第1686号 / 11 / 11

カテゴリ:団通信

【 2019年愛知・西浦総会~特集8~ 】
*就任のご挨拶  吉 田 健 一

*事務局長退任のご挨拶  森  孝 博

*退任挨拶  星 野 文 紀

*事務局次長退任のご挨拶と団のイメージの変化  緒 方  蘭

*退任挨拶  尾 﨑 彰 俊
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●2019年愛知・西浦総会旅行記第1部(順不同)名古屋城天守閣の建替の目的は何か
 副題 歴史修正主義者の目論見を考える  伊 藤 嘉 章

●所得税滞納処分差押事件、高等裁判所で逆転勝訴!!  尾 﨑 彰 俊

●刑事控訴審 30分1回結審原則問題  玉 木 昌 美

 


 

【 2019年 愛知・西浦総会~特集8~ 】
 就任のご挨拶  団長 吉 田 健 一

 愛知西浦総会で団長に選任された東京支部の吉田健一です。
 総会でも議論されましたが、参議院選挙で改憲派が三分の二議席を割り込んだにもかかわらず、改憲の動きは引き続き予断を許さない状況にあります。安倍政権は、アメリカとともに戦争するための軍備強化を進め、自衛隊の中東派兵をも企てています。増税や福祉切り下げなど庶民の生活が脅かされ、働く者の権利がないがしろにされています。しかし、他方では、市民が共同を広げ、野党も共闘して政治を動かす運動も進められています。平和と人権、民主主義を守る団の役割を果たすには、全国の団員の皆さんの各地に根を張った活動がいっそう重要になっていると思います。
 いま、私たち弁護士が活動する環境にも、従来になかった困難が生まれています。法律事務所の経営や団の活動のあり方にも、様々な工夫、率直な議論が必要とされる事態となっています。団総会のプレ企画として、徴用工問題など日韓関係をめぐる講演とパネルディスカッションが行われましたが、愛知支部の若手団員が準備され、素晴らしい企画となりました。団内での様々な議論を深め、行動するなかで、新たな若い団員にも大いに力を発揮してもらいたいと思います。
  再来年、二〇二一年には団結成一〇〇年を迎えます。たたかいの歴史を踏まえて、次の世代へと引き継ぎ、発展する節目にしたいと考えます。人々の困難の中に身を置いて不屈にたたかう団の原点を大事にしながら、新しい時代に生かしていく、そのために全力を尽くす決意です。
 皆さんのいっそうのご協力をお願いして、就任のご挨拶といたします。

 

 

事務局長退任のご挨拶  東京支部 森   孝 博

 鳥取米子五月集会からの就任という異例のスタートになりましたが、なんとか無事に任期を終えることができました。ありがとうございました。
 お恥ずかしながら、就任前は団通信、五月集会特別報告集、総会議案書なども興味・関心のある分野や記事しか読んでいなかったりもしていたのですが、事務局長となりほぼ全ての資料や原稿を精読するようになって、あらためて団は全国各地で本当に多彩な活動をしているのだなぁということを強く感じました。また、事務局長になって、五月集会や総会の準備・下見、各ブロックや支部の総会、現地調査など、所属している東京支部以外の地域での会議、活動、飲み会等に参加する機会に多々恵まれ、これらを通じても同様のことを強く感じました。
 就任前は、衆参両院の三分の二議席を「改憲派」が占める中、二〇一八年三月に自民党改憲素案(改憲四項目)が出てきて、任期中はどうなることか、と案じていたのですが、その後の動きを阻止し、今年七月の参院選で「改憲派」の議席が三分の二を下回ることになったのも、その要因の一つには、任期中に見聞きしたような全国各地での様々な取組みがあったからだと感じます。個人的にも、これまで知らなかった色々な議論や事件報告、飲み会でのよもやま話等に触れて、視野が広がり、貴重な経験をさせてもらったと思います。
 そうだったら一年半で退任せずにもう少しやれば、といった声も聞こえてきそうですが、やっぱり全国組織の本部事務局長の任は重たいものでして、船尾団長、加藤前幹事長、泉澤幹事長、事務局次長、専従事務局のみなさんの支えがあって、なんとか乗り切ったというのが実感で、お腹は十分いっぱいになりました。
 とはいえ、まだ改憲の動きは続き、課題は山積みなので、今後も一団員として活動に取り組むとともに、地方常幹や五月集会・総会にあわせて地元のマラソン大会に出場する等(もちろん開始までにはちゃんと戻ってきます)、今まで出来なかったことにもチャレンジできればと考えています。
 最後になりましたが、全国の団員のみなさま、大変お世話になりました。

