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国家的リストラ合理化法制の全貌

―金融二法、産業再生法、民事再生法、商法改正とリストラ

自由法曹団
1999年7月23日

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目     次

  1. 図解―リストラ合理化法制の「相関図」とバランスシート
    1. 「相関図」による解明
    2. 「バランスシート」による解明

  2. 先行した金融二法のリストラ法としての正体
    1. 再生法と早期健全化法による「再生」スキーム
    2. リストラ合理化強制法としての金融二法

  3. 平成版・大企業「徳政令」兼「国家的リストラ法」としての産業再生法
    1. 平成版・大企業「徳政令」
    2. 国家的リストラ誘導・強制法
    3. 「従業員の地位を不当に害しない」保障はない

  4. 雇用・労働条件保障無視の民事再生法と商法「改正」
    1. 民事再生法はリストラにどう使われるか
    2. 商法「改正」(会社分割)はリストラにどう使われるか。

  5. リストラ諸法制の複合効果―国家的、全産業的リストラ強行と労働者の被害
    1. 別図B、Cによる証明
    2. 大企業のリストラに拍車

  6. リストラ合理化法制とのたたかいの強化を
    1. 当然の前提―現場からの闘争を重視する
    2. 立法闘争の強化のための提言

はじめに―報告の視点

 私たち自由法曹団は1昨年から、戦後最大、最悪の労働法制改悪に反対し、「労働法制全面改悪反対、人間らしく働くための中央連絡会」に参加して活動してきました。そしていま、私たちは今まで解明し、たたかってきた労基法や労働者派遣法・職安法の改悪以上に、労働者の雇用を破壊し、そのことによってまた労働条件を大幅に引き下げる多重的な諸立法が相次いで制定されようとしている事態に直面していることを痛感しています。
 昨年秋に制定された金融再生法と早期健全化法が、実は非人間的な「リストラ強制法」の性格も持っていること、その後に判明した民事再生法要綱(そして商法改正法要綱)、そしてとりわけ7月21日に閣議決定し、国会上程された産業活力再生特別措置法(産業再生法)は、確立した判例法理である整理解雇の「四要件」さえもはずして、一方的に大量解雇への道をさらに広げるものとなっています。事態は「明白かつ現存の危険」―それもきわめて重大な危険―になっているのです。
 だが、多くの労働者・国民にはひとつひとつの法案の内容も、それが複合してどういう結果をもたらすのかもまだほとんど知られていません。緊迫した事態を前にして、我国史上でも例がなく、世界の労働・雇用のルールに照らしても例のない国家的リストラ合理化法制の正体をひろく労働者、国民に明らかにしなければならない―そのことを願って、私たちが日頃の裁判などで経験し、かつ各法案を検討した結果わかったことを、以下報告することにします。

1 図解―リストラ合理化法制の「相関図」とバランスシート

 それぞれの法律又は法案の解明にはいる前に、@各法律(法案)の相互関係と、全体像をできるだけ簡明に図解しておきたいと思います。そしてさらにAこうした法制によって、財界・大企業がどれだけ巨額の利益を得、5、400万人労働者が何を失うかを図解してみることにします。各法案の解釈論的「迷路」に迷い込んで、「木を見て森を見ない」ことにならないようにしたいからです。

(1) 「相関図」による解明

 産業再生法や民事再生手続法、そして会社分割(分社化)促進のための商法改正などがどう「相関」しているか、すでに行われた金融早期健全化法、金融再生法、さらには労基法改悪などがどう結びつくかの概略は、本文末の 別図@「国家的リストラ合理化法制相関図」 (以下「相関図」という)を見てください。
 「相関図」上半分の〈法制の構造・機能と相互の関連―複合効果〉は言葉としては熟していませんが「企業の流動化」を使ってのリストラ合理化の促進の法構造を示したものです。ここに記載した一連の立法を見てきわめて特徴的なのは、雇用保障とか従来の労働条件の維持ということについて各法案はなんの保障もしていないということです。これはあとから詳しく申しますが、EEC指令、(現在はEUの理事会指令)は、合併・営業譲渡においてはすべて従来の雇用を承継する、労働協約も承継する、合併・営業譲渡を解雇の理由としてはならないとしています。
 この指令の適用についてはイギリスの裁判所の判例があります。アウトプレイスメントをやるために、清掃部門を他の会社に移したときに、従来の会社の一人の清掃員が他会社に雇用されなかったのは指令違反だと訴えて、彼は勝利しました。イギリス政府のアウトプレイスメントはそのことによって大打撃を受けました。そこで、イギリス政府らは、この指令を改悪しようとしたが認められず、現在も1998年のEC理事会指令としてEU諸国を規制しているのです。これが今日の主な資本主義国の共通のルールです。我国の財界政府は「メガコンペティションに勝つために」「グローバルスタンダードで規制緩和する必要がある」といって、労基法改悪の時と同じ宣伝で、実は雇用についての「ルール破り」を企んでいるのです。(注1)

(注1)雇用の保障についての国際的基準としてはさらにILO158号条約(「使用者の発意による雇用の終了に関する条約」)、同166号勧告があります。同条約では、関連情報の事前提出義務や不利な影響を軽減するための措置についての協議義務を定め(13条)、同勧告は、「雇用の終了をできるだけ回避し、または最小にする義務」(19条)を定めています。EC指令とともに、これこそが「グローバルスタンダード」なのです。

 「相関図」下段は「企業の流動化」と「雇用・労働の流動化」、さらには「労働時間の弾力化」との関係を図示したものです。
 上段の一連の立法で企業を流動化する、分社化、営業譲渡、合併などをテコとしてリストラ・合理化を進める、しかも合理化の一環として労働力の流動化を派遣法と職安法の改正によって促進する。
 リストラ合理化の嵐のなかで辛うじて生き残った正規常用労働者、あるいは派遣や民職の紹介された労働者というかたちで無権利化した労働者のすべてに対して、改正労基法で時間のけじめのない長時間過密労働をやらせ、能力主義個別管理を行い、男女共通の労働時間は規制しない。それだけ雇用形態と労働形態、賃金の仕組みがばらばらになったら少なくとも最賃だけはちゃんとするかといったら、最賃の改正はしない‥‥‥。
 こうした世界に例のない無権利、強収奪法制をつくる。本当に「やらずぶったくり」とでもいうしかない、日本の労働者の生きる権利、働く権利について大規模な攻撃をするというのがこの「法制」の基本的なねらいであり役割です。  私たちはそれぞれの法律をばらばらに見たのでは「木を見て森を見ない」ことになると思います。全体の機能がどういうふうに連動してくるのかというのを見て、われわれ側の宣伝や対策を考えるときにきているのではないかというふうに思います。これがこの「相関図」でとりあえず図解した内容です。

