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労働裁判改革のための意見書─労働者の権利救済のために─

2000年12月
自 由 法 曹 団
目次

第1、はじめに

第2、司法制度改革審議会における審議状況
 (1)個別的労使紛争解決のための裁判外制度の創設
 (2)労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方の見直し
 (3)労働裁判に関する制度の見直し

第3、労働裁判をめぐる問題と改革の方向

第4、現在の労働裁判が抱える問題点について
 1、証拠の偏在を無視して労働者側に過重な主張・立証責任を負わせる
 2、労働者側に極めて過酷な事実認定・証拠評価
 3、使用者側に偏した利益衡量や価値判断の基準
 4、法的判断・解釈における労働法の無視・無理解
 5、労働組合活動、特に少数派組合の活動に対する無理解ないしは敵意
 6、公務員労働者の労働基本権の敵視・無理解
 7、労働委員会の判断と救済方法の不当な蹂躙
 8、労働裁判の審理の長期化

第5、我々の労働事件改革に関する意見
 1、簡易迅速な労働者の権利救済制度の導入について
  (1) 制度の必要性
  (2) 簡易迅速な労働訴訟制度の新設
  (3) 裁判外の労働者の権利救済制度について
 2、労働裁判に関する制度の改革について
  (1) 問題をもたらした原因
  (2) 最高裁の持つ反労働者・反労働組合的傾向
  (3) 裁判官会同・協議会を通じた裁判統制
  (4) 労働裁判改革の方向性
 3、労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方の見直しについて
  (1) 実質的証拠法則の採用
  (2) 事実上の5審制の解消
  (3) 労働委員会の改革

第6、最後に

第1、はじめに

 我々自由法曹団は、1921年結成以来今日まで、国民のために闘い、国民とともに歩んできた。そして自由法曹団の弁護士はこれまで数多くの労働事件に携わってきた。その経験から我々は、以下に述べるように現在の労働裁判には数々の重大な問題点があり、その改革はもはや放置することはできない緊急な課題であると考える。
 裁判となる労働事件は数の上からだけ見れば、民事訴訟全体の1%程度に過ぎない。しかし労働事件は、働く国民の大多数を占める5300万人もの労働者の利害に関わるものであり、その在り方は国民にとって重大な重みを持つ。裁判所における判断の内容は、当該事件にとどまらず同種の労使紛争に関する裁判所の公権的ルールを明らかにするものであり、他の労働者や使用者の行動に一定の影響を与えざるをえない。また、労働者が裁判を利用して自己の権利の救済を受けたいと考えた場合迅速かつ容易に救済が得られることは、憲法や法が保障する労働者や労働組合の権利を実効あるものとし、それを侵害しようとする使用者の動きを事前に予防することにも役立つことになる。
 審議会においては、労働事件は「専門的知見を要する事件」の一つとして取り上げられているが、以上のような労働事件の重要性を考えれば、労働事件・労働訴訟の改革は、民事司法・刑事司法・行政事件に比肩する重要な課題である。また、労働訴訟においては民事司法の抱える問題点が最も顕著に現れており、労働訴訟改革の成否は民事司法の改革の試金石とも言えるのである。
 従って我々は、司法制度改革審議会が労働事件・労働訴訟の抱える問題点を十分に認識して、その抜本的改革を提起することを強く求める。

第2、司法制度改革審議会における審議状況

 1、審議会は2000年12月1日に労働裁判に関して審議しているが、その内容は現時点では公表されていない。ただ審議会はこれまでも労働関係の紛争解決制度のあり方について審議している。2000年7月11日の第25回審議会で確認された民事司法の改革に関する審議結果の取りまとめの中の労働事件に関する部分を簡単に整理すると以下の通りであり、委員の間で意見が対立して具体的な改革の方向性は今だ出されていない。

(1)個別的労使紛争解決のための裁判外制度の創設

 労働委員会や裁判所は現実に存在する労働関係事件のごく一部を処理しているに過ぎない。近年個別的労働関係事件が増加しているのに、労働委員会では扱わず、裁判所も利用しにくい現状にある。そのため裁判外紛争解決手続が必要という意見が多かったが、「その在り方については、なお検討することとなった。」具体的には、労働委員会案、民事調停手続案、消極意見(地方公共団体、労基署、企業内紛争解決機関などでの取り組みを見守るべき)などの意見が出された。

(2)労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方の見直し

 救済命令取消訴訟の審級省略による早期救済(五審制の解消)、実質的証拠法則の採用(労働委員会の判断の尊重)などについては「意見の一致を見るに至らず、なお検討することとなった。」

(3)労働裁判に関する制度の見直し

 労働関係事件に固有の裁判機関、訴訟手続を創設するか否かについても「審議が十分煮詰まらず、なお検討することとなった。」

 2、また、6月13日の第22回審議会で行われた法曹三者からのヒアリングでは、最高裁・法務省は労働関係の紛争解決制度の改革に対して露骨に抵抗している。最高裁は、個別的労使紛争は民事調停の充実強化で対応すべきとし、労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方については、労働委員会の審理が裁判所の第一審に代替し得ると評価できるほどに高い専門性を有していないとして消極的意見を述べている。
 法務省は、労働事件に特別の裁判所を創設したり専門参審制を導入すること、労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方を見直すこと、個別労使紛争解決のための新たな制度を作ること、すべてに消極意見を述べている。
 これに対して日弁連は、労働裁判関係では、訴え提起を容易にすること、証拠の偏在の是正を図ることなどを提案し、労働委員会関係では、個別労使紛争解決を担当させること、実質的証拠法則を採用すること、5審制を解消することなどを提案している。さらに、裁判所・労働委員会の人的インフラの充実、労働裁判所の設置、労働裁判への陪・参審の導入なども提案している。

