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吉原  稔 一五〇〇万のワーキングプアがいるのに
行政委員の「ノンワーキングリッチ」が税金を食っている
 ―県の行政委員の報酬の月額制は違法との判決―
大久保 賢一 「九条があるから入った自衛隊」
笹本  潤 国際民主法律家協会(IADL)ハノイ大会へのお誘い
後藤 富士子 狂気(凶器)の人身保護法
−子の「身柄」争奪紛争の「実務」
中島 晃 「坂の上の雲」のテレビドラマ化を懸念する
労働問題委員会 二・一四シンポジウム「『非正規切り』とたたかう!」参加のお願い
大量解雇阻止対策本部 大企業の大量解雇阻止のため
第一回全国会議への参加のお願い



一五〇〇万のワーキングプアがいるのに

行政委員の「ノンワーキングリッチ」が税金を食っている

 ―県の行政委員の報酬の月額制は違法との判決―

滋賀支部  吉 原   稔

 一月二二日、大津地裁(石原稚也裁判長)は、滋賀県の行政委員(労働委員、収用委員、選挙管理委員)の報酬の月額制を違法として支出差し止めを命じた。

 これは、全国に一五〇〇万人のワーキングプアがいる中で、月に一、二回、半日しか出勤しないで、月二〇万円も公金をもらう「ノンワーキングリッチ」がいる実態を明らかにしたもので、是正すれば、全国の地方自治体で約一〇〇億円の経費削減になるものである。全国のすべての自治体が、この判決の確定を待たずに条例を是正し、日額制にして、違法で無駄な支出をやめるべきである。

 ヘーゲルのいう「ミネルヴァのフクロウは夕暮れに飛び立つ」の感はあるが、昭和三一年の法改正による条例制定以来五三年、全国で誰一人気付かず、学説、判例、論文もなかった条例の違法性に気づいて、自分が原告になって滋賀から全国に発信したオンブズマン訴訟であることを誇りに思う。

 県には、行政委員(労働委員(一五人)、選挙管理委員(四人)、収用委員(七人)、教育委員(五人)、人事委員(三人)、公安委員(三人)、監査委員(四人)、合計四一人の行政委員)がいる(教育委員以外は準司法機関)。これらは非常勤特別職である。

 これらの委員の報酬は、滋賀県特別職の職員の給与等に関する条例によって、月額制で決められている(全国どこの都道府県、市町村も同じ)。

 これらの委員は、労働委員(月二回午後)、収用委員(月二回午後)、選挙管理委員(月一回午後)の定例会に出席するだけなのに、月額二〇〜二二万円の報酬をもらっている。しかも、係属する案件、準司法機関としては、労働委員は年平均、不当労働行為は一・九件、収用委員は年平均一・六件、選挙管理委員はほとんどない。

 これらの委員はさぼっている。労働委員の出席率は八五%、連合出身の労働者委員の出席率が特に悪い。

 いつも一五人中三人が欠席している。本職を持っているので出席率が悪い。弁護士、労組役員、県議OB、経営者の「ジッツ」(縄張り)である。まさしく本職を持ったままの「天すべり」である。

 準司法機関に高額の月給を保証しているのは、その独立性、中立性を保つためでなく、「甘い椅子」を与えて県に有利な判定をさせる御用委員会とさせるためである。

 この条例は、地方自治法二〇三条の二項但書によっている。

二〇三条二項本文は、行政委員等非常勤特別職は、勤務日数に応じてこれを支給するとし、但書で条例で特別の定めをすることができる、としている(昭和三一年の地方自治法の改正)。

 この条例は違法である。

 この条例の特別の定めは、非常勤特別職でも常勤に近い勤務をしている人がある場合、そのために特別の定めをできるとしたのであるが、非常勤のものを月額制にしてもよいとは規定していない。この条例は、法律が非常勤の特別職は日額制とするとの二〇三条二項の本文の規定、及び、法令の範囲内で条例を制定することができるとの憲法九四条の規定に違反する。従って、給与は条例によって決めることとの給与条例主義に違反し、違法な支出負担行為であるから、支出差し止めを求めた。ちなみに、国の行政委員(選挙管理委員、中央労働委員)等は、日額三七、九〇〇円以内で各庁の長が決め、日額制である。逆転現象が定着している。

