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関口 速人 「沖縄常幹に参加して」
桝井 妙子 北海道支部・沖縄連帯ツアー報告
岡田 尚 *改憲阻止・特集*
アベ改憲阻止三〇〇〇万署名運動Q&A
大久保 賢一 憲法九条を守る、という意味



「沖縄常幹に参加して」

滋賀支部  関 口 速 人

 沖縄常幹に参加し、沖縄を訪れて感じたのは沖縄には戦争の現実が厳然たるものとして存在しているということである。これは、沖縄以外に暮らしながら沖縄の現状をよく知らない私のような者からすると、非常に驚きを持って感じられた。
 驚きを感じたのは、到着初日の不発弾処理に遭遇したこと、二日目の沖縄視察に参加したことである。
 幹事会は午後からだったので、昼前に到着し、沖縄の繁華街である国際通りを観光しようとしていると、国際通りに並んでいるほとんどの店がシャッター商店街になったのかと思うほど開いていなかった。原因は、国際通りで建設中のホテルの工事現場から米軍の五〇キロ爆弾(長さ約七〇センチ、直径約二〇センチ)がみつかり、不発弾処理が行われるためだった。半径一六六メートル以内が避難区域となり、約二五〇〇人の住民と、約三五〇事業所が非難対象となったということである(一月二〇日付毎日新聞より)。ちなみに那覇市のホームページをみると不発弾情報の専用ページがあり、不発弾の処理情報が掲載されている。一トン爆弾の場合には、避難区域は一〇〇〇メートル程度になると言うから沖縄の人の市民生活には影響は計り知れないものがある。しかも、全ての不発弾処理が終わるには、約七〇年かかるとされているとのことである。戦後七〇年というが、戦争の負の遺産がまだまだ沖縄にたくさん残っていることをまざまざと見せつけられた。
 沖縄視察は、辺野古ゲート前、嘉手納基地、普天間第二小、沖縄国際大学、普天間基地と盛りだくさんの内容でした。
 嘉手納基地・普天間基地を視察しての感想はとにかく周りに住宅が密集しているということである。あのような状況下で、戦闘機の爆音被害を受け、飛行機やその部品がいつ落下してくるかわからないという恐怖を抱きながら暮らしている沖縄の方達の苦労には耐えがたいものがあると感じた。昨年に起きた普天間第二小の運動場に飛行機の窓枠が落下した事件が起きた普天間第二小学校にも特別の計らいで視察させてもらうことができた。当時、二クラスが同時に運動場で体育の授業をしていたというのであるから、児童に当たらなかったのがまさに不幸中の幸いである。事件後には小学校に数多くの抗議電話がかかってきたそうである。金をもらっているんだから文句をいうなであるとか、そんなに危険なら小学校をそこに作るなど、事実や経緯を知らない心ない意見が多かったということを教えていただいた。的外れな意見でしかないし、事件の責任を沖縄の市民に転嫁するものであって全く許せないと思う。
 日々の生活の中に基地被害があり、恐怖を抱いた状態で過ごさなければならない状況を考えた時、本当にこれだけ沖縄に米軍基地があってよいのか、普天間を辺野古に移設したらこれらの問題は全て解消されるのかは甚だ疑問である。普天間や嘉手納にある現実を辺野古に移すだけでは何の解決にもならない。
 そして、現実に戦争という事態が世界で起きた時に、沖縄から米軍が出て行くと言う事態が起きる。第二次世界大戦中に国内で唯一地上戦があった沖縄の地から、戦争をする軍隊が出ていくことに、沖縄が戦争に加担すると感じる沖縄の人は多いのではないだろうか。
 沖縄の言葉に、「ぬちどぅ宝」という言葉がある。命こそ宝という意味である。日本という国が、沖縄という地が、殺し殺されるということに手をださないという日本国憲法の平和主義の精神を体現したような言葉ではないかと思う。だからこそ、沖縄の人々は今も強く辺野古移設反対にも活動されているのではないかと思う。
 日本が今も平和でこれからも平和でありつづけるために、法曹の端くれとして何ができるのかを考えてどんどんと行動に移していきたいと決意させられた幹事会になりました。


