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小笠原 里夏 会社分割を悪用したリストラと闘い、大きな成果を勝ち取る
―丸八真綿整理解雇事件で全面勝利和解―
齊藤 園生 日の丸・君が代訴訟六月一四日最高裁判決について
笠松 健一 相互信用金庫出資金返還訴訟が高裁で逆転勝訴
楠  晋一 *島根・松江五月集会特集その5*
五月集会労働分科会報告文
坂本  修 『月刊 憲法運動』(七月号)の御一読を
―取り急いでのご案内
小林 徹也 「六・九 比例定数削減に反対する大集会」に参加して思うこと
―あえて「批判的」な観点から―
井上 正信 日米同盟強化(深化)の舞台裏
永尾 廣久 団通信は読まれてるか?
後藤 富士子 人権としての「子育て」
―性別役割分担と単独親権制
小部 正治 原発問題全国交流会に是非ご参加を
小部 正治 国家公務員の一大事に反対の署名を
杉本 朗治 自由法曹団総会・五月集会の日程のお知らせ



会社分割を悪用したリストラと闘い、大きな成果を勝ち取る

―丸八真綿整理解雇事件で全面勝利和解―

静岡支部  小 笠 原 里 夏

 会社分割と労働契約承継法とを悪用してリストラを強行した会社に対して、地位確認と未払賃金とを求めた裁判において、「全面勝訴」と言ってよい和解を獲得したので報告する(担当は、塩沢忠和・中谷雄二・仲松大樹各団員と小笠原)。

二 事件の概要

 相手方の会社は、浜松市内にある「株式会社丸八真綿」という資本金一五億円、従業員数約一〇〇〇名程度の規模の会社である。もともと高級寝具の製造・販売を行っており、特に高級寝具の「訪問販売」で地元浜松市では名の知れた会社である。

 原告の岡本氏は、そんな丸八真綿に約二八年間、主に寝具の製造部門に携わって勤務してきた。

 丸八真綿は昭和三七年の創業以来、順調に業績を伸ばしてきたが、平成九年をピークに売上が頭打ちとなってからは、さかんにリストラを行ってきた。原告も平成一二年に一度リストラの標的になったが、その際は難を逃れた。

 ところが平成二〇年四月、再び創業者の一人から露骨な退職勧奨を受けたために、原告が管理職ユニオン東海に入って戦いを挑んだところ、同年八月、他の組合員二名と共に「森田店」という新たに設置された部署に配転になり、「新規販売開発プロジェクト」との名目で訪問販売をさせられることになった。原告はめげることなく慣れない訪問販売に従事した。

 するとその六ヶ月後の平成二一年二月、丸八真綿は、設置されてわずか数ヶ月の「森田店」における業務を、会社分割により新設子会社「エム・フロンティア」に移してしまい、そのため原告は新会社に転籍させられてしまった。

 しかし、エム・フロンティアには会社として成り立ちうるような事業がなかった。丸八は八〇〇〇万円の資本をエムに投下したが、うち四〇〇〇万円は設立直後に早速退職者四名の退職金に充てられた。

 設立してわずか七ヶ月後の平成二一年九月、エム・フロンティアは売上がほとんどないまま事業閉鎖、解散となり、原告も整理解雇されて職を失った。

 原告は、森田店への配転、その後の会社分割と労働契約の承継、エムの解散と自分の解雇は、丸八真綿によるリストラ策そのものである、こんなやり方を野放しにしてはならない、という強い正義感で、丸八真綿への地位確認と賃金の支払いを求めて提訴した。

三 会社分割制度と労働契約承継法

 平成一三年に商法に会社分割制度が新設された際に、これとセットで成立した「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)では「新設承継会社に承継される事業に主として従事する労働者」については、自己の労働契約が新設承継会社に承継されることに対する異議申立権を認めない(つまり、問答無用で転籍)。「使用者は労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」(民法六二五条一項)との大原則を犯し、企業が会社分割によって不採算部門を切り離すと同時に、従業員をも同時に切り捨てることを可能にする悪法である。

四 日本IBM事件との比較

 これまでに会社分割、労働契約承継を争った事件として知られているのは、日本IBM事件である。日本IBMが不採算部門のハードディスク事業を分離すべく、会社分割で新設子会社に承継させ、同部門の労働者八〇〇名を本人の同意なく転籍させたことに対し、労働契約承継法七条所定の労働組合との協議義務、同法五条所定の協議義務違反を理由に労働契約承継が争われた事件であるが、労働者側の敗訴が最高裁で確定している。

 しかし本件では日本IBM事件と異なる点があった。日本IBM事件におけるハードディスク事業に該当する、承継すべき事業(「森田店における事業」)の実体がなかったのである。「森田店」は、余剰人員を集めるためだけに設けられた事業所にすぎなかった。(もちろん被告会社は否定。)

 そのため、原告は「承継される事業に主として従事する労働者」ではないと主張するために、(1)そもそも「森田店」への配置転換自体がリストラ目的であり、配転命令権の濫用ゆえに無効、(2)商法等改正法附則第五条で義務づけられた協議を行っていないので、会社分割が無効、(3)承継すべき事業などないにもかかわらず行われた会社分割自体が原告との関係では相対的に無効、さらに、(4)仮に、転籍が有効とされたとしても、エムの事業閉鎖による原告の解雇は丸八真綿による解雇(法人格否認の法理)と同視できるところ、整理解雇の四要件を充たさない(丸八真綿は損益計算書は開示したが、貸借対照表は最後まで開示に応じなかった。)

と、広範な論点を展開して戦った。

五 勝訴和解への道のり

 被告会社は労働契約承継法の解釈に関しては、ほとんど反論らしい反論はしてこなかった。そして、原告を「森田店」に配転した時点では会社分割の構想はなく、原告を会社分割によって切り離すために「森田店」に配転したわけではない、森田店における新販売開発プロジェクトには、丸八真綿の社運をかけたプロジェクトという位置づけで店舗改装などそれなりの設備投資を行ったし、新会社エム・フロンティアにも資本金八〇〇〇万円を投下しており、本件会社分割が不採算部門の切り捨てにあたるなどという主張は、原告の妄想に過ぎないなどと反論してきた。

 一般に会社側が並び立てる事実がどんなに非常識に思われても、それが虚偽であると労働者側が立証していくのは極めて困難である。

 ところが本件では、原告に強力な協力者が現れた。創業者の一人の片腕となって会社に尽くしてきたにも拘わらず、最後はその創業者から会社を辞めろと通告されて、泣く泣く会社を去ったO氏である。

 そのO氏が、原告に対してしたのと全く同じやり方で、丸八真綿がこれまでに散々リストラを強行してきた、その「歴史」を陳述書に記し、法廷で証言をすることを約束してくれたのである。

 会社側の証人として登場してもおかしくないと言えるO氏を味方につけることができたおかげで、丸八真綿が原告に対して退職を迫る不当な目的を有していたということが、原告の「被害妄想」などでは決してないことを立証することができた。

 そのような経過があり、証拠調べ期日まで設定された後に裁判所から和解勧告があり、整理解雇されてからの未払賃金・賞与のみならず、二年半後の定年退職日までの将来の賃金・賞与分を含む「解決金」での金銭解決を得ることができた。