 いかに無駄な支出であるか。労働委員報酬は合計年三六七九万円、不当労働行為事件年平均二件として、一件当たり四五六万円を使っている。

 年二四回の会議、年報酬額二二四万四〇〇〇円、一回あたり一〇万一〇〇〇円の報酬。半日なので、会議一回二〇万二〇〇〇円。

 まさしく、「一年を一〇日で暮らすいい男」ならぬ「月二回半日で二〇万二〇〇〇円をもらういい身分」である。

 和歌山なんかはもっとひどくて、一〇年間年一件、委員の総数一五人で月給二〇万円、専従事務局が九人もいる。

 収用委員は月二回、午後半日で二〇万円の月給。

 選挙管理委員は委員総数四人、月一回午後で二〇万円の月給。

 県会議員OB三人、弁護士一人の指定席である。

 この裁判で条例の違法性が認められたら、全国の都道府県、政令指定都市、市町村の条例が一勢に変わる。

 三委員会を一日一万四七〇〇円(収用委員の予備委員の日当)にすれば、月給総額年六四〇三万円が九一四万円となり、五五〇〇万円の減縮になる。

 教育委員(五人、定例委員会月一回(木)午後)、人事委員(三人、定例会なし、案件ごとに)、公安委員(三人、月一回(木)午後)、では一一人になり、これを含めると七一三五万円の減縮になる。全国都道府県では、約五〇億円になる。市町村を含めれば、一〇〇億円以上になるだろう。

 全国で労働者の三〇%、地方公務員の一七%が非正規雇用であり、一ヶ月一二〜一三万円の給与で雇われている「ワーキングプア」がいるのに、月一〜二回の半日勤務で二〇万円ももらう「うまい職業」「ノンワーキングリッチ」がある。本物の司法機関の裁判官は、一人三〇〇件の事件を低賃金で処理している。こんなことでいいのか。「連合」「弁護士」「県会議員OB」「経営者」と県との癒着がもたらしたもの。給与の面でのバラマキ型公金支出である。

一〇 全国の地方自治体が、昭和三一年法改正による「条例で決める」との規定に飛びついて「換骨奪胎」し、本文と似ても似つかぬ「鬼っ子」を産んだのである。

 私は、二一年間(六期)滋賀県会議員をしていたが、この間、二五回条例が改正され、(値上げ)、収用委員の日額制から月額制への改正がされたが、この条例の違法性に気付かず、全部賛成してきた。慙愧に堪えない次第である。このことの反省を踏まえて、本件訴訟を提起したものである。

一一 この裁判の特徴

(1)この訴訟を思いついたのは、@嘉田県政の下でも全労連推薦の委員を選任しなかったので、連合の「労働貴族」の兵糧を絶つことが最も有効であること、A新聞記者に「労働委員は年一件で一五人の委員がやって月二〇万円」といったところ、記事にするきっかけがほしいというので、それなら監査請求をしようとして、条例の違法性に気づいたこと、B自民党政務調査会、司法制度調査会、平成一九年三月二〇日の報告で「全国で事件が少ないのに多額の報酬をもらう行政委員(準司法機関)のありかたは費用対効果の点から、納税者の納得が得られない」としていること。この指摘に触発された。

(2)提訴(平成一九年一一月二二日)から一三ヶ月での証人調べなしのスピード省エネ判決

一二 本件訴訟によって、条例が改定されることによる県の予算の節約額が一億円になるのなら、自分が原告にならず、妻を原告にしていたら、多額の弁護士報酬を県に請求できたのにと後悔している。

