第1721号 / 10 / 21

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

*京都支部特集*
○コロナ雇い止め地位確認訴訟提起の報告  中村 和雄

○無鄰菴隣接地高級ホテル建設問題  飯田  昭

○公益通報目的で内部記録を持ち出したことを理由に受けた懲戒処分が取り消された事案~京都市(懲戒処分取消)事件報告
                                                   塩見 卓也

○朝鮮学校に対するヘイトスピーチ 名誉毀損事件地裁、高裁判決を受けて  喜久山 大貴

○大阪医科大学労契法20条裁判-非正規労働者の格差是正に背を向けた最高裁  谷  真介

○核兵器は「長い平和」をもたらす「秩序の兵器」か??-『「核の忘却」の終わり』に触れながら(2)  大久保 賢一

 


 

【京都支部特集】

コロナ雇い止め地位確認訴訟提起の報告  京都支部  中 村 和 雄

 新型コロナウイルス感染拡大に起因する解雇や雇い止めが六万人を超えると言われる中で、京都市の書道用紙の加工・販売メーカーで色紙の製造や御朱印帳の表紙作りに従事してきたパート労働者が雇い止めを無効として裁判に立ち上がり、九月七日京都地裁に提訴しました。
 感染拡大の緊急事態宣言を受けた四月、会社の一部休業に伴い、原告は他の社員とともに休業となりました。会社には、全印総連京都地連傘下の組合があり、組合の交渉と協力により会社は休業中の社員の賃金保障については全額を雇用調整金の受給で賄っていました。
 原告の雇用契約は一年間の期限付きで、原告の最初の雇用契約の始期は二〇一八年八月七日でした。二〇一九年の更新期には更新契約書の作成もされないまま、当然のように更新がなされました。原告は、雇用に不安を抱き今年六月に組合に加入しました。組合は、粘り強く会社と団体交渉を続けてきました。少なくとも、雇用調整助成金が受けられている期間については、原告の雇用を継続させるのが使用者としての責任ではないか、その間原告の雇用を継続させたとしても会社の負担はごく僅かなのであるから、あえて雇い止めにするべきではないとして交渉してきたのです。会社側の団体交渉出席者は取締役である京都弁護士会の会員です。
 会社から納得できる説明がないまま、会社は、更新時期の一月前である七月五日に原告に対し、雇用契約を更新しない旨を通知してきたのです。
  中小企業においては休業手当として支給する金額の一〇〇%が雇用調整助成金の対象です。従来の賃金額全額を休業手当として支給しても会社はその金額全額を助成金として受給できるのです。現在のところ、コロナによる雇用調整助成金は二〇二〇年一二月まで存続するとされていますので、少なくとも今年いっぱいは会社は自己の負担がほとんどない状態で原告の雇用を維持することができるのです。コロナによる雇用調整助成金の特別制度は、解雇や雇い止めを防止するために制度設計したものです。今回の雇い止めは、こうした制度趣旨に逆行するものです。整理解雇においては、解雇回避努力義務を尽くしたことが解雇が有効であるための判断要件とされています。雇用調整助成金の利用によって本件雇い止めは回避できるのです。
 原告代理人(当職と諸富建団員)としては、整理解雇と同様に「解雇(雇い止め)回避努力を尽くしていない本件雇い止めは無効である」との判決がなされるはずであると信じています。

 

無鄰菴隣接地高級ホテル建設問題  京都支部  飯 田   昭 

 左京区南禅寺・別邸群エリアは東山の山裾に位置し、琵琶湖疎水を利用した園地の形成等豊かな水環境や動植物の生育環境が保たれてきた地域として文化財保護法による国の「重要文化的景観」に指定されている。この地域の核施設の一つである【無鄰菴】は、一八九六年に建造され、母屋と洋館、茶室の三棟で構成され、明治時代の元勲・山県有朋(一八三八~一九二二年)の別邸として著名な文化遺産で、国の名勝(文化財保護法)にも指定されている京都市所有の文化財である。
 無鄰菴に隣接した南禅寺ぎんもんど(木造低層料理店)跡地を、不動産会社ヒューリック(本社・東京都)が取得し、高さ約一四m(高さ規制は一五m)の四階建ての高級ホテル建設を計画した。
 地域住民が景観と住環境の保全を求めて強く反発したのは言うまでもない。併せて、建設地は二mを超える盛土であり、がけ下に位置する南側隣接地(三つ星の老舗料亭「瓢亭」を含む)は、土圧による擁壁の損壊の危険性が高まり、宅地の安全性を脅かされることになる。

