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荒井 新二 松川事件と共謀罪
吉田 竜一 加古川市などの後援承認の取消を跳ね返して大成功
―小林節教授を招いての憲法集会―
玉木 昌美 やはり「全国でピースナインコンサートを」
大川原 栄 総会議案「労働者の権利擁護のたたかい」等について(下)
大久保 賢一 権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。
中野 直樹 スキー場から百名山へー磐梯山(下)
小口 克巳 (書評)「人質司法に挑む弁護」刊行



松川事件と共謀罪

団 長 荒 井 新 二

一 松川事件の少数意見
 団の歴史上、弾圧事件・冤罪事件として有名なものに松川事件・八海事件がある。いずれも被告人の『共謀』が争われた事案である。長期かつ困難な裁判闘争のすえに謀議の虚構が明らかになり無罪を獲得した。その際に権力の仕掛けた法の罠が、憲法三八条三項の「自白の補強証拠」の解釈と共謀共同正犯論であった。紙面の都合上、このうち松川事件と共犯者の自白の問題に絞って訴訟法上の観点から論じる。
 松川事件では全被告人二〇名のうち、列車転覆致死の実行行為者として起訴された者は五名、それ以外一五名は謀議の参加だけで起訴された。この謀議者で一審で死刑判決を受けた者は三名、無期が二名であった(ちなみに二審では死刑一名分が減った)。七対五の評釈の結果破棄差戻になった最高裁では、国鉄側と東芝側の順次おこなわれた謀議をつなぐ連絡謀議の有無が争点であった。多数意見はこの謀議の存在を否定し被告人らは極刑の前で辛うじて立ち止まった。田中耕太郎長官(裁判長)は少数意見の指導的な立場にあった(死刑原判決を維持)。彼は、順次謀議を「巨大な山脈の雲表に現れた嶺」になぞらえ、(連絡謀議)は「雲下に隠されている」と述べた。
 その後の「珠玉の真実」に達したという差戻審(門田判決)と松川国賠の裁判によって、検察・警察による完全なフレームアップが白日のもとにさらされた。雲がちぎれ去ったあとに残ったのは「謀議」の跡形もない風景であった。
 田中は先のように述べた意見の前に、「謀議だけで犯罪を構成する」という英米のコンスピラシーをあげ「合意は身振りによってもよく」「役割や実行行為の認定」は不要とし、その立証は「非常にゆとりのあるもので差し支えな」いとしていた。
 ほかの少数意見は全体として実行行為から「謀議」を推認するということを基調としていた。「実行行為」は証拠のうえでみるからに希薄であったが、偏見と予断をもって被告人らの列車転覆致死という「実行行為」を前提にして「謀議」を認めた(この辺のことをよく理解するには、現在展開中の松川事件資料の保存と世界遺産登録をめざす運動を参照されることをおすすめる)。
二 共犯者自白の危うさ
 今般の「共謀罪」は、この謀議と「実行行為」を切り離す。「共謀罪」は「実行行為」が存在しないことを機軸として立法される。謀議それ自体を処罰しようとするものである。その詳論は団の意見書「看板を変えても共謀罪はかわらない」に譲るが、共謀というものは本来人間の意思の伝達と交流である。外部世界に証跡を残すようなものではない。「共謀罪」の新設においては、「実行行為」そのものは共謀者の間の単なる表象でしかない。そこで「共謀」の立証では、共謀者の自白が主要な役割を担わされることになる。
 このことを謀議だけで起訴された被告人の立場からみると如何になるか。