一三 以上は、一二項以外は、準備書面を要約したものである。

なお、判決後、石川元也団員から「御用委員会」という用語と「費用弁償」との併給を追求してはとの御教示をいただいた。本訴の対象とならなかった他の委員会を含めて、「条例を改正せよ」との、知事と議会に対する第二次提訴を考えている。

一四 私が先鞭をつけたので、全国で同様の訴訟を提起していただきたい。

資料はメールで送付します。



「九条があるから入った自衛隊」

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 先日、一〇年以上前に、自己破産手続きを取った元依頼者が事務所を尋ねてきた。彼女によると、夫婦で自己破産した後、直ぐに離婚して、一人で子どもを育ててきたが、また、返済不能となって、別の弁護士に自己破産の手続きを依頼しているというのである。私への相談事は、その弁護士の手続きの進めたかでいいのだろうかということと、子どもが今度自衛隊に入ることになったが大丈夫だろうか、ということであった。

 その弁護士のすすめ方を聞いたところ、特段問題はないようである。それはそのように答えた上で、私は、「何でここに来なかったのか」と聞いてみた。私のすすめ方に不満があれば直さなければと思ったからである。彼女の答えは、「恥ずかしくて来られなかった」ということであった。確かに、二度目の破産をする人は多くはないし、彼女が「恥ずかしい」と思う気持ちも理解できる。女で一つで子どもを育てるのは大変な苦労が伴ったであろうことも推察に難くない。それなのに、子どもを育て上げたと思ったら、また破産が待っていたし、子どもは「自衛隊に入る」と言い出したのである。彼女の貧困と心配の種は解消されていなかったのである。

 彼女の免責は一〇年以上も昔だから、再度の免責も可能であろう。だから、借金の頚木からは解放されることになるであろう。けれども、子どもの自衛隊入りは、新たな不安を生み出しているのである。子どもが自衛隊に入って、外国で死んでしまうのではないかというのである。彼女は、自衛隊員が「戦地」に行かされていることを知っていたのである。そして、子どもが自衛隊に入って自分を楽にしてやりたいという気持ちはありがたいけれど、「戦死」が心配だというのである。母の気持ちとは、古今東西を問わず、そういうものなのかも知れない。

 私は、今の自衛隊は「外国での戦闘」はしないことになっているから大丈夫だと思うけれど、憲法九条が改正されて自衛隊が海外での戦争にも参加するようになればわからないよ、憲法九条を改正して自衛隊を海外の戦闘に参加させようとしている動きもあるから、そんな改正に反対しなければだめだよ、などと答えていた。けれども、彼女は、「改憲」の動きがあるということは知らないとのことだった。生活に手一杯で「改憲問題」どころではなかったのであろう。

 そこで私が紹介したのが「九条があるから入った自衛隊」という川柳(毎日新聞の万能川柳欄掲載作品)である。九条が改定されて、「自衛軍」が米軍と一緒に戦争に従事すれば、「戦死」の可能性は一気に高まるのである。それが嫌であれば、自衛隊員やその家族は、率先して九条改悪に反対しなければならないことになる。そのように考えれば、彼女も、九条の改悪には何らかの形で抵抗してくれるかもしれない、と考えたのである。彼女の表情が明るくなったような気がしたのは、私の思い過ごしだろうか。

 話はこれで終わりではない。私は、彼女の話を聞きながら、「希望は戦争」という言葉を思い出していた。二度も自己破産するような境遇で子育てをしてきた彼女は「改憲問題」の存在を知らなかったし、彼女が育て上げた子どもは自衛隊を選択しているのである。貧困に絡め取られながら必死に生きてきた母が、「軍隊」への志願を選択している子どもの「戦死」を心配しなければならない状況が、今ここにあるのだ。彼女が再度の免責を受けられればそれで問題解決ということではないのだ。生きるために「強いられた殺し合い」を選択しなければならないような状況を変革しなければならないのだ、と考えさせられた元依頼者の相談だった。



