<<目次へ 【意見書】自由法曹団


1998年7月

盗聴法についての10の疑問

目   次


はじめに


国際的要請

Q1 政府は、通信傍受法の制定は、組織犯罪を取締まるという国際的要請があることにもとづくと説明しています。そうなのでしょうか。


組織犯罪対策

Q2 盗聴法によって、組織的犯罪者集団の、逮捕・検挙がなされ、犯罪の撲滅の効果があるのでしょうか。


令状主義

Q3 憲法35条は、「捜索・差押は裁判官の発布した令状によらなければならない」という令状主義の原則を定めていますが、盗聴法はこの原則との関係で問題はありませんか。


情報収集と刑事訴訟法

Q4 盗聴法は、捜査の概念を大きく変更することになるという主張がありますが、それはどういうことを意味するのですか。


盗聴対象

Q5 政府は、盗聴法は一般市民に無関係だから心配ないと言っていますが、そうでしょうか。


報道の自由

Q6 報道機関は盗聴法と無関係でいられますか。


プライバシー

Q7 政府は、盗聴法は市民社会を守るためのものと説明していますが、本当ですか。


違法防止の保障


事後的救済等

Q9 政府は、次のような事後的な制度もあることを理由に、警察が無差別に電話を傍受する余地が全くないと断言しています。本当に大丈夫ですか。
   @事後通知制度 A違反への罰則 B準起訴手続き


警察の信頼

Q10 政府は、神奈川県警による日本共産党国際部長宅電話盗聴事件について、警察は事実を認め、真摯に反省しているかのように説明していますが、本当ですか。


はじめに

 電話は現代の生活に不可欠の通信手段です。電話を通じて厖大な情報が交錯しています。市民は他から傍受されないと信じて利用しています。通話内容の秘密は、電話が通信手段として成り立つ基本です。憲法21条が「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定めています。
 盗聴を合法化する今回の立法は、暴力団など組織的な特定の犯罪に対処するためであり、裁判官の許可を条件にすることで濫用や人権侵害をふせぐと説明されています。私たち自由法曹団は、これに反対しています。すでに の意見書を発表しています。この意見書は法案提出の事態を受けた第6弾です。
 反対理由は、いくつもあります。まず暴力団に対する捜査には、あまり役立ちません。傍受の可能性を認識しながら犯罪の手段に電話を使うプロはいません。回避の方法は無限に考案が可能なのです。犯罪検挙の決め手とはなり得ません。
 通話が犯罪に関係するかどうかの判断には、一見して無関係と認められる相手方や無数の会話の累積とその関連づけが必要でしょう。一発で犯罪を探知できるのは希有のことです。川底で砂金を探るような厖大な「無為」を重ねなければなりません。したがって無限の「傍受」が必要になります。対象者に対する日常的な「傍受」の過程で犯罪の予兆を知り、標的となる通話を探らねばなりません。
 実際は非合法の盗聴の累積が不可避なのです。そのすえに標的とすべき会話の蓋然性の高いものを想定して裁判官の令状を求めることにならざるを得ません。つまり証拠に使えそうなものだけ令状を求めることになるのです。令状はその「傍受」に証拠能力を付与するだけのものにすぎません。
 日本の警察はすでに電話をふくむ盗聴を実行しています。緒方宅盗聴事件は、その一端にほかなりません。特殊な訓練も組織的に行っていると伝えられます。ただ今は非合法なので隠しているだけなのです。裁判所で盗聴の事実が明らかにされても、これを絶対に認めようとはしません。そればかりではありません。人権侵害をふせぐべく裁判官の許可を条件にしたと言います。これによって憲法違反の批判をかわそうというわけでしょう。しかし日本の警察は、裁判所にも挑戦する態度をとっているのです。緒方宅事件の経過がそのことを物語っています。この実態のもとで、どうして適正な司法の抑制機能が期待できるでしょうか。
 このような警察の構造と体質を根本的につくり変える必要があります。それが先決でしょう。この前提を抜きにしては、いかに技術的な手当や修正をほどこしても、しょせん憲法違反の評価を免れないのです。


国際的要請

Q1 政府は、通信傍受法の制定は、組織犯罪を取り締まるという国際的要請があることにもとづくと説明しています。そうなのでしょうか。


 正しくありません。無理に結びつけています。

1 国際的要請の内容

 法務省は3本の「組織犯罪対策法」案の提出にあたり、「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備について」と題するメモを作成しています。そこの第1「組織的な犯罪をめぐる状況」のなかに「国際的動向」という項目を設け、「〇国際的にも大きな問題(国連、サミット等) 〇犯罪収益の規制措置など、国際的にも協調した対応が強く求められ、主要国においては法制度の整備が進んでいる」と記述しています。
 「国際的動向」の系譜を少し遡ってみます。1988年トロント・サミットで麻薬追放とマネーローンダリングについて政治宣言を発し、同年11月に国連で麻薬新条約を採択しました。わが国は89年この条約を批准し、91年に「麻薬特例法」にてマネーローンダリング罪、不法収益の没収、追徴、保全を規定し、早々に国際的要請にこたえました。89年、アルシェ・サミットで、資金洗浄に関する金融活動作業部会(FATF)を設置しました。これは、銀行制度と金融機関をマネーローンダリングのために利用することを防止するための包括的な対策の検討等を行なうところで、26か国参加しています。勧告を出して、加盟国でそれがどのように履行されているかを審査するため順に相互審査を行なっています。94年のナポリ・サミットで、薬物取引のみでなく重大犯罪からの収益の洗浄を防止するための効果的な措置を講じる必要性について合意しました。これを受けて、96年、FATFは勧告の改訂を行い、資金洗浄罪の前提犯罪を薬物犯罪から重大犯罪に拡大しました。
 法務省が国際的要請があるというのは、国際的組織犯罪対策として、薬物犯罪以外の重大犯罪からの収益のマネーローンダリング規制の課題なのです。  盗聴法はこの要請には含まれません。

2 各国の自主性あり

 94年12月に国連総会で承認された「国際的組織犯罪に対するナポリ政治宣言及び世界行動計画」は、「我々は、組織犯罪の世界的関連を認めながら、その防止及び規制が、国及び地域によって異ならざるを得」ないことを公認しているのです。

