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伊須 慎一郎 まやかしの派遣法改正案を許さない
〜新宿西口・派遣法抜本改正を求める街頭宣伝行動の報告〜
酒井 健雄
一一月一九日新宿駅西口街頭宣伝に参加して
毛利 正道 団総会全体会発言希望要旨
今こそ、市場原理・戦争政策への国民からの対案を
人間の尊厳踏みにじる、海外派兵・「ルールなき競争社会」から安心感ある、平和の共同体・「ルールある共同社会」へ
杉島 幸生 情けなかった人権委員会定期審査
〜人権委員会傍聴記
松島  暁 裁判員制度=正義の強制を支える論理と思想
― 団・福島総会の議論を聞いて
城塚 健之 ロースクールで教えてみて
鳴尾 節夫 **書 評**
平頂山事件訴訟弁護団編著
「平頂山事件とは何だったのか」
副題『裁判が紡いだ日本と中国の市民のきずな』高文研出版について
守川 幸男 **書 評**
宮田陸奥男団員著
「弁護士ムッチーの事件簿」



まやかしの派遣法改正案を許さない

〜新宿西口・派遣法抜本改正を求める街頭宣伝行動の報告〜

埼玉支部  伊 須 慎 一 郎

 二〇〇八年一一月一九日午後五時から午後七時までの二時間、新宿駅西口で、(1)政府の改正案の問題点を指摘しつつ、どうすれば労働者保護の観点から派遣法が抜本改正できるか、(2)大企業による大量の派遣・有期雇用切りを許すなという内容で宣伝行動を行いました。全労連からも参加者があり、弁護士、事務局を含めて総勢一八人が、寒風吹く中、元気にビラ配布、アンケート調査を行いました。

 結果としてビラの受け取りは約五〇〇部。こちらに歩み寄ってきてビラが欲しいという人もおり、派遣労働への関心が高いことがうかがわれました。新宿西口でのビラの受け取りとしては上々だという評価です。また、アンケートについても二七名もの人に協力してもらいました。一〇代、二〇代、三〇代が二七人のうち一七人もおり、二七人のうち二一人が非正規雇用か、無職という状態でした。

 派遣法を労働者保護法に抜本改正することに賛成が一六人、反対が一人、その他が一〇人で、派遣法抜本改正賛成が世論の大勢となっていることが明確になりました。(1)日雇い派遣の禁止、(2)登録型派遣の禁止、(3)均等待遇原則の導入、(4)みなし雇用制度の導入、(5)マージン率の上限規制の五点についても賛成が反対を大きく上回りました。人を物のように扱う派遣は許されない、派遣は全面禁止すべき、派遣の方が正社員より賃金が上であるべきだ、期間を超えて雇用=正社員だ、労働者を右から左で三割も取るのは詐欺だなど、もっともな意見が多数寄せられました。

 一方でアンケート協力者の中には日雇い派遣は浮浪者をなくすために必要でないかという意見などもあり、我々が派遣労働の問題点を分かりやすく、根気強く訴えていく必要があることを痛感しました。

 現在、大企業による大量の派遣・有期雇用切りの嵐が吹いていますが、血のかよった労働者を企業活動のための「安全弁」と称して露骨に使い捨てることは絶対に許されません。各団体と幅広く共闘しつつ、簡単に労働者を切り捨てることが許されない派遣法抜本改正実現のために取り組みをさらに強めましょう。



一一月一九日新宿駅西口街頭宣伝に参加して

東京支部  酒 井 健 雄

 一一月一九日午後五時から、労働問題委員会が新宿駅西口で行った『労働者派遣法の「まやかし改正」を許すな!宣伝・相談・アンケート活動』に参加しました。

 今秋一番の寒さの中、弁護士、全労連の方々、新六二期修習予定者など総勢一八名で、政府の派遣法改正案と自由法曹団の抜本改正案を対比するビラをまき、日雇い・登録型派遣の是非、マージン率など労働者派遣法の問題点を正面から問うアンケートを取り、さらに街宣カーの上で発言まですることになりました。

 発言に関しては、何を言ったかよく覚えていませんが(思い出したいとも思いませんが)、今年の春行ったときに比べると、発言に耳を傾けている人が大きく増えたように感じました。ビラの受け取りの反応も非常によく、アンケートの要請に対する反応も好意的でした。一九歳の若者が「アンケートを取っているんですか?協力しますよ」と自ら協力を申し出てくれたことは、とても嬉しい驚きでした。その方は労働者の側に立つ政治家になりたいそうで、その夢を必ず実現してほしいと思います。

 今春のアンケートのときは、経営者の立場から「ワーキングプアは努力が足りない」と断言する方もおられましたが、今回はマージン率の上限規制などに反対の正社員の方ですら、労災飛ばしや禁止業務への派遣、差別待遇などの問題点を指摘し、派遣労働が貧困問題の温床となっており、規制を強化する必要があると認めていました。また、人を商品として扱う「派遣」という働き方自体がおかしいのではないか、という声もありました。

 市民の間に「金持ちと大企業だけに都合がいい政治はおかしい」、「大企業はいままで派遣労働者を使ってさんざん儲けてきたくせに、都合が悪くなるとゴミのように使い捨てるのは許せない」「国や企業は最低賃金の引き上げや正社員化など、貧困問題を解決する責任がある」「正社員・派遣という雇い方が差別の理由になる現状はおかしい」という意識が高まっていると実感でき、その後の総括・交流会も楽しいものになりました。

 ただし、政府の派遣法改正案が派遣労働の問題点を解消すると勘違いしている方が、少なからず見られました。政府の派遣法改正案が改悪であること、労働者派遣法の抜本改正なくして貧困問題の解決はないことを、もっと多くの市民の方々にご理解いただき、その声を強めていく必要を感じました。

 次の街頭宣伝は、より多くの団員の方々にご参加いただき、さらにインパクトのある街頭宣伝になることを祈念いたします。なお、寒さ対策の重要性を痛感したことを付け加えます。