(2)「バランスシート」による解明

 本文末の 別図Aの「労働法制改悪、国家的リストラ合理化法制の『バランスシート』」(以下「バランスシート」という)は、「相関図」で明らかにしたような各法の複合によって、財界・大企業がどれほど巨額の利益を上げるか、そしてまさにそのために労働者がどれほどの損害を受けるかを、まだイメージ的にですがとりあえずスケッチしたものです。「犯罪には動機がある」といわれますが、財界が今国会を57日間延長し、なにが何でも産業再生法を真っ先にとおし、今秋国会で全法制を仕上げようとしていう理由はこの図を見れば分かるのではないかと考えて図解しました。

2 先行した金融二法のリストラ法としての正体

 金融機関について、金融再生法と金融早期健全化法という2つの法律が昨年秋に制定されました。
 私たちは、銀行などの自己責任を免除し、巨額の税金で金融機関を「救済」する、「モラルハザード」の半国民的立法だとは思っていましたが、「それだけ」でした。この二法が、@それ自体、非人間的なリストラ強制法であり、しかも、A全産業的なリストラ法、政府・財界一体となっての国家的首切り・労働条件切下げ法の「先陣」だということは最近まで気づいていなかったのです。  金融二法の解明を労働者の雇用と労働条件にどう関係するのかということに力点を置いて、以下行うことにします。
 金融二法は、のちにのべる3の産業再生法と法構造的に似ています。産業再生法の役割、機能の解明のためにもまず金融二法の解明をしておくことが必要であり、有益だと考えるものです。います。

(1) 再生法と早期健全化法による「再生」スキーム

 再生法というのは乱暴に言ってしまえばほとんどつぶれる寸前、あるいはつぶれた銀行の整理(再生)のスキームを決めた法律だとされています。@ 金融整理管財人によって管理するというやり方、A 民間の金融でいうならば破産に近い状況の時に、処理のために一種の国立銀行にしてしまい、とりあえずの処置をした上で民間にやがては売り渡すという特別公的管理のやり方、B ブリッジバンクといって承継銀行をつくってそこで承継して処理をしていくというやり方、さらに、C 金融機関の資産買い取り制度があります。こういう仕組みを活用するために18兆円の公的資金の保証枠を設定して、金融機能を再生させていくというのです。
 一方、早期健全化法というのは、倒産の心配はない銀行だが、自己資本比率を強化し、「健全化」するために、金融機関がみずから申請することに基づいて25兆円の保証枠の範囲で、公的資金を自己資金、普通株式及び優先株式、どちらかのかたちで注入して、早期に金融機能の健全化を達成する。これで、自己資金比率を高めて健全な銀行にするためにやる法律であって、つぶれかけている金融機関の崩壊を防ぐための再生法という話とは違う法律だとされています。

(2) リストラ合理化強制法としての金融二法

 金融二法が、@ 金融機関の自己責任で解決すべきことを公的資金(税金)で肩代わりし、結局は国民に負担を転化する物であること、A それは金融機関のモラルハザード(倫理喪失)を助長するとともに国民経済をさらに悪化させるものとなることは広く指摘されているとおりです。この点についてはここではそれ以上ふれません。この報告では、金融二法のもうひとつの側面(機能)が例のないリストラ強制法であることにしぼって、以下のべることにします。

(イ) 早期健全化法によるリストラ法制
 人べらし合理化、首切り、労働条件の切下げにどういうかたちで連動するのか? まず最初に早期健全化法による合理化について解明します。早期健全化で公的資金をつぎ込むためには、合理化のための方策を再生委員会のほうに出して許可を得るということが大前提になっています。
 預金保険機構(以下、「機構」という)は対象銀行、申請銀行の発行の株式の支給を受け、または別の特約付金銭消費対策の貸付を「協定銀行」に委託することができる。この場合、申請銀行は経営の合理化のための方策などを「機構」を通じて提出しなければならない。「機構」は、これが提出をされると金融再生委員会に承認を申請する義務がある。そして金融再生委員会が承認したときにこのスキームが発動をする。こうなっているのです。
 「経営合理化のための方策」は、「再生委員会」の定めた基準内容のものでなければ承認は得られません。つまり、人減らし合理化や賃金抑制計画を当該金融機関が立てることが再生委員会によって要求され、要求に合致する合理化計画を提出して承認を得なければ公的資金の投入は認められないのです。では、実際にどういうことが起きたか?
 富士銀行のケースが問題を端的に明らかにしています。
 富士銀行は自己資本比率でいえば「健全銀行」に属します。同行は、早期健全化法による公的資金投入を申請し、再生委員会の承認を得て1兆円の公的資金投入を受けました。このとき富士銀行が提出した「経営合理化のための方策」、そしてそこで記載されている「合理化計画」があります。そこには人員削減が明記されています。これによると、人員については3年間で1、700人、5年間で2、000人を削減し、子会社の安田信託銀行では現在の4716人体制から2000人体制に、その後さらに500人を削減するとなっています。つまり、トータルで5、200人の人減らしを実行するというわけです。富士銀行は、長時間・過密労働、しかも年間数十億円といわれる不払い残業で有名な銀行です。この結果、ついには女性行員が過労死し、裁判に訴えられ実質全面敗訴といってよい和解をせざるを得なかった銀行なのです。それなのに、さらに膨大な首切りを強行し、1兆円の公的資金を手に入れる。合理化計画では、さらに経費の圧縮について人件費を200億圧縮する、そのために給与・賞与の20%カット、賃上げストップという、実に苛酷な合理化計画です。
 巨額な税金からの公的資金をもらうのと引換えに、首切りと賃金引き下げのお墨付きを再生委員会からいただいて強行する。これは富士銀行のみならず、トータルで約7兆5、000億円も公的資金を取得した15の銀行に共通する、一石二鳥の本当にヨダレの出る話です(15行のトータル人員削減数は、提出された「合理化計画」によれば約20、000人に達するとされます)。
 ちなみに、この富士銀行が一番貸し渋り解消がおくれているのです。解消が遅れている金額は5500億を超えていると伝えられています。1兆円はもらう、4200人の生首は切る、賃金は切り下げる、中小企業の貸し渋りはなおさない。富士銀行以外の各銀行も大同小異です。こういうスキーム―これが早期健全化法の仕組みなのです。