 まず自分の無実を晴らすのに自己の経験的な事実を訴える防御方法として考えつくのは、アリバイぐらいしかない。しかし謀議の虚構は、往々にして現実の会議・対話などを下敷きにしてこじつけられることが多い。これらは日常茶飯の些事である。しかも共謀の方法・態様はさまざま、というより無限である。「共謀罪」でのアリバイ立証の困難さは一般的事件をはるかに凌駕しよう。そこで防御の重点は、起訴事案では往々にして共犯者の自白が存在するから、この自白をいかに崩していくかに置かれる。共犯者の自白が攻防の焦点になる。しかし唯一の証拠が共犯者の自白であったとしても共謀の事実を認定できる、というのが今日の判例である。共犯者の自白をいかに弾劾するか、は実務のうえでさらに困難である。列車?覆死という現実があった松川事件の裁判闘争の全経過がそれを明きらかにしている。田中による雲の峰の議論も「謀議」認定の困難さを逆に照射したものであろう。
三 まやかしの「準備行為」の導入
 今回の「共謀罪」は、主観的な「共謀」に加えて客観的な「準備行為」を要件に付加することで、批判に応えようとしたものであろう。それは「共謀」の認定を外部的な行為に係らしめ、「準備行為」を謀議の徴表的事実として捉えるものである。しかし、そのことで防御権の問題が解決するか。
 当局の説明では「準備行為」は共謀者ひとりの行為で足りるとされているようである。しかも他の共謀者がおよそ見聞しないような行為でも十分だと。「準備行為」は例示された「資金または物の購入」のように、日常生活のうえで、どこにでもある行為で構わないとされる。実行行為じたいの危険性を内包しなくてもよいという。「謀議」を積極的に裏付ける必要もない。要するに謀議に発した徴表でありさえすれば足りる、と言うだけの代物である。
 ここで再度自白の問題が浮上する。「準備行為」は犯罪の推進に向けられたものであるから、原則として「実行の目的」に有意に関連づけるべきものである。「資金または物の購入」の客観的な事実だけでは、原則として「準備行為」としての属性を持たない。「実行目的」の存在があって、はじめて「実行行為」としての特性を帯有する。しかしながら目的も、所詮人間の主観の領域にある。目的の存在をめぐって、またもや困難で深刻な状況が法廷に現出されること必至である。
 「準備行為」によって、「謀議の客観化」などはできない。「準備行為」の成否が争われた場合共犯者の抱く「実行目的」が攻防の焦点になり、今まで以上に防御の困難が増す。「準備行為」の導入によって、被告人の防御権はまさに風前の灯となると言えよう。
四 「新しい」共謀罪はどのような社会をもたらすか
 今回の「共謀罪」は前回の共謀罪の単なる修正ではない。刑事訴訟法の「改定」によって盗聴法の拡大と司法取引の捜査手法が導入された後の「新しい共謀罪」である。司法取引の名目で共犯者の自白は大安売りの状態になるだろうことは否定できまい。実行行為が不在であるから、口先で話をつくることが容易となるからである。更に虚偽供述罪の威嚇が共犯者の嘘の自白を維持させる機能をもつことにもなる。彼にすると自分のちょっとした「準備行為」があれば、それだけで共謀の完成である。ひとりの準備行為があれば、残りの九人は謀議だけで処罰されることになる。
 「盗聴」のほうも「共謀」を採る捜査手段として利用される。証拠として法廷に大量に登場することになろう。それ以上に重大なことは疎明程度の「共謀」容疑で盗聴の令状発布が濫用されることである。個人と組織の信用失墜に使われる虞もまた大きいと言わねばならない。また共謀罪はこれまでの刑事法などの基本的な性格を根本的に改変するものと言える。「共謀罪」は監視と密告と弾圧を呼ぶ。そのような社会の到来を許さないために「共謀罪」を阻止しなければならない。

