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吉原 稔 永源寺第二ダム計画の全面取消判決が確定
―無駄な公共事業を中止させた後のアフターサービスとは
笹山 尚人 「脱・貧困」運動の具体的活動案と「今更ですが…」の報告
広田 次男 住民訴訟一部勝訴の報告
小さな町の小さな一歩前進
荒井 新二 〇七山口総会感想
美祢社会復帰促進センター見学の感想
伊藤 和子 「劣化ウラン兵器使用の影響に関する決議」
国連第一委員会において賛成多数で採択
守川 幸男 治安・監視強化と重罰化は安全・安心のために効果的なのか
安全・安心のための治安・監視強化と重罰化に賛成する多くの国民をどう説得するのか



永源寺第二ダム計画の全面取消判決が確定

―無駄な公共事業を中止させた後のアフターサービスとは

滋賀支部  吉 原  稔

 一〇月一一日、最高裁第二小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は、農水大臣の永源寺第二ダム土地改良事業計画取消の上告不受理決定をし、大阪高裁判決が確定した。

 原告団の喜びようと対照的に、土地改良区や地元は呆然自失、農水省も滋賀県も、計画の取消、白紙撤回という古今未曽有の事態に、この後始末を何から手をつけてよいかわからない状態である。

 当面解決をしなければならないのは、ダムの工事は進んでおらず、現物事務所も撤去されているので、工事面では問題はない。土地改良法により滋賀県が国に支出した負担金の返還問題である。

滋賀県は、総額五五億円を負担し、うち二三億円を既に支払い、これから三二億円を支払うことになっている。

 ダム計画が白紙になったから、これから支払う負担金は、支払う必要はないと考えるのが普通だが、この計画のうち既に完成している貯水池四ヶ所や水路等の工事費についての負担金は支払う必要があると滋賀県は考えているようだ。

 しかしこの判決は、国営新愛知川土地改良事業計画のうちのダム計画だけを取消したのでなく、ダム・貯水池・用水路などの計画全体を取消したのだから、計画のうち、ダム以外の一部が既に完成したからといって、それに対応する負担金は返さなくてよいということにはならないはずだ。

 滋賀県が国に返還を求めないのなら、滋賀県に代位して負担金の返還を求める住民訴訟を提起することになる。これは初判例になる。

これが無駄な公共事業をやめさせる住民運動が、その目的を達成した後の、国の計画により県の被った損害を国から取り戻すための住民によるアフターサービスである。



「脱・貧困」運動の具体的活動案と「今更ですが…」の報告

東京支部  笹 山 尚 人

第一 「脱・貧困」運動の具体的活動案

 今度の団総会は、プレ企画として、ワーキング・プアの問題を取り上げた。その実情や、組合への団結の重要性、また生活保護問題など「貧困」を核にした、トータルケアが必要で、法律家にもそのためのネットワークが必要なことがよくわかった。良い会議だった。

 私は、この会議に参加して、具体的活動の案として、次のことを考えた。私は、首都圏青年ユニオンの顧問だが、増大する相談に対応するため、首都圏青年ユニオン顧問弁護団を結成しようと考えている。この弁護団は、組合の組織化のために役立つと共に、生活保護、債務整理、離婚等家族問題、外国人問題等、トータルな法的サポートを行うものとする。そして、全国に広がり始めた、青年ユニオンを支えている全国の弁護士たちと、「青年ユニオンサポート弁護団ネットワーク」をつくる(これは、師匠の小部団員のアイディアだが。)。団員のみなさま、ぜひご検討下さい。

 ところで、団総会では、今村幸次郎前事務局長も執筆者として参加している、『労働ビッグバン』を購入した。その中で、今年の五月二〇日に開催された「青年雇用集会」が紹介されている。青年だけの集会として、三〇〇〇人を超える集会が開かれたのは、「史上初めてではないか」とされている。こんなに意義深い集会なのに、団員のみなさんはその様子をよくご存じないであろう。日程が五月集会と重なっていたし、翌日の赤旗の報道はなんだかよくわからないショボイものだったので。そこで、この集会を実体験した私から、集会の内容や、実情をお知らせせねばと思いました。それを通じて、青年たちが今大きく立ち上がり始めたということ、彼らをサポートする法律家のネットワークが必要になっていること、を知って欲しいと思います。