 

 

退任挨拶  神奈川支部 星 野 文 紀

 一〇月の西浦総会で事務局次長を退任しました。神奈川支部の星野文紀です。私は事務局次長として、国際問題委員会、改憲阻止対策本部、憲法共同センターの担当をさせていただきました。憲法改正が具体的に懸念される時期の次長就任でしたので、憲法を護る活動が、全体的に多めになりましたが、具体的な改憲の動きが任期中にとられなかったのは団本部の活動の成果かと思います。
 私は、それまで団の活動に積極的に参加してきませんでしたので、団本部の活動について新しく知ることが多く、新鮮に感じました。担当させていただいた、憲法共同センターでの活動もこんなことをしているのかと大変勉強になりました。多くの時間を使う団本部の活動も充実し、任期の二年間も今思えばあっという間でした。
 反面、課題も感じました。一般の団員から見て、団本部の活動というのは見えにくいのかなとも感じ、これは、団本部の活動を一般団員に知ってもらう努力が必要だなと思いました。また、実際の運営については、これまでの自由法曹団は長い蓄積がありますので、どうしても前例踏襲が多くなると感じました。そうなると、若い世代はついて行きにくくなるし、活動が形骸化して非効率になってしまいます。そこで、目的と活動とが本当に適っているのか、批判的な視点で活動に取り組みましたが、よい点を残し、新しい点を取り入れていくというのはなかなか大変な作業で、満足に結果が残せませんでした。
 でも、少しずつ団も変わればいいと思っています。世の中に必要とされ、長い時間をかけて作られてきた自由法曹団は、これからも世の中の必要で変化していくものだと思います。団本部にこれから来る若い団員が、それぞれの思うところを反映し少しずつ変えていってくれたらと思っています。
 短い間でしたが、お世話になりました。神奈川に帰っても本部で得たものを生かして活動を続けていきます。

 

 

事務局次長退任のご挨拶と団のイメージの変化  東京支部 緒 方   蘭

 皆様のご支援とご協力のおかげで、二年間の次長の職を終えることができました。
 次長の仕事はとても楽しくやりがいのあるものでしたが、残念ながら実態があまり知られていない状況です。せっかくの機会ですので、実際に次長を務めて団の印象が変わった点を書かせていただきます。
(1)団は自由に議論できる場である
 私の乏しい経験の限りですが、団ほど上下関係なく自由に議論できる場はなかなかないと思います。特に、執行部会議は和やかな雰囲気で、何でも意見を言える環境でした。
 私は弁護士一年目の時に給費制廃止違憲訴訟を提起し、その件で上の期の団員から厳しい意見があり、腹が立ったこともありましたが、執行部に入って色々な団員と交流すると、若手でも一人前の法曹として対等に議論し、よりよいものにするために意見を言ってくれていたのだとわかりました。
 ただし、若手はナイーブですので、年配の弁護士から率直な意見を言われると心が折れる方も少なくないと思われます。意見の言い方は今後の検討課題かもしれません。
(2)団は成果を誇らない
 もっと団の成果を誇った方がいいと思うこともありました。例えば、秋田市内の陸自新屋演習場にイージス・アショアが配備される計画を受け、改憲阻止対策本部で現地調査を行いました。その時の報告書は秋田県議会・市議会議員の間で広く読まれ、反対の声を高めることに役立ったと聞いています。しかし、一緒に調査に行った先輩方は成果を誇ることなく、多方面から求められる課題に邁進しています。成果をひけらかさない点も、団の美点なのでしょう。
(3)次長は視野と人脈が広がるが負担はそれほど大きくない
 次長になると様々な問題や最新の情勢に触れることができ、また、全国の団員の皆様と交流し各地の運動を垣間見ることもでき、今後、担当地域の運動を担っていくうえで大変勉強になりました。
 他方、「次長は忙しく稼げない」と言われていますが、そうでもないと思います。確かに忙しくなりましたが、夜まで拘束されることは少なく(執行部会議は一八時過ぎに終わり、各委員会は昼に会議を設定してくれるところも多いです)、子育て中でも対応できると感じました。収入面も、私は収入が下がることはなく、むしろ以前より時間のやり繰りができるようになったと感じています。
 以上、長々と書かせていただきましたが、一言で言い表すと、「次長の仕事が想像以上に楽しかった」ということになります。楽しいと感じる背景には、人権課題、政治課題を学び、解決のために行動することの喜びがあります。その喜びを分かち合える世代を超えた仲間が全国に大勢いらっしゃることは本当に嬉しいことです。今後も何らの形で団と関わり、社会の進歩と発展の一助となれれば幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