(二〇一六年一〇月二〇日記)


加古川市などの後援承認の取消を跳ね返して大成功

―小林節教授を招いての憲法集会―

兵庫県支部 吉 田 竜 一

一 姫路を中心とする西播地域の隣に位置する東播地域を構成する加古川市、高砂市、稲美町、播磨町には七つの九条の会が結成されているが、この七つの九条の会は、西播地域が五月に憲法集会を開催するため、二〇〇六年以降、毎年秋に実行委員会形式により、平和と文化のつどいの名称で集会を開催している。
 九条の会が行う集会であるから、内容は当然に護憲の集会となるのであるが、昨今、政治的中立性を根拠に護憲の集会を後援しない自治体が相次ぐなか、これまで二市二町すべての自治体がこの集会を後援してきた。
そして今年も一〇月二三日に小林節教授を講師に招いての集会が企画され、二市二町すべての自治体は、この集会が九条の会が主催する小林講演をメインとした企画であることを理解した上で後援することを承認した。
 ところが、高砂市を除く、加古川市、播磨町、稲美町は九月末から一〇月初旬にかけて、突然、後援承認の取消を実行委員会に通知してきた。
二 後援承認取消の理由は、承認後に作成されたチラシやポスターをみると小林節教授の講演の演題が「自民党改憲草案の意味するもの」となっているが、この演題が「政治活動に関連する」(加古川市、稲美町)あるいは「特定の政治団体を宣伝し、支持する意図があると認められる」(播磨町)というものであった。
 憲法に重きを置かない自治体の後援なんていらない、後援取消なんか放っておけという意見もあり得るところであるが、加古川市から送付された後援承認取消の通知書の中には、チラシ、ポスター等から加古川市の名前を消せ、加古川市の名前の入った印刷物は使うなということが記載されていた。
  既に加古川市などが後援してくれることを明記したチケット、チラシ、印刷物を刷り直したりすることなど、事実上、困難であり、実行委員会は、後援取消を「どうぞご勝手に」などとして放置しておくことはできないとの考えをまとめ、直ちに加古川市、播磨町、稲美町に抗議を行った。
三 ところで、自治体の後援の承認は、法的には行政処分ではなく、契約ということのようである。そうすると、不当だと批判はできても、承認しないことを法的に違法だということまでは難しいということになるのかもしれない。
  しかし、取消は別の問題である。承認が契約ということであれば、承認の取消は契約の解除ということになるが、解除が自由に行い得るものでないことは論を俟たない。いったん、契約(承認)した以上、契約(承認)の相手方は、後援してくれたことを期待して行動するのであり、そうした期待は法的保護に値する。契約を解除するには正当な解除原因が必要であるが、本件のような場合に正当な解除原因が発生したというためには、基本的には、@虚偽申請があり、本来、自治体の内規に照らして承認し得ない集会等の後援を承認してしまった、A申請後、自治体の内規に照らして承認し得ない事情が新たに判明した、この二つのいずれかの事情が最低限必要な筈である。