3 別の系譜をたどる盗聴

 政府は、先進諸国では盗聴の法制度があることを強調しています。私たちが逆に強調したいことは、盗聴制度をもつ国では、法制度ができるはるか前から政府機関および司法機関が盗聴を活用してきたことです。各国の憲法には通信の秘密の保障規定がありません。しかし権利としてのプライバシーが確立するにしたがって、各国で、盗聴規制の法制度を整備していったという経緯なのです。
 これに対し、わが国では、憲法が人権カタログのひとつとして、通信の秘密を無条件保障しています。戦前戦中、人民に猛威をふるった治安維持警察の反省に立ったものです。法律は、民間人と権力機関を区別せずに盗聴罪で処罰します。刑事手続き法の憲法というべき刑事訴訟法も、盗聴令状を認めていません。通信傍受は違憲であるというのが憲法学会の多数説になってきました。わが国でも、警察などがヤミ盗聴を行なってきた暗い歴史があることはQ10で指摘していますが、諸外国との比較で盗聴の跋扈が押さえられてきたのは、憲法を頂点とする法体系が盗聴を許容しておらず、それが国民意識・市民社会のモラルとして定着してきたからです。
 アメリカFBI長官として30年間君臨したエドガー・フーヴァーの生涯を描いた「大統領たちが恐れた男」(新潮文庫)には、権力者が盗聴によって政府高官のスキャンダルを収集し、それを政治的取引に活用してきた醜悪な実態がリアルに描かれています。驚くべきことに、盗聴によって得られた情報がマフィアにも流されていました。このような癒着も起こるのです。
 モラルの片鱗もありません。盗聴はきれいごとでは済まされないのです。


組織犯罪対策

Q2 盗聴法によって、組織的犯罪者集団の、逮捕・検挙がなされ、犯罪の撲滅の効果があるのでしょうか。


 盗聴法によって、どの程度の犯罪解明に役立つのか、検挙率がどの程度あがるのかについては、法務省は一切明らかにしていません。
 そこで、アメリカにおける盗聴捜査の実態についての2つの報告を紹介します。
 第1は、レナード・W・リービ氏がその著書『最高裁の逆流』(ぎょうせい)でのべている内容です。それによりますと、「1969年から1972年までの丸3年間に73000人の人々が100万件以上の会話を盗聴されたが、このうち72000人は無実、もっと正確に言えば、いかなる犯罪についても無実であった」ということです。この報告によりますと、1.4%の犯人を捕らえるかわりに、実に98.6%の無実の人のプライバシーが侵害されたということになります。
 第2は、96年のアメリカ司法省の報告です。これによりますと、95年、許可された通信傍受件数は1158件(94年は1054件)、実施された傍受の回数は1024件(94年は1100件)で、傍受された者の平均数は140人(94年は84人)、傍受された通信数の平均は2028回(94年は2139回)、傍受された通信のうち有罪を示すものの平均数は459回(94年は373回)で、通信の平均数のうち有罪を示すももの平均数の割合は、22・6%(94年は17.43)です。このうち、「傍受された通信数の平均」とは、「関連性判断のために傍受されたにとどまるものを含む、傍受されたすべての通信の平均数」ということです。この統計資料からは、何人が起訴されたのか、有罪となった者は何人かは不明です。1年間で、傍受された人は、約14万人(95年)になりますが、このうち、何人が有罪だったのかは明らかでありません。
 これらの報告では、関連性あると判断して傍受した件数の中でも20%しか証拠として利用できないということと、傍受した人のなかからわずか1.4%の人が有罪であるということが明らかです。
 この数字をみると、盗聴法ができれば、犯人検挙が一挙にすすむ、効果が大きいとは到底いえないし、逆に、犯罪かもしれないと疑われた人のうち、99%が無実だということになります。到底、認められる捜査方法とはいえません。
 そもそも、電話(有線通信)盗聴が認められると、犯人は、警察に電話が盗聴されるかもしれないと考えて行動しますから、電話による連絡を出来るだけ避けるようになるでしょう。仮に電話を使っても、携帯電話を利用しその番号を頻繁に変えるようにすれば、電話盗聴は全く無意味になります。特定の電話番号で令状をとっても、執行段階で、その電話番号が使われていないというならば、令状による捜査の意味がなくなるからです。警察が立法理由としてあげている「組織的な犯罪集団」ほど、警察に捕まらない方法を編みだすことは当然予想できることです。
 警察は、まず電話(有線通信)盗聴を法制化し、それを実施してみて、あまり効果があがらないことを理由に、その次には「室内盗聴」が必要だといいだすでしょう。室内に侵入して盗聴器をセットして盗聴ができる権限を要求します。さらに、警察は、通信衛星を利用した意思伝達が可能になると、それに対する盗聴も必要だと言いだすでしょう。
 このように、電話盗聴は効果がないばかりか、いったん電話盗聴が合法化されると、その効果がないことを理由に、さらに警察の盗聴権限を拡大することが当然に予想され、その結果、国民のプライバシーの権利は重大な危機に陥れられてしまうことになるのです。法務省は、効果のあがらない電話盗聴をまず成立させ、そのあとで、着々と、盗聴権限拡大をねらっているのです。


令状主義

Q3 憲法35条は、「捜索・差押は裁判官の発布した令状によらなければならない」という令状主義の原則を定めていますが、盗聴法はこの原則との関係で問題はありませんか。


 憲法35条は、捜索・差押について令状主義をさだめていますが、これは、強制捜査について令状主義の原則を定めたものです。令状主義は、強制捜査という人権侵害行為については、その必要性を裁判官が判断し、令状を発布した上で行わなければならないことを定めたものです。警察が、何か犯罪はないかと捜し回るような一般的・探索的捜索を認めれば、国民の人権は全く守られなくなるので、憲法が令状主義の原則を定めて、国家権力の行使にたいする国民の人権擁護をはかった趣旨です。
 具体的には、@捜索場所と押収目的物の特定、A裁判官の発する個別の令状の要求、B捜索・押収を受ける国民に対する令状の呈示の要求の3つの内容をふくみます。

1 「特定の要請」について

 盗聴は、@対象としての通信は将来のもので、令状発布時には現存していない、A通信は一人に限られるわけではなく複数人の通信が登場することを予測せざるを得ない、B犯罪とは無関係な通信や犯罪とは無関係な人の通信も行われることも予測せざるを得ないことから、盗聴は、必然的に犯罪と無関係な人と内容の通信のすべてを包括的に盗聴することになる、という特徴があり、令状主義の原則の「特定の要請」に違反するのです。
 仮に犯罪に関連する通信が行われることが確実に予測される場合であっても、全ての通信を盗聴してみないと判明しません。法案も令状に記載された盗聴すべき通信に該当するか否か明らかでないときは、該当性を「判断するために必要な範囲で」通信を「傍受」できるとし、『予備的盗聴』を認めていますが、これは憲法が禁止している一般的・探索的捜索を認めることになります。