団総会全体会発言希望要旨

今こそ、市場原理・戦争政策への国民からの対案を

人間の尊厳踏みにじる、海外派兵・「ルールなき競争社会」から

安心感ある、平和の共同体・「ルールある共同社会」へ

長野県支部  毛 利 正 道

 
 アメリカは、ソ連崩壊後全世界に市場原理主義を貫徹させ、その障害となるものは武力を用いてたたきつぶす道を突き進んできたが、イラク・アフガニスタン戦争の失敗、米国発の世界的金融経済危機により、この米国発市場原理・戦争政策の破綻が明らかとなっている。では、どのような道があるのか、これは必ずしも明らかでなく、今のままでは、これまでの政策を巧妙に粉塗しつつ米国等多国籍企業の権益を追求する戦略が再編されていく危険がある。私たちは、国民にとって対決点が明らかになるよう、ここ日本を、国民を主権者とするにふさわしい存在にするための「国民からの対案」を分かりやすく呈示する責務がある。その対案は、ひと言で言えば「日本国憲法の花開く社会」ではあろうが、より具体的にはどのようなものであろうか。私は、今春五月集会以後、イラク派兵高裁違憲判決の原告兼弁護団として判決報告会で交流を重ねる一方、この九月には学力・福祉・企業国際競争力三点の総合力で世界TOPの位置にあるフィンランドを可能な限り深く視察してきたが、これらで得たものを生かしつつ、以下提起したい。

国民からの対案その一
東北アジアに平和の共同体を!

 九条世界会議は、日本で憲法九条を守りぬくことが世界史的意義を持つことを内外最大規模の参加者により確認できた点で大成功であったが、他方「九条を世界に広げる」ことの意味を掴む点では今後に課題を委ねた。戦力を持たない国がいずれも小規模の三〇未満の国々(その世界史的意義は軽視しないが)に過ぎず、世界の大半の国々が軍事力を保持している現状では、世界の軍事力一切を放棄することを直ちに求めることは現実的戦略とはならないのではないか。

 フィンランドは、長い国境で接するロシア・ソ連から、一〇〇年に及ぶ占領・独ソ秘密協定に基づく一九三九年の侵略戦争・戦後における幾多の内政干渉・最後はソ連崩壊による自国経済崩壊寸前の危機などひどい圧力を受け続けており、これに立ち向かって自国の独立を守るために、戦前は国挙げて戦って独立を守りぬき、戦後は中立政策を確立して必至の努力を尽くしてきた。とりわけ、東西が揃った一九七五年の全欧安全保障協力会議の開催とそこで相互不干渉・武力行使回避を定めたヘルシンキ協定締結への尽力は大きく、この姿勢が、インドネシア・アチェ和平協定などへの尽力が評価された元大統領のノーベル賞受賞に繋がっている。そして、この国は現在、常備軍三万人(日本の人口対比では七四万人)・戦時動員戦力三五万人(同八六〇万人)の軍事力を保持している。このような国をみて、世界の軍事力一切の放棄を直ちに求めることの非現実性を実感した。

 では、どのようにして戦争を防ぐか。フィンランドがヘルシンキ協定の締結に尽力したように、地域多国間不戦共同体を世界中につくり、紛争を対話と地域の民度の向上によって未然に防ぐことによって解決することである。軍事力の放棄には当面触れないまま(むろん、軍縮は大いにあり得るが)で自衛戦争をもなくすのである。アメリカの覇権主義に対抗するためにも地域共同体でまとまることが重要である。今世界は、ASEAN・上海協力機構・南アジア地域連合・EU・アフリカ連合・南米諸国連合など地域共同体でほとんど埋め尽くされているが、イスラエルを含む中東地域と共に、日本・韓国・北朝鮮・中国を含む北東アジアには地域共同体がない。日本に住む我々としては、まずは、平和のための北東アジア地域(のみの、若しくは他国を含む)共同体を結成する方向で尽力することが、「憲法九条を世界に広げる」ことである。東アジア共同体構想・北朝鮮六カ国協議の枠もあり、取っ掛かりとしては十分である。容易ではない事業ではあるが、ベトナム戦争当時から発足し、不信感満つる中で三〇年かけて不戦かつ思いやりある共同体に発展させてきたASEANをみると、「不信感に満つる関係」だからこそどうしても必要かつ実現可能な共同体である。

 この共同体は、流布される北朝鮮脅威論や食品汚染の不信感からも増幅される危険性がある中国脅威論などに惑わされることなく、世界史的意義を有する憲法九条を守りぬくためにも不可欠。この平和の北東アジア共同体建設は、自衛隊の海外派兵阻止との関係でも重要である。足元が安定して安心感を持てれば、国民として根拠なき共同体外への派兵にも消極的になるし、「米軍が北朝鮮や中国の脅威から日本を守ってくれているのだから、米国からの海外派兵の要求に応じざるを得ない」との海外派兵を肯定する理由を消し去る効果もある。自由法曹団の今回の総会議案書には、「北東アジアの平和的共存の道を研究・検討することは重大な課題である」とある。政府レベルの検討に入るには、民間レベルで大いに研究相互交流してその道を開けていくことが重要であり、団として、直ちに、この研究検討に着手することを求める。

国民からの対案その2
安心感ある「ルールある共同社会」を!

 米国発の新自由主義にまみれるここ日本では、ルールなき競争格差貧困社会が頂点

 近くにまで達して国民の生存権をひどく脅かすとともに、それが人間一人ひとりの繋がりを断ち切り多くの人びとを孤立分断状態にまで追い込んでいる。ここでは、人びとは自己責任論の下、不安に満ち、現在の或いは来たる破局の不安に駆られて生きており、人間の尊厳が無惨に奪われるケースが後を絶たない。他方で、一握りの大企業と大資産家は、彼らの横暴を規制するルールもないまま、金融経済危機を国民に犠牲を押しつける方向で乗り切ろうとしている。このようななか、教育改革が大人社会をも改革しつつあるフィンランドに学ぶところが大きい。

 高福祉を共通項とする北欧諸国のなかでのこの国の特色は、この高福祉社会を支える

 国民を教育によって生み出していることにある。日本の教育基本法にも学んで、一九六八年からグループ学習など共同を大切にしてすべての子どもの身に創造性と問題解決能力をつける教育改革に着手して、既に四〇年。改革初年に入学した子どもも今や四七才の働き盛りの年代。現在の高校生は、平日は友人と週末は家族とゆったりと過ごす生活の中で、異口同音に「かつての自分と比べることはあっても、他の人と比べる『競争』は良くない。一人ひとり違うのだから」と語り、そのような生活感・価値観を持った彼らが大人に巣立っていく。