国際民主法律家協会(IADL)ハノイ大会へのお誘い

東京支部  笹 本   潤

 二〇〇九年六月六日〜一〇日にベトナムのハノイで国際民主法律家協会(IADL)の大会が開かれます。IADL大会は四、五年に一度開催され、世界の民主的法律家が交流・連帯するための大イベントです。

IADL大会とは

 一九四七年に、進歩的な法律家は、国際民主法律家協会(IADL)をつくり、世界人権宣言の起草をしたルネ・カッサン教授を会長に選びました。六〇年を超えて、一〇〇カ国を超える法律家団体が参加して、これまで一九九六年ケープタウン大会(マンデラ大統領を名誉会長に選出)、二〇〇一年ハバナ大会(カストロ首相が歓迎演説)、二〇〇五年パリ大会(五つの労働組合のナショナル・センターが来賓挨拶)などを開催しました。各大会とも三〇〇人から二〇〇〇人の法律家が参加しています。パリ大会では、日本の代表団が、憲法九条改正問題、イラク派兵違憲訴訟についてスピーチをしました。

ハノイ大会について

二〇〇九年六月六日〜一〇日、ハノイ大会は、IADLにとってアジア地域ではじめての世界大会です。ベトナム戦争に勝利し、平和のうちに発展を遂げているベトナムに、いっそう平和・人権・発展を確かなものにするため、全世界から進歩的な法律家が集います。「九条世界会議」に来日した世界の法律家たちも参加します。

ハノイ大会のテーマは「グローバル化における法と法律家〜平和・発展・司法の独立をめざして」です。国際金融危機に端を発した世界的な新自由主義の破綻の中で、各国での生活、労働者のおかれている現実、平和の課題、環境など取り組むべきテーマは多様です。

日本においても、派遣切りなど労働者のおかれている状況は厳しく、自衛隊の海外派兵、九条改正の危険など平和の課題もあります。そういう中で平和・民主主義・人権の三本柱の憲法を護ってきた日本の法律家が、その活動を分かりやすく示して、アジアをはじめ、全世界の法律家を励まし、新しい国際連帯の地平を切り開きましょう。すでに、東南アジアでは、非核地帯条約をつくり、国内人権委員会のネットワークが始動し、さらに人権裁判所・地域人権委員会・人権条約をつくりあげるために会合が重ねられています。

イラク派兵違憲訴訟、ハンセン氏病訴訟、靖国訴訟、戦時性奴隷制や強制連行の訴訟、教科書訴訟・日の丸君が代訴訟、公害訴訟、再審冤罪事件、ビラ配布・戸別訪問事件、男女賃金差別訴訟、職場での差別訴訟、労働権をめぐるさまざまな闘いなどについて、またジュネーブの人権機関を活用した活動経験や盗聴訴訟の経験など、多くの経験を世界的にも共有し、より大きな自由・より確かな生存を確保するために、より広い国際連帯をつくりあげましょう。

分科会のテーマ(暫定案)

 日程は、六月六日が全体会、七日、八日が分科会です。九日はIADL総会、一〇日はハノイ大会閉会全体会となっています。

《第一分科会「平和への権利」》

・国連憲章および各国憲法における戦争の廃止
・地球的規模での平和および地域規模での平和に対する現在の脅威
・核兵器およびあらゆる大量破壊兵器の違法化
・自決権および外国による占領を終結させること:アフガニスタン、イラク、パレスチナ
・パレスチナ人民の権利 ・西サハラの人民の権利
・国連は平和維持者か? ・平和と和解のプロセス

《第二分科会「テロリズムおよび国家テロリズム」》

・抵抗権 ・囚われの五人のキューバ人
・弾圧立法と恣意的拘禁 ・拷問と異常な移送手続 ・死刑の廃止

《第三分科会「司法の独立」》

・裁判官および法律家の保護 ・裁判を受ける権利(司法へのアクセス)
・表現と出版の自由 ・少年裁判
・人民のための民主的な統治(ガバナンス)