(ロ) 金融再生法によりリストラ強行
 金融再生法の適用のケースではどうなるでしょうか。
 金融再生法の第一のパターンは「金融機関が破綻した場合」には、金融整理管財人を再生委員会が選任し管理させるというやりかたです。管財人は、「調査」「整理」し、破綻した金融機関を他の金融機関に営業譲渡して管理を終了します。管財人はいままでの手続きよりははるかに簡易なやり方で、営業譲渡ができます。営業の全部、または重要な一部の譲渡と資本の減資、さらに解散を行うことができる、こうなっています。
 この手続きに労働組合があった場合に労働組合がどう関与できるのか、労働組合がない場合に労働者の代表者がどう関与できるのかというと、まったく保障はありません。しかも、管財人が決めた営業譲渡の場合の雇用の承継の保障規定もまったくないのです。結局は、労働者の意見を無視して―のべる機会さえ保障されずに―管財人と該当銀行の胸ひとつで、首切り、労働条件の切り下げが行われる仕組みだとみなければなりません。
 第二のパターンは、破綻金融機関をブリッジバンクに持っていく場合です。この場合、承継銀行は「指針」を決めなければなりません。この「指針」は、承継銀行に「業務の健全かつ適切な運用を確保する観点で作成をしなければならない」とあります。この場合に、前の早期健全化法のスキームからいっても、当然合理化計画、つまり人減らしや賃下げを決めなければならないというふうになるのは必至です。
 第三のパターンは、特別公的管理です。これは破産に近い場合ですが、この場合も経営合理化計画の策定と再生委員会の承認が定められています。この場合の合理化計画が、先ほどのリストラ合理化計画以上にきびしいものになるのは必然でしょう。

3 平成版・大企業「徳政令」兼「国家的リストラ法」としての産業再生法

 政府は7月21日、「産業活力再生特別措置法案」(以下「産業再生法」という)を閣議決定し、国会提出しました。今国会(会期末は8月13日)での一気成立を図っています。政府(通産省)は法案の目的は要約すれば産業競争力強化のために事業を再構築することだといい「『事業再構築』とは、設備、人材、技術などの経営資源をより高い生産性の見込める中核的事業にシフト(移動)させるための取り組み」だと説明しています。法案内容は最も要約していえば、次のようなものです。
企業の事業再構築のための環境整備や、技術開発の活性化、創業者・中小企業による新事業開拓支援が柱です。事業再構築支援の適用では、リストラ計画の提出を企業に義務づけ、生産性向上など7項目の基準に従い主務大臣が認定する。その上で、持株会社設立や買収・子会社化を容易にするための分社化手続の簡素化のほか、「債務の株式か」(=借金の一部棒引き)促進にむけた優先株発行限度枠の拡大、設備廃棄に伴う欠損金の繰越期間の延長などの優遇措置をみとめる。

(1) 平成版・大企業「徳政令」

 この法案のあまりにも大企業に奉仕し、国民の利益に反する役割については、『文芸春秋』8月号の内橋克人氏(経済評論家)の論文「『産業再生法』に見る甘えの構造―経団連会長にあえて問う―「産業再生に名を借りた徳政令、『第2の公的資金』が今、投入されようとしている」(以下、内橋論文という)が鋭く解明しているとおりです。ここでは内橋論文の冒頭部分を引用した上で、「徳政令」の手口を解明します。しかし、私たちの報告の中心は内橋論文ではまだあまり明確にされていないこの法案のリストラ・合理化促進・強制法としての性格と仕組みについてです。この点については項をあらためて(2)でのべることにします。
内橋論文の指摘  内橋論文は次のようにのべています(傍線は引用者)。

身勝手な「産業再生」提言

 小測政権と経済界は、バブルの時代およびバブル崩壊後の不況期を通じて自ら積み上げた壮大な「負の遺産」を、産業再生、競争力強化を大義として、いっ気に「清算」にうって出ようとしている。

   ‥‥中 略‥‥

 銀行、企業の負債を、公的資金の強制注入、ゼロ金利、国債大量発行などを通じて国の負債(借金)へと置き換えることで、景気は立ち直り、失業も倒産も回避できる、と私たちは教えられたが、今日現在、現実はそうはなっていない。
 こうしたことの結果、近い将来、企業から国へと移された天文学的規模の借金(債務)は、今度は国から個人・家計へと移し替えられる。経済戦略会議をリードした経済学者の一人は、遠からず、消費税一四パーセントは避けがたい、と明言している。
 小測政権のすすめる不良債権処理策の実質が、企業の債務を国に移し、時を狙って、今度は、国の債務を一人ひとりの生活者の家計へと移し植える―そこに置かれていることを否定できるものはいないだろう。
 国の債務はイコール国民の債務にほかならない。
 驚いたことに、この民から公への際限もない「債務移転」(借金のツケ替え)の流れにまたしても強烈な新顔が名乗りを上げた。
 銀行に倣って「われわれにも公的資金を」の要求である。
 今年二月スタートした「産業競争力会議」(主宰・小渕首相)は、産業再生、競争力強化を旗印に、国民資源の「総動員体制」を発動しようとするところに本意がある。
 「産業競争力会議」を中心に政府与党が「産業再生関連法案」を練り上げ、成立させることを目的に、八月十三日まで五十七日間の国会会期延長が決定された。
 この総動員体制には「経済再生内閣」をうたって誕生した小渕政権の命運がかかっており、さしずめ三段階に分けて再生への政策を勢揃いさせる段取りという
 失業対策、雇用対策の緊急性を前面に押し出しさえすれば、会期延長にだれも反対することはできない。その延長国会において成立をもくろんでいるのは「産業再生関連法」だけではない。盗聴法(通信傍受法)から住民基本台帳法改正、補正予算まで。会期延長を決めた時点でいまだ議会に提出されていない法案の審議まで含まれる。
 失業の恐怖という国民最大の不安までが政権維持の好材料と化している。「経済」が「政治」の道具となる姿である。
 さて、「われわれにも公的資金を」と名乗りを上げた新顔は、ほかならぬ経団連に集約される大企業・製造業である。
 九九年五月十八日、経団連は産業再生に向けた三本柱の「提言」を取りまとめ同二十日、「産業競争力会議」に持ち込み、提言に掲げた具体策の早期実現を求めた。
 提言の早期実現には、広範な分野に及ぶ法律の改正、税制の改正を必要とする。
 重要なことは、その中身がまさに「第二の公的資金」投入を求めるに等しいものとなっていることである。(後 略)