2 「個別令状の要請」について

 憲法は、捜索・差押令状については、「個別」の令状を要求していますが、その趣旨は、プライバシー侵害行為としての一個の捜索・差押えには各々一通の令状が必要であり、一個の令状をもって複数の捜索・差押えを行ってはならないというものです。
盗聴の場合、特定の通信施設に接続された通信をすべて盗聴することになり、複数人の通信あるいは一人の複数回の通信を一通の令状ですべて盗聴できることになります。あたかも、アパート・マンションの一棟まるごと一通の令状で捜索・差押えすることを認めることと同然です。
盗聴令状は、一通の令状で、捜査機関にプライバシー侵害行為を白紙委任する包括的令状を認めることになり、憲法の「個別令状の要請」に違反します。
 法案は、盗聴しているときに他の犯罪の実行にかかわるものと明らかに認められる通信が行われた場合には令状なくして盗聴できるとして、『別件盗聴』を認めていますが、これも令状主義の原則の「個別令状の要請」に違反するものです。

3 「令状呈示の要請」

憲法は、捜索・押収という強制処分については、裁判官による司法的チェックを行うことのほか、その執行段階で国民の側にプライバシー侵害の対象者にたいして令状を呈示することで強制処分の執行に濫用・逸脱がないかどうかをチェックする権利を保障しています。 ところが盗聴は、その密行的性格から、通信の当事者に事前に令状を呈示して行うことは、あり得ないことです。そこで、令状主義の要請の趣旨から、立会人に対する令状呈示をすれば足りるという考えがあります。しかし、令状には「被疑事実の記載」はなく、立会人が呈示を受けても、盗聴行為の内容をチェックすることはできません。立会人に対して、令状が呈示されても、立会人が盗聴内容を実質的にチェックすることはできないのです。この点からも、令状主義の原則に違反することになります。


情報収集と刑事訴訟法

Q4 盗聴法は、捜査の概念を大きく変更することになるという主張がありますが、それはどういうことを意味するのですか。


 警察による捜査というのは、過去に発生した犯罪を解明するために行われる活動であり、将来発生する犯罪を未然に防止するために情報を収集するための活動とは明確に区別されてきました。
 捜査は、刑事警察・司法警察活動であり、刑事訴訟法により警察の活動が規制されてきました。将来の犯罪予防のための活動は、行政警察活動の一つとして、警察官職務執行法により警察の活動内容が規制されてきました。
 ところが、盗聴法案は、既に発生した犯罪の捜査のためではなく、「傍受」対象犯罪が行われ、かつ、更に継続して行われる疑いのある場合、ある犯罪が「傍受」対象犯罪の実行のために必要な行為として行われた場合には、「傍受」対象犯罪が未発生でも盗聴出来るとして、『事前盗聴』を認めています。
これは、犯罪が発生した後に犯人と犯罪の証拠を収集することを目的とする刑事警察としての捜査活動の領域を飛び越え、犯罪の予防・鎮圧・情報収集を目的とする行政警察としての性格を持つようになります。『事前盗聴』を、捜査活動として立法化することは、捜査概念をあいまいにし、警察の権限の濫用の危険性を増大させることになるのです。盗聴法案は、「捜査」として刑事訴訟法の特別法として位置づけていますが、『事前盗聴』を中心とした盗聴の実質は、行政警察活動なのです。
 このことが何を意味するかといいますと、従来、過去の犯罪の捜査の必要性のために例外的に認められた捜索・差押等の強制処分が、将来犯罪を犯すかもしれないという「疑い」があるだけで、強制処分ができるようになってしまうことになります。
 警察官職務執行法により、行政警察にみとめられている権限は、@「職務質問」(挙動不審者に対して、停止を求めて質問ができる)、A「立入」(危険な事態が発生した場合に、他人の建物等に立ち入ることができる)のみです。すなわち、警察の治安維持活動、犯罪の予防活動については、法律はあくまでも強制処分ではなく相手方の同意に基づく任意の処分を基本としているのです。ところが、盗聴は、相手の意思に反してもなしうるという強制処分の性質をもつものでありながら、「捜査」としてみとめられるという体裁をとることで、警察の行政活動として活用されることになってしまうのです。
 捜査=刑事警察と犯罪予防=行政警察とを曖昧にしたまま、盗聴法を認めることは、行政警察としての警察の活動範囲をどこまで認めるべきかという議論を一切あいまいにしたままなされており、大変重要な問題を隠蔽してしまうことになるのです。
 捜査の概念と行政警察としての権限の問題について、刑事訴訟法にたちもどって十分に慎重な議論をすることが絶対に必要です。


盗聴対象

Q5 政府は、盗聴法は一般市民に無関係だから心配ないと言っていますが、そうでしょうか。


 法務省は、盗聴対象は、暴力団や組織的犯罪者集団に限るから、それらと関係ない市民は盗聴の対象にならないと説明しています。はたしてそうでしょうか。法案が盗聴の対象としている犯罪をみても、組織的犯罪とはいえない、私たちの身の廻りで起こりうる犯罪も対象になっています。
 「逮捕・監禁」罪が盗聴対象犯罪に指定されていることも見逃せません。労働組合の団体交渉に対し、経営者が「集団での暴力行為」があったとか、「監禁」されたなどとして告訴し、警察が組合の活動に干渉・弾圧した例を数多く知っています。労働組合事務所が盗聴され、その活動が全て警察に把握される。組合幹部宅も盗聴の対象になるでしょう。日本共産党の緒方宅が盗聴され、家族の会話が盗聴されたのと同様に、家族の会話も、友達との会話も盗聴されます。同じようなことは住民運動においても起こりうることです。住民運動のリーダーの通信が盗聴される。さらに関係している人たちの通信が逐一盗聴されるという事態は誇張ではありません。「逮捕・監禁罪」は口実をつくりやすい犯罪なのです。
 さらに将来の犯罪の準備のために罪(禁錮以上の刑)を犯しても盗聴の対象となりますから、ほとんどの犯罪が盗聴の対象になると考えられます。
 暴力団を盗聴対象とするとしても、暴力団も会社を経営し、経済活動もしています。暴力団が一般市民と関係なく生活できないのと同様、一般市民もそれらの活動に全く無関係というわけにはいきません。警察は捜査の効果をあげようとすれば、暴力団が使用すると思われる通信設備全てを盗聴してくるでしょう。そこにかかってくる電話、あらゆるパソコン通信、ファックス、携帯電話など全て盗聴されます。特にインターネットの場合は、いろんなプロバイダが電子メールの中継を扱っていますが、そのプロバイダと契約した者のなかに盗聴の対象となる者がいると、そこに集まるメールは全て盗聴の対象となるでしょう。盗聴対象者が出入りする店、所属する会社・団体の電話・ファックス・その他あらゆる通信設備が盗聴されることになります。さらに、犯罪に関する通信かどうか分かるまで盗聴することが認められますから、盗聴の範囲は無限定に広がり、犯罪に無関係な会話・通信に及びます。
 自分では犯罪に関係ないと思っていても、電話した相手が、あるいは会社が、団体が盗聴されていれば、そこに電話した全ての会話は盗聴されます。後でそのことをあなたに通知する義務は警察にありません。知らないうちに盗聴されているかも知れない、私たちはそういう不安をいつも抱えて会話しなければならなくなります。
 盗聴という捜査方法が認められれば、暴力団など組織犯罪者は盗聴を予測し、豊富な資金力をもって、盗聴されない方法を工夫するでしょう。そうなると、盗聴されるのは一般の市民であり、住民運動の団体、労働組合などだけということになりかねません。