第3、労働裁判をめぐる問題と改革の方向

 1、諸外国の事情と比べてみるとき、わが国の労働事件の特徴は、絶対的にその数が少ないことにある。
 年間の新規事件は、ドイツで62万件、フランスで20万件を超え、イギリスでも10万件を超えている(いずれも1995年)。他方でわが国においては、労働基準監督署や労働事務所その他での労働相談は年間に10万件をゆうに超えているのに対し、労働裁判は、わずか2585件にすぎない(1998年、地方裁判所に申立てられた本訴と仮処分の合計)。
 労働裁判が諸外国に比べ著しく少なく、そして労働相談の数に比較しても異常に少ないのは、本来は裁判で解決されるべき権利侵害が裁判所に申し立てられないまま、労働者の泣き寝入りに終わっていることを示している。

2、泣き寝入りの原因は2つある。第1は、事案が単純で争点も明確で事件ですら、手続きが複雑なため弁護士をつけることが必要となり、また結論が出るまでに時間がかかるため、多くの労働者が裁判を起こすことを断念していることである。第2は、それ以外の事件についても裁判所が労働者に対して厳しく労働者の正当な権利をなかなか救済しない状況にあり、そのため労働者が勝つためには高度の立証が必要となりいきおい審理が長期化せざるを得ないこと、そして、これらの事情があいまって労働者が裁判を起こすことに躊躇していることである。
 従ってわが国の労働裁判の改革としては、まず第1に労働者の権利を簡易迅速に救済するための方策が必要とされる。そして第2に、労働者の権利救済を妨げている審理のあり方を改めることとあわせて、裁判所が正確な事実設定のうえに憲法と労働諸法規に基いて的確に労働者の権利を救済するように姿勢を改めることが求められる。権利侵害の多くが簡易迅速に救済され、複雑な係争についても的確に救済されるようになれば、わが国の労働裁判の数も飛躍的に増大することになる。
 ここに労働裁判の改革の方向がある。

3、またわが国においては、行政命令によって団結権を擁護し公正な労使関係秩序を回復させる不当労働行為制度を軽視し、裁判所が、労働委員会の救済をくり返し取り消す異常な状態が生じているが、この問題をどう正しく理解するかも緊急の課題となっている。従って、労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方の見直しも重要な課題である。

4、そこで我々は、本意見書の第5において(1)簡易迅速な権利救済制度の導入、(2)労働裁判の審理と判断のあり方をめぐる改革、(3)労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方の改革の3点について、我々の提案と見解を順次明らかにする。

5、ただ、審議会でのこれまでの審議を見ると、審議会が現在の労働裁判が抱える問題点を正しく認識しているとは到底思えず、このままでは実効性ある改革の方策が提案されるとは期待できない。労働事件における改革の方策を検討するに当たっては、現在の労働裁判がどのような問題を抱えているのか、そしてその原因は一体何かという点についての正確な認識と分析が必要である。この点で審議会におけるこれまでの議論は全く不十分である。
 我々は、現在の労働裁判の抱える最大の問題は、その審理や判断の在り方にあると考える。すなわち、労働裁判における裁判所の判断内容が企業側の利益を優先し、労働者の権利やその生活、労働組合の活動に対する理解に欠けるものが多いこと、審理の進め方が労使間での証拠の偏在を無視して労働者側に過重な立証責任を負わせ、また使用者側による引き延ばしを許していること、その結果審理が長期化していることなどが、労働裁判の最大の問題点である。
 そこで本意見書の第4において、現在の労働裁判の抱える問題点について詳しく述べる。審議会においても、以下に述べる現状を充分に踏まえて改革の方策を審議することを求める。