退任挨拶  京都支部 尾 﨑 彰 俊

 私の次長としての二年間を振り返ると、まずは、当時の西田事務局長から、「次長をやりませんか」と声をかけていただいたことを思い出します。当時、自分が複数の任務を負っていたこと等もあり、どうしようか、とても、悩みましたが、多くの方から、背中を押していただき、次長をやる決意をしました。
 私は、団員となった当初から、憲法問題、特に、憲法学習会の講師活動に力を入れてきました。講師活動を始めた頃、事務所の本棚で見つけた『有事法制のすべて』(自由法曹団が二〇〇二年に出版した)がとても役に立ちました。自衛隊法の解釈など、どこにも書いていない内容が書いてあり、発見したときから、私の学習会にとって欠かせない教科書となり、著者の団員たちは、私にとってとても魅力的に感じられました。いつか、自分も、こんなふうに、憲法学習会や街頭宣伝で、役に立つ資料作りにかかわりたいという思いがあり、次長になり、担当委員会の希望を聞かれたときに、真っ先に、改憲対策本部の担当を希望しました。
 改憲対策本部の会議は、月に一回行われています。改憲対策本部の会議に行くと、自分の教科書の著者である団員たちがいて、憲法問題について議論をし、とても楽しい時間を過ごすことができました。次長の二年間の中で、安倍改憲反対の緊急意見書や武器の爆買い問題パンフレットの作成にかかわり、楽しい次長ライフを送ることができ、「我が次長ライフに一片の悔いなし」という気持ちです。
 東京支部のソフトボール大会に出場するために、団本ぶぅーTシャツを作ったり(ソフトボール大会は、台風のため中止でした。)、ほかにも楽しい思い出はいっぱいあります。次長ライフはとても楽しいので、まだ、次長をやっていない団員の方は、ぜひ、次長をやってみてほしいと思います。楽しい二年間になることは、私が保証します。
 私は、団通信に寄稿した新任あいさつで、「憲法を守り抜き、自由法曹団一〇〇周年を迎える!!!」を合い言葉に頑張っていきたいと決意を述べました。退任まで憲法を守ることができましたが、これからも、闘いは続きます。今後も、全力で頑張り続けたいと思います。

 

 