北海道支部・沖縄連帯ツアー報告

北海道支部  桝 井 妙 子

 二月四日の名護市長選挙では稲嶺進前市長の再選が阻まれました。この結果をどう受け止めるべきなのか整理はつきませんが、名護市長選が告示された一月二八日から三〇日にかけて北海道支部の有志で沖縄の視察に行ってきましたので、愛知支部の報告に続きご報告します。
一 初日はチビチリガマ・シムクガマへ
 初日は沖縄戦において米軍が上陸した読谷村にあるチビチリガマに向かいました。チビチリガマは八〇人以上の強制集団死が起こった場所で、碑には多数の子どもの名前が記されていました。投降を求めるアメリカ兵に対し、日本軍が多数の中国人を殺してきたのを目の当たりにしてきた元日本兵のおじいが、投降すれば男は殺され女は凌辱されると語ったそうです。そのような集団心理の中で若い母親が我が子を殺すという痛ましい出来事が起こりました。これに対し、同じ村内のシムクガマには当時一〇〇〇人ほどが避難していたそうですが、元ハワイ移民のおじいがアメリカ兵から話を聞いて住民らを説得して投降したため死者は出ず、チビチリガマと大きく明暗を分けました。「多数決だけがすべてじゃない。少数の人の意見もきちんと聞ける人に、と修学旅行の小学生に語りかけています」という読谷村出身のガイドの言葉が印象に残りました。
二 辺野古新基地建設の現場で
 翌日は朝から辺野古新基地建設反対の座り込みに参加しました。
基地建設のために、一〇〇台近くのダンプカーで大量の土砂が運び込まれまれるのですが、そのゲート付近で座り込んでいると、突然、六〇名余の警察官がやってきて「立って、どいて」と声をかけてきます。次の瞬間、腕をつかまれ、無理やり立ち上がらされます。参加者一名を二〜三名の警察官が取り囲み、両側から腕をつかまれ背中を強く押されて無理やり歩かされたり、両足を持ちあげられて無理やり運ばれます。パイプ格子をくくりつけた柵と前後にそれぞれ五名ほどの警察官が立ちはだかる五メートル四方の空間に運びこまれ、そこから出ようとすると制止されます。その態様は監禁にも当たりうるものでした。これら一連の行為について、警察官は警察手帳を見せることもなく、法的根拠を示すこともなく、もちろん令状を示すこともありません。
 また、黒いサングラスとマスクをした警察官と思われる人物がハンドカメラで私たちの行動を撮影し続けていました。判例上の要件をいずれも満たしていないにも関わらず、一方的な撮影が続けられ、私たちが強く抗議しても撮影は続けられました。
 沖縄で繰り広げられている強引な行為を目の当たりにした者の責任として、ともに抗議の声を上げていきたいと思います。


*改憲阻止・特集*

アベ改憲阻止三〇〇〇万署名運動Q&A

神奈川支部  岡 田   尚

 「安保九条改憲NO!全国市民アクション三〇〇〇万人署名運動」は、全国で広く取組まれている。
 神奈川県内でも、キックオフ集会が相次いで開かれている。
・一月二一日 横浜市都筑区
 「一〇〇〇人の賛同人を集めて、有権者の三割にあたる五万人署名」
・同日 保土ケ谷
 「区内六駅宣伝、三大団地ローラー作戦」
・一月二三日 横須賀市
 「署名のとり手・五〇筆チャレンジャーを増やそう」
・一月二四日 横浜市従労組
 「五万筆目指そう」
 と一般的呼びかけでなく具体的目標を定めて動き出している。
・二月四日 横浜市南区
・二月八日 川
 「三〇〇〇万署名やりきる為の学習と交流」等目白押しの予定が組まれている。
 私もさまざまな場で話す機会があった。そこで「何となくエネルギーが出ていない」と思われる質問もかなりあった。そこで、一般的呼びかけのQ&Aではなく、運動する主体側の「イマイチノっていない」状況打破のために、次のようなQ&Aを作成した。早速、神奈川労連や市民連合系から「拡散していいか」との問合せがきた。「望むところ」なので、以下掲載する。


