第1685号 / 11 / 1

カテゴリ:団通信

【 2019年愛知・西浦総会~特集7~ 】
*2019年愛知・西浦総会が開催されました  森  孝 博
*団長退任挨拶  船 尾   徹
*日韓問題は憲法問題-安倍改憲戦略の一環の問題と位置づける  守 川 幸 男

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●「自主的」残業を否定、校長の安全配慮義務違反を肯定する福井地裁勝訴判決確定-「変形労働時間制」導入など論外!
                                               海 道 宏 実

●沖縄県宮古島市による市民を被告にしたスラップ訴訟の撤回までの闘い  喜 多 自 然

●そろそろ<左派>は、経済を語ろう (6)  杉 島 幸 生

●離婚前に「共同養育」の構築を  後 藤 富 士 子

●赤牛を歩く(5)  中 野 直 樹

●藤原精吾団員・学習会講演録をご活用ください!  鹿 島 裕 輔

 


【 2019年 愛知・西浦総会~特集7~ 】
 2019年愛知・西浦総会が開催されました  前事務局長 森   孝 博

一 二〇一九年一〇月二〇日、二一日の両日、愛知県蒲郡市の西浦温泉ホテル東海園において、自由法曹団二〇一九年総会が開かれました。本総会では、二六〇名の団員が全国から集まり、活発な議論が行われました。

二 全体会の冒頭、岡村晴美団員(愛知支部)、平松真二郎団員(東京支部)の両団員が議長団に選出され、議事が進められました。
 船尾徹団長の開会挨拶に続き、愛知県弁護士会・鈴木典行会長、全国労働組合総連合・長尾ゆり副議長、日本国民救援会中央本部・伊賀カズミ副会長、日本共産党・山添拓参議院議員の各氏から、ご来賓の挨拶をいただきました。また、本総会には、全国から合計六一本のメッセージが寄せられました。

三 ご来賓の挨拶に続き、恒例の古稀団員表彰が行われました。今年の古稀団員は五三名で、うち八名の古稀団員が総会に参加されました。参加された古稀団員には、船尾徹団長から表彰状と副賞が手渡されました。また、古稀団員を代表して、仲山忠克団員(沖縄支部)、加藤啓二団員(山梨県支部)からご挨拶をいただきました。

四 次に、全体会の記念講演として、名古屋大学大学院法学研究科の愛敬浩二教授を講師に迎え、「参院選後の改憲動向と私たち法律家の課題」というテーマでご講演いただきました。愛敬教授は、まず「七・二一参院選後の改憲動向」を整理した上、安倍首相の改憲に向けた「野蛮な情熱」に対して改めて警鐘を鳴らされました。次に、「改憲議論の作法」として、「改憲か護憲かは中身で競うのが筋で、野党は手続きを人質にすべきでない」といった言説に警戒し、①改憲論をめぐる争いは、その社会のその時点での最高の政治的選択であって、どんな人たちが何をしたくてそれぞれの主張をしているのかを見極めたうえで賛否を決めるべき課題であること、②「憲法改正」の中身を問わずに賛成・批判できないこと、③主権者である国民が個人・国家・社会の在り方を原理的に考え、必要があれば憲法改正を政党等に働きかける「憲法議論」と、具体的な憲法改正を実現するために改憲手続を発動させるための政治議論である「改憲議論」を区別すべきこと等を指摘されました。次に、「安倍流『九条加憲』論は現状肯定のための改憲論か?」として、「一ミリも動かさない」という九条改憲について、①そもそも必要か(何百億もの投票費用等をかけて行う必要があるのか)、②そもそも可能か(七・一閣議決定後に政府は安定的な解釈基準を提供できるのか)、③本気の提案か、嘘をついているのではないか(例えば、元統合幕僚長は、軍事法廷の要否、戦死者の問題、全面的な集団的自衛権行使などに言及している)、④「現状肯定」でいいのか(自衛隊は「国防軍」化している)、という四つの角度から批判をされました。そして、「九条改憲の是非に関する真の論点」として、日米「同盟」の本質(日米安保体制を軸にして、前線基地として日本を使用する権利を確保しつつ、日本防衛へのコミットメントは避け、財政負担を軽減していくという米国の基本戦略)、劣位の同盟国は捨てられること(abandonment)を怖れて、優位な同盟国の戦争に必要以上に積極的な貢献をしようとする(罠にかかる〔entrapment〕)危険性があること、戦前の軍事最優先の価値体系を逆転させて自由を下支えしてきた憲法九条の意義を押える必要があることを指摘されました。最後に、「『改憲議論=国民への責任』論にどう対抗するか」として、政党の利害を超えた国民による「憲法議論」が必要な課題である選挙制度改革を取り上げて、国民による「憲法議論」の提案・対抗を提起されました。愛敬教授のご講演は、まさに時宜にかなったもので、今後の安倍改憲阻止の運動にとって非常に有益なものであったと思います。

五 次に、泉澤章幹事長から、本総会にあたっての議案の提案と問題提起がなされました。総会直前に始まった臨時国会等の情勢に言及しつつ、議案書に基づき、現在直面している①憲法九条改悪阻止のたたかい、②沖縄新基地建設をはじめとする「戦争する国」づくりの阻止、③民主主義や表現の自由を守るたたかい、④労働者の権利を守るたたかい、⑤切り捨てられ続ける国民生活を守るたたかい、⑥脱原発・原発事故被災者救済を求める取り組み、⑦団組織の体制強化などについて問題提起しました。さらに予算・決算の報告がなされました。

六 次に、種田和敏団員(東京支部)から会計監査について報告がなされました。続いて、選挙管理委員会の青龍美和子団員(東京支部)から新団長に吉田健一団員(東京支部)が無投票で選出された旨の報告がなされました。

七 一日目の全体会終了後、四つの分散会に分かれて議案に対する討論が行われました。
 今年は、各分散会の共通のテーマとして、①憲法・平和、②治安・教育、③労働、④貧困・社会保障、⑤原発などを設定し、これらのテーマに沿って討議が進められ、この間の実践の報告も含めて、各分散会で活発な議論がなされました。

八 各分散会の議論を受けて、二日目の全体会では以下のテーマで各団員から発言がなされました。
〇青木 努団員(埼玉支部) 埼玉における「オール埼玉」の動きとその影響
〇高木 吉朗団員(沖縄支部) 米軍機の爆音差止訴訟の現状と地位協定改定問題
〇佐野 雅則団員(静岡県支部) 核兵器と原発の廃絶を団の重要テーマとして提起することについて
〇梅村 浩司団員(愛知支部) 徴用工の問題について
〇中谷 雄二団員(福井支部) あいちトリエンナーレ「表現の不自由展:その後」中止と再開を求める運動の経緯と本質
〇山口 健一団員(大阪支部) ①少年法をめぐる最近の法制審議会の様子と今後の行方②刑事司法のこれからの課題・取り調べへの弁護人の立ち会いについて
〇佐藤 典子団員(愛知支部) 再審法改正の必要性について(豊川幼児殺人事件に関して)
〇田井 勝団員(神奈川支部) 日産非正規切り事件の解決報告
〇荒井 新二団員(東京支部) 自由法曹団一〇〇周年記念出版の大 年表作成とお願い
 これらの発言以外にも、守川幸男団員(千葉支部)から「日韓問題は憲法問題」、森卓爾団員(神奈川支部)から「横浜におけるカジノ誘致に反対する取り組みをすすめるために団支部が果たすべき役割」の発言通告がありました。