報道の自由

Q6 報道機関は盗聴法と無関係でいられますか。


 法案15条では医師、弁護士など特定の職にある者とのあいだの通信で「他人の依頼を受けて行うその業務に関すると認められるときは、傍受をしてはならないものとする」とされています。この禁止対象にマスコミは含まれていません。
 法案では「特定された通信の手段であって、・・・又は犯人による犯罪関連通信に用いられると疑うに足りるものについて、これを用いて行われた犯罪関連通信の傍受をすることができる」(3条1項)と規定されています。そこで、盗聴法の対象犯罪の「犯人」と目されるものからマスコミに通信がされれば、それを口実にマスコミの通信手段が盗聴対象とされるおそれがあります。特に近年、犯行声明をマスコミに送りつけるような例が少なくありません。マスコミへの盗聴は杞憂とは言えないでしょう。もしマスコミへの盗聴がされると電話などを使ってのマスコミの活動は大きく制限されます。その影響は小さくないでしょう。
 さらに警察はマスコミの取得する情報を「横取り」することができ、警察が膨大な情報を獲得する道にも通じかねません。警察が1社だけでなく数社から盗聴すればあたかも「超巨大メディア」ということになります。日本のようにマスコミが非常に発達した国では、警察が驚くべき情報力を低コストで持つことも起こるかもしれません。
 また、マスコミの報道内容を警察は事前に知ることができるようになるでしょう。その中には警察にとって公表を嫌う情報もあるでしょうから、マスコミへの様々な圧力や「取引」などによって警察がその発表を妨害する行動にでないとも限りません。警察による「検閲」とも言えるものです。
 報道の自由においては取材の自由が重要な内容をなしており十分尊重に値するものとされています(最高裁昭和44年11月26日博多駅フィルム事件)。取材源の秘匿は取材の自由を支える重要な要素です。しかし、マスコミの通信手段が盗聴されることになれば取材源の秘匿は守られません。実際に盗聴がされていなくても盗聴がされているのではないかというおそれがあるだけで、取材を受ける者は情報提供を控えることになってしまいます。もたらされる萎縮的効果は計り知れません。
 仮に取材そのものは電話などを使わず直接面接して行う場合でもアポイントメントを取ることは電話などの手段を使うことになります。するとその段階で取材源が警察にわかってしまいます。とりわけ、公務員や警察官の取材にはマスコミは注意を払っていますが、盗聴の恐れがあるとなればこれらの人たちからの取材は非常に困難になるでしょう。
 取材活動はマスコミ側から取材源へ接触する場合ばかりでなく、情報の提供先からマスコミへの連絡に頼らざるをえない場合もあります。その典型は内部告発です。内部告発はとりわけ取材源の秘匿が決定的です。ある1社が盗聴されたとなれば、他のマスコミについても盗聴されているのではないかという疑惑が生じます。すると、マスコミ全般に影響が及ぶでしょう。今日、権力犯罪、企業犯罪などの巨悪においてはその暴露、追及で内部告発は重要な役割を果たしてきました。このような内部告発がいっさい行われなくなれば、日本は重要な情報が国民にとどけられず、ジャーナリズムは当局発表をただ流すだけという状況にもなりかねません。さらには発表物を流すものが容易に世論操作をできるようになる危険があります。
 結局、警察はマスコミを盗聴することで情報の獲得、遮断、流通などに大きな力を振るい、情報操作をすることもおこるかもしれません。
 ジャーナリズムとは権力とかかわりのないところで自由に取材活動をすることに役割があります。そうしてこそ、官庁の汚職などに対する権力追及も仮借なく行うことができるのです。盗聴法はそのようなジャーナリズムの本来の姿をゆがめ、報道の自由を侵害するものです。


プライバシー

Q7 政府は、盗聴法は市民社会を守るためのものと説明していますが、本当ですか。


1 表現の自由に対する萎縮効果

 法案を推進する立場からの主張として、「組織的犯罪を撲滅するためにはある程度のプライバシー侵害もやむを得ない、犯罪を犯した者、犯そうとしている者に電話したのだからある程度プライバシーを犯されてもやむを得ない」というものがあります。また、安全な社会を守るためには監視も必要だとの主張もあります。
 盗聴という方法がどの程度組織犯罪撲滅に効果があるのかということについては〔Q2〕で述べましたが、その効果をあげようとすればするほど、際限なく、膨大な数の盗聴をし、情報を収集し分析して、捜査に活用できるものかどうか吟味することになるでしょう。その情報収集の過程で、盗聴の範囲が広く市民にまで及ぶことは〔Q5〕で述べたとおりです。法案は、将来発生するかもしれない犯罪に対する盗聴も認めます。その予防のための盗聴は、警察の判断次第で拘束した戦前の予防拘禁を認めるのと同じ弊害が生ずるおそれがあります。予防のためと称して盗聴は際限なく広げられる可能性があります。そして、関係ないと思われる市民に関する情報も集積されるでしょう。
 1988年、公安調査庁が、日本共産党本部前の建物にアジトを作り、代々木駅から日本共産党本部に来る道路にビデオカメラを向けて、共産党本部の前の道路を通行する人全てを盗撮し、記録に残していることが発覚しました。記録を集積し、共産党との接点を探り、どのような人物がどの程度共産党と接触しているか、どのような人脈があるのかなどを探っていたのです。情報収集活動は、このようにひろく網をかけ、すべて蓄積した上で分析をしていくものなのです。
 公安調査庁はこの盗撮行為を、破防法に基づく正当な行為だと主張しました。盗聴が合法化されたら、あらゆる犯罪捜査に盗聴が可能になります。どのような情報を集積し、どのような情報を破棄するのかは警察の判断次第です。
 私たちはこのような事態を予測して通信しなければならなくなります。盗聴されてもかまわないありきたりの会話しかできない、知らない人からの通話にはいつも身構えなければならない、政治的信条も自由に話せない、何をしたいか相談もできない、悩みも打ち明けられない、電話で相談もできない、このような社会が予測されます。