 その大人の世界。人口二三万人のエスポー市での四二の民間高齢者団体の共同討議による高齢者施策の展開、全国精神保健協会での鬱病患者・元患者による新規鬱病患者への話しかけなど直接支援する「ペアサポート」の推進、経済分野での政官学業間及び企業相互間における対話的共同による抜群の競争力、そして労働組合での組織率七五%にのぼる固い団結や労業政三者会議の伸展などが今回のツアーで確認できた。また、この国には七―八万の民間非営利組織(NPO、NGO)があって、国民の五分の四が参加(その多くが複数に参加)しており、この傾向は年々増加していて過去一〇年間に二六〇〇〇の新しい組織が生まれているとのことである。さらに、消費税が二二%(食料品などは一七%)で、これとは別に所得税も高度の累進税率になっている。また、速度違反に対する罰金額も、高齢者グループホームの利用料金も、所得金額の○%と決められていて高額所得者の負担が高い。(消費税二二%であっても、私利私欲腐敗の少ない透明性高い統治システムの下で、自分たちが治めた税金が自分たちに還元されているとの実感があるため国民から抗議が出ないのだが)より重い負担を強いられている高額所得者からも大きな異議は出ていない。これは、彼ら高額所得者も、他の市民と同じ高福祉・教育を現に受けており、かつ、現在に至るまでの人生の中でこれを受けてきたとの実感から異議を述べないと言われてはいるが、それだけでは説明しにくいものがあり、共同の精神がここでも生きているように見える。

 このような支え合うフィンランド共同社会で、例えば非正規労働者はどのように扱われているのであろうか。日本で全労働者の二六%が非正規労働者であった二〇〇三年には、この国では僅か一一%であった。同じ年、非正規労働者の賃金が正規労働者の四八%であったが、この国ではなんと九二%であった。このようにこの国の賃金にほとんど格差がないのは、同一賃金同一賃金が法定されているからである。また、労働時間は週三八時間一五分で誰でもほとんど残業がないが、これに加え、雇用形態の如何を問わず、労働者になれば週休二日の他に四週間の夏期休暇と一週間の冬期休暇が有給休暇として付与され、これが一〇〇%取得されている。これは、経営者に有給休暇の完全履行が法律で義務づけられているとともに、職場に雇用契約や法律が履行されているか否かを点検する「リーダー」が必ず存在し機能していることと無関係ではあり得まい。

 また、一九九一年の最大の貿易相手国ソ連崩壊による国家的規模の金融経済危機の際に、全金融機関に対する公的資金による支援と金融機関の体質改善を思い切って進め(そのなかでも教育福祉分野の基本的水準は維持し続けた)、金融機関の収益力を著しく向上させた。なんとしても国民を守るとの姿勢が伝わってくるものであった。そのためもあってか、二〇〇八年九月からの国際金融経済危機においても、他のEU諸国で金融機関や基幹企業の破綻が表面化したり少なくとも一五カ国で公的資金導入などの国家的強制措置がなされようとしているが、今のところ(一〇月二二日現在)この国は安定している。

手近なところからも、共同社会構築の努力を

 このように、世界に六万人の従業員を抱える多国籍企業ノキアの存在を始め、れっきとした資本主義国のフィンランドで、「ルールある共同社会」が形成されている。そこには安心感が確かに分厚く存在している。このような大企業大資産家の横暴を許さない国民を守るルールある共同社会をここ日本でも築いていきたい。そのためには、それぞれが現在持っている課題に取り組む際に、テーマに掲げた内外二つの国民的対案を常に提示してゆくこと、並びにそのなかで或いは別異に、例え遠回りに見えても、腹蔵無く対話する三名以上による共同の人間関係を社会の隅々で再形成していくことが不可欠だと思われる。家庭で、団体内部で、仲間で、地域で、事業体の内外で・・・・。

 (なお、フィンランド視察ツアーの一六頁に及ぶ詳しい報告が、「弁護士 毛利正道のページ」に「一〇〇個の目で見たフィンランド」と題して掲載してあるので、ご覧いただきたい。そこでは、負の面にも言及している)



情けなかった人権委員会定期審査

〜人権委員会傍聴記

大阪支部  杉 島 幸 生

はじめに

 二〇〇八年一〇月一五日、一六日とジュネーブ(スイス)に行っていきました。国連人権理事会が実施した日本政府に対する国内人権状況についての審査を傍聴するためです。団が構成員となっている国連NGO(国際人権活動日本委員会)のメンバーとしての参加でした。この審査の結果だされた人権委員会の最終見解の意義についてはすでに四団体から声明がだされましたし(一一月五日のしんぶん赤旗でも報道されました)、団長である鈴木亜英団員から別途報告があるでしょうから、私はもっぱら傍聴しての感想的報告をしたいと思います。

国連ってすげ〜

 ジュネーブ駅を降りるとまったく日本とは違った風景が目にとびこんできます。駅前広場から市内のあちらこちらに向かう路面電車(市内はどこまでいっても一定料金)。そのうちに一つに乗って一五分ほど走ると国連の入口が見えてきます。とはいっても駅前になにか大きなビルがあるわけではなく、緑が広がる大きな公園のような敷地を五分ほど歩いていってようやく国連ビルが見えてきます。こせこせとした日本の役所とは大違い(なぜか敷地内をクジャクが歩いていました)。また、一歩、中に入ると本当にいろいろな国の人たちが行き交っています(国連だものあたりまえか)。普段、あまり大阪からでることのない私にとっては、見るもの聞くもの物珍しく、国連ってすげ〜、というのが第一印象でした(国連駅では、イラクから避難してきた人たち数十名が、「NOWAR」のプラカードを抱えてアピールをしていました。時間があればその人たちとも交流したかったのですが仕方ありません)。

ね、ねむい・・・

 日本からのNGOが沢山きたということで急遽、大会議室が用意されました。傍聴席だけでも一〇〇席以上はあるかと思います。会議室に入ると正面の議長席に議長がすわり、その横に国連大使と補佐役の政府役人が収まっています。そして、その前に各省庁(内閣府、警察庁、法務省、外務省、文部科学省、厚労省、国土交通省)から派遣された役人が数名ずつ(合計二〇名以上)の大代表団です。この政府代表団を左右から挟むように一四名の人権委員会の委員が座っています。