四 加古川市らも、その点の認識はあるようで、だから、実行委員会が虚偽申請を行った事実がない本件では(講演の演題を申請書に記載していないのは申請時点で小林節教授から演題の連絡を受けていなかったからに過ぎない)、申請後に作成されたチラシ等で、講演の演題が「自民党改憲草案の意味するもの」であることを知ったが、この演題が政治的だということを理由に取消しをしてきたものと思われる。
 しかし、そもそも加古川市らの内規によれば、「政治活動に関連しない」ということは承認取消の条件となっている以前に、後援承認の要件でもある。そして、憲法が政治権力を縛る装置である以上、九条の会が主催する護憲集会に招かれた憲法学者の講演が政治と全く無関係である筈がなく、加古川市らは、本件集会が政治と無関係でないことを承知の上で集会の後援を承認したのである。そうであれば、特段の事情の変更も認められないのに後になって「政治的だ」などという理由で後援承認を取り消すことなど許されない。それは明らかに契約当事者間の信義に反する。
 加古川市らの後援承認の取消は不当であるだけでなく違法であるといわなければならない。
五 実行委員会は、加古川市からの回答を受け取った翌日の一〇月二〇日、加古川市に対し、仮に集会が政治とまったく無関係でないとしても、そもそも承認の段階でわかっていた、講演が「政治的」になることを理由とする後援承認の取消は違法であり、高砂市が、小林教授の講演は「極端に政治的なものではないとみている」として、後援を取り消さない方針を明らかにしたことを見習い、速やかに、自らの非を認め、後援承認の取消を撤回すべきある。実行委員会は違法な取消には従わない旨を通告した。
六 これに対し、加古川市、播磨町、稲美町から回答書が実行委員会に送付されてきたが、回答は基本的にチラシで初めてわかった小林教授の講演の演題「自民党改憲草案の意味するもの」が問題なのだということを繰り返すものでしかなく、実行委員会は一〇月二三日、加古川市民会館にて予定どおり集会を開催した。
私も不測の事態に備えて、団総会を急遽キャンセルし,数名の団員弁護士とともにこの集会に参加した。会場では大きな混乱もなく、約六〇〇人が参加するなか、小林節教授は自民党改憲案の問題点をわかりやすく話してくれたのであるが、講演の冒頭では、加古川市、播磨町、稲美町の後援取消について、「行政の政治的中立とは、どの意見に対しても等距離を保ち、どの意見に対しても、それを表明する機会をサポートすること」と述べて厳しく批判した。
七 今回の加古川市、播磨町、稲美町の対応は、法的にも違法であるというだけでなく、広く議論の場を市民に提供するという自治体の任務を放棄し、権力批判の言論を封殺しようという役割を果たしたという点で不当極まりないものといわなければならない。
 実行委員会は、集会の総括後、改めて今回の後援の承認取消は違法であり、実行委員会として取消を認めたわけではない旨の文書を加古川市、播磨町、稲美町に送付する予定にしている。