《第四分科会「グローバル化、経済的社会的文化的権利」》

・負債と国際金融機関の役割 ・労働の権利と移住労働
・WTO(世界貿易機構)に代わる貿易体制 ・多元的文化と法
・ジェンダー・エンパワーメント(ジェンダー問題) ・子どもの権利

《第五分科会「発展と環境権」》

・健康な環境に対する人間の権利 ・発展への権利(持続的な発展)
・貧困・飢餓との闘い ・気候変動:京都議定書からさらに前進するためには
・生物の多様性を維持するために

《第六分科会「国際犯罪への責任」》

・賠償 (*奴隷犯罪について *エージェント・オレンジ(枯れ葉剤)被害者について *戦争被害者について:核兵器や化学兵器の被害者について)
・不処罰と闘う:国際刑事裁判所(ICC)の役割
・普遍的管轄権の使い道 ・企業の責任 

【参加方法】

(参加申込み)

・ツアーの申込みは、日本国際法律家協会またはハノイ大会関西実行委員会(日本国際法律家協会関西支部、民主法律協会国際交流委員会)まで。できるだけ三月末までにお申込みください。参加費用も多少安くなります。

・飛行機、ホテルについては提携旅行会社の方で、東京(成田空港)、 大阪(関西空港)、名古屋(中部国際空港)発の飛行機とホテル・会議・オプションがセットになっているツアーが組まれています。くわしくは、次の各旅行会社にお問い合わせください。

【連絡先】

●東京発、名古屋発

(申込先)
 日本国際法律家協会
  電話 〇三―三二二五―一〇二〇
  FAX 〇三―三二二五―一〇二五
 旅行会社 ユーラスツアーズ(担当:宮垣)
  電話 〇三―五五六二―三三八一
  FAX 〇三―五五六二―三三八〇

●関西空港発 

(申込先)
 IADLハノイ大会関西実行委員会
  電話 〇六―六三六一―八六二四 
  FAX 〇六―六三六一―二一四五
 旅行会社 国際ツーリストビューロー(担当:大村)
  電話 〇七八―三九一―二九六一
  FAX 〇七八―三三二―〇九七七

(レポート)

ハノイ大会日本実行委員会の事務局は日本国際法律家協会(国法協)が担当しています。国法協はIADLの加盟団体です。

ハノイ大会にレポートの提出を希望する方は国法協の方までご一報ください。



狂気(凶器)の人身保護法

−子の「身柄」争奪紛争の「実務」

東京支部  後 藤 富 士 子

一 人身保護法の「実務」

 人身保護法は、昭和二三年七月三〇日に制定された法律であり、その目的は「基本的人権を保障する日本国憲法の精神に従い、国民をして、現に、不当に奪われている人身の自由を、司法裁判により、迅速、且つ、容易に回復せしめること」とされている(同法第一条)。そして、同規則によれば、「拘束とは、逮捕、抑留、拘禁等身体の自由を奪い、又は制限する行為をいい」(第三条)、また、請求の要件として「拘束がその権限なしにされていることが顕著である場合」で且つ「他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によって相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白」な場合に限るとされている(第四条)。さらに、「請求は、被拘束者の自由に表明した意思に反してこれをすることができない。」のである(第五条)。

 この法律の本旨に照らせば、「拘束」とはいえない通常の監護状態下にある子の父母間における「身柄」争奪紛争に適用することはできないと思われる。ところが、たとえば未婚や離婚で単独親権の場合、あるいは、離婚前別居中に「監護者指定」や「引渡し」の本案審判や保全処分がなされた場合、「権限なしになされている」として、人身保護請求が認容されている。のみならず、請求認容の場合、審問手続(証拠調べ手続)は全く形骸化して、審問期日は事実上子の身柄を請求者に引渡す、執行手続になっていて、裁判所は「身柄引渡所」と化している。