2019年愛知・西浦総会旅行記 第1部(順不同)名古屋城天守閣の建替の目的は何か
副題 歴史修正主義者の目論見を考える  東京支部 伊 藤 嘉 章

ひつまぶしと地ビール
 一泊旅行の二日目の昼食は、河村名古屋市長の公約が実現してできたという「金シャチ横丁、義直ゾーン」の「ひつまぶしびんちょう」で鰻料理を食べる。「後悔するよ」との地元名古屋支部の団員の忠告を無視して地ビールを頼んでしまった。団員の彼と彼女はしっかりと普通の生ビールを頼んでいる。鰻料理のひつまぶしには食べ方の作法があるとマニュアルに書いてある。漢字で書くと「櫃塗し」となるのであろうか。ご飯にかけてお茶漬けとして食べよという汁だけを飲むとおいしい。
大きな日の丸と無料の入城
 ひつまぶしを食べたあとで名古屋城の見学に行く。
 名古屋城の正門には、大きな日の丸が二旗掲揚されている。あの河村市長が管理する城跡だけあって、毎日このような大きい日の丸を掲揚しているのかと思った。今日・一〇月二二日は臨時休日だから入場は無料という。ああ、そうか。すっかり忘れていた。
 九月中旬、ある事件の次回期日を入れる場面で、一〇月二二日は、一泊旅行の予定があるので、「差し支えます」と先走って言ったところ、裁判官がその日は「平成三〇年法律第九九号 天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律」に基づいて、「裁判所は休みです。期日はありません」と裁判官に教えられたのです。
名古屋城の築造と空襲による焼失と再建
 名古屋城は、江戸城の西の備えとして一六〇九年に徳川家康の命令によって築造がはじまり、江戸時代には尾張藩の居城として使われてきた。ところが、一八六八年、一四代藩主であった徳川慶勝は、青松葉事件と言われる佐幕派に対する弾圧事件を起こし、一挙に尊皇論に藩論を統一し、徳川家康の遺志に反して城を明け渡し、東征軍の軍門に下った。
 このようにして、名古屋城は一度も干戈を交える舞台となることなく、一九三〇年には国宝に指定された。ところが、一九四五年五月の名古屋空襲で天守閣が焼失した。一九五九年に市民の再建の願いがかない、二度と燃えないようにと鉄筋コンクリートで復元された。天守閣の内外にあるエレベーターでの昇降が可能となっている。
木造による建替は河村市長の趣味か
 河村市長は本物と寸分違わず、天守を再現するという。公共建築物にもかかわらず、いまどき、エレベーターも設置しないという。城内には電気を引かず、曇りの日に壁にある小さな窓から明かりが入らないときには、行灯、蝋燭、かがり火で明かりをとるのであろうか。現存の天守の最上階の屋根には避雷針がみえる。もちろん江戸時代には、避雷針はなかったのだから、そのような物の設置はありえないであろう。
石垣の保全こそ優先事項である
 「私たちがいまつくるべきなのは、今の時代にそくした誰もが豊かな文化とわが国固有の歴史を体感できる史跡です。障害などによってそれを享受できない人がいてはいけないのです」と城郭考古学者・千田嘉博教授はいう(インターネット)。
 同教授の話は続く「天守台では石垣が崩落過程に入っていることを示すS字変形が進行し、空襲を受けた際の石材の熱劣化で、ひび割れや破断も広範囲に及んでいます。……名古屋市の……天守閣の復元計画は、まず天守台上部の石材を壊して内部に鉄筋コンクリートの『はり出し架橋』を埋め込んで天守を木造で建設し、その後九年かけて石垣を大規模に修理するとしているんです。木造天守はあくまでも原寸大レプリカです。史跡の国宝=本物である石垣の保全と安全対策は城跡整備で最も優先順位が高く、これを破壊しレプリカをつくるという考え方は、史跡整備の原則から大きく逸脱します」。
現存のコンクリート造りの天守閣の耐震補強による保存
 以下は「自治体問題研究所・山口由夫」から。これもインターネットからの引用です。
 「名古屋城は築城以来その本来の目的である戦闘に使われたことがない平和の城であった。そのお城が、明治以降の日本の侵略戦争の最終の結果として空襲で焼けてしまい、二度と焼けないようにという思いで建てられた。この思いは、時代の背景として二度と戦争はしないと定めた憲法の思いに通じるところがあるのではないだろうか。鉄筋コンクリートの天守閣は、現在の平和の時代のお城として、名古屋市民の誇りの賜物なのではなかろうか。 
 現在の名古屋城天守閣は、河村市長の感覚でいえば、木造でないから偽物ということになるらしいのですが、名古屋市民にとっては鉄筋コンクリート造の天守閣こそが市民の貴重な財産であり、文化財なのである。
 今、耐震性に問題があるとすれば、現在の最新の技術を駆使して耐震基準にあうように修復して活用することが、先人たちの労苦を引き継ぎ、実らせることになるのではないだろうか。木造で天守閣を復元しても、本物ではなく木造のレプリカなのである。このことは、現在公開され、ピカピカの本丸御殿で経験済みではなかろうか」。
 だから我々は本丸御殿は見なかったのです。本当は長蛇の列にあきれて入城しなかっただけですが。
 私は、二〇一六年十一月一日、第二期公開の時に、一人で再建された本丸御殿を見ました。たしかに、ぴかぴかでつまらない。京都の二条城のような歴史の重みを感じさせる重厚感が全くないのである。
河村市長の真意は何か
 先に述べた明治以降の日本の侵略戦争の最終の結果として空襲で焼けてしまい、再現した現存天守閣は、時代の背景として二度と戦争はしないと定めた憲法の思いに通じるところが嫌で、名古屋に空襲があり、戦争に負けたという歴史の事実を忘れたいという歴史修正主義の立場から、現存天守閣は一日も早く解体し、そこに江戸時代と寸分違わないレプリカを作る。そして、天守閣は空襲で焼けたのではなく、江戸時代から連綿としてこの地にこのような形で聳え立ってきたのであるという虚偽の歴史を紡ぎたいのであろう。だからエレベーター設置などは言語道断なのである。
後世に伝えるものは何か(独自の見解)
 天守閣がなく天守台だけの江戸城にも天守閣を復元する運動があるという。しかし、江戸城の天守閣は一六五七年に明暦の大火(振袖火事)で焼失したあとは、江戸幕府はもう戦争の時代は終わった、天守閣は必要ないとして、金もなかったようであるが、天守閣を再建しない方針を固めて天守台だけが残ったのである。このような歴史的事実を後世に伝えるために江戸城では天守閣のない天守台という文化財を保全し後世に伝える必要があろう。   
第一部は以上 第二部に続く

