第1723号 / 11 / 21

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

*兵庫・神戸総会報告特集

●幹事長就任あいさつ「自由法曹団・愛」みたいな…  小賀坂 徹

●就任あいさつ  大住 広太

●「2年間、よろしくお願いいたします(事務局次長就任あいさつ)」  安原 邦博

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●大阪市廃止・特別区設置を否決-11月1日住民投票のご報告  藤木 邦顕

●横浜カジノ住民投票を求める署名15万を超える!大阪に続くぞ!!  岡田  尚

●育鵬社教科書採択阻止活動報告  脇山 美春

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*岡山支部特集

●会長声明と民主主義  則武  透
                                 
●朝日訴訟発祥の地で、年金裁判を闘う  吉村 清人

●「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか-『部落差別解消推進法』を検証する」
 (杉島幸生著)の書評と団大阪支部への期待  金  竜介

●名古屋自動車学校労働契約法20条裁判-基本給・賞与の格差是正を認めさせる  仲松 大樹

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

-・-追 悼-・-

●情熱弁護士佐藤欣哉君のこと  江森 民夫

●さようなら欣ちゃん!!  岩佐 英夫

 


 

*兵庫・神戸総会報告特集

幹事長就任あいさつ「自由法曹団・愛」みたいな…  新幹事長  小 賀 坂   徹

 一九五〇年代までの音楽シーンにおいては、職業作詞家、作曲家が楽曲を作り、それを歌い手が歌うというのが圧倒的に主流であった。しかし、一九六二年にビートルズがデビューすると、その構図は一変した。自らが作詞作曲した楽曲を自分で歌い演奏するというスタイルがロックやポップミュージックを席巻していったのだ。とはいえビートルズもデビューアルバム『Please Please Me』では、全一四曲中オリジナルは八曲で、六曲はカヴァーだった。ビートルズでさえ全曲オリジナルになるのは三作目のアルバム『A Hard Day’s Night』からだ。でも同時代のローリング・ストーンズのデビューアルバムは、一二曲中オリジナル曲は僅か三曲だったことからみると、ビートルズのオリジナル志向と決意は相当なものだったのだと思う。
 職業作詞家、作曲家を否定するつもりは毛頭ないが、彼らが「ボクの可愛いマシュマロちゃん」みたいな曲を作り、ルックスのいい歌い手に歌わせたからといって、ボクにとっては「だから何なんだ」ということでしかない。全くリアリティがないのだ。表現者が自ら言葉を紡ぎ、自分のメロディーにのせて歌うからこそ、そこにリアルがあり、ボクらの魂は揺さぶられる。魂を揺さぶらない音楽なんかはロックとは思わないし、ボクにとっては全く必要がない。
 ロックには汗と熱がよく似合う。それは表現者の肉体(存在)に宿る魂(創作)がロックの成立要件となっていったことを意味している。そして、それは必然だった。
 かくして、ビートルズ出現後、六〇年代音楽シーンには、ストーンズも、ボブ・ディランもフーもキングクリムゾンも出てきて、創作者=表現者というスタイルは完全にメインストリームとなり定着する。日本のポップミュージックにおいても、一〇年ほど遅れたけれど、同じ現象が起きている。そう、こうしたリアルを求める心情は世界共通なのだ。表現と創作の一体性、言い換えればその肉体(存在)の持つリアルこそロックの神髄だ。だから例えばジョン・レノンやブルース・スプリングスティーンの名曲を多くの人がカヴァーし、何なら自分でも演るけど、それはオリジナルとは完全に別物であることは聴けばすぐに分かる。つまり、ロックの神髄ともいうべき肉体(存在)のリアルは唯一無二のものであり、それが普遍化し継承されることはない。