第4、現在の労働裁判が抱える問題点について

1、証拠の偏在を無視して労働者側に過重な主張・立証責任を負わせる
 労働事件は、一方は賃金によって生活する労働者であり、他方は経済的にも人的にも優越した地位にある使用者である。両者の力には格段の差があり、しかも事件に関する証拠は使用者側に多数存在している。従って労働事件において両当事者は、通常の民事事件のような対等の立場ではありえず、出発点からして使用者側は優位に立っている。
 このような性格を有する労働事件の審理においては、証拠の偏在や両者の力関係を考慮せずに通常の民事事件のように両当事者を機械的に平等取り扱うことは労働者側に過酷な結果となり、実質的には不平等な結果をもたらすのである。
 しかし残念ながら多くの裁判所は、労使間の力の差や証拠の偏在など労働事件の特殊性を無視して、機械的に労働者側に重い主張・立証責任を負わせ、労働者救済に高いハードルを設けている。裁判所は、事件に関する証拠の大部分が使用者側にあり、労働者がその証拠を収集することや職場の他の労働者の協力を得ることが極めて困難であるという実態を無視している。他方使用者側にとって容易に事実を明らかにしたり証拠を出すことができる場合であっても、裁判所はそのことを使用者に求めず、また、使用者が証拠隠しをしたり裁判引き延ばしをすることに対して毅然とした訴訟指揮を行っていない。
 例えば、賃金差別事件においては、差別されたと主張する労働者集団とその他の労働者集団(ある労働組合と別の労働組合、女性労働者と男子労働者など)との賃金の比較が重要であり、2つの労働者集団の間に格差があるかどうか、また格差の程度はどのくらいかが重要な争点となる。ところが労働者にとっては他の労働者の賃金を立証することは極めて困難であり、多くの事件の場合、労働者・労働組合はその調査のために多大な労力と時間を要している。ところがこれらの事実は使用者にとっては明らかな事柄であり、使用者が明らかにすれば格差の有無や程度はたちまち明らかになる。そしてそのことは争点の整理にも訴訟促進にも繋がる。ところが多くの賃金差別事件では、使用者側は労働者の賃金を明らかにしようとせず、その結果労働者側は非常に困難な立証を強いられている。一例を挙げると、税関職員が組合間差別を問題にして国・大蔵省を訴えた全税関賃金差別事件では、労働組合側が自ら調査をして賃金の格差を主張したにもかかわらず国側は、労働組合の主張する他の労働者の賃金が正しいのか間違っているのかすら答えないという極めて非常識な対応に出た。通常の訴訟であれば、相手の主張する事実に対しては、「認める」か「否認する」かのいずれかの対応をするのが常識であるが、国側はそれすら拒否し、その結果労働組合側は多大な立証を長期間にわたって強いられたのである。このような使用者側の非常識な対応は多くの賃金差別事件で見られる。
 使用者側がこのような露骨な証拠隠し、裁判引き延ばしを行っても、裁判所は使用者側に事実を明らかにすることや証拠を提出することを命じることはまれである。裁判所は、「賃金格差の立証は訴えを起こした労働者側の責任なので使用者側にそれを強制することはできない」という極めて非常識な態度に終始することが多い。このような裁判所の態度は、当事者が対等な関係にある通常の民事事件において適用される主張・立証責任の考え方を労働事件のような当事者間に証拠が偏在している事件にも機械的に当てはめることから生じているのであるが、より根本的には、労働者の置かれた状況に対する無理解、労働者の権利保護・救済に対する冷淡さがあるといわざるを得ない。前述の全税関賃金差別事件では、労働組合側が他の労働者の賃金台帳などの文書提出命令を申し立てたが、裁判所はそれすら拒否している。
 このような、証拠の偏在を無視した審理の進め方は賃金差別事件以外の労働事件でも度々見られる。例えば、使用者側が経営危機を理由に行ってきた整理解雇の効力を争う事件においても、企業の経営状況などに関する資料は使用者側にしかないのに労働者側にその点についての高度の主張・立証責任を負わせる裁判所が存在している。
 以上の問題点を踏まえるなら、労働裁判においては、使用者側が持っている証拠を労働者側に開示させ証拠の偏在による不平等を解消するための強力な証拠開示制度が必要不可欠である。特に、文書提出命令の対象を広げること、命令に応じない場合の強力な制裁を規定することなどが必要である。また、訴え提起前の証拠収集手段を確保するために、訴え前の証拠保全手続の要件・範囲を広げ、保全命令の効力を強化することが必要である。詳しくは第5で述べる。

2、労働者側に極めて過酷な事実認定・証拠評価
 以上のように裁判所は、労働者側に対して非常に重い主張・立証責任を負わせるが、さらに裁判所は事実認定においても労働者側に極めて高いハードルを要求している。
 例えば、賃金差別事件において労働者側が、他の労働者集団との賃金格差を立証し、さらには使用者がその労働者集団に対して敵意・差別意思を有していたことまで立証に成功しても、裁判所はさらに労働者側に対して、差別意思と賃金格差との間の因果関係まで立証することを要求している。その結果労働者側は、差別がなければ本来どのくらいの賃金になったはずであるかという仮定の事実まで立証することを強いられている。そしてその立証ができていないとして労働者側を負かした裁判例は数多く存在する。
 例えば、国民生活金融公庫組合差別事件の東京地裁判決(2000年2月2日)は、公庫側の不当労働行為意思に基づく差別を認めた東京都労委命令の大部分を取り消し、労働者側逆転敗訴の判決を下しているが、その判決は、公庫による組合活動の嫌悪、そして労働者らが処遇上低位に位置付けられていることを認定し、格差の原因が組合活動にあることが「一応推認される」としながら、他にも昇級していない職員が一定数いることから「この推認に基づいて不当労働行為の成立を認めることはできない」とした。そして不当労働行為が成立するためには、労働者側は、@ 同期の昇格者と比較して能力、勤務成績が劣らないこと、A それができないときは、公庫が労働者の勤務成績を無視し、または虚偽の事実を根拠にしてことさら低く評価していること、B それもできないときは、みずから能力、勤務成績が相当劣悪とはいえないこと(具体的根拠をあげて)を立証しなければならないとして、労働者にほとんど不可能な立証を要求し、事実上救済を拒否している。
 この問題を解決するには、そもそも労働者側によって立証困難で他方使用者側にとっては反証可能な事項については、立証責任を使用者側に負わせる規定を設けるとか、一定の事実を労働者側が立証したならば要証事実が立証されたものと推定する推定規定を設けるなどの改革が必要である。
 さらに抜本的には、労働裁判に陪審制や参審制を導入することが必要である。現在の中央集権的官僚統制の中に置かれている官僚裁判官では、労働者の置かれた弱い地位や証拠が偏在している状況、職場の実態などを正しく理解することはおよそ不可能であるし、また、後述のように最高裁判決や最高裁事務総局による統制に縛られ、事実を正しく認識してその事案に合った適切な判断をすることは期待できない状況にある。従ってそのような統制を受けず、また官僚裁判官に比べ労働分野の実態を踏まえた判断が可能と考えられる陪審制・参審制が必要である。