 二〇一八年一一月、無鄰菴庭園からの眺望景観を保全するため、新景観政策(二〇一七年九月施行)の柱の一つである眺望景観創生条例七条により、背景景観を眺望景観保全地域に指定することを求めた市民提案を行った。これには景観と住環境を考える全国ネットワーク等も通じて、地域及び全国から賛同者二七七名を募り、条例の市民提案条項の集団的活用の最初の事例として注目された。
 提案理由は、現計画では、無鄰菴庭園から母屋を眺めると、背景にホテルが突出して見えることになり、無鄰菴の文化財としての価値を毀損するため、見えない範囲までホテルの高さを抑制する必要があるとするものである。しかしながら、市長は、建物の若干の微調整は行ったが、樹木を高くすれば見えなくなるなどとして、二〇一九年八月の美観風致審議会において、この市民提案を「採用しない」旨の方針を報告したため、指定には至らなかった。

 これと併行して、二〇一九年六月には、地域住民六七八名が審査請求人となって建築確認の取消を求めて京都市建築審査会に審査請求を行った。 取消を求める理由は、開発許可が必要な「開発行為」(形状の変更=三〇㎝を超える切土)があったのにもかかわらず、「開発非該当」とした違法である。
 開発非該当となると、先述の擁壁の安全性が審査されないままで建築がなされることになり、崖下になる住民の安全性が担保されないことを、約一〇〇名が詰めかけた公開口頭審査でも訴えた。
 残念ながら、二〇二〇年一月一〇日京都市開発審査会裁決は、審査請求人適格はかなり広範囲(一〇〇m)の住民に認めたが、三〇㎝を超える切土の存在は認定できないなどとして、執行停止の申立ても含め、棄却(一〇〇m外は却下)した。

 現地では、事業者側と締結した暫定協定書に基づき、引き続き協議を実施しながら、監視を行っている。コロナ対策で当初計画より進捗は遅れているが、二〇二〇年末に建設が完了し、二〇二一年四月に開業するとの計画であるが、現地には多数の横断幕・垂れ幕が張り巡らされており、建設自体は防げなかったが、安全対策や補償を求める要求・交渉が継続されている。

 

公益通報目的で内部記録を持ち出したことを理由に受けた懲戒処分が取り消された事案
 ~京都市(懲戒処分取消)事件報告
                                 京都支部  塩 見 卓 也