Q1 この間二〇〇〇万署名運動をやったのに、なぜまた?
A 残念ながら、それで改憲の動きを止めることはできなかった。逆に、その後改憲内容、改憲時期が明示されてきた。ここでやらねば、どこでやる。
Q2 どうして三〇〇〇万なの?
A 有権者数約一億六〇〇万人の二八%余、国民投票の投票率を考えて、そうなっても否決できると考えての数。
Q3 何が目的なの?
A まずは署名の数そのものによって、「国民投票をやったら逆に否決されて危ない」と思わせることで、改憲の動きを止める。署名は会話による説得が不可欠で、改憲への「フアン(不安)」を憲法への「ファン」に変えよう。
Q4 でも、みんな疲れているし…どうすればヤル気を起こすことができるの?
A 問題意識を持っている自分たちだけでやろうとすると、マンパワーや力不足を感じて「がんばっても、どうせそんなには集められない」とヤル気が出ない。
 署名を集める人を増やす。大衆運動の縦軸には「ねずみ算」方式が不可欠。加えて、横軸は幅広い共闘の拡がり。縦軸の深まり・横軸の拡がりは、やっている人の固定観・諦観を突き破り、新しい風景を観ることによって展望が拡がり、「オモシロく」なってきて、ヤル気が出る。
Q5 過去の署名運動から教訓となるような例は?
A 一九八五年一〇月からスタートした「国鉄の分割・民営化」反対の五〇〇〇万署名運動は、三ヶ月で約三五〇〇万も集約した。各県ごとに署名推進委員会を設置し、目標数を設定し、ビラ配布等の街頭宣伝の他意見広告、テレビによる広報もした。東京で二八〇万、北海道と福岡で二〇〇万を突破し、大阪・神奈川が二〇〇万にあと一歩という実績であった。
 出発は、一〇月一三日の東京からで、全国キャラバン用のワゴン車が北海道釧路と九州宮崎に向かった。
 全国的な署名運動の展開にはこの全国キャラバンは相当有効で、例えばオウム真理教に殺された坂本弁護士一家の捜査強化要請の署名は三〇〇万であったが、これは出発点を札幌と熊本にし、東京に向けて「堤号」と「都子号」というSLを模した車を走らせたことが大きかった。