やはり「全国でピースナインコンサートを」

滋賀支部 玉 木 昌 美

 二〇一六年一〇月一六日、滋賀県栗東市でピースナインコンサート『平和の暦二』―笠木透の心を歌う―を開催した。憲法を守る滋賀共同センター傘下の労働組合や民主団体で結成した実行委員会の主催である。フォーク歌手の笠木透さんの追悼二回目、コンサートとしては三回目であった。このコンサートの趣旨は、文化を通じて憲法や平和のことをひとりでも多くの方に広げるというものである。
 今年は、地元のうたごえ運動の中心で独唱に実績のある歌手森みちさんの歌とトーク、松元ヒロさんのコント・パーフォーマンス、そして、雑花塾の山本忠生さん、増田康記さん、鈴木幹夫さんの歌とトークで構成した(三部作)。
 コンサートは森みちさんの「この広い野原いっぱい」で始まったが、笠木透さんの歌「あの日の授業」は、日本国憲法を教える先生は輝いていたと歌い上げ、圧巻であった。また、ベトナムとの交流の中で戦争を戦った老女と歌で交流したこと、拷問を受けても歌い続けた彼女と「青い空は青いままで」で共感し合えたという話に感動した。戦争で足を失い、恋人に嘘を言って会いにいけない女性を歌った「ハノイの恋」の歌には思わず涙が出そうになった。
 安倍政権を笑い倒す松元ヒロさんのコントは昨年以上に盛り上がった。沖縄の辺野古や高江の問題をも取り上げて、沖縄戦を体験した老女が身体を張って権力と対峙していることやそれを伝えない本土のマスコミの問題性を見事に表現された。また、故永六輔さんの生き様(差別の根源である天皇制を否定する等)をとりあげ、物まねを入れながら展開されたが、このところ彼の著書を何冊か読んだこともあり、また、宵々山コンサート等を思い出したりして魅了された。
 雑花塾は、増田さんのトークを入れながら、歌い続け、途中には山本さんの戦争体験の話もあった。私が好きな歌は、笠木透作詞・増田康記作曲の「わたしたちはなんといわれようと戦争はしない」と歌う「軟弱者」であるが、増田さんの歌には力がこもっていた。笠木透さんの「平和のこころ」を再確認する歌とトークであった。
 最後は、出演者全員と合唱関係者も舞台に立ち、会場と一体となって、「平和の暦」「水に流すな」(滋賀では原発反対の集会で歌う)「君が明日に生きる子どもなら」を全員で歌い、フィナーレとなった。
 このコンサートに参加したのは約二六〇名であるが、沢山の感想文が寄せられた。「森さんの歌唱のすばらしいことを再発見した。」「『ハノイの恋』涙がとまらなかった。」「ヒロさんのコント、ますます輝きを放っていますね。沖縄の現況と永さんの秘話ステキでした。」「ヒロさんの語りは、いつ聞いても説得力があり、ユーモアがあり、確信を与えてくれる。ありがとう。」「永六輔さんについてはことの外面白く、感銘を受けました。」「松元ヒロさんはやっぱりスゴイでした。」「松元ヒロさんのコントは目からウロコ。すばらしかったです。きれいな声のみちさん、温かみのある雑花塾、とてもいい一日でした。」「歌を聴いて、一緒に歌って、笑って元気が出ました。」「楽しいだけでなく、強い筋(平和を希う)が通っていました。」「笠木さんの曲をこれからもずっと歌い続けてほしい。」等々。
 今回、松元ヒロさんや雑花塾の増田さんら、そして、笠木さんの奥様と前夜祭をしたが、三時間があっという間に過ぎた楽しいものであった。そこで、私が、永六輔は「男は女のできそこない。だから男は母、妻、娘を泣かすようなことはしてはいけない。」と受刑者に対し講演してきた(『悪党諸君』)ことを紹介すると、松元ヒロさんはすぐに男の乳首の話で反応した。この時は、まさか、翌日の本番のコントで永六輔の話を全面展開されるなどと予想もしていなかった。 
 尚、永六輔の『伝言』(岩波新書)に紹介されている三波春夫の言葉、戦場で人を殺すことができる体験の紹介は覚えておく必要がある。
 私は冒頭の主催者代表の挨拶で、平和の運動は集会やデモだけではない、民衆の文化の力が重要であると述べた。歌は決して集会の添え物ではない。笠木さんが替え歌を分析した「はだしのゲン」にみられるように、思い切り大声で歌い(五月滋賀の市民フォーラムで講演した尾木ママも『凹まない人生』でそれがストレス解消に最適としている)、元気を取り戻すことの重要性をカラオケの実践に基づき強調したところ、奇しくも森みちさんが紹介された、弾圧され、拷問を受けたベトナムの老女の話も同じであった。  コンサート終了後の出演者との懇親会も大いに盛り上がり、「来年も。」という声とともに「全国で展開すべき。」という話になった。私は昨年団通信に「全国でピースナインコンサートを」と書いたが、ますますそう思うこととなった。
 いずれにせよ、歌と笑いの文化の力で戦争法廃止と立憲主義回復の運動の枠をさらに大きく広げ、ウソとペテンの安倍政権を笑い倒していきたい。


