<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2000年10月

比例代表制を大きく歪める「非拘束名簿式」の導入に反対する

自 由 法 曹 団
目    次
はじめに
第1 憲法上の民主主義的二院制と参議院の役割
  1  衆議院の代表機能を補完し、民意を反映させる
  2  法案の争点を国民に示し、審議内容に民意の動向を反映させる
第2  与党三党の法案は名簿式比例代表制といえるか
第3  選挙区のほぼ5倍の一票の較差是正こそ緊急な課題
  1  民意をゆがめる一票の較差5倍の議員定数の不均衡
  2  多様な民意の反映を妨げる一人区制
第4  民主主義的二院制の参議院の役割を果たさせるために
〈参考資料〉
  【参議院が果たしてきた役割】
       1 破壊活動防止法
       2 男女雇用機会均等法・労働者派遣法
       3 消費税廃止法案
       4 小選挙区制法案
       5 災害被災者等援護法案・サッカーくじ法案

はじめに

10月3日、与党三党は今年2月に「当面は現行の拘束名簿式比例代表制を維持することを前提として議論をすすめる」という参議院全会派の合意に反して、参議院の比例区を拘束名簿式比例代表制から「非拘束名簿式」に変更し、比例区定数を現行の100人から96人に、選挙区の152人を146人に減らす法案を国会に提出した。
この提案は、自民党が今年6月の総選挙で比例区の得票率を20%台に低落させたことから、個人の人気で票を獲得できる「非拘束名簿式」を導入して、来年の参議院選挙で実力以上の得票増をねらうという党利党略にほかならない。憲法上期待されている参議院の役割にもとづいてあるべき選挙制度を検討するというものではまったくない。むしろ、現行制度で憲法上問題とされるのは、選挙区の最大較差がほぼ5倍におよぶという点にあるのに、これについては放置したままである。
本意見書では、憲法上の参議院の役割からみて「非拘束名簿式」の導入がどのような問題があるのか、現在制度の憲法上の問題と是正すべき課題を明らかにした。

第1 憲法上の民主主義的二院制と参議院の役割

憲法の民主主義的二院制における参議院の役割は、第一に、衆議院の代表機能を補完し民意を国会に反映させること、第二に、両議院が審議を繰り返すことにより、政策上の争点を国民に示し、その政策について国民の世論を吸収し、審議に民意の動向を強く反映させることである。

1 衆議院の代表機能を補完し、民意を反映させる

憲法は、「参議院議員の任期は、6年とし、3年ごとに議員の半数を改選する」(46条)と規定し、衆議院議員の任期の4年より長い6年とし、3年ごとの半数改選制と定めている。
参議院議員の任期は衆議院議員の任期より2年長いが、参議院が解散されないこと(45条参照)を考慮すると、実際には、任期の差はもっと長くなる。これは、憲法が参議院に安定性を求めたものである。また、半数改選制と参議院の解散が認められず半数づつ改選することから、少なくとも議員の半数は必ず存在することになり、継続性の要素が強くなる。このように、憲法は、国民の意思の変動を衆議院に敏感に反映させる一方、参議院にはより安定的・継続的に民意を反映させることを期待している。
憲法は、本来衆議院の解散に重要な政策上の争点について民意を問い政治に民意を反映させることを期待している。しかし、現実には、政府が解散権をもっており、民意を問うためではなく、政府・与党の都合のよい時期を選んで衆議院の解散が行われることが多い。これに対して、参議院の任期満了の選挙は、政府・与党にとって都合が悪い時期であっても、定期的に行われるものであり、
その時期の国民の意思を敏感に反映させることができる。1989年7月の参議院選挙は、リクルート疑惑解明、消費税の存続の可否、コメ自由化の可否をめぐってたたかわれ、政府の対応に対して国民の強い批判がなされ、与野党逆転の結果をもたらした。これは、憲法が参議院に期待する機能があらわれた一例である。

