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佐 藤 博 文 戦争に子をとられる母の思い
自衛隊南スーダンPKO派兵差止訴訟
新 垣   勉 第二次普天間爆音訴訟は控訴審の闘いへ
石 川 元 也 参議院法務委員会参考人出席の記
―部落差別永久化法案審議に際し―
岩 佐 賢 次 「部落差別解消推進法案」に対する自由法曹団の取組みについて
漆 原 由 香 「ママ、どうして会館を使えないの?」
〜ママの会高山・集会の自由侵害事件と岐阜支部の取り組み〜
馬奈木 厳太郎 被害総論に関する弁論を行い、求釈明を申し立てました
〜 「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟第二二回期日の報告
渡 辺 輝 人 最近の原発を巡る情勢と運動のあり方についての雑感(下)
守 川 幸 男 チェルノブイリから学ぶ原発損害賠償請求訴訟における「ふるさと喪失慰謝料」についての問題提起
村 山   晃 京都第一法律事務所の五五周年と記念誌
玉 木 昌 美 【書評】団大阪支部の『支部結成五〇周年記念文集』が面白い



戦争に子をとられる母の思い
自衛隊南スーダンPKO派兵差止訴訟

北海道支部 佐 藤 博 文

現職自衛官の母親が提訴
 一一月三〇日、現職自衛官の母親である原告が、南スーダンPKO派遣差止訴訟を札幌地方裁判所に提起した。自衛隊の南スーダンPKO派遣の実態と違憲性を真正面から問う、全国で初めての裁判となる。
 安倍政権は、一一月一五日、安保関連法に基づく駆け付け警護や宿営地の共同防護等の新たな任務を付与する「実施計画」を閣議決定し、同月一八日、東北方面隊第九師団(青森)を中心とする第一一次隊(三五〇名)に派遣命令を出した。
 これにより、憲法九条一項・二項に反する武力行使に踏み込み、自衛隊員に犠牲者が出る、自衛隊員が他国の地で発砲して殺傷することが現実的になった。

憲法九条は基地の町の共有財産
 原告は、現在の陸上自衛隊東千歳基地の前身、旧米空軍基地「キャンプ千歳」で働いていた両親の間に生れ、基地の町・千歳で生活してきた。原告は現実に見る軍事基地や兵士の姿、ベトナム戦争の写真を見たり話を聞いたりして、「戦争は筆舌に尽くし難い悲惨なことだ」「殺したり殺されたり、傷つけ合うことがない社会が何より素晴らしい」と思い、憲法の人権尊重主義や戦争放棄・恒久平和主義を当然のこととして受け入れてきた。そして、日本には憲法九条があり、自衛隊は専守防衛だから、アメリカ兵のようなことにはならないというのが、原告の認識だった。
 それは、全国有数の基地の町・千歳においても、家族や友人をはじめ、自衛隊員やその家族も含め、広く市民一般の間で共有されていた。

南スーダンは国連も認める戦争状態
 今年八月一二日、国連安保理決議二三〇四号は、深刻化する南スーダン内戦による人道被害を積極的に防護するためとして、地域防護軍四〇〇〇人を新たに派遣することを決定した。そして、「国連文民保護施設、国連施設、国連要員などに対して攻撃を企図していることが確実である、あるいは攻撃を仕掛けているいかなる主体に対しても、迅速で効果的な交戦」を行う権限を与えた。
 「いかなる主体に対しても」とは、政府軍・反政府軍を問わずという意味である。「攻撃を企図している」相手に対して「迅速で効果的な交戦」を行なうとは、先制攻撃も辞さない武力行使という意味である。
しかるに安倍政権は、「停戦合意・受入同意がある」、「法的な意味における『武力紛争』が発生しているとは言えない」等と詭弁を弄している。黒を白と言いくるめ、憲法と自衛隊員の命を蔑ろにする、許しがたいものである。

自衛隊員・家族に対する主権者の責任
 北部方面隊は、第一〇次(本年五〜一一月)に続き、来年五月の第一二次派遣の対象とされている。一二度の派遣のうち実に五度目である。陸自最強と言われる北部方面隊・第七師団を前面に立て、派遣を継続する決意だと言える。
 原告の息子さんも派遣対象者である。「私の産んだ子をどうしてくれる」「だれの子どもも殺させない」という原告の訴えは、ますます切実になっている。
 自衛隊員は、国民の「公僕」であり、いわば身代わりで行くのだから、政府による違憲の行為から自衛隊員の命を守り、隊員や家族の人間としての尊厳、人権を守ることは、私たち主権者の責任である。

憲法論の構成
 本訴訟は、PKO協力法の法令違憲から出発する。国連PKOは、もともと一〇〇%軍事的な性格を持つPKF(Peace Keeping Force)にほかならず、一九九〇年代からは「平和強制部隊」として国連憲章第七章の軍事的措置として行なわれるようになり、国際交戦法規、国際人道法が適用されるに至っている。
 かような国連PKOで他国軍隊と一緒に活動する自衛隊について、憲法九条の禁止する「武力の行使」にあたらないとか、自衛隊員個人の自己保存的な「武器の使用」にとどまる、という論理は通用しない。
 加えて、新任務とされた「駆け付け警護」「宿営値の共同防護」は、軍事用語で言う「奪還作戦」「陣地防衛」にほかならず、戦闘行為の根幹をなし、実質的に集団的自衛権の行使(他国防衛)にほかならない。
 本訴訟は、憲法九条の「武力の行使」「戦力」について、自衛隊の違憲の実態を明らかにした恵庭、長沼、百里、イラクの裁判闘争史に位置づけられる。

平和的生存権の構成
 イラク派兵差止訴訟の二〇〇八年四月一七日名古屋高裁違憲判決に基づき、戦争の被害者だけでなく加害者にもならないこと、その双方を等価値で拒絶することに、平和的生存権の本質的意味があると主張する。
 また、派遣された自衛隊員には、国際法上の「兵士の権利」が保障されておらず、戦場救護の装備も教育もほとんどない。このような状態で国民の身代わりとして戦場に行かせることはしない、政府による違憲の行為から自衛隊員の命を守り隊員や家族の人間としての尊厳を守ることも、国民の平和的生存権の内容をなすと主張する。
 また、母親として、子どもを産み育てその成長を見守ること、子どもの家族との結びつきは、何ごとにも代えがたい生きがいである。その営み自体が人格的生存の基礎であり、そこから切り離された生存あるいは幸福追求は考えられないとして、「生存権」論を深化させている。