九 討論の最後に泉澤章幹事長がまとめの発言を行い、議案、予算・決算が採決、すべて承認されました。
 続いて、以下の九本の決議が採択されました。
〇安倍九条改憲を許さず、憲法が生きる政治・社会の実現のために全力で取り組む決議
〇日米両政府に対し辺野古新基地建設の断念と普天間基地の即時無条件撤去を求め、基地建設に反対する沖縄県民とともにたたかうことを表明する決議
〇「解雇の金銭解決制度」の創設と日雇派遣の年収要件の切下げに反対し、働く人に労働法の保護を及ぼす「労働者性の判断基準の適正化」を要求する決議
〇仕事の場におけるハラスメントを根絶するためにILOハラスメント禁止条約に沿った国内法整備と同条約の批准を求める決議
〇「核と人類は共存できない」、核兵器と原発の早期廃絶を求める決議
〇安倍政権による原発再稼働の推進とそれに追従する司法判断を許さない決議
〇日本政府に対して「特定複合観光施設区域整備法」(「カジノ実施 法」)の廃止とカジノ誘致を検討している地方自治体に対して誘致の撤回を求める決議
〇名張毒ぶどう酒事件をはじめとするえん罪被害者救済のため、速やかに再審法の改正を求める決議
〇あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」をめぐる事態を受けて表現の自由をまもり、国・地方自治体の不当な干渉を許さない決議

一〇 選挙管理委員会の福岡孝往団員(愛知支部)から、幹事は信任投票で選出された旨の報告がなされました。引き続き、総会を一時中断して拡大幹事会を開催し、規約に基づき、常任幹事、幹事長、事務局長、事務局次長の選任を行いました。
 退任した役員は次のとおりで、登壇した役員から退任の挨拶がありました。
  団長    船尾  徹(東京支部)
    事務局長  森  孝博(東京支部)
  事務局次長 星野 文紀(神奈川支部)
  同     緒方  蘭(東京支部)
  同     深井 剛志(東京支部)
  同     尾﨑 彰俊(京都支部)
  同     遠地 靖志(大阪支部)
 新役員は次のとおりで、代表して新たに選出された吉田健一団長から挨拶がなされました。
  団長    吉田 健一(東京支部 新任)
  幹事長   泉澤  章(東京支部 再任)
  事務局長  平松真二郎(東京支部 新任)
  事務局次長 江夏 大樹(東京支部 再任)
  同     鹿島 裕輔(東京支部 再任)
  同     馬奈木厳太郎(東京支部 新任)
  同  辻田  航(東京支部 新任)
  同  太田 吉則(静岡県支部 新任)

一一 閉会にあたって、二〇二〇年五月集会(五月一七日~一八日、一六日にプレ企画を予定)開催地である沖縄支部・新垣勉団員からの歓迎の挨拶がなされ、最後に愛知支部の田原裕之団員による閉会挨拶をもって総会を閉じました。

一二 総会前日の一〇月一九日にプレ企画が行われました。今回のプレ企画は、愛知支部企画「三菱勤労挺身隊訴訟から徴用工訴訟へ」と題して、第一部は愛知支部の岩月浩二団員、高橋信氏(名古屋三菱朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会共同代表)、崔鳳泰氏(大韓民国弁護士、三菱重工業・日本製鉄強制徴用被害者損害賠償請求訴訟代理人)の各講師による講演、第二部は愛知支部の山下陽平団員をコーディネーター、講師三名をパネラーとしたパネルディスカッションを行い、最後に講師との質疑応答を行って、朝鮮人強制動員問題の本質、韓国大法院判決の歴史的背景とその意義、今度の課題などについて学習、議論しました。
 プレ企画には全体で八九名の団員が参加しました。

一三 今回も、多くの団員・事務局の皆さんのご参加とご協力によって無事総会を終えることができました。総会で出された活発な議論を力に、憲法九条改悪阻止を中心とした大きなたたかいに取り組みましょう。
 最後になりますが、総会成功のためにご尽力いただいた愛知支部の団員、事務局の皆さま、関係者の方々に、この場を借りて改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

 

団長退任挨拶  前団長 船 尾   徹

  この二年間、「安倍九条改憲」阻止にむかって走り続けてこられたのも、ひとえに皆様の御支援によるものです。有り難うございました。団長退任にあたって、いろいろな思いがよぎりますが、ここでは省略し、総会における以下の開会挨拶をもって私の退任の挨拶にさせていただくことにして、後に続くものを信じて走り続けたいと思います。