2 団体の存亡は警察次第

 収集した情報をどのように利用するかも警察の考え次第です。
 警察がある組織、人を盗聴対象とし、令状を取って盗聴したが犯罪の立証ができない。それでも警察は、その組織、人をつぶそうと考えたら、「あなたの誰それとの何時の会話は傍受されました」と通話者全員に通知を出します。通知を受けた人達は、その組織、人に近づかなくなるでしょう。

3 盗聴合法化は監視社会への道

 組織的犯罪を犯す者は盗聴されないように工夫し、盗聴による効果は期待できない。そうなると通信設備の盗聴だけではなく、室内の会話全部を盗聴する必要があるという要求が出てくるでしょう。捜査の必要が強調されれば、通信設備の盗聴と室内盗聴との境はわずかになります。現に今年、ドイツでは室内会話に対する盗聴が、激しい論争の末認められました。旧ソ連で、室内会話の盗聴を防ぐために、室内でシートを被って会話したという笑えない話しもあります。室内盗聴、さらにエスカレートし、警察が私たちの行動を全て監視するということにもなりかねません。
 どれほどの効果があるかわからない盗聴法と引換えに、私たちが手に入れるのは監視された、表現の自由もままならない社会です。
 そして警察があらゆる情報を握り、それが政治にも、個人の生活にも影響を及ぼすことになるでしょう。
 このような事態にならないために、重大な権力の行使である捜査には、憲法で適正手続の要件を厳しくしているのです。捜査における盗聴の合法化は適正手続をなし崩しにするものであり、認めるわけにはいきません。


違法防止の保障

Q8 盗聴捜査は、裁判官の発する令状にもとづくうえ、立会人もいるから濫用防止の保障は十分と聞きましたが、本当でしょうか。


1 裁判官の令状チェックは濫用の歯止めにはなりません

《令状審査の現状》
 残念ながら、裁判官による令状審査の現状はフリーパスに等しく、令状チェックは濫用の歯止めにはなりません。
 1996年(平成8年)度の捜索差押及び検証許可状に対する却下率は0.08パーセント。ほぼ100パーセントの認容率です。この極端に低い請求却下率は、後掲のとおり、ここ10年来の傾向です。
 裁判官による令状実務は、警察官の強制捜査にお墨付きを与えるものとなっている実情にあります。現職裁判官からも「裁判官の令状審査の実態に多少なりとも触れる機会のある身としては、裁判官による令状審査が人権保障のとりでになるとは、とても思えない。」と、令状審査は信頼できない実情が示されています(97年10月2日付朝日新聞投書欄)。「警察官が、『令状は、審査があまい裁判官が日直のときに請求するんだ』と言い、実際に警察署の壁には宿直当番表が貼ってあった。そんな話を聞くと、この国の人権は大丈夫だろうかと心配になってくる」(97年10月16日付朝日夕刊「窓・論説委員室から」)のですが、これは、何もつい最近に止まらず、ここ10年来変わらない心配事なのです。
 このような、令状実務の現状を見る限り、盗聴令状だからといって、特別厳格に令状審査をするようになるものとは到底思われません。

《盗聴捜査令状審査は、一層困難になる》
 裁判官には、盗聴捜査を許可する要件の有無をごく短時間のうちに判断することが求められます。裁判官は、犯罪関連通信がなされるかどうか、それが(請求にかかる)当該通信手段になされるかどうかという二重の蓋然性(現在は存在しないが、将来存在するであろうとの蓋然性)を判断をしなければなりません。裁判官は、捜索・差押許可状以上に困難な将来予測を強いられることになります。
 裁判官は提出された資料の範囲でしか調査できず、独自の調査権限をもちません。令状実務の現状と照らし合わせると結局は、警察などが請求書に添付した捜査報告書などの疎明資料を鵜呑みにして判断せざるを得ないでしょう。

《アメリカの実情》
 アメリカの盗聴法は、日本の法案以上に厳しい条件を付しています(一例として、令状請求に際して「他の捜査方法が試みられたが失敗に終わったか否かについて」、あるいは「他の捜査方法が成功する見込みがないと考えられる理由」についての詳細な陳述書の提出義務づけなど)。
 そのアメリカでは、86年から97年までの統計(アメリカ連邦事務局作成「ワイヤータップレポート」)によると、86年から97年までの間、合計11,103件の通信傍受令状請求に対し、請求却下は合計わずか5件に過ぎない実情にあります。
 やはり、将来の蓋然性を予測することの困難さ、結局は警察などの捜査機関の疎明に頼って判断せざるを得ないという盗聴捜査令状の宿命がアメリカにおいてもフリーパスの実情を招いているのでしょう。

年次請  求発  布却下却下率取下取下率発布率
1986 15,084 14,150 82 0.16% 752 0.65% 99.19%
1987 20,082 18,990 14 0.18% 878 0.73% 99.09%
1988 17,851 16,791 80 0.15% 880 0.75% 99.10%
1989 11,551 10,574 26 0.11% 851 0.76% 99.12%
1990 14,381 13,168 12 0.19% 1,001 0.88% 99.94%
1991 25,795 24,743 05 0.08% 947 0.75% 99.16%
1992 42,776 41,269 66 0.12% 1,341 0.94% 99.94%
1993 51,072 49,582 55 0.10% 1,335 0.88% 99.01%
1994 53,984 52,319 33 0.09% 1,532 0.99% 98.62%
1995 84,830 82,541 75 0.09% 2,114 1.14% 98.76%
1996 63,953 61,914 23 0.08% 1,916 1.17% 98.76%
(最高裁事務総局編 司法統計年表による捜索差押及び検証令状統計)