裁判の三つの目標
 原告と弁護団は、三つの目標をもってこの裁判をたたかう。
 第一に、南スーダン情勢、国連PKOの活動実態、自衛隊の活動の違憲性を明らかにし、勝利判決と自衛隊の一刻も早い撤退を勝ち取ることである。
 第二に、自衛隊員や家族が置かれている深刻な権利侵害(隊員や家族にも知らされず)を明らかにし、主権者国民が自らの問題として捉えることである。
 第三に、自衛隊員や家族に本訴訟を知らせ、自衛隊員や家族の追加提訴を実現し、取り組みを全国に広げることである。

弁護団の構成と今後の拡充
 本提訴は、自衛官の人権弁護団・北海道とイラク訴訟名古屋弁護団が中心となっている。今後は、全国の弁護士、とりわけ次代を担う若手弁護士に呼びかけて弁護団を拡充したいと考えている。

以上


第二次普天間爆音訴訟は控訴審の闘いへ

沖縄支部 新 垣   勉

一審判決
 第二次普天間爆音訴訟は、一一月一七日、那覇地裁沖縄支部で一審判決を迎えた。判決内容は、人格権に基づく米軍機の飛行差止めを「第三者行為論」を理由に棄却し、「裁判を受ける権利」侵害を理由とする普天間基地提供協定の違憲無効を「法律上の争訟」に当たらないとの理由で門前払い(却下)する不当判決であった。損害賠償については、爆音の違法性を認め同種訴訟で最高額となる賠償(W七五以上月七〇〇〇円、W八〇以上一万三〇〇〇円)を認め運動を一歩前進させるものであったが、将来請求分については棄却した。
「第三者行為論」の克服に向けて
 米軍機の差止めを求める各地の米軍基地爆音訴訟では、「第三者行為論」を理由にいずれも差止めを認めておらず、「第三者行為論」の打破・克服は共通の大きな課題となっている。第三者行為論とは「直接の加害者は米軍であり、地位協定上、日本は米軍機の飛行を規制する権限を有していないので、規制権限を有していない日本には差止める法的義務がない」という理屈である。最高裁は幾度もこの論理を確認し、これを差止め拒否の強固な法的根拠としている。
 そこで、各地の弁護団はこの壁を乗り越えるためそれぞれの訴訟で工夫をしている。厚木騒音訴訟は自衛隊の差止を行政訴訟で実現しようと工夫し、第三次嘉手納爆音訴訟では、「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」(国内法)に基づき、爆音が人身被害をもたらしているとして、対米訴訟を提起している。
 普天間爆音訴訟が着目したのは、「第三者行為論」が成立する前提である。第三者行為論が有効に機能するのは、被害者が加害者(米軍)に対して、直接裁判を提起し差止めできる状況が存することを前提とするものではないか、という点である。現状では、日本の裁判所は米軍の活動(米国の主権行使)に対する裁判権を有しない(横田対米訴訟最高裁判決)。このように加害者に直接裁判を提起できない状況の下では、米軍基地を提供する国の差止義務を否定する第三者行為論は、被害者から違法な加害行為を差止・除去する手段を剥奪する機能を果たしている。
 そこで弁護団は、被害者が加害者に対し裁判を起こすことを拒絶する法的根拠となっている地位協定、それに基づく個別の基地提供協定に着目した。加害者に対する裁判提起を拒絶する行為はまさに憲法が基本的人権として保障する「裁判を受ける権利」を侵害するものと位置付け、違憲の地位協定の下で、加害者(米軍)に対する裁判権を保障しないまま基地を提供する「基地提供協定」の違憲無効を主張した。ところが一審判決は、普天間基地提供協定の違憲無効を確認しても原告らの権利救済につながらないとして、国と原告らの間には、「具体的な法的紛争(法律上の争訟)は存しない」と判断し、訴えを不適法と判断した。しかし、地位協定及び基地提供協定が原告らの「人格権」及び「裁判を受ける権利」を侵害しているのは明らかであり、そこには不法行為という権利侵害関係があり、かつ、「裁判を受ける権利」を剥奪侵害するという基本権侵害関係が存する。これは、正に具体的な法的紛争の存在そのものといえるのではないか。また、普天間基地提供協定の違憲無効が確認されると、普天間基地は法的に存在し得なくなるものであり、これは明らかに侵害行為の除去をもたらすものであり、被害者の権利救済に役立つ。
控訴審へ
 原告らは、悲願の飛行差止めを認めないことは不服だとして、一一月三〇日福岡高裁那覇支部に控訴した。私たちの闘いは、違法な爆音の差止を求めることを目的としており、裁判は最高裁まで視野に入れて闘うことになる。