「表現の不自由展」と「市民社会スペース」
 愛知支部の団員の奮闘と全国的な運動により、不当な圧力に屈することなく再開にこぎつけた「あいちトリエンナーレ2019」をふりかえって、いくつか触れたいと思います。「慰安婦」をモチーフにした少女像、昭和天皇の肖像写真等が燃える映像作品、戦争と植民地支配、憲法九条、政権批判等、論争的な作品を展示した「表現の不自由展・その後」は、開催後三日で中止に追い込まれたのは私たちの知るところです。
 その中止の理由は、日韓関係の悪化、政治家の直接的な抗議、テロ予告・脅迫などの抗議電話が、実行委員会と県に殺到したというものでした。
 テロ予告・脅迫といった犯罪行為まで動員して表現の自由を侵害することを、私たちは許してはならない。加えて看過できないのはこの間の政治家の発言です。
 河村たかし名古屋市長は、この企画展は「名古屋市や愛知県、日本が、従軍慰安婦の強制連行はあったと認めたと誤解を受ける」などと発言し、再開そのものにも反対しました。松井一郎大阪市長は、「税金を投入してやるべき展示会ではなかった。表現の自由とはいえ、たんなる誹謗中傷的な作品展示はふさわしくない。慰安婦はデマ」と指弾したのです。黒岩祐治神奈川県知事、吉村洋文大阪府知事もこうした動きに同調。きわめつきは菅官房長官。この芸術祭が文化庁の助成事業となっていることから「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応していきたい」と。
 政治家のこうした発言は、政治と行政が暴力で表現の自由を圧殺しようとする勢力とたたかって芸術文化創造の自由を守るのではなく、反対に特定の政治的価値観をもって展示内容に圧力をかけ、展示を通じて表現する自由と市民の知る権利・鑑賞する権利とのコミュニケーションを遮断するだけでなく、匿名の電話・ネットなどによる脅迫、抗議を増幅させる役割を果たしたことです(県庁などに八月中に一万三七九件の抗議電話が殺到したと報道されています)。
 またメディアの対応をみると、産経新聞(八月七日)は、「ヘイトは『表現の自由』か」として、「不自由展」をヘイトと断定し、「『表現の自由』の範囲内に収まるとは、到底、理解しがたい」と煽動。「嫌韓」を煽る週刊紙もこれに同調した。
 最終的には、文化庁は企画展側の運営・管理に問題があるとすりかえ、補助金不交付決定の措置をとるに至ったのです。この間の経緯をみれば、少女像は「反日」、天皇の肖像を焼く映像は「不敬」であると、その表現内容を問題視していたのは間違いない。
 こうした経緯で補助金の交付決定が事後的に覆されるのであれば、今後は、これらの企画に自己規制が働き、その萎縮効果は拡がり、公共空間における市民の自由な活動と市民参加を保障する民主主義の基盤としての「市民社会スペース」が、じりじりと狭められていくのは必至です。
歴史認識と寛容性・多様性
 この国の戦争責任を追及する作品の展示を拒絶する公権力の担当者の発言と一部メディアの対応に対して、その誤った「歴史認識」を厳しく批判していく必要があります。東京裁判、慰安婦問題、靖国参拝、歴史教科書など戦争責任・戦後責任をめぐる「歴史認識」は、この国が四五年八月の敗戦に至る植民地支配の歴史と侵略戦争をどのように認識するのかと深くかかわっています。過去の事実をいかに認識するのか、そのことによっていかなる未来を構想していくのか、主体的な「歴史認識」が問われているのだと思うのです。わが国の近代化と戦争の歴史は、韓国・朝鮮・中国など東アジアの歴史と深く関わり、そうした関係は過去から現在まで続いているのです。だからこそ「歴史認識」をめぐる日本のあり方が、いまなお東アジアの諸国に緊張と対立をしばしば生み出しているのです。
 この企画展に対して公権力が介入したこの間の経緯は、私たちが生きているこの社会が、誤った歴史認識のもとに寛容さを失って多様性が否定され、言論空間が一色に染まったあの息苦しい社会にむかっていること、それは、すぐには理解や共感に到達できなくとも、対話を通じて相互理解を深め、互いの権利を認めあう精神を欠落している安倍政権が、今日の日韓関係を史上最悪なのものにしている動きと連動しているのだと思う。
「徴用工問題」と日韓関係
 安倍政権は、日韓関係の悪化の契機となった「徴用工問題」についての韓国大法院判決に対して、六五年の請求権協定によって結着済みであるとして、話し合いにもとづく外交的解決を拒否し経済的な報復措置の挙に出ています。このため相互依存関係にある日・韓両国の産業に深刻な影響が生じ、相互の応酬が激化しエスカレートしています。
 朝鮮半島の非核化と平和体制の構築のために、わが国は、韓国と連携して米・朝の緊張緩和を後押しして、東アジアを非核地帯へと前に進める重要な役割を担うべきポジションにいるはずです。しかし、安倍政権は朝鮮半島の緊張緩和を主導する方向から逆行し、一方では、ナショナリズムを煽って日韓問題を政権浮揚に利用しているかのごとき対応をとり、他方では、中国、北朝鮮の脅威を煽ることにより、これを「九条改憲」圧力として軍事力増強を加速させているのです。
実質改憲の拡がり
 戦争法施行から三年。この間、自衛隊は米軍の従属下に一体化を深め、新防衛大綱のもとに軍事力増強を強めています。「駆け付け警護」の任務のもとに南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加、そして、朝鮮半島における米朝の軍事的緊張のもとで、米軍艦艇と米軍機を防護する名目の共同演習の実施、新防衛計画大綱による攻撃型の武器体系に移行し、米国からの攻撃型武器の購入は一九年度に七〇〇〇億円を越える規模となっている。国連が統括しない「国際連携平和安全活動」として、多国籍軍・監視団に司令部要員として陸上自衛隊幹部をシナイ半島に派遣、海上自衛隊は本年四月三〇日から七月一〇日「平成三一年インド太平洋方面派遣訓練」を実施し、インドで日米印の共同訓練「マラバール」に参加、九月には南シナ海で対潜水艦戦の訓練・演習を実施し、中国との緊張を増大させています。戦争法の実施により自衛隊は、米軍の補完部隊として世界的規模で展開することのできる軍隊をめざして急速に変貌し、実質改憲は底なしのひろがりを見せている。この自衛隊を憲法に明記する「安倍九条改憲」による明文改憲の危険性を、あらゆる場でリアルに語っていくことが重要なのだと思います。
「安倍九条改憲」の攻防
 この二年間、安倍政権は、衆参三分の二の改憲派議席を確保していたにもかかわらず、「安倍九条改憲」の発議を強行できなかった。自民党改憲案を提示すらできなかった。そこで、七月の参院選で、改憲を論議する政党か否かを基本的な争点にして、改憲議席三分の二を確保し改憲の加速化を狙った。しかし、三〇〇〇万人署名を軸にした市民と野党の共闘により、自民党は単独過半数を失い、改憲勢力は改憲議席「三分の二」を確保できなかった。参院選の結果は、
「安倍九条改憲」阻止に展望を切り拓く貴重な勝利となった。しかし、政権与党に大きな打撃を与えるところまで追い込めなかったのも事実です。安倍政権はあらためて改憲シフトの挙党態勢をしいて、公明党との協調を強め、その任期中の改憲を狙っています。「安倍九条改憲」をめぐる運動の攻防は、いずれの側も「流動的」でまったく予断を許しません。これからが本番です。
「安倍政治」の転換をめざす新しい時代
 「安倍九条改憲」を阻止し、「安倍政治」に代わる新しい政治を拓くため、「市民と市民をつなぐ」、「市民と野党をつなぐ」、「野党と野党をつなぐ」、そして「政治を変える」、その「つなぎの環」としての一三項目の「共通政策」を、市民連合と野党四党一会派は参院選直前の五月二九日に合意しています。「共通政策」を軸にした野党共闘のもとで参院選をたたかい、その共闘効果が生まれているのです。
 一六年参院選、一七年衆院選、この一九年の参院選と三度の国政選挙を重ねるなかで、市民の力で野党をつなぐ市民参加型の新しい政治を求める運動が、「安倍政治」の転換をめざす新しい時代にむかって動き出しているのだと思います。そして、「安倍九条改憲」阻止、辺野古新基地建設反対、原発ゼロ社会、最賃一五〇〇円の実現、貧困・格差解消、同一労働・同一賃金実現、保育・教育予算の拡充等々、平和と民主主義、自由と人権の擁護・確立をめざした一三項目の「共通政策」を軸にした野党共闘を、「野党連合政権」をめざした共闘へと発展させることによって、政権を変え、政治を変え、そして社会を変えていく歴史的なたたかいに、団員がそれぞれのたたかいを通じて参加していくことが求められていること、そのために何をなすべきか。全国各地で、日々、活動している私たちのたたかう方針を確立し、明日からの実践に活かそうではありませんか。

 

 