 しかし、およそ普遍的だと思えたこのスタイルが、近時、根底から揺らぎつつある。ロックやポップミュージックが必ずしも肉体を必要としなくなってきているのだ。日本ではキズナアイを始めとするVチューバー(ヴァーチャルユーチューバー)が次々と出現し、ライブまでやっている。イギリスでも、ブラーのデーモン・アルバーンが作ったゴリラズ(Gorillaz)は、バンドメンバーは全員アニメーションのキャラクターであり、インタビューなどは声優がやっているが、このバンドもセールス的に大成功している。因みに、このゴリラズの今年の新譜のタイトルは『ソング・マシーン』。見事に象徴的である。
 Perfume(パフューム)やSEKAI NO OWARI(セカイ・ノ・オワリ)みたいに極端に機械的に加工した「声」の前では、本人の肉声は全くリアルでない。でも、そこに微かに冷たさのリアルみたいなものは感じられる。でもVチューバ―たちには、肉体のリアルは完全に存在しない。これは楽曲が肉体を離れた普遍性を獲得したものといっていいものなのだろうか。肉体(存在)の持つ唯一無二の個性と、そこから解放された普遍性とはどのように両立するのだろうか。あるいは、それに慣れ親しんだ世代においては、肉体(存在)のリアルは意味を持たなくなるか、あるいはかえって邪魔でしかないのだろうか。
 自由法曹団は、時に暑苦しく感じるほど、熱を兼ね備えた団体だ。それは、個々の構成員の活動から発せられる熱にほかならない。けれど、私たちが「団」と呼ぶとき、この実に独特な呼称そのものが、個々の構成員の有機的結合を超えた一種の「人格」を表しているように思えてしまう。ボクが総会で「今こそ、団の持ついい意味での頑固さが求められているのではないか」と発言した時も、無意識に団を擬人化している。こんな風に思うのも、ボクにとって団は、まぶしくて仰ぎ見る存在だからだ。最初は堅苦しくて、ちょっと恐いという印象だったのだけど、本部の次長を経験して、それが全くの「食わず嫌い」であることを自覚した。
 このような「人格」は、個々の団員のまさに唯一無二の活動によって形づくられている。全国の団員のきら星のごとき活動は、まさに団員の熱と汗に包まれている。けれど他方でそうした輝かしい活動も、団という「人格」に導かれて成立しているようにも思えるのだ。自分自身を振り返っても、団によって自分が律せられていると感じることは確かにある。
 個々の団員の唯一無二の活動の歴史的な集積が団という「人格」を形成し、それによって形成された「人格」によって個々の団員の活動が導かれていく。個々の団員のスーパーな活動はとてもマネできなかったとしても、そこに宿る精神は継承可能だし、その継承があったからこそ、団は団のまま一〇〇年の歴史を刻んできたのだ。ここでは肉体(存在)のリアルと活動の普遍性が、実にバランスよく同居している。そして、この中で育まれてきた団という「人格」に皆が団結している。今でも総会や五月集会で毎回繰り広げられる数百人の宴会は、全く今風の光景ではないけれど、実に心地いいのもそのせいなのだと思う。かくして団は、日本社会における格別の存在であり続けつつ、間もなく一〇〇年の節目を迎える。これは本当に凄いことだし、偉大なことだ。
 そんな重大な節目の幹事長が本当にオレでいいのか?という思いはずっと持っているし、ボクを知っている多くの人もそう思っているに違いない。だから自分が団の一〇〇年の歴史に何らかのものを付け加えようなどというおこがましい考えはない。ただ自分の存在と役職とが何らかの化学反応を起こして、少しばかりの彩りをもたらすことくらいはできないだろうかという程度の思いはある。このおよそらしくない就任あいさつもその一つとなればいい(ならないか)。
 団の奏でる調べは、ボクにとってはいつもロックだった。そしてロックには汗と熱がよく似合う。

追記一

 前段の問題意識は、最近聴きにいった渋谷陽一のトークライブ『なぜクイーンは再結成できたのに、レッド・ツェッペリンは再結成をしないのか』に相当程度触発されたものである。ここで渋谷はシンガーソングライターの時代の終焉という切り口を盛んに用いていた。
追記二
 ボクが神奈川支部の幹事長をしていた時に、共に闘ってくれた事務局長は阪田勝彦さんだった。その阪田さんが病に倒れ急逝(享年四一歳)してしまった後に、急遽事務局長を引き受けてくれたのが近藤ちとせさんだ。その近藤さんも、今年初め病によりこの世を去ってしまった(享年五二歳)。ボクの団員としての活動は、若くして逝ってしまったこの二人と常に共にあるように感じているし、この二人に恥じないようにしなければという思いは強い。だからこそ、執行部全員が健康で任期を全うできること、このことが何より大切だ。