総会議案「労働者の権利擁護のたたかい」等について(下)

東京支部 大川原 栄

1 労働組合運動、その他の問題について(続き)
 東西対立構造下における国策としての労働政策は、社会主義経済に対して資本主義経済(市場経済原理)が相対的に優位であることを示すため、「労働者保護」に一定の価値を置いたものでした。それは、正規労働者の福利厚生の向上を基本にしつつ、正規労働の補完物として非正規労働(女子パート・学生アルバイト)が位置付けられていました。そして、東西対立の消滅によって、「労働者保護」に一定の価値を置く国策は放棄され、剥き出しの「市場原理」(=企業利益のみの追及)に基づく価値にシフトし、それを是認する労働政策に変貌したまま現在に至っていおり、その労働政策の象徴が、過去において正規労働の補完物であった非正規が補完物でなくなっているといことです。
 他方で、労働組合は、東西対立構造がなくなり国策が変更されたにもかかわらず、依然として東西対立構造時における旧態のまま、その当時の「闘争方針」(正規労働者の労働条件闘争)を今も堅持しています。その結果、旧態の労働組合は、非正規問題に真正面から取り組む方針を出し切れていないのが現状だと思っております。
 労働組合に対する時代の要請は、従前の「労働条件の維持・向上」を前提としつつ、非組合員である正規労働者・非正規からすれば「組合加入のメリット」となりますが、今の労働組合にその「メリット」あるいは「メリットを超える他の魅力」はあるのでしょうか。労働組合は、労働力需給バランスが崩れているという歴史的機会を逃すことなく、東西対抗時の旧態から更に「原点の原点」に立ち戻り、「近代」における労働組合運動の原点=組合員間の互助機能にその力の大半を注ぐべきだと考えます。
労働者の要望を端的に括れば、(1)就労先の確保、(2)可能であれば正規、(3)労働条件の維持・向上、(4)仕事のやりがい、となるのでしょう。その要望に応じるため、労働組合は、まずは、(1)(2)を確保するため、労働者(組合員)のモラル・スキル向上を図る必要があります。とりわけ非正規については、組合加入の具体的メリット(スキル向上・就労先の確保できる)を示すことでしかその組織化を積極的に進めることはありえないことです。そして、実際に組合主催(ないし提携先と連携して)で非正規のモラル・スキルの向上のための研修事業をを行い、就労希望者には就労先を紹介・斡旋するという職業紹介事業を組合の主要な活動として行うということです。
 おそらくホワイト認証を取得したホワイト企業は、労働組合がそのモラル・スキルを保証する推薦労働者を積極的に受け入れるはずです。そして、推薦を受けた労働者は組合員のままそのホワイト企業に就労し、堂々と労働組合を結成(BCの実現)すればいいのです。
 話を広げれば、憲法問題や原発問題についても、労働問題と同じ「ダブルスタンダード」克服と共通の課題があるのではないでしょうか。私としては、平和であること、テロの危険がないこと、そして、放射能がないことは、企業経営における「社会的インフラ」だと強く思っております。そうであれば、憲法擁護運動、9条擁護運動、脱原発運動は、企業経営の合理的発展に不可欠なものです。団員の皆さんが、同じくそう思うのであれば、それを「働くルール」と同じように依頼者・関係者である企業・団体に真正面から持ち込むべきではないでしょうか。端的に、社是に「憲法擁護」「脱原発」を掲げてほしい、所属労働者にもそれを徹底してほしいと申入れを行うべきではないでしょうか。
 私たちが生きている社会は、その中核を担っている市場経済原理自体がいろいろな矛盾を抱え、また、その原理に内在する複数の価値が拮抗する中で展開しています。私は、シンプルに「卑怯者や狡い者は許されるべきではない」という思いを、市場経済原理の中で他人事ではなく自分事としてどう実現していけるのかを「本音」で考えていただきたいのです。そして、その実現こそが団規約にある「人民の権利」擁護に連動していくと確信してます。昨年還暦を過ぎた私は、私の領域において「本音」の活動を邁進していくつもりであり、これこそが団が「野武士集団」である所以だと改めて感じております。(終わり)


権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。

埼玉支部 大久保 賢 一

 一〇月六日に福井で開催された日弁連人権シンポの第一分科会「立憲主義と民主主義を回復するために」に実行委員の一人として参加した。毎日新聞特別編集委員岸井成格さんの基調講演、フリージャーナリスト西谷文和さんの「中東の現状」の報告、岸井さんと山田博文群馬大学名誉教授(経済学)、植野妙実子中央大学教授(憲法学)、奥本京子大阪女学院大学教授(平和学)によるシンポ(コーディネーターの一人は群馬の赤石あゆ子団員)などが主な内容であった。いずれも勉強になったけれど、特に印象に残っているのは、岸井さんが「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する。」という言葉を引用しながら、ジャーナリズムの権力監視の役割を強調していたことである。

 私も、立憲主義の必要性を話すときにこのフレーズを用いていたので、「そうか、岸井さんはジャーナリズムの役割で、この言葉を引用するのだ。」と共感したのである。そんな共感があったので、この言葉の出典はモンテスキューだと思い込んでいた私だけれど、改めて確認したいと思って調べてみることとした。そうしたら、このフレーズは、イギリスの思想家・歴史家・政治家であるジョン・エメリク・エドワード・ダルバーク=アクトン(一八三四年―一九〇二年)という方が、一八八七年に使用したとのことであった(ウィキペディア)。私はこのアクトン卿という方は知らなかったけれど、改めて「いいことを言う人だな」と思った次第である。