日韓問題は憲法問題-安倍改憲戦略の一環の問題と位置づける  千葉支部 守 川 幸 男

第一 はじめに
 八月六日の九条の会いちはらの会議で、年数回の学習会のテーマを日韓問題とし、私が報告者となった。お盆休みに、関連するあらゆる問題に触れたレジメを作った。その後、一〇月上旬まで、連日のように新しいできごとの情報や知見を得るので補強をくり返した。この問題で素人であっても、新聞(朝日、赤旗)とネット情報をていねいに拾って一〇ページのレジメとなった。
 一〇月一六日「日韓対立どうするの?―私たちは主権者として、どう考え、どう行動すべきか―」と題して一時間強問題提起し、一時間近く意見交換した。一七名の参加で、貴重な補強意見や若干の異論もあり、結局この問題は頭書のとおり憲法問題だ、という認識を深めた。
 自由法曹団愛知・西浦総会全体会とその前日の日韓プレシンポにも、表題だけ少し変えたレジメを配布した。
 第二分散会で発言したが、総会での発言を聞いて補強したり、訂正した点も数点ある。
 団本部ほかに事前にメールして関連委員会にも流れているうえ、日韓プレシンポに参加された団外の多数の方々にも配布されているので、第二項で、全体のご紹介と必要な補強・訂正もしつつ、第三項で、この問題が憲法問題であることに加え、強調したいことについて問題提起しておきたい。憲法問題を語るとき避けて通れない多くの論点があると思う。
第二 全体の構成と補強・訂正
 レジメの第一項で、この間の日韓対立の経過と論点整理をした。
 この部分は、四ページにわたって、昨年一〇月三〇日の大法院判決(少数意見もある)と日韓請求権協定を紹介し、どのように考えるかについて整理した。二〇一九年一月九日(レジメの二ページの一九日は誤り)に日本政府がこの協定に基づく協議の要請をしたのに、韓国政府が応じなかったことや、七月一九日には日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の設置を拒否したことほか、韓国政府の対応にも注視が必要である。また、韓国の歴代政府は賠償問題は解決済みとの立場を取っていたこともあった。日本からの三億ドルの行方などについて、私にはまだよくわからない点があるので教えてほしい。
 これらのことも、安倍内閣の強硬姿勢の根拠となっているので、安倍政権の対応の不当性とは別に理解しておく必要がある。
 なお、学習会の中で、GSOMIAは自動更新されることになっていて、終了させる場合には九〇日前までに通告することになっているので、八月二二日に「破棄」(レジメ五ページ)はマスコミ用語で正しくないとの指摘も受けた。
 レジメの第二項で、古代以来の日韓の歴史についてまとめた。歴史認識が問われているのであり、歴代政権によるお詫び、謝罪と、この間の安倍政権下での逆流の加速という観点が重要である。
 明治維新後の「脱亜入欧」について、福沢諭吉は、国力が落ちたアジアには頼れない、という趣旨で言ったのであり、現在の嫌韓や蔑視とは違う、との指摘があった。
 関東大震災について「一九二九年」は一九二三年の誤りであった(レジメ五ページ)。
 レジメの第三項で、これらの対立について、私たちはどう考えたらよいのか、として問題提起し、第四項の関連した諸問題の中で、従軍慰安婦問題、「表現の不自由展・その後」の中止問題などの経過や、どう考えるかについても問題提起した。
 団総会では、愛知県の検証委員会の人選や報告内容に大いに問題がある旨の報告があったのでレジメを補強したい。この問題は、表現の自由をめぐって歴史の転換点とも言うべき大事件だと思うが、そうさせてはならない。
 第五項で私たちはどうすべきなのかとして議論に際しての多くの観点を提示した。
第三 いくつかの問題提起
一 正確な事実経過を把握しておくことが重要である。
 徴用工問題では敗訴判決が続いていた。歴代政権も解決ずみという立場だった時期もあり、大法院判決に少数意見もあった。これらを正確に把握した上で安倍政権に対する批判をすべきである。
二 何より、歴史認識と過去の侵略戦争、植民地支配に対する批判が基本である。
三 日韓請求権協定も条約だから、最終的な公権的解釈の権限は司法にある。四 長い裁判闘争と裁判外の大衆運動の苦闘の成果と国際人権法の前進に確信を持ち、被害者の人権救済の観点を忘れてはならない。
五 なお、日弁連の人権大会で手錠・腰縄問題について日弁連でPTを立ち上げて取組を開始した、という報告があった。私は、弁護人立会権等に関する第一分科会の宣言(案)に関連して、千葉でも検討が開始され、四者協で取り上げると聞いていると報告し、各地での取り組みの強化を訴えた。
 日韓問題に関連して、現在国民の中に嫌韓思想や蔑視が蔓延するゆゆしき事態がある。しかし、あの軍事独裁政権下の困難な闘いの中で、韓国が弁護人立会権をかちとり、国内人権機関で実績を積み、手錠・腰縄問題での入廷前の解錠など、法制度においてもすでに日本を追い越している。私たちはこれらに思いを致すべきであろう。

 

 