参議院法務委員会参考人出席の記
―部落差別永久化法案審議に際し―

大阪支部 石 川 元 也

 一二月六日、上記審議に際して参考人として呼ばれた。(国会に呼ばれたのは二回目、一九九七年四月、臓器移植法案について衆議院法務委員会に)
 法案賛成の立場から、部落解放同盟書記長 西島藤彦氏、京都産業大学教授・灘本昌久氏(自由同和会推薦)、反対の全国地域人権運動総連合事務局長・新井直樹氏、そして弁護士石川元也である。参議院では、慎重審議ということで、こうした顔ぶれで参考人質疑が実現した。運動三団体代表が揃うかと思ったが、同和会は学者が出てきた。解同と同和会は、三人ずつの付添人がついて来ていたが、人権連にも私にもいない。傍聴人も、大阪民権連委員長だけではさびしい。
 意見陳述は、西島氏が、部落地名総監の刊行やネットでの拡散、結婚差別をあげて、部落差別は拡大しているのに、部落問題が希薄化ているから、社会悪だということをはっきりさせる理念法が必要だという。
 灘本氏は、解放同盟の見方は過大評価だ、結婚問題も大多数は、当事者二人の意思で決まっており深刻な問題ではなくなっている。しかし、同和問題が久しく忘れられているから、この程度の法律があっても良いだろう。
 これに対し、新井氏は、三〇余年の同和行政の実施で、基本的に部落問題は解決している。いまさら、新たな部落差別法を制定する必要はないし、それは却って部落差別を固定化し永久化させるもので反対する。
 私は、同和特別法の施行を理由に、解放同盟が、何が部落差別化という判断権を独占したうえ、暴力的糾弾行為で、教育関係者や行政を畏怖させて、その主体性を奪った。矢田事件、八鹿高校事件など、多くの事件で、裁判所の判決が、「解放同盟の主観的恣意的な判断の下で、自由な意見交換ができる環境が損ねられた」と指摘され、これらが、政府機関である地対協の意見書や総務庁の「啓発推進指針の政策転換、そして同和行政の終了に結びついた。終了の理由には、差別意識の解消している、本来、行政は全国民を対象として行われるべきだとの確認もなされている、それを復活させることは理由がない、と述べた。
 質疑の中で、わたしは、「希薄化している(解同)とか、忘れられている(同和会)というのは、まさに部落問題の解決が進んでいることの反映だ」とも指摘した。
 推進派の議員から、解放同盟参考人にたいし、何度も、「過去のような糾弾行為はやらないだろうね」とか「八鹿高校事件の総括はどうなっているか」と質問されたが、正面からは答えず、「公開性と説得をもって臨む」と糾弾を維持する考えを示していたのも印象的である。
 沖縄の糸数議員が、「『土人』発言について政府は差別と断定できないと言うが、言われた側が差別だと受け止めればそれは差別に当たると思うが、皆さんはどう思うか」との質問に、私は、あれは明白な差別だ、言われた側の思いとそれが社会的支持を受けていることが大事と述べた。この「言われた側の思い」という言葉は、かつて、解同が「足を踏まれた痛みは踏まれたものしかわからない」と、差別判断を独占する根拠とした言葉である。踏まれた痛みを訴えて国民的共感のもとにたたかいを広げるやり方との違いをわかってもらいたかったからである。
 委員長の指名で発言するというシステムで、直接質問を受けないのに、関連発言するのも難しいものであるが、まあ、積極的に言ったつもりである。
 提案・推進派の議員たちに、いまさらこんな法案を出すことには忸怩たる思いをさせる、それが私の役割かとも思って出たのであるが、多少できたであろうか。
 休憩時のトイレや、終わってから、自由同和会の本部会長や事務局長が「先生の話が一番よかった」と名刺を差し出してきた、それなら一緒に反対しようよと応えたが、面白いことだった。対話をひろげる可能性、手応えを感じた。
 (なお、この日の私の発言については、しんぶん赤旗の一二月一四日四面に)
 一日おいて、八日には、質疑、討論(仁比さん一人だけ)、採決と一気に進んだ。
 採決後の附帯決議では「過去の運動団体の行き過ぎた言動が部落差別の解消を阻害した要因に対する対策を講じること」「教育・啓発、実態調査により新たな差別をうむことがないよう留意すること」としたことは、反対運動の反映であると共に、この文言だけで歯止めにならないことも明らかで、今後の政府の作業などを厳しく監視し、その逸脱を許さず、かつ、一日も早くこの法律を廃止させる社会状況を形成する決意を固めようではないか。そのための取りくみについて、団内や社会的共同論議も始めよう。