 本稿では、このような「実務」が、現実に著しい脱法行為の集積によっていることを明らかにする。と同時に、それがもたらしている人権侵害と家族破壊の惨状を告発する。

二 人身保護命令の暴虐――誘拐犯よりも迫害される親

 人身保護法の規定による救済は、終局的には判決で実現されるのであるが、この救済を実現する人身保護手続は、通常の訴訟手続と異なり、人身保護命令を中心として構成されている(人身保護規則第2条)。すなわち、釈放その他適当であると認める処分を相手方たる拘束者が受忍し又は実行させるために判決前に特に必要的仮処分に準ずる人身保護命令という強力な手続を介在させたわけで、人身の自由の回復をより効果的にするための特別の制度である。決定でなされる人身保護命令は、独立した裁判でなく、判決手続の一部にすぎないもので、裁判所は釈放の状態を自ら形成するのである。そして、相手方にこの効果を受忍させるために、制裁の条件付で人身保護命令によって受忍義務を課するのである。

 具体的には、拘束者が人身保護命令に従わないときに、「命令に従うまで勾留する」との制裁がある(人身保護法第一二条三項)。これは、刑事訴訟法の勾留と異なり、裁判所の裁判、命令に従わないとき、その実行を促す秩序罰的なもので、本来は裁判所侮辱罪に対する制裁なのであるが、裁判所侮辱罪の制度が制定されるまで、やむなく準用したのである。そして、刑事訴訟法の勾留に関する規定の中、勾留の原由および期間は準用されず、期間について言えば、刑事訴訟法では「公訴の提起があった日から二箇月」とされているが(同第六〇条二項)、人身保護法による勾留は「命令に従うまで」とされ、無期限である。

 拘束者が被拘束者を出頭させない場合の勾留の制裁は、拘束者を勾留したまま命令に従わせることはできないことであるから、命令に従う意思が認められたならば、拘束者を釈放して被拘束者の身柄を提出させることを意味している。すなわち、拘束者が父の場合、父は、勾留という重大な脅威を回避して自らの「人身の自由」を保持するには、母への引渡を拒絶している子(被拘束者)の意思に反して「子を差し出す」しかないのである。これが人倫に悖ることは多言を要しない。拘束者にとって「子を差し出す」ことは、「意に反する苦役」(憲法第一八条)であり、「良心の自由の侵害」(同第一九条)である。そして、このような勾留は、憲法第三六条で禁止された「拷問」ないし「残虐な刑罰」というべきものである。

 このことは、刑法第二二四条未成年者略取誘拐犯の場合と比較すれば、一層明らかになる。誘拐犯でさえ、適正手続が保障されるし、その刑罰も「三月以上七年以下の懲役」である。それに比べ、父親であるばかりに、拘束者は、無期限の勾留の脅しを受けたうえ、判決で親権・監護権を実質的に剥奪されるのである。一体いつから日本はこのように恐ろしい国になったのであろうか。しかも、人身保護制度の基となっているのが、「何人も、正当な理由がなければ、拘禁されない」という憲法第三四条なのだから、悪夢というほかない。

三 人身保護請求認容判決の内容と執行力

 人身保護法第一六条一項は、「裁判所は審問の結果、請求を理由なしとするときは、判決をもってこれを棄却し、被拘束者を拘束者に引渡す。」と定めている。これは、拘束者の拘束が正当であるなら、その拘束を継続させるために「引渡す」必要があるからである。

一方、同条三項は、「請求を理由ありとするときは、判決をもって被拘束者を直ちに釈放する。」と、単に「釈放」を定めるのみであるところ、同規則第三七条は、「裁判所は、請求を理由があるとするときは、判決で、被拘束者を直ちに釈放し、又は被拘束者が幼児若しくは精神病者であるときその他被拘束者につき特別の事情があると認めるときは、被拘束者の利益のために適当であると認める処分をすることができる。」と定めている。すなわち、幼児や精神病者等の場合には、単に「釈放」するだけでは釈放の目的が達成されないので、釈放類似の、または釈放の性質を有する処分が認められる。しかし、それは被拘束者につき特別の事情があると認められること、また、被拘束者の利益のための処分でなければならない。