「自主的」残業を否定、校長の安全配慮義務違反を肯定する福井地裁勝訴判決確定-「変形労働時間制」導入など論外!  福井県支部 海 道 宏 実

上中中学校新任教員過労自死と公務災害認定
 四年間の臨時教員の後、二〇一四年四月から福井県教育委員会に新任教員として採用され、上中中学校に赴任した嶋田友生さん(以下「嶋田先生」といいます)。四月一日の日記には「目の前の子どものためにという初心を忘れることなくいたい」と書かれていました。ところが、その後の恒常的な長時間労働、中一の学級担任、野球部副顧問、保護者トラブル等により、五月一二日の日記には「今、欲しいものはと問われれば、睡眠時間とはっきり言える。寝ると不安だし、でも体は睡眠を求めておりどちらへ進むも地獄だ。いつになったらこの生活も終るのだろう。」と書かれるほどになり、初任者研修の指導案提出等の負担や指導者からの厳しい指導を苦に、同年一〇月、「つかれました。迷わくをかけてしまいすみません」と走り書きを残して練炭自死するという痛ましい事件が発生しました(死亡当時二七歳)。これに対し、遺族は、学校側の対応への不信感もあり、事実の解明と再発防止を求めて、証拠保全を踏まえて公務災害認定を申請した結果、二〇一六年九月六日付けで公務上災害認定されました。認定理由は、基金本部専門医の医学的知見から六月頃に何らかの精神障害を発症したとした上で、発症前一か月の残業時間(六月)一五七時間四一分、発症前二か月の一か月間(五月)一二八時間一一分、発症前三か月の一か月間(四月)一六一時間二四分を認定し、生徒の問題行動や保護者への対応等、トラブルへの対処も本人に過重な精神的負荷を与えたものと推察されるとし、「発症直前の連続した二か月間に一月当たりおおむね一二〇時間以上の、又は発症直前の連続した三か月間に一月当たりおおむね一〇〇時間以上の時間外勤務を行ったと認められる場合」に該当するというものでした。
損害賠償訴訟への遺族の思いと画期的な勝訴判決
 しかし、「中学から大学までボート部に所属し、運動系の部活で息子はメンタル的にもしっかり育った。よほど精神的に追い詰められなければ、この選択はしなかった。学校側が作成した報告書によると、多くの先生が息子の何の変化にも気づかなかったという。それがあたりまえになっている職場は何なのか。真実が知りたい」。遺族のこのような思いにこたえ、弁護団としても、徹底的な事実解明や謝罪等を求め、教員の働き方を改善し、今後過労死を出さないよう、二〇一七年二月一四日、指導監督者である若狭町と校長の費用負担者である福井県を被告として、国家賠償法をもとに一億円余の損害賠償を求める訴訟を福井地裁に提起しました。
  二〇一八年一二月には、原告、母、恋人(現教員)、校長、初任者研修講師、同僚二名の尋問が行われ、二〇一九年七月一〇日、原告側の主張をほぼ全面的に認め、若狭町と福井県に損害賠償の支払いを命じる判決がなされました。知りうる限り、公立学校教員が長時間労働により死亡した事案で損害賠償を認めた初めての判決です。
争点①ー残業が校長の指揮命令下の業務か?自主的な活動か?
 県らは、京都市教組事件平成二三年最高裁判決を根拠に、嶋田さんの残業は校長の職務命令に基づいた時間外勤務ではなく、自主的な研鑽であるとして労働時間にあたらないと主張しました。
 判決は、原告の包括的職務命令論の主張内容を採用し、包括的職務命令という文言は用いませんでしたが、嶋田先生は自主的に従事していたとはいえないから事実上校長の指揮監督下において行っていたと認定しました。従来、給特法で本俸の四%の手当が支給されていることから、時間外労働を校長が命じる場合には、校外実習、修学旅行、職員会議、非常災害等「臨時又は緊急のやむを得ない場合に必要な業務」に限るとされていることから、残業時間は教師の「自主的」「自発的」なものと解釈されてきました。これを判決は、教師が「好きで勝手に行っている労働ではない」「自主的な残業ではない」と明確に認めた、全国初めての判決として画期的な判断と評価できます(労働判例一一月号に掲載予定です)。
争点②ー安全配慮義務違反における予見可能性の対象
  長時間労働等過重な業務の認識可能性で足りるか?
  外部から認識しうる具体的な健康被害またはその兆候まで要するか?
 県らは、個々の職員が校長の命令によらずに自主的に行っていた活動について時間を把握してコントロールすることは不可能である等として、教員が明らかに精神的に変調をきたしている等の事情がない限り、勤務時間軽減等の措置をとることは義務づけられないと主張しました。
 判決は、これも原告の主張を採用し、校長は嶋田先生の業務時間やその正確な内容把握を行えば業務時間や業務内容が過重なもので心身の健康状態を悪化させうるものであったことを認識可能であったにもかかわらず、早期帰宅を促す等の口頭指導をするにとどまり、業務内容の変更等の措置をとらなかったのであるから、校長は安全配慮義務の履行を怠ったと認定しました。校長は、職員の勤務時間や勤務内容等を正確に把握し、問題があった場合には単に帰宅を促すだけでは足りず、具体的な措置をとることを要求するものとして、職場での実際の労働時間削減に向けての取組に大きな影響を及ぼすものといえます。現に、判決翌日の朝礼で、ある校長は判決を引用して訓示したそうです。
 判決を受けて、被告である福井県と若狭町はそのわずか二日後に控訴しないことを表明し、若狭町長は記者会見で黙祷するとともに、「判決結果を厳粛に受け止め、今後は県と教職員の業務改善に取り組んでいく」と述べました。このような異例の展開をたどったのは、おそらくこの間の「働き方改革」の流れやそれに取り残されている教員の現状を批判する運動や世論の高まりが大きな影響を与えたものと評価できます。判決は、マスコミにも大きく報道され(当日一八時からのNHKニュースではトップ扱い等)、地元福井新聞では「教育県のひずみ浮き彫り」として、今後業務削減や教員増等一人一人の負担を減らすことが強く求められるのはもちろん、地域全体で学校を支える意識を高めることも必要だ」と指摘しています。内田良名古屋大学大学院准教授も「画期的な判決。教員の働き方改革の追い風になる」「こうした実態は若狭町だけでなく全国であり、新任だけでなくあらゆる年代の教員に起きている」等指摘しています。
今こそ長時間労働是正、残業野放しの「給特法改正」のチャンス!
 福井県では、今年の二月に「福井県学校業務改善方針」が出されました。しかし、これには前進面もあるものの、①教員の意識改革、管理の徹底を第一に打ち出しており、業務の抜本的削減、教員の増員というおおもとにメスをいれていない、現場教員の実態に基づく声を尊重して具体的取組をすすめようという視点が弱い等大きな問題点が残されています。他県でも同様の問題が残されていると思われます。今回の判決は、まさに学校現場で長時間労働等過重な教員の負担を大きく軽減させる運動の武器になるとともに、給特法改正にもつなげることができるものといえます。そして、教職員の命と健康を守ることとともに、個々の生徒にしっかり向き合い教育の質の向上にもつながるのではないでしょうか。福井県は「教員の犠牲と子どもの忍耐で成り立つ学力日本一」の一部で揶揄されてきました。福井県の教員もこの判決を力に一層運動を強めようとしています。全国でこの判決を是非広めてもらい、これ以上犠牲者を出さないようにするチャンスです。
 ところが、政府は、一〇月一八日、教員に一年単位の変形労働時間制導入を盛り込んだ給特法改正案を閣議決定しました。そもそも恒常的に長時間労働に苦しんでいる公立学校教員に対し、本来恒常的長時間労働がないことを前提にした変形労働時間制を導入することは矛盾であり、なじまないことは明らかです。
 二〇一九年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組部門で、福井テレビ制作の「聖職のゆくえ~ 働き方改革元年~」が、全国から出品された報道番組九六作品の中で最も高い評価を得、最優秀賞を受賞しました。この中でも、嶋田さんの事件がとりあげられています。
 全国のテレビ局でも放映されつつあります。政府・与党はこの番組でとりあげられている教員職場の実態と真正面から向き合っているといえるのでしょうか?世論とともに反対運動を強めていきましょう!

 

 

沖縄県宮古島市による市民を被告にしたスラップ訴訟の撤回までの闘い  沖縄支部 喜 多 自 然

一 はじめに
 二〇一九年九月三日、沖縄県宮古島市は、二〇一九年四月に確定した住民訴訟の原告であった市民六名に対して、「訴訟手続や新聞報道において虚偽の事実を繰り返し主張し続け、もって公然と虚偽の事実を摘示して宮古島市の名誉を毀損した」などと指摘して、一一〇〇万円の損害賠償請求の訴えの提起を求める議案書を宮古島市議会に提出した。
 市民による猛烈な批判の結果、九月一七日には議案が撤回されたが、これまでの運動の経過について報告する。
二 宮古島ごみ問題をめぐる住民訴訟をはじめとした住民運動
 発端となった宮古島ごみ問題住民訴訟は、二〇一四年に宮古島市が業者との間で市内三か所の不法投棄ごみを撤去し原状回復をする内容の業務を委託する契約を締結して代金二二五一万円を支払ったものの、その後対象となった不法投棄ごみの現場に大量のごみが残存することが発覚し、宮古島市が当初行った「ごみゼロ宣言」も撤回するに至った件について、委託料を合計二二五一万円とする契約が宮古島市に過大な経費負担を与える違法な財務会計行為であること等を主張して市民が提訴した住民訴訟であった。
 二〇一九年四月に住民敗訴の最高裁判決が確定した。一審判決、控訴審判決では、今回の契約の締結は市の裁量の範囲内とされ違法性は否定されたが、控訴審判決では、地方自治法二三四条の二で義務付けられた契約の履行確保のための監督・検査が十分に行われておらず、工事監督日誌も作成されていなかったことなどから、「きわめて杜撰な事務処理であるとの誹りを免れない」と指摘されていた。
 また、大量のごみが残存することが発覚した後、宮古島市議会に設置された不法投棄ごみ残存問題調査特別委員会でもその違法性が厳しく指摘されていた。さらには、大量のごみが残存することが発覚した後に契約を担当していた宮古島市の職員が、関連する文書の改ざんなどを行ったことから、刑事事件では、虚偽有印公文書作成・同行使罪の有罪判決が確定していた。
 これらは、宮古島市のずさんな行政を是正しようとする宮古島市民による粘り強い運動として展開されたものであった。
三 宮古島市による提訴の議案提出とその問題点
 宮古島市による提訴の議案が提出されると、市民から猛抗議の声が挙がるとともに、地方自治体が住民訴訟の原告を訴えるという前代未聞の事態に全国のマスコミが注目することとなった。宮古島、沖縄の地元紙はもちろん、朝日新聞も九月四日付けで大きく報道し、九月七日には「裁判を悪用する恫喝だ」という見出しで批判的な内容の社説を掲載した。
 住民訴訟は、沖縄支部の赤嶺朝子団員と私で担当していたが、九月一二日には、沖縄県内で最近行われた住民訴訟の弁護団などの連名で、「宮古島市のスラップ訴訟提起を求める議案書に対する抗議声明」を発表した。その内容は、住民が市や市政を自由に批判できることが民主主義社会の根幹をなすものであり、住民訴訟の原告を相手に損害賠償訴訟を提起しようとするのは市民に対する恫喝、威嚇であって、住民訴訟制度の破壊でもあること、市政を批判し住民訴訟により違法な行政の是正を求めることは名誉毀損に該当しないばかりか、このような訴え提起は典型的なスラップ訴訟(Strategic Lawsuit Against Public Participation(市民参加を阻害するための戦略的な訴訟))であり、それ自体違法であることなどを指摘するものであった(詳しくは団メーリングリストなどでご覧いただきたい。)。
 宮古島市の議案でも、名誉毀損に該当する具体的事実は特定されておらず、実際にも住民は極めて良識的に運動や訴訟活動を展開してきており、不適切な言動などもなかった。
 それもあってか、市議会での市側の答弁は二転三転し、最高裁判決後に判決内容を説明した報告集会での代理人弁護士の発言が名誉毀損に該当するといった趣旨不明の答弁まで出る始末であった。
四 宮古島市による議案の撤回とその評価
 宮古島市による提訴については圧倒的多数であった与党側からも批判が出て、九月一七日には議案が撤回された。しかし、議案の再提案に含みを持たせる答弁もあったため、上記の弁護団では、議案書の再提出に断固反対する声明を発表した。それでも市長や副市長からは、市には提訴する権利があるとか、市の提訴を抑制する動きは反民主主義的だといった答弁が続いた。結局、議案は再提案されずに会期が終了した。
 宮古島市は、自衛隊配備が進むなど様々な問題があり、健全な市政を望む市民の運動も粘り強く繰り広げられている。今回の宮古島市による市民への提訴は、市政への異議申立てを行う市民を恫喝し、住民運動を萎縮させる典型的なスラップ訴訟として企図されたものであった。
 一方で、約二週間で議案の撤回に追い込んだのは、このような不当な恫喝をはねのけた宮古島市民の力が結集した結果であり、また、自由で民主的な社会を求める全国の市民の声があったからにほかならない。
 今回の運動は、草の根の住民運動によりスラップ訴訟の議案を撤回させたものだったといえるだろう。