 京都市の児童福祉施設で、施設長が児童虐待を行ったという事実につき、児童の母親から京都市の児童相談所に対し相談があったにもかかわらず、当局が約四か月にわたりその事実につき調査を行わず放置し、事実の隠蔽が疑われる状況にあったことにつき、児童相談所虐待班の職員であった原告が京都市の外部公益通報窓口の弁護士に通報したところ、逆に担当外の児童記録データ無断閲覧やプリントアウト記録の持ち帰り、この問題について職場新年会や組合と当局との交渉で発言したこと、持ち帰った児童記録を破棄したことを理由に、三日間の勤務停止の懲戒処分を受けたという事案で、原告が懲戒処分取消を求め提訴していた訴訟にて、一審(京都地判R一・八・八労判一二一七号六七頁)、控訴審(大阪高判R二・六・一九判例集未掲載)ともに、処分を取り消す判決を勝ち取りました。
 この事件は、提訴前から、施設長の児童虐待行為が刑事事件となったことや、外部公益通報窓口となった弁護士が原告の名前を京都市当局に漏らしたこと、母親からの通報が放置されたことについて地域政党・京都党の村山祥栄議員が京都市議会で議会質問を行ったこと、村山議員の質問がきっかけに、情報を漏らしたのか誰か、懲戒処分ありきの犯人捜しが始まり、その後原告が懲戒されたことなどが、繰り返し新聞各紙で報道されました。懲戒処分後には、自民党京都市議団が京都新聞に全面広告で出した、『市会報告vol.13』に、「一部で主張されているような児童相談所の対応の遅れや隠ぺいはありません。」「職員の不適切な行為については厳正な処分が行われましたが、これは公益通報とは関係ありません。」と記載されていました。本件の懲戒処分が政治案件化していたことを、十分に疑わせるものといえます。
 懲戒理由に対するこちらの反論としては、①児童相談所職員が担当外の児童記録を閲覧することは禁止されておらず、むしろ真面目な職員ほど担当外の事例を参考にするために担当外の児童記録を閲覧しており、担当外の児童記録の閲覧は懲戒事由に該当しないこと、②児童記録のプリントアウトを持ち帰った行為は、公益通報のために必要な行為であり、懲戒事由に該当しないこと、③職場新年会や組合交渉では、当局の対応の問題は指摘したが、児童の個人情報は一切しゃべっておらず、懲戒事由に該当しないこと、④プリントアウトの廃棄には上司の許可があり、懲戒事由に該当しないことを主張していました。この点、原告は、組合交渉でのやりとりや、懲戒に至るまでの聴取手続につき、録音を残していました。さらに懲戒に至る調査記録を証拠提出するよう京都市に求める文書提出命令申立を行い、京都市に任意提出させました。
 これらの録音反訳や調査記録などから、京都市が原告を狙い撃ちにして、懲戒の結論ありきで調査を行った実態を明らかにすることができました。事実関係を緻密に立証した結果、一審判決は、プリントアウトした児童記録の自宅持ち帰りやその破棄のみ懲戒事由に該当すると認定し、その余は該当しないとした上で、原告がもともと上司からの評価が高い真面目な職員であるところ、児童記録を持ち帰った行為は公益通報に付随するもので正当目的があり、その行為の結果児童の情報が外部に漏れた事実もないことなどから、懲戒事由に該当するとしても懲戒相当といえる事実ではないとして、懲戒処分は裁量権を逸脱し違法と認定し、請求を認容しました。
 さらに、控訴審判決は、基本的に原判決と同様の理屈をとりつつ、ほぼ原告主張どおりの内容で原判決よりもより詳細な事実認定を行なった上で、原判決の判断を維持しました。その詳細な事実認定からは、高裁裁判官の京都市に対する、「上告しても無駄ですよ」というメッセージを感じるところです。
 しかし、京都市は、控訴審判決に対し上告受理を申し立てました。おそらくは近いうちに不受理で終わるでしょうが、本稿執筆段階では、まだ判決は確定していません。また、この件では、二〇一九年五月三一日に国家賠償請求も提訴しており、こちらの訴訟は京都地裁に係属中です。
 日弁連は、公益通報者保護法について、通報者が公益通報のために必要な資料を持ち出したことをもって不利益扱いしてはならないとの条項を新設する法改正を求める意見書を出しています。この判決が確定すれば、この法改正議論にも影響するものといえます。国賠事件も、さらに頑張ってゆきたいと思います(弁護団は塩見のほか、中村和雄団員、喜久山大貴団員)。

 

朝鮮学校に対するヘイトスピーチ 名誉毀損事件地裁、高裁判決を受けて
                               京都支部  喜 久 山 大 貴

一 本件の概要
 被告人は二〇一七年四月、京都朝鮮第一初級学校跡地で拡声器を用い、「ここにね、日本人を拉致した朝鮮学校があったんですね」「この朝鮮学校は日本人を拉致しております」「警察庁にも認定されて、その朝鮮学校の校長ですね、日本人拉致した、国際指名手配されております」「この勧進橋公園の横に、その拉致した実行犯のいる朝鮮学校がありました」「まだ朝鮮学校関係者がこの近辺に潜伏している」「朝鮮学校関係者かな、と思ったら一一〇番してください」と述べ、その言動を撮影した動画をネット上に公開し、不特定多数者に閲覧させた。
 同年六月、京都朝鮮学園が告訴状を提出し、受理された。翌年四月、名誉毀損罪で起訴(ヘイトスピーチに初適用)され、公判前整理手続に付された後、二〇一九年一一月二九日に京都地裁判決(柴山智裁判長)。二〇二〇年九月一四日、大阪高裁判決(長井秀典裁判長)。
 地裁は被告人の言動につき、「主として、日本人拉致事件に関する事実関係を一般に明らかにする」という公益目的ありと認定し、懲役一年六月求刑を罰金五〇万円とした。
 学園側は、公益目的を認定した点に抗議し、量刑不当を理由として検察に控訴を要請したが、被告人のみ控訴。大阪高裁は、公益性について判断せず原審判決を維持。