2 法案の争点を国民に示し、審議内容に民意の動向を反映させる

両院で審議を繰り返すことによって、国会審議の中で政策上の争点を国民に示し、その政策についての国民の世論を吸収し、審議に民意の動向を反映させることが可能となる。
別紙のとおり、参議院はこれまで、衆議院で問題点が明らかになったのに、政府与党が強行採決をして参議院に法案が送られた場合に、法案を修正したこともある。また、衆議院では法案の問題点が十分に議論されず、参議院ではじめて問題点が明らかになったこともある。
参議院は、国会の審議を慎重にして衆議院の過誤を修正し、審議の過程で民意を吸収するという重要な機能を果たすことが求められている。

第2 与党三党の法案は名簿式比例代表制といえるか

1 与党三党は「非拘束名簿式」比例代表制と称して、候補者個人に投票したものをその得票のすべてを政党の得票とみなし、政党得票にもとづき議席配分する制度を導入しようとしている。これでは、有権者が候補者個人を当選させたいと思って投票した一票が、実は自分の支持しない政党を増やすということになりかねない。
名簿式比例代表制は、各政党にその得票率に応じて議席を配分することによって民意を反映させようという選挙制度である。与党三党は「顔の見える比例代表制」にすると主張して、「非拘束名簿式」を導入しようとしている。しかし、非拘束名簿式比例代表制を採用している国でも、立候補しているすべての政党と候補者名簿が一覧にされている投票用紙をつかい、有権者は政党を選んだうえで候補者の名簿順位を入れ替えたり候補者名を記入することを可能にするものであって、各政党にその得票率に応じて議席を配分するという名簿式比例代表制の趣旨を生かしている。しかも、参議院比例区が全国単位であるのに対して、非拘束名簿式比例代表制をとる国の比例区は都道府県単位程度であり、有権者が候補者の人格・識見・実績にもとづいて政党が提出した名簿順位を入れ替えるというものである。与党三党の法案とは制度の目的も内容もまったく異なる。与党三党が法案として提出した制度を「非拘束名簿式」と称しているが、本来の非拘束名簿式比例代表制の姿とはほど遠いものである。
候補者個人に投票したものを政党の得票に読みかえる与党三党の法案では、たとえば、1968年の全国区で大量得票をした石原慎太郎氏一人の得票で3.91人分の議席が生まれる。その結果、いずれも自民党が政党としての実力以上に当選者を増やすことになる。そして、大量得票をした候補者個人の得票によって当の候補者自身が当選するだけではなく、名簿に登載してある同一政党の別の候補者が、他の政党の候補者よりも得票数が少なくとも当選するという奇妙なことが起こることになる。そのうえ、候補者個人が連座制により当選無効となっても、政党の得票はそのままという異常な事態が起こることになる。
与党三党の主張する「非拘束名簿式」は、民意の反映を大きく歪め、名簿式比例代表制の制度趣旨を没却させるものである。

2 政党が候補者の名簿登載順位を決めるのは、政党として適切な人材を候補者名簿に登載することにより議員にふさわしい人材をえようとする趣旨だと考えられる。北欧諸国では、名簿式比例代表制のもとで、政党が女性を積極的に議会に進出させようという政策をとって候補者名簿の高位に女性を多数登載して、女性議員の比率を40%台、30%台にまで高めている。参議院の比例区でも、拘束名簿式比例代表制のもとで、各政党が名簿の高位に女性を登載することによって、女性議員の 比率を高めてきた。1998年参議院選挙では、比例代表選出50人のうち10人が女性議員であり、その比率は20%に達している。選挙区では、76人のうち9人が女性であり、女性議員の占める率は11.8%である。比例区の方が女性議員の占める比率は高い。
日本は、衆議院(他国では下院)で女性議員の占める率が7.3%と非常に低く、161ケ国のうち105位と恥ずべき低さである(列国議会同盟2000年9月、女性議員比率ランキング)。参議院(他国では上院)での女性議員比率が17.1%と衆議院よりはるかに高いことでようやく面目を保っている有り様である。
参議院に「非拘束名簿式」が導入されれば、保守政党は各業界や官庁、支持団体ごとに候補者を立候補させて得票をきそわせるということになり、比例区の女性候補がはじきだされるという事態になりかねない。