 

 

所得税滞納処分差押事件、高等裁判所で逆転勝訴!!  京都支部 尾 﨑 彰 俊

一 はじめに
 日本国憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定め、国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障しています。この憲法二五条一項の趣旨から、生活保護、給与、年金、児童扶養手当などの債権については、法律で、差押禁止に関する規定が定められており、法律に違反して、これらの債権を差し押さえることは違法となります。しかし、税金、国民健康保険料などを滞納した場合に、給与などの差押え禁止債権を直接、差し押さえるのではなく、給与などが、預金口座に振り込まれた後、預金口座(預金債権)を差し押さえることで、差押え禁止債権を定めた法の趣旨を潜脱する違法な差押処分が、現在、全国各地で行われ、重大な問題となっています。
 本件では、X(控訴人)は、平成一四年度の所得税を滞納していましたが、Z税務署(処分行政庁)は、X(控訴人)のA銀行B支店に対する一〇万三〇八円の預金債権を差押さえ(本件差押処分)ました。Xは、本件差押処分が違法であるとして大津地方裁判所に訴訟提起しました。
 大津地方裁判所では、Xの主張は、一切認められませんでしたが、大阪高等裁判所で、逆転勝訴となりました。本件訴訟は、取消訴訟の訴えの利益の有無、取消訴訟に係る審査請求前置、無効確認訴訟の補充性など、行政事件訴訟法上の論点も複数ありますが、今回は、実務上、大きな問題となる差押処分の違法性について、報告します。
二 本件の争点
(1)本件の事実関係
 Xは、平成一四年度の所得税を滞納していました。Z税務署職員は、平成二八年二月四日、本件滞納国税を徴収するため、XがA銀行B支店に対する普通預金債権一六四円を差押えた上で、取立処分を行いました。この差押処分と取立処分により、本件預金口座は、零円となり、その後、同月一二日に利息一円が振り込まれ、同月一五日に給与支給額一九万四八七九円が振り込まれました。その後、携帯電話料金の引き落としや預金の払い戻しなどにより預金口座は一〇万三〇八円となり、処分行政庁は、この全額(一〇万三〇八円)を差押えたのです。
 X(控訴人)は、本件差押処分は、国税徴収法の差押禁止規定に違反し違法であるなどと主張して、国(被控訴人)に対し、本件差押処分の取消し等を請求するとともに、①主位的に違法な本件各処分によって損害を被ったと主張して国賠法一条一項に基づき、損害賠償金(慰謝料、弁護士費用も含む)の支払い、②予備的に不当利得返還請求権に基づき本件各処分のうち違法な部分相当額二万四四〇四円の支払いを求めました。
(2)争点
 国税徴収法七六条一項は、給与に係る債権ついて、差押禁止を定めています。これは、日本国憲法二五条一項が、最低限度の生活を保障した趣旨を踏まえた上で、定められた規定です。
 本件では、給与が預金口座に振り込まれ、預金債権となった後、その預金債権を差し押さえた場合、国税徴収法七六条一項の差押禁止の趣旨が及ぶのかが主要な争点の一つとなりました。
(3)大阪高等裁判所の判断
 大阪高等裁判所では、「給料等が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は差押禁止債権としての属性を承継するものではないというべきである。」と原則論を述べた上で、「しかし、給料等が受給者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても、同法七六条一項及び二項が給与生活者等の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」と例外判断の枠組みを示し、「本件預金債権中、本件給与により形成された部分(一〇万三〇七円)のうち差押可能金額を超える部分については、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」と判断しました。
(4)大阪高等裁判所は、本件の具体的事情を詳細に分析して、本 件差押えを違法と判断しました。
ア 大阪高裁裁判所が重視した考慮要素