 ということで、今更ですが、以下、団東京支部のニュースに投稿した原稿を団通信にも投稿して、この集会の紹介に変えたいと思います。

 もしこれを読んで、面白いと思って頂けたなら、団員のみなさま、ぜひ首都圏青年ユニオンを支える会(首都圏青年ユニオンの専従オルグの費用を提供する支援団体)に入って下さい。徳島の日亜化学の偽装請負のたたかいに立ち上がった青年たちを支援して下さい。全国各地で、非正規雇用労働者の組織化のための取り組みに、各地の青年ユニオンの結成や活動支援にお力添えをしてください。

 首都圏青年ユニオンを支える会にご加入いただける方はぜひ私(東京法律事務所、FAX〇三−三三五七−五七四二)までお申し出下さい。お申し込みのあった方には、会費(年六〇〇〇円)の送金方法についてご連絡します。

第二 「今更ですが…」の報告〜「青年雇用集会に行ってきました。」

1、愛息穣(じょう。生後四ヶ月)の世話のため、団の五月集会行きを断念した。せっかく自宅で過ごせると思っていたら顧問をしている首都圏青年ユニオンから連絡あり。五月二〇日開催の青年雇用集会に来るように、という。日本民主青年同盟や首都圏青年ユニオン、全労連青年部などでつくる実行委員会が、「まともに生活できる仕事を!人間らしく働きたい!」をスローガンに青年労働者の結集を呼びかける集会だ。分科会で「アルバイトの法律相談」をやるのでそれを担当して欲しいということだった。やむなくいいよと言ったら、連中は調子に乗って顧問なら一緒に最後のパレードまで付き合ってくれと言う。嫌だよ、俺は帰って子どもと風呂に入るんだと言ったら、相談したい事件がある、それはパレードのあとになる、午後七時には帰れるから風呂はその後にしてくれと言われた。やむなく一日つきあわされるはめになった。

2、五月二〇日、日曜日。五月晴れのいい日よりだった。全国各地から、のぼりやかぶりもの、プラカードやたすき、横断幕など、様々な宣伝物を持って青年たちが集まっている。紛れもなく、青年の集会だ。集会で参加者が青年ばっかりというのも、あまり見ない光景だ。大変清々しい(いや、別に老齢の方が集まる集会が清々しくないと言っているわけではないのだが。)。主催者発表によると三三〇〇名の青年が集まったそうだ。

 こういう集会は珍しいのか、メディアの取材が非常に多いのも特徴だ。演台の前にずらりと並んだテレビカメラ。私も、たくさんのメディアの方と名刺交換し、お話させてもらった。

3、本集会そのものは午後一時二〇分からだが、私は一一時半に来てくれと言われた。私が担当する分科会が、午後〇時からあるという。会場である明治公園に行ってみると、一一の分科会のテントがあり、そのうちの一つが「アルバイトの法律相談」となっている。私は首都圏青年ユニオンの伊藤委員長と共に、集会参加者のうち、我がテントに来た人たちの相談にのることになった。相談にのると言っても、車座になったところに参加者が質問するので、皆に聞こえるようにと私が回答するという形だ。

 質問は、次から次へと出た。古典的な質問が多いなという印象だった。「ファミレスで客が来ない状態になると、休憩だとされて給料が出ない。でもお客が来たらすぐ対応するようにということで行動の自由がないのに、休憩というのは納得いかない。」「会社は、アルバイトには有給は駄目だと言うのだけど、正しいのか?」「失敗すると給料から一律一万五千円引かれるんですけど。」「派遣なんだけど苦情は誰に言ったらいいのですか?」「会社が、残業代のうち、一律一〇万円をカットするのだけれどいいんですか?」等々。こういう集会に集まるような人でも、労働法の知識はあまり浸透していないようだ。私が話すとみなさん頷いて聞いてくれている。お役に立てたようで、うれしい。