3 拘束名簿式比例代表に金がかかるという主張があるが、これは運用する政党の側の問題である。もともと拘束名簿式比例代表選挙は、選挙制度としては、最も買収や利益誘導がおこりにくい制度であり、金のかからない選挙制度である。ところが、自民党の久世参議院議員が名簿順位を高位にするために、支援団体に党員名簿の提出や当費の立て替えをさせたという事件が発覚したことから、このようなことを言い出したものである。候補者名簿への登載や順位の決定をめぐって金がかかるというが、名簿登載や順位決定が金に左右されること自体が異常なことである。久世事件にあきらかなとおり、それはまさに、政党幹部の見識の問題であり、さらにいえば、政党の腐敗した体質の問題であって、拘束名簿式比例代表に原因をもとめるのは本末転倒である。
そもそも参議院で全国区で候補者個人に投票していた制度を廃止して、拘束名簿式比例代表制を導入したのは、旧全国区制のもとで自民党の候補者などが選挙のために莫大な資金をかけ、「銭酷区」と呼ばれたほど金がかかるという弊害が生じたからである。マスコミも、「非拘束名簿式」の導入について、「比例区の候補者にとっては『銭酷区』と呼ばれた旧全国区の再来となる恐れが強い」(9月14日付『朝日新聞』)と批判している。与党三党の主張する「非拘束名簿式」は、金がかかるという弊害はよりひどくなり、候補者個人に対する投票を政党への得票に読みかえて民意の反映を歪めるというのであるから、旧全国区をより改悪した選挙制度といえる。