「部落差別解消推進法案」に対する自由法曹団の取組みについて

事務局次長 岩 佐 賢 次

一 はじめに
 去る一二月九日、「部落差別解消推進法案」が国会で可決成立した。本法案が部落差別解消を謳っているもの、その実は部落差別を固定化し永続化しかねないものであるため、団は法案成立阻止のための取組みを行ってきた。本法案の成立を機に、今後の廃止運動等につなげるためにも、部落問題委員会の担当次長として、ここで約七ヵ月にわたって行われてきた団の取組みを簡単にまとめておきたい。
二 「部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明」の発表
 本法案は、今年五月一九日、通常国会に突如として国会に議員立法として提出されたものである。これは現自民党幹事長の二階氏の旗振りによるものと言われている。団は成立を阻止するために、まずは同月二四日に「部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明」を発表した。当初は衆議院の法務委員会で、同月二五日にも強行採決される見通しだったものが、当時衆議院の法務委員であった清水ただし議員の活躍もあり、通常国会での採決は見送られ、今秋の臨時国会へ継続審議となった。
三 第一回部落問題の学習検討会の実施
 「部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明」を発表した後、なぜ団はこの法案に反対するのか、そもそも部落問題とは何か等、団員から疑問の声が複数寄せられた。そこで、部落問題を通じて、団のこれまでの歴史を学ぶためにも、主に若手団員向けの企画として、学習会の実施を提起し、七月二八日に、大阪支部の杉島幸生団員を講師に迎え、「部落差別問題を知ろう!〜部落差別解消推進法案になぜ団は反対するのか?〜」と題した学習会を団本部で実施した。団員、議員秘書、人権連を含む一八名が参加し、今後の取組みにも議論が及び盛会となった。
四 第二回部落問題の学習検討会の実施
 第一回の学習会で、今後の団の取組みを進めるうえで、意見書の作成をするべきとの意見が出されたことを受けて、第二回の学習検討会は、九月九日に意見書案の検討を中心に実施した。これまでの経験を活かした幅広い団員からの意見を募るために、西日本の団員が参加しやすい会場として大阪で行われた。東は東京の鈴木亜英団員、西は広島の服部融憲団員、高知の谷脇和仁団員、滋賀の元永佐緒里団員を含む一三名が参加し、意見書の叩き台を杉島団員と前幹事長の今村幸次郎団員の草案をもとに、大阪支部の石川元也団員や宇賀神直団員が資料や意見ペーパーも出されるなど意見交換が活発に行われた。
五 部落問題委員会の開催
 第二回の部落問題学習検討会に参加された広島の服部融憲団員が、この法案の決着がつくまでは部落問題委員長として留任すると言明されたのを受けて、第三回の部落問題学習検討会は、部落問題委員会として開催された。
 意見書案について引き続き意見交換がなされ、意見書の構成も固まった。大阪支部の井上洋子団員が、意見を集約する形で構成をまとめ、これに今村前幹事長が自らのパートを合体させ、目次も作成し、一〇月一三日に意見書が完成した。
六 国会議員との共闘 〜院内学習会の実施〜
 意見書を衆参の法務委員の国会議員等に送付すると、共産党議員団事務局からすぐに要請があり、意見書をもとにした本法案の問題点についての院内学習会を実施することになった。
 院内学習会は一〇月二〇日に衆議院第二会館で、人権連や民権連などの団体にも呼びかけて実施され、充実した討議がなされた。
七 参議院での院内集会の開催及び議員要請行動の実施
 衆議院では、法務委員の藤野保史議員による質問、討論が冴え渡ったものの、数の力で押し切られてしまった。衆議院で可決されてしまった一一月一七日、参議院会館で「部落差別の真の解消を目指す院内集会〜部落差別固定化法案の成立を阻止しよう!〜」を人権連と共催で開催した。人権連、救援会も含め二四名が参加した。衆議院から法務委員の藤野議員や畑野議員に駆けつけていただき、衆議院での質疑の状況など国会情勢の報告もしていただいた。
 院内集会後は、団と人権連がペアとなるように班ごとに分かれ、参議院法務委員会委員を中心に、ビジュアル化したペーパー等を持参し、参議院での慎重審議を求める議員要請行動を行った。
 その後、ひな形の文書を作成し、全国の団員にも、参議院での慎重審議を求めるFAX行動を呼びかけた。
八 国会での審議 〜石川元也団員が参議院の参考人質疑で意見を 陳述〜
 参議院での慎重審議を求める運動を行った甲斐あって、参議院では参考人質疑が行われることになった。参考人四人のうちの一人が石川元也団員である。急遽大阪支部でも団員有志が資料の検討等で準備の支援を行った。一二月六日に行われた参考人質疑の模様は、翌日のしんぶん赤旗の一面で大きく取り上げられた。
九 参議院での可決成立 〜抗議声明の発表〜
 仁比聡平議員の反対討論は、熱く、胸に響くものがあったが、参議院でも数の力で押し切られ一二月八日に委員会採決がなされ、九日に本会議で成立した。
 もっとも、「過去の運動団体の行き過ぎた言動など部落差別の解消を阻害した要因に対する対策を講じること」や、「教育・啓発、実態調査により新たな差別を生むことがないよう留意する」との参議院での付帯決議も併せて可決されたことは、この間の反対の取組みによる一定の成果といえる。
 本案の成立に対して、団は、「部落差別の解消の推進に関する法律案の可決成立に断固抗議する声明」を一二月一二日に発表した。
一〇 おわりに 〜今後の課題〜
 長期的な課題は、本法律の廃止に向けた取組みをどう組織するかであり、当面の短期的な課題は、本法律をいかに無効化する取組みを行うかということであろう。具体的には解同による本法律に基づく活動を注視しつつ、今国会で法案提出者から「本法案は理念法である」と説明があったことや、参議院で採択された付帯決議をもとにガイドラインを作成するなど、被害を受けやすい地方自治体職員向けに対処法をレクチャーする等の活動が考えられる。今後の活動に向けて、より多くの団員(中でも特に若手の団員)へ部落問題委員会に結集することを呼びかけたい。