3、使用者側に偏した利益衡量や価値判断の基準
 労働事件においては、労働者側と使用者側との利益衡量が求められる事件が多数存在する。それは、労働分野に関しては実体法の規定が不十分であり、そのため裁判所による判例理論によって判断を下さざるを得ない事件が多数存在するからである。ところがその肝心の判例理論は、労働者と使用者の利害を十分に考慮したバランスの取れたものではなく、使用者側の利益を過大なまでに尊重し、労働者側の利益をあまりに軽視したものが多い。
 例えば、労働者が使用者から遠隔地への配転を命じられたが家族の事情などから単身赴任を余儀なくされるようなケースの場合、使用者の配転を命ずる権限の有無及びその範囲、いかなる場合に労働者が配転を拒否しうるかなどについて法は何ら規定していないため、その判断はすべて裁判所に委ねられている。このように使用者と労働者の利害が対立する場合、裁判所は、そのような遠隔地配転を命じなければならない使用者側の必要性と遠隔地配転によって労働者側が被る不利益とを比較考量して配転の効力を判断すべきはずである。そしてかつてはそのような考え方から遠隔地配転を無効とした裁判例が多数存在した。
 ところが東亜ペイント事件最高裁判決(1986年7月14日)は、配転を無効として労働者側を勝たせた高裁判決をわざわざ破棄して、単身赴任は「労働者が通常甘受すべき程度の不利益」として配転を有効とした。この最高裁は、配転を命じるのは使用者の自由であるとの考えに立つものであり、労働者の生活を全く無視するものである。そしてこの最高裁判決以後は下級審判決はこの判決に追従し、それまでのような遠隔地配転を無効とする裁判例は激減した。その結果、例えば小学生の子供3人を抱える女性労働者を大阪から東京に遠隔地配転すらことも許される、その程度の不利益は「通常甘受すべき」とする女性労働者の家庭生活、子供の養育などに対して全く配慮しない裁判例まで出るに至っている(チェースマンハッタン銀行事件)。
 今年に入っても、帝国臓器製薬単身赴任事件・最高裁第二小判決(1999年9月17日)、ケンウッド配転無効事件・最高裁第三小判決(2000年1月28日)と同様の最高裁判決が相次いで出されている。この2つの判決はいずれも東亜ペイント事件最高裁判決の判断枠組みを踏襲して会社の人事権を絶対視し、労働者の生活を全面的に会社に従属させるという極めて偏頗な判決である。
 このような企業側の利益擁護に偏した判決は単身赴任が問題となる配転に関する事件に限らない。例えば、男女差別が問題となった住友電工男女差別事件・大阪地裁判決(2000年7月31日)は、会社が高卒女子は一般に非効率・非能率であるという理由で、幹部候補から高卒女子を閉め出し、定型的補助的業務に従事する職種に配置したことについて、「これは男女差別以外の何者でもなく、性別による差別を禁じた憲法一四条の趣旨に反する。」と認定しながら、「他方では、企業にも憲法の経済活動の自由(憲法二二条)や財産権保障(憲法二九条)に根拠付けられる採用の自由が認められているのであるから、不合理な差別に該当するか否かの判断に当たっては、これらの諸権利間の調和が図られなければならない。」として、結果的には差別を違法ではないとした。この判決は、男女労働者をコース別に管理することによって女性労働者を安く利用しようという企業側の都合を最優先し、女性労働者の差別を受けない権利を無視したものである。
 このような企業の側の利益に偏した裁判例は、使用者に解雇の自由があるとして安易に解雇を認めるもの、一回の残業を拒否した労働者を使用者が解雇したことを正当と認めたもの、使用者が一方的に制定する就業規則に労働者・労働組合を拘束する効力を認めたもの、しかも一旦作られた就業規則を使用者が一方的に労働者に不利益に変更することをも大幅に認めたものなど枚挙にいとまがない。
 こういった現状を改革するには、抜本的には陪審制や参審制を導入することが必要であるが、その他、労働契約法、解雇規制法、労働保護法、差別禁止法などの労働分野における実体法を整備し、その中で労使の利害を適切に考慮した規定を設け、労働者の保護を図るべきである。

4、法的判断・解釈における労働法の無視・無理解
 そもそも労働法は、本来労働者の使用者に対する従属的地位に鑑み、対等な市民間に適用されることを予定された民法等の市民法を修正し、労使の実質的な対等平等を実現しようというものであり、その根拠は、憲法25条、27条、28条などの生存権的人権に求められる。
 ところが裁判所は、このような労働法の原則・精神を無視し、労使間の紛争に市民法的解釈・手法を持ち込み、使用者の解雇の自由、労働協約破棄の自由、組合事務所貸与契約解除の自由、営業譲渡・企業閉鎖の自由などを一面的に強調している。
 例えば全動労不採用事件・東京地裁判決(2000年3月29日)は、全動労組合員のJR不採用を不当労働行為と認めた中労委命令を取り消したが、判決は、新規採用が不当労働行為となるのは労働組合法7条1号後段の、使用者が労働組合に加入しないことや脱退することを雇用条件とした場合だけであると極めて限定している。
 この判決は、営業を譲り受けた会社が譲渡元の会社の従業員のうちの誰を採用するかは全くの自由であるの立場に立っているが、そのような本来自由な行為であってもそれが不当労働行為意思に基づいてなされた場合には、それを不当労働行為として違法であるとするのが労働組合法の趣旨であり、そう考えるのが正しい労働組合法の理解のはずである。ところがこの判決はそのような理解には立たず、使用者による不当労働行為を追認したのである。なおこの判決は、国鉄が動労や国労に対して差別を行った事実を認定しながら、運輸大臣が国会で所属組合等による差別があってはならないと明言したことにより差別意思は打ち消されたとの極めて非常識な論理を展開して不当労働行為の成立を否定している。この判決は結論先にありきの極めて政治的な意図に基づく判決であるが、一定の意図を持って法的判断や法解釈を歪め使用者の行為を追認するような判決は労働事件においては度々見られる。
 この点についても先に述べた点と同様、陪審制や参審制の導入、労働分野における実体法の整備などが必要である。