第3 選挙区のほぼ5倍の一票の較差是正こそ緊急な課題

1 民意をゆがめる一票の較差5倍の議員定数の不均衡

現行公職選挙法は、参議院議員総数252名を、比例代表選挙によって選出される議員100名と、選挙区ごとに選出される議員152名とに区分している。
このうち、問題があるのは選挙区選挙のほうである。選挙区選出議員の選挙は、都道府県を単位とする選挙区ごとにおこなわれ、憲法が6年任期の参議院議員を3年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、選挙区である各都道府県に、選挙区選出の152名のうち47都道府県に2人づつ合計94名を配分したうえ、残り58名を人口の多い選挙区に追加配分するという方式をとり、各選挙区に2ないし8人の偶数の議員数を配分している。選挙区選挙では一票の価値にいちじるしい不平等が生まれており、ほぼ5倍になっている。憲法は、法の下の平等を大原則として定め(第14条)、さらに、成年者による普通選挙を保障し、選挙人資格の差別を禁じている(憲法15条3項、44条但書)。この選挙権の平等の原則は、当然に、一票の価値の平等をも要求している。
1992年(平成4年)7月の参議院議員選挙区選挙では、議員ひとりあたりの有権者の数は、最小の鳥取県選挙区と最大の神奈川県選挙区とのあいだで、1対6.59という大きなひらきになっており、有権者の多い選挙区のほうが、有権者の少ない選挙区よりも、議員定数が少ない「逆転現象」(逆転区)が、24もの選挙区において生じていた。平成8年9月11日の最高裁判所大法廷判決は、この参議院選挙について、「本件選挙当時、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたものと評価せざるを得ない」と違憲判決をくだした。
違憲判決後、1994年(平成6年)に、いわゆる4増4減を内容とする公職選挙法の改正がおこなわれた。しかし、この改正によっても、不平等な定数配分は解消されなかった。まず、1995年国勢調査人口で計算すると、最小の鳥取県選挙区と最大の東京都選挙区とのあいだでは、議員一人あたりの人口較差は、4.79倍であった。さらに、三重県選挙区の議員定数は2名であるのに対し、三重県よりも人口の少ない鹿児島県選挙区の議員定数は4名となっており、逆転現象が生じていた。
1998年7月に参議院選挙が行われた。選挙当時の議員一人あたりの人口較差は最大4.98倍となっており、あいついで違憲訴訟が提訴され、1998年9月と2000年9月に最高裁判所において合憲判決がくだされた。しかし、この判決には5人の最高裁裁判官が強力な反対意見を述べている。
反対意見の一つは、各都道府県に2議席を配分した後にその余の議席を追加配分するという現行制度を前提にしても本件定数配分は違憲であるという。「追加配分は、参議院議員選挙法では各選挙区の人口に比例する方法で行われたが、以来はじめての改正である本件改正においては人口比例によらない方法で行われた。本件改正の結果、後記のとおり、投票価値の著しい不平等が生じているのであるが、もし右の追加配分を徹底して人口に比例する方法で行っていれば、この不平等の程度を縮小することが可能であったことは、計算上明らかである。……追加配分について、何ら憲法上正当に考慮し得る目的ないし理由もなしに、人口比例によらない方法を採用した結果、前示とおり投票価値のいちじるしい不平等が残ることとなった」。
公職選挙法改正の参議院の審議において、現行の選挙区152名の定数を前提として、各都道府県に2名配分したうえ、残りの58名について人口に比例して配分した場合にどのような配分になるかという質問に対して、法制局参事は「この方式をとりまして152の総定数を配分いたしますと、東京は12、大阪、神奈川が8、愛知、埼玉、北海道、千葉、兵庫、福岡が6、静岡、広島、茨城、京都、新潟、宮城が4、それ以外の県が2となるということでございまして、最大較差につきましては愛知と鳥取の間で3.62倍ということになるのではないかというふうに思っております」と答えている。現行制度を前提にしても、現在のほぼ5倍の最大較差をかなり縮小できるのに、国会は当然なすべきことさえ怠ったのである。
反対意見のもう一つは、国会は、その最高機関性を維持するためには、選挙区間の較差をできる かぎり1対1に近づけるために、誠実な努力を尽くすべきであるとし、この目標を達するため必要と認められるときには、都道府県の区域を越えて選挙区割りを変更することもちゅうちょすべきではないとしている。そして、本件のように47選挙区中、36区で基準人口からの偏差が20%以上に及び、23区で議員一人当たりの人口の較差1対2以上の投票価値の不平等が存在する現行の仕組みは、もはや反証の有無を論ずる必要もない程度にまで明白に憲法に違反すると述べた。
一票の価値にほぼ5倍という大きな較差が生じており、しかも選挙人のすくない選挙区のほうが定数が多いという逆転区が存在することはとうてい許される事態ではない。参議院選挙が行われるたびに、国民から違憲訴訟を提訴されるというのは異常である。現在の参議院の選挙区の議員定数配分は憲法違反の状態となっており、国会がなすべきことは、抜本的に議員定数の較差を是正することである。

2 多様な民意の反映を妨げる一人区制

全国47の選挙区のうち、半数をこえる24の選挙区は、議員定数が2名である。参議院は3年ごとに半数が改選されるので、各選挙区ごとに1名ずつの改選となる。つまり、47のうち24の選挙区では、各県ごとに1人の議員を選ぶ「小選挙区制選挙」となっている。
各県ごとに、当選者は1人にかぎられるから、その他の候補者への投票はすべて、選挙結果に反映せずに抹殺され「死票」となってしまう。全国の半分以上の選挙区では、おびただしい数の死票が生まれることになる。また、1998年の参議院選挙で選挙区選出76人のうち9人が女性議員であるが、女性が当選した選挙区は、すべて複数定数の選挙区であり、一人区が女性の国会への進出を妨げる結果となることを如実にものがたっている。
1998年参議院選挙の選挙区の得票率と議席占有率を比較したのが、下の表である。自民党は 30.45%の得票率で議席の39.47%を占めるなど、選挙区選挙では大政党有利に民意がゆがめられている。