 

就任あいさつ  新事務局次長  大 住 広 太

 二〇二〇年一〇月総会から事務局次長に就任しました大住です。改憲阻止対策本部、貧困・社会保障問題委員会、法律家六団体を担当させていただきます。皆様どうぞよろしくお願いいたします。二〇二〇年二月に東京支部事務局長を退任したばかりですが、結成一〇〇周年を迎える時期に、事務局次長を拝命できることに、プレッシャーもありつつとても嬉しく感じています。
 弁護士になってから、事務所の先輩にお誘いいただき、登山を始めました。年に数回程度ではありますが、都会の喧騒を離れて黙々と山に登るのは、とても良いリフレッシュになっています。東京支部次長の時には、レク企画として高尾山登山企画も行いました。最近は、子どもの頃は頻繁にしていた釣りも始めました。都会の釣り場はいつも混んでいて少しうんざりしますが、海を眺めるだけでも心が落ち着きます。
 私は広島県尾道市出身で、幼いころから被爆者の方のお話を聞いたり、平和記念公園や原爆資料館に行く機会に恵まれていました。法律家を目指すきっかけの一つが、こうした核兵器・戦争の学習でした。今は、反核法律家協会にも所属しており、四月から五月にかけて開催されるはずだったNPT再検討会議と原水爆禁止世界大会に参加予定でしたが、新型コロナウィルスの蔓延により参加できず残念です。
 私は、現在、原発被害者訴訟(生業弁護団)、首都圏建設アスベスト訴訟、晴海選手村住民訴訟等の弁護団にも所属しています。被害者・関係者の方の思いを聞くたび、なぜこんな理不尽がまかり通るのか、憤りを感じます。
 自由法曹団では、総会や五月集会、各種支部企画などで大変勉強をさせていただきました。各分野の専門家、先頭で活動されている方にお話をうかがい、議論したり、一緒に活動することができる団の活動の場は、私にとって、とても魅力的です。
 私は弁護士になって六年目になりますが、その間に安保法制、盗聴法、共謀罪等、国民、市民の自由を制約する悪法が強硬的に採決されました。安保法制の戦いのときは、毎週のように国会前に行き、たくさんの人が集まって訴えている姿がとても印象的でした。このような悪法の成立は許すことができませんが、阻止のために市民と共闘して築き上げた議論、信頼関係は決して無駄ではなかったと思います。近時では、その成果を生かし、検察庁法の改悪を阻止したり、学術会議問題を厳しく追及してきています。このような流れをさらに大きくし、社会を変革していけるよう、頑張りたいと思います。
 微力ではありますが、自由法曹団をさらに盛り上げ、楽しく活動できるように頑張りますので、引き続きご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

 

「二年間、よろしくお願いいたします(事務局次長就任あいさつ)」
                               新事務局次長  安 原 邦 博

一 ご挨拶
 このたび事務局次長に就任しました、安原邦博です。所属支部は大阪で、六七期です。実は次長就任のお話は昨年(二〇一九年)にいただいていたのですが、就任が一年遅れてしまいました(申し訳ありません)。担当委員会は、国際問題と労働問題です。皆様、今後の二年間、何卒よろしくお願いいたします。

二 Zoomさまさま(東京へ行く必要性が劇的に減少)
 これまで大阪から本部次長に就任してきた先輩方は月に何度も大阪東京を往復されていたと聞いています。しかし私は、この原稿の執筆時点(二〇二〇年一一月中旬)で次長に就任して一か月程ですが、この間の会議は全てZoomで参加しています。そして、どうやら二〇二〇年内は、結局全ての会議に大阪からZoomで参加することになりそうです(なお、東京に行くのが嫌というわけではなく、既に入っていた他の予定との関係です)。
 関東以外の団員が本部次長に就任するかどうかを検討する際(または所属事務所が当該団員を本部次長に送りだすかどうかを検討する際)、負担という点で考慮するもののうち大きいのは東京との往復ではないでしょうか。この点で、Zoomが一般的に使用されるようになり、団本部でも会議のため東京へ行く必要性が劇的に減少したのは、パラダイム・シフトといっても良いくらいの大変革ではないでしょうか。私の現時点の感触としては、Zoomが使える今は、本部次長も、これまで大阪で担当してきた諸団体の事務局より負担が重いということはなさそうです(まだ就任したばかりなので、今後評価がどうなるかはわかりませんが)。