4、分科会が終わり、本集会の開始である。役目を終えてホッとした私は、暑いのでビールを飲みながら本集会を見学した。

 演台からは、松下プラズマや、光洋シーリングテクノ、日亜化学、すき家ユニオン、びっくりドンキーの「茶髪解雇事件」、ライブドアユニオンのたたかいなど、現代の青年のたたかいの最先端の経験が、惜しげもなく報告されていく。また、山梨、静岡の青年ユニオンの活動や、岩手の準備会など、青年の労働組合への団結が全国で進んでいく状況も。アルバイトでも、派遣でも、人間らしく働きたい。そのために、企業や働き方を超えて、労働者の大同団結が必要だ。首都圏青年ユニオンが、二〇〇〇年一二月にあげた狼煙が、今、確実に全国に広がりつつある。こういう場に立ち会えるのは、幸せそのものと言って良い。団と共にたたかう労働者がここにいる。しかもびっくりドンキーで解雇された茶髪の女性は、なんと一六歳!私より二〇歳も年下。首都圏青年ユニオンの組合員の中でも、ずば抜けての最年少だ。まぎれもない青年。日本の未来は明るい。ビールも進んで二本目に突入。

5、あいさつに来た日本共産党の志位委員長も気合いが入っていた。そりゃ、うれしかっただろうな、こんなに若い人がたくさんいて、「しいさ〜ん!」とか呼ばれて。「みなさんは単に残業代を払われないから、社会保険に入れられないからと言って怒っているのではない。人間扱いされていないということに怒っているのではありませんか。これは人間の尊厳をかけたたたかいなのではありませんか。」。会場は、よく言ってくれたというどよめきと、そうだそうだという拍手に包まれた。うん、いいこと言うねえ。彼は最後に、「勇気をもって告発し、仲間を広げて連帯し、青年を苦しめる政治を根本から変えよう」としめくくった。うん、そのとおり。なかなかのもの。私にしては珍しく、ビール三本目に突入。

 集会は、「団結してガンバロー!」ではなく、ウエーブで終了した。

6、集会の間中、それから後で述べるパレードの間も、私はひっきりなしにいろいろな人と話をする。マスコミの取材も多かったが、組合員の相談も結構あった。組合員は、私が何でも知っていると思っている。相談は、職場の問題にとどまらない。「バイクで事故っちゃったんだけど…」「家賃滞納してるんですけど、追い出されちゃいますかねえ。」「借金たまっちゃって、支払えなくなってきました。」みんな、こんなビールをガバガバ飲んでるオッサンによく相談するよなあ。どんどん答え、必要なものは受任する。労働弁護士は、単に労働法を勉強するだけではダメである。

7、集会終了後の午後三時からは、渋谷へ向けてパレード。私もビールでヘロヘロながら、首都圏青年ユニオンの隊列の中で歩く。

 パレードもいつもと違う。首都圏青年ユニオンが考えたものだそうだが、シュプレヒコールも、先頭カーのマイクとパレード参加者のかけあいだ。マイクが、「社会保険!」と言うと、参加者は、「入れろ!」と叫ぶ。マイクが「今すぐに!」と言うと、参加者は、「入れろ!」と叫ぶ。マイクが今度は、「残業代!」と言うと、参加者は、「払え!」。マイク「今すぐに!」参加者「払え!」といった具合である。同様に、「解雇」と「撤回」、「有給」と「取らせろ」の四パターンがある。これはロックコンサートでステージの歌い手が観客に呼びかけ、観客が応える、といったことがよくあるが、まさにそのノリだ。マイクが何を言うかでこちらの応える叫びが違うわけで、マイクが何を言うか、よく聞いて叫ぶことを考えるのもなかなか楽しい。ここでマイクを握っていたのは、首都圏青年ユニオンのオルグで、書記次長の山田真吾さんである。

 これ以外に一般的なシュプレヒコールもあったが、これも変わっている。「残業の強制なんて、やめて(*^_^*)」とか、「残業代払わないなんて、嫌だー」とか、若い女性の声が甘ったるく叫ぶ。とても同じ調子で叫ぶのは恥ずかしい。はては京都の参加者が、「ネットカフェ難民を、救わなあかーん!」とか叫ぶ。「♪ろうどう、くみあいに、はい、ろ〜」とかのメロディーつきまでもあらわれた。うーむ、すごい。恥ずかしくてついていけない…。

 明治公園から表参道を通って、渋谷へ抜けるコースは、沿道にも若者が多く、彼らも携帯でバシャバシャ撮ってくれたり、手を振ったら応えてくれたり、楽しかった。途中「MINTIA」の宣伝の女性たちとも遭遇したが、先頭カーのマイクが「残業代もらってますかー?」と呼びかけると、彼女たちは「MINTIA」のボードを振って笑顔で応えてくれた。あれは営業スマイル?それとも本当にもらっているということか?