 まずは、議長が挨拶。議長は、大きな代表団を派遣した日本政府に感謝の意を表明するとともに、遠方からきた私たちNGOにも歓迎の言葉を掛けてくれました。国連がNGOを重要なパートナーと見ているということを実感します。

 議長の挨拶のあと日本政府からの報告が続きます。しかし、その内容のつまらないこと。人権委員会の質問書(リストオブイシュー)に対して、すでに政府が提出している回答をただ淡々と読み上げるだけ。その内容も日本にはこんな法律がある、政府はこんなプロジェクトを策定している、といった政府公報のようなものばかり。報告書を読み上げる大使も大変だったでしょうが、それを聞かされるこちらもたまったものじゃありません。重力に逆らってまぶたを開いているのも限界に近づいたころ、よううやく委員からの質問にバトンタッチ(残りの報告は翌日に持ち越し)。その間、約一時間四〇分。まじめに聞いていた自分をほめてあげたい気分です。

委員からの鋭い追及

 委員からの質問に移ると眠気はぶっとびました。最初の委員は、開口一番、「私たち聞きたいのは法律や制度の説明ではありません。具体的な人権状況を聞きたいのです」と日本政府の態度を批判。続く委員たちからも「日本の裁判官に対する人権規約についての教育はどうなっているのだ」、「日本女性の社会進出が遅れているのは、保育施設が足りなかったり、男性が長時間労働で家事責任を果たすことができないからではないのか」、「外国人研修生からパスポートや携帯電話を取り上げて働かさせているという事例は本当にあるのか」、「選挙の際に支援者にニュースを配って逮捕された人がいるそうだが、戸別訪問を禁止して、どうやってメッセージを伝えるのか。逮捕しなければらない理由がわからない」、「自白だけで有罪にしないというのなら、どうして自白をとることにこだわるのか」などなど、私たちをはじめとするNGOが提出したカウンターレポートに書いたことや委員に対する事前のオルグで話した内容が、次々と質問に取り入れられ、政府への追及の材料となっています。団の国際問題委員会のメンバーとしてカウンターレポート作成に携わった私ですが、正直、こんなもの作っても読みはしないだろうと思っていました。ところが、委員たちは、それを読み込み自分のものにしているのです。本当に驚きました。委員たちの情熱と努力には本当に頭が下がります。

 終始、日本政府に対する追及型の質問となっていましたが、事情をよく知る人に聞くと、外の国に対する審査の様子はこうしたものではないようです。本来、定期審査は、その国の人権状況について委員と代表団がフランクに話し合い、その改善の方向をさぐるというものなのだそうです。ところが、日本政府の態度があまりにかたくななので、委員のほうがしびれをきらしてこうした質問になっているのだということでした。そういえば、多くの委員が「今回は、建設的対話を期待します」と言っていましたが、それは日本政府に対する牽制だったのだとようやく理解できました。

本当に日本って国は・・・

 委員からの質問に対しての代表団からの再説明がまたまたひどいものでした。各関係官庁の担当者からの回答なのですが、これも用意した原稿を読み上げるだけで、想定外の質問については完全に無視を決め込んでいます。ひどいのになると、本当にパンフレットを読み上げているだけの担当者もいました。

 「ご質問の件につきましては、最高裁判決があり合憲と判断されております」(だからその判決を問題にしてるんだろ!)、「かかる規制は、日本国憲法が予定しております必要最小限のものとして合憲と考えております」(自由権規約違反じゃないのかって言われてんだよ!)、「委員のご指摘の点につきましては、わが国の特殊事情をご理解いただきたい・・・」(だからどんな特殊事情なのかって聞いてんだよ!)、「お手持ちの資料にもあるように・・・」(パンフレットを読み上げてどうすんだよ〜)。まさに官僚答弁のオンパレード(確かにみんな官僚なんだろうけど・・・)。それでもよくよく観察していると、人によってずいぶんと答え方が違うことがわかります。「これが俺の仕事だ!」という感じで自信を持って原稿を読み上げる「ザ・官僚」タイプもいれば、「どうして私がこんなこと言わされるのよ。早く帰りたいよ〜」という雰囲気がにじみ出ている人もいます。

 それにしても本当に日本って国は、情けないやら、腹がたつやら(思わず笑ってしまう回答もありましたけど)・・・

委員の失望とためいき

 時間ぎれまぎわになって委員からの再度の質問がありましたが、そのときある委員が「あなたたちの一人として、自由権規約について触れられた方がおられなかったことに悲しみを覚えます」と発言していたのがとても印象的でした。確かに自由権規約からみて日本の状況がどうなのかという観点からの発言をした日本政府代表は誰一人としていませんでした。

 また何人かの委員から「私たちは、前回も同じ質問をしました。次回も同じ質問をしなければならないのでしょうか」、「日本政府はなぜこの条約を締結したのでしょうか。自らが締結した条約を守ることも国際貢献ではないですか」、「報告書を読めばわかることを聞くためにこの時間があるのではありません。私たちは対話がしたかったのです」と日本政府の態度をたしなめるような発言もありました。

 最後に議長の発言で二日間の日程が終わったのですが、そのとき議長のまとめは「私たちは、大きなフラストレーションを感じています。それは、前回の勧告から重大な点で進展がなかったこと、建設的対話が充分になされなかったことです」と言うものでした。世界から日本がどのように見られているのかがよくわかります。

 今回、委員会からだされた最終意見は、日本国政府に対してかなり厳しい内容となっています。結果として改善が難しかったとしても、日本政府がもう少し誠実に対応していれば、これほど厳しい意見にはならなかったのではないでしょうか。政府の態度がいかに日本の信用を損なっているのか、本当に反省して欲しいものです。

おい、おい、おい

 翌日、私は、連れ合いと一緒にジュネーブから日本への帰途につきました。もちろんエコノミークラスです。ところが、私たちと同じ機のビジネスクラスに日本の官僚らしき一〇名ほどの集団がいました。飛行機を降りてからの移動バスのなかでの話を聞く限り、どうやらどこかの省のお役人のよう・・・もし、彼らが今回の審査のために派遣された人間だったとしたら、各省×一〇×ビジネスクラス×往復=?円のお金が費やされたことになります。大金をはたいて、世界に恥をさらけだしている日本って、本当に・・なんなんだろ?