六 悪法への対処法

 当初は日本IBMの判例の流れから労働契約承継法で労働者側の勝訴は困難ではないかという懸念と、それでも、リストラ目的がこれだけあからさまに顕れているのに、合法的な手段だとして会社が逃げ切れるとしたらやっぱりおかしいという問題意識とがせめぎ合いだったが、最後は「やっぱりおかしい」という問題意識が寄り切った。それを可能にしたのは、正確な法の理解(専ら中谷雄二団員による)と広範な事実関係の把握と原告の強い思いだった。こんな首切りが許されたら、日本中で自分のような苦しい目に遭う労働者がもっと増えてしまう、という原告の強い正義感には私も大いに刺激を受けた。

 本件は「悪法を悪用されたケース」といえよう。「悪法」は「悪法」なりに、適用範囲を局限化させて封じ込めて骨抜きにする、そういう対処が必要なのだということを学んだ事件であった。


日の丸・君が代訴訟六月一四日最高裁判決について

東京支部  齊 藤 園 生

 日の丸君が代問題についての最高裁判決が続いている。五月三〇日第二小法廷、六月六日第一小法廷に続いて、六月一四日第三小法廷は上告を棄却する旨の判決を下した。

 二〇〇三年一〇月二三日付け東京都教育委員会通達(以下「一〇・二三通達」)が発出された後、都教委は都内各市区町村教委に対して、通達内容を「お知らせ」している。都立学校を管轄する都教委と市町村の義務制学校を管轄する市町村教委は全く別個独立の関係にあるのだから、都教委がどんな通達を出そうと、各市町村教委が同じように対応する筋合いはない。しかし、実際には都教委の影響はきわめて強く、市町村教委は下部機関のようなものである。一〇・二三通達のお知らせを受けた各市町村教委は、一〇・二三通達と一言一句違わぬような内容の通達を、管轄する市町村立学校校長に出している。そしてその通達によって、舞台には市旗と日の丸が飾られ、例年舞台正面に飾られてきた卒業生の卒業制作作品はなくなった。子ども達の節目を、みんなが一緒に祝う暖かい式典は、教委から来た監視役が目を光らせる、一種独特の緊張感漂う式典になった。

 本件は八王子市、町田市の中学校の教師である上告人三人が、市教委通達をうけた学校長から、卒業式・入学式等で君が代斉唱時に起立するよう職務命令を受けたのに、職務命令に反し起立しなかったため、地方公務員法三二、三三条の信用失墜行為として戒告処分を受けたたためこの処分の違法性を争う事件である。

 判決は本件職務命令は憲法一九条の思想良心の自由の侵害には当たらないとする。すなわち、君が代斉唱時の起立斉唱行為は、日の丸君が代に対し否定的評価を持つ上告人らの思想及び良心の自由についての、間接的な制約になるということまでは認めながら、いわゆる合理性の基準に基づいてその制約の合憲性を判断し、本件職務命令は学校教育の目標や儀式的行事の意義を定めた関係法令の規定の趣旨に添い、地方公務員の地位や性質、職務の公共性をふまえ、教育上の行事にふさわしい秩序を確保し、式典の円滑な進行を図るものであって、憲法一九条に反するものではないとしている。この論理構成自体は先行する五月三〇日、六月六日判決と同じであって、言い回しまで酷似している。

 しかし本判決には、田原裁判官の反対意見がついている。田原反対意見は、起立行為は一般的、客観的に見て、式典における慣例上の儀礼的な所作として、一九条の間接的な制約ではあっても、これを求める職務命令には合理性があるが、斉唱は日の丸君が代に否定的な歴史観・世界観を有する者にとっては、その歴史観・世界観に真っ向から対立する行為であり、思想良心の自由を侵す可能性があるとした。このほかにも多数意見に同調するものの補足意見が三ついている。

 多数意見が取った「合理性の基準」の問題点、「一般的、客観的」視点から精神的自由を論じる問題点や、多数意見の問題点をついた六月六日判決における宮川反対意見の意義などについては、すでに六月六日判決についての穂積団員の報告に詳しい。私の意見も穂積団員の意見と同じである。

 しかし本件で弁護団がもっとも残念に思うのは、最高裁が教師の教育の自由についての主張に一言もふれなかったことである。原告の先生達が強調していたのは、「日の丸君が代の歴史を教えてきたのに、それに敬意を払う行為を子ども達の前ではできない」「国の主人公は君たち国民だと教えながら、卒業式には主人公であるはずの子どもの卒業制作をかざらない、代わりに国の象徴の日の丸を飾って、起立までするなんてできない」と、子どもの権利を考えたときに、起立斉唱を求める職務命令に従っていいのかという点であった。子どもの学習権を充足するためにこそ教師には教師としての教育の自由があって、子どもに一方的な考えを教えろといわれれば、拒否できるはずだ、まして教育委員会が学校の教育活動である式典の内容や式場のあり方まで、事細かに指示するなんて、まさに教基法一〇条の「不当な支配」だ、と主張してきた。残念ながら、この点は判決では全くふれられていない。

 本判決には三つの補足意見がついている。五月三〇日判決、六月六日判決でも補足意見が多い。中には言わずもがなの意見もあるが、「行きすぎた処分は裁量権逸脱の問題になる」とか「本来は命令や処分で対応するものではないだろう」など、わざわざ補足意見でのべている。のぞいているのは今回のような処分は、本当は望ましくないんだよな、という裁判官のホンネではないか。最高裁は、今回のような職務命令や処分のあり方を、手放しで認容したのでは決してない。その意味をこれからの闘いに生かして行きたいと思う。


相互信用金庫出資金返還訴訟が高裁で逆転勝訴

大阪支部  笠 松 健 一

 六月二日午後二時、大阪高裁の大法廷。九六席の傍聴席はほぼ満杯。裁判長が口を開くのを、期待を込めて待った。裁判長が主文を読み上げ、理由をかいつまんで説明した。信用金庫が出資金を集める場合、経営陣が経営破たんに至る危険性を認識できた時には、経営状態を説明して出資金を集めるべきであるとし、経営陣が経営破たんに至る危険性を認識できた時点を、二年に亘って二〇〇億円近くの貸倒引当金を積んだために、積立金が無くなってしまった平成一〇年三月末決算の時点とした。その上で、説明義務を果たしていないとして、平成一〇年四月以降に出資した出資者を一律に救済した。これまでの金融判例と比較すると、最も早い時期からの出資者を救済した優れた判決である。しかも、この判決の消滅時効起算点の考え方を踏まえれば、今からでも、平成一〇年四月以降の出資者を救済することが可能と考えられる。極めて重要な判決となろう。

 大阪で上位数社に入ると言われていた相互信用金庫が、平成一四年一月二五日、突然破たんした。その数日前には、八〇周年記念パーティーが開かれ、そこでは、相信の今後の発展が強く宣言されたばかりであった。

 相信は、平成一〇年ころから、かなり急激な出資金集めを行っていた。普通、信用金庫の出資金は、融資を受ける前提条件として要求されるものである。融資を受けておらず、単に預金だけをしている場合には、出資をする必要はない。ところが、相信破たん後、預金を出資金に振り替えられたという人が、膨大な数に上ることが明らかとなった。相信の担当者は、利息の良い預金と説明して、多額の出資金集めをした。老後の生活資金を出資金に振り替えられた高齢者は枚挙にいとまがない。個人であるのに、一〇〇〇万円以上の出資をさせられた人もいた。

 融資との引き換え条件として出資を要求され、やむなく出資をしたり、融資金の一部を出資金に振り替えられたりした中小企業も多数に上る。その当時、中小企業は、金融機関の貸し渋り、貸し剥がしに苦しんでいた時期であった。融資を引き換え条件にされれば、中小企業は応じざるを得ない。