得票率議員数議席占有率
自民党30.45%3039.47%
民主党16.20%1519.73%
共産党15.86%9.21%
公明党3.30%2.63%
自由党1.75%1.31%
社民党4.30%1.31%
無所属22.83%2026.31%
新社会党1.03%

諸 派4.27%


前述のとおり、今、参議院に求められているのは、その構成にいっそう民意を反映させて、国会審議のなかで民意を吸収することなのである。そのためには、47選挙区のうち24選挙区が一人区であるという欠陥を抜本的に是正するべきである。

第4 民主主義的二院制の参議院の役割を果たさせるために

今、国民が参議院に求めているのは、衆議院でのあまりに早い可決によって法案の内容が国民に知らされないという事態を解消するために、参議院が審議を慎重に行い政治に民意を反映させることである。すなわち、憲法が参議院に求めている役割、すなわち、参議院が衆議院を補完し、国会の審議の過程の中で民意を吸収し、政治に民意反映させることなのである。
参議院が求められているのは、政治に民意を反映させるために独自の役割を果たすことである。そのために必要なことは、第一に、選挙区で民意をゆがめている定数の不均衡を抜本的に是正し一人区を解消することであり、第二に、参議院の比例代表の機能をよりいっそう高めることである。
参議院選挙区選挙には、一票の価値のほぼ5倍といういちじるしい不平等が生じており、過半数の選挙区が膨大な死票をだし民意をゆがめる「小選挙区」であり、このことが民意の反映を大きく歪めている。参議院の拘束名簿式比例代表制によって、右のような選挙区選挙の欠陥をやわらげているというのが現状である。
まず、当面緊急になすべきことは、ほぼ5倍にのぼる一票の較差を是正することである。現行制度を前提にしても可能な3倍余の較差まで是正することである。選挙区定数を152名から146名に減らすことは、現行制度内のこのような是正を困難にし、一票の較差を固定化させることになる。
さらに、現行の選挙区選挙は、都道府県から少なくとも1名の議員を選出するという考え方にたっているが、このことによって一人区が47選挙区のうち24選挙区生じることになり、民意をゆがめ一票の較差が5倍弱に達している。民意をより反映するようにし、一票の較差を2倍以内にするためには、都道府県から少なくとも1名選出するという原則を改めなければならない。選挙区選挙で現行よりも民意を反映させるようにするためには、選挙区を3名ないし7名程度の複数人区とし、一票の較差を2倍以内にするように定数を配分する必要がある。人口500万人以上の都道府県は一区の選挙区として人口に相応した定数を配分し、500万人以下の県は広域選挙区として人口に相応した定数を配分すれば、民意をより反映させ、一票の較差を現行より抜本的に是正することができる。また、広域選挙区とすることによって、地域代表としての機能も果たすことができるし、現行と同様候補者個人を選ぶという特色を維持することできる。
現行の拘束名簿式比例代表制は、参議院に民意を反映し、女性議員を進出させるという点で重要な役割を果たしてきたのであり、現在の比例区定数を維持し、既存政党以外の小政党の立候補を困難にしている制限を廃止し高額な供託金を減額して、いっそう比例代表の機能を高めるべきである。与党三党の「非拘束名簿式」の導入は民意を反映をゆがめ、比例代表の機能を損なうものである。
今、国会がなすべきことは、参議院の選挙区における一票の価値の不平等を是正することである。国民が求めているのは民意の反映する政治であり、民意の反映をゆがめる「非拘束名簿式」を導入すべきではない。

