第1672号 / 6 /21

カテゴリ:団通信

●布川事件国賠訴訟で県と国に勝訴 ~「検察の証拠開示義務」を認める画期的判断  谷 萩 陽 一

●正念場を迎えた非正規雇用労働者の格差是正の闘い  鎌 田 幸 夫

●朝鮮国連軍の解体決議について  笹 本  潤

●性犯罪における最近の相次ぐ無罪判決と検討の視点  守 川 幸 男

●仏「黄色いベスト」運動が証しする「人民主権」  後 藤 富 士 子

【5月集会特集】
◇労働分科会(2日目)の感想  岩 本 拓 也
◇とても有意義な事務局分科会 ~仕事交流会編  濱 野 尚 子
◇5月集会に参加して  堤  祐 子

●富士山頂からスキー滑降(2)  中 野 直 樹

 


布川事件国賠訴訟で県と国に勝訴  ~「検察の証拠開示義務」を認める画期的判断  茨城県 谷 萩 陽 一

1 はじめに
 本年五月二七日、東京地裁民事二四部は、布川事件国賠訴訟について、被告茨城県と国に対し七六〇〇万円余の支払を命じる判決を下した。
 当日は和倉温泉で開かれた五月集会の二日目。私は五月集会の大懇親会で水戸市長選への支援のお礼の挨拶をしたあと、翌日の会議を失礼して東京へ戻って判決言渡しに立ち会った。
 法廷で判決要旨を朗読すると知らされていたので、まさか満員の傍聴者の前で敗訴判決を朗読することはないだろうと思っていたが、いざ聞くまではドキドキだった。
 ところが、主文が「被告両名は連帯して」で始まり、金額が七六〇〇万円を超え、さらに理由の中で検察の証拠開示義務を認めてその違反を認定したのを確認して、感動がこみあげてきた。
 日ごろから「絶対勝つ」と言い切っていた原告の櫻井昌司さんもさすがにほっとした様子で、記者会見では終始うれしそうであった。
2 判決の内容-責任の根拠
 取調べの違法については、取調官が虚偽の事実を告げたという事実を四つほど認定し、偽計を用いた取調べで違法とした。
 さらに、「ロッカーのキーの番号」を誘導した取調べが、社会通念上相当とされる範囲を超えた取調べであって、違法であるとした。
 公判活動の違法性について、櫻井・杉山さんに対して各二本の録音テープをとっていながら、取調べ担当の各警察官が「一本しかとっていない」と証言したのは偽証であり違法であると判断した。
 さらに、検察官の証拠開示義務について、刑事訴訟法第一条、検察庁法第四条の規定を引用したうえで、次のように判示した。
 「検察官は、公益の代表者として、事案の真相を明らかにする職責を負っているものというべきであるから、検察官の手持ち証拠のうち、裁判の結果に影響を及ぼす可能性が明白であるものについては、被告人に有利不利な証拠を問わずに法廷に顕出すべき義務を負うものというべきである。
 また、結果に影響を及ぼす可能性が明白であるとまではいえない場合であったとしても、被告人又は弁護人から、具体的に開示を請求する証拠が特定された証拠開示の申立てがあったような場合には、その重要性の程度、証拠を開示することによって生じる弊害の内容及び程度等に照らし、開示をしない合理的理由がない場合には、検察官は、その証拠の開示義務を負うものというべきである。」
 さらに、「証拠開示を受けるのは被告人の反射的利益にすぎない」という国の主張については、被告人は裁判の結果に最も強い利害関係を有するから、裁判の結果を左右する証拠開示について法律上保護された利益を有する、としてこれを退けた。
 そのうえで、確定審で弁護人が開示を求めた証拠について具体的に検討して、開示しなかったのは違法であると判断した。
 判決は、これらの違法行為がなければ控訴審で無罪判決が宣告された蓋然性が高いとして、控訴審判決の翌日から再審無罪判決確定の前日までの逸失利益・慰謝料等の損害賠償を命じた。
 なお、除斥期間の主張に対しては、有罪判決が存在することによって生じる損害については、再審無罪判決が確定したときが起算点となると判示した。判決は「このような場合に除斥期間の進行を認めることは・・・冤罪被害者にとって著しく酷である」としている。
3 判決の評価
 以上、請求を認容した判断、特に検察官の証拠開示義務を認めた判断は間違いなく画期的なものである。この論点について弁護団は、成城大の指宿信教授に意見書をお願いし、これに基づいた主張を展開した。判決は当方の主張をほぼ採用した。
 過去の国賠で検察官の証拠開示義務を認めた判決には、松川国賠の一審判決、芦別国賠の一審判決がある。このうち、松川国賠判決は、まるで原告準備書面かと思うほど情熱的に検察官の証拠開示義務の根拠を説き、国の主張の誤りを徹底的に批判している。
 しかし、その二日後に、例の最高裁昭和四四年四月二五日決定があり、昭和四六年の芦別国賠一審判決は、勝訴はしたものの、証拠開示義務については「最高裁決定をふまえても」、「証拠物ないしこれに準ずるものは検察官に開示義務がある」とされた。最高裁決定が証拠開示義務の判断を後退させた。
 布川国賠でも国はこの最高裁決定を最大の拠り所として「反射的利益論」を主張した。これに対して弁護団は、最高裁決定は刑事手続における裁判所の訴訟指揮についての判示であり、国賠法上の検察官の職務義務違反の問題は次元を異にすると主張したが、本判決はこの主張を認めたものといってよい。
 無罪判決後の国賠で国の責任を認めた判決はあるが、検察官の開示義務違反のみを根拠にしたものははじめてだろう。しかも、あの最高裁決定後に、検察官の職務上の義務としての開示義務を正面から認めたという点で、この判決は画期的なのである。
4 今後のたたかい
 ところが、である。実は他の論点では、当方の主張をことごとく否定している。まるで確定審の有罪判決を読んでいるようだ。起訴の違法も、いともあっさりと否定した。櫻井さんは判決全文を読んで、勝った気がしなくなったという。他の論点もこのままで済ませるわけにはいかない。
 そして何よりも、弁護団には、この判決の証拠開示義務についての判断を確定させるという重大な使命が課されることになった。松川国賠は、控訴審でも勝訴したものの、証拠開示義務の問題は起訴の違法に収斂される、として判断が回避された。芦別国賠は控訴審で逆転敗訴した。
 この判断が確定すれば、他の国賠訴訟や再審事件への影響ははかりしれない。それだけに国は徹底抗戦するだろう。
 まだまだ気の抜けないたたかいが続く。