「徳政令」の3つの手口  内橋氏が同論文で「第2の徳政令」だとしてきびしく批判している「産業再生法」の主な手口は3つです。
 第1は「債務株式化」で銀行に対して債権の放棄を求める代わりに、その分(放棄された債権に相当する分)について、銀行に対して自社の株式を取得してもらうというやり方を認めるというものです。同氏は「一部ゼネコンが危機回避のために求めた窮余の一策、あの悪名高い債権放棄(平成の徳政令と呼ぶものもいる)の手法に酷似している」といっていますが、まさにそのとおりです。銀行は「株式(議決権のない優先株)」の取得を公的資金を使ってやるわけですから、結局、大企業への公的資金―私たちの血税―の「迂回投入」にほかなりません。
 第2の手口は、いくつもの点での税金優遇措置です。箇条書き的にいえば、@ 過剰設備の廃棄に伴う欠損金の繰越期間の延長 A 不動産取得税の軽減、B 登録免許税の軽減、などがそれです。
第3の手口は「民間事業者の能力の活用による特定施設の整備促進にかんする臨時措置法」(民活法)によってつくられている産業基盤整備基金の「活用」です。(同基金は資本金632億中429億が政府出資の特別認可法人)から合理化資金について企業が銀行が借りるときの債務保証をするというやり方です。
 まさに、いたれりつくせりの「公的資金」の投入、つまり国民の血税による大企業の利益擁護に外なりません(注2)。

(注2)まだつかみきれていませんが、第4の手口もありそうです。法案第5章「雑則」、34条1項に「国は認定事業者若しくはその関係事業者が‥‥事業を行うのに必要な資金の確保に努めるものとする」という規定があるのです。国の資金の投入の努力義務を定めたものと思われます。そうだとすれば、この「義務」の履行として「公的資金」がさらに限度なく投入されることになります。

(2) 国家的リストラ誘導・強制法

 「産業再生法」のもう一つの側面は、(1)による大企業への巨額な利益保障と引換に、リストラ合理化を誘導し、かつ強制するというところにあります。この仕組みは(1)の「公的資金」を得るにはリストラ合理化を実行することを法的要件にするというやり方で行われます。
 つまり上記の優遇措置は、「事業再構築」(=リストラ)計画を提出し、担当大臣から認定を受けた企業だけが受けられます。
計画には、収益の見通しとともに、設備廃棄やリストラ・人減らしなどの「合理化」計画が求められることになると思われます。
リストラのための2つの「仕掛け」  では、産業再生法案に「どんな仕掛け」がもうけられているのでしょうか?  「仕掛け」は二つあります。
合理化計画策定・提出  第1の「仕掛け」は、事業再構築計画そのものに合理化計画をもりこませることです。法案は、前記の優遇措置(持株会社か、会社分割、子会社化などを簡単に行うことについての優遇措置をも含む)を受けるには「事業再構築計画」を当該企業がつくって、これを「主務大臣(通産大臣)に提出して認定を受ける」ことが必要だとしています(法案第3条1項)。
 「事業再構築計画」について法案は「事業再構築」とは「当該事業者が行う他の事業に比して現に生産性の高い事業又は将来において高い生産性が見込まれる事業(以下中核事業という)の強化を目指した事業活動」であって、かつ、さきに具体的な要件がさまざまに定められています(法案第2条)。「事業者」はこうした事業について「事業再構築」計画をつくって、主務大臣に申請することになります(法案第3条)。
 主務大臣が「事業再開発計画」として認めるには「その事業再構築計画が当該事業再開発計画にかかわる事業再構築計画の目標として生産性を相当程度向上させることが明確である」ことが必要です。難解な悪文ですが、総合してみれば、そして金融二法の仕組みと大手15銀行で約7兆5000億の公的資金の投入を受け、引換に2003年までに約20、000人の人員整理を決めた適用実績と並べてみれば、仕掛けの中身は明らかです。産業再生法の適用―それによる巨額の公的資金の「迂回取得」や税法上の優遇措置を受ける―のためには、通産大臣の認可する人減らし合理化計画が必要とされることは確実だと見なければなりません。
持株会社・分社化促進  第2の「仕掛け」は、持株会社・「抜け殻方式」リストラ合理化の促進です。
 純粋持株会社制度は大企業が長い間計画していたものです。彼らは、これによって @ 本業の会社を分割して「効率」よく事業を運営する、A 不採算部門会社は、人減らしや大幅賃下げを行い、状況によっては簡単に閉鎖し全員解雇する、B 分社化した会社での労働者の要求に対しては「赤字会社」(あるいは倒産危険会社)として、みずから解決能力のない「経営者」に対応させて、「持株会社」は責任をとらないなど、労働者に雇用責任を負わずにいっそう搾取を強化することを企んでいました。そのために1997年の独占禁止法改正で持株会社設立を大幅に自由化したのです。しかしなかなか彼らの思い通りに持株会社は作れませんでした。
現行法で持株会社をつくる際には、「抜け殻方式」を使うのが普通です。
これは、これまでの会社が子会社を設立し、設立時に現物出資、営業譲渡などの形で事業を子会社に移転します。もとの会社は事業部門がなくなり、他の企業を支配する株式だけが残る「抜け殻」となり、持株会社になるのです。
しかしこの方式について財界・大企業からはいくつかの障害があると指摘されていました。現物出資の際には、裁判所が選任した検査役による調査が必要だが、期間がかかりすぎる。現物出資や営業譲渡をする際、たとえば不動産がある場合、不動産取得税や登録免許税がかかるなどです。
もっと簡単に、しかも税金がかからないで持株会社を作れるようにせよ、というわけです。
 産業再生法はこの点を「解決」するために持株会社移行にともなう分社化などの手続の簡素化が定められています。@現物出資にかかる検査役制度の整備(簡素化) A債務の一括移転制度の整備 B営業譲渡手続の簡易化などがそれです。とくにBは、のちに4の民事再生法の項でのべ、営業譲渡をやりやすくすることによってリストラを行うことと結びついています。
 産業再生法案の正確な解明にはさらに検討を要する点があります。しかし、すでにのべた点だけでも、国家的リストラ誘導・強制法―とりわけ大企業を中心とする―であることは確実だといってよいと考えます。リストラ合理化計画を立て実行すれば、巨額な「公的資金」が様々の形で手に入り、税金が減免されるというのですから、各企業は競い合ってリストラ合理化にはしるにちがいありません。しかも通産大臣承認というお墨付きが手に入る。リストラ合理化を国家がそそのかし、誘導するのです。
 ちなみに建てた計画が虚偽ならば30万円以下の罰金、立てた計画の実行状況の報告義務があり、この報告にいつわりがある場合も同罪です。国によるリストラ強制であることは、ここでもはっきりしているのです。
露呈した正体  産業再生法がリストラ合理化法であることは、あいついで指摘されています。すでに『夕刊フジ』(7月8日号)は1面トップで「税金で首切り奨励―産業再生策のウソ」と報じています。産業再生法のリストラ法としての正体を鋭く指摘しているものと考えます。また連合は7月15日に開いた中央執行委員会で同法案について「安易な人減らしリストラや労働条件の低下を生み出す危険性は極めて高い」として、法案の修正要求をまとめ、「笹森事務局長は同日の記者会見で法案について『このままの法案ではリストラ推進法になる。このままの法案として出てくるならば、徹底抗戦する』とのべた」と報じられています(『赤旗』99年7月17日)。「修正要求」なのか、廃案なのか、修正要求の個々の内容の当否はともかくとして、法案の危険性の指摘としては正当だと考えます。全労連は7月22日、板内事務局長談話で、「雇用・失業状態をさらに深刻にする『リストラ支援法』に断固反対する」という談話を発表し、すべての労働者、国民と共同して「全力でたたかいぬく」ことを表明しました。
 内橋論文、夕刊フジの記事、そして連合と全労連という2つのナショナルセンターの見解・決意表明は私たちの意見とも一致します。産業再生法の危険な正体は、今やはっきりしたといっていいと確信するものです。