5、労働組合活動、特に少数派組合の活動に対する無理解ないしは敵意
 裁判所は、企業内での組合活動の重要性を全く無視し、昼休みなどの勤務時間外であっても労働組合が食堂などの企業施設で集会をすることや職場内でビラをまいたり署名を集めることを事実上禁じている。このような裁判所の考え方は、企業別労働組合の多い日本の現状に照らして考えると労働組合活動を禁止するも同然である。
 例えば、国労札幌支部事件最高裁判決(1979年10月30日)は、使用者が許諾しない以上労働組合や労働者は企業の物的施設を利用できないとし、その後も同様な最高裁判決が相次いで出された。使用者が許可しなければ会社内で集会ができないということは、結局労働組合の活動を使用者の許す範囲内に留めておくということと同じであり、使用者と対立してもなお労働者の利益のために活動すべき労働組合に対する死刑判決である。ところがその後ほとんどの裁判所はこの最高裁判例に従い企業内での労働組合活動に対して極めて厳しい姿勢を取っている。
 また目黒電報電話局事件最高裁判決(1977年12月13日)は、労働者が休憩時間中に会社施設内でビラをまいたことに対して、休憩時間の自由利用といってもその時間に会社内でビラをまくことは企業施設の管理を妨げるおそれがある、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げひいてはその後の作業能率を低下されるおそれがあるなどという理由により、使用者が就業規則でそれを禁止し、ビラをまいた労働者を戒告処分したことを許されるとした。
 上記判決や大成観光事件最高裁判決(1982年4月13日)はさらに進んで、労働者が胸にプレートやリボンを付けて仕事をした事案につき、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかったとしても精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかったとして職務専念義務に違反する、就業時間中の組合活動であるとして許されないとした。
 このような組合活動敵視の論理は会社内を超えて一層進み、関西電力ビラ配布事件・最高裁判決(1983年9月8日)は、労働者が勤務時間外に会社施設外である会社社宅にビラを配布した行為についてまで、これを懲戒処分とした使用者の行為を許されるとする驚くべき判断を下している。この判決の論理によると労働者は仕事を離れた場でも24時間使用者に拘束されることになる。
 このような組合活動敵視の裁判例は無数に存在する。
 この解決のためには、陪審制や参審制の導入の他、労働組合法を改正し、職場内における組合活動の自由を保護するための規定を設けたり、少数派組合にも配慮した規定を設けるべきである。

6、公務員労働者の労働基本権の敵視・無理解
 裁判所による組合活動敵視は公務員労働者に対してとりわけ強烈である。憲法及び労働法の圧倒的多数の学説は、現業・非現業公務員の争議行為を少なくとも全面・一律に禁止することは許されず、従って現行国家公務員法98条2項などは憲法28条に違反するとの立場に立っている。ところが最高裁は、全農林警職法事件判決(1973年4月25日)以来、一貫して争議行為全面禁止も憲法違反ではないとの立場を取っている。この点で最高裁は、労働者の労働基本権を保障した憲法28条の趣旨を極めて狭く理解するものであり、憲法の番人とは到底いえない立場に立っている。
 この点についても既に述べたのと同様、陪審制や参審制の導入の他、国家公務員法、地方公務員法等の改正が必要である。

7、労働委員会の判断と救済方法の不当な蹂躙
 裁判所によって労働委員会の救済命令がくり返し覆される異常な事態の根本は、行政命令によって団結権を回復し公正な労使関係の形成をはかる不当労働行為制度についての正確な理解を欠いたまま、労働委員会の判断と救済方法が裁判所によって蹂躙される現実がある。
 もともと解雇の有効無効や差額賃金請求権の成否など私法上の権利関係の存否と不当労働行為の成否は、異なる法律関係の判断である。不当労働行為に対する労働委員会による救済(行政救済)は、私法上の権利関係をふまえながらも、これとは別に独自に、労組法7条各号に示される公正な労使関係秩序の違反から不当労働行為の成否を判断するものである。そして、それが肯定される場合には、労使対等の公正な労使関係を回復させるために専門的立場から多様で柔軟な救済措置を積極的に命じることになる。
 ところが裁判所は、労働委員会による行政救済の独自性を理解せず、私法上の権利関係の判断に過大にこだわることによって不当労働行為の成立を否定したり、あるいは専門的立場からの柔軟な救済措置を否定することにより、救済命令を覆す誤った判断を繰り返している。
 裁判所は、行政命令によって迅速的確に救済することを求められる労働委員会の独自の役割を尊重しなければならない。そこでは労働委員会の専門的立場からの不当労働行為成否の判断(労使関係秩序上の判断)と柔軟で多様な救済方法を尊重する基本姿勢を欠くことはできない。
 以上の現状に対する改革の方策については、第5で労働委員会命令に対する司法審査の在り方の改革として詳しく述べる。

