法律的にも公害とされた。戦争に勝るとも劣らない公害である原発事故をわが国から無くしていく新たなルールを、私たちはこの国の裁判所で勝ち取らなければならない。私たちが、原発から自由になるにはこうしたルールを勝ち取ることが求められている。
「力のある正義」を実現しよう!
 福島の飯館村は原発五〇キロ圏に含まれるが、深刻な放射線汚染公害から人が住むことも許されないところとなった。まさに、被害自治体である。玄海原発の周辺から風船を飛ばし、高空を吹く偏西風にのった風船は五五四キロ離れた奈良県に落下した。また、低いところを飛んだ風船は季節風にのって佐賀・福岡・熊本などに落下した。まさに被害予定自治体である。被害を受けるものは、原発の再稼働について同意する権利がある。
 私たちは、こうした多数派を結集して全ての原発を廃炉にすることが可能である。この国のあらゆる人たちに呼び掛け、脱原発に向けて千人が一歩ずつ歩んで行くことが何よりも求められている。ともに、原発から自由になるために。


山内康雄君の思い出

兵庫県支部  前   哲 夫

 私と山内康雄君とは、二五期司法修習生神戸修習B班としてまた青年法律家協会(青法協)の会員として、一九七一年来の長い友であり、またその人生はよくクロスしています。山内君が、僕の妻と同じ解離性大動脈瑠で亡くなったのも、二人の縁を感じさせます。
 神戸での実務修習の時に、山内君にはメザシちゃん、略してメーちゃんというあだ名が付きました。それで、メーちゃん、マエちゃんと呼びあうようになったのです。二人で一緒に、中神戸法律事務所の野田団員の作った「裁判の独立を守る六甲の会」や、実務裁判修習中に神戸地裁で違憲判決のあった堀木訴訟弁護団の勉強会に参加させてもらったほか、二五期神戸修習の青法協の会合で議論し合いました。兄弟の中でもまれて育ち、慎重だが負けん気の強い山内君と、一人っ子で気の小さい僕とは対照的でもありました。山内君の刑事弁護修習先だった神戸第一法律事務所に僕が就職することになりましたが、他方一九八六年に山内君が神戸弁護士会(今の兵庫県弁護士会)の副会長に就任したときの会長は僕の民事弁護修習事務所の本田多賀雄弁護士でした。
 当時はいわゆる青法協攻撃の激しい時期で、青法協会員の二名、九組と一〇組の人が裁判官任官を拒否され、それに抗議して、拒否された二人に加えて九組の僕と一〇組の石崎和彦君とその時点でただ一人慎重に悩んで就職先が決まっていなかった山内君の五人で全国の弁護士会などへ訴える全国行脚を始めました。その途中で、山内君の兵庫中央法律事務所への就職が決まり、五月には山内君も僕も就職先の事務所に出勤するようになりました。
 弁護士になって二人とも堀木訴訟控訴審の弁護団に入りましたが、二人が最初に労働事件に携わったのは、野田団員が誘ってくれた全自運の事件でした。山内君は積極的で最初の証人尋問を担当しました(まもなく和解解決で僕の出番はなし)。
 二人の人生を大きく左右したのは、一九七四年に発生した、八鹿高校事件を頂点とする南但馬での部落解放同盟による集団暴力事件でした。何人もの民主的弁護士が現地入りし、当時は今と同じようにスキーのジャンプ競技がよく話題になり、最長不倒距離という言葉がはやっていましたが、南但馬での連続宿泊を「最長不倒距離」と表現して、それを二人は競ったのですが、僕が辛うじて勝ったものの、僕の洲本の裁判所での事件について二度続けての期日変更を裁判所は認めくれずに敗訴判決を受け、控訴審で和解できましたが、弁護士の仕事のあり方について反省させられました。さて、この集団暴力事件について、刑事事件、立場は弁護人ではなく、告訴人代理人になるのですが、それを専従ないし半専従としてがんばる弁護士が求められました。冤罪事件や弾圧事件で被疑者・被告人やその家族を支援し守る活動をしてきた日本国民救援会にとっても、犯罪被害者側に立つという初めての経験だったからです。最初某弁護士が要請を断り、次に僕に要請がありましたがお断りしました。そのとき、次に山内君に要請が行くのは分かっていたので、僕は、「この裁判は長くかかるだろう。しかし、部落解放同盟の言い分は無茶だから政治的には早く解決するだろう。政治的に解決してしまった裁判を担当するのはむなしいに違いない」と断った理由を含めて、山内君に話し、断るべきではないかと意見を言いましたが、山内君はどう考えたのか分かりませんが、これを引き受けました。刑事訴訟に詳しいのは自分だという自負があったのかも知れません。実際には僕の判断は間違いで、長期の裁判は終わったけれど、政治的決着は未だに付いていません。山内君は、この件で団五月集会での新入団員学習会の講師をしたほか、団部落対でも活躍を続けました。
 一九八一年、兵庫中央法律事務所所長の小牧団員が独立し、残された兵庫中央法律事務所、弁護士でいえば山内君と深草徹君とが、神戸第一法律事務所と対等合併して神戸総合法律事務所が生まれました。つまり僕と山内君が同じ事務所員となったのです。
 二人とも、尼崎公害訴訟や阪神淡路大震災の時の火災保険請求訴訟など、一緒にやりました。山内君はアメリカでの地震時の救済措置について研究のため渡米までしました。
 山内君は、家で威張っているように見えましたが、実際は愛妻家で、奥さんとは銀婚式でお二人で仲良くカナダ旅行されました。又、後に神戸総合法律事務所が解体となったときに、山内君は、小牧団員の花くま法律事務所に入所しましたが、これは夫人の鶴の一声で決まったと山内君から聞きました。病魔のための早すぎる死でしたが、その名は確実に歴史に刻まれています。