裁判員制度=正義の強制を支える論理と思想

― 団・福島総会の議論を聞いて

東京支部  松 島   暁

1 裁判員制度をめぐる福島総会でのやりとりについて、裁判員制度推進派は、団が実施延期を決議しなかったことにホッと胸をなで下ろし、実施延期派も特別の動きを見せることなく、また、議案書についても、幹事長の「有権解釈」なる裏技を用いることなく、解釈の幅を持たせた状態で採択された。

 私は、総会前日のプレ企画・松川事件シンポジウムに参加したが、シンポは途中からは、裁判員制度の是非をめぐる討論集会の様相を呈した。そこでの議論を聞きながら、国民の「参加義務」について弁護士が選任されることがないこともあって、自分自身があまり考えてこなかった、あるいは軽視してきた事実に気付かされた。そのことは分散会でも発言させてもらった。本稿は、その分散会での発言とほぼ同趣旨のものである。本来であれば、もう少し考えを深めたり、いろいろな事実を調査したうえで文章にすべきなのであろうが、その余裕がないため、この程度で勘弁して頂きたい。

2 裁判員制度についての私の基本的考え方は、団通信一一二三号に「暗黒裁判に道を開く裁判員制度」という一文を投稿しており、そこでの基本的立場に変更を加える必要性を今も感じていない。今回問題としたいのは、裁判員に選ばれる国民の、その義務の問題である。

 裁判員については、国民に対し、裁判員への一般的な就任義務を課したうえで、無作為抽出された国民に具体的受諾義務を課する、あるいは、無作為抽出された国民を裁判所が裁判員に選任することとなる。つまり、法構造としては、一般的に就任義務・受諾義務をかぶせたうえで、一定の条件や事由が存在する場合に限り、その義務を免除する、部分的にその義務を解除するという仕組みになっている。

 問題は、国民に一般的に課される、この裁判員就任(受諾)義務というものは、何に由来するのか、このような一般的義務を課すことが許されるかである。

 私たちは、様々な義務を負いながら日々の生活を送っている。しかしその圧倒的多くは、自らの意思により生まれた義務である。自らの積極的行為や自己決断に基づかない一般的義務なるものは、極めて例外的なケースであろう。

 ある日突然、裁判員(候補)に選ばれたという通知が来て、呼び出しに応ぜず出頭しないと一〇万円以下の過料、裁判員になることを回避しようと質問票に適当な理由を書いて回答すると三〇万円の過料、選任手続での質問に対して虚偽の陳述をすると五〇万円の罰金、さらには、うっかり評議の秘密を漏らそうものなら、六月の懲役や五〇万円の罰金が待っている。そのような制裁をともなう、裁判員に就任を強制しようというのである。

 陪審制を採るアメリカの場合、当然ながら国民に陪審員たることを受任する義務があるのであろう。しかし、アメリカの場合、陪審制度が憲法上に組み込まれている。アメリカ合衆国憲法第三条第二節(三)は、「すべての犯罪の裁判は陪審によって行われるものとする」と定め、修正第六条は、「被告人は・・・・公平な陪審によって行われる、迅速な公開裁判を受け、また公訴事実の性質と原因とについて告知を受ける権利を有する」と、陪審裁判を受ける権利を憲法上で保障している。陪審裁判を受ける権利の反面として、国民の陪審員たる義務を当然に想定していると考えられる。しかし、わが憲法には、陪審員や裁判員の就任を義務付ける規定は見あたらない。

 憲法上の根拠もなしに、国民一般に罰金・過料で威嚇しつつ義務を課し、一定の条件を充足する場合に限り、例外的にその義務を解除するという制度が、裁判員制度以外にあるのか。確かに、検察審査会制度は存在する。しかし、その影響力の大きさや制裁の程度(過料の金額は一万円以下)を考えると同様には論じられない。

 尚、同法は一条において、「公訴権の実行に関し民意を反映せしめてその適正を図るため」と「民意反映」制度であることを明示しており、「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上」とする(一条)裁判員制度とは、明確に一線を画している。

3 もちろん憲法に規定がないから一切駄目だと言うつもりはない。法律で一定の義務を課すことまで一律に否定しようと主張するものではない。ただ、その場合は、あくまでも例外なのであるから、その制度設計、実施にあたっては慎重でなければならず、義務を課される者に対する最大限の配慮が必要だと考える。

 私は、動機の「純」「不純」を問わず、「裁判員になりたくない」という国民意識に対しては「謙虚」でなければならないと考える。

 「裁判員などという面倒なことに関わり合いたくない」「仕事を休んでまで裁判員とはなりたくない」「自分は他人を裁く資格はない」「国家機関の一部となって刑罰を加えるつもりはない」「他人を裁くなどは、自分の思想や良心に反する」等々の心情や気分、信念や思想というものは、裁判員制度の前に膝を屈しなければならないものなのであろうか。少なくとも自由法曹団員は、このような声に真摯に向き合うべきであろう。

 「関わり合いたくない」という心情であっても、やはり私は、尊重されるべきだと思う。裁判員裁判という民主的制度を実現し維持するには、そのような「事なかれ主義」ではイカンのだとの意見もあるだろう。しかし、民衆自身が同じ民衆を裁判手続を通じて「裁く」伝統や経験のない民衆にとって、自分たちが「裁き合う」ことに関わり合いたくないという「気持ち・心情・声」は、正しく評価されるべきであるし、擁護されるべきだと思う。

 裁判員選任や就任にともなう義務、数十万円単位での過料や罰金、さらには懲役刑の危険にさらされる者の「面倒だ」との声は、事の本質や制度のいかがわしさを敏感に感じとった結果だとも言えるのである。その民衆の声を、誠実に聴き取り、その中に潜む真実をくみとり、それを法的な主張として理論化することこそ、自由法曹団員に求められていると思う。