 

正念場を迎えた非正規雇用労働者の格差是正の闘い  大阪支部 鎌 田 幸 夫

1 はじめに
 正規労働者と非正規労働者の格差是正の闘いが正念場を迎えている。
 二〇一八年六月一日、ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件についての最高裁判決(「最高裁二判決」という)が言い渡され、無期契約労働者と有期契約労働者との間の手当の相違について初めて労契法二〇条の不合理であることが認められた。その後、東京高裁と大阪高裁で相次いで注目すべき判決が出され、一歩ずつではあるが、着実に格差是正の闘いが前進している。また、働き方改革関連一括法によって、労契法二〇条がパートタイム労働法に移され、パートタイム労働法は、パートタイム・有期雇用労働法(「改正法」)となり、労働者派遣法も改正される(二〇二〇年四月一日施行)。
 団の五月集会の労働分科会でも、労契法二〇条を巡る各地の闘いが報告、議論された。分科会での議論を踏まえて、最高裁二判決後に言い渡された東京高裁、大阪高裁判決の意義と課題および、裁判での闘いの成果と改正法やガイドラインを職場における格差是正の闘いにどのように活用するかについて、述べてみたい。
2 最高裁二判決の判断基準と考慮要素
 最高裁二判決は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の待遇の相違が不合理とされる場合の判断基準と考慮要素を示した。
 要約すれば、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件を全体として比較すべきであるという使用者側の主張を排斥し、①個々の労働条件ごとに、相違があるかどうかを確認し、②相違があるときはその趣旨、目的を確認し、③その待遇の趣旨、目的に照らして、「職務内容、職務内容と配置の変更、その他の事情」のうち考慮すべき事情を考慮し、その待遇の趣旨、目的が有期契約労働者にも妥当するか否かを検討し、④その待遇の趣旨、目的が、有期契約労働者にも及ぶ場合には、待遇の相違の有無、程度からして労働契約法二〇条で禁止される不合理な扱いにあたるかどうか、を判断するというものである。
 注目すべきは、最高裁が正社員を優遇することで有能な人材を確保し長期雇用のインセンティブとするという「有為人材確保」論を取らなかったことである。最高裁二判決は、各種手当ての趣旨、目的について、長期雇用のインセンティブといった抽象的なものではなく、個別具体的に趣旨・目的を探求している。そのうえで、職務内容に関係しない給食手当や通勤手当、あるいは、その趣旨から有期雇用労働者にも妥当する皆勤手当、超過勤務手当、無事故手当、作業手当などの相違の不合理性を認めたのである。
3 最高裁判後に言い渡された高裁判決の意義と課題
 「最高裁判決は、最高裁判決言渡し後の下級審判決や学説によって形成されていく」と言われる。最高裁二判決は当該事案の事実関係に則した事例判決であり、最高裁判決の意義や射程は、労働者側と使用者側で理解が異なっている。例えば、使用者側は、最高裁二判決の事案は、職務内容が同一である場合であり、職務内容が異なる場合は、経営判断や労使交渉が重視されるなどと主張して、最高裁二判決の射程を狭めようとしている。また、学者による評釈においても最高裁二判決の理解は必ずしも一致をみていない。その意味で、最高裁二判決の理解やその射程の確定にとって、その後に言い渡された下級審判決である郵政東日本東京高裁判決、同西日本事件大阪高裁判決、大阪医科薬科大学大阪高裁判決、メトロコマース東京高裁判決が、大きな意味を持つのである。
 郵政東日本東京高裁判決(二〇一八年一二月一三日)、同西日本事件大阪高裁判決(二〇一九年一月二四日)が言い渡された。両判決とも、年末年始勤務手当(繁忙手当)、住宅手当、夏期冬期休暇、病気休暇における格差は結論において不合理と判断したのは大きな前進である。もっとも、大阪高裁が、有期契約労働者が五年を超えると正社員との相違が不合理となるとする五年基準論をとったこと、地裁判決が不合理と認めた扶養手当の相違を有為の人材確保論に基づき不合理でないと判断したことは問題を残した。
 大阪医科薬科大学事件では、私は結審弁論で「各種手当てにとどまらず、基本給・賞与の格差是正に切り込まなければ労契法二〇条が目指した非正規雇用の格差是正は果たせない。非正規雇用労働者の切実な思いに応える判決を」と訴えた。それに応えて、大阪高裁判決(平成三一年二月一五日・江口裁判長)は、賞与について「賞与対象期間に在籍し、就労していたことそれ自体に対する対価」としての性質を有するものとし、アルバイト職員に六割を下回る割合で支給しないとすることは不合理であると判断した。賞与の相違で、初めて、しかも、事務職(ホワイトカラー)で勤続年数が比較的浅い事案で不合理性が認められたことに大きな意義がある。もっとも、基本給の相違の不合理性を否定したこと、比較対象を正社員全体としたことに課題を残した。
  メトロコマース東京高裁判決(平成三一年二月二〇日)は、原告側が特定して主張する正社員を比較対象者とすれば足りるとし、長年の功労報酬の性格を有する部分にかかる退職金(四分の一に相当)を支給しないことは不合理であると判断した。
 このように最高裁二判決後に言い渡された東京・大阪高裁判決は、各種手当てのみならず、ボーナス、退職金などの不合理性を認め、一歩ずつ前進している。これは、最高裁二判決の射程の理解を広げる闘いであり、ひいては労契法二〇条の目指した正規雇用と非正規雇用の格差是正を実現に一歩でも近づこうとする闘いなのである。現在、これらの高裁判決は全て、上告審に移行している。各高裁判決で、前進した部分は使用者側の巻き返しを許さず、課題として残った部分は克服する闘いが求められる。
4 格差是正の職場での取り組みと運動
 最高裁二判決及び、その後の言い渡された東京、大阪高裁判決は、テレビ、報道、ネットを通じて広く報道された。大阪医科薬科大学事件でも「アルバイトに賞与なしは違法」とネット等で報じられ、大きな反響があり、社会的にインパクトがあった。一連の判決は、低労働条件で苦しむ多くの有期契約労働者を励ますこととなった。
 しかし、最高裁二判決やその後の高裁判決の成果が、労働者や労働組合に十分に周知されているかといえば、必ずしもそうではない。また、改正法やガイドラインの周知と活用もこれからの課題である。
 大阪では、今年五月二八日、連合大阪法曹団、大阪労働者弁護団・民主法律協会の三団体共催で、「格差是正のおおきなうねりを~労契法二〇条裁判の闘いの成果を職場で活かそう」
 という集会を開いた。最高裁二判決とその後の高裁判決の成果と、改正法、ガイドラインの職場での活用を労働者、労働組合に周知し、職場での団体交渉や運動に活かしてもらおうという目的であった。特に改正法で規定された説明義務の職場での活用は重要である。当該非正規労働者と「最も近い」と思われる正社員グループとの「待遇の相違の内容」「待遇の相違の理由」を求めることができる。使用者に求められる説明の内容、程度によっては、使用者側が合理性について説明する義務を負うのと実質的に異ならないことになる。そして、使用者側が合理的な理由ができない格差の是正を求めていくことが大切である。
   他方で、使用者側の対策も巧妙化している。例えば、郵政においては、判決で有期契約労働者に支給しないことが不合理と判断された住宅手当の相違について、使用者側は比較対象である新一般職(無期契約労働者)の手当を廃止する、すなわち無期契約労働者側の労働条件を切り下げる方向で格差を無くするという対応に出ている。新ガイドラインでも「望ましい対応ではない」とされている対応を、超巨大企業が堂々とやってきているのである。今後も、使用者が正規雇用と非正規雇用の処遇の相違で合理性が説明できないものを廃止していく動きが出てくることも予測される。労契法二〇条の相対規制(正規と非正規の比較における規制)という性格を逆手にとったものであるが、これでは、非正規労働者の低労働条件の引き上げという本来の労契法二〇条の目的が骨抜きにされかねない。労働者、労働組合は、非正規労働者の格差是正の闘いを進めるにあって、正社員の労働条件の切り下げを許さない闘いと常に連動することが求められる。さらにいえば、労働者全体の底上げのために、絶対的規制である最低賃金の引き上げを求める運動も同時に進めることが重要となろう。