 久々にフルで歩き通したが、恥ずかしいやら楽しいやら、とにかく良いパレードだった。

8、そういえばパレードのあと相談があるということで、問題の組合員とオルグの河添誠書記長と三人で喫茶店へ。相談のことをすっかり忘れて、私はビールをグビグビやってしまっていたが、パレードのときかいた汗ですっかり酔いは覚めていた。セーフ。

9、午後七時二〇分、私は帰宅した。よい子で待っていた穣と風呂に入って、めでたしめでたし。

10、あれ、そういえば、こんなに貢献したのに、日曜出勤したのに、日当はまるでなし。トホホ。まあ、楽しかったし将来に希望を感じるから、ま、いっか。こんな組合で良かったら、若手団員のみなさん手伝って下さいますか?最近事件激増中で困ってるんで。声かけますのでよろしく。

以 上



住民訴訟一部勝訴の報告

小さな町の小さな一歩前進

福島支部  広 田 次 男

1.九月二五日、福島地方裁判所は原告・市民オンブズマン楢葉、被告楢葉町の住民訴訟に於いて、住民一部の勝訴の判決を言渡し、町は控訴する事なく、同判決は確定した。

2.福島県双葉郡六町二村の首長は、代々その殆んどを土建会社の経営者ないし、その関係者で占めてきたし、今も占めている。

 双葉地方では「社長が首長になると、その土建会社は元気を回復し、首長でなくなると倒産する」というのが永年の風俗習慣となっている。

 しかし、小さな町村でも「長い物に巻かれる」のを潔ぎよしとしない人々もいる。

 八町村のうち、一村三町の各々に市民オンブズマンが結成され、小なりとはいえユニークな活動を続けている。

3.双葉郡楢葉町は人口約八〇〇〇の過疎の町である。

 その首長は、永年に亘り、土建会社の関係者によって占められている。

 永年に亘り、資材置場等として、町有地を各土建会社が無償で使うこと看過されてきた。

 オンブズマン楢葉のニュースが町有財産の杜撰管理を報じるまで、町民は無償使用の事実すら知らなかった。

4.二〇〇四年八月、住民監査請求を行うと、町はそれまでの無償を改めて、A地九一〇・七二u分について、一uあて金一円として計一八万三九六四円の使用料を業者から徴収した。

 従来の楢葉町では考えられなかった「町民の声による財政措置の手直し」といった画期的な改善措置を行ったという理由で町の監査委員は監査請求を棄却した。

5.偶々、オンブズマン楢葉の代表が二〇〇四年三月に撮影していた、当該土地の写真が発見された。

 この写真を元に分析すると使用範囲九一〇・七二uの約一〇倍弱に及んでいると判断された。そこでA地のみの使用料徴収では不足として二〇〇四年一〇月住民訴訟を提起した。

6.訴訟になるや、町は九一〇・七二uだけではなかった。

 原告主張の通り、これを越えるB地三六三・八uも使用してきたとして、使用範囲の拡張を認めてきた。

 しかし、一〇倍には「はるか及ばない」ので、この町の主張に対しても、更に反論を加えた。

 町の代理人は団員のY先生であった。

 当方の反論に対してY先生「今度は、文句の出ないように、太っ腹で広めにしたから」と言って、C地三二一一・六六uを使用範囲に加えてきた。

7.裁判官は、「同所は無償、次にA地、次にB地、最後にC地と次々と使用範囲の拡張を町に認めさせたのだから、原告の成果は著しい。この訴訟の意義・目的は充分に達したのではないか」と言って時に訴訟の取り下げを勧めてきた。