 大阪高等裁判所は、上記判断枠組の「当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押さえを禁止された給料等の債権を差押えたものと同視することができる場合」に関する考慮要素として①差押えを行った統括官の主観的認識と②預金口座の入出金状況をもとに判断しました。
イ C統括官の主観的認識について
 大阪高等裁判所は、C統括官が、「本件預金口座が主として、給与の振込口座として利用されていることを認識していたと推認される」こと、支給される給与額、本税と延滞税の額等本件の事実関係から、「一五日以後に本件預金口座に対する差押処分をした場合には、同日にXに支給される給与債権それ自体を差押えたとすれば、差押え可能な範囲を超える部分も差し押さえてしまう可能性があり」、C統括官も「その可能性を認識していたと推認される」旨判断しました。
 このC統括官の主観的認識についての大阪高裁判決の判断は、実務上、重要な意義があります。預金口座の差押えが違法と判断される要件として、下級審である大津地裁判決は、「確実に」差し押さえる意図(狙い撃ち)を要求し、給与振り込みから二日後の差押えであれば、「確実に」差し押さえる意図(狙い撃ち)まではないとして、Xを敗訴させました。
 これに対して、大阪高裁判決は、「確実に」差し押さえる意図(狙い撃ち)までは必要ではなく、「差押え可能な範囲を超える可能性の認識」(違法となる可能性の認識)で足りると判断しています。
ウ 本件預金口座の入出金状況について
 Z税務署職員は、平成二八年二月四日、本件滞納国税を徴収するため、XがA銀行B支店に対する普通預金債権一六四円を差押え、この差押処分と取立処分により、本件預金口座は、零円となり、その後、同月一二日に利息一円が振り込まれ、同月一五日に給与支給額一九万四八七九円が振り込まれました。その後、携帯電話料金などが引き落とされ、預金口座残高は、一〇万三〇八円なりました。大阪高等裁判所は、以上の経過からすれば、一〇万三〇八円のうち、一〇万三〇七円は、給与を原資とするものであると判断し、結論として、「以上の事実関係の下では、本件差押処分は、実質的に差押えが禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合に当たる」と述べました。
三 判決の評価
ア 過去の裁判例との比較
 これまで、差押禁止債権について、口座に振り込まれ際の取り扱いについて平成一〇年二月一〇日最高裁判決は、「原則として差押禁止債権としての属性を承継するものではない」と判断していました。しかし、同最高裁判決の例外として、平成二五年九月一八日広島高裁松江支部は、児童手当が、振り込まれた九分後に預金口座を差し押さえた件について、児童手当の振込と預金口座の差押えが、時間的に近接している点を踏まえて、違法と判断しました。
 大阪高裁判決は、例外を認めた広島高裁判決を更に進め、時間的近接性を考慮要素とするのではなく、本件預金口座の入出金状況について詳細に事実を認定し、差押えた金銭の原資が給与であること、統括官が差押え可能な範囲を超える部分も差押えてしまう可能性を認識していたことを踏まえた判断を行っています。
 つまり、差押対象の原資が、給与など差押禁止債権であれば、給与振り込み当日でも、二日後でも、一週間後でも、三〇日後でも、違法となるのです。
イ 今後の課題
 大阪高等裁判所は、「法律解釈についての見解や実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相応の根拠が認められることを考えると、行政処分庁において、本件差押処分が違法になることを予見し、又は予見すべきであったということはできない」旨述べ、過失を否定し、国家賠償法に基づく請求については、認めませんでした。
 国家賠償請求が認められなかったことは非常に残念です。しかし、今回の大阪高裁判決が出た以上(上告されずに確定)、今後は、「法律解釈についての見解や実務上の取扱いも分かれていて・・」等という理屈は通りません。
 今後、給与債権など、差押禁止債権が振り込まれる預金口座を差押えるという、実務上の扱いも変更していかなければなりません。憲法二五条一項定める文化的で最低限度の生活を脅かす違法な差押処分を絶対に許さないために、この大阪高裁判決を広めていきたいと思います。

 

 