4 裁判員制度を積極的に推進する人々からは、国民の声を裁判に反映する民主的制度なのだから(立法当局者の言い方からは、司法がより強固な国民的基盤を得るという重要な意義を有する制度なのだから)、裁判員を法律上強制しても許されるという見解がある(思想良心に基づく辞退を認めない立場は、このような判断に帰着する)。裁判員制度が民主的制度などでないことは、先の団通信で明らかにしているので、ここでは再論しない。仮に、裁判員制度が民主的な制度だとしても、2つの点から疑問がある。

 第一は、民主主義を、あるいは民主的制度を、過料罰金等の制裁をもって強制することの問題性であり、民主主義を支える選挙、選挙権行使については、これを行使しないからといって過料や罰金に処せられることはない。民主主義こそは、国民の自発性に支えられているし、支えられなければならないのである。

 第二は、より根源的問題として、理念の崇高さや目的の正しさを確信する人々が陥りやすい陥穽であり、正義の実現のためには多少の犠牲もやむをえないとする傾向である。その一つの現れは、ロシア革命の世界への輸出を主張したトロツキー、トロツキストの変節したアメリカのネオコン、そして、ネオコンに支配されたブッシュ政権により引き起こされたイラク侵略である。アメリカの民主主義は正義なり。フセインのイラクは邪悪なり。正義が邪悪を武力をもって制圧・変革することは正当であり、イラクの民衆の幸福にもつながる。正義の強制が人々をいかに苦しめているかの好例である。啓蒙の強制は人々を幸せにはしないのである。

5 改めて問いたい。自由法曹団員は、「自分は国家権力の一部となって他人を裁きたくない」「他人を裁くことは自分の思想良心に反する」という人に対し、それでも「裁判員になりなさい」と言うのか、言うべきなのかを。出来るだけ「辞退事由」に該当する事情を見つけ、就任回避のアドバイスをするというのも現実的な方法かもしれない。一つの「処世の術」としては許されるだろうし、私も現実の相談の場ではそう答えることになるかもしれない。

 しかし、その場合であっても「自分は国家権力の一部となって他人を裁きたくない」「他人を裁くことは自分の思想良心に反する」という心情や信念は正当であり護られるべきだと確信に支えられたものであるべきであろう。



ロースクールで教えてみて

大阪支部  城 塚 健 之

ロースクールの非常勤講師に!?

 二〇〇八年四月から九月まで、某ロースクールの非常勤講師として「労働法演習」という科目を担当した。知己の団員から頼まれて、断り切れず、「知らない世界をのぞいてみるのもいいかも」と引き受けてみたものである。

 ロースクールについて、受験技術に偏らない教育、実務との架け橋をはかる、などという理念が語られてきたが、現実との間にはかなりのギャップがあること、また、当初はロースクール修了者の七〜八割が新司法試験に合格できるというふれこみであったが、ロースクールをあたかもブランドのように考えた各地の大学が雨後の筍のように乱立させた結果、全国で七四校もできて完全な供給過剰となり、新司法試験の合格率も三〜四割と低迷して、今頃になって「話が違う」と憤っている人もいることなどはご承知の通り。

 さらには、経済法則を無視した増員策ゆえに「弁護士になっても就職できない」、「食えない」状況が広く知られてきたこともあって、いくつかのロースクールでは定員割れという事態にまでなっている。こうなると質が低下するのは必然だろう。

 こうした状況を批判的に見ていたものであるから、そんな私にお鉢が回ってくるとは思っていなかった。

 ところで、かつては、労働法なんて人気がないと聞いていたが、ロースクールではすっかり様変わりして、人気科目になっているそうである。これは、新司法試験の採点が甘くて受験に有利だからとも言われているが(本当かどうか知らないが)、個別労使紛争が増えて事件数が増えているので弁護士激増時代を生きていく上で飯の種になるから、という発想もあるような気がする。

何を教えるか

 私の担当した授業は、労働者側・使用者側それぞれの立場の弁護士が隔週で担当するというものだった(もちろん私は労働者側)。しかし、そのたいへんなことといったら、もう一言では言い表せない。まず、事前に、教科書と多くの判例と関連文献を読み込み、適切な事案を選択して事例問題を作成しなければならない。学生たちの便宜のために論点表なども作る。授業終了後も質問者の列ができて、なかなか帰してくれない。そして、学生たちに答案を書かせて採点するのの時間のかかること。これで月給二万円弱。時給換算すればスーパーのレジのバイトと変わらない。もっとも、非常勤講師というのはだいたいどこでもそうである。労働社会を底辺で支えているパートや非常勤職員のみなさんの悲哀の一端をはからずも実感することになった。

 もちろん私は、教育者としての訓練を受けたわけではないから、自我流であることは否めない(これは私だけでなく、ロースクールのほとんどの教員について言えることだが)。それでも、予備校ではないのだから、一体何のために労働法があるのか、何のためにこれを学ぶのかを考えてほしいと思った。そこで、ワーキングプアや「名ばかり管理職」問題に立ち向かう首都圏青年ユニオンや若手弁護士の活動を紹介した新聞記事を配るなどの工夫もしてみた。でも、それが学生たちに伝わったかどうか…。「外車一台分」と言われる学費を払っている(親が払っていることが多いだろうが、多額の借金をしている苦学生もいる)彼らにしてみれば、とにかく目の前の新司法試験に受かるかどうかが最大の関心事だからである。

 しかし期末試験結果はひどかった。もちろん一部には抜群にできる学生もいるのだが、国語力や論理力からして問題のある答案があまりにも多いのである。これは本を読まなかったり、数学などをきちんと勉強していないからではないだろうか。ちなみに私の担当したロースクールは、全国では中の上と言われているところだが、それでこうなのだ。これは講師の責任の範囲外の問題である。

 去る九月一一日、法務省は二〇〇八年の新司法試験結果を発表した。これによると、今年の受験者六二六一人のうち合格者は二〇六五人、合格率は昨年比七・二ポント減の三二・九八%だったそうだ。これは、ロースクールを修了して司法試験を受験した者のうち、(「国策」にしたがって合格レベルを下げているにもかかわらず)水準に達した者が三人に一人しかいなかったということである。実際に教壇に立った者の実感からは、「そりゃそうだろう」という感じだが。