《令状規制が及ばない盗聴》
 法案は、一定の要件の下に裁判官の令状なしでの別件盗聴を認め、その要件の有無は、盗聴捜査を実行中の警察官など捜査機関の判断に委ねています(14条)。この別件盗聴については、事後に当該通信に係る罪名及び罰条を記載した書面を盗聴後裁判官に提出するだけです(21条6項)。
 法案はさらに、裁判官の令状がなくても、「傍受すべき通信に該当するかを判断するため、これに必要な最小限度の範囲に限り」盗聴することを許しています(13条1項)。予備的盗聴と呼ばれるものです。該当性判断の名目で盗聴されるおそれに対しては、裁判官によるチェックは全く予定されていません。
 以上のように、裁判官の令状によるチェックは、濫用をくい止める保障とはなり得ません。

2 令状発布後は裁判官のチェックはありません。

《裁判官は一旦令状を発布したらあとはノータッチ》
 法案は、盗聴捜査に際して、該当性判断のための盗聴(13条)、傍受通信の相手方の電話番号等を探知する(16条1項)など、広範囲な権限を令状をとった捜査機関に与えています。これらの権限は裁判官の令状なしで行使できます。
 法案は、令状発布後は、警察官など捜査機関に広く裁量権限を与え、これに対する裁判官のチェックはなく、あとは警察官などの捜査機関にすべてを委ねる仕組みになっているのです。

《令状発布後に裁判官がかかわるのは傍受期間延長容認の場合だけ》
 法案は、「必要があると認めるときは、検察官又は司法警察員の請求により、10日以内の期限を定めて、傍受ができる期間を延長することができる」と規定し、裁判官に既に発布した令状に定める盗聴期間の延長を認めています(7条1項)。
 令状審査の現状は先にみたとおりです。さらに、傍受期間延長については、勾留が一旦認められると安易に勾留延長がなされている令状実務の問題点を指摘せざるを得ません。勾留の延長は「やむを得ない事由があると認められるとき」に認められるものです(刑事訴訟法第208条2項)が、勾留延長は例外的ではなく原則的に認められる実情にあるのです。
 ところで、傍受期間の延長は、勾留延長の場合よりもはるかに要件は緩やかです。令状発布後に警察などの捜査機関から、盗聴期間の延長請求があれば、裁判官は容易に応じることになるでしょう。

3 立会人は濫用の危険を防げない

《立会人はチェック機能をもたない》
 法案は、令状を立会人に示すことにはなっているものの、被疑事実は示さないことになっています(9条1項但書き、12条1項)。この点は、現行の捜索差押の立ち会いとはまったく異なります。捜索差押令状執行の立会人は、警察が被疑事実に対する捜査を行っているのか、それとも被疑事実とは無関係な捜査を行っているかを監視することができます。しかし、盗聴捜査令状の執行については、立会人は被疑事実を知らされませんので捜索差押のように被疑事実と関連する盗聴を実行しているのか否かは監視できません。ましてや、警察が関連のない通信を盗聴した場合に、立会人にそれを阻止する権限(切断権)などは付与されません。
 法務省の説明、総理大臣の国会答弁でも、立会人には封印の立ち会いのほか、警察などの捜査機関が令状により許可された回線、許可された期間、時間を守っているかどうかという外形的な状況を監視する役割を求めるにとどめ、捜査機関がいかなる通信内容を盗聴しているかの監視はさせないとしています。

《立会人は公正さの装い》
 法案は、通信傍受が、1日24時間、最大30日に及ぶことから、立会人を常時立ち会わせることができないやむを得ない事情があるときは、立ち会いを要しないとしています(12条2項)。盗聴が長期間に及ぶので常時立会を求めることも困難であるから、との理由です。
 被疑事実に関する盗聴か否かをチェックできる者がいないだけでなく、立会も不要とされることによって、警察の盗聴は野放し同然となり、濫用をチェックすることは一層できなくなります。
 立会人をおいても、令状による合法的な盗聴実施であるとの装いづくりにすぎないといってもよいでしょう。

《立会人制度を盗聴合法化の条件にすることは許されない》
 第三者である立会人に盗聴通信内容を監視させ、被疑事実と関連のない通信を捜査機関が盗聴していると判断したときは通信を切断する権利を立会人に与えることにより法案を容認しようとの意見があります。しかし、通信の秘密保障に照らして、第三者が通信内容を聴くことが許されるのか、捜査機関でも裁判官でもない第三者に強制処分の執行の適否を判断させることが許されるのかは、多いに疑問があります。
 長期間にわたり立ち会い可能な者はといえば、警察などの捜査機関以外では消防署職員が考えられます。実際に、過去に検証令状で実行された盗聴捜査(2日間、午後5時から11時までの間)では消防署職員が立ち会いました。NTT職員は、通信の秘密保持の職責と抵触するとの理由などで、立ち会いを拒否したのです。
 しかし、消防署職員といえども本来的な仕事を有し、長期間連続して警察が盗聴する通信のすべてをチェックすることは困難です。さらに、盗聴捜査をチェックする者として、消防署職員が適切であるか、大いに疑問のあるところでもあります。
 立会人に切断権を認めれば盗聴法を容認するという意見は、非現実的であるとともに短絡的にすぎます。

4 盗聴された記録の流用防止の保障はありません

 警察など捜査機関が盗聴し、録音などした原記録媒体は封印をして裁判官に提出します。その一方で、証拠を作成するために原記録媒体と同時に記録した媒体(同時記録)、又は原記録媒体を封印する前に複製した記録(ダビングして作成した記録・複製記録)は警察などの捜査機関の手元で管理されることになります。
 ところで、法案は、捜査機関に保管される記録の使用、管理に関しては定めがなく、警察組織や警察官などの目的外使用、濫用を抑制する手だてを準備していません。
 法案は、犯罪関連通信として傍受記録に残す部分以外のすべてを同時記録、複製記録から消去しなければならないと定めています(22条4項)。 しかし、捜査機関が関連性のない部分を本当に消去したのか否かなどを確認する手だてを準備していません。
 また、仮に同時記録、複製記録から消去すべき部分が消去されたとしても、捜査員が盗聴しながらとったメモ、消去する際にとったメモが捜査機関の手元に残される危険は除去されません。
 法案は、「傍受記録に記録されたもの以外のものについてはその内容を他人に知らせ、又は使用してはならない」と捜査員に対し秘密保持義務を負わせます。しかし、これに違反した場合の罰則は何ら用意されていません。結局のところ、法案は、裁判官に提出された原記録が本当に盗聴された通信のすべてなのか、捜査当局が犯罪に関連ない部分を本当に除去したのか、別記録に移しかえられていないか、メモなどの形で捜査機関の手元に残されていないか等については確認の方途は考慮していません。
 法案は、この問題でも、警察などの捜査機関を無条件に信頼する仕組みになっていると言わざるを得ません。