ところで、人身保護法の規定による救済は、終局的には判決で実現されるところ、その執行については、民事訴訟法による強制執行は親しまないと解されている。被拘束者が幼児の場合でも、引渡の強制執行はできないと解されているし、間接強制もできないとされている。すなわち、人身保護法の裁判の執行力は、家事審判および審判前の保全処分に比べると、格段に劣っている。裁判所が、審問期日を口実にして被拘束者を「別室」に出頭させ、形式的に審問期日を経て即日認容判決をし、請求者に被拘束者を事実上引渡してしまうのも、その執行力の不備を「補う」ために編み出された脱法行為である。そして、このような違法な実務の指南書になっているのは、昭和五二年三月に発刊された「人身保護請求事件に関する実務的研究」(裁判所書記官実務報告書第一三巻一号)なる、書記官丸投げマニュアルである。しかしながら、昭和五五年家事審判法改正により審判前の保全処分が制度化される前の実務マニュアルを履行するなど狂気というほかなく、憲法第七六条三項に違反することも明白である。

 人身保護法の第一回審問期日は、憲法第三四条後段に基づくものであり、刑事手続でいえば「勾留理由開示公判」(刑事訴訟法第八二条〜八六条)に比すべきもので、被拘束者こそが審問期日の主役である。しかるに、裁判所は、被拘束者らが「子ども」であることを理由に、意思無能力としてその人格を否認し、あたかも「家畜」か「物」のように扱っている。その必然的結果として、裁判所は、「審問のための公開の法廷」ではなく、「請求者のための子ども引渡所」に堕しているのであり、憲法第三一条違反はあまりにも明白である。

 これらのことは、人身保護法全二六条、同規則全四六条および昭和二三年一〇月に最高裁事務局民事部が作成した「人身保護法解説」(民事裁判資料第八号)によれば、自明のことである。日本の裁判所の現行「実務」は、暗黒支配なのである。



「坂の上の雲」のテレビドラマ化を懸念する

京都支部  中 島   晃

 NHKは、今年秋から、「坂の上の雲」をテレビドラマ化して放映すると伝えられている。すでに、大々的に前宣伝もなされ、阿部寛や本木雅弘などの人気俳優が出演することから、かなりの話題をよんでいる。しかし、「坂の上の雲」は、NHKからの放映の申出に対して、生前作者の司馬遼太郎自身が承諾しなかったといういわくつきの作品である。その理由は、この作品がテレビで放映されると、軍国主義を肯定しているとうけとられることをおそれたためであるといわれている。

 「坂の上の雲」は、歴史小説の名手といわれる司馬遼太郎の小説だけに、読んでいて大変面白く、特に日露戦争の戦闘場面の描写は、手に汗にぎるものがある。しかし、「坂の上の雲」は、そこで書かれている日露戦争をどう評価するかという歴史観の根本のところで、致命的ともいえる誤りを犯しており、田母神論文と同質の問題をかかえている。

 田母神論文は、荒慮無稽であって、その歴史観が誤っていることは誰の目から見ても明らかである。しかし、「坂の上の雲」はそういうわけにはいかない。司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」については、その根底にある歴史観に大きな問題があるにもかかわらず、これまで必ずしもきちんとした批判がなされず、見逃されてきたといっても過言ではない。

 文化勲章を受賞し、国民的作家とよばれる司馬遼太郎の手による「坂の上の雲」が、NHKによって放映されることは、そこで書かれていることが歴史の真実として多くの人々に受け入れられることを可能にするものである。この作品は、主人公である二人の軍人、秋山好古、秋山真之兄弟を中心に、大国ロシアを相手どって、祖国日本を防衛するために、明治の若者たちがいかに勇敢にたたかったかを描いた一大叙事詩であり、これが放映されることによる社会的影響の大きさは計り知れないものがある。

 自衛隊のソマリ沖出動が準備され、また海外派兵の恒久化がおしすすめられようとしているこの時期に、「坂の上の雲」がNHKの手によってテレビドラマ化されることは、国民世論の誘導を目的とした世論操作を意図としたものとの疑いが強くもたれ、その危険性はきわめて大きなものがある。