 

 

そろそろ<左派>は、経済を語ろう (6)  大阪支部 杉 島 幸 生

一 はじめに
 伊藤先生、繰り返しのご回答(一六八一号)、ありがとうございます。なんだかマニアックな議論になってきましたが、どうやら読んでくれている人もいるようですので、もう少し続けさせてください。ただ水掛論になるのは避けたいので、今回は、私の考え方を整理しつつ必要に応じて先生のご議論にも触れさせていただきたいと思います。
二 インフレの原因は過剰な貨幣の存在です。
 私は供給に対する「需要の過剰」がインフレの原因ではないと考えています。戦後ずいぶんと物価は上昇(インフレ)しています。しかし、戦後一貫して「需要の過剰」があったわけではありません。また需給が均衡しても価格はもとに戻りません。「需要の過剰」がインフレの原因だとするとこれらのことが説明できません。私は、そのときどきの市場が必要とする流通貨幣量を超えて市場に貨幣が流入することで貨幣の減価が生じ、その反面として物価の上昇が生じるのではないかと考えています。需給が均衡しても物価がもとにもどらないのは、そのとき市場内にある貨幣量がインフレによって必要な流通貨幣となった結果、物価が高いままの水準で安定するからです(次のインフレはこの水準から始まります)。「需要の過剰」はインフレ発生の契機ではあっても、原因そのものではありません。
三 国債発行による公共事業の実施はそれ自体がインフレ要因です
 「毎年毎年膨大な国債を発行し、そのお金で公共事業を行う。日銀が国債を購入し、借換を続けたり永久債に変換すれば財政破綻など生じない。インフレになれば国債発行をやめ、インフレ対策を行えば問題ない」私は先生のご主張をおよそこのようなものだと理解しています(間違っていたらごめんなさい)。しかし、日銀による国債購入を前提とした公共事業の実施は、価値の裏付けのない貨幣を一方的に市場に投入することですから、それはインフレマネーそのものです(これを仮に「政府ルート」と言います)。ましてや償還を予定しないというのですから、それは毎年毎市場のなかに積みあげられていきます。また日銀が市中銀行から国債を購入すれば市中銀行の日銀当座預金額が増えていきます。市中銀行はこれを準備金として貸出を増やせるのですから、その貸出余力は膨大です。公共事業の実施で手持資金を得た民間企業が経済活動を活発化させていけば、それにつられて経済全体が動き出していくことが予想されます。そうなると民間企業の資金需要が高まります。そのとき市中銀行には膨大な貸出余力があるのですから、貸出による市場への貨幣の投入が行われます(これを仮に「民間ルート」と言います)。 しかし、これは公共事業の実施で無理矢理つくられた需要につられたものですから(本来であれば貸し出されなかったはずの貸し付けが行われるということです)、増大する貨幣量に経済規模の拡大が追つかないということが充分に考えられます。そのとき民間ルートで市場に投入された貨幣はインフレマネーとなります。
四 国債発行をやめるだけではインフレは抑えられない
 通常、インフレは、貨幣量の増加に遅れて現象します。政府がインフレだと気がついたときには、すでに市場には大量のインフレマネーが蓄積していると考えるべきです。この時点で国債の新規発行を停止したとしてもインフレマネーはそのままです。このインフレマネーが吸収されつくすまではインフレが続きます。また国債発行の停止は、政府ルートでの貨幣投入がなくなるというだけです。公共事業を停止しても、それにともない直ちに民間の企業活動が縮小したり、投資計画がなくなるわけではありません。この時点では市中銀行の膨大な貸出余力はそのままですから、民間ルートを通じての市場への貨幣投入は依然続きます。国債の新規発行を停止するだけでは、動き始めたインフレを抑えることはできません。
五 強力なインフレ対策は市民生活を破壊します
 インフレを抑制するためには、まず政府ルートを通じての貨幣投入をやめなくてはなりません(国債の新規発行停止)。しかし、二〇一九年度をみても一般財政支出のうち約一五兆円が国債の発行でまかなわれています。国債の発行停止は、直ちに予算の縮小を意味します。そのしわ寄せは社会保障費削減などで市民生活にきます。経常的予算を国債(例えば教育国債)でまかっていたとすれば、被害はますます大きくなります。それを回避するためには大幅な大衆課税しかありません。また民間ルートを通じての貨幣投入も止めなくてはなりません。なるほど貸付額の総量規制は効果的なのかもしれません。しかし、それは民間企業があらたに運転資金などの追加借入ができないということを意味します。総量が制限されているのですから市中銀行は中小零細企業から貸し剥がしをして、優良企業への貸付換えをすることでしょう。中小零細企業はバタバタと倒産していきます。さらに市場に蓄積しているインフレマネーも回収しないといけません。そのためには消費大増税が効果的でしょう。市場にある貨幣が動き出さないようにするための預金封鎖も考えられます。いずれにせよ市民生活に大混乱を与えます。強力なインフレ退治は必ず副作用をともないます。それを踏まえずにインフレマネーをばらまくことにはとても賛成できません。
六 そろそろ、<左派>は、「そろ左派」理論から卒業しよう
 いくら国債を発行しても、それを返済しなくてもいいのなら財政破綻は起こりません。しかし、それはインフレマネーが市場内に蓄積し続けることを意味します。ここでは「別トラック」論はあてはまりません。また日銀は市場の資金需要に応じて受動的(内生的)に市場に貨幣を投入するのですから、資金需要がある限り、市場に貨幣が流入し続けます。政府や日銀が政治的(外生的)に、それを抑圧しない限り貨幣量の拡大はとまりません。そして政治的な手段でインフレを抑制することは市民生活を破壊します。なるほど、闘わずして景気を回復し拡大を続けることができるのでしたら、こんな楽で、楽しいことはありません。「そろ左派」人気も頷けます。しかし、それは幻想にすぎません。私には「そろ左派」理論は武装解除の勧めに思えてなりません。そろそろ<左派>は、「そろ左派」理論から卒業すべきなのではないでしょうか。    