「法律家」を育てるということ

 団員ならずとも、「法律家」というためには、豊かな人権感覚、正義を大切に思う心、バランス感覚、そしてこの社会の行く末を見通すだけの見識が求められる。特に、弁護士は「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する」(弁護士法一条)という使命を担ってはじめて弁護士なのだ。単に道具として法律を振り回すだけの者は「法律家」とは言えない。それはせいぜい「法律屋」だろう。

 かつて、アメリカの連邦最高裁のホームズ判事は、「もし君たちが弁護士として悔いのない仕事をしたいのなら、君たちはその時代の苦悩の中に身を置かなければならない」という言葉を遺された。そういう魂をもった弁護士が増えてこそ、弁護士の数を増やす意味がある。

 まじめに「法律家」を育てようというのであれば、仮に今後もロースクールを存置するとしても(この前提が本当に正しいかは疑問がある)、非常勤講師を安くこき使うという発想も改めてもらわなければ困るが、何よりも対象たる学生の数と質が問題となる。敷居を下げたらレベルが下がって責任が持てなくなるのは当然。教える側が責任を持てる範囲、ロースクール教育を十分咀嚼できるだけの能力を備えている範囲の学生数に絞るべきである。

 毎年の司法試験合格者の適正数について、二〇〇八年五月に実施された大阪弁護士会の会員に対するアンケートでは、回答数一〇一七のうち、一〇〇〇人とするものが三四一、一五〇〇人とするものが三六九で、その他、五〇〇人説、八〇〇人説を含めると、一五〇〇人以下とする回答が八六%を占めた。これは多数の弁護士の実感に基づくものであり、もっとも現実に即した数字といえる。このまま増員が進めばタクシー業界と同じことになることがみんな分かっているのである。合格者適正数を一〇〇〇〜一五〇〇人とすると、修了者の七〜八割合格を前提とすれば、その定員は一二〇〇からせいぜい二〇〇〇人程度となる。現在の定員約五八〇〇人はただちに三分の一以下に削減すべきということである(すでに過去の滞留者がいるから実はそれでも追いつかないが)。なるほど、この範囲であれば、仮にロースクール制度を維持するとしても、教える側の体制も学生の質も確保できるかもしれない。

 もっとも私はロースクールよりも、司法試験合格後の司法修習を、国の費用をかけて充実させたほうがずっといいと思っている。実務修習指導担当をしていてつくづくそう思う。新司法修習は、前期修習をなくしたのが致命的であるが(これからは同期の連帯感などというのもなくなるだろう)、これに加えて、個人的な信頼関係を構築しながら育てる実務修習の期間が短すぎる。給費制廃止なんてとんでもない話で、本当はここに思い切った国費を投入すべきなのだ。「時代の苦悩」を引き受ける「法律家」を育てるためなら、安いものである。そういう手当を一切考えない自己責任・市場淘汰一点張りの規制改革会議いいなりの「弁護士粗製濫造」路線は天下の愚策であった。

 こういうとすぐに、現在の情勢では現実的でないと言われるだろうが、「現実的な対応」を重ねてずるずると今日の事態に至ったのである。でたらめな増員の被害を最小限に食い止めるためには、早急に減員に方向転換すべきである。そのためにはロースクールの定員も大幅に削減し、「時代の苦悩」を引き受ける資質と能力をもった学生にきちんとした教育ができる条件を整備する、などの根本的な改善が必要である。そうしないと、「法律家」に未来はないと思う。



**書 評**

平頂山事件訴訟弁護団編著

「平頂山事件とは何だったのか」

副題『裁判が紡いだ日本と中国の市民のきずな』

高文研出版について

東京支部  鳴 尾 節 夫

 事務所の同僚の大江京子団員らが著した標記の本を一読して、これは文句なく素晴らしい本だと感服したので、広く団員諸兄姉にご購読願いたく、以下一文を投稿した次第です。

1 平頂山事件は、一九三二年九月一六日、中国遼寧省、露天掘りで有名な撫順炭鉱(現在は採掘されていない)近くの平頂山において、その村が抗日義勇軍に通じていたとして、三〇〇〇人以上の村民が日本軍の銃弾と銃剣によって虐殺され、村ごと焼き払われた事件である。本書はこの事件の生存者によって起こされた裁判の弁護団が、その一部始終をまとめた記録である。平頂山事件訴訟は、事件から六四年後の一九九六年八月一四日、東京地裁に提訴された。原告は、奇跡的に生き延びた当時(以下同じ)四歳(方さん)、七歳(莫さん)、九歳(楊さん)の三人の幸存者(何と深い意味が込められた中国語であろうか。一九七〇年ごろには実は生存者はまだ三〇人以上いたとのことである)である。  

 平頂山事件訴訟の関連年表は、本書末尾にまとめられているが、事件が起きた一九三二年は、その三月一日に日本の傀儡国家「満州国」が建国されている。国内的には、井上日召の指導の下に宮中、政界、財界の要人への「一人一殺」を唱えた血盟団により、二月九日前蔵相井上準之助、三月五日三井財閥の大番頭「三井合名会社理事長」団琢磨が暗殺され、さらに五・一五事件が起きて時の総理大臣犬養毅らが惨殺された年であって、日本の軍国主義が強まり国内騒然とした雰囲気の中、対外的には一月一八日に田中隆吉ら陸軍により第一次上海事変が勃発、中国への侵略が着々と進められていた。

2 本書の第一章(平頂山事件とはなにか)は、そうした国内、国際情勢のもとに、平頂山事件が起きたことを簡潔に述べ、第二章(平頂山事件を生きのびた人々)では、平頂山事件を生きのびた原告らからの聞き取りと入手しうる限りのすべての資料(弁護団がどれほどの努力をなしたかは、本書を読んでもらうしかない)をもとに、この事件が具体的に再現されている。その余りにも生々しい記述に、評者の妻などは、読み進めるのが苦痛であったとの感想を漏らしている。七〇年以上も前の国家的な犯罪を法廷で生き生きと再現させる、そのことによって、裁判官に被害者である中国の人々の痛みを心に感じてもらい、国の責任を何としても認めさせようという、弁護団の気迫がひしひしと伝わってくる内容である。