三 字数が余ったので…
 (フジ住宅ヘイトハラスメント裁判で差止めを追加)
 フジ住宅(大阪府岸和田市。東証一部上場の不動産会社)が社内で大量かつ継続的に人種民族差別的資料を配布してきたこと等について、同社で就労する在日コリアンのパート従業員が同社及び同社代表取締役である今井会長(以下「被告ら」)に対し慰謝料請求をしているヘイトハラスメント裁判で、本年(二〇二〇年)一一月六日に差止請求を追加したことをご報告します。
 被告らは、本年七月二日、大阪地裁堺支部から、連帯して原告に一一〇万円を賠償するよう命じられた際、その判決理由で、被告らの行為(人種民族差別的資料の配布、教科書採択運動への従業員の動員、及び、訴訟提起をした原告への報復)の違法性を厳しく批判されました。
 しかるに被告らは、一審判決直後(本年七月四日)に自社ブログ「訴訟・裁判に関する当社の主張」(https://www.fuji-jutaku.co.jp/blog/)で「当裁判は、裁判を利用して原告と、原告を支援する人々が起こした日本人への『言論封殺』を目指す政治活動の面がある」などという見解を表明して憚らないとおり、一審判決後も社内での人種民族差別的資料の配布及び原告に対する個人攻撃(右記の被告らの見解のようにしばしば人種民族差別も伴う個人攻撃)をやめません。やめないどころか、原告に対する個人攻撃については、社内における言論でのリンチというべき様相に至っています。例えば一審判決が言い渡された本年七月中には、被告らに扇動された九〇名にも及ぶ従業員が作成した、原告(ないし一審判決)を非難する内容の感想文を、被告らは社内で全従業員(当然原告も含む)を対象に配布しているのです。
 そのため、原告は、本年一一月六日に資料配布の差止請求を追加することになったのです。このとおり、フジ住宅ヘイトハラスメント裁判は、原告が就労をしながら使用者を訴えているという点のみならず、その使用者が、「イジメをしてはいけない」という、教えられずとも誰もが当然持ちあわせているはずの規範意識すら欠缺しているという点で、原告の訴訟追行には甚大な圧迫、苦痛が伴っています。是非、今後とも、原告に対して大きなご支援をお願いしたいと思います(原告弁護団は、村田浩治団員など多数の団員が務めています)。

 