刑事控訴審 30分1回結審原則問題  滋賀支部 玉 木 昌 美

 刑事の控訴審を久しぶりに担当したところ、大阪高裁は実質的な審理をしない、三〇分一回結審を原則としていることを知った。その裁判所の対応に唖然とし、強烈な憤りを覚えたが、そのことをほとんど当たり前にしている実務とそれをやむをえないと受け入れている弁護士の現状にもこれではいけないという感想を持った。
 私と関口団員が担当した被告人(主犯格の内妻)は二〇一八年一二月二五日、殺人、監禁、監禁致傷事件で求刑懲役一八年を超える懲役二〇年の判決を受けたが、その控訴審(第二刑事部、三浦透裁判長)であった。一審判決は、鑑定人が、被告人には知的障害があり、主犯格の性奴隷でかつその支配下に置かれて行動していたと解明した点を軽視し、主犯格の「補佐的立場」にあったと認定した。事実誤認、量刑不当で控訴し、一審の鑑定人の意見書や主犯格からの圧力の手紙と回答、供託書等被害弁償関係の書証の事実調べ請求を行った。
 鑑定人の意見書は予想どおり検察官が不同意にした。弁護側は鑑定人の証人尋問を申請したが、裁判所は採用しなかった。また、被告人質問も検察官の意見に従い、一審判決後の事情に限定したうえで採用した。書証についても、検察官が同意したものについても一部職権で必要性がないと不採用にした。弁護側の立証は認めないという姿勢であった。
 そして、書証関係の取調べもしないままに被告人質問に入ろうとした。あと一〇数分あるから終わらせてしまいたいという意図がうかがえた。そもそも、期日を一一時三〇分に入れるのは三〇分ですべての手続を終わらせるというつもりとしか思えない。書証の関係の手続をしていて時間がなくなり、第一回で結審することはなかったが、あまりの異様な対応、実質的な審理をする意欲がないことに唖然とするばかりであった。
 検察官が弁護人の主張に対し、何ら書面を出して対応しないのも、裁判所の姿勢をみれば必要がないのであろう。
 第一回期日後に主任裁判官からご丁寧にも電話があり、「弁論も一審判決後の事情に限定されますので。」と「ご指導」があった。高裁でのやる気のない審理に激怒していたのでつい「いつもこんな審理をしているのか。なぜ、そこまで弁護側の立証を限定するのか。」と問うたところ、「事後審ですから。」との答えであった。事後審イコール何もしないことになるのかとこれまた憤りを覚えた。裁判員裁判の結果を尊重するから何もしないというのだろうか。
 第二回期日においては、被告人質問を行ったが、被告人の裁判の後の共犯者の裁判で明らかになった事に関連するとして事件についての尋問を行った。検察官は限定された範囲を超えると異議を繰り返したが、異議までに必要な尋問を行っていった。弁論も中身に踏み込んで行い、第二回は一時間三〇分の審理となった。傍聴していた新聞記者が「珍しいですね。ほとんどの事件は三〇分一回結審です。」と言っていた。
 今回、第一回期日前に担当書記官から請求予定の証拠はすべて一部を事前に出しておくように指示があった。「鑑定人の意見書」は検察官が不同意にすることは当然に予想され、証拠採用されるはずのないものである。それを事前に提出して裁判所が確認するというのである。その法的根拠についてはよくわからないものの、見てくれるのであればありがたいと喜んで提出した。
 団支部の例会で議論したとき、期の若い団員からロースクールでは、「刑事の控訴審は何も審理してもらえないのでとにかく書面だけはしっかり書いて出すように。」と指導しているという。この運用を踏まえての指導であろうが、高裁は実質審理がないことを前提にするのかと思ってしまう。
 『刑事上告審における弁護活動』植村立郎監修によれば、事前に証拠を一部提出させるのは「刑訴規則一九二条の準用による包括的な提示命令である。」としている。実は私はその解釈を知らなかった。しかし、証拠としておよそ採用されないことがわかっているもの(上記「鑑定人の意見書」)も、「証拠調の決定をするについて必要があると認めるときは」(刑訴規則一九二条)として提出させることができるというのであろうか。団支部の議論でも無理ではないかという意見も相当あった。
 刑事控訴審は死んだ状態にある。全国的には第一回で結審にとどまらず、即日判決をすることもあるらしい。どうせ、実質審理をしないなら、それも構わないとなるのだろう。大阪のある同期の弁護士に言うと「まず、滋賀から声をあげてくれ。」と言われたが、近弁連の刑事弁護委員会でとりあげるべきであると思う。
 尚、二〇一九年八月二三日、大阪高裁は一審判決の引用とそれは正当であるという判断を繰り返して控訴を棄却した(現在上告中)。

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