日弁連「法曹の収入等の経済状況調査」への回答をお願いします!

事務局次長  増 田 悠 作

 司法修習生への給付型の経済的支援については、既に衆参両院の総議員数七一七名の過半数を超える賛同メッセージが集まり、今国会での裁判所法の改正が目指されています。
 そのような中、日弁連は、司法修習終了後一五年以内の弁護士に対して、標記のアンケートを実施します。
・調査名称:法曹の収入等の経済状況調査
・調査実施機関:日本弁護士連合会
・調査対象:第五三期〜第六八期
・調査目的:修習終了後相当期間を経た法曹の経済状況を把握するため
・調査スケジュール:対象者へのアンケート送付 三月四日(金)頃
          アンケート回収締切 三月二二日(火)必着
・調査内容概要:
(1)収入・所得調査
①調査対象 司法修習終了後一五年以内(五三〜六七期まで)の弁護士
②調査事項 収入・所得
(2)奨学金調査
①調査対象 新六〇〜六八期の弁護士(新・旧ある期は新のみ)
②調査事項 法科大学院・大学在学中の奨学金等の借入状況
・回答方法:Web又は郵送
 回答には、確定申告書か源泉徴収票の情報が三年分必要となりますが、手元に確定申告書や源泉徴収票がない年については、回答しなくても良いことになっています。
 調査票には、重複回答を防ぐため、一人一人個人IDが割り当てられており、他人の調査票をコピーしても使えません。回答はWebで行うことも可能ですが、調査票を捨ててしまうなどして個人IDが分からなくなってしまうと、回答が出来なくなってしまいます。ですので、調査票を捨てないよう注意して下さい。
 アンケートの所用時間は、五〜一〇分間です。調査票は返信用封筒とともに届くため、返信用封筒に入れて投函するだけです。返信用封筒の宛先は調査会社となっており、Webの回答も、直接調査会社に届きます。
 五年前に行われた若手弁護士に対する同様のアンケートでは、弁護士五年目以降の若手弁護士の収入の平均値が過去三年のいずれも二〇〇〇万円を超えており、司法修習生の給費を貸与にしても、五年目以降の貸与金の返済に支障がないと判断されました。当時のアンケートの回収率は一三・四%であり、実態が反映されていなかったおそれがあります。収入の多い者の方がこのようなアンケートには進んで答え、収入の少ない者は答えたがらない傾向にあると言われています。したがって、今国会中に裁判所法の改正が実現できるかどうかは、このアンケートの回収状況に左右されると言っても過言ではありません。
 あと三日間ほどで調査票が届く予定となっておりますので、誤って捨てるようなことのないように、確実に回答をお願いします!