二 「公益を図る目的」を認定した不当性
 被告人は、元在特会京都支部長の西村斉であり、二〇〇九年京都朝鮮学校襲撃事件に主犯格として関与し、侮辱、威力業務妨害等で服役した前科がある。刑執行終了後七ヶ月で本件犯行に及んでおり、「拉致問題」は在日朝鮮人への人種差別、ヘイトスピーチの口実に過ぎない。
 しかし、地裁は、過去に大阪の朝鮮学校の元校長が拉致実行犯として国際指名手配された旨の新聞報道があること、高校無償化訴訟判決が朝鮮学校は朝鮮総聯の「不当な支配」を受けていると判示したこと等を受け、朝鮮総聯が朝鮮学校全般に一定の影響力を及ぼしていたと被告人が考え、朝鮮が行った拉致などの悪事を知ってほしい旨供述していることから公益目的を認定した。ただし、大阪の朝鮮学校と京都の朝鮮学校とは異なり真実性の証明がなく、違法性は阻却されないと結論づけた。
 問題は、京都朝鮮学園が独自の名誉を持つ主体と認定しながら、被告人に「朝鮮総聯が支配する朝鮮学校一般」を糾弾する意図があったという不合理な弁解を退けられなかった点だ。仮に日本政府が学校教育法上の一条校に教育内容等で一定の影響力(支配力)を及ぼしていても、各学校が形骸化した主体だとか、学校長の犯罪に学校法人や日本政府が関与したと考える合理的根拠とはならないはずである。
 民族や集団、組織やその関係者らを一体と認識する(本質化する)ことは、それ自体が差別に他ならない。被告人は、朝鮮学校を得体の知れない存在として扱い、学園及び関係者らが全員拉致に関与しているかのように発言したのであるから、明らかに人種差別の目的がある。京都朝鮮学園やその関係者は拉致と関係がなく、被告人の言動に公益目的はないと判示すればよかったのだ。

三 日本社会がヘイトスピーチを助長する
 朝鮮学校を悪魔化する新聞報道や不当判決、公安調査庁の文書等が正当化根拠に利用されている以上、これらが朝鮮学校に対するヘイトスピーチを積極的に助長していると評価する他ない。
 検察が控訴を断念したのは、彼らが反差別を貫く論理を持ち合わせていなかったからである。一方で差別を推進しておきながら、他方でヘイトスピーチは許さないとのスローガンを掲げる日本社会の矛盾した構造が、人種差別に公益性を認めるという矛盾した司法判断を生み出した。
 告訴弁護団には、京都支部の谷文彰団員と報告者が関わった。

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大阪医科大学労契法二〇条裁判-非正規労働者の格差是正に背を向けた最高裁
                                 大阪支部  谷   真 介

一 はじめに
 旧労働契約法二〇条に基づき全国で争われてきた非正規労働者の格差是正の裁判で、唯一賞与について相違の不合理性を一部肯定した高裁判決を勝ち取った大阪医科薬科大学事件について、一〇月一三日、最高裁第三小法廷(宮崎裕子裁判長)は、賞与及び有給の病気休暇の格差を「不合理とまでいえない」とし、原告を逆転敗訴させた。