以上


「ママ、どうして会館を使えないの?」
〜ママの会高山・集会の自由侵害事件と岐阜支部の取り組み〜

岐阜支部 漆 原 由 香

一 市への意見書提出
 岐阜支部は、岐阜県高山市に対し、平成二八年一二月七日付で、『高山市会館規則の改廃を求める意見書』を提出しました。
二 本件取消処分の内容
 本件は、平成二八年七月の参院選の直前の七月八日に、高山のママの会(ママの会with Peace@飛騨高山)が『選挙前ママたち大集合!!緊急おしゃべり会』と題する学習会を企画し、岐阜県高山市の「高山市女性青少年会館」の集会室の利用を申請したところ、開催当日の昼ころになって、同学習会が「政治的活動にあたるおそれ」があるとして、(告知聴聞の機会もなしに)集会室の利用申請が取り消された、というものです。
 高山市女性青少年会館の指定管理者であるNPO法人のスタッフが、ママの会の活動のようすを取材した新聞記事を見て、同施設を管轄する高山市生涯学習課に進言し、「参院選や改憲について語る?政治活動だ!」とか、「登録名簿にない漆原とかいう弁護士が参加するのはルール違反!」と判断したようです。
 同施設は、メンバー全員の住所と連絡先を書いて団体登録しないと利用させないという規則外の運用をしており、これについては高山市議会で質問してもらって、そのような運用は廃止されました。
 ママの会のメンバーは、当日になって利用申請が取り消されたためショックを受けつつも、代替施設を探したり、参加予定者に連絡したりするのに大わらわとなりました。
 しかし、私や、夫の川津聡団員が、高山市生涯学習課に根拠法令を問い合わせるなどした結果、約三時間後に突然、取り消しが撤回され、予定どおり学習会は開催されました。
 学習会では、選挙公報を見ながら各政党の政策の違いについてて考えたり、選挙に関する素朴な疑問や不安(エンピツで書くと投票操作されるという噂は本当?など)について意見交換したり、私からも現行憲法の理念や改憲草案の問題点などをお話しさせていただき、大変充実した時間になりました。
三 本件取消処分及び本件規則は、憲法二一条一項及び会館条例に違反する
(1) その後、調べてみると、「高山市女性青少年会館施行規則」(以下「本件規則」といいます)には、政治又は宗教的活動に利用するおそれのあるときには、指定管理者は、利用させることができないと定められていることがわかりました(第七条一号)。
(2) 高山市女性青少年会館は、高山市女性青少年会館の設置及び管理に関する条例(以下「本件条例」といいます)に基づき、高山市が設置した施設です。
 なお、同施設は、社会教育法にいう「公民館」にはあたりませんので、同法二三条一項二号の適用は受けません。
 本件条例における会館利用の不許可に関する規定は次のとおりです。
「第七条 指定管理者は、次の各号のいずれかに該当する場合は、会館の使用を許可しないことができる。
  (1) 会館の管理上支障があると認めたとき。
  (2) 施設等を損傷するおそれがあると認めたとき。
  (3) 公益又は良俗を害するおそれがあると認めたとき。
  (4) 前三号に掲げる場合を除くほか、会館を使用させることが適当でないと認めたとき。」
(3) つまり、本件規則は、本件条例にない目的規制を勝手に定めているのです。
 もちろん、高山市民が市の施設を利用して学習会等をすることは、憲法二一条一項の集会の自由によって保障されています。
 本件条例も市民の集会の自由を保障する趣旨であることは明らかであり、同条例第七条各号に定める以外には本件施設の利用を不許可とできないとしているのです。
 規則は条例の委任を受けて制定されるものであり、条例より下位の法規範であることから、条例が規定する制限以上に厳しい制限を課すことはできません。
 本件規則は、「政治的又は宗教的活動に利用するおそれのあるとき」を不許可事由とし、利用目的による制限を規定しているところ、利用目的によってその使用を不許可とすることは、公共の福祉による制約とはいえません。
 本件規則は、明らかに憲法二一条一項及び本件条例に違反しています。
四 高山市との意見交換会
 岐阜支部と高山市の意見交換会が、一二月七日、高山市役所で行われました。牛丸尋幸市議も同席しました。
 まず、岡本浩明団員が、よどみなくすらすらと意見書の内容を解説しました(これが団で培われた弁護団スキルか!と感嘆しました)。
 次に、安藤友人支部長が、あらゆる施設で同じことができなければならないというわけではないとして、施設の性質や設置目的に応じた利用制限に理解を示しつつも、「政治的・宗教的な目的での利用がなぜいけないのか、市民が納得できる位置づけを」と述べました。
 高山市は、本件処分が不適切であったことを認めるとともに、政治的活動という理由だけで使用不許可という運用はしないと述べました。ただ、規則の改訂をするかしないか、するとしてもその時期については、明言しませんでした。
 安藤支部長が指摘したように、なぜ政治的活動・宗教的活動を目的とした利用がいけないのか、集会の自由の制限としてどこまで許されるのかという問いに正面から答えるべく、高山市と協議を重ねていく必要があると感じました。
五 さいごに
 安倍政権の報道弾圧、言論弾圧があからさまに行われ、世間に浸透しています。本件は、単に自治体が法の解釈・執行でミスをした件ととらえるのではなく、安倍政権の「政権にモノをいわせない」社会づくりのあらわれとみるべきでしょう。地方自治体の現場のスタッフまでもが「自主規制」的に市民活動を監視するようになっています。
 ママの会のメンバーである若いママたちは、他の公共施設の利用申請をする際に再び不許可になるかもしれないと不安を覚えるようになったり、ママの会の活動が、公の施設を使わせてもらえないような「悪いこと」なのではないかという思いを抱くようになったと述べています。萎縮効果が生じているのです。
 しかし、全国のママの会の活動もそうであるように、その活動内容は真摯なものです。私たち若い団員は積極的に活動に参加し、こうした若い世代の市民運動を支え、広げていきたいと思います。
 本件規則については、引き続き市に協議を申し入れ、必ずや改廃を実現させます。


被害総論に関する弁論を行い、求釈明を申し立てました
〜 「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟第二二回期日の報告

東京支部 馬奈木 厳太郎

一.冬晴れの期日
 一一月三〇日、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の第二二回期日が、福島地方裁判所において開かれました。この日、国と東電からは新たな書面が提出されました。
 国の書面は、本件事故以前の工学的知見に照らして、国の結果回避義務を導き出すことはできず、仮に結果回避措置を講じても本件事故を回避することはできなかったと主張するもの(準備書面一六)、原告らが主張する本件津波による敷地内への浸水深と建屋内への浸水の態様について認否を明らかにしたものです(準備書面一七)。
 東電の書面は、専門家証人の証言をふまえ敷地高さを超える津波を予見することはできなかったと主張するもの(準備書面二〇)、二〇〇八年の津波試算に基づき結果回避措置を講じても本件事故を回避できなかったと主張するもの(準備書面二一)、避難指示区域外に居住する原告らについて中間指針等で定める期間を超えて避難を継続すべき合理的理由はないと主張するもの(準備書面二二)、本件事故に関する裁判例を整理したもの(準備書面二三)、原告目録記載事項に関して認否を明らかにしたものです(準備書面二四)。
 私たちの側からは、国内法令とICRP勧告等について整理し、放射線被ばくの影響等に関する被告の主張に反論するもの(準備書面・被害総論一五)、中間指針等の限界を明らかにし、その限界を超えて被害実態に即した賠償がなされるべきことを主張するもの(準備書面・被害総論一六)、外国籍を保持する原告についても国家賠償が認められるべきことを主張するもの(準備書面・外国籍を保持する原告について)、慰謝料額を認定するうえで考慮されるべき法益と被害事実について述べるもの(準備書面・被害事実四)、尋問を終えた原告らの尋問結果等に基づき原告別の被害事実を主張するもの(準備書面・被害事実五)などの書面を提出しました。
 当日は、この時期にしては寒くない冬晴れとなり、二五〇名を超える方が参加されました。「原発なくそう!九州玄海訴訟」弁護団の東島団員・池上団員のほか、千葉訴訟の原告の方や弁護団の中丸団員・藤岡団員、かもがわ出版の松竹伸幸編集長、井上淳一監督、東京演劇アンサンブル、劇団さんらんといった方々も駆けつけてくださり、傍聴席に入りきれなかった方々向けの企画では、元自衛官の泥憲和さんをお招きして講演会を行いました。

二.裁判所も関心を示す
 この日、私たちは、東電が二〇〇二年に行った津波推計計算の結果に基づいて、津波防護措置としてポンプ用モーターはじめ重要施設のかさ上げ、建屋の浸水防止対策(水密化)などをはかってきた事実を指摘し、東電が「浸水した状態を前提としていない」と主張しながら、他方で津波による浸水を前提とした対策を取っていた矛盾を追及。東電に一連の文書の提出と釈明を求めました。国に対しては、東電から試算結果の報告を受けたかなどについて明らかにするよう求めました。裁判所も、一連の資料ついて、「争点にかかわるものであり、裁判所としても関心をもっている」と述べ、東電に対して提出を促しました。
 また、東電が、「年間二〇ミリ以下の被ばくは何らの権利侵害にはあたらない」などと主張していることについては、これまでの科学的知見を明らかにしつつ、「公衆の放射線防護策と個々の住民に対する権利侵害性は区別されるべき」と反論し、中間指針等が定めたの慰謝料についても、被害実態をふまえないもので、司法判断によって是正されるべきだと主張しました。