〈参考資料〉

【参議院が果たしてきた役割】

1 破壊活動防止法

サンフランシスコ講和条約の発効を前にした1952年4月、自由党・吉田内閣は破壊活動防止法案(以下、破防法という)を国会に提出した。破防法は、戦前の治安維持法の再来であり、人権抑圧立法であるとして、広範な国民が反対運動に立ち上がった。数百万人の組織労働者のゼネストがおこり、大学教授等の学者・文化人、法律家、マスコミ、女性、学生などの各界の団体、個人からあいつぐ反対声明がだされ、連日のようにデモで国会を包囲するなど大反対闘争が繰り広げられた。この反対運動を反映して、参議院法務委員会では、法案をいったん否決するにいたった。その後、緑風会の修正を入れ、破防法が成立した。しかし、参議院審議の過程で、「継続反復して将来さらに暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由」との要件が追加され、破防法の冒頭に「必要最小限において適用すべきで、拡張解釈することがあってはならない」という解釈基準がおかれる等大きな修正が行われた。
1995年12月、村山首相がオウム真理教に対して破防法適用手続を開始し、公安調査庁による弁明手続、公安審査委員会による審査が行われた。この手続中に、法律家、市民、労組、民主団体による破防法適用反対闘争が繰り広げられた。そして、破防法の適用要件が、前述のように参議院の修正で「将来の明白なおそれ」と規定されていたことから、オウム真理教が松本サリン事件や地下鉄サリン事件のような事件を、将来、再び犯すおそれがあるかどうかが論争となり、明白なおそれがない以上破防法の適用は認められないとの議論がなされた。97年1月、公安審査委員会はオウム真理教に対する破防法適用の請求を棄却した。公安審査委員会は請求を棄却した理由として、「将来の危険性」がないことを指摘した。五二年の破防法制定時の反対闘争により、破防法の人権侵害性の問題状況の指摘や適用要件を厳格に定めたことが、今回のオウム真理教に対する適用問題では、大きな意義をもった。

2 男女雇用機会均等法・労働者派遣法

1985年5月、女性の労働条件、母性保護を大幅に後退させる男女雇用均等法が、また、同年6月、人員「合理化」をスムーズにすすめ、企業が人手不足が生じたときに派遣労働者を必要なだけ使えるという労働者派遣法が成立した。
しかし、いずれも労働者のたたかいによって、参議院で法案の修正が行われた。男女雇用均等法については、政府は、「施行後適当な時期」において、施行状況を勘案し、検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずると検討見直しの規定が追加された。労働者派遣法については、「施行後3年を経過した場合」において、施行状況を勘案し、検討を加え、その結果にもとづいて必要な措置を講ずると検討見直しの規定が追加された。雇用機会均等法や労働者派遣法については、法案の問題点が、法案審議の中で、国民の前に明らかになり、その後の運動を継続発展させる条件のひとつとなった。

3 消費税廃止法案

1989年7月、参議院選挙が行われた。この選挙では、第一に、多数の政治家・官僚がリクルートから未公開株式を譲り受けて実質的に賄賂を受け取っていた事実が明らかになり、金権腐敗政治を一掃できるか、第二に、国民多数の反対を押し切って導入された消費税を廃止するかどうかを争点としてたたかわれた。
 リクルート事件の徹底解明と消費税廃止が国民の圧倒的多数の意思であり、国民は衆議院の解散総選挙による民意を問うことを望んでいたが、政府・自民党は国民の批判が高まる中で衆議院を解散し総選挙をするのは不利と見込んで解散しなかった。しかし、参議院の3年毎の半数改選による選挙の時期にぶつかり、参議院選挙行われた。その結果、国民の多数が、政府・自民党に対し「ノー」の意思を表明することが可能となったのである。
 自民党は、改選議席69にたいして36議席という歴史的惨敗を喫し、非改選議席と合わせても参議院の過半数を大幅に割り込んだ。社会党は自民党批判票を集め、比例代表区でも自民党を上回り、改選22議席を46議席にした。
このような状況のもとで開かれた国会において、89年12月、参議院では消費税廃止法案が提出され、野党による賛成多数で可決したが、衆議院では、自民党などの妨害で税制特別委員会が空転し、消費税廃止関連法案は審議されないまま、廃案となった。