二 事案の概要
 原告は、二〇一三年一月に大阪医科大学にフルタイムのアルバイト職員として採用され、以後大学に八つある基礎系研究室の一つで秘書として勤務してきた。各研究室には、各一~二名の秘書が配置されていた。秘書を含む大学の事務職員には、正職員(無期、月給制、賞与あり)、契約職員(有期、月給制、賞与約八割)、アルバイト職員(有期、時給制、賞与なし)があり、フルタイムのアルバイト職員は労働日・労働時間は正職員と同じであった。
 一方、アルバイト職員の労働条件は正社員に比して格段に低水準であった。特に正職員には毎年一律に月給四・六か月分の賞与支給がある(同じ有期雇用労働者である契約職員にも正職員の八〇%の支給率で賞与が支給されていた)一方、アルバイト職員には賞与がなく、そのため年収にして新規採用正職員の約五五%という大きな格差があった。
 他の二〇条裁判にない特徴として、外形からは職務内容の比較が難しい事務職であったこと、比較的勤続年数が短かったことが上げられる。

三 画期的だった大阪高裁判決
 一審・大阪地裁は、賞与の趣旨を「長期雇用のインセンティブ」にありアルバイト職員にはこれが当てはまらない、年収が新規採用正職員の五五%であっても一定の相違に留まっているとし、原告の請求を棄却した。
 これに対し、大阪高裁は、労契法二〇条を職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定で、各労働条件の趣旨を前提に職務内容等の考慮要素から均衡がとれているかで不合理性を検討するというハマキョウレックス事件最判の枠組みに則り、本件大学の賞与について、その支給形態(職務内容や勤続年数等を問わず一律に四・六か月分支給)から、算定期間に在籍し就労していたことの対価及び一律の功労報償にあるとしフルタイムのアルバイト職員に賞与を全く支給しないことは不合理であるとした。そして付随的に長期就労の誘因という趣旨もあること、契約職員に八〇%の支給率で賞与が支給されていることを踏まえて、支給率六〇%を下回る部分を不合理とした。「非正規労働者に光」と大きく報道され、全国の非正規労働者を勇気づけた画期的勝訴となった。

四 再逆転敗訴となった最高裁判決とその大きな問題点
 一〇月一三日、最高裁は、以下のとおり極めて問題のある判断をし、賞与格差を「不合理とまでいえない」として容認した。
①賞与の趣旨を「正社員の人材確保・定着」としたこと
 最高裁は、本件大学の賞与の趣旨について、毎年一律支給で大学の業績に連動しないことから、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むとしつつ、正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力、責任の程度から「正職員としての職務を遂行しうる人材の確保や定着を図る目的」にあるとした。
 そして、職務内容や配置の変更の範囲に「一定の」相違があるとし、正職員秘書をアルバイト職員に置き換える過程であったこと、正職員等登用制度があることを「その他の事情」として考慮し、格差は不合理とまでいえないとした。
 本来使用者が具体的な相違理由を説明できなければ不合理とされるべきであるが、かかる「正社員としての人材確保・定着論」を許せば、「賞与は正社員に支給するものだから非正規には支給しない」と企業が主張するだけでいくら格差が大きくても不合理といえないことになる。最高裁はこのマジックワードを採用し、相違の具体的説明を不要としてしまった。
②「均衡のとれた処遇を求める規定」の検討をしなかったこと
 前記のとおり労契法二〇条は職務内容等の相違に基づく均衡処遇を求める規定のはずだが、最高裁は本件の判示であえてこれを外した。均衡処遇の観点からすれば、賞与の趣旨に「算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償」もあること、職務内容に重なる部分もあること、同じ有期労働者である契約職員に八〇%の賞与支給がされていること、賞与の「相違」や年収差が極めて大きいこと等の本件の事情を前提に、職務内容等に一定の相違があったとしてもどこまでの賞与の相違が許されるかについて基準を立てて検討すべきであった。「同一労働同一賃金ガイドライン」でも同様の方向性が示されており、それこそが最高裁に求められていた。しかしながら、この「均衡処遇」の点は全く検討されず、最高裁は検討しない理由さえ述べなかった。
③不合理性判断について具体的な理由を全く述べなかったこと
 最高裁は、使用者側が主張した相違を設ける理由をずらずらと並べた上、高裁が重視した「労務の対価の後払いや一律の功労報償の趣旨が含まれること」、「契約職員に対して正職員の約八〇%に相当する賞与が支給されていたこと」、「新規採用職員の年収の約五五%にとどまること」を「しんしゃくしたとしても」不合理とまでいえないとした。本件の賞与不支給についてどの事情をどれだけ重視したのか、本件で不合理性が認められないならどのような場合であれば賞与不支給の不合理性が認められるのか等について、何らの説明もしていない。これで高裁判決を覆されるのはたまったものではない。
④恣意的な事実認定・評価
 最高裁は法律判断のみを行うはずが、本件では職務内容の相違や配置転換の有無等について細かく判示している。
 実態としては原告と正職員秘書の職務内容の相違は、研究室の特色による相違にすぎない僅かな相違であり、業務量は遙かに原告の方が多かった。この点は一審段階で「少なくとも過半の業務に有為な相違はない」として大学が認めていたにもかかわらず、最高裁は正職員をアルバイト職員に置き換える過程であった点を「その他の事情」として拾い、大学側を「救済」した。
 また配置転換についても、正職員秘書がほぼ配置転換されず固定されていたことは大学側も認めていたため、配置転換の「可能性」があったとし、一方アルバイト職員の秘書については配置転換の規定もあり実際の実績もあったにもかかわらず、これを「例外的」とした。
 このような事実認定・評価は、最高裁に不合理性を認めないという結論が先にあり、自由自在に行っているものといわざるをえず、実に姑息である。