 

朝鮮国連軍の解体決議について  東京支部 笹 本   潤

 朝鮮半島の南北和解が平和的に進展するかどうかは、日本の九条改正問題や米軍基地問題にも大きい影響を及ぼします。
 朝鮮戦争の時に組織された朝鮮国連軍が今でも活動を続けていることはご存じでしょうか。
 南北和解が達成され、朝鮮戦争が終結し平和条約が締結されれば、朝鮮国連軍は解体されます。しかし、現在の問題は、朝鮮国連軍は、南北の鉄道の連結事業について国連軍(実態は米軍)の承認が必要と言い、国連軍の名で米韓軍事演習を行うこともあり、南北の融和ムードに対して妨害的な立場に立っています。北に対する制裁も同じ役割を果たしています。
 水色の国連旗が、韓国の米軍基地内や日本の米軍基地の中にも立っています。しかし、朝鮮戦争の時に国連安保理決議に基づき組織されたアメリカを中心とする多国籍軍が「国連軍」を名乗っているだけです。
 日本との間では一九五四年に朝鮮国連軍との地位協定が結ばれ、沖縄の普天間、嘉手納米軍基地、横須賀基地、横田基地など七つの米軍基地(現在は八つ)が、朝鮮有事の際の後方支援基地として使えるようになっています。また一九五二年にはアメリカとの間で、日本の自衛隊がアメリカの指揮権に服する秘密合意もしています。朝鮮有事の際には日本の米軍基地が使われ、日本も自動参戦できる仕組みができているのです。
 この「朝鮮国連軍」をめぐってはいくつもの点で違法性が指摘されています。
①国連安保理決議の違法性
 国連憲章二七条によれば、安保理決議は五つの常任理事国の賛成が必要であるが、当時ソ連は中国の代表権をめぐって安保理を欠席していた。安保理の決議要件を満たさない安保理の決議八四(一九五〇年七月七日)により、「国連軍」を結成した。(その後、アメリカは国際司法裁判所に訴えて、ソ連の欠席を「反対ではない」と解釈させたが、これは欠席を「賛成しない」から「反対ではない」と逆に解釈するもので、憲章には反するものであった。)
②国連の強制措置とはいえない
 また安保理決議八四は、国連の強制措置に関する「決定」(憲章三九条)ではなく、アメリカの統一指揮権の下に部隊の形成を「勧告」したに過ぎない。「勧告」では本来強制措置(四一条、四二条)をとり得ないはずである。この意味でこの軍隊は国連の措置とはいえない。
③国連軍の名称使用
 安保理決議八四では、統合司令部(Unified Command)という名称だったのが、後にアメリカが勝手に国連軍司令部(United Nations Command)を自称するようになった。
④国連旗の使用は合法でなかった
 安保理決議八四で認められた国連旗の使用も、当時の国連旗規定(一九四七年)によれば軍事作戦での旗の許可は認められなかった。
⑤国連の指揮権が及ばない
 ガリ事務総長(一九九四年)もコフィーアナン事務総長(二〇〇三年)も国連軍司令部が国連安保理傘下の機関でないことを確認している。
⑥国連総会でこの朝鮮国連軍の解散決議が採択されている
 一九七五年、国連総会で国連軍の解散を求める決議が採択されている。南北双方から提出されているが、国連軍の解体を求める点では一致している。しかし、未だに解体されていない。
 朝鮮国連軍には、その結成のときから、これらの違法性が指摘されている上、さらに現在でも南北和解の障害的な役割を果たしているので、平和条約の締結を待たずに解体を求めるべきです。むしろ、平和条約を達成するためにも解体が求められています。
 韓国の野党である民衆党が提案した国連軍解体決議の国際アピール署名(日本語http://bitly.kr/554aH1、英語 http://bitly.kr/HhUg5X)に協力してください。
1 米国は〝国連軍司令部〟という名前の下で南北協力事業を阻んではいけない。                      
2 米国は〝国連〟の名称盗用を直ちに打ち切って在韓〝国連軍司令部〟を今すぐに解散すべきである。
3 国連は米国の〝国連〟名称盗用を中断すべきである。
4 国連は〝国連軍司令部〟解体と〝停戦協定を平和協定〟にすることを求めた一九七五年の国連総会決議の実行を米国に促すべきである。
 私の所属しているIADL(国際民主法律家協会)とCOLAP(アジア太平洋法律家協会)も呼びかけ団体になっています。IADL/COLAPによる解体を求める決議は、日本国際法律家協会の雑誌Interjurist No一九九(二〇一九年七月発行)で読むことができます。