(3) 「従業員の地位を不当に害しない」保障はない

 産業再生法が雇用を破壊し、あるいは労働条件を大幅に引き下げるリストラ合理化法になる危険は、かねてマスコミからも指摘されていました。政府はこうした批判を回避するために若干の規定をもうけました。第1条の目的の中に「‥‥雇用の安定に配慮しつつ」という文言を加え、第3条の事業再構築計画の認定基準のひとつに「従業員の地位を不当に害するものでないこと」という規定(同条第6項第6号)をもりこみました。しかし、その内容は全く抽象的でとうてい規制基準にはなりえません。法案はまた「認定事業者」(適応を受けた企業)に「事業再構築を実施するにあたっては、その雇用する労働者の理解と協力を得るとともに、当該労働者について、失業の予防その他雇用の安定を図るため必要な措置を講ずるよう努めなければならないものとすること」(法案18条第1項)としています。同時に国についても同趣旨の規定をしています(同条第2項)。しかし、その措置内容はともに「空白」でなんの具体性もありません。しかも「努力義務」規定にすぎず、違反しても処罰はおろかなんの法的拘束力もないのです。
 リストラ合理化計画はくわしく、具体的に書かなければならない。合理化計画などについて計画に嘘があったり、計画通りにやっているかの報告義務があり、求められても報告しなかったりうその報告をすれば「30万円以下の罰金」(逮捕も可能)というのにくらべて、「従業員の地位を不当に害すること」の防止措置は全くの尻抜けで実効がありません。
 「隠すより現れる」といいますが、こうした規定はむしろ国家的リストラ法としての産業再生法の正体を露呈したものと見るべきです。

4 雇用・労働条件保障無視の民事再生法と商法「改正」

(1)民事再生法はリストラにどう使われるか

 民事再生手続法(現時点では、法案要綱)も、リストラ合理化法のための法という性格を持っています。
 つたえられるところでは、7月30日の法案審議会総会で討議・決定になる、その上で閣議決定をして、秋の臨時国会に出して早々に可決するというのが、政府側の強い態度だということです。
民事再生法の「目的」  この法案についても、問題点はたくさんあります。破産をやると、原則は企業をつぶして全部財産を集めて債権者に配分をするということになる。そのためには時間もかかるし破産費用もかかる。
 会社更生法の場合は、更生管財人が裁判所から選任されて、これが会社を経営する。いままでの会社の経営陣は原則として経営にあたることができない。それに対して今度の民事再生法の仕組みの特徴は、破産になる前にいままでの経営陣を原則残してそれにやらせて、企業を「再生」するための手続だとされています。民事再生法では監督委員をつけてやる場合と、債務者(当該会社)の「業務の遂行または財産の管理者若しくは処分が失当であるときその他債務者の事業の継続のため特に必要があると認めるとき」に、裁判所が選任する「管財人による管理を命ずる処分」をする場合があります。後者は、管財人は債務者(当該会社)の「業務及び財産の管理」を自らすることになります。会社更生の場合と似た仕組みになるとみてよいでしょう。
 民事再生法の実際のねらいとして、政府(法務省)は、「破産になる前の段階で、経営不振に陥った主に中小企業外ままでの経営陣がそのまま残って、必要な場合には裁判所の選任する調査委員、監督委員、管財人、保全管財人などの監督、指示を受けながら企業の再建を行うための手続」だとしています。破産と同様に「支払不能」で倒産したときにしか使えず、和議条件を決めて和議を成立させても履行について法的に強制力がなかった和議法は廃止になります。株式会社のみが対象であり、管財人が経営を行い、手続がきびしかった会社更生法は残しますが、株式会社だけではなく合名会社、合資会社や学校法人、医療法人などすべての法人が民事再生法では適用対象になります。
 手続上の特徴は、@ 支払不能前に適用できる。A 今までの経営陣がそのまま経営にあたることができる。B 手続が極めて簡略化されているということです。政府(法務省)はこの法律は「中小の企業再建のための改正である」と強調しています。
 果たしてこの法律が危機に瀕した企業の再生にとってプラスなのかマイナスなのか、債権者の保護にはこれでよいのか、あるいはこの手続によって大企業による中小企業の乗っ取りみたいなことが野放図にやられる危険はないか等々、会社を再生してさせていくあり方の問題として、検討しなければならない問題は少なくはありませんが、ここでは省略します。私たちが強調したいのは、この手続のもとで労働者がどうなるかについてです。
雇用、労働条件の保障なし  労働者はどうなるのかということについてはなんの保障もこの法律にはありません。これは民事再生法の重大な欠陥であり、このままでは労働者にとって結局はリストラ合理化法案になってしまいます。
 たとえば、この法律は、民事再生手続に入った会社がその「営業の全部又は重要な一部」を他の会社に営業譲渡をして事業そのものを継続するということを「再生」の重要な手段にしています。そして、商法の営業譲渡手続を大幅に緩和し、営業譲渡を簡単にやれるようにしています。
 営業譲渡をするときは、会社の資産、得意先、技術や営業上のノウハウまで原則として譲渡されるのですから、企業の重要な構成部分である労働者も原則引き継がれるというのが戦後以来の判例でも確立していた考えでした。ところが、営業譲渡を大幅に自由化したこの法律で、労働者の雇用はどうなるかについての規定はなにもありません。
 ただ一つ、要綱36の3に、「裁判所は営業譲渡の許可をする場合には、債務者の使用人、その他従業員の過半数で組織の労働組合があるときはその労働組合、過半数がない場合には過半数を代表する者の意見を聞かなければならない」という規定があるだけです。
 要綱36が営業譲渡についての総則規定だとされていますが、要綱118には「営業の譲渡に関する商法の特則」というのがあって、株式会社で営業譲渡する場合であって「債務者がその財産を持って債務を完済することができないとき」の営業譲渡については、「労働組合、または労働者の代表の意見を聞かねばならない」という条項がないのです。
 総則規定にあって株式会社のこの場合にはなぜないのでしょうか? 数多いであろうこのケースについて労働者等から意見を聞かなければならないという文言を削除しているのは大きな問題です。
 もちろん、営業譲渡で今までの雇用や労働条件が該当会社にそのまま引き継がれれば問題はないでしょう。しかし、今目の前のリストラ合理化の実状を見れば、そうならない形でも営業譲渡が多くなるのは目に見えています。民事再生法適用で、多くの場合、労働者の意見を聞く機会さえなくいわば裁判所の「お墨付き」の形で横行する危険は現実のものだと思われます。
 さらに大きな問題は、裁判官が意見を聞いた上で、「やっぱり営業譲渡をする」ときめたときに何が起きるのですかということです。
 たとえば整理解雇の「四要件」のひとつである労働者に事前に十分に説明し、協議をつくす義務はどうなるのでしょうか? それが何もなくて、ある日突然裁判長に呼ばれて1週間後に来なさいといわれて、「賛成ですか、反対ですか」と聞かれても、労働者は充分に対応できません。仮に、情報不足のまま、「反対です」といったとします。そして裁判所が「意見を聞きましたが、会社の許可申請を認めました」となったときに、労働者の権利はどうなるのか、なんの保障もないではありませんか。  このような民事再生法の重大な欠陥を是正するために、私たち自由法曹団は最小限の措置として少なくとも次の規定をもうけることを要求しています。以下、それを引用します。