国民が求める法曹の養成を
―法曹人口増員、国営統一修習廃止

東京支部  後 藤 富 士 子

一 日弁連臨時総会招集請求者の提案
 三月一一日に開催される日弁連臨時総会の第二号議案は、臨時総会招集請求者の提案に係る議案である。「法曹人口と法曹養成に関する決議(案)」として、司法試験合格者数、予備試験、給費制に関する日弁連の基本方針を次のとおり決議することを提案する。
(1) 司法試験の年間合格者数を直ちに一五〇〇人、可及的速やかに一〇〇〇人以下にすることを求める。
(2) 予備試験について、受験制限や合格者数制限など一切の制限をしないように求める。
(3) 司法修習生に対する給費制を復活させるよう求める。
 この提案の基本にあるのは、「弁護士の窮乏化」という現象の原因を、「弁護士過剰」という現状認識に求めているように思われる。また、現在の法科大学院制度で費用がかかること、さらに司法修習の給費制が廃止されたことで、法曹資格を取得するまでに莫大な借金を背負うことになる現実も問題とされている。
二 弁護士は過剰か?
 まず、私の認識からすると、弁護士が過剰ということは全くない。「役に立たない弁護士」は過剰かもしれないが、紛争当事者が必要とする弁護士は、本当に希少種といっても過言ではない。
 私は、この一〇年位、「離婚と子ども」をめぐる紛争に埋没しているが、全国から事件が持ち込まれ、受任できずに断ることも多い。また、受任事件でも、同じ当事者間で多数の法的手続がとられ、タイムチャージにすると「一〇〇円ショップ」並みになる。でも、弁護士としては「何とかしなければならない」のである。
 家事事件は、紛争当事者双方がそれなりに納得できる解決を目指すことが、社会政策的に上策である。「調停前置主義」の意義も、そこにある。離婚や監護権の問題は、あくまで当事者が決めるべき問題であるから、「自分の人生は自分が支配する」という自覚をもち、相手方と折り合っていくコミュニケーション・スキルを学ぶという経過をたどらなければ、解決に至らない。弁護士は、その「同伴者」「援助者」である。しかるに、調停で解決していくことに寄り添う弁護士は少ない。
 そして、審判や判決となると、法的手続は終わるが、紛争自体の解決にはならず、たとえば監護権紛争で負けた当事者は絶望的に不幸になる。他方で、「親権」「監護権」が「戦利品」のようになって、弁護士の報酬につながる。他人の不幸の上に経済的利得をするのは、プロフェッションではないのではないか?
 ところで、合格者数の大幅減員を決議した二一単位会(総会議案書二五頁)のうち、埼玉、栃木、兵庫、千葉、札幌、山口、山形、山梨、三重の「離婚と子ども」をめぐる事件を私は受任してきた。私が被告代理人になっている山形家裁の離婚事件は、原告代理人も仙台の弁護士である。二一単位会以外でも、釧路家裁の支部に係属する調停を受任している。紛争当事者が苦難に喘いでいるのに、それを放置して「弁護士過剰」もないものだ。
三 「弁護士の窮乏化」は「中流の消滅」の反映
 藤田孝典『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新書)を読むと、招集請求者が「弊害」として問題にする「弁護士の窮乏化」は、「格差社会」「中流の消滅」の反映であることが理解できる。ちなみに、「下流老人」とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」のことである。
 弁護士業界をみれば、企業を依頼者にしている法律事務所は、需要に応えるべく規模も大きくなっているし、収入が激減するなどということもない。エリート弁護士が集められている。
 これに対し、一般市民事件が収入源の大部分を占める弁護士は、依頼者層が貧困化すれば、収入が減るのは当然である。つまり、弁護士に費用を払って法的手続で解決できるような「事件」が少なくなる。離婚が、男女ともに「下流老人への入口」という指摘も、私には実感できる。
 翻って、そもそも弁護士自身が「中流」ではないのか? 年金は国民年金で、とても生活できない金額である。「下流老人」の問題の深刻さは、普通の人があっという間に下流化すること、しかもそれが増え続けていることである。「高齢期」の長期化、子どもがワーキングプアなどで老親に寄りかかる、若者世代の貧困化が下流老人に直結する・・・等々、身につまされる。
 こうした日本社会の動向に照らせば、まず、法曹界に有為な人材を呼び込むためには、法科大学院の教育を充実させ、院生に給費型奨学金を用意すべきである。そして、法科大学院終了を司法試験として国家資格を付与すれば足りる。現在の司法試験は、司法研修所に入所する資格の選抜試験であり、屋上屋を重ねる無駄は止めるべきである。すなわち、統一修習の廃止である。そうすれば、「貸与制」「給費制」の問題も解消する。
四 「専門分化」には十分な数が必要
 私が「何とかしなければならない」と奮闘している一方で、「仕事がない」弁護士が増えている。「どうしてそうなるのか」を考えると、日本の法曹は「専門性」が欠如しているからではないか。現在の統一試験・統一修習制度の下では、本当の「専門家」は育たないと思われる。
 紛争を解決するために、どの条文を適用すればいいのか、を考えるのが「弁護士の仕事」である。そして、法律は、「要件」と「効果」でできているのだから、弁護士は、それを理解できれば足りるのではないか。そういう技能を習得させるには、法科大学院が合理的である。また、「法解釈の方法」という基本を習得したあとは、「広く、浅く」ではなく、多岐多様にわたる実定法の中から各自が専門分野を選択して深める(極めるまでは無理でも)ことが大切であろう。そのように特定の専門分野で優れた技能をもたない弁護士は、「役に立たない」から、需要がなくなる。数を減らしたからといって、「役に立たない」弁護士に依頼する人はいない。
 弁護士が、紛争当事者から頼りにされる「専門家」であり得るには、多岐多様にわたる法分野の中から特定の分野を自らの「専門」として技能・経験を蓄積していくほかにない。そのためには、合格者を増やさなければ、弁護士業界全体が絶滅していくのではなかろうか? そして、そのスピードは、案外速いことを知るべきである。

二〇一六年二月二二日