 平成一〇年以降に増額された出資金は、約六〇億円にもなる。これらの出資金は、相信破たん後保護されず、何らの補償もない。

 私たちは、被害を受けた出資者に集まってもらって、この被害救済をどのように図るのか、何度も意見交換会を開いた。出資者から聞こえてくるのは、相信は、破たん直前まで経営状態が良かった、相信は大阪でも上位に入る信用金庫だった、相信は天下りを受け入れなかったために国からにらまれてつぶされた、そんな話ばかりだった。

 相信が破たんする数年前に、金融政策は大きな転換点を迎えていた。国際競争に勝ち残るために、金融機関の再編が加速され、金融機関の健全性を図る指標である自己資本比率の計算方法も変化した。取引先企業の倒産に備える貸倒引当金の計算方法も大きく変わった。このような金融業界の大変動の中で、中小企業を中心的な取引先とする相信が、国からにらまれて破たんさせられた。被害者たちが持っていた情報や認識を踏まえると、そのようにしか見えなかった。

 そこで、平成一四年一一月一日、二三五人の原告団が国と相信を被告として、大阪地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した。その後第四陣まで訴訟を提起し、最終的に原告は五二九人、請求額総額は一七億六四〇〇万円になった。国に対しては、優良金融機関であった相信を国が無理やり破たんさせ、出資者に莫大な損害を与えたという主張である。相信に対しては、出資金であることを説明せずに預金と誤信させて出資金集めをした、融資をするという優越的地位を濫用して出資金集めをした、出資金の解約に違法に応じなかった、という相信の義務違反を追及した。

 ところで、訴訟を続ける中で、少しずつ少しずつ、相信の経営実態が見えて来た。実は、相信は、平成七年以降、近畿財務局の検査や日銀の考査が毎年のように行われる中で、経営状態が悪く改善が見られないという極めて厳しい評価を受け続けていた。本件とは別にRCCが相信の理事長と理事一人を訴えた損害賠償請求事件があり、その事件は、私たちの第一審審理の間に決着を見た。その確定記録を閲覧すると、相信に対する近畿財務局や日銀の検査・考査結果が証拠提出されていることが分かり、本件でもそれを証拠として利用できるようになった。

一〇 これら資料の入手によって、最終的には、私たちの主張は当初とは大きく異なり、相信の経営状態はずっと悪かった、相信は出資金集めにおいてそのような悪い経営状態を説明すべきであったのに、その説明をしなかった、という内容に落ち着いた。

一一 第一審判決は、原告らの個別事情を検討して、出資金の意味を理解することが困難であると認定された一五人の原告のみを勝訴させた。相信の経営状態に関しては、平成一二年三月末の決算において経営状態の改善が見られ、近畿財務局も経営状態の改善を認めた検査結果を出しているので、相信の経営状態は改善しており、経営状態の説明義務はないとする判断であった。

一二 双方控訴して、舞台は大阪高裁に移った。金融機関の経営破たんは、普通の企業の破たんの場合とは異なる。融資先が破たんして貸金の回収が将来不可能となることを見込んで貸倒引当金を積む必要があり、経営危機の認識時点は、普通の企業よりもずっと早い時点と考えるべきである。平成一二年三月末の決算では経営状態が改善したように見えるかもしれないが、それは相信の実態を反映したものではない。私たちはそのように主張し、会計の専門家の意見書を証拠として提出した。大阪高裁は、私たちのこの主張に一定の理解を示したようで、第一回口頭弁論では、相信側に対し、平成一二年三月末決算の改善を認めた近畿財務局との交渉経過(フォローアップ)を明らかにするよう求めた。

一三 高裁審理の前半部分は、金融機関の健全性をどのように考えるべきか、破たんの危険性は普通の企業とは異なった判断基準が用いられること、それを裁判所に理解させる作業であった。ところで、なかなか解明できなかったのは、相信が、平成一二年三月末の決算で経営状態を改善させたように見え、その決算内容を近畿財務局が認めたことであった。大阪地裁判決の問題点は、この事実をもって、相信の経営状態がその時期には改善されたと見るところにある。しかし、この当時の状況について、相信理事長自身もその尋問の中で、地価は下がる一方であり、担保価値の減少は一向に改善されなかったと述べていた。そのような状況で、なぜ平成一二年三月末の決算は経営が改善したように見え、しかも近畿財務局はなぜその決算を認めたのか。

一四 私たちは、平成二二年三月、ついにその答えを見つけた。相信は平成一一年三月末決算で「税効果会計」という会計処理を行って、何ら資産が増えたわけでもないのに会計処理だけで九一億円の資産をひねり出し、これを積立金に回していた。平成一二年三月末の決算では、そのような無から生まれた積立金を八〇億円取り崩し、無理やり集めた四〇億円の出資金の増額分を加えた一二〇億円が、資産の増加分として計上されていたのである。このような会計処理それ自体は違法とは言えない。近畿財務局はこの決算を違法として排斥することは出来なかった。しかし、相信の経営状態が好転したわけではなかった。単なる会計処理上の数字のマジックである。しかも、相信は、一〇年間の経営状態の推移が一目でわかる一覧表を隠していたことが明らかとなった。高裁判決は、これらの成果を受け止めてくれたのである。

一五 この事件では、警察の捜査は入らず、内部告発もなかった。そのような中で、相信の経営状態を一定程度明らかにできたことは、私たちにとってとても幸運であった。原告団と総代の要請活動にもかかわらず、残念ながら相信は上告をした。この画期的な高裁判決が維持されるよう、さらに力を尽くしたい(弁護団は、伊賀興一、吉田肇、白倉典武、田中史子、住吉健一、長谷川武治、東山俊、梁龍成、中山研一、前田麻衣、笠松健一の一一人である)。


*島根・松江五月集会特集その5*

五月集会労働分科会報告文

大阪支部  楠   晋 一

 五月集会での労働分科会では、人数こそ例年に比べると少なかったですが、様々な課題について議論が交わされました。

 一日目は、まず鷲見先生が総論として、議論を全体的に俯瞰する説明がありました。松下PDP事件判決以降の裁判や労働委員会の現状、裁判勝利のために突破しなければならない論点、裁判を進めるうえでの工夫、派遣法改正、有期労働契約の規制につき説明がなされました。裁判闘争に勝利するためには裁判の進行においても主導権を握り続けなければならないという言葉が印象に残りました。

 続いて、東日本大震災に伴う、雇用・労働問題について議論が移り、最初に東京電力福島第一原発で働く労働者について議論されました。団から四月二八日付で厚労省、東京電力等に提出された福島第一原発で働く労働者の安全衛生管理の徹底を求める要請書を提出し、それに対して五月一九日に厚生労働省との懇談で回答がなされたこととその内容が平井先生から報告されました。

 福島第一の原発労働者は、睡眠時はJビレッジで雑魚寝を余儀なくされ、食事もレトルトが支給されることが多いという劣悪な条件にあったことが報道されていたこともあり、労働者の現状をどのように把握するか、労働者から直接聞き取りができないかという点についていろいろアイディアが出されました。

 さらに、団で取り組んでいる労働・生活相談Q&Aの案が公表され、参加者から質問の設定や回答の内容について多様な意見が出され、今後も意見を踏まえて作成が進められることになりました。