1の不備、欠落の是正
要綱の手続的及び実質的不備を補足するためには、少なくともこのような規定が必要だと考えます。
  1. 労働者の意見尊重のための是正
    1. 「民事再生」手続の適用を受け、営業譲渡の許可を裁判所に申請する者は、「労働者等」に対し、以下の手続きを経たことを裁判所に対して疎明しなければならない。
    1. 「労働者等」が意見をまとめ、企業と必要な協議(団体交渉を含む)を行なうに必要な営業譲渡の内容とそれによって生ずる雇用や労働条件の変更に関する情報をあらかじめ労働者に提供すること
    2. 右情報にもとづいて、労働者等と協議(団体交渉を含む)を誠実につくしたこと
    3. 裁判所は()()の要件が欠けているときは、債務者に対し、右の手続を履行することを命ずる。この裁判所の命に反し債務者が右手続を履行しなかったときは、裁判所は許可してはならない。
  2. 雇用と労働条件の保障についての是正
    1. 「営業譲渡」は、原則として解雇の理由にはならないものとする。「営業譲渡」にあたっては、原則として雇用は承継されるものとする。
    2. 一部又は全部の労働者について、雇用の承継が経営上止むを得ない事由で不可能だと営業譲渡人たる債務者ならびに営業譲受人が主張する場合は、その止むを得ない事由を説明し、労働者等と誠実に協議をつくさなければならない。
    3. 雇用を承継しない労働者が生ずる場合は、その選定基準は合理的なものでなければならない。
    4. 営業譲渡人たる債務者と営業譲受人は、労働者と()による協議を誠実につくしたこと及び()記載の選定基準の合理性について営業譲受人たる債務者は裁判所に疎明しなければならない。右の疎明がされていないときは裁判所は営業譲渡を許可してはならない。
    5. 営業譲渡に際して波状とされる会社の労働者(一部譲渡の場合の該当部分で働く労働者の場合も同じ)の労働条件は原則として、従前のとおりとし、労働者との協議をつくさずに一方的に不利益変更することはできない。もし右の条件に反するときは裁判所は許可しないものとする。
    6. 譲渡人とその労働組合との間に労働協約があるときは、原則として右協定は譲受人との間に承継される(譲受人は相応の期間後、右協定の破棄や変更を求めるには新たに団体交渉をつくさなければならない)

 私たち自由法曹団は、以上のような是正をすることが必要であり、当然だと考えるのです。なぜなら、そうでないと労働者は事実上、譲渡会社や譲受会社の意見で、交渉もないままに、しかも合理的な理由や基準のないままで、雇用を失いあるいは労働条件の大幅切り下げを強要されることになってしまう強い危険にさらされるからです。(注3)(注4)

(注3)民事再生手続に載った会社が営業譲渡はしないで「再生計画」案で解雇されたり、労働条件の切り下げを求められたりすることがあり得ます。法案要綱では「再生計画」をつくるときや、いったんつくった「再生計画」を変更しようとするときには「労働者等」の意見を裁判所は聞かなければならないという規定があります。しかし、単に裁判所が聞けばいいというのでは不充分です。やはり、解雇の規制や労働条件の一方的不利益変更を原則禁止する保障規定が必要だと考えます。

(注4)なお、民事再生法は監督委員として「信託会社、銀行その他の法人は監督委員となることができるものとする」(法案要綱51)としています。監督委員は債務者(企業)の業務及び財産状況につき報告を求め、「帳簿、書類その他の物件を検査すること」ができるのです(法案要綱、55)。このことは、民事再生法の対象となった会社を銀行や支配力のある大企業が監督委員となって、中小企業を監督支配して、リストラ合理化、営業譲渡をさせていくことを可能にします。労働者の権利保障のない民事「再生」法は大企業と金融機関の思いどおりの中小企業のスクラップアンドビルド法でもあるのです。

(2)商法「改正」(会社分割)はリストラにどう使われるか。

 法制審商法部会の「試案」は、株式会社の分割を創設するとしています。しかし会社分割の第一の問題点は、労働者の雇用・労働条件の保障がまったくないということです。同試案によると、分割会社は「分割計画書に定めるところにより、分割した会社の権利義務を承継するものとする」とはされているものの、個々の労働者の労働契約上の地位は分割会社に承継されるのか、被分割会社のままなのか、賃金・退職金等の労働条件はどうなるのかについて全く触れられていません。これでは、@不採算部門を分割会社化する場合、A子会社間の重複部門を分割会社化する場合、Bリスクの高い部門を分割会社化するなどの場合には、分割会社への雇用は、即解雇、または労働条件の大幅低下に直結する危険があります。
 第二の問題は、試案の「簡易な分割手続」の点です。これは、会社分割には原則として株主総会の特別決議が必要ですが、分割に際して発行する株式を被分割会社の株主に対して割り当てない場合で、かつ分割会社の純資産が被分割会社の純資産の10分の1以下の場合には、取締役会決議だけで会社分割ができるというものです。これでは、取締役会だけでアッという間に不採算部門切り捨て=労働者の解雇・労働条件の一方的切下げの強行となりかねず、労働者の地位はより一層不安定なものとならざるをえないのです。