五 不当な最高裁判決を乗り越えるために
 最高裁は、本件の賞与や同日に判決のあった契約社員の退職金の相違が争われたメトロコマース事件で不合理性を否定する一方、手当や休暇の格差の違法が争われた日本郵便事件ではその格差の不合理性を全面的に肯定した(それ自体は画期的だが)。しかしこうして最高裁は自らへの世論の批判を避けながら、影響の少ない手当については是正を求め(ただ実際には非正規の水準を上げる方向で是正されるとは限らない)、「それで十分だろう」と言わんばかりに、雇用差別の本丸である賞与・退職金について企業の経営判断を絶対視して、一部も格差是正は認めないという拒否反応を示した。
 日本型の正社員中心の終身雇用制がすでに崩され、非正規労働者が四割にも及び両者の間の大きな格差が社会問題となっているにもかかわらず、最高裁はいまだその長期雇用システムの維持に固執し、象徴ともいえる基本給や賞与、退職金の格差を容認する考えを示したのである。極めて政治的で、差別が許されないという人権課題であるという意識は見られず、時代の流れにも背を向けた極めて不当な判決である。
 ただ最高裁判決として出てしまった以上、パート有期労働法が施行された後の格差是正のたたかいへの影響は避けられない。五年以上の闘いで最終的に原告の思いに応えられなかったこととともに、痛恨の思いである。正直にいっていまだ逆転敗訴の傷は癒えていない。
 しかし、全国の非正規労働者を背負って最後まで闘った原告の思いに報い、最高裁で敗訴判決を受けてしまった弁護団としての責任を果たすため、何としてもこの不当な最高裁判決を克服しなければならない。そのために必要なのは、全国の非正規労働者の格差是正の悲痛な声を潰えさせることなく、この最高裁判決を徹底的に批判し、新しく施行されたパート有期労働法の下で非正規格差是正の運動・裁判を愚直に続け、世論を変え、司法を変えていくしかない。
(弁護団は、大阪支部の鎌田幸夫、河村学、谷真介、西川大史)

 

核兵器は「長い平和」をもたらす「秩序の兵器」か??
 -『「核の忘却」の終わり』に触れながら(二)
                               埼玉支部  大 久 保 賢 一