事後的救済等

Q9 政府は、次のような事後的な制度もあることを理由に、警察が無差別に電話を傍受する余地が全くないと断言しています。本当に大丈夫ですか。
  @事後通知制度 A違反への罰則 B準起訴手続き


 いずれも警察の濫用を防止する保障となりえません。

1 事後通知制度ー現実には被害を知らされない善良な市民

 盗聴法の最大の欠陥は、犯罪とは無関係な無数の市民の会話が必然的に盗聴される仕組みにあることです。違法な盗聴をされた被害者がそれを暴露し、糾すためには、盗聴の事実と証拠をつかむことが必要です。
 政府は、通信傍受がなされたことは後日通知により知らされることを強調しています。しかし、法案では、通知がなされる場合は、きわめて限定されています。警察は、傍受の原記録から、後日の刑事裁判に使用する予定の「傍受記録」(ダイジェスト版)を編集することができます。通知をする相手は、この「傍受記録」に登場する住所の判明した会話当事者に限られます。
 なるほど犯罪と無関係であれば裁判にかけられ、有罪とされることはないでしょう。しかしプライバシーは確実に侵されているのです。そして犯罪と無関係な会話であるがゆえに一切の事後通知がなされず、永遠に自分の被害を知ることができないのです。その一方で、会話の記録は警察の内部で保管され続けられるのかもしれないのです。このことに猜疑心を持ち、悩まされなければならない社会は御免です。

2 罰則ー現実には、処罰をはばむ厚い壁

 ここには2つの問題があります。
 まず、罰則については、法案は、電気通信事業法104条、有線電気通信法14条違反の「通信の秘密を侵害した者」に対し「1年以下の懲役または罰金」刑をそのまま警察官にもあてはめます。この罰則をさらに重くする修正をして違法な盗聴を防止しようとする考えがあります。
 しかし、そもそもこの罰則の射程範囲は狭い。
 警察官が令状の対象となっていない通信回線に傍受を行なう場合には、この罰則が適用されます。これに対し、警察官が盗聴令状で事前盗聴の要件を満たさない通信に盗聴を行なった場合、あるいは該当性判断のためという目的を逸脱して盗聴を行なった場合、さらには厳密にいえば別件盗聴の要件を満たさない盗聴を行なったときなど、法案の仕組みとして濫用が危惧されている行為については、現実には、職務熱心のあまりのはみ出し行為で故意はない、という理由で罰則の適用がされないでしょう。
 次に、罰則の適用される事案すなわち、警察官が令状をとらないで盗聴を行なったケースでも、密室で作業を行なう警察官が無令状盗聴を行なったことを立証する証拠を収集することは容易ではありません。
 日本共産党国際部長宅電話盗聴事件において、検察がその証拠を把握したにもかかわらず犯人の警察官を起訴猶予にするという不公正を行なったことは論外としても、検察も適確な証拠を収集して検挙・起訴していくことは現実には困難であろうと思われます。

3 準起訴手続きー現実には、重い扉

 政府は、盗聴法案が、通信の秘密侵害罪について準起訴手続き(付審判請求)の対象にしたことをもって罰則の発動が万全になったかのように説明します。
 刑訴法の準起訴手続きとは、検察が公務員の職権濫用罪について不起訴にしたときに、被害者が裁判所に起訴するかどうかを審判してもらう手続きです。認容されれば刑事裁判が始まり、弁護士が検察官役となる。令状なしの通信傍受をこの対象にすること自体は結構なことです。
 問題は、付審判制度の現実の働きにあります。この制度ができてから1994年10月まで付審判請求は1万3000件余がなされましたが、認容されたのは僅か16件(0・12%)にすぎません。しかも、認容され刑事裁判にかけられた16件のうち、同年までに12件が確定していますが、うち最終的に有罪になったのは6件にとどまります。刑事裁判の無罪率が1%にも満たないことに比べると50%というのは突出した数値です。(「検証・付審判請求事件」日本評論社)。
 この原因の多くは証拠収集の限界にあります。事件発生初期の段階で、強制捜査権をもつ警察や検察が、警察官の犯罪捜査を熱心に行なわないと、ほとんど証拠がない。被害者の力では刑事裁判を維持するに足るだけの証拠を収集することは不可能なのです。
 日本共産党国際部長宅事件で、検察は、正義・公正よりも、捜査における警察との「車の両輪」の必要性を選択して、犯人の警察官全員を不起訴とする先例をつくりました。検察が熱心に証拠収集しないと付審判手続きは画餅にすぎないのです。

4 盗聴被害者の権利回復はたいへん困難

 そもそも圧倒的な被害者は盗聴された事実を知ることはできません。何かのきっかけで盗聴されたかも知れないとの疑いをもっても、警察が密室で行なった盗聴の証拠を具体的に把握することは不可能に近いのです。
 証拠が掴めても、たとえば日本共産党緒方国際部長宅事件の国家賠償裁判の高裁判決が確定するまで発覚後10年以上を要しました。その間多大な労力と費用がかかりました。さらに、緒方さんは裁判に勝訴しましたが、盗まれた会話自体は取戻すことができません。ここに盗聴の被害の深刻な本質があることを強調したいと思います。


警察の信頼性

Q10 政府は、神奈川県警による日本共産党国際部長宅電話盗聴事件について、警察は事実を認め、真摯に反省しているかのように説明していますが、本当ですか。


 事実を歪める説明です。

1 「真摯な反省」はだましの常套句

 この事件で、検察が警察官全員を不起訴処分にしたことに対し、1988年4月、東京第一検察審査会は、不起訴は不当であるとの議決を行いました。ところが、検察は、ほとんど再捜査を行なわないで、同年12月に再度全員を不起訴処分にしました。この理由として、東京地検松田昇特捜部長は、警察官が「真摯な」「反省・悔悟」をしていることが看取される、と説明しました。
 ところが、現実には、事件発覚から国家賠償裁判の高裁判決まで、警察は徹底して司法を侮辱する態度を貫いてきています。