 引き続いて、非正規切り裁判闘争について、各地で取り組まれている先生方から報告がありました。

 派遣切り・有期切り裁判では、地位確認について敗訴判決が続いていますが、最近では損害賠償が認められる事案(日本トムソン事件、パナソニックエコシステムズ事件など)も見られるようになり、そのような事件を担当しておられた先生方から具体的に報告がありました。参加者には派遣切り・有期切り裁判に取り組んでおられる方も多く、積極的に質問がなされていました。

 二日目も、最初は引き続き派遣切り・有期切りについての事件報告が続き、そして派遣法改正問題、有期労働法制の問題に話が移り、私も有期労働法制について報告させていただきました。鷲見先生の報告の趣旨を、私が間違って「有期研の報告書の内容を評価している」と理解したあげくに生意気にも批判してしまい、鷲見先生には失礼なことをいたしました。この場を借りてお詫びいたします。

 最後に、大阪支部の杉島先生から北港観光バスの労働争議において、会社周辺で一五分程度街宣車を使って不当労働行為をやめるよう街宣活動をしたところ、街宣活動禁止ならびにビラ配布禁止の仮処分が申し立てられそれが裁判所によって全面的に認められてしまうという事件について報告がありました。

 このような判決を出す裁判所の見識を疑いますが、労働運動の根幹にかかわる問題であり、運動と今後の団員の活動でぜひとも覆さないといけない判決だといえます。

 今回の五月集会でも、労働者をとりまく現状は依然厳しく、乗り越えなければならない壁がたくさんあることが改めて浮き彫りになりました。私も、大衆的裁判闘争の一翼を担い、壁を一つずつでも乗り越えていけるように今後も努力を続けていきたいと思います。


『月刊 憲法運動』(七月号)の御一読を

―取り急いでのご案内

東京支部  坂 本   修

 『月刊 憲法運動』(七月号)の御一読をとつよく思い、取り急いで筆をとりました。この雑誌は、待望久しかった本年六月九日夜の「比例定数削減に反対する六・九集会in東京」の全特集です。一二〇〇人が結集し、大成功したこの集会に参加した「若い世代」の森田沙緒里、田村優介両団員は、『団通信』(七月一日号)で、こもごもに感動を込めて、当夜、なにを学び、何を決意したかを語っています。「古い世代」の私も同じ思いです。

 でも全国の団員らには、詳しい話は伝わっていません。しかし、この雑誌を読んでもらえば、全部が伝わります。

 話の内容は、「それは読んでのお楽しみ」ということで詳しい紹介は省略しますが、PRのため、二点だけ述べておきます。

 第一に、日本共産党市田忠義書記局長の簡潔な「あいさつ」と渡辺治先生の詳しい基調講演は、目の前で複雑に激動する情勢を鋭く解明し、いま私たちが力をあわせてたたかうことの大事さをはっきりさせています。ともに、ありきたりではなく、新鮮で心に響くお話でした。

 第二に、主催団体の八人の代表のパワーポイントを活用してのリレートークがこれまた新鮮です。選挙制度をめぐる“せめぎ合い”という民主主義の課題と、草の根の現場からの生活と権利のための要求とをどうやったら結合できるかについて、迷い、悩んでいた私にとって、各トークは「目からウロコ」でした。

 渡辺治先生は講演の最後で、「(定数削減反対の)世論を広げていくには、消費税、TPP、原発などと比べてもっと本格的な学習と準備がいる」「そのためには、私たちがもっともっと学習するとともに、市民の中に広げていく必要がある」と強調しておられました。私も全く同感です。「知は力だ」と言います。『憲法運動』をまず自分で読んでみる、そして事務所の同僚や身近な労働者、市民と機会を求めて話し合ってみてもらえたらと考えています。そのようにして「学んで行動し、行動しつつ学ぶ」ということが、私たちが「話し手」の一人として活動するうえで大事なのだと思う訳です。

 御一読いただいて、けっして失望されることはないはずです。冗談ではありますが、私の「宣伝文句」と違っていたら、「私が、代金の払戻しに応じます」と言っていいと思うほどに、自信をもって推薦する次第です。
 〈追記〉当夜、渡辺先生は、「学習」の教材として、私と小沢隆一先生、上脇博之先生との共著のブックレット『国会議員定数削減と私たちの選択』をあげて、「こういうものをまずみんなが読むことです」と話して下さいました。おかげで、会場出口で飛ぶように二〇〇部も売れました。出版後二ヶ月で約五〇〇〇部という状況です。「便乗商法」を企んでいるのではありませんが、できれば、これはこれで「あと一息の普及を」と願っています。


「六・九 比例定数削減に反対する大集会」に参加して思うこと

―あえて「批判的」な観点から―

大阪支部  小 林 徹 也

一 はじめに

 多くの皆さんが、この集会が有意義であり、成功裏に終わったことについて触れられています。私も、それらに全面的に賛同します。ただ、集会をきっかけに思うところもありましたので、あえて、「批判的」な観点からも述べてみようと思います。

二 理路整然とした渡辺治氏の講演について

 「大震災後の政治の行方―大連立、比例定数削減がねらうもの」と題して行われた渡辺治氏の講演は、氏らしい、いつもながら理路整然とされたもので、日々、読み流してしまう新聞記事の意味が有機的につながりました。

 今起きている大連立の動きが必然的なものであったこと、その危険性など、日々ぼんやりと感じていたことが、言葉として説明され、整理されました。

 少数政党の存在意義、特に「いかに少数であっても、国会内で、国民に選択肢を示す。比例定数削減は、その選択肢を奪おうとするもの」という言葉が印象的でした。

三 ビジュアルで分かりやすいリレートーク

 その次には、民青・新婦人・全商連などのリレートークでした。

 横断幕や、パワポで工夫をされた訴えはとてもビジュアルで楽しいものでした。

 ただ、理論面で整理された渡辺氏を受けて、それぞれの団体の現場の生の声・要求と比例定数削減の関係が語られるのかと思っていたのですが、多くの団体(私は時間の関係ですべての団体を聞けませんでしたが)が、震災支援などの取り組みや政策論を中心に訴えられていたのは少し残念でした。

四 この問題に取り組んで思うところ

 五月集会の分科会の議論でもありましたが、消費税やTPPについては「消費税増税=払う金が増える」、「TPP=安い商品が入ってくる」などと、比較的単純化して訴えることが可能ですが、比例定数削減については、このように単純化できず、一定の「前提知識」がないと、その重要性は分かりにくいものであると思います。

 従って、この問題をどのように一般市民に広げていくかが、大きな課題となっているのは周知のとおりです。

 ただ、以下のような意味において、この部分の具体的な議論が、なかなか進んでいないように思います。

 この議論の時、私が、思い浮かべるのは、例えばある離婚の依頼者です。

 母子家庭で、婚姻費用の支払いも滞りがち。中学生の長男も学校で問題を起こし、先生から呼び出されている。パートから帰ってもすぐに家事にとりかからなくてはならず、さらになかなか帰ってこない子どもらの心配をしていると、へとへとになって倒れるように眠り込む。

 街角で街宣をしていて呼びかけられても、早く家に帰らなければならないこの主婦は、立ち止まって聞いたり、チラシを受け取ってじっくり読むなどという、時間的なゆとりも、精神的なゆとりもありません。

 また、朝から晩までボロ切れのように働かされている非正規社員。

 朝、かろうじて起きて、夜は泥のように眠りこむ。物事をゆっくり考える時間も気力もない。

 私たちが、救済すべき人、従って、この問題の意義を広めるべき人は、まさにこのような人だと思います。しかし、この主婦や非正規社員に、私たちの訴えをどのように伝えればよいのでしょうか。