5 リストラ諸法制の複合効果―国家的、全産業的リストラ強行と労働者の被害

 すでに2、3、4で各法の正体について述べてきましたが、ここであらためて強調したいのは、各法がそれぞれに補強しあって、全体として5、400万の労働者の雇用を大規模に破壊し、労働条件を大巾に切り下げる複合的構造をリアルにつかむことが大事だということです。比喩的に言えば「木を見て森を見ない」のでは真実は分からない、それでは実は「木」の正体すら見間違ってしまうことになりかねないからです。
 私たちが急いで作成した前掲の 別図@ の表「相関図」は、一連の立法の相互関係を、つまり、例えれば「暗黒の森」の全体像、あるいはそこに「危険な怪物」が潜んでいることをラフスケッチの域を出ませんが、とりあえず「図解」したものです。

(1)別図BCによる証明

 リストラ合理化諸法の複合効果をもう少し具体的に明らかにするために、さらにもう二つの別図 別図BC) を作成して見ました。あれこれ言葉を重ねるよりは、図解してみた方がかえって分かりやすいと考えたからです。
 別図Bの「『事業再構築の主な流れ』対比図」は『朝日』(99年6月12日)の「事業再構築の主な流れ」の図を私たちなりに補足したものです。『朝日』の図はわかりやすいのですが、欠落している部分があります。それを補えば、政府のいう「再構築」の骨格がよりはっきりすると考えて、私たちの作成した図と『朝日』のそれとの対比図をつくった次第です。
 別図Cは、「大企業A社のリストラ・合理化法制活用シミュレーション」です。これによって、大企業が一方では私たちの税金を使って、「平成版・徳政令」の恩恵を受けて「過剰設備」と「過剰債務」を解消し、他方では、人減らし合理化と、中小企業のスクラップアンドビルトを政府や裁判所の「お墨付き」で強行するという、信じがたい程にあこぎな仕組みです。しかも、こともあろうにそれが法律によって認められるという謀略的な企みであることを図解しています。
 (なお前掲の 別図A「労働法制改悪・『複合』(リストラ)法制の『バランスシート』」は、今回の企てが、財界、大企業にとってどれほど巨額な利益になり、5、400万労働者にとって、途方もない損失になうかを図解したものです。財界・大企業の一連の策動に執念を燃やしているのはなぜか、労働者側が全力をあげて反撃しなければならないのはなぜかを「利害得失」という点から解明したものです。)

(2)大企業のリストラに拍車

 図表@ABC で図解したような国家的複合リストラ法制がつくられたらどうなるでしょうか? それは、戦後の混乱期を除けば最大の規模に達している大量失業と、現在の長期不況を深刻なものにしている「リストラの横行」をさらに飛躍的に拡大・深刻化させるにちがいありません。過労死自殺からリストラ性自殺にまで及んでいる職場の状況はさらに悪化し、消費は冷え込み、日本の社会も経済も破滅的な道をたどることになるのは必至ではないでしょうか。
「国策」リストラで「四要件」抹消  財界、大企業はこの法制ができたら、リストラ合理化に打って出ることがはるかにやりやすくなると考えているにちがいありません。
 「国策としてのリストラ合理化だから、裁判に訴えられても『整理解雇の四要件』違反とされることはない。いまこそ、解雇について一定の手かせ、足かせになっていた『四要件』を抹消するときだ」と彼らが勢いづくのは充分に予想されるところです。
 政府の承認、あるいは簡易な営業譲渡手続での裁判所の許可がある場合には「四要件」にはしばられずに自由であり、合法的であるという主張を彼らは必ずしてくることも目に見えています。
大阪弘容信組裁判での主張  私たち団員が労働者側の代理人をしている大阪の弘容信組が大阪府指導で庶民信用組合へ営業譲渡し、労働者の雇用承継を拒否した事件の裁判で、被告側は、金融機関の承継のために大阪府の指導があり、「預金保険機構」の資金投入を得た本件では、解雇規制などはあり得ないと主張しています。これは「整理解雇の四要件はずし」の「ハシリ」です。
 リストラ合理化法制の下では、不法不当な整理解雇に直面して裁判でたたかう労働者は、新たな課題に直面することになります。
 以上によって明らかなように「政府が大企業の国際競争力の増強を旗印にしていま失業を大規模に引き起こし、深刻化させつつある最大の根源−大企業のリストラに対し、これを歓迎し援助するという政策」をとっていることは疑問の余地がありません。そしてその具体化として「法案を用意している」こと、その内容が「整理解雇の四要件さえ外して経済的必要ということから一方的な大量解雇への道をさらにひろげる」ものであることは、文字どおり「眼前の危険」−「明白かつ重大な危険」−になっているのです。

6 リストラ合理化法制とのたたかいの強化を

(1) 当然の前提−現場からの闘争を重視する

 不況を打開し、雇用を拡大するためには、多面的なたたかいが必要です。当然の前提として、職場を基礎とし地域、産別の力を集めてのねばり強い、草の根からの要求闘争が求められます。すでにJMIUは、富士通信機が指導しての高見沢電機の営業譲渡、解雇の攻撃にたいして反撃し、ひきつづき全組合員を高見沢電機での雇用を認めさせるという成果をあげています。金属労働者らの組合であるJMIUはまたIBMの人事管理部門の分社化、移籍強要反対のたたかいをはじめ、「現場」からの闘争に立ち上がっています。信用金の労働者らの組合である全信労も大阪での弘容信組や不動信用金庫の「健全化」や「再生」を口実とする大量解雇反対の闘争を開始しました。
 注目に価するのは、日立、NEC、東芝、さらにKDDなど連合傘下の大企業の職場でも分社化などを使っての出向・移籍・事実上の退職強要などに反対するたたかいが始まり、単に少数の活動家の抗議闘争というのではなく、かつてなく多くの労働者の要求闘争に発展しているということです。組合自身が一定の要求を掲げて会社のリストラ合理化に反対するという運動もおきています。
 こうしたなかで、たとえば2、000人の労働者から通勤定期券を奪って、会社に来ないで自宅周辺で「営業ローラー作戦」に従事させ、実質的には自宅待機をさせ退職させようとしたKDDの人べらし策動に反対運動が職場ぐるみで強まり、ついに実施を「7月から来年1月へ半年間延期する」という成果があがっています(『KDD革新懇準備会ニュース、99年6月22日号』)。
リストラ合理化に反対する「現場」からの闘争を重視し、強化していくことは、この時期とりわけ重要だと思われます。こうしたたたかいを軽視して、リストラ合理化法制反対の運動を労働者や国民の運動として発展させることは不可能だと考えるものです。