 

性犯罪における最近の相次ぐ無罪判決と検討の視点  千葉支部 守 川 幸 男

 この問題で世論は大きく刑法改正の方向に傾いている。それでよいのか、という意見も聞くが、ほとんど伝わって来ない。そこで、これまで長らく女性の性的自由が虐げられてきたことは前提としつつ、また、勉強不足は認めつつ、以下に検討の視点を提示する。なお、この問題は、最近の権力等による裁判官攻撃とは、その主体と性格が異なる。しかし、では裁判官批判と刑法改正だけでよいのか、というのが私の問題意識である。
第1 最近相次ぐ無罪判決と判決理由(マスコミ報道を前提とする要約)
 厳密には判決理由の分析が必要だが、おそらくどのケースも、被害者に不法で甚大な被害を与えたと思われる。女性蔑視、支配欲の帰結、と言うべき事案が多いのであろう。
 ただ、これら四つの事件以外の同種事件では、有罪とされた事案もあることに注意したい。
一 福岡高裁宮崎支部 二〇一四年一二月
 教え子をホテルに連れ込んだ準強姦罪(旧法)であるが、抗拒不能を認めつつ、被告人に弱者の心情を理解する能力や共感性に乏しく、むしろ無神経の部類に入る、抗拒不能を認識していなかった、とした。
二 福岡地裁久留米支部 二〇一九年三月一二日判決
 酔いつぶれた女性に対する準強姦罪(旧法)であるが、女性が同意していると誤信、抵抗できない状態につけ込んだとは言えない、とした。
三 静岡地裁浜松支部 二〇一九年三月一九日判決
 強制性交致傷罪であるが、加害者が抵抗を困難にさせたと自覚できず、消極的な承諾があったと考えた可能性、とした。
四 名古屋地裁岡崎支部 二〇一九年三月二六日判決
 中二から性的虐待を受け続けた一九歳の娘に対する実父による準強制性交罪であるが、拒み続けて回避できた時期もあり、事件前の暴行は恐怖心を抱かせるほどではなかった、とした。
第2 検討の視点
一 判断理由について、マスコミ報道は正確なのであろうか
 判決の正確な分析の必要性がある。地裁事件については控訴審の動向に注視したい。判断がくつがえる事件も出て来ると思われる。
二 性犯罪の特質の理解を
 無抵抗に見えても抵抗できない状態に追い込まれることや、精神的な支配下での犯罪などに対する裁判官の無理解なのだろうか。そうなら裁判官教育の必要性があるということになる。
 これと別に、担当裁判官の分析も必要である。
 ただ、日本の司法の現状下で、刑事裁判の原則を守って無罪判決を宣告したのなら、この裁判官を孤立させてよいのか、という視点も考慮したい。
三 鈍い男、自覚のない男は故意がなく無罪になるのか
 この点で殺人罪における「殺意」などの認定手法との隔たりがある、という批判には一定の説得力がある。
 そこで今後、問題意識が広まったり、(主として)男性の意識改革や性教育による変化はあるかについて注視していく必要がある。
四 暴行、脅迫要件や抗拒不能を要件とする構成要件に主因がある のか
 そうなら法改正が必要なのだろうか。ただ、「強制」性をはずすとどんな条文や罪名、罰則になるのかはそう簡単ではない。
 要件の撤廃か、それとも強制性の緩和にとどめるのか、冷静に議論する必要がある。
 外科医の手術は傷害罪に該当するが、正当業務行為=違法性阻却事由として犯罪にはならない。まさか性犯罪について同様の規定ぶりはあり得ないと思われるから、ことは構成要件の問題として規定するしかない。
 これに対し、二、三項に期待して、条文はいじらずにこの要件の柔軟な解釈、運用で対応するという考え方も大いにあり得る。
五 「合意なき性交」まで犯罪として新設すべきか
 合意なき性交はかねてから問題となっていた。これは(主として)女性の人格を無視することであって、非難に値する。ただこのことと国家がこれに介入して刑罰を加えるべきかは、別に慎重な検討が必要である。
 ところで四項と五項は並べて主張されているようであるが、この二つは同じことなのか別なのかははっきりしない。四項は、極端に言えば、性交をした者を罰するという規定(ただ、合意があれば違法性阻却となる)となるし、五項は、合意なき性交をした者を罰する、という規定となろう。
 いずれにせよ、これらについて立証の困難をどうするのだろうか。加害者が知人というケースも多いから、事案ごとに、二人の関係を詳細に詮索するのだろうか。
六 「性犯罪の罰則に関する検討会」はなぜこれらの改正を見送ったのか
 五月一六日のNHK「クローズアップ現代」に登場した女性の元弁護士委員は、現在も改正に反対していることが注目される。他方、改正すべきとする女性の元弁護士委員もおり、ぜひ討論の材料を提供してほしい。
七 四、五項に関する諸外国(イギリス、カナダ、ドイツ、スウェーデン等)の立法例の検討
 これらの国でどんな経過と議論を経て立法に至ったか、運用の実態や問題点を教えてほしい。
 また、それ以外の国ではどうなのかも知りたい。
八 犯罪の成立を緩やかにする危険性や総合対策その他の慎重な検討を
①民事上の違法性と刑事上の可罰性との違いをどう考えるのか。なお、四つの事例はいずれも民事上違法なものだったと思われる。
②罪刑法定主義との関係も慎重に検討すべきである。四、五項で述べたとおり、条文の規定ぶりによってはこの点で問題が生じ得る。
③罰則強化重視の有効性の検討や他の方策とのかね合いも大いに検討しなければならない。総合的な検討が求められているのである。
 刑罰万能主義でないとしても、刑罰優先に傾く危険はないであろうか。薬物犯罪やクレプトマニア(精神障害とされる窃盗症、なお摂食障害と結びつくことも多い。)などに対しては、厳罰で解決するわけではない、として、教育や治療の重要性が叫ばれており、性犯罪についても同様の指摘がなされている。通り魔事件や自殺への巻き添え事件でも、犯罪に対するきびしい批判は当然としても、生育歴を含めてその原因を探ったり、「一人で死ね」との有名人の発言に批判が加えられていることなど、同列には論じられないものの、その問題意識は参考にすべきである。
④冤罪の危険性も指摘されている。すなわち立証や防禦の仕方によってはその危険があるし、「被害者」の心変わりや陥れにどう対応するのかも別に検討が必要である。痴漢えん罪事件では、狙われ型、はめられ型も少数だが存在する。女性がいつでも被害者で保護すべき事案ばかりとは限らず、男性を救済の対象とすべき事案も少数だが存在する。要は、ケースバイケースである。性犯罪では、二人の関係の詳細な分析に加え、両者間に紛争があるときなど、ことを有利に運ぼうとする思惑も交錯しかねず、よりいっそう複雑な事実認定が強いられる場合が増えないであろうか。
第3 団内で法律実務的観点からの議論を
 私はかつて、刑法改正のうち性犯罪の法定刑の下限の三年から五年への引き上げに限定して疑問を呈し、議論を呼びかけた(団通信二〇一七年五月一日号。なお、同年六月一一日号はこれに対する反応に対してさらに論点整理したもの)。これは、改正前から、酌量減軽をする事例が二、三割もある状況をどう評価するのか(安易に酌量減軽で対応するのは、一般的にはもともと下限が高すぎることの反映の可能性が高い)、改正による下限の引き上げでこれがさらに増える結果になってもよいのか、という問題提起であった。これをきっかけに多くの投稿があったが、すべて女性団員からであった。
 今回の問題は、立場によって様々な考え方があり得る。私は、来年の見直し時期に向けてとりあえず問題提起したが、今後、法律実務的観点からの冷静な議論も求められている。

 