 他方、二〇〇四年三月頃に撮影された写真については、「使い捨てカメラの歪み、焦点ボケ、撮影対象の不明確」等を言うようになった。

 行政事件を扱う裁判所に特に色濃く存在する、持ち上げつつ弱点を強調して「なんとか丸く収まらないか」という姿勢である。

8.見え透いた姿勢は何とも呑み難い。

 しかし、このままではC地までの認定で終わってしまう、なにか良い知恵は、と検討を重ねた。

 そこで思いついたのがNASAの衛星写真である。

 「北朝鮮のように毎日、撮影しているわけはなかろうが、月に一回位は撮っているだろう」という事で、あれこれ調べ衛星写真の販売する代理店にたどりついた。

 入手できたのは二〇〇三年一二月二五日の写真であった。

 既に年末であったため、建築機械は一カ所に集められており、当方主張「一〇倍」まではいかなかったが、C地をも越えて使用していることは明らかであった。

 判決はA,B,Cを更に越えたD地につき町が使用対価を請求しない事の違法性を確認した。

9.本訴が控訴されることなく、確定したのはY先生の配慮だろうと感謝している。

 しかし、本訴の影響は大きく「新聞で見たが、うちの町も全く同じ事をやっている、裁判をやりたい」とはるばる山を越えた遠い町からの相談者が来ている。

 こんな例は、全国的に存在するのだと思う。

 普遍性を有する事例という意味と、田舎町での民主々義の一歩前進という意味で報告に及びました。



〇七山口総会感想

美祢社会復帰促進センター見学の感想

東京支部  荒  井  新  二

 正確な見学レポートは他に譲り、心に浮かんだ感想を書いて、一見学者としての責めを果たすことにしたい。

 はじめに結論的な印象を言うと、初入・犯罪傾向のすすんでいない既決(スーパーA級)の収容施設としては、かくありなんと思わせるものであった。

 見学当日は、週一回と決められていると言う教科指導の日にあたり、あいにく刑務作業は見れなかった。他の施設で行っているPCの職業訓練などはされているが、本来の刑務作業の面で、生産性のある業務の提供は、あいかわらず困難であると察せられた。野菜づくりなどをかいま見ることはできたが、自用程度の小規模のようであった。これまで「民業の圧迫」を回避するために、非生産性になるのは不可避のように言われていたが、「地域との共生」があらたな目標として出されており、有用で生産性のある刑務作業をどう確保していくのか、引きつづき大きな課題であろう。刑務作業を通した収益は、当分の間、見込めず、国からの支払対価にも算入されていないのでないのだろうか。説明官は、全体の収容コストの縮小を数字をあげ「経済性」を強調していたが、それにしてもスーパーA級という特異な施設の基礎経費をいかに計算した結果であるのか、少しの疑問をもった。国は、この施設との間で九七%条項などを結び、「民」に対する厚い救済措置を用意しているそうだが、「民がやれるところは民がやる」ことに対して、無防備・無警戒であってはならないと思う。

 当日見学させてもらえなかった、その教科指導は、「民」が担当しているとのことであった。説明者が教科指導が被収容者の義務であることを一様に強く述べていたのが印象的であった。新法で矯正処遇の一環として重視されることになったそうだが、教育する権威を欠く「民」がその実施を担うことの効果のほどは未知数である。矯正殊遇の実施とその支援という具合に文字のうえで区分されて職掌分担が説明されていたが、どこまでが「官」「民」の領域で、どこが限界線か、分かりづらいし、現場にもそれなりの混乱があるのではないか。それでも「民」による教科指導や社会復帰プログラムを、「官」が例えば髪型を強制した被収容者にすることの処遇効果上の矛盾や問題など、官民混在=官民協同でいくのも、現状に比して積極的な面があるかなとは思う。広範な処遇上での「官」「民」の分担を今後現場でどのように編成していくのか、そして処遇の難度の高まりによってそれがいかに変容するのか(あるいは、ならないのか)、ーことが施設側の権限と被収容者の義務という基本的関係だけに、他の施設での処遇に波及していく理念問題としても、注意してみていくことにしたい。

 施設の目標として「再犯防止の実現」をあげていた。スーパーA級施設であるのに、このようなスローガンを掲げることには、若干の違和感を覚えなくはない。しかし多くの矯正施設は、被収容者の出所後のフォローには熱心でない。「再犯防止の実現」を現実に押し進めるには処遇効果判定困難であるとは決して言わせないだけの「再犯防止」の客観的なデーターをこれからおおいに出して、同種の官側施設との再犯率低下競争を展開してもらいたいものである。成績重視・結果重視こその「民営」であろう。

 団員の最後の質問で、鳩山法相の「社会復帰促進センター」よりも「刑務所」にこだわった発言が取り上げられた。社会は施設に「再犯防止の実現」を期待しており、それなくしては施設への社会的支持は集まらない。そのことに敏感で全くない法相をもつ司法制度は、不幸と言うべきである。法相発言は、個人のものと狭くとらえず、再犯防止・社会復帰などに構っていられないと背を向ける一部の守旧的な役人連中の考え方の乱反射のようなものと考えるべきであろう。