三.結審に向けて
 今回が年内最後の期日でした。来年三月に予定されている結審まで残り二回を残すばかりとなりました。法廷外の取り組みとして、公正な判決を求める署名の取り組みも始まりました。引き続き、ご支援をよろしくお願いいたします。


最近の原発を巡る情勢と運動のあり方についての雑感(下)

京都支部 渡 辺 輝 人

三 政権を取れない状況での脱原発運動のあり方についての一考察(続き)
 このように、そもそも資本との関係を無視して脱原発はできないのであるし、かつ、この点で時の経過は脱原発に味方するのであり、すでに、三・一一前と比べると大きな到達点を築いている。脱原発の運動は、目先で原発の再稼働があっても、落ち込まず、楽天的に展開すべきだと感じている。
(1) 避難の困難性に着目した政治の方向性はどうか
 一方、二〇一六年の情勢として、鹿児島や新潟で、原発の再稼働に消極的な知事が誕生した。国政を変えるには至っていないが、当然ながら、自民党の首長を落選させてこのような事態が起きているのは重要である。ただ、知事が一度再稼働した原発の稼働を差し止める権限を持っているわけではないので、鹿児島県のように、一度、規制委のお墨付きを受けて再稼働を始めてしまうと、なかなか困難があるように見受けられる。
 ここで、注目されるべきなのは、原発の稼働阻止そのもののみならず、避難計画である、と感じる。原発で過酷事故が起きた際の避難の実施については、現在の制度上、自治体に丸投げされているところ、首長が、事実と証拠に基づいて「避難計画が実施困難である。我が県で原発を安全に稼動させることはできない。」と正式に宣言すれば、情勢は大きく変わるのではないだろうか。
(2) 放射性物質の拡散シミュレーションの威力
 団岐阜支部も関わった運動として従前から紹介されていたが、例えば、若狭湾の原発立地地域から風船を飛ばすと、風に乗って岐阜県に到達する。そして、そのような結果がでると、地元も無視できなくなり、メディアでも大きく取り上げられることとなるのである。
 この点については、滋賀県と兵庫県の取り組みが参考になる。滋賀県は、嘉田由紀子知事在任中に、若狭湾で福島並みの事故が起きたときに、琵琶湖にどのような影響が出るのか、独自のモデルに基づくシミュレーションを行った。すると、七〜一〇日にわたって、飲用に適さない状態になる可能性があることが判明した(最終的に二〇一四年一月二一日「琵琶湖流域における放射性物質拡散影響予測(最終報告)」としてまとめられている)。この件は当時大きく報道された。滋賀県は、知事が替わっても、再稼働に消極的な姿勢を維持している。一方、琵琶湖疎水を通じて、琵琶湖の水の恩恵を最も受けているのは、実は京都市民なのであるが、京都市民はこのニュースを自分のことと受け止めなかった。
 滋賀県に続いたのは、京都府を飛び越した兵庫県である。筆者の邪推では、大した結果は出ないと思ったのかもしれない。しかし、二〇一四年四月二一日に発表された「放射性物質拡散シミュレーション(県内全域)の結果について」では、場合によっては、神戸市に至るまで、ヨウ素剤の服用が必要なレベルになる結果が示されてしまったのである。深刻な数値が出た同県の篠山市では、二〇一六年になって、希望する住民へのヨウ素剤の配布が行われるに至った。
 これらのシミュレーションは、想定する事故の規模を手加減しており、必ずしも想定される最大規模の爆発を想定していないが、それでもこのような状況になっているのである。
(3) 結果が予想されるからシミュレーションをしない京都府
 そして、両県に挟まれながら、自前のシミュレーションを実施していないのが、他ならぬ京都府である。なぜか。京都府知事は、表向きは、国からSPEEDIのシミュレーション結果の提供を受けたから、としている。しかし、大飯や高浜などの原発から最も近い都市(舞鶴市)や、同原発らから最も近い百万都市(京都市)を抱えるのは京都府である。自前でシミュレーションをやったときに、住民の大量被ばくと避難困難な実態が明々白々になり、対策を立てようがなくなる、というのが実態ではないのだろうか。実際、篠山市よりもはるかに原発に近い舞鶴市ですら全市民を対象にしたヨウ素剤配布は行われていない。
 なお、京都地裁の大飯原発差し止め訴訟は原告が三〇〇〇名を超えたが、その八割以上は京都府民である。地震等の問題にも鋭意言及しつつ、“逃げられない私たち”の実態を前面に押し出す訴訟を展開しているのが特徴である。「被害に始まり被害に終わる」公害訴訟であるが、福島の被害の他は、自分たちの被害を自分たちで想定する他ないのである。
(4) 拡散シミュレーションを実施した上「避難困難」を宣言する手はあるのではないか
 滋賀県・兵庫県の例を見ても、京都府の消極姿勢をみても、過酷事故の際の避難計画が自治体に丸投げされている状況で、政治的な影響力が大きく、かつ、自治体が取りうるもっとも強力な手段は、科学的な裏付けに基づく「避難困難」の宣言なのではないかと思える。
 この点、自由法曹団京都支部では、京都府下の北部自治体の防災担当者とも何度も懇談している。皆、異口同音に避難計画の実施の困難性を認めざるを得ない発言をするが、行政官として、結論として「避難困難」とは絶対に言わない。しかし、この点は、首長が姿勢を変えれば担当者の姿勢も変わるし、その点について、議会の同意も必要ない。知事の権限で可能かつもっともインパクトのある方法は、これなのではないか、と最近、考えている。
 この点、鹿児島県のホームページを見る限り、業者に丸投げして避難のシミュレーションはしたようであるが、そもそも論の、放射性物質の拡散シミュレーションはしていないようである。新潟県では二〇一五年一二月一六日にSPEEDIを用いた「資料No.1-2 放射性物質拡散シミュレーション結果」という資料が公表されているが、その後、これがどのように扱われているのか、筆者には分からない。少なくとも泉田知事の慎重姿勢にはつながっていたのではないだろうか。
 筆者は二年前の夏に鹿児島県の甑島(こしきじま)に家族で旅行に行った。この島は川内原発の沖合約二〇kmのところにある島で、港の横にある一番「高級」な宿泊施設から、川内原発がよく見える。そして、この島では左記の写真のようなプレートがあちらこちらに貼ってあり、住民は、常に、津波と原発を身近に感じながら生活している。今年五月の熊本の震災と、七月の鹿児島県知事選を結びつける言論はあまりないが、筆者は、日々、このようなプレートを目にしている人々が、五月の隣県の震災を目の当たりにして何を考えたかは、割と想像に難くないのではないか、と思っている。今、筆者は、こういうプレートを勝手に作って、京都府下一円に張り出せないか、と提案しているところである。鹿児島市にもいいかもしれない。
 本稿はあくまで雑感であるが、他地域の運動に、何らかの足しになれば幸いである。(終わり)