8、労働裁判の審理の長期化
以上のように労働裁判においては、労働者・労働組合は、過重な主張・立証責任、裁判所による厳しい判断などの困難な状況の中で、勝利判決を得るための立証活動に多大な時間と労力を要したり、大量の間接的な証拠によってそれを立証せざるを得ず、いきおい裁判に時間がかかるという結果となっている。そしてそのことが、労働者・労働組合に対して、裁判には手間と費用がかかるとして裁判離れ、裁判所不信を招き、提訴への躊躇・断念をもたらしている。現在の労働裁判はこのような悪循環の中にあるといわざるを得ない。従って、労働裁判の事件数が少ないという問題の背景には以上述べてきた裁判所の審理・判断の在り方の問題が密接に関連しているのである。この点を改革しなければ、国民に利用しやすい労働裁判は実現しないのである。

第5、我々の労働事件改革に関する意見

 以上の労働裁判の問題点を踏まえた上で、以下では、(1)簡易迅速な権利救済制度の導入、(2)労働裁判の審理と判断のあり方をめぐる改革、(3) 労働委員会の救済命令に対する司法審査のあり方の改革について、順次我々の提案と見解を述べる。

1、簡易迅速な労働者の権利救済制度の導入について

(1) 制度の必要性
 労働関係の民事・行政事件は、全裁判所が1年間に新規に受け付ける事件数が3000件前後であり、近年増加傾向にあるとはいえ、実際に発生している労使紛争のほんの一部に過ぎない。裁判を利用しない労働者の一部は労働委員会を利用したり、労働基準監督署その他の労働行政機関に相談に行っているが、その大部分は結局泣き寝入りをしているのが現状である。
 従って、多くの労働者が泣き寝入りをしている現状を改革し、労働者が自己の権利を守るためにもっと簡単に利用できる制度を作ること、これが今回の司法改革において重要な課題である。とりわけここ数年来企業がリストラ・合理化を強力に押し進め、多くの労働者が解雇・退職強要・賃金切り下げなどの様々な権利侵害を受けていることはマスコミ報道を見ても明らかである。また過労死・過労自殺・職場内でのいじめ・セクシャルハラスメントなど職場内における人権侵害も後を絶たない。このような現状を放置することは、憲法25条・27条・28条や労働基準法などの目指す労働者保護を無に帰するものであり、一刻も早く改革されなければならない。

(2) 簡易迅速な労働訴訟制度の新設
 そこで問題は具体的にどのような制度を考えるかであるが、民事調停の充実強化、労働行政機関による対応、労働委員会による担当など様々な意見が検討されているが、これらの裁判所外での紛争解決手続(ADR)はいずれも法的強制力に乏しいため、労使の対立が激しい場合や合意に達しない場合には紛争を解決することはできず、結局裁判所の手を借りることが必要となる。従ってこれらの制度は裁判による解決に代替し得るものではない。労働者の権利救済制度を考える場合にまず重要なことは、労働者が裁判による解決を望む場合には容易に裁判が提起できる条件を整えることである。
 そこで我々は、現在の訴訟手続の他に、賃金不払い事件や理由のないことが明らかな解雇事件などのような比較的事案が簡明でその処理にそれほど時間を要しない事件を念頭に置いた、簡易労働訴訟制度を導入することを検討すべきであると考える。これは民事訴訟における少額訴訟のように、本人訴訟を念頭において、提訴のための書類をある程度定型化し、しかも審理回数を2ないし3期日に限定したものとすべきである。

(3) 裁判外の労働者の権利救済制度について
 以上のような裁判を利用した簡易・迅速な権利救済手続を新たに設けた上でさらに裁判外に権利救済制度(ADR)を新設するのであれば、それは労働者の選択肢を増やすことになり、我々も賛成である。
 その場合どのような制度を採用するかについては、様々な意見があるが、調停制度は解決のために労使の合意が必要であり紛争解決機能が弱いこと、労働基準監督署などの労働行政機関による相談は担当職員の人数不足と負担過重の結果これまで必ずしも十分な効果が上がっていないこと、労働委員会による個別的紛争の解決はこれまでにない制度であり実効性が未知数であること、などから、それぞれの制度を排他的に考えることなくそれぞれ実施に移し、その実施状況を見ながら見直しを行っていくべきであると考える。現在労働者の権利救済のための制度が十分でないことを考えると、それぞれの制度を同時に実施しても十分ニーズは存在するはずである。

2、労働裁判に関する制度の改革について

(1) 問題をもたらした原因
 第4で詳しく述べたような労働裁判の問題点の原因としては、第1に、最高裁判事の人選が不公正なため、最高裁が企業側に極めて偏し、労働者・労働組合に対する保護に欠ける判決を次々と出していること、第2に、最高裁事務総局という司法官僚が差別的・恣意的人事や裁判官会同・協議会などを通じて下級審裁判官の判断を労働者・労働組合にとって不利な方向に統制ないしは誘導していること、第3に、以上の結果下級審裁判官の中に最高裁判決盲従ともいえる傾向が存在し、事案における具体的な事実関係や利益考量を踏まえた妥当な解決を目指すという本来の司法の役目を放棄し、最高裁判決を機械的に当てはめるようになっていること、第4に、裁判官自身が社会経験を持たず、また、裁判所以外の世界の人間と接する機会も乏しく、その結果労働者の置かれた状態などに対する理解が不十分なことなどを挙げることができる。
 以下では、以上の問題点のうちこれまで審議会で充分審議されていない、最高裁の抱える問題点と裁判官会同・協議会による裁判官統制の問題に絞って、その問題点を指摘する。