仏「黄色いベスト」運動が証しする「人民主権」  東京支部 後 藤 富 士 子

1 昨年一一月一七日の土曜日に開始された「黄色いベスト」運動は、フランス全土で展開された。行動の直接的な契機は燃料税の引き上げだった。SNSで拡散された彼らの主張(二〇一八年一一月二九日発表・一二月五日訂正)は、次のようなものである。
   フランスの代議士諸君、我々は諸君に人民の指令をお知らせする。これらを法制化せよ。
1)ホームレスをゼロ名にせよ、いますぐ。
2)所得税をもっと累進的に(段階の区分を増やせ)。
3)全産業一律スライド制最低賃金を手取り一三〇〇ユーロに。
7)すべての人に同一の社会保障制度。自営業者社会福祉制度の廃止。
8)年金制度は連帯型とすべし。つまり社会全体で支えるべし。マクロンの提案するポイント式年金はNG。
10)一二〇〇ユーロ未満の年金はNG。
15)雇用の安定の促進:大企業による有期雇用をもっと抑えよ。我々が望んでいるのは無期雇用の拡大だ。
17)緊縮政策の中止。政府の国内外の不当と認定された債務の利払いを中止し、債務の返済に充当するカネは、貧困層・相対的貧困層から奪うのではなく、脱税されている八〇〇億ユーロを取り立てる。
27)司法、警察、憲兵隊、軍に充分な手立て(予算・設備・人員)の配分を。治安部隊の時間外労働に対し、残業代を支払うか代替休暇を付与すること。
29)民営化後に値上がりしたガスと電気を再公営化し、料金を充分に引き下げることを我々は望む。
39)源泉徴収の廃止。
40)大統領経験者への終身年金の廃止。
・・・・と四二項目が挙げられている。そのうえで、
 「このリストは網羅的なものではないが、早期に実現されるはずの人民投票制度の創設という形で引き続き、人民の意思は聞き取られ、実行に移されることになるだろう。
    代議士諸君、我々の声を国民議会に届けよ。
    人民の意思に従え。この指令を実行せしめよ。黄色いベストたち」
 政府は、燃料税引き上げを今年五月まで延期すると発表し、マクロン大統領は「大討論」を呼びかけ、一月一五日から二か月間、各地で開催されている。
2 パリで二月九日に行われた第一三次デモの参加者の声(二月二三日赤旗)。
 「それが法だから正しいのではない。正しいことが法とならなければならない」というモンテスキューの言葉をプラカードに掲げた中学校女教師(三二歳)。
 二人の子どもを持つシングルマザー(四四歳)は「何も変わらないからまた革命をしなければいけない。マクロンは王様気取りで民衆の要求を無視している」という。
 指導者がなく、労組や既存の政党などと無関係にソーシャルメディアを通じて始まった毎週土曜日のデモ。パリの定番のデモコースとは違い、凱旋門から目抜き通りのシャンゼリゼ、高級ブティック街や富裕層の住む通りなどを、宣伝カーやシュプレヒコールもなくひたすら歩く。速度は速く、距離は長い。
3 「黄色いベスト」運動が始まって以来、治安部隊の暴力的弾圧で多くの負傷者が出ている。デモのごく一部が銀行のATMを打ち壊したり、治安部隊に暴力を振るったのは事実だが、平和的参加者に対しても、硬質のゴム弾を装填する「フラッシュボール」銃、催涙手りゅう弾などのデモ鎮圧用兵器を多用している。アムネスティ・インターナショナルによれば、デモに対してこの種の兵器使用を認めているのは欧州ではフランスだけであり、兵器使用を非難している。労働総同盟(CGT)や「連帯」、人権同盟(LDH)、弁護士や裁判官の組合もフラッシュボールの使用禁止を求めたが、政府は拒否。
 仏国立科学研究センター(CNRS)のロシェ研究部長は、「フランスでは警察の民主化が完了していない」と述べ、「国民の基本的人権を守る義務」を警察が果たしていないと批判している(二月二四日赤旗)。
4 マクロン大統領が呼びかけた「大討論」は、討論相手の殆どが地元首長で、国民が発言の機会を封じられ、大統領の独壇場になっている。しかも、大統領は、「黄色いベスト」の要求を聞き入れる気配もない。一方で、裁判所を通さず、県知事が特定の人物のデモ参加を事前に禁じることができる「破壊分子防止法」を導入した。