(2) 立法闘争の強化のための私たちの提言

 (1)でのべたことを重要な当然の前提とした上で、以下、一連のリストラ諸法について、独自に光をあて、明確な方針を持ち、しかも、一日も早く反対運動をまきおこす必要性とそのための仮説的な提起を本報告の最後にさせてもらいます。
 もちろん、私たち自由法曹団は弁護士集団にすぎず、労働運動についても、この種の立法闘争についても充分な知識、経験はありません。「一知半解」であれこれ言うことは慎むべきだという思いもあります。しかし、リストラ法制の中核になる産業再生法が間もなく上程され、今国会で制定する企みが進行しているという危機的な状況が目の前にあります。
 私たちは沈黙しているべきではない」。労働法制改悪反対・人間らしく働くルールの確立のための運動に参加してきた自由法曹団として、誤りをおそれずに、以下、緊急に反対運動を開始するために必要だと考えるところを箇条書き的に提起することにします。討議のなんらかの素材にしていただければ幸いです。
@ リストラ合理化法体制の全貌を明らかにし、反対の世論を起こす
 リストラ合理化法体制がいかに財界・大企業の途方もない利益のための不公正でかつ反労働者的・反国民的なものかを、事実と道理で徹底的に明らかにし、分かりやすく宣伝することが急務です。
 法案の緻密な解明はもちろん必要ですが、この時期、とりわけ、動かすことのできない事実で、労働者・国民の「目線」で全貌を明らかにすることが決定的に重要だと考え、多くの人々がそのために努力されることを要請します。
A 労働者・国民の積極的権利要求を掲げて対決する―EC指令型(ILO条約型)の要求を。
 国家的リストラ法制制定策動の正体を暴露し、反対するというだけではおそらく後手に廻り、受身になってしまいます。それでは、法案のどこが間違っており、不合理・不公正なのかを明らかにすることさえ困難です。
 この点については、「整理解雇の四要件」の遵守とか、「解雇制限法の制定」というだけでは足りないと私は考えます。そうした要求とともに、EC指令型(同様にILO条約型)のような立法要求が必要であり、かつ、有効だと考えるのです。
 「営業譲渡がされようが、会社分割や分社化が行われようが、労働者には働く権利があり、一方的に労働条件を切り下げることはできない。」−「これこそが今日の世界の雇用と労働の人権的基本なのだ」という権利主張の旗を掲げ、かつ、その具体的な法的な仕方を明らかにすること、これが大事なカギだとつよく思うわけです。
 ECの「リストラ関連法制には@大量解雇指令(解雇規制) A「既得権指令」(営業譲渡などの時の雇用、労働条件保障) B賃金確保指令があります。@とAは今回の私たちのたたかいにあたって、すでにのべたILO158号条約、同166号勧告とともに大いに参考にさるべきです。@の大量解雇指令は、解雇規制法とかなり重なります。しかし、今回の法制は分社化、会社分割、営業譲渡などを多面的に活用することをリストラ合理化の重要な柱にしているのですから、これに噛み合う規制要求が必要だと思うわけです。
参考にすべきEC指令  とくに、Aの「既得権指令(企業、事業、または企業、事業の一部の移転の際の労働者の権利保護に関する加盟国法の接近に関する77/187/EEC指令(1998年6月29日 98/50EC理事会指令により改正)」が参考になります。それには要旨次のことが定められています。

  1. 「企業譲渡の時点で存在している労働契約または労働関係から生ずる譲渡人の権利義務は譲受人に移転する。」(第3条の1)
  2. 譲受人が締結した労働協約に定める労働条件を譲渡後も譲受人はその終了(または、特定な労働協約の発行)まで維持するものとする(同、3)。
  3. 企業譲渡はそれ自体としては解雇の理由にはならない(第4条1)。
  4. 解雇の形を取らなくても、企業譲渡による労働条件の実質的変更が労働者にとって不利益なものとなるために雇用契約が終了する場合には使用者はその雇用契約の終了に責任があるものとする(同条、2)。
  5. 移転によって影響を受ける労働者に情報を提供しなければならない(第6条の1)
  6. 事前に合意を目的として労働者代表に協議しなければならない(同条、2)。

 このEC理事会指令は、分社化、会社分割、営業譲渡に対して雇用と労働条件を守るための私たちの要求とほぼ一致すると考えます。EC諸国で実現していることを我が国で実現できないわけはありません。
 「グローバルスタンダード」といいながら、こうした「スタンダード」を無視するのは、人権を無視し企業サイドの利益を一方的に優先させるものでとうてい容認できません。政府、財界がフランスの週35時間法制化や、世界の圧倒的多数の国の残業上限時間規制に背を向けて、しかも「グローバルスタンダードでの労働をする必要がある」などという白を黒とする大嘘をついて労基法改悪を強行した手口の再現を断じて許してはならないと私たちはつよく思うのです。
積極的な立法要求を  だがそのためには私たちが今日の世界の当然の基準を労働者、国民の確信とするために大いに努力する必要があります。
 こうした要求を掲げて立法化を共同して迫ることは、運動の展開、そして政府の法案に「グローバルスタンダード」に反する致命的な欠陥を明らかにするという点で二重に重要だと確信するものです(注)。
要求立法(EC指令型)の方が適切なのではと考えています。(注5)(注6)

(注5)EC指令のあるヨーロッパとちがって、「アメリカは解雇規制の法理はない」と一般にいわれています。しかしそれは事実ではなく、実際には我国の「四要件」とほぼ同様な基準で裁判上解雇規制されていると外資企業の労働事件を担当している経営側弁護士は報告しています(『経営法曹研究会報第14号』、平成8年7月10日、会員、末啓一郎弁護士の報告)。

(注6)連合は7月15日の中央執行委員会で「企業組織の変更における労働者保護法(仮称)」の制定を要求することを決定しました。その内容は基本的な部分でEC理事会指令と一致しています。全労連はかねてから解雇規制法制定を要求しています。いずれの形になるにせよ、営業譲渡、合併、分社化などの場合の雇用、労働条件の保障立法は今日の急務です。

むすびにかえて

 国家的リストラ合理化法制は、「百年の計を誤る希代の暴挙」だと私たちは確信しています。5、400万労働者から人間らしく生き働く条件を大企業の利益のために一方的に奪って、この国の経済にも社会にも未来はありません。悪しき法制を阻止し、世界基準なみの雇用と労働条件を実現すること、そのために私たちの声を合わせることを心から願って、本報告を結ぶことにします。
 よろしくご検討下さい。