 なるほど、この主婦が、二時間、いや、せめて一時間、私たちに時間を与えてくれれば、ひょっとすると、この主婦の苦労の源である貧困の原因から、比例定数が削減されれば、その貧困が一層強まること、すなわち、この主婦の「要求」と比例定数削減の関係を理解してもらうことができるかもしれません。

 そして、この時間が与えられた時に、「なにをどのように訴えればよいか」については、私たちは、徐々に「学習」していると思います。

 しかし、その主婦には、その一時間すらない。夜間の集会に行く余裕もない。仮にチラシを受け取っても、それを理解しようと読む気力もない。その人たちにどう対応するかです。

 このような人たちが多いことを「民主主義が成熟していない」などと評価することは誤りであると思います。

 もちろん、「このような種類の人に、この問題を理解してもらうことは難しい。まずは集会や学習会にきちんと来てくれる民主団体の構成員に理解してもらうことが重要。それより先に広がるかは、個々の構成員が周囲の人にどれだけ訴えるかによる。」

 そういう認識でもよいと思うのです。

 ただ、このような運動をする際に、その主張を伝えたい人、その人の具体的な生活パターン、理解力、この問題にかけうる思考力の余裕、などを具体的に想定することは、当たり前のようで意外と忘れられている点ではないかと思うのです。

 いわゆる「運動論」を議論している時、このような具体的な人物像を忘れ、空中戦をしているような気分になることがあります。

五 大阪でも悪戦苦闘

 もちろん、こういう私自身に、例えば右のような主婦にどう訴えればよいのか、名案があるわけではありません(もちろん依頼者には打ち合わせのついでに、リーフを渡して、少しは説明できるわけですが)。

 大阪でも前述のような議論は何度もしましたが、具体的な案が出たわけではありません。

 ただ、例えば、大阪でリーフを作った際、一つ目のものは、いわゆる民主団体内部で比例定数削減の危険性をきちんと認識すること、二つめのリーフは、もう少し裾野を広げて、民主団体構成員の周囲にいる人に当該構成員が説明する際の資料としてもらうもの、というように、ある程度、具体的に対象を想定したつもりです。

 もちろん、以上述べたことは、ほとんどの団員にとっては、「言われなくてもわかっている」ということかもしれませんが、私たちの訴えが「正しい」のに、なぜ広がらないのかについて、きちんと文章にされていないと思い、あえて書かせていただいた次第です。


日米同盟強化(深化)の舞台裏

広島支部  井 上 正 信

 二〇一一年六月一五日朝日新聞(大阪本社版)一面トップに「空港・港調査 米迫る」との見出しの記事が出た。この記事は、例のウィキリークスから朝日新聞が提供を受けた米外交公電(在日米大使館発国務省宛)が元になっている。二〇〇八年七月一七日来日したマーケン米国防次官補代理と日本側の外務・防衛両省幹部との会議で、調査対象となっている日本の空港・港湾二三箇所の調査を早急に行うよう要請し、日本側は国内事情から困難だと釈明したとのこと。

 同年一一月の公電では、来日したセドニー国防次官補代理が、〇九年九月までに全調査結果を反映させるよう重ねて要求した。記事によると〇八年当時日米間では概念計画(CONPLAN)5055の改定作業を進めていたが、米側は空港や港湾の実地調査を、改定作業完了期限の〇九年秋までに間に合わせるよう要求したとのこと。秘密扱いで公表されることを想定していない公電は、日米間で密かに行われている日米同盟強化(深化)の舞台裏を記している。

 ただ、この記事は周辺事態法や新ガイドラインとの関連で説明しているので、断片的な解説となっており、読者にはいささか理解しずらい内容となっている。日米防衛政策見直し協議(いわゆる米軍再編協議)での日米合意の内容を踏まえると、この記事の意味がよく理解できるはずである。それは、〇二年一二月から始まり、二〇〇六年五月ロードマップ、〇七年五月2+2共同発表文で合意され、二〇一〇年一二月新防衛計画大綱でこの合意を更に深化させるとした、日米同盟の変革のことである。むろん、この源流は新ガイドラインにある。

 日米防衛政策見直し協議で最も重要な合意が、二〇〇五年一〇月2+2で合意された「日米同盟:未来のための変革と再編」である。ここで「一般及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施」することを合意した。なぜこのような合意をしたのか。それは以下に述べるように、日米共同作戦計画を策定する上で不可欠な作業だからだ。

 この合意とは、「二国間の安全保障・防衛協力の態勢を強化(要は日米同盟の強化)するための不可欠な措置」という表題のもと、「計画検討作業の進展」という項目の中で記載されている合意である。ここで述べる「計画」とは周辺事態と日本有事の際の日米共同作戦計画のことである。この検討作業は、「空港及び港湾を含む日本の施設を自衛隊及び米軍が緊急時に使用するための基礎が強化された日本の有事法制を反映する」としている。つまり、日米同盟を強化(深化)させる上で、この日米共同作戦計画を完成させることが不可欠であり、空港・港湾調査はそのためのもので、共同作戦計画の完成は日本の有事法制があって初めて可能になるということである。

 ではなぜ有事法制なのか。有事法制が制定される以前は周辺事態法が存在していた。周辺事態(朝鮮半島有事や台湾海峡有事を想定)で、日本から作戦行動をとる米軍に対して、日本が行う軍事支援を規定した法律である。周辺事態法第九条は軍事支援に付き地方自治体の協力を規定する。しかし、この条文は地方自治体に対して「必要な協力を求めることが出来る」というもので、強制力がない。他方、有事法制とりわけこの場合に関係してくるものが特定公共施設利用法と国民保護法である。有事法制は周辺事態でも発動される。周辺事態と武力攻撃予測事態とは重なる事態だからだ。特定公共施設とは、空港・港湾・道路・海域・空域・電波であり、地方自治体が実施する国民保護のための措置(住民避難)で必要となるインフラであるとともに、米軍の作戦でも必要になるインフラでもある。有事の際のこれらのインフラを住民避難での使用と米軍の使用を調整するのが特定公共施設利用法である。地方自治体との関係では、内閣総理大臣は「要請」し、「要請」でもだめなときは「指示」し、それでもだめなときは地方自治体の権限を取り上げ、国土交通大臣に権限を行使させることが出来る仕組みである。周辺事態法では規定できなかった地方自治体に対する強制力を行使できるのである。国民保護計画で住民避難に使おうとしている自治体に対して、米軍使用を優先させるため強制的に空港・港湾などを提供させることが出来るようになったから、日米共同作戦計画が「絵に描いた餅」ではなく、実効性のある計画になるのだ。

 「変革と再編」で述べる「計画検討作業の進展」とは、一般的な意味ではない。概念計画5055(CONPLAN5055)を作戦計画5055(OPLAN5055)にバージョンアップする作業のことである。CONPLAN5055は、二〇〇一年〇九月に日米制服組の間で調印され、二〇〇二年一二月一六日2+2へ報告された。OPLANは最終的且つ完全な計画を作成する根拠となるもので、時系列戦力展開データを伴う。CONPLANはその略式計画である。いずれも米戦域統合軍(例えば太平洋軍USPACOMもそのひとつ)司令官が作成して、統合参謀本部議長の審査と承認が必要である。何時から日米間で策定協議が進められたか不明であるが、九七年九月の新ガイドラインで設置が合意された包括メカニズムの中で策定されたものであることは間違いない。包括的メカニズムとは、防衛協力小委員会(2+2の下部組織)のもとに共同計画検討委員会(日米の制服組で組織)と、日本の関係省庁局長等会議で構成される。