 こうした中、「服従しないフランス」(FI)が提案した「市民の発議による国民投票」法案は、議会の絶対多数を握るマクロン与党「共和国前進」に棚上げされた。仏共産党は、富裕税の復活、最低賃金の引き上げ、低年金の是正の三点の法案を提案する予定であるが、与党が絶対多数を握る議会の勢力に照らすと道は険しい。同党のブーレ国際局次長は、「黄色いベスト」運動が「失望」に終わった場合、「破滅的な事態になりかねない」と述べ、左翼による政治的対応の重要性を指摘している(二月二六日赤旗)。
 翻って、日本も「安倍一強」である。喫緊の課題は、消費税増税。これは、国民生活の破綻をもたらす「国難」である。保守層も巻き込んだ一大国民運動によって、増税を阻止すると同時に、応能負担の公平な税制を実現しなければならない。二〇一九・三・一一

 

【五月集会特集】

労働分科会(2日目)の感想  東京支部 岩 本 拓 也

 冒頭にて、働き方改革一括法、ハラスメント禁止法、解雇の金銭解決制度創設阻止についての問題提起があった。解雇の金銭解決制度については、そもそも立法事実があるのかという問題提起がなされていた。都道府県労働局のあっせん解決金額は低廉、労働審判の解決金額は不明、民事訴訟は弁護士費用等がかかり利用しづらく、時間がかかる。あっせん、労働審判、民事訴訟とも金銭解決が圧倒的に多く、職場復帰する人は少ない等を立法事実として主張しているということであった。これらの立法事実が存在するとしても、その対応策は「解雇の金銭解決制度」ではなく、都道府県労働局のあっせん手続の適正化、労働審判制度の拡充等が必要との意見があった。この意見を聴いて、解雇の金銭解決制度によって、柔軟な解決の妨げとなったり、使用者側に解決水準の予測が立てやすくなることから、不当解雇が増えるおそれがあると感じた。そして、将来的には使用者側にも申立権を与えることを意図していることは間違いないことからしても、制度の導入は阻止すべきであると感じた。
 次に、最低賃金に関する発言が印象に残った。一〇年程前は一番高い賃金の都道府県と一番低い都道府県の差が一〇〇円だったのが、現在は、二〇〇円に開いているとの説明があった。具体的な数字を調べたところ、平成二〇年度は一番高い都道府県の最低賃金が七六六円で、一番低い都道府県の最低賃金が六二七円でその差は一三九円となっていた。平成三〇年度は、一番高い都道府県の最低賃金が九八五円、一番低い都道府県の最低賃金が七六一円で、その差は二二四円となっていた。発言の中で、東京、大阪では住居費・食費は高いが、交通費は少ない。それに対して、地方は車が必要な地域が多く、交通費がかかるので、必ずしも生活費が安い訳ではないといった趣旨の話があった。この発言を聴いて、実際に私が地方に住んでいた時に生活費がそこまで下がったという実感がなかったので、自分自身の感覚として納得をした。問題の解決には、生活するのに十分な水準の全国一律の最低賃金の実現が必要と感じた。
 それから、外国人の特定技能についての発言が印象に残った。特定技能は技能実習生にはない日本語要件があるとのことであった。現状、技能実習は最初の二年間で借金を返済し、残りの期間を働くことにより、貯金を作るのが一般的だと言われている。特定技能は日本に来るまでに何年も勉強する人が出てくる可能性があり、技能実習よりもさらに多くの借金をかかえて来る可能性があるとのことであった。そもそも、日本に来るのに莫大な借金をしなければならないことがおかしなことなので、特定技能がより借金を抱える可能性がある制度であるという話を聴いて、大きな疑問を感じた。また、特定技能は、技能実習から移行をする場合もあるが、そうすると、いつ本来の制度趣旨である本国での技能の移転をするんだという話が出ているということを聴いて、その通りだなと思った。昨年、実習生支援をしている労働組合の方にお話しを伺ったところ、技能の移転というのは、基本的に行われておらず、実際には習得した日本語を活かして本国で仕事に就く人が多いという話を聴いていた。現状ですら、このような状態なのであるから、技能実習から特定技能への移行が始まれば、建前すらなくなってしまうと思った。
 分科会に参加をして、様々な問題意識を持つことができた。5月集会で学んだことを実務でしっかりと活かしていきたいと思った。