 日露戦争は、他国の領土である中国東北部(旧満州)を戦場として、日本とロシアとの間でたたかわれた植民地争奪戦争である。このことは、日本が日露戦争で勝って間もなく、朝鮮を植民地にしたことからも明らかであり、やがて「満蒙は日本の生命線」といわれ、中国東北部にカイライ国家「満州国」を成立させて、日本の植民地にしたという不幸な歴史につながっている。

 しかし、司馬遼太郎は、このことに目をふさぎ、日露戦争を祖国防衛戦争と位置づけ、明治の若者たちが祖国日本のためにいかにたたかったかという青春小説として「坂の上の雲」を書いている。そこには、朝鮮や中国の民衆の苦悩は見事なまでに欠落しており、日露戦争の前史として重要な意味をもつ、朝鮮国王妃・閔妃が日本の軍部によって暗殺されたという歴史の暗部が完全に無視されてしまっている。「坂の上の雲」に登場する若者たちは、このドラマのもう一人の主人公である正岡子規も含めて、「地図の上 朝鮮国にくろぐろと 墨を塗りつつ 秋風を聞く」とうたい、祖国を失った朝鮮の民衆の悲しみを思いやった、もう一人の明治の若者石川啄木とは、明らかに対極にあるといわなければならない。

 こうしたゆがんだ歴史観に立った作品が、日曜日の午後八時というゴールデンタイムに、大河ドラマの時間枠を使って、三年間にわたって放映されることに、背筋が寒くなる思いがするのは私だけであろうか。NHKが「坂の上の雲」を放映することは、中国や朝鮮など北東アジアの人々の感情を無視した、時代錯誤の企画としてきびしく批判される必要がある。これをこのまま放映することは、憲法九条改憲論に再び勢いをとりもどす機会をあたえる危険性をもつものであり、これに大きな懸念を覚えるものである。



二・一四シンポジウム「『非正規切り』とたたかう!」参加のお願い

労 働 問 題 委 員 会

 トヨタ、日産、いすゞ、キャノン、シャープ等の非正規労働者の大量解雇をはね返すため、二・一四シンポジウム「『非正規切り』とたたかう!」を是非とも成功させたいと思います。

 冒頭に、日本共産党書記局長市田忠義参議院議員から国会報告をかねたあいさつがあります。

 全国各地から多数の団員、事務局員の皆様が参加されることを訴えます。

【二・一四シンポジウム「『非正規切り』とたたかう!】

一 日 時 二〇〇九年二月一四日(土)一三時〜一七時
二 場 所 エデュカス東京(全国教育文化会館)
        〒一〇二―〇〇八四
        東京都千代田区二番町一二―一 
        TEL〇三―五二一〇―三五一一

三 内 容 (1)パネルディスカッション
        生熊茂実(全労連副議長)
        笠井貴美代(新日本婦人の会副会長)
        山下芳生(日本共産党参議院議員)
        鷲見賢一郎(自由法曹団幹事長)

        (2)討論と経験交流
        全国各地での労働者のたたかいと裁判闘争
        など

四 主 催 労働者教育協会、自由法曹団



大企業の大量解雇阻止のため

第一回全国会議への参加のお願い

大量解雇阻止対策本部

 トヨタ、ホンダ、いすゞ、キャノン、ソニー等の企業は、今年の三月にむけて、非正規労働者を中心に大量解雇を強行しようとしています。自由法曹団は、大量解雇を阻止するため、新たに対策本部を設置しました。

 第一回全国会議を開きますので、多数の団員・事務局員の皆様の参加を呼びかけます。

大企業の大量解雇阻止のための第一回全国会議

一 日 時 二〇〇九年三月一三日(金)一三時〜一七時
二 場 所 自由法曹団本部会議室
三 議 題
   1 全国各地の大量解雇の状況と労働者のたたかい
   2 裁判闘争等の現状と考えられる法的手段
   3 その他