大阪市廃止・特別区設置を否決 一一月一日住民投票のご報告  大阪支部  藤 木 邦 顕

 「二七〇万大阪市民のみなさーん」脇山美春団員がハイテンションで呼びかけ、通行する市民が通称猫パンフという共同センター発行のリーフを受け取ります。団大阪支部は一〇月中毎週宣伝行動を組み、大阪市内を担当エリアとする各事務所を中心に、独自宣伝物の発送や電話かけ統一行動が取り組まれました。一〇月一八日の全国総会の後には、神戸から移動して十三(じゅうそうと読みます)商店街で団執行部ほか全国からの応援を得て宣伝をしました。
 大阪労連参加の各労組、各民商、新婦人、民医連、保険医協会など共同センター参加の各団体も独自の宣伝物や宣伝・対話行動に取り組み、民医連は朝日放送でラジオコマーシャルを打ちました。共同センターおよび各団体の宣伝物や宣伝行動に対する警察や維新の干渉に備えて、団支部ではリーガルチェック弁護団を組織して相談にあたりました。
 住民投票の結果は、投票率六二・三五%で反対六九万二九九六票、賛成六七万五八二九票でその差約一万七〇〇〇票でした。前回二〇一五年の住民投票は投票率六六・八三%で反対七〇万五五八五票、賛成六九万四八四四票でその差約一万票だったので、反対票の割合は前回より増加しています。
 前回の住民投票否決の結果を受けて、当時の橋下徹市長は政界引退を宣言し、その後の法定協議会でも公明党が反対に回っていたので、大阪市廃止・特別区設置案は消えたかに見えました。しかし、二〇一九年四月に当時の松井知事と吉村市長が同時に辞任し、知事市長を入れ替えて立候補・当選するという裏技を使って当選してから、特別区を五区から四区にするという手直し案を再び法定協議会に提案しました。案の手直しのみならず、公明党に対し大阪の衆議院小選挙区制で公明党が議席をもっている選挙区に維新が候補者を立てるという恫喝をかけ、反対から賛成に回らせる取引をして法定協議会を乗り切りました。本年九月に特別区設置協定書が大阪府・市議会で承認されたときには、世論調査で賛成が反対を一〇ポイントもリードする状況であり、維新の側にも住民投票楽勝という見方がありました。それが、住民投票運動が進む中でじりじりと反対世論が増加し、投票ではついに逆転するにいたりました。
 京都大学の藤井聡教授が発表したリサーチによると、特別区設置の仕組みについて理解している人ほど反対意見が多いという傾向があるということです。特別区設置の仕組みは東京都の都・区制度にならっていますが、東京二三区と大阪市では人口規模も税収も事業所の集中度も異なります。維新は身近な住民サービスを維持すると宣伝しましたが、法定協議会でも住民投票運動でも維持できる根拠は示されませんでした。投票日直前になって、毎日新聞が、大阪市財政局が、特別区設置で現在の大阪市で実施している事業を維持しようとすると、四特別区で二一四億円ほど財源不足が生じるという試算をしていたと報道しました。松井市長は自分の決裁を経ていない公表であると激怒し、衆議院本会議で維新議員団幹部が大誤報と攻撃しましたが、法定協議会で自民党議員が独自に算定した基準財政需要から算出した財源不足とほぼ一致した結果であり、大阪市当局は特別区設置で住民サービスが維持できないと知っていたようです。さらに藤井教授のリサーチでは、大阪市が廃止されることを知らなかった人もいて、こうした基本的情報を知らない人ほど特別区設置に賛成する傾向がありました。大阪市が廃止されることについては、自民・公明支持層にも拒否感があり、大阪市選管が投票用紙に「大阪市を廃止し、特別区を設置することについて」反対か賛成かを書くように記載したことは、当然とはいえ結果に影響したようです。
 特別区設置の協定書は個別の事業の振り分けを全部書いていて六〇〇頁あまりあり、二二頁ある総論部分も財政・行政の知識がなければ難解なものです。それだけに法定協議会ではデータにもとづく緻密な議論が必要であり、市民に対しては、仕組みをわかりやすく説明し、なお賛成論・反対論があることも明らかにすべきものです。しかし、吉村知事・松井市長や多数を占める維新議員は、はじめから特別区設置の是非を議論する場ではないとして、さきほどの基準財政需要など基本的データも明らかにしないまま強引に可決させました。このため、特別区設置で、保育所・学校・医療・介護保険から市民プールまで、自分たちの暮らしはどうなるのかよくわからないと真剣に悩んだ市民が多数いて、事実を知ったときに反対に回ったというのが真相だと思います。
 維新は、住民投票を憲法改正国民投票の予行演習と位置付けており、イメージ戦略や政治的抱き込みと運動抑圧などを実践し、成功すれば維新の値打ちを高めて菅政権に売り込もうという戦略を考えていました。運動の問題については、反対派としても何が世論を変えたのか分析の必要があり、リーガルチェックに上がってきた事例などを改憲対策本部にも提起したいと思います。なにはともあれ、維新の最大の存在理由ともいえる大阪市廃止・特別区設置を否決したことをご報告し、全国のみなさまとともに喜びたいと思います。
 末筆ながら、大阪支部の呼びかけに支部内のみならず全国からカンパをいただき、カンパ総額が六一万八〇〇〇円に上りましたことに心からお礼を申し上げます。また京都支部をはじめ、街宣行動にご協力をいただきましたことにも感謝申し上げます。全国のみなさま、本当にありがとうございました。

 