 この施設の運営は、パイロット事業であると言う。しかも先に触れたようにスーパーA級被収容施設である。この種施設の普及率は、当面の全体の一割どまりと考えられている。この施設の処遇は、実験第一号として、全国から優秀な刑務官を集めるとともに、「優秀」な受刑者たちを収容していると推測される。矯正当局もなんとかこの事業を成功させたいと考えていることであろう。

 今後処遇容易な被収容者ではなく、一般のいわゆる処遇困難な被収容者たちの施設で、このような民営手法が導入されたときにどうなるか。その功罪や効果がそのときにはじめて本格的に論じられよう。刑務所民営化の評価も、最終的にはそこで見極められることになろう。その場合には、長期的にみて、同一レベルの受刑者に対する、条件を共通にしたもとでの、官による処遇と民による処遇との比較、競争と社会的な実績の科学的な検証が不可欠な作業になるであろう。



「劣化ウラン兵器使用の影響に関する決議」

国連第一委員会において賛成多数で採択

東京支部  伊 藤 和 子

 ニューヨークの国連本部で開催中の第62回国連総会第一委員会(軍縮・安全保障問題担当)において、11月1日午後5時近く(現地時間)、「劣化ウランを含む武器・砲弾の使用による影響に関する決議」が、賛成122票の圧倒的多数で可決された。

 日本政府も賛成票を投じたという。反対したのは、米国、英国、フランス、オランダ、イスラエル、チェコの6カ国のみで、35カ国が棄権。劣化ウラン兵器所有国を含むEU加盟国の対応が注目されたが、ヨーロッパの国としては、ドイツ、イタリア、オーストリア、スイス、アイルランド、リヒテンシュタインなどが賛成票を投じたという。ロシアは棄権し、中国は、投票の前に会議場を後にしたが、そのことを前もって、提案国サイド(キューバなど)に伝えて来ていたという。

 この決議は、(1)国連事務総長の名において、国連加盟国と国連関連機関に対し、劣化ウラン兵器の影響に関する意見の提出を求め、来年の国連総会でその報告を提出すること、そして、(2)来年の国連総会の正式な議題にDU兵器問題を含めることを要請するものである。また、前文では、国連憲章と国際人道法に基づき、「劣化ウラン兵器使用が人体や環境に及ぼす潜在的に有害な影響を考慮する」ことが明記されている。この決議は、10月17日、「非同盟運動諸国」(提案国:インドネシア)の名において、決議原案が提出された。原案では、使用のモラトリアム(一時停止)も含まれていたが、採択に向けた駆け引きの中で、最終的に今回は、「劣化ウラン兵器決議」が確実に採択されることを優先し、上記二項目にしぼった決議案として投票にかける道が選択されたという。投票前のスピーチで、アメリカは、「この問題については、すでに米国防総省やNATOなどにより報告がなされているが、人体や環境に有害な影響を及ぼすという証拠は見出されていないし、以前、提案された同種の決議案も否決されている」と主張したが、一方、賛成票を投じたアルゼンチンは、「国連として新たな調査機関を設置する必要性」を訴えるスピーチをしたそうである。

 劣化ウラン兵器関連の決議が国連第一委員会で可決されるのは、イラク戦争後初めてのことである。2001 年、2002年、イラクによって、DU兵器の影響・被害に関する調査の実施を求める決議案が提出されたが、最初は、第一委員会では可決されたものの、総会では否決され、翌年は、第一委員会で否決された。いままで、国際社会がやり過ごしてきた劣化ウラン問題を国際政治の舞台に正式にあげることの出来た貴重なステップということができ、今年の国連総会での決議の行方が期待される(以上の報告は、この問題に関わる複数の軍縮・平和NGOからの報告に依拠させていただいた)。

 一方、イラクでは、いまも罪もない子どもたちが、米軍が投下した劣化ウランの被害で静かに命を落とし続けている。私が関わっている日本イラク医療支援ネットワークでは、今年の夏、スタッフをイラクより招聘したが、彼が励まし続けてきた2人の女の子の白血病による死と、白血病の寛解あと一歩まで治療に励んできた男の子の父が空爆で死亡したという悲しいニュースをつたえられた。

 劣化ウランの使用禁止への国際世論を一層高めていくと同時に、いまも戦争の犠牲のなっている人たちを置き去りにしてはならない。彼らの命を救おうと毎日イラクで続けられている医療支援へのサポートをみなさまにお願いしたいと思う。