 

とても有意義な事務局分科会 ~仕事交流会編  関西合同法律事務所 濱 野 尚 子

 二〇一九年五月集会の事務局分科会「私たちの仕事を考える経験交流分科会」に参加しました。人数が多く、二グループに分かれ、一〇数名ずつで行われました。
 事前のアンケート結果を見ながら、進めていきました。それなりに詳しく回答したからなのか、回答内容がちょっと他より目立っていたのか(そんなに変わった内容ではないと思うのになー、と感じているのは私だけ?)、各項目においてなぜだか私の回答内容をとりあげていただきました。せっかくの機会なのでたくさん発言してきました。
 交流会の中身から一部分ピックアップします。
・大阪近辺は、従来弁護士と事務局の比率が一対一の割合がほとんどであったが、最近では崩れつつある傾向にある。経営難等の理由からか事務局の人数が減り、全国的にグループなどで仕事を回すようになっていること(ただし、うちの事務所と東京の事務所の仕事の回し方は、全く異なります。東京の方が合理的でスマート感じがしますが、うちは「とりあえず」的なアナログな感じです。)
・IT関連について、うちの事務所は遅れているという自覚がありましたが、サイボウズなどを採用している事務所も、機能を生かした活用まではできていない現実を聞いて、「うちは活用できないのが予めわかっているから採用しないだけ!」と楽観的に捉えることにしました。
 経験交流会では、全員が必ず意見等が言えるよう、進行役の方が話を全体的にふってくれ、また参加者も問題意識を強く持っている方ばかりなので、色んな意見、感想を言ってくれます。
 各地域ならではの悩みが聞けることもおもしろく、「そういう環境だからこんな悩みがあるんだ!」と気付かされることもあります。しかし、その悩みに向き合う姿勢や努力には、参考にすべきところがたくさんあります。
 五月集会で私が一番楽しみにしているのが、この分科会も含めた事務局交流会です。今年もとても有意義な時間を過ごすことができました。時間をかけて準備していただいている東京の事務局さんには毎回感謝しています。また次回も、交流会に期待して参加すると思います。会うのを楽しみにできる全国の事務局さんがいることは、とても幸せなことだなと思います。さらに欲を言えば、はじめましての事務局さんの参加が増えるともっといいなということでしょうか。
 全国の頑張る事務局さんにパワーをもらい、土曜日から月曜日までの二泊三日を終えて、翌日からまた頑張るぞという気持ちで帰ってきました。たくさん話を聞いていただいたみなさま、仲良くしていただいたみなさま、この場をお借りして、ありがとうございました。

 

五月集会に参加して  城北法律事務所 堤   祐 子

 五月集会に参加しました。雲ひとつない青空の和倉温泉で三日間、全国から集まった事務局員と貴重な交流の機会を得ました。静かな七尾湾を眺めながらの散歩も美肌効果抜群の温泉三昧も、私の心と体は日ごろの忙しさからすっかりリフレッシュされ(過ぎ?)、なぜここにいるのかを忘れてしまうほど。
 現実を忘れに来ただけではありません。プレ企画・分科会の事務局員仕事交流会では、事前のアンケートで寄せられた回答を基に色々な経験や知識を交換しながら疑問点をあげそれぞれの事務所ならではの工夫などを聞き、少人数の事務所では全国の経験の多い事務員に参考資料の紹介をしてもらうなど、これからの仕事や事務所運営に活かせる知識を得ることができました。セキュリティ面に関しては、どの事務所も身の安全を第一に考えて強化していることを痛感しました。開かれた事務所でありたいとの思いは共通だと思いますが残念なところです。
 最近は手軽にSNSでの交流が多くなりましたが顔を見て言葉の温度を感じながらの五月集会は、ぐーん(ここからここまでの手の幅はお任せします)と開いた年の差は気にせずに、久しぶりにぎゅうぎゅうに敷いた布団で過ごした二晩、夜中に誰かに踏まれる寝床も(寝床って昭和ですね)懐かしさを感じました。
 全国に知り合いが増え、同じ思いを共有できる時間を持たせていていただきありがとうございました。

 