 

 

離婚前に「共同養育」の構築を  東京支部 後 藤 富 士 子

一 民法は、未成年の子の父母は婚姻中は共同して親権を行うものとし(八一八条)、離婚するときはその一方を親権者と定めなければならないとする(八一九条一、二項)。この離婚の際の、共同親権から単独親権への移行を規定した民法の立法趣旨については、離婚後の共同親権は「理想論としてはともかくも、実際論としては、実行が困難であろう。父母が離婚すれば、住居を異にするだろうし、子はそのいずれかに引取られているだろうから、その父母が協議しなければ、親権を行使し得ないということは、子にとって甚だしく不利益であろう」という説明が今日まで繰り返されている。
 しかしながら、論理的にも、親権の共同行使が困難になるからといって、単独親権への移行により他方の親の権利義務まで消滅させる必然性がないのみならず、そのことが子の利益にかなうともいえない。まして、交通・通信手段が飛躍的に発達した現代において、もはや実際面でも親権の共同行使が困難とはいえない。さらに、父母の婚姻中は共同親権としているのは、それが子の福祉にかなうからであることを考慮すれば、離婚によって例外なく単独親権とすることが子の福祉にかなうとはいえない。
 むしろ、単独親権制では、離婚後の非親権者は事実上親たることを否定されるに等しい法的地位(ただし、養育費支払義務だけは強制される)におかれることになり、このことが親権争いを熾烈なものにしている。親権にしても、監護権にしても、子との関係では「親の権利」というよりも「親の養育責任」という意味合いが強いのだから、いたずらに子を巻き込む深刻な法的紛争に誘導するのではなく、実質的に「共同養育」が可能になる法的地位を父母に分属させることが合理的であることは明らかである。
 一方、離婚後の子の監護について定めた民法七六六条一項では、単に監護者を定めることだけでなく、面会等の親子交流や養育費の分担その他子の監護について必要な事項を定めるとされている。すなわち、監護権についても非監護親に部分的に分属させる建前になっている。ちなみに、面会交流や養育費分担は、親権の一部と考えられる(川田昇・親権と子の利益一五頁)。
 なお、父母間で子を奪い合う紛争が増大し激化している背景として、核家族化の進展、子の出生率の低下、男女平等・共同親権の観念の普及などが指摘される。しかし、これらの背景事情は先進諸国に共通しているが、諸外国では、子どもの権利条約に則り、父母の法律関係にかかわらず共同養育の法整備がされているために、父母間で子を奪い合う紛争が増大激化しているわけではない。しかるに、日本においては、共同養育の法整備がされないから、親権・監護権への固執を招き、この種の法的紛争を増大激化させ、かつ解決困難なものにしているのである。

二 講学上、親権の内容は、身上監護(民法八二〇条~八二三条)と財産管理(同八二四条)に大別されるといわれる。しかし、未成年子の独自の財産を親権者である父母が管理するというケースは稀であり、親権・監護権が父母間で争われたケースで寡聞にして知らない。したがって、親権のうち財産管理は捨象して、身上監護について検討する。
 親権の内容とされる「身上監護」を法文でみると、①監護教育の権利義務(民法八二〇条)、②居所の指定(同八二一条)、③懲戒(同八二二条)、④職業の許可(同八二三条)である。これらを個別具体的に検討すれば、父母が別居または離婚したからといって、親権の共同行使が困難になるわけではないことが理解できる。
 まず③の「懲戒」についてみると、法文上は必ずしも共同行使が要件とされてはいないと思われる。しかも、今日では、この懲戒権?が児童虐待の温床になっていることが指摘されている。④の「職業の許可」についてみると、児童福祉法等により未成年者の就業・就労について年齢的な制限が設けられていることに照らせば、未就学・小学生の子について親権者による「職業の許可」の共同行使という事象が現実に起きることは稀である。②の「居所の指定」は、「子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。」と規定されており、親との同居を子に課しているものではなく、父母が別居した場合、直ちに共同行使ができなくなるものではない。親権者による「居所の指定」もまた「子の利益のため」に行われるべきことを鑑みれば、子が一方の親と同居することを親権者双方が合意することも共同行使の一態様であるし、合意はできなくても片方が指定を自制することにより解決できる。
 これに対し、①の「監護教育の権利義務」は、親権の効力の中核・枢軸とされているが、「親権の効力」というよりも「親の固有の権利義務」と考えられる。ここで「権利」とされるのは国などの第三者との関係で親権の効力とされているのであり、「義務」とされるのは子に対する親権の効力である。そして、それは「子の利益のために」行使されなければならないとの制約が課されていることを鑑みれば、父母が別居や離婚した場合でもなお共同行使と解するのが法の趣旨にかなう。ちなみに、単独親権者による親権の行使はフリーハンドになり、「子の利益のために」という要件をチェックする親がいなくなることを意味する。

三 親が親権を失う典型的制度として、親権喪失宣告と親権停止宣告がある。親権喪失事由は「虐待又は悪意の遺棄その他親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するとき」で、かつ「二年以内にその原因が消滅する見込みがないとき」である(民法八三四条)。親権停止事由は「親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するとき」で、かつ停止期間は「二年を超えない範囲内」とされている(同八三四条の二)。
 この親権喪失や親権停止の要件と比較すると、単に「離婚」というだけで親権が剥奪されることの不条理・理不尽は誰の目にも明らかであろう。まして、離婚も成立していない段階で、親権者の一方を「監護者」と指定することによって、他方の「監護権」を喪失させ、「子の引渡し」を帰結するなど、言語道断というほかない。しかも、親権喪失にしても、親権停止にしても「二年」という期間を設けていることに照らすと、父母の別居と同時に子の争奪紛争が勃発し、離婚の前哨戦のように監護権をめぐる法的紛争と離婚に伴う親権紛争が二年以上も裁判で争われ、それによって親子関係に甚大な打撃を受けることは、司法制度の目的合理性の見地からしても異常と言わざるを得ない。
 こうしてみると、少なくとも離婚成立前の段階で片方の親の監護権を全面的に剥奪してその親権行使を不可能にすることは、現行法の解釈として著しい逸脱であることが明らかである。換言すると、離婚成立前の段階では、あくまで「共同親権」という法律関係を遵守し、具体的な共同監護態勢の構築に尽力すべきである。そうすれば、離婚後の単独親権制にもかかわらず、具体的な共同養育が可能になるはずである。そして、それが立法事実となって「離婚後単独親権制の廃止」が実現するのであり、「離婚後共同親権制の導入」によって共同養育が実現するのではない。〔二〇一九・一〇・三〕