 日本イラク医療支援ネットワーク(構成団体、日本国際ボランティアセンター、劣化ウラン廃絶キャンペーンなど)の活動の詳細は、http://www.jim-net.net/contents.html

をご参照ください。



治安・監視強化と重罰化は安全・安心のために効果的なのか

安全・安心のための治安・監視強化と重罰化に賛成する多くの国民をどう説得するのか

千葉支部  守 川 幸 男

1.私の問題意識

 ―団総会議案書と日弁連人権大会宣言にも触れて

 本年一〇月一一日号で光文社新書の「犯罪不安社会 誰もが『不審者』?」を紹介し、副題として予告しておいたテーマである。今回、さらに副題をつけた。

 その後自由法曹団山口総会で発言し、一一月一日に浜松で行われた日弁連人権擁護大会シンポジウム第1分科会「市民の自由と安全を考えるー9・11以降の時代と監視社会ー」に参加したり、二日には「人権保障を通じて自由で安全な社会の実現を求める宣言」の賛成討論もしたので、これらを踏まえてあらためて問題提起しておく。

 ところで、団山口総会議案書の第1章「情勢と私たちの課題」は「明文改憲策動と憲法蹂躙」(第2項)、「構造改革と格差社会」(第3項)、「治安と司法」(第4項)の三本柱でまとめられている。正しい情勢分析だと思う。治安と司法を統一的に分析したことも新しい試みで賛成だ。

 また、治安・監視強化は、戦争政策や新自由主義思想に基づく構造改革路線の強行と格差社会の進行を含めて統一的に分析する必要のあることは、団総会議案議案書の分析のとおりだと思う。そして、そのもたらすものとして、人権侵害、民主主義破壊、プライバシー侵害などをきびしく批判する内容となっている。

 ただ、これらの問題、特に監視強化や重罰化の問題は、戦争の問題や新自由主義の問題と違って、犯罪予防の観点や犯罪被害者に対する配慮もあってか、団内でも意見が分かれたり自信のない分野になっていないであろうか。また、国民の理解と納得を得ることが最もむずかしい分野だと思う。これが二〇〇五年の山形五月集会の第3分科会「戦争と治安」参加前後からの私の問題意識である。

2.千葉県弁護士会主催の4・7市民集会での問題提起など

 団通信六月一一日号で紹介した、千葉県弁護士会主催で本年四月七日に行われた「監視社会と密告社会にレッドカード 共謀罪と弁護士の依頼者密告制度を考える市民集会」でも、ちらしの裏面でこの2つの法律案だけでなく、盗聴器、住基ネット、監視カメラ、Nシステム、匿名報道、犯罪匿名通報に謝礼、個人情報保護法などに触れた。

 大谷昭宏さんの講演や彼を含むパネルディスカッションでも、すべてではないが、これらに触れることができた。日弁連人権大会宣言も同じような問題意識である。

 ただ、千葉の集会のちらしの裏面で「監視カメラは犯罪防止に役立っているでしょう?とにかく犯罪から守ってほしい!人権も大事だけど、安心・安全が何よりね!」との素朴な疑問については、十分に深まらなかったように思う。人権擁護大会第1分科会の問題提起の中でも、「テロの未然防止や犯罪の防止は、最も基本的な人権の保障にかかわるものであり、このために他の自由や人権が制限されることはやむをえないことであるとする議論もあります。」とされていた。

 シンポジウムではかなり踏み込んだやりとりがあったが、人権大会宣言や団の議案書もこの点の分析が十分でない。安全・安心を自由や人権を対立させる考え方を含めて、私たちはよく議論して多くの国民の疑問に答え、説得する力を蓄える必要がある。