 ところで、私がモンテスキューが出典だと思っていたのは、「権力を担当する者がすべて権力を濫用しがちであるということは、永遠の経験の示すところである。権力が濫用されないようにするためには、権力が権力を抑制するように事態を定めておかなければならない。」(「法の精神」・一七四八年)が念頭にあったからである。ちなみに、このことを教えてくれた杉原泰雄先生は、このモンテスキューや「われわれにとって明証された真理がある。人間は、本来傲慢に作られており、高位につくと必然的に専制に向かっていく。」(ヴァレル「社会状態における人間の権利の厳粛な宣言」・一七九三年)を引用しながら、権力が濫用されがちな性向を持つことは公理ともいうべきものであるとしている(「現代立憲主義の展開・上」・一九九三年・有斐閣)。

 権力の濫用と権力の腐敗は、例えば、「戦争法」の執行や沖縄での基地建設工事の強行と政治活動費の横領や白紙領収書の授受のような違いはあるかもしれないけれど、被統治者の側からすれば、容認できない行為であることとしては共通している。立憲主義は、権力の濫用や暴走だけではなく、その腐敗も防止する装置と位置付けることはできるのではないだろうか。人民の負託を受けた権力者が、濫用であれ怠慢であれその則を超えてはならないのは、人民の自由と財産を確保するためには必要なことだからである。

 岸井さんは、この国は既に軍国主義の道に入っている。安倍首相の超長期政権が続くようなことを許してはならないと熱く語っていた。そして、私はジャーナリストとしての役割を果たすと腹を括ったと覚悟を語っていた。私たちも、権力者の濫用も暴走も腐敗も許さないための戦いを継続しなければならないであろう。

(二〇一六年一〇月一〇日記)


スキー場から百名山へー磐梯山(下)

神奈川支部 中 野 直 樹

荒れ狂う風(続き)
 ようやく残雪地帯を越え、山頂まであと四〇分ほどの距離にある天狗岩と書かれた稜線に出ようとするところで、烈風が待ち構えていた。山が咆哮し、波状的に押し寄せる風に押し返されて前に進めなくなった。足を前に出そうとして片足立ちになると、足下からあおられてふらつき後ろずさりをさせられるほどの風圧であった。雨粒が真横から身体を打ち、砂粒も飛んできた。あわてて私も雨具を着込んだ。若く、新婚の竹村さんを怪我させるわけにはいかない。接近し、登山道脇のロープを握ってしばらく待機した。断念・撤退するかどうか思案の場面だった。風は収まる気配がなかったが、じっと観察しているうちに、ほんの僅かの間弱まることがあることを体得し、その瞬間に移動し、また待機して次の間を待つ。ということを繰り返すうちに、最悪の風の難所を乗り切ることができた。
雨中の昼食と山頂へ
 山頂下にある弘法清水小屋に入って暖かい飲み物と昼食をとる計
画であった。一三時二五分小屋に着いたが、山開きをしておらず、小屋は施錠されたままであった。落胆が大きかった。やむなく雨だれが落ちる軒下で、荷を開き、ガスコンロで湯を沸かし、立ったままでコンビニおにぎりをほおばった。なんとも味気ない食事であったが、暖かいスープが飲めて元気が回復した。
 そこに、若者男女四人がやってきた。元気であったが、あまりの軽装に驚いた。半ズボンの子もいるし、使い捨てのビニール雨具のみである。この日は気温が高く、強風に立ちすくんだときも寒さの体感はなかったが、もう少し気温が下がった条件では低体温になる危険もある。山はなめてはいけない。
 山頂への道も、うなり狂う風に叱られぱなしの道程だった。山頂の岩場は立って歩くことが危なく、腰をかがめて這うように身を運んだ。そして一四時一五分、「磐梯朝日国立公園磐梯山頂標高一八一六M」の標識前に立った。標高差一一五〇メートルの登りだった。写真をとることが精いっぱいで、感慨を味わう暇もなく、下山となった。
下山の難
 計画では、翁島登山口からの直登コースを下る予定だった。降り口が岩場になっており、すさまじい風が下から吹上げ、岩場で転倒する危険を感じた。即座にあきらめ、来た道を下ることにした。再び容赦のない風に逆らい、一歩一歩踏ん張りながら下降した。ようやく稜線から外れると、今度は雪渓を斜めに横切らなければならない。雪渓は登りよりも下りの方が滑りやすく難しい。雪面に靴のカガトを押し込みながら、そろりそろりと進む。靴が不十分な竹村さんは苦心していた。
 危険区域を抜けて普通の登山道となった。この当たりから竹村さんの若さのもう一面があらわれた。山登りは登るだけで終わらず、無事下まで下らなければならないのであり、登りで張り切りすぎて体力を消耗しすぎてはだめである。しかも下りのときに負担のかかる筋肉は登りとは別である。竹村さんの足取りは明らかに重くなった。最後のゲレンデ内の下りは身体が前につんのめる状態となり歩きにくい限りであり、竹村さんは悲鳴を上げていた。
 翌日、若いころ自衛隊の飛行機乗りであった原告のSさんに話を伺うと、磐梯山は風の通り道に位置し、乱気流が発生しやすい場所であり、飛行機はこの上空の飛行を回避しているそうである。竹村さんの残雪期登山の初体験は、厳しい修行の場となった。(終わり)