チェルノブイリから学ぶ原発損害賠償請求訴訟における「ふるさと喪失慰謝料」についての問題提起

千葉支部 守 川 幸 男

一 ご報告
 今年の八月二〇日に千葉県弁護士会主催の研修会「チェルノブイリから学ぶ―法律と現地報告―」に参加しました。講演は、関西学院大学災害復興制度研究所研究員である尾松亮氏による「チェルノブイリ法、日本との政策の違い」です。政治的ないし立法政策的にも参考になるものでしたが、ここでは、それだけではなく、原発訴訟でも使えないかという観点から、遅ればせながら最小限の報告をするとともに、問題提起します。
 すなわち、あのロシアで、(もともとソ連邦時代の事故であり、当然のことながら個人の過失だとして、国の責任はないという前提ながら)ウクライナ、キエフ、ロシアでの運動の成果として連邦法になったこと、連邦政府が経済的支援に乗り出していること、様々な議論と運動を経て、地方議会の立法で包囲して年一ミリシーベルトを基準としたこと、さらに、基本的な考え方として、(1)数十年にもわたる廃炉作業中は危険なので、三〇キロ圏内にはそもそも帰還させないという政策を貫いていること(なお、老人などがこっそり戻ってくることは黙認している)、(2)住民への支援策として、健康被害の立証なくして「居住リスク補償」をしていることなど、衝激的なものでした。
 さらに(3)一〇〇kmも離れた地域も「被災地」とされ、甲状腺についてきちんと検査しており、その発病率は有意の高さがあるものの、それは治療すれば治るという考え方に基づいていることも参考になりました。住民の不安を理由に検査自体を行わない日本とは大違いです。
 (4)チェルノブイリ法では、(3)の「被災地」をはじめ、「被災者」「被ばく途中の人」などのユニークな概念があります。一ミリシーベルト以下の被ばく者も「被ばく途中の人」とされ、対策の対象となるのです。
 (原典にあたって厳密に紹介しているわけではないのですが、おおよその考え方にまちがいはないと思います。)
二 問題提起
(1) 千葉の第一陣訴訟では来年一月三一日結審でもう間に合いませんが、裁判官も弁護団もこの発想は少ないと思います。しかし、チェルノブイリでは帰還のジレンマや家族間の対立、葛藤はないのです。
 もっとも、少なくない被災者の願いは早期の帰還とそのための除染ですから、この願いとの調整をどう考えるかは困難な問題であり、答えを見い出せていません。
 千葉の第一陣訴訟では、裁判官が現地に行かずにふるさと喪失慰謝料を認める可能性は多くはないとも言えますが、チェルノブイリの実践と思想を、単なる参考資料(甲号証)として提出したというだけでなく、請求原因として構成するなど、なんらかの工夫が求められていたと思いますし、今後、千葉第二陣訴訟ではよく議論して主張することを問題提起しました。
(2) 居住リスク補償については、千葉の訴訟では使えませんが、これが争点になっている他の訴訟では検討可能と思います。
(3) (4)はどのように使えるのかわかりませんが、一ミリシーベルト基準や二〇ミリシーベルト基準をめぐる対立問題と合わせて、意見交換、理論化することが必要と思います。


京都第一法律事務所の五五周年と記念誌

京都支部  村 山   晃

 団通信で永尾団員に、事務所の記念誌が高いお褒めを受けた。五五周年という少し半端な時期に、記念誌を出すのかどうかということも議論になった。財政事情が厳しい中、この種冊子は「読まれない」という思いもあった。記念誌についての市民の方々の反響も、悪くは無かったが、永尾団員の「書評」に接し、事務所の編集に携わった所員たちは、無駄では無かったという思いを改めて強く持つことができた。そして、ここまで丁寧に読み込んでもらえると、本当にうれしい。この場をお借りして心からのお礼を言わせて欲しい。
 記念誌は、各支部にはお送りしたが、まだ余部がある。ご希望の方には、お送りするので、事務所の花岡事務長宛に電話、メール、ファックスなどで、ご連絡いただきたい。アクセス方法は、ホームページを見て欲しい。事務所には眠らせておきたくない。

 「五五周年」というのは、ちょっと半端な時期である。それでも事務所は、記念集会(小林節氏を招き四〇〇人強が集まった)と、冊子の出版と、交流の集い(会費を抑え二二〇人が参加した)の三つに取り組み、それぞれやりきった。五五年に及ぶ人々のつながりが、私たちの財産である。そのつながりを都度、確認し合い、それを機に新たな発信をしていくのは、意義あることだと思われる。
 次は、いよいよ六〇周年で、ちょうど、自由法曹団創立一〇〇周年の年にもあたる。さらにいろんな成果を積み上げて、出来れば時代そのものも変えて、その祝いができれば、何よりである。