共産主義より死んだほうがましだ
 資料一。アメリカの「平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン」代表のジョゼフ・ガーソン氏はいう。一九四九年、トルーマン政権は、アメリカのエリートのほとんどが「少なくとも一〇年(アメリカの政治的計算では永遠にも等しい)は続く」と思い込んでいたアメリカの核独占を、スターリンの最初の原爆が打ち砕くという、不意打ちを受けた。ソ連の原爆が火をつけた人びとの恐怖心は、同年の毛沢東軍の勝利、そして一九五〇年の北朝鮮の南進によってさらに高まった。アメリカの政治情勢は急速に熟し、ジョー・マッカーシー上院議員やその他の反共デマゴーグがあおりたてるヒステリーとなった。多くの人びとが、自分たちの生命とアメリカの存在を、核で武装し、神を認めず、人を惑わし、政府の転覆を狙う、モスクワやその弟分である北京からの指導を受けるマルクス主義者が脅かしていると信じ込んだ。一九五〇年代から一九六〇年代はじめにかけての大衆スローガンの一つは「アカより死んだほうがまし」だった。
 資料二。アメリカの哲学者ジョン・サマヴィル氏は、一九六二年のキューバ危機の時の話を書いている。アメリカはソ連に対して、二四時間以内にキューバからミサイルを撤去しなければ、アメリカ軍が侵攻と爆撃でミサイルを破壊すると最後通告した。その時、ケネディ大統領(当時)は、ソ連が通告に従わなければ、人類を絶滅させるような世界核戦争が開始されるかもしれないと考えていた。ソ連がその通告に従ったので世界の破滅は免れたけれど、重要なことは、アメリカの指導者たちが、人間の世界の終わりをもたらすと予想した決定をあえて下したことである。このことは、相互抑止理論を論駁するものであるだけではなく、他方では、人類絶滅を容認する決定をもたらしたのと同質の精神状態が、いまだにアメリカの指導者に特徴的であることである。その精神状態は「共産主義より死んだほうがまし」という反共主義である。
 確認しておきたいことは、アメリカ政府は「アカの支配」より、人類社会の絶滅を選択したということである。彼らの反共主義は、核兵器よって敵国の民衆を根絶やしにするだけではなく、自国の民衆も更には第三国の民衆も消滅する選択をためらわなかったのである。

国家の役割とは何だ
 少し別の角度から、この反共主義の意味を検討してみよう。
 秋山氏も引用するアメリカの国際政治学者ハンス・モーゲンソーは、国家の最も基本的な任務は市民の生命と彼らが生きている文明の諸価値を防衛することであるが、全面核戦争の可能性はこの防衛機能を完全に破壊してしまうとしている。そして、その状況下で、国家はまさに否定されようとしているとして、ナショナリズムがもつ最大の逆説を指摘している。これは、ソ連との全面核戦争は、国家を守るためのものとされながら、国家の目的である民衆の命を守れなくなるという逆説の提示である。
 当時のアメリカ政府は、まさにこの逆説のとおり、共産主義と対抗するために、自国の民衆の命を防衛するという国家の基本的任務を放棄しようとしたのである。ベスト・アンド・ブライテストな人たちがいう核兵器に依存する国家安全保障政策は、国家の基本的役割を否定し、世界の滅亡をもたらす危険な論理であることが確認できる。

まとめ 
 私は、核兵器は廃絶されるべきと考える。けれども、核兵器国や核抑止論者は、核兵器禁止条約が発効しても、徹底的に抵抗するであろうと予測している。なぜなら、彼らは他国に自国の意思を押し付ける貴重な道具を奪われることを拒否するからである。
 核兵器のない世界に到達し、それを維持するためには、こういう精神状態をも乗り越えていかなければならない。けれども、それは決して不可能なことではない。そのことは、この間の「核兵器禁止条約」の形成過程で示された思想と運動を見れば確信を持てるであろう。そこには、「二度とヒバクシャはつくらない」、「この星から核兵器をなくす」という気高い意思と、どのような抵抗をも乗り越えるという不屈の運動が存在しているのである。 
 今、求められていることは、核兵器の存在も使用も使用の威嚇も禁止する国際法規範を定立することである。核兵器の材料もそれを作る知識も技術もあるから、そんな法規範を作っても無駄だなどという「現実主義者」もいるけれど、殺人を禁止しても殺人はなくならないから、殺人を法で禁止するなという人はいないだろう。生物兵器も化学兵器もクラスター弾も対人地雷も、材料も技術もあるけれど禁止されている。法は政治の侍女ではなく、政治を拘束する道具して機能しうるのである。
 原爆投下七五周年、NPT五〇周年にあたっても、こういう「現実主義」を唱える人たちとの論争が求められているようである。このような不愉快な論争も、核兵器で吹き飛ばされないようにするために必要な営みとして我慢することとしよう。
                                              (二〇二〇年七月二一日記)

 

 

 

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