(書評)「人質司法に挑む弁護」刊行

東京支部  小 口 克 巳

 東京弁護士会の会派、東弁期成会にある「明るい刑事弁護研究会」が、このたび「人質司法に挑む弁護」を現代人文社から刊行した。副題は、勾留からの解放である。
 一〇年前刊行の「保釈をめざす弁護」の改訂版。裁判員制度の導入で、勾留・保釈がいくらか改善と言われるが、本来の法律要件を充足しない身柄拘束がまかり通っていると言わざるを得ない。
 すなわち、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれが「活用」され、無実を訴える被疑者、被告人に対しての報復であるかのように機能している。
 このことは、倉敷民商事件を見れば一目瞭然、四二八日の長きにわたっての身柄拘束は異常であり、まさに民主団体に対する弾圧と無実を訴えることに対する敵意の表れと言うほかない。刑事弁護でのきびしいたたかいはまだまだ続く。
 そのために、不当な勾留に対するたたかいを強力に展開することが必須であり、このことに変わりはない。

 本書は、勾留の実態を告発するとともに、まずは、「身柄拘束解放手続案内」として、実態を踏まえた手続への対処を解説している。最新の判例も適宜引用しており、便利な案内である。続いて、「勾留・保釈のQ&A」では、一問一答形式で実践的疑問に手短な回答を記載している。書式の紹介もある。また、統計資料なども搭載され、最近の傾向も把握できる。本書の特筆すべき特徴は、事例の紹介である。研究会で収集した事例の紹介であるが、若手の弁護士が中心の研究会メンバーが実際に悪戦苦闘した実践の記録も事例として多く掲載している。本書では、身柄拘束の政治的意味を問い、大衆的裁判闘争を展開するとの側面については論述されていないが、身柄拘束の厳しい実情を示す事例も多く搭載され、問題の深刻さを示している。また、事例の紹介を通じて、刑事事件の中での工夫、奮闘が読み取れる。ひとつひとつの事例から読者が教訓をくみ取り、自らの実践に創造的に生かしていくことを切望したい。
 なお、筆者自身も進行中の不当な身柄拘束とのたたかいに取り組んでいる。全日本民医連所属の柳原病院でのわいせつを問われた事件である。警察は、願ってもないチャンスとばかり現地の千住警察に警視庁本庁から派遣部隊が乗り込み、大張り切り、病院を含め四カ所、五回にわたる家宅捜索を実行、職員名簿、看護師経歴書を押収、テレビ放映もさせるというものである。政治的意図が明白である。
 逮捕された医師は、八月二五日以降一〇月二五日現在ですでに二ヶ月もの身柄拘束のさなかである。裁判所は、さすがに逃亡のおそれがあるとまでは言わないものの、例によって「罪証隠滅のおそれ」に固執し、弁護側は保釈請求で難航している。この件でも身柄拘束の実際の機能は、無実を訴える医師に対する報復であり、民医連弾圧の重要な要素となっている。

 弾圧事件に限らず、そしてすべて刑事事件における全弁護士共通の課題として、本書の一読をお勧めする。

(一〇月二六日)