(2) 最高裁の持つ反労働者・反労働組合的傾向
 最高裁が全農林警職法事件判決(1973年4月25日)以来、一貫して公務員の争議行為全面禁止が憲法違反ではないとの立場を取っていることは既に述べた。ところが、最高裁の労働者・労働組合に対する姿勢が大きく転換したのは、この判決の4年前の東京都教組事件判決(1969年4月2日)がきっかけである。
 東京都教組事件判決では、最高裁は公務員労働者の労働基本権に一定の理解を示し、現行法における争議行為禁止を憲法に適合するよう限定解釈するべきとの立場に立っていた。ところがそれがわずか4年後に全農林警職法事件判決によって変更されたのであるが、その背景には、東京都教組判決に脅威を感じた政府・自民党が内閣による最高裁判事の意図的な任命によって、官公労働者の労働基本権に好意的な判事(ハト派)が定年退職すればその後任に労働基本権の保障よりも秩序維持を重んじる判事(タカ派)を採用するという形で最高裁判事の入れ替えを行ったからである。つまり最高裁判所の公務員労働者の労働基本権への敵視・無理解は、政府・自民党による政治的意図によって形成されたものである。
 そしてこの時期を契機に最高裁判所は、労働者・労働組合に対して厳しい判断を相次いで行うようになり、現在に至っている。これがいわゆる司法反動の始まりである。従って先に述べた、労働者・労働組合に対する無理解・敵視という裁判所の傾向は、この時期の政府・自民党による最高裁判事の入れ替えに端を発し、その影響が今日まで続いているのである。従って、現在の労働裁判を改革するためには、後述するように、最高裁判事の任命方法を改革するなど最高裁の機構を大幅に改革することが必要不可欠である。

(3) 裁判官会同・協議会を通じた裁判統制
 最高裁による相次ぐ反労働者・反労働組合的判決は下級審の裁判官に極めて大きな悪影響を与えたが、それをさらに促進したのは、裁判所内において司法行政権を独占する最高裁事務総局が裁判官会同・協議会などを通じて下級審裁判官の判断をより反労働者・反労働組合の方向に統制・誘導したことである。
 裁判官会同は、もともと裁判官の研鑚を目的として1947年に開始されたものであるが、当初はその内容も公表されていた。ところが政府・自民党が最高裁判事の入れ替えにより最高裁判決の政治的変更に成功した1970年代のいわゆる司法反動の時代に、裁判官協議会と名称を改められ、その後内容はマル秘扱いとされるようになった。
 裁判官協議会は、最高裁事務総局から各裁判所に対して、現在抱えている具体的な事件についてどのような理論上の問題に直面しているかを問い合わせ、それを集約して問題を設定した上で、最高裁事務総局が解答を用意して協議するという形式を取る。これまで、公害事件、国家賠償法事件、労働事件などについて再三開かれているが、労働事件ではほとんどすべての分野の問題が扱われている。第4において労働裁判の問題点として例に挙げてきた賃金差別、整理解雇、企業内組合活動などについてもすべて協議されているが、その内容の大半は、労働者側に不利な方向で最高裁事務総局の考える模範解答が示され、意見統一がなされている。そして協議会は下級審裁判官が現に担当している事件について協議し、そこで最高裁事務総局が一定の模範解答をしているだけに、そこで示された見解がその後の下級審裁判所の判断を左右していると思われる例が数多く見られる。

(4) 労働裁判改革の方向性
 ア 以上のような労働裁判の抱える問題と原因から考えて、審議会におけるこれまでの議論は全く不十分である。我々は、抜本的改革としては、@ 労働裁判における陪審・参審制の導入、A 法曹一元の導入が必要と考えるが、その他にも、B 労働裁判のための特別な手続を設けること、C 労働実体法を整備することなどが必要と考える。

 イ @の陪審制・参審制導入については、a)賃金不払い事件や理由のないことが明白な解雇事件については簡易迅速な労働訴訟制度を新設するとして、その他の十分な審理が必要な事件について、訴えを提起する労働者側に参審制と陪審制のいずれの審理を受けるかを選択できるようにすること、b)参審制は、現在の労働委員会のような職業裁判官と労使双方から選出された素人裁判官によって構成し、素人裁判官にも評決権を与えること、c)労使から選出される素人裁判官については、出身母体等による人選の公正を確保できるような民主的な手続・客観的で公正な基準を定めること、などが重要である。現在の労働員会のように連合系労働組合出身者が労働者委員を独占するようなことは決してあってはならない。

 ウ Aの労働裁判のための特別な手続としては、a)労使間での証拠の偏在を考慮した強力な証拠開示制度を設けること。例えば現行法上の文書提出命令の範囲を大幅に拡大したり、証拠保全手続の要件や範囲・効力を拡充強化するなど。b)主張・立証責任の有無に関わらず事案を解明するために裁判所が使用者に対して求釈明を行うことができるようにし、労働者側に申立権を付与すること、などが考えられる。
 c)また解雇事件の場合、解雇され収入を断たれた労働者にとっては今後の生活をどうするかが深刻な問題であり、裁判を提起して解雇の効力を争うことは極めて困難なことである。そのため、明らかに不当な解雇であっても裁判で無効とされることなく横行している現実がある。そこで、労働者が解雇無効の裁判を提起した場合、特段の事情がない限り解雇の効力を停止しその後裁判の結論が出るまで賃金を支払うことを使用者側に義務付ける法制度を検討すべきである。少なくとも、東京地裁をはじめとした一部の裁判所が、賃金仮払い仮処分命令において半年という極めて短い期間制限を付すことを止め、少なくとも一審判決言い渡しまでは賃金仮払いを認めるようにして、労働者が生活の維持を心配せずに裁判に集中できるようにすべきである。
 また、解雇無効を認めた判決が出ても、さらにはそれが確定してもそれを無視して労働者を職場復帰させない使用者が存在する。このような無法が横行する背景には、裁判所が解雇無効の場合、賃金の支払いのみを使用者に命じて、労働者を就労させることを認めないことがある。そこで法律に労働者の就労請求権を認める規定を設け、解雇無効の場合には裁判所が使用者に、労働者を就労させるよう命じるように改めるべきである。