憲法九条を守る、という意味

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 私は、九条改憲阻止を熱烈に、本気で、自分の言葉で語りたいと思っている老人である。
 そんな私は、年明け、団通信(一六二〇号)と改憲阻止メーリスで三本の論稿を読んだ。矢赴ナ子さんの「憲法九条を守るって、本気で言ってる?」、笹山尚人さんの「憲法九条を守るために、私はこう語る」、河内謙策さんの「九条改憲阻止を熱烈に願う貴方に!」である。矢浮ウんは、「憲法を守るって本気で言っているのか?本音を聞かせてほしい。」と注文し、笹山さんは、「憲法にとって大きな試練の一年となるでしょう。」と予測し、河内さんは、「老人が、日本の平和運動の前途を危ぶみ、心から忠告したい」としている。
 それぞれの論稿にそれぞれの主張があるので、個々に対応すべきかと思うけれど、「お前はあれこれ書き過ぎだ」と言われているので、まとめて感想を述べさせていただく。
 まず、矢浮ウん。私は、本気で憲法九条を守るって言っているつもりです。何で今更そんなこと訊かれなければいけないのと思っています。そして、笹山さん。私が、憲法や核問題について「深い見識を持っている先輩」かどうかは兎も角として、せめて、私の論稿ぐらいは、ぜひ、理解してください。団員の皆さんと共有することもできないような論稿では、何のために書いているのか悲しくなるからです。また、リアリティがないという表現は、「あすわか」の皆さんの寄稿にも使用していますが、リアリティを覚えるかどうかは、発信の内容や表現の問題だけではなく、受信者の想像力にも規定されることにも留意して欲しいと思います。そして、河内さん。あなた自身「私の発言に、やや感情を害したかも…」などとしていますが、私は、あなたのモノの言い方だけではなく、その内容にこそ問題があるように思うのです。「沖縄問題を取り上げないで九条改憲阻止を叫ぶ人たち」のことを書いていますが、そのような人たちはどこにいるのでしょうか。あたかも、団員や近くにある平和運動の中に、そのような「恥ずかしい人」がいるかのような言い方は、事実誤認ではないでしょうか。そのような「心からの忠告」は百害あって一利なしでしょう。せめて、事実を正確に指摘した上での論述を期待します。
 私は、河内さんがいうように「日本の平和運動は衰退期に入っている」かどうかは判りません。けれども、笹山さんのいうように「大きな試練」を迎えていることはその通りだと思っています。その理由は、@改憲勢力が衆参両院で三分の二以上を占めていること。A改憲に異常な執念を持つ首相が選出されていること。B北朝鮮の核・ミサイル問題などが「国難」とされていること。C米国にトランプ政権が存在していること。D産経・読売などのマスコミが改憲を推進していること。Eヘイトスピーチやネット右翼が不寛容な社会状況を作り出していること。F社会の分断と貧困化が進行し、労働運動や社会運動の影響力が減衰していること。G核家族化の進行で、世代間の交流と経験の承継が希薄になっていること、なとどいう現象を見て取ることができるからです。
 その背景にあるのは、資本主義社会を当然の前提として、憲法九条はユートピア思想だとか、社会契約論はとらないという自民党改憲草案の価値基準です。非軍事平和を夢物語だということは、結局は、核兵器に依存することを意味します。だから、核兵器保有国や日本などの依存国は核兵器禁止条約を敵視します。国家は個人の生命、自由、財産を守るために存在するという社会契約論の否定は、国家を個人に優先させますから、立憲主義などはお呼びではなくなるし、公の秩序や公益のために人権は制約されることになります。
 そして、人間社会など、所詮、戦争や貧困・差別などなくならないんだから、自分だけは何とか生き残らなければならいなという「生存競争」の中で、理想や理性や共感や連帯感などは出番を狭められることになります。更には、共産などという単語は死語にしてしまえ、などという意見も出で来るのです。
 現実の社会はあれこれの原因によって、予測不能に変化します。それを受け止める個々人の価値観や行動原理もそれぞれ異なります。だから、社会には多くの意見が存在することになります。百花繚乱、百家争鳴という状況になるのです。その混沌の中で、自分自身が時代や社会にどのように向き合うかを確立しないと、我を失うことになるのです。私は、自分を失うことはしたくありません。だから、事実を幅広くかつ深く知りたいし、それを整理し解析する知恵を身に着けたいし、その結果を社会にぶつける勇気を持ちたいと思うのです。
 私は、核兵器も戦争もなくすことはできると思っています。それは、単にそうしたいというだけではなく、核兵器も戦争も人間の営みだからです。併せて、貧困も差別もない「未来社会」は可能だと思っています。勿論、それは自然には実現しないでしょうけれど…。
 また、核兵器や戦争がなくなる前に、新たな核兵器の使用と人類社会の滅亡が起きてしまうかもしれないという不安がないわけではありません。それでも、私は、「明日地球が滅びようとも、私はリンゴの木を植える」というフレーズを口ずさみたいのです。
 矢浮ウんにお願いです。「極端な理想主義者」であり続けてください。笹山さんにお願いです。「私ならこう語る」の内容をぜひ充実させてください。二人にお願いです。他人からの批判や論争に負けないでください。批判や論争は自分を大きくしてくれる栄養源だと思いましょう。河内さん。「老人の忠告」は、事実に基づいて、そして言葉を推敲した上で行ってください。

(二〇一八年一月一五日記)