 「変革と再編」は、このCONPLAN5055をOPLANにバージョンアップすることを合意したのだ。これまでの新聞報道によると、CONPLAN5055の改定作業(OPLAN策定の意味であろう)は二〇〇七年九月までに完了することが合意されたとのこと(二〇〇七年一月四日朝日新聞、同年一月三〇日赤旗新聞)。そのために、関係省庁局長等会議が七年ぶりの〇六年一一月二一日開かれ、共同計画検討委員会が四年ぶりの〇六年一二月一三日に開かれた。包括メカニズムの再起動である。

 ところがその後の新聞報道などでは、二〇〇七年九月に完成するはずのOPLAN5055に関する報道がぱったりなくなったので、私は関心を持ちながらも作業がどうなっているのか分からなくなっていたが、二〇一一年六月一五日朝日新聞の上記記事でやっと理解できたのである。米側は日米防衛政策見直し協議の合意の実行を督促していたのであるが、日本側がサボタージュをしていたということである。上記朝日新聞の記事によると、日本側は、「(被爆地の)長崎など、歴史的経緯のある場所や、野党勢力が強い場所では調査が不可能だ。」と釈明し、「自治体に対して、調査目的を明らかにできない点も制約になっている。」と説明したとのこと。朝鮮半島有事で、米太平洋軍は湾岸戦争規模の米韓連合作戦計画(OPLAN)5027を発動する。日米のOPLAN5055は、OPLAN5027と密接に関連しているはずである。日本の港湾・空港を作戦で使用することは絶対に必要である。そのために、港湾・空港の能力、その周辺の施設を詳細に調査しなければならない。それにより、「時系列戦力展開データー」が出来上がり、OPLANが完成する。ところが日本側のサボタージュで、当初予定していた二〇〇七年九月になっても出来なかったのだ。さすがにこのような目的のための港湾・空港の調査を自治体へ依頼出来なかったのであろう。そのため、二〇〇八年七月に米側が圧力をかけたのである。先ほどの「変革と再編」では、共同作戦計画を完成させるために「地方当局(地方公共団体の意味)と緊密に調整」することまで合意している。日本側のサボタージュは、明らかに2+2合意に違反していたのである。

 日米防衛政策見直し協議による日米同盟の強化(深化)は、米国がその実行を強く迫る中で、日本側は、その内容が国民に知れることを恐れ、できるだけ先延ばししようとしている姿がうかがえる。日米同盟強化(深化)を巡る舞台裏では、日米同盟強化(深化)の真の姿が国民に知れることを恐れる日本政府が、米国の圧力との間で板ばさみ状態になっていることが窺い知れる。水島朝穂教授はよく「忖度と迎合」の日米同盟と表現される(最近では「世界」七月号「史上最大の災害派遣 自衛隊をどう変えるか」)。私もこの言葉を借用させていただくことがある。国民の目から日米同盟を見ると、「嘘と誤魔化し」の日米同盟と表現も出来るであろう。密約に塗り固められた日米安保体制、虚構の上に作られたSACO合意など、日本の安全保障・防衛政策の根幹にこれがある。私たちが、日米同盟強化(深化)に対する反対運動を推し進め、世論を巻き込むことで、日米同盟強化(深化)を阻止することの展望が開けると思う。

 しかしながら、東日本大震災を契機にして、日米両政府はこの膠着状態を突破しようとしている。六月二一日ワシントンで開かれた日米安保協議委員会(2+2)共同発表文のひとつに、東日本大震災への日米共同の救援作戦について、日米同盟深化の視点からの総括文書がある。その中で、「閣僚は、地方公共団体によって実施される防災訓練への米軍の参加が、米軍及び基地を受け入れているコミュニティとの間の関係強化に資するとの認識を共有した。」と述べている。今後実施される地方公共団体の防災訓練へ、米軍が参加することの重要性を述べているのだが、その際に、地方公共団体が管理する港湾や空港の能力を調査しようという思惑が見え隠れしている。大規模な自然災害の際に、米軍の支援があればとても助かります、災害救助に来援する米軍が使用するためです、「トモダチ作戦」でお分かりでしょうと言えば、地方公共団体も港湾や空港の能力の調査に協力しやすいであろう。暴露された公電から見えてくる日米同盟強化(深化)の舞台裏から、表舞台である2+2の共同発表文の意味をこのように読み取ることが出来るのだ。

 なお、日米共同作戦計画策定の詳しい経過や内幕、OPLAN5027とOPLAN5055で日本はどのような戦争支援を具体的に想定しているのかに関して、詳しくは、自由法曹団通信一二二五号、一二二六号「密かに進む戦争国家体制作り上下」、一二二七号、一二二八号「憲法改悪と朝鮮半島有事上下」、一二二九号、一二三〇号「戦争国家体制づくりの源流上下」、一二三一号、一二三二号「朝鮮半島有事の際の日本からの後方支援上下」をお読み下さい(http://www.jlaf.jp/tsushin/tsushin_2007.html)。

 News for the People in Japan掲載原稿より転載しました。以下のURLをご覧下さい。

  http://www.news-pj.net/


団通信は読まれてるか?

福岡支部  永 尾 廣 久

広報委員会の総括文を読んで・・・・

 島根の五月集会で広報委員会が団通信を分析した冊子を資料として配布されていました。団通信の常連投稿者として、この冊子に早速目を通していたところ、某団員から「あれ読んだら、また何か書くんでしょ?」という声がかかったのです。そこで、広報委員会にも団本部事務局に頼まれもせず、今回もまた投稿することにしました。昨年も同じようなことを書いています(七月一日)ので、重複するのをいとわず書いているのをお許しください。

 一九九九年からの累積執筆者数では、わが二六期は一四〇通となって依然として断トツの一位を維持しています。千葉の守川幸男団員と私の二人がその首位の座維持に貢献していると思います。二位は三〇期(一二七通)、三位は四〇期と五三期(一二二通)、五位は三八期(一一七通)、六位は四四期(一一五通)です。

投稿は大幅に増えているが・・・・

 二〇一〇年の団通信投稿は三二七件。これは、二〇〇九年まで二五〇件を超えなかったことからすれば大幅に増えているとのことです。

 テーマとしては、平和、労働、民主主義、司法のジャンルが目立って多く、これまで団の主要な活動分野であった弾圧、治安などが多くないと指摘されています。これも情勢を反映しているのでしょう。私も、選挙弾圧事件は、とんとごぶさたして久しくなります。安保・沖縄そして自衛隊・アメリカ軍についての記事が案外すくないような気がしています。この分野にからんだ裁判にかかわっている団員はいないのでしょうか。

 年代別では、五五期以降で二八%を占めていて、若手の奮闘が顕著と認められています。ただ、そのテーマは労働と貧困に集中しています。

 地域的に東京の比重が三六・四%と相対的に低下していて、これまで少なかった東北・四国・北海道からの投稿が増えたとされています。しかし、私は北海道が一桁というのは少なすぎると思いますし、中国も四国も団員は何をしているのかしらんと疑問に思うほどの少なさです。愛知支部六一通というのは、滋賀(七四通)、長野・広島の各六八通よりも少ないのはなぜでしょうか。そう言えば、昔ほど愛知の団員の元気な発言を聞かなくなった気がします。ですから、支部ごとの団員数と対比させて投稿数の比率を出してみたらどうでしょう。支部活性化の一つの指標として・・・・。