 エ Bの労働実体法の整備としては、a)労働分野に関する実体法の整備が不十分なため労働事件の多くは判例理論による判断が行われているが、前述のとおりその判例理論が労使の利害をバランスよく考慮したものとなっていないため、立法によってその要件などを明確にすることが必要である。具体的には、労働契約法・解雇規制法・労働者保護法・差別禁止法などが考えられる。b)併せて実体法の中に、立証の困難さや証拠の偏在を考慮した立証責任の転換規定ないしは推定規定を設けることも必要である。

 オ 裁判所・裁判官制度改革に関わる事項として、D 最高裁の機構改革(最高裁判事の人選のあり方の見直し、最高裁判事の国民審査のあり方の改革、最高裁判決に大きな影響を与えていると言われる最高裁調査官制度の見直し、最高裁事務総局の廃止と裁判官会議の復活、裁判官会同・協議会のあり方の見直し、判事と検事との人事交流の廃止)、E 司法行政の改革(裁判官の任命制度の改革、裁判官に対する勤務評定の改革、裁判官に対する差別的・恣意的人事の改革、裁判官に対する様々な統制の廃止と市民的自由の保障)、F 裁判官及びその他の裁判所職員の大幅増員など様々な改革が必要である。

3、労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方の見直しについて

(1) 実質的証拠法則の採用
 第1に、現在裁判所が労働委員会による救済命令を尊重せず、いとも簡単にその判断を覆すこと、しかも裁判所が覆すのは概ね労働組合を勝たせた救済命令であり、それを覆して労働組合を負かす判断をしていることは、使用者の不当労働行為からの早期救済を目指した労働委員会の存在意義を無に帰するものであり、重大な問題である。とりわけ、後述するように、現在の裁判所は労働者・労働組合に対して無理解ないしは敵意を抱いていると言わざるを得ないほど労働者・労働組合に対して厳しく、使用者側に偏した審理・判断を行っていることから、その被害は甚大である。裁判所による労働委員会命令の取消しが頻繁に行われた結果、一部の地労委・中労委においては、裁判所によって後日取り消される可能性のある微妙な事件では労働組合勝利の救済命令を避ける傾向が生じているとの指摘もなされている。この点からも裁判所による労働委員会命令軽視の被害は甚大である。
 我々は、労働組合に対する迅速な救済という趣旨から、労働委員会の救済命令に対する司法審査に実質的証拠法則を採用し、労働委員会の認定事実を立証する実質的な証拠があるときは、裁判所はそれに拘束されるようにすべきであると考える。実質的証拠法則については現在公正取引委員会、公害等調整委員会、電波管理審議会で採用されている。そして労働委員会における採用の可否について審議会では、前述の通り最高裁・法務省とも、労働委員会における手続が裁判所の第一審に代替し得ると評価しうるほどのものではないとして否定的意見を述べ、法務省民事局長も将来充実強化されれば採用も可能であると述べるにとどまっている。しかし我々が実際に労働委員会における審理を経験している立場から言えば、労働委員会における審理は対審構造の下で労働組合・使用者双方が十分に主張・立証を尽くし、それに基づいて労働委員会が判断を下しており、地裁での審理に準じたものとなっているのである。むしろ労働委員会での審理が訴訟化してしまったと批判されるほどである。従って労働委員会における実質的証拠法則の導入は何ら問題ない。

(2) 事実上の5審制の解消
 現在の労働委員会による救済命令制度は、地労委、中労委、東京地裁、東京高裁、最高裁と事実上5審制となっており、その結果労働組合の早期救済を図るという制度本来の趣旨に逆行し、救済が著しく遅れている。
 従って、この問題を解決するための改革を行うべきであり、そのために以下のような制度が検討されるべきである。
 @ 取消訴訟について審級を省略し、中労委命令に対する取消訴訟の管轄を東京高裁とすること
 A 現行制度上は、地労委や中労委の命令は確定しない限り履行を強制することはできず、唯一、使用者が取消訴訟を提起した場合に裁判所が緊急命令を出した時に限り強制力を持つだけである。しかしこの制度では、5審制の下で使用者の命令確定の引き延ばしによって労働組合の救済が著しく遅れることになる。従って、中労委による地労委命令の履行勧告(労働委員会規則51条の2)が単なる「勧告」に過ぎない現状を改め、使用者がそれに従うべき義務を負うことを法律で規定すべき。また、東京地裁が労働委員会命令を軽視しなかなか緊急命令(労働組合法27条8項)を出さない現状を改め、原則として緊急命令を出すべきことを法律で規定すべきである。
 B 地労委や中労委の審理の遅延を改革すること

(3) 労働委員会の改革
 労働委員会自体の改革のためには、@ 公益委員や労働者委員の選任の在り方を改革し、とりわけ中労委や多くの地労委における連合系組合による労働者委員独占を改めること、A 労働委員会の事務局体制を強化することなどが必要である。

第6、最後に

 以上、労働裁判が抱える問題点について詳しく述べてきたが、我々自由法曹団は、審議会に対して、労働裁判のこのような問題点を十分に踏まえ、それに対する抜本的な改革を提案することを重ねて強く期待するものである。
以上