 永尾団員は、私の文章について「勝ってきたという自負心を持てるのはうれしい」というところで区切りを付けて、ご自身のことに言及している。私は、同じ文章で、続けて「痛恨の敗北のあること」にも言及した。「痛恨の敗北」は行政関係の事件に偏っているのが、大きな特徴である。
 二五年前、三〇周年記念誌(これは一つの集大成であった)でも、「最近になるまで、労働関係事件等で圧倒的に勝ち続けてきたことは確かである。」と書いたところ、京教組の法制部長に「うちのところは、そうなっていませんね」と言われてしまったことがある。依然、その傾向はとどまらず、最近では、京大の賃金減額訴訟などが典型で、教員の一〇〇時間を超える超過勤務問題も、最高裁で逆転敗訴してしまった。瞬間「絶望」的気分に襲われた。住民訴訟も、裁判所の壁が厚い。
 しかし、絶望していないのは、被害者救済型の事件では、労災の認定をめぐる行政事件をはじめ、古くは、スモンや最近ではアスベスト問題まで、国・自治体相手の事件で、勝訴してきていることだ。公務災害四連続勝訴という一年もあった。また、先の京教組の事件でも、教研集会の会場取り消し事件での連続勝訴や、数年前には初任教員の分限免職処分という人事の核心的事件で勝訴するなど、裁判所の「良い方向」での変化に接するとうれしい気分になる。

 話は少し横にそれる。裁判の勝敗が、裁判官によって、大きく変化するというのは、私たちの常識だが、その「裁判官のこころ」を読み解くのは極めて難しい。最近のことだが、京大の賃金減額裁判で、強権的な訴訟指揮をして、大学すら述べていなかった理由で職員に対する敗訴判決を書いた裁判官が、ある青年の過労自死事件で、被害者の母親の訴えに涙し、強力に和解を進めてくれ、水準の高い和解解決ができた事件があった。
 裁判官に「結果」を託さなければならないのが、私たちの宿命である。その裁判官のあり方を最近は議論をする場が少なくなったように思われる。退官後、団に加入し、古希表彰を受けた森野元裁判官のような人が、もっと増え、居心地の良い裁判所にできるよう、団も一層の取り組みが必要だと思われる。


【書評】団大阪支部の『支部結成五〇周年記念文集』が面白い

滋賀支部 玉 木 昌 美

 団大阪支部の五〇周年記念レセプションに参加し、記念文集をもらった。私の場合、こうした文集は当初読もうと思うものの、実際はパラパラをめくってほんの一部を読むだけで終わることが多い。しかし、今回は全部を読了した。内容が豊かであり、面白かったからである。
 まず、マラソンの大先輩の三上孝孜団員の「死刑廃止を目指す」が目にとまり、早速三上団員をつかまえ、滋賀の死刑廃止決議の経過を報告した。
 次に、毎年丸亀のハーフを一緒に走る仲間の原稿に目が行く。平山敏也団員の「うどんとマラソン」は颯爽たる走る姿の写真がかっこいい。篠原俊一団員の憲法ミュージカルの原稿にも憲兵姿で西晃団員と一緒の写真がある。このミュージカルはレベルが高かったが、丸亀のマラソン仲間が活躍していて楽しめた。外されそうになっても踏ん張った西団員の涙ぐましい「踊りの練習」の裏話が印象に残っている。西団員は本番では別人の如く軽快な足取りであった。
 日野町事件の弁護団長の伊賀興一団員の「事件を楽しくやる僕の心得一〇か条」に「『ある弁護士の生涯』を読み、あこがれて弁護士になった」という話も初めて知った。「依頼者はランナー。弁護士は伴走者」という言葉が出てくるのも伊賀団員はマラソンとは無縁なだけに意外であったが、丸亀の大会ツアーで応援に参加した経験が一度あり、それが反映されているかもしれない。
 特別企画の団員へのインタビューも、大先輩の団員の生き様を知ることができ、参考になった。橋本敦団員の「国会質問七〇九回」には驚いた。山下潔団員が器物損壊に該当しつつもつるはしを振るって水銀を掘り出した武勇伝は何回読んでも面白い。私は団の総会では、古稀団員の貴重なお話を聴くことができることからいつも楽しみにしており、今年も山形の佐藤欣也団員らのお話を面白く思った。今年の滋賀支部の八月集会(例年平日の午後に開催し、本部の五月集会のように事務局も参加する)では、昨年の総会で話をされた岡田尚団員(『証拠は天から地から』の著者)にすばらしい記念講演をしていただいた。いくつもの自由法曹団物語を若い団員が継承していく必要があると思う。また、事務局も、収入獲得のための業務だけでなく、団事務所で活動する意義を認識し、問題意識をもって仕事をすれば、生きがい、活力等につながるといえる。
 一番面白かったのは、井上耕史団員の「忘れられない旅」である。貧乏学生時代、東京に帰れなくて宿代節約のために夜行特急に乗車していたところ、ある男性に声をかけられ、その家で深夜に泊めてもらい、帰りの船賃まで出してもらって帰った、という体験と一六年後のその男性の妻との再会の物語である。私は、今年一月に中学校に出張授業に行き、中一のある女生徒から「玉木さんは、私の好きな作家の喜多川泰さんに似ている。」という感想文をもらったが、その喜多川泰氏に『「また、必ず会おう。」と誰もが言った』という作品がある。これは人との出会いの重要性等をテーマにしているが、井上団員の旅はまさに共通するものがある。
 上山勤団員の「国民性の違いか?そうじゃないだろ」もすぐれた論考であると思う。大量破壊兵器があるというウソで強行されたイラク戦争の責任を論じている。英国のブレア―も米国のブッシュも責任を問われていない、という。英国は膨大な調査報告書を作成したが、小泉が真っ先に支持を表明した日本はちゃんとした報告書さえ作れない。「名前のないヒットラー」が告発されたドイツと比較し、その違いについて「朝鮮戦争と冷戦構造が政治状況に大きな影響を与えたこと、そのことで政治的・経済的な指導者として、日本では馬鹿ばかり(言葉が悪ければ、邪悪な奴らばかり)が生き延びたことが大きな不幸であったとおもわれる。」と結んでいるが、同感である。岸信介ら敗戦に責任を負うべき連中が、冷戦構造の中でアメリカの方針転換で復権して支配者となり、見苦しいまでの対米従属の構造ができあがった。それが右翼的な世襲議員中心の安倍政権につながっているといえる。
 まだまだ紹介したいところであるが、あとは是非ご一読ください。尚、レセプションで来賓挨拶をされた大阪弁護士会会長の山口健一団員が、「団にふさわしい挨拶の内容を考えるうえで『自由法曹団物語』を読み返した。」と言われ、感動した。さすがである。