 また、九州のようにブロックごとに総会をやっているところもあると思いますが、そのブロックの活動状況が紹介されたら、と思います。

 さらに、法人化して支店を展開している団事務所も少なくありませんので、その実態について、それから、日弁連ひまわり公設事務所や法テラス事務所に所属する団員もいますので、そのレポートも読みたいところです。団本部は、これらのブロックや支部団員にもっと団通信に投稿するよう呼びかけるべきではないでしょうか。

団通信の編集体制の変革を提案したのだが・・・・

 私は、先に今より強力な編集委員会に改組すること、読みやすい団通信とするにはリライトも試みるべきだなどという意見書を団本部に提出しました。これに対して、「速報性を重んじる関係」などから応じられないという結論になったことが冊子に書かれています。

 団通信やニュースに準備書面そのままの文章しか書かない(書けない)人があまりに多いという現実がありますが、やはり読まれる、読みやすい団通信にするための努力が必要ではないかと今も考えています。前にも書きましたが、新聞に載っている読者の声にしても、原文の意を変えない限り新聞社がリライトしているものです。それくらいは文学作品ではありませんので、編集上当然のことだと思います。

 地域やジャンルのバラつきをなるべく少なくするため、団員を指名して投稿を求める努力はもっと強めるべきだとも思います。そのためにも編集委員会に出版・マスコミ関係分野の出身団員や若手団員の積極的登用を提案したのでした。団本部に再考してもらえたらと考えています。

 B5版の体裁も今のままでいいのでしょうか。発刊以来同じ体裁というのは、もちろん私などには愛着もあるわけですが、思い切ってA4版スタイルにし、もっと一覧性を重視することも改めて検討してほしいところです。

 一度、若手団員にアンケートをとって、どれだけ団通信を読んでいるか、何を求めているか、なぜ団通信へ投稿しないのか、集まった回答を集約して少し掘り下げて分析する努力もお願いしたいと思います。

本部・常幹から、もっと発信してもいいのでは・・・・

 団長から年頭あいさつなどがたまに載りますが、幹事長や事務局長が業務連絡・伝達ということではなく、身辺雑記をふくめた活動状況を伝える文章があってもいいのではないのでしょうか。団本部の皆さんが毎日どんな思いで活動しているのか、何が問題になっているのか、等身大の執行部の状況をさらして全国の団員にもっと訴えかけてもいいように思われます。

 それを通じて団本部が人間的に身近な存在として感じられたら、もっと交流もしやすくなるでしょうし、さらに魅力的な団になるのでは・・・・。

 また、毎月開かれている本部常幹の決定事項は別に知らされるところではありますが、差し支えのない限りで、意見の分かれたところ、その論点について、私的見解や感想などを会議ごとに雰囲気をふくめて伝えてもらえれば、ああ団本部では今こんなことを議論しているのかとイメージもつきやすくなります。

 とりとめもなく思いつきをあれこれと書いてみました。全国の団員の皆さん、もっと団通信に投稿しましょうね。


人権としての「子育て」

―性別役割分担と単独親権制

東京支部  後 藤 富 士 子

 親は既に「出来上がった大人」として、「未熟な子ども」を養育するという前提は科学的に間違っている。大人も死ぬまで成長・発達するものであり、親自身が成長・発達することが、子どもの「育ち」にとって重要なことが証明されている。親の自己成長・発達は、親自身の幸福感と心理的安定の基盤であるだけでなく、子どものモデルとして重要である。それは、子どもが「有能な観察学習者」だからである。子どもは、親がどうふるまっているか、どう生きているかということを自分のモデルとして学ぶ。子の発達に対して親がなし得ることは、親自身が、どんなことであれ、自らが成長すべく努力し、精一杯生きている姿をみせることである。さらに、思春期になると、子どもは、親たちを「夫と妻」としてみるようになるし、親を職業人としても、家庭人としても観察する。両親が夫婦として調和せずに批判し合う対立関係にあることは、子どもにとっても不快で疎ましい。子どもは、その不快感を直接、親には言わないけれども、間接的な形で親に抗議し、批判する。親たちの発達は、子どもの心理的安定の基盤であると同時に、子どもの発達のモデルなのだ。

 幼児の監護者として「母親が一番」という母性神話も科学的に間違っている。子どもや育児への態度や心理は、血縁や性の違いを超えて、養育責任と養育体験をもつことによって育まれる。人類は、育児本能をもつ動物とは違って、他者の心を理解し、他者を援助しようとする心が進化した人間ならではのこととして、小さく弱いものを慈しみ守り育てる心とスキルを持ちうる。父親が育児から降りてしまう状況は、人間ならではの心と力を無視している。人類の父親は、困難な育児をつつがなく成功させるために進化したものとも言える。日本における父親の育児不在状況は、子育て=繁殖成功の必需品として進化した機能が不全に陥っていることを意味している。ちなみに、脳科学の知見によれば、「ヒトを人間たらしめる」脳領域は前頭連合野であり、「社会の中でうまく生きて、最愛の配偶者を得て子どもをつくり、きちんとした成人に育てる」という目的で進化発達してきた知性群である。その脳機能を高めるには、「できるだけ多く他者と関わる臨床体験を重ねること」に尽きるが、八歳までが勝負という。

 ところで、男女を問わず、家族役割を担い家庭生活を享受することは、人間として当然の権利であり責任である。家庭(家族)責任および権利が男女労働者双方のものであることは、ILO条約第一五六号「家族責任をもつ男女労働者の権利」に明記されている。スウェーデンでは、男性もごく普通に育休をとっているが、それは、職業と家族役割を同じ比重で尊重する理念に基づき、育休をとることが職業上不利になるどころか有利になる制度的な裏付けがあり、男性の育児権が保障されているからである。

 ところが、日本では、一九九九年六月、「男女共同参画社会」法が国の基本的政策の柱として成立したが、一向に進展がない。この目標を実現するために必要なことは、「ワーク・ライフ・バランス」の確立である。ここで「ライフ」というのは、家事・育児など家庭のことをすることではない。家事は生きるうえで必須の労働であり、「ワーク」である。ライフとは、勉強、教養、趣味、スポーツなど心身の成長・発達のための個人の活動である。こうした活動は、経済と家事・育児といった生きるうえでの安定、すなわちワークの基盤があってこそ成り立つ活動である。妻が専業主婦の場合、男性は職業のワークを、女性は家事・育児のワークを分担しているだけで、夫も妻も「ライフ」どころではないのが現状である。

 しかし、「ワーク」だけとってみても、人間にとっての発達を考えた場合、複数役割に関与することで質的な展開がみられる。育児は、職業とは全く異質の活動で、育休をとった父親は「育児は育自」を実感し、仕事の価値を相対化できるようになる。発達の原則からみれば、一つのことだけに集中していることは、心理的健康を害し、能率的にも良くない。また、生活体験を欠いた企業の経済活動が、社会やそこに暮らす人々にとって良いはずがない。異質な体験が、それらの問題を修正することになるのである。そうすると、依然として仕事に偏りがちな日本の男性にとって、子育てという権利の保障は大切である。

 こうしてみると、単独親権制は、人類のサバイバル戦略と背反するもので、親にとっても子にとっても、成長発達を疎外するものである。また、社会学的に見れば、単独親権制と「母親優先」の運用は、ジェンダー・バイアスとジェンダー・アンバランスの象徴にほかならない。さらに、審判だ訴訟だと権力・権威に解決を委ねるあり方/話合いによる解決を図ろうとしないことも、脳機能の劣化・退化を示唆している。