《家宅捜索に名を借りた証拠湮滅・裁判官の職務妨害》
 86年12月1日、警察は、もっとも早くアジト内に家宅捜索をしました。そして多くの証拠品を持ち出しました。ところが、その後警察は何の捜査をした形跡もありません。警察が押収物の一部を検察に送致したのは、89年になってからです。この警察が押収したカセットテープ16巻については、録音記録が全部消去された痕跡が認められました。また本来存在したはずの自動録音装置はついに出てきませんでした。
 同じ日、警察の家宅捜索の最中に、東京地裁八王子支部の裁判官が、民事の証拠保全のためアジト前に到着しました。緒方氏の代理人弁護士から警察の責任者に対し裁判官を紹介し、部屋内に立入るためにアパートの管理人に引きあわせることを求めたところ、多数の警察官らが管理人を取り囲んだうえでマイクロバスに乗せて連れ去ってしまい、ついに裁判官による保全の執行が不可能に終わりました。
 さらに驚くべきことは、86年12月18日参院法務委員会で、警視庁の上野治男説明員は、裁判官が証拠保全にきていたという事実はなかったと断定したことです。警察は、裁判官の職務執行も抹殺して恥じないのです。

《検察や裁判官の取調べに否認・黙秘》
 盗聴実行警察官は全員、検察の取り調べに対し、黙秘ないし否認しました。付審判請求手続きにおいても、林敬二、久保政利に対し裁判官の取調べがなされましたが、同じく、否認・黙秘をとおしました。

《警察のトップの全面否認》
 87年5月7日参院法務委員会で、山田警察庁長官は「警察におきましては過去においても現在においても電話盗聴を行なっていない」と全面否認しました。今日まで、この答弁の変更がなされていません。神奈川県議会においても、県警本部長は否認答弁を繰り返してきています。

《「気象庁が雨と言えば晴れていたって雨だ」》
 1審の判決前、犯人の警察官の上司だった神奈川県警幹部は、朝日新聞の記者に「晴れてたって気象庁が雨だと言えば雨なんだ。そして何年かたって、その日の天気を調べてみるとする。その日は雨だったということが、真実になるんだよ」と話していたそうです(朝日新聞1994年9月6日付け夕刊)。
 警察が「真実」「歴史」を創出するといいたいのでしょうか。こんな警察に権力を集中させてはたいへんです。

《民事裁判への不出頭の繰り返し》
 国家賠償裁判で、東京地方裁判所から4名の警察官に2回にわたり尋問の呼び出しがなされましたが、4名は「出たくないから出ない」との理由のみで不出頭を繰り返しました。林敬二のみ3回目の呼び出しでようやく出頭しました。林は、出頭カードの記載を拒否、盗聴事件について「今の世の中に変な事件があるものと思った」とうそぶいて、「全く身に覚えのないことです」と言い切りました。
 ところが、具体的な質問に対しては供述拒否を繰り返すだけで、裁判所からの説得も拒み続けました。

(裁判長) 一方ではいろいろ戒告処分まで受けたわけだから、それについてどういう陳述をして、そういう結果になったのか、あなたとしては寧ろこの場を借りて自分の潔白を証明すべきではありませんか。
(被告林) 私がどのように思うかについては申し上げたくありませんので、お答えしたくありません。
(裁判長) やっていない行為について、自分の意に反して起訴猶予処分を受けているわけだから、そうでないならばそれについて自分はこういうことを言ったけれども、認めてもらえなかったんだということを述べる立場にあるんじゃないですか。
(被告林) 私は裁判長がおしゃるようには考えておりませんので、個人的な私の見解でございますので、この場では申し上げたくないということです。

 一警察官がこんな傲然と不遜な態度をとり続けることができるのは、警察という巨大な組織に庇護されているからです。

《高裁でも不出頭》
 東京地裁判決の正本を受領してから24時間経たないうちに、しかも夜間受付けで神奈川県(警察)は控訴しました。しかし、高裁でも裁判所からの出頭命令に対し、警察官らは拒否をとおしました。

《今だに否認》
 97年6月にくだされた東京高裁判決が確定した後も、警察は、盗聴の事実を認めていません。およそ真摯な反省などとは無縁な存在です。

2 非合法を厭わない警察

 日本共産党緒方国際部長電話盗聴事件の1審で、補聴器メーカーのリオンを退職した丸竹洋三氏が衝撃的な事実を明らかにしました。昭和30年代、丸竹氏は、警察庁の注文で盗聴器250台を手作りで製作して納品し、さらに中野警察大学構内に出向いて修理しているという事実です。そして、昭和41年に日本共産党愛知県委員会の事務所、昭和51年に同党山口県委員会事務所で発見された盗聴器は丸竹氏が製作したものであることが判明しました。緒方事件まで同党に対する盗聴事件が約30件発覚していましたが、その一部にしろ犯人が警察であることが証明されたのです。
 警察庁警備局公安一課内には、スパイ養成、特殊作業の指導等を行なう分室(サクラのコードネーム)があり、ここが中野警察大学の構内の通称「さくら寮」で、「警備専科教養講習」なる秘密警察の講習を行なっていること、同公安一課に間藤禎三という盗聴作業担当の「教官」が存在することも、その受講生であった元警察官の著作と受講ノートの写しにより明らかになりました。

3 繰り返される闇盗聴

 1998年6月12日付けの「しんぶん赤旗」に神奈川県警関係者からの告発が寄せられたことが報道されました。次のように紹介されています。
 「数年前、ある暴力団のギャンブルがらみの資金稼ぎの内偵で、警察が彼らのアジトとなっている『稼業場(かぎょうば)』数ヵ所の盗聴を行なった事実を知っています。捜査班は、稼業場があるマンションの一室の電話の会話を、テープレコーダーに収めました。その捜査では、マンションの屋内にある電話の配電盤に盗聴器をセットする手段がとられました。盗聴は断続的にほぼ一年間続けられました。ほぼ捜査が完了したころ、捜査中止命令が下りました。捜査内容が相手の暴力団に漏れていたことが理由でした。ところが皮肉なことにそれがわかったのは、盗聴を通じてでした。警察が作成した捜査資料の一部が、暴力団側に渡っていることを、彼らの会話から知ったのです。結局、捜査は不成功に終わりましたが、この経験は盗聴捜査にかんする刑事部長会議で高い評価を得て、犯罪捜査の『参考資料』として、各部署で活用されているとききます」
 この告発には警察の醜悪な2つの姿があります。1つは、平気で非合法な盗聴を繰り返していること、もう1つは警察の捜査資料がいとも簡単に盗聴法の対象とする暴力団組織に流出していること。
 そしてこのような内部告発があっても、その違法盗聴の事実を暴いていく手段が私たちにはなく、闇に葬られてしまうのです。
 こんな警察に、市民のプライバシーを預けるわけにはいきません。