 

 

赤牛を歩く(5)  神奈川支部 中 野 直 樹

黒部川を下る
 六時出発。今日も青空が迎えてくれた。東沢谷に丸太が組み合わされた橋が渡されており、そこを慎重に渡った。水量の多さに圧倒された。地図をみる限りでは、そこから先は黒部川本流の右岸の平らな登山道を二時間歩いて針ノ木谷との出合いに着くように思えた。ところが登山道といっても、二〇メートルを超える梯子を上ったり下りたり、崖にかけられた丸木を伝いながらの緊張歩行の連続でけっこう息があがり、汗をかいた。黒部川は黒部ダム湖のバックウオーターとなり、両際は広葉樹林の深い緑に包まれている。その緑が湖面に投影され、朝陽の光に煌めいている。七時五〇分、針ノ木谷出合いに到着。ここには平ノ渡があり、奥黒部ヒュッテの宿泊者のほとんどはここから船で平ノ小屋側に渡り、黒部アルペンルートの交通機関を目指す。
谷渡りの試練
 私たち三人は右に向き、針ノ木谷の古道に入った。いよいよ千メートルの登り返しだ。船窪小屋到着予定一六時の八時間コース。加えてこの道は九回も谷を徒渉しなければならない。一つめ二つめは丸木を組んだ橋で難無く通過。三つめは両岸の木に結び付けられたロープがかかっているところを川中の丸い石の頭に飛び乗り、そこで態勢を整えて次の石の頭に飛び移ることを繰り返す。私は源流釣りをしているのでこのような動作は慣れているが、浅野さん、藤田さんは腰が引けている。重いザックを背負って山靴で丸い石の頭に飛びのって静止することはけっこう難しいのである。藤田さんは向かい岸に上陸する直前で足が着水してしまった。そこで四つ目では、藤田さんは最初から白旗をあげ、靴を脱ぎ、靴下を脱いで裸足となって渡るというじゃぶじゃぶ戦術をとった。五つ目は倒木が谷にかかり自然の丸木橋となっていた。傾いた平均台のようなもので平衡感覚が試される。だんだんと沢の幅が狭くなり紹介するほどの困難はなくなった。
山を走る人々
 船窪沢の出合いで昼食をとった。私は小布施で買った栗カレーを味わっていると若者が登ってきた。
 話をきくと、ブナ立尾根から私たちと同じコースをたどり、水晶岳と赤牛岳の間にある温泉沢の頭でビバーク一泊しただけでここまできた、これから船窪小屋のテン場で仮眠し夕食を食べてそのまま七倉まで下山すると言っていた。私たちが小屋に四泊して挑戦しているこのコースをビバーク一泊で回る、という行為自体に驚愕した。TJARに挑戦している若者かもしれない。
山三彩
 一三時三〇分、船窪乗越に到着。ザックを置いて、船窪岳までピストンをしてくる。乗越の向こう側は、初日に高瀬ダムから望んだ崩壊する不動沢の荒涼たる風景だった。花崗岩が奈落の底に崩れ落ち、のぞき込むだけで恐怖にとらわれた。真っ白い流砂と高瀬ダム湖が見え、その先には北鎌尾根を侍らせた槍ヶ岳の鉾が天を突いていた。北側には針ノ木岳(二〇〇名山)の険しい岩の鎧肌と針ノ木峠を挟んで対照的に台地稜線でおだやかな表情の蓮華岳(三〇〇名山)が間近く見えた。
 七倉岳への道は針ノ木谷側に付けられており、危険な箇所はなかった。一五時にテン場についた。私はここで水場と矢印がかかれた方向にいき平地の草むらとなったが見つからない。一〇分ほど探してようやくわかった。そこは想定外の場所だった。花崗岩が崩壊した崖にロープが張られており、それを握りしめながら急斜面を下り、ザレの途中から沁み出している水を取水してくるというもの。足を滑らせば先ほどのぞいた奈落の底に転落しかねない。私は危険すぎると考え、引き返した。一人の女性が私と入れ替わりのように崖を降りて行った。登山道に戻ると、浅野さんから、私が水場で見かけた女性は、昨日上高地から槍沢・槍ヶ岳・双六岳経由で三俣山荘に泊まり、今日は鷲羽岳・裏銀座ルート・烏帽子岳・不動岳・船窪岳経由でこのテン場で二泊目だと聞かされた。大変な脚力だ。
ランプのお宿は大混雑
 七倉岳山頂の直下の船窪小屋(二四六〇m)前には人が群れていた。スタッフがお茶を差出し迎えてくれた。ランプと囲炉裏とオーナー夫婦に憧れて通い続ける人も多い人気スポットだ。ここで買ったランプの絵入りのお気に入りのTシャツを着ていると、見知らぬ人が私も船窪小屋に泊まったよと声をかけてくることが度々ある。オーナーが年をとりできなくなった登山道整備はボランティアによってささえられているそうだ。
 今日は今年一番の入りという五二名が押し掛けた。うちツアー客が一七名。食事は三交代制となり、一七時半、囲炉裏を囲むというより囲炉裏の周りにテーブルを並べて順番で食事をとる。売りの山菜の天ぷらや煮物も落ち着いて味える雰囲気ではなかった。ぬくもりのある雰囲気を破壊する人数だった。
 早々に眠りについた。翌朝、小屋の壁にいっぱいに貼られた小屋の歴史を伝える写真を眺め、最後の組でゆっくりと、自分の家の朝食よりも品数も色彩も豊かな朝食を味わった。すぐ側の七倉岳の山頂に上った。朝日の下で、黒部川を囲む山々が個性の光を発していた。(終)

 

 

藤原精吾団員・学習会講演録をご活用ください!  事務局次長 鹿 島 裕 輔

 貧困・社会保障問題委員会では、昨年の一一月一二日に兵庫県支部の藤原精吾団員を講師として招き、「社会保障裁判をたたかう~クライシスからレボリューションへ」という題目にて、社会保障問題の裁判と運動に関する学習会を開催しました。
 安倍政権下で、年金引き下げ、生活保護基準引き下げなど、あらゆる分野の社会保障の削減・解体が進められており、これに対して全国各地の弁護団によって、年金裁判、生存権裁判など社会保障裁判が闘われています。そのような中で、これまでの社会保障裁判の闘いを通じて得られた知恵と理論と運動のノウハウを学び発展させることが重要です。
 藤原団員による講演は、「政策形成訴訟」という提起、自由法曹団員が裁判に取り組む発想と構え、そして社会保障裁判に取り組むことの重要性をこれまでの藤原団員の第一線での経験から学ぶことができる内容になっております。
 貧困・社会保障問題委員会では、藤原団員の講演録及び資料を冊子としてまとめ、本年一〇月二〇、二一日に行われた団総会の参加者へ配布しました。そして、本委員会では、特に多くの若手団員に社会保障問題に取り組んでもらいたいとの考えから、本冊子を各支部の入団五年目以内の団員へ配布することにしました。本冊子を手に取った一人でも多くの若手団員が社会保障問題に興味・関心を持ち、社会保障問題に取り組んでもらうことを心から願っております。
 なお、冊子にしました藤原団員の講演録及び資料のデータは、団のホームページ【意見書、貧困・社会保障】にアップされておりますので、各支部の学習会で使用したり、修習生やロースクール生などに配布するなど、各自ご活用いただきますよう、お願い申し上げます。

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