3.どう考えるのか

    ―― 私の問題提起

 五つの観点から問題提起したい。

 (1) テロと戦争の関係

 1)戦争でテロを根絶する、という考え方が、多くの罪もない人々を、意図的にせよ誤ってであるにせよ、殺している現状を認めるのかどうか。

 これらの犠牲の上に築かれた(まやかしの)安全・安心を享受したい、と言うのだろうか。

 2)戦争でテロをなくすことができるのか。テロをなくすにはどうすればよいのか。

 むしろ、テロリストが増え、テロと戦争の悪循環をもたらすなど、事態は逆の効果を生じている。

 無差別テロは憎むべき犯罪であるが、刑事的対応に加えて、テロの温床である貧困や社会的不公正の根絶こそテロをなくす道である。

 なお、侵略や抑圧に対する抵抗運動をテロと決めつけることは許されない。

 (3) 北朝鮮問題をどう考えるか

 3)北朝鮮に日本を攻撃する動機も能力もないのに、それをあおる政治的狙いを暴露する必要がある。

 4)北朝鮮の脅威を理由に圧力をかけたり、常に敵を作って軍事的対応しか考えないやり方は、日本をテロの標的にする危険を高める。それは北朝鮮の核の危険性より高いのではなかろうか。テロの標的になるという認識や覚悟はあるのだろうか。北朝鮮への核攻撃による日本への放射能被害と膨大な難民の流入も覚悟するのだろうか。

 5)北朝鮮制裁論者は、北朝鮮の核の脅威より地震列島日本での原発の危険の方が高いことをどう考えているのだろうか。

 (4) 重罰化に犯罪抑止効果はあるか

 6)凶悪事件や少年犯罪が統計的に減少傾向にあるのに、民主勢力も含めて国民の大多数が、治安が悪化している、凶悪犯罪が増えている、と不安を持っている現状を直視する。

 もっとも、罪種ごとに、発生件数、認知件数、その原因など、統計資料等のきめ細かい分析が必要である(私には手に負えないが)。

 なお、殺人事件などは減少しているとしても、すさんだ社会の反映もあり、キレる人の増加や小さなトラブル、暴行事件などは増加しているという分析もある。

 7)あわせて、犯罪の社会的要因まで掘り下げず、現象面ばかりに焦点を当てる傾向のマスコミの取り上げ方を批判していく。

 8)アメリカでも、統計的に見て厳罰化に犯罪抑止効果はない、と言われている。

 福祉予算の比率が低く、弱者を切り捨てる不寛容な社会ほど犯罪が多い。

 逆に北欧諸国では犯罪が少なく、刑務所人口も少ない。

 9)犯罪は憎むべきであるが、だからと言って犯罪を犯した人を攻撃し重罰化を叫ぶだけでは問題は解決せず、社会の矛盾や不公正を取り除くことや、少年と教育をめぐる環境を改善することが重要であって、これらの課題も社会変革の課題と結びついている。

 (5) 治安・監視社会と重罰化はこの国に何をもたらすのか

 10)相互不信社会、相互監視社会、弱者が弱者を攻撃し、異分子や社会的弱者を排除する社会が、真の安全・安心な社会なのだろうか。

 しかも、いつ自分が異分子とされたり社会的弱者になるかも知れない社会である。

 むしろこれらを通じて、国が着々と情報を蓄積するとともに、主権者国民の横の連帯が断ち切られる一方で、国民が監視、摘発する側に回って権力のお先棒をかつぐことになるのではないか。これは、上からの治安強化や弾圧を、下からの支持で支える構造である。

 11)監視・密告と重罰化、情報の権力への集中が何をもたらすのか。

 テロよりも犯罪よりも、国家権力が暴走し悪を行うことの被害こそケタ違いに甚大であり、小さな安全・安心すら吹き飛ばして、平和や自由、個人の尊厳が根こそぎ奪われる危険を訴える必要がある。

 (6) 憲法と法律家の役割

 12)主権者国民、住民の真の連帯の構築、崩壊した地域社会の再構築のために力を合わせよう。意見の異なる民主勢力や諸団体の接着剤としての弁護士の役割を果たそう。

 13)憲法は権力に対するしばりであり、だから我々法律家は、一見安全・安心のためだとされる諸方策が人権や民主主義を侵すことそのこと自体に敏感に反応して危険を感じ、国民に訴え続ける責務がある。

4.議論を巻き起こそう

 (1)憲法や民主主義擁護の課題は、かつてから団の得意分野であった。

 (2)新自由主義や構造改革、貧困と格差の問題も、最近取り組みが強化され、憲法などの課題との結びつきが強調されるようになってきた。

 (3)しかし、治安に関するこのような問題意識については、2年前の山形五月集会の第3分科会「戦争と治安」などで単発的に取り上げられたことはあっても、まだ多くの団員の議論の対象となっていない。弾圧問題も、これらのトータルな情勢分析の中で論じられることは多くなかった。今回の山口県・湯田温泉総会の第7章「治安警察」の項にも、このような観点はない。

 どう考えるのか、ぜひ団内で議論を巻き起こすべきだと考える。