3 しかし本書の最大の魅力は、何といっても第三章(手探りで始めた裁判―「国家無答責」の壁に挑む)と第四章(信頼と和解―裁判が結びつけた人々の絆)である。

 その魅力はまず、若き弁護団(中心メンバー七人のうち、三人は提訴した一九九六年四月に、また一人は翌年一九九七年四月に弁護士になったばかりであり、いずれも修習中にいわゆる戦後補償問題に出会い、それをライフワークと考えている)が、弁護士としての情熱を傾けて、「国家無答責」の法理と除斥期間の壁に果敢に挑む姿が鮮やかに且つリアルに描かれている点である。

 さらに、最初は半信半疑であった原告ら(むしろ肉親を虐殺した加害者である日本人を深く恨んでいた)が、この若き弁護団の裁判に打ち込む献身的な姿に接して、徐々に心を開いていく過程がつぶさに展開されていることである。

 原告の一人、莫徳勝さんは、一九九七年三月一二日初来日するが、その時の心情を、四年九ヵ月後の二〇〇一年一二月一九日東京地裁で行われた原告本人尋問の準備の中で、次のように述べたとのことである。「一九九七年三月一二日、初めて日本に来たとき、気にかかることが二つありました。ひとつは、日本政府が私の訴えに不満の意を示すのではないだろうか。私は拘束されるのではないか。ふたつは、日本兵が中国人民を虐殺した犯罪行為を私が暴けば、日本人民は嫌がるのではないだろうか。日本国民の憤激を買い、右翼が自分の命を狙うことも覚悟していました。」

 先の年表によれば、原告三人が来日したのは、原告団長格の莫さんが三回、楊さんが四回、方さんが二回、平頂山事件弁護団独自(因みに中国人戦争被害賠償請求事件全体弁護団がある)の訪中が一七回にも及び、原告らの来日旅費、滞在費、通訳その他の諸経費はすべて多くの市民たちによるカンパによって賄い、弁護団の調査などのための訪中諸経費はおそらくすべて弁護士自身の自己負担であったに違いない。通訳などもボランティアであったろうし、原告らによる国内での証言集会などの諸経費(通訳も含む)もカンパによるものであったろう。

 本書は、一〇年に及ぶこうした献身的な努力(多くの市民たちや学者らのそれも含め)が、東京地裁(二〇〇二年六月二八日判決)、東京高裁(二〇〇六年五月一三日判決)、最高裁(二〇〇六年五月一六日決定)すべて敗訴に終わったにもかかわらず、原告らの長年に亘る「日本人への恨みを氷解させる」力になったことを十分に物語っている。

4 それにしても日本の司法が、未だに戦前の明治憲法下での「国家無答責」の法理に縛られている現実と、裁判官の古色蒼然たる人権感覚(無感覚)に驚くほかない。二〇〇五年五月一三日に東京高裁第一〇民事部が原告敗訴の判決を下したが、その夜の夕食会で原告の楊さんに対して、大江京子団員が「弁護団の力が及ばず、残念な結果となり、本当に申し訳ないと思う」と述べ、思わず落涙した。それは「九年間の努力が報われなかったことに対する絶望感、判断を回避して逃げた裁判所に対する怒り、自分たちの努力がまだ足りなかったことに対する悔しさが頭の中をかけめぐり、そしてなにより昨日あれほど落ち込んでいたにもかかわらず、この日一日気丈に振舞った楊さんの心情を思っての涙であった」が、しかし、こうした人間的な触れ合いこそが、原告らの心の奥に響いたことであったろう。

5 弁護団によれば、この裁判はこれで終結したのではない。原告らは、平頂山事件の解決として、次の要求事項を掲げている。

 日本政府は、

 1 平頂山事件の事実と責任を認め、幸存者及びその遺族に対して、公式に謝罪を行うこと。

 2 謝罪の証として、

 (1)日本政府の費用で、謝罪の碑を建てること。

 (2)日本政府の費用で、平頂山事件被害者の供養にための陵苑  を設置、整備すること。

 3 平頂山事件の悲劇を再び繰り返さないために、事実を究明しその教訓を後世に伝えること。

 この要求事項には、被害者個人に対する賠償は含まれていない。東京高裁の判決が出る前に、弁護団が訪中して原告ら一人一人に確認したという。弁護団は、日中両国民が、「平和を希求する」(日本国憲法前文)心を通じ合わせ、信頼関係の輪をさらに大きく広げること、その努力の継続を誓っている。

最後に、本書は随所に弁護団の暖かな人柄と細やかな心配りを感じさせる。自慢話の類もない。それも感動を覚える点である。

(なお、本書についてのお問い合わせは、以下にお願いします。

 〒一三〇―〇〇二二
  東京都墨田区江東橋三ー九ー七 国宝ビル六階
  東京東部法律事務所 弁護士 大江京子宛
  電話〇三(三六三四)五三一一  FAX〇三(三六三四)五三一五



**書 評**

宮田陸奥男団員著

「弁護士ムッチーの事件簿」

千葉支部  守 川 幸 男

1 副題は「街ベンが歩んだ三〇年」。今年の団福島総会の開始直前に、たまたま同席した昼食の席でいただいた。詳しいことは愛知支部の松本篤周団員が一〇月二一日号(一二八八号)で書いているので、私は、書評というほどのものではなく、感想的に紹介したい。

2 素朴な人柄をそのまま絵にしたような表紙のイラストは松本団員の紹介するとおりであり、さらに、むずかしい事件の相談を受けたときの著者の志の高さや、全編を通じての弁護士魂、団員魂を感じた。

3 本書は、第一章「事件をめぐる人間模様」、第二章「くらしの中の事件簿」、第三章「生活をかけた労働者のたたかい」、第四章「交通事故・公害事件」、第五章「刑事事件の弁護」、第六章「弾圧とのたたかい」、第七章「五〇年の沈黙を破って―朝鮮女子勤労挺身隊事件」からなる。二五一ページ、二〇〇〇円だ。いわゆる一般民事事件の取り組みの中にも、団員らしい取り組みが求められることを教えてくれる。

4 かつて、平山知子団員が「私の事件簿」を出版したが、こういう本を出版できるのはうらやましい。

 しかし、今から書こうとしても、何十年前の事件を含めてまとめるのはもう手遅れだし、私の場合、失敗談や恥をかいたことも多いような気がする。宮田さんはその都度事務所の友の会会報に連載してきたからできたのだろう。

 そこで私ができることは、若い弁護士や修習生たちに本書をすすめることだろうか。