4 小選挙区制法案

1993年9月、細川内閣は、国民の金権腐敗政治に対する怒りを衆議院への小選挙区制導入にすりかえて、政治改革関連四法案を国会に提出した。財界は小選挙区制導入に向けて各政党に圧力をかけ、日本共産党以外の政党が小選挙区制を推進し、マスコミも細川内閣を「非自民内閣」と美化し「政治改革」推進の大キャンペーンを展開した。熱病にかかったように小選挙区制導入が推進される中で、衆議院審議で小選挙区制に対する危惧の念が表明されはじめたが、11月、衆議院で強行採決された。衆参両院の審議の過程で問題点が明らかになるにつれて、「民意を反映しない小選挙区制」の致命的欠陥と企業・団体献金を存続させたままの政党助成による献金の二重取り等の問題点が国民の中に浸透し、小選挙区制反対署名は570万 を超え、小選挙区制反対地域連絡会は全国で1500を超えた。国民の反対の声が参議院の審議に反映され、94年1月24日、参議院本会議において、賛成118票、反対130票で法案は否決された。
会期をわずかに残す段階で、誰もが廃案を予想したが、その後、土井衆議院議長の裁定により、細川首相と河野自民党総裁の会談がおこなわれ、衆議院で否決された自民党案をおおむねとりいれる内容で「改正」することを前提に、政府法案を施行期日を空白にして可決することで合意し、1月29日、衆議院と参議院で政府提案四法案を可決した。これは、参議院の法案否決の意思を全く無視したものであり、かつ、憲法上疑義のある方法で成立をはかったというもので、わが国の議会制民主主義の歴史に大きな汚点を残すことになった。
しかし、参議院での小選挙区制法案の否決は、国民の民意を反映しない小選挙区制反対の正論が参議院議員一人一人の心を動かし、衆議院の過誤を修正し、審議の過程で民意を吸収するという重要な機能を果たした一例である。

5 災害被災者等援護法案・サッカーくじ法案

1997年の通常国会では、97年度予算が戦後四番目のスピードで無修正で成立した。97年度予算は、公共事業や軍事費などの無駄遣いにメスを入れないまま、消費税増税、特別減税廃止、大幅な医療費負担を強いる医療保険改悪による9兆円の負担増を国民に押しつけるものであった。そして、沖縄の米軍基地を半永久化させる米軍用地特別措置法の改悪、女性も男並に働かせることを可能にする労基法の「女子保護」規定撤廃など、国民のくらしを脅かし、権利を奪う悪法が、相次いで成立した。衆議院に小選挙区制が導入され、共産党を除くオール与党体制が作られ、「野党」である新進・公明、民主が、政府・自民党にすり寄り、悪法成立に協力したものであり、「翼賛国会」「ところてん国会」と批判された。
しかし、参議院においては、このような国会審議の状況のなかでもいくつか注目すべきことが指摘できる。
参議院で、超党派六会派の39議員が提出した「災害被災者等支援法案」は、自民党の廃案のもくろみを土壇場でひっくり返し、継続審議に持ち込まれた。広範な民意を反映し、1兆1000万円の予算を伴う法案を、政府・自民党の反対を押し切って、国政の場に残せたことは、重要な成果である。
共産党を除く各党派の議員提案という形で提出された「サッカーくじ」法案は、衆議院でわずか2時間40分で可決された。そのような審議抜きの可決の仕方と「文部省が胴元となってギャンブルを推進するのか」という世論がひろがり、国民の怒りに火がつき、参議院では成立を拒み、継続審議となった。