富士山頂からスキー滑降(2)  神奈川支部 中 野 直 樹

足元見つめひたすら上へ上へ
 雪面がしまり、サクサクとの心地よい音が響く。八時過ぎになると日差しに雪が緩み、靴が埋まるようになった。先行者の踏み跡を拾いながらの登行となる。時折そのトレースが蛇行するのでやっかいだ。直登がもっとも効率的なのだが、足にかかる負担がきついのか踏み跡がよろめいている。私の出発は遅かった方で、上を見ると数十人の先行者がいる。スキーを背負っている人よりも、登山客の方が多い。若者ボーダーはほとんどいない。
 私は前爪のある一二本歯アイゼンにしなかったことを悔やみ始めた。直登でも斜め登りでも八本歯アイゼンの靴がずるずると滑るようになり、余計な踏ん張りを要する。息があがり立ち止まることが多くなる。後ろを振り返ると、五合目の高みでずっと雲が広がり下界は見えない。雲海、雲の絨毯という言葉がぴったしの風景だ。五合目から上は真っ青な空の別世界。あたまを雲の上に出し、・・かみなり様を下に聞く、という唱歌の表現は的確だ。
 標高三千メートルを超え、一歩また一歩、足元に目を落とし、肩で息する苦しさとなる。時折、先行する人影に目をやり、その距離が縮まることを励みにしながら、九時一五分、八合目を過ぎ、一〇時四五分、九合五勺(三五五〇m)に着いた。地図に胸突山荘と書かれた小屋は屋根から下が雪に埋まっていた。山頂の奥の宮の鳥居と頂上富士館が間近くなったが、ここからの登りは全身で息をして半歩半歩身体を持ち上げる亀の歩みとなった。頂上直下の岩場は雪解け水が凍っていた。
剣が峰から火口へ
 一一時三〇分、奥の宮に到着。ほぼ夏のコースタイムどおりだった。荷を下ろしてドーナッツを口に入れ、小休止した後、剣が峰に向かった。剣が峰は日本最高地点であり、六四年に富士山頂気象観測所レーダーが設置された。作家の新田次郎氏が気象庁の担当課長として建設工事を指揮し、後にその苦労を「富士山頂」という小説として著した。七〇年には石原裕次郎氏がこれを映画化した。その後気象衛星の発達によりレーダー観測が廃止され、〇四年から観測所は無人化された。この措置には研究者から反対の声が上がった。現在は、研究者が中心となって設立したNPO法人「富士山測候所を活用する会」が研究施設として利用しているそうである。
 紺碧の空に聳える剣が峰直下の壁の雪面に刻まれているシュプールが火口に延び、そのはるか底には三人のスキーヤーが上に向かって登り返していた。霧も風もない好条件なので私も挑戦することとした。ソーラーパネルが設置された旧測候所の建物脇でパンをかじりながら、山靴をスキーブーツに履き替えた。
 正午、スキー板をつけた。下から観察した直下の壁は斜度四〇度はありそうで、ところどころ岩が露出していた。滑り出しの位置からは下の斜面の様子は全く見えない。さすがに緊張し、唾を飲み込む。一、二、三と数えて先行者のシュプールの方向へ飛び出した。その先はイメージを超える急斜度で、幅も狭かった。早い切り返しが必要で、ターンの際に削った雪の塊がバラバラと流れた。足がとられ不安定で五回目のターンで転倒の不安にとらわれ、かろうじて板を制止した。どっと疲れがあふれ出た。カメラを取り出し写真を撮りながらしばし反省の時間をもった。難所は過ぎた。再び下を向き小回りターンを繰り返しながら火口の中途まで一気に下り、二度めの休息をとった。滑りおりるだけでも息苦しい。底から登り返しをしてきた二人が近くを過ぎてゆっくりと上に向かっていった。女性であった。まだずっと下には一人が登ってきている。その遠さと姿を見て、このまま火口底まで下って登り返してくることの苦行を想像し、ここでの引き返しを決断した。
 ザックからシールを取り出しスキー板裏に装着し、肩を目指して歩き出した。剣が峰直下の壁には山頂で言葉を交わした若者三人が滑り出していた。下から見ると、皆腰が引けている。私もあのような格好だったのだろう。肩に着きシールを外して登山道を下り始めると、先ほど底から板を背負って登り返してきた男性がいた。火口底との標高差が二〇〇mほどありここまで四五分かかったそうだ。私は途中までであったが、夏山では入れないゾーンに行けたことに十分満足した。
大滑降
 六六年四月、プロスキーヤーであり冒険家の三浦雄一郎氏がパラシュートを付けて富士山直滑降に挑んだことが大きな話題になったことを小学生であった私も記憶している。三浦氏は六四年に直滑降で最速スピードを競う競技で時速一七四・七五七mという世界記録を樹立していた。そんな頃から世界のミウラだった。
 一三時二〇分奥の宮を出発し、ジグザグの凍った岩場道をアイゼンで慎重に下った後、三〇分雪面に出て、スキーに替えた。三浦氏もこのあたりからスタートしたのではないだろうか。四〇分、滑走開始。雪面が登山者の踏み跡で荒れている。山スキー板は軽いため、雪面に貼り付く感覚となるアルペン用板のようなわけにはいかず、少しの凹凸にも板の前部が元気よく跳ねる。それに背負っているザックの重みのために後ろに引っ張られて後傾を強いられ、まことに滑りづらい。
 それでも九合目から八合目にかけて次第に慣れてきた。調子づいてスピードを出したところに油断があった。混乱した踏み跡にひっかかってバランスを崩し、尻餅をついた。不覚。八合目から下は人の歩いていない雪面を選ぶ余裕もでき、小回りターンで滑る。粗目状の表面が程よく緩んでエッジの刻みもよく快適な滑走を楽しめた。一四時二〇分、五合目に安着。そこは雲の中だった。(終)

 

 

 

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