 しかるに、日本国憲法は、このような人間の尊厳を冒涜する事象を克服する規範として存在しているのである。

参考文献:柏木惠子『子どもが育つ条件―家族心理学から考える』

(岩波新書)

     門脇厚司『社会力を育てる―新しい「学び」の構想』

(岩波新書)

(二〇一一・六・一二)


原発問題全国交流会に是非ご参加を

幹事長  小 部 正 治

 三月一一日の東日本大震災と津波によって破壊されメルトダウンした福島第一原発は、約四ヶ月が経過した現在も、何時収束するのかさえ不明確なまま、まさに人間がコントロールできない状態であることを示し続けています。いまや、「原発はもういらない」の声は国民の過半数を占める状況です。様々なデモや集会が開催され、七月二日の明治公園の集会には二万人の人々がそれぞれのスタイルで参加しました。

 団は今年の五月集会にて初めて原発の廃止をめざし、暫定的に削減する方針を決めました。しかし、浜岡原発は菅総理大臣の一言で運転が止まったままですが、玄海原発はその危険性が叫ばれながらも、さしたる安全の根拠もないまま、政府や保安院の説明を真に受けた町長の一言で運転が再開されようとしています。同時に、その他の原発に関しても、ことあれば運転を再開しようとする動きが強まっています。「いま、私たちは何をすべきか」、これまでの運動や動きを振り返りつつ、交流すべきと執行部は判断しました。

 第一に、福島第一原発の危険性、コントロール不能は、同時に他の原発の危険性及び廃止の必要性を直ちに立証しているとも言っても過言ではありません。これまで幾つかの地方で原発訴訟を担当してきた団員にとっても、極めて新しい段階に入りました。全国的に「原発廃止」で提訴しようとする動きも出ています。団員は、今後原発訴訟にどの様な視点、スタンスで取り組んでいくのか至急協議すべきと思います。是非、浜岡・松江・福井・玄海などに関係する団員はご報告願いたいと思います。

 第二に、原発の被害を受け、福島県の各地において損害賠償を求める人々の法律相談や東電に対する賠償請求などに取り組んできました。六月からは特に埼玉から多数の団員が参加し、訴訟も展望して取り組みを進めてきています。同時に、合理的な根拠も無く二〇キロ圏外という線引きによって救済を拒絶されている少なからぬ人々も、例えば那須の旅館業の人も請求したいと考えています。福島県において団は何ができるのか、何をすべきか、実践的な課題になりつつあります(宮城や岩手においてとは異なる課題です)。

 第三に、既に全国各地で大なり小なり集会やデモなど、原発ゼロをめざす運動は進んでいると思います。しかし、国民の誰でもが気軽に参加できる運動が、党派を超えて広範かつ継続的に取りくまれることなしに原発は廃止できません。最終的に原発を廃止し代替エネルギーにより必要なエネルギーを恒常的に供給できるようにするには、五年ないし一〇年はかかると思います。その間に激しい巻き返しが起こることは必然でしょう。「安全神話」を創ってきた勢力が権力や財力にものをいわせて、立地自治体や周辺自治体を押さえ込もうとしています。それをはねのけて進む運動を創るにはどうしたらよいのか。是非とも、多くの団員の意見をいただきたいと思います。

 八月の夏は暑いですが、常任幹事会の日程として確保してきた八月の第三土曜日に左記のとおり原発問題の全国交流会を開催します。是非とも全国からご参加いただきたくお願いいたします。団本部まで参加のご連絡をお願いします。

名  称   原発問題全国交流会

日  時   八月二〇日(土)午後一時から午後五時まで

場  所   自由法曹団本部会議室

議  題    原発訴訟をめぐる情勢と新しい動き

           原発訴訟にどう取り組むか

          原発の損害賠償請求に関して

           中間答申、圏外の請求に関して

          原発ゼロをめざす運動を発展させるために党派を超えた幅広い運動、継続的な運動をどう構築するか

 なお、会議終了後に懇親会を予定しています。希望者はこの点も希望を述べてください。


国家公務員の一大事に反対の署名を

幹事長  小 部 正 治

 政府は六月三日、国家公務員の給与を向こう三年にわたって、基本給を五〜一〇%引き下げるとともに一時金も一律一〇パーセント削減する賃金引き下げ法案を閣議決定しました。

 しかし、今回の賃下げには、就業規則による一方的な不利益変更の確立した判例法理(労働契約法八条〜一〇条)にてらしても、何の必要性・合理性もなく認められません。

 しかも、現在まで、国家公務員は憲法で保障されたストライキ権も団体交渉権も剥奪され、毎年人事院の民間との比較調査に基づく勧告に基づき、賃金の上げ下げが決定されてきました。しかし、今回は話題に上っているスト権はもちろん団体交渉権さえ付与されないままで、人事院勧告も無いままに一方的に賃金引き下げを強行しようとする憲法違反の暴挙です。

 そして、基本給が地位によって五%、八%、一〇%も削減され、トータルでは年間六〇万円にものぼる大幅な減額です。削減の必要性・合理性はありません。同時に、地方自治体職員及び民間に波及して消費を冷やすことは必然です。

 しかも、東日本大震災の財源も口実にしていますが、今日の財政悪化を招いたのは歴代の自民党内閣の失政であり、公務員の賃金削減は筋違いです。また、今不眠不休で震災の被害回復・地域の復興のために働いているのが国家公務員です。賃金引き下げはその志気に影響し、住民サービスの低下に繋がりかねません。

 したがって、何の合理性も必要性もない国家公務員の賃金引き下げに関しては、明白に反対すべきです。いつも民主主義に関する様々なテーマで団と共闘し国会デモの先頭に立ち、堀越事件・世田谷事件では国家公務員の政治活動の自由化に関してともに闘い、全労連の中核として様々な影響力を行使している国家公務員の一大事です。国公労連から是非にと強い要請がありました。必ず、同封した署名用紙に署名して団本部宛返送願います。


自由法曹団総会・五月集会の日程のお知らせ

事務局長  杉 本   朗

 詳しいことは後日あらためてご案内いたしますが、団員のみなさんの日程確保を考えて、とりあえず、今年の総会と来年の五月集会の日程をお知らせいたします。

 ぜひ、今すぐ手帳にご記入下さい。

◆自由法曹団創立九〇周年記念行事

 二〇一一年一〇月二一日(金)一五時〇〇分〜二〇時〇〇分ころ

 場所=ホテル グランパシフィック LE DAIBA(東京・お台場)

 第一部つどい、第二部レセプションの二部構成で行います。

 第一部(一五時〇〇分〜)では、団の内外の方にご登壇いただき、リレートークを行います。

 第二部(一八時〇〇分〜)は、立食形式で行います。

◆二〇一一年総会

 二〇一一年一〇月二二日(土)一〇時〇〇分〜一六時〇〇分ころ

 場所=東京国際交流館プラザ平成(東京・お台場)

 七〇周年、八〇周年のときにならい、総会は一日で、分散会に別れることなく終始全体会で行う予定です。

 ※詳細及び参加申込みについては、団通信九月一日号にてご案内いたします。

◆二〇一二年五月研究討論集会

 二〇一二年五月二〇日(日)〜五月二一日(月)

 場所=宮崎県宮崎市

 なお、五月一九日(土)には例年どおりプレ企画を予定しています。

 ※詳細及び参加申込みについては、来年の団通信四月一日号にてご案内いたします。