横浜カジノ住民投票を求める署名一五万を超える!大阪に続くぞ!!
                                神奈川支部  岡 田   尚

 横浜にカジノを誘致することについて、「その是非は市民に決めさせろ」と地方自治法が定める直接請求運動としての条例制定を求める住民投票を九月四日から展開してきたが、一一月四日で終了した。以下は、最終日に「カジノの是非を決める横浜市民の会」の運営委員長を務めた私のコメントである。
 市民の圧倒的なカジノ誘致反対の声を背景に九月四日から二か月間、受任者と共に最終日の今日正午時点で一五万六四四五筆を集めることができた。これは地方自治法が定める住民投票実施を求める条例案を議会に請求できる六万二五四一筆の約二・五倍もの数であり、有権者の二〇人に一人が手筆で住所・氏名・生年月日を書き、押印してくれたということを意味する。すべての市民に感謝の想いを伝えたい。活動の先頭に立った人のみならず、署名した人、受任者として署名を集めた人、署名スポットの場所を提供した人、地域(町内会・管理組合)、労働組合、消費者・女性・宗教団体などの諸団体の皆さん、本当にありがとう。
 署名簿は一三日に一八区の選挙管理委員会へ提出する。選管での審査が終了次第、年内に横浜市に対し正式に住民投票条例制定の請求を行う。条例案を審議する市議会は来年一月と思われる。
 大都市圏においては、市民からの直接請求運動成立の条件は厳しい。さらにコロナ禍により署名活動の開始は四か月の延期を余儀なくされ活動も長期にわたった。そのうえに三密を避け、大小の集会開催も制限され、困難を極めた。しかし、市民の反応は予想を超えて好意的で、街頭での署名には列ができ「がんばって下さい。」、また戸別訪問にも「待ってました。」と声をかけられた。署名は市内全域から集められ、市がカジノ建設を予定している中区から遠く離れた周辺部の区でも収集数に偏在はない。IRカジノの実態が賭博場であることはすでに周知の事実であった。多くの市民が常習賭博に起因する社会不安のみならず横浜ブランドのイメージ低下を恐れていることも分かった。「ハイカラなヨコハマにカジノは似合わない、要らない」という市民感情は根強いものであった。
 市議会全野党の賛同を得て進められたが、政治的な枠組みを超えて保守層の方からも支持を得た。カジノ誘致反対を公言された横浜港運協会藤木幸夫前会長や自民党梅沢健治元県連会長からも勇気をもらった。多くの町内会や自治会・マンション管理組合などでも署名に協力いただいた。署名スポットには会員の自宅や政党事務所の他、一般商店や宗教団体施設からも提供いただき、その数は一二七か所にのぼった。
 圧倒的署名数とこのオール横浜の取り組みが林市長の方針転換をもたらした。「住民投票で反対が多数のときは、カジノ誘致は撤回する。」と明言した。これから舞台は市議会に移る。昨年四月の統一選挙の際にカジノ誘致に対し賛成の態度を表明した与党議員は一人もいない。なのに半年もたたない九月市議会で、カジノ誘致関係費二億六〇〇〇万円を計上した補正予算案に賛成した。その後も個人の意見は曖昧にしたまま沈黙を続けることで事実上カジノ誘致を推進している。しかし、今度はそうはいかない。条例案審議では、議員一人ひとりが賛否を明示しなければならない。市民はじっとその選択を凝視している。私たちは、今後もオール横浜体制を維持しながら、自民党・公明党の議員にも住民自治の原則に沿った行動を取るよう訴え、住民投票の実現を目指し運動を継続していく。大阪都構想の住民投票は市民の声が明白に示された。この横浜でも住民投票になれば、(報道の世論調査でも明らかなように)私たちは勝てる!
追記:署名は最終的には二〇万八七〇三筆に達し、法定数の三・三倍を超えた。

 

育鵬社教科書採択阻止活動報告  大阪支部  脇 山 美 春

一 はじめに
 今年二〇二〇年は、五年に一度の公立中学校教科書採択の年であった。
 近年、この採択候補の中に、歴史修正主義・愛国教育の盛り込まれた、育鵬社の出版する非常に問題のある歴史・公民の教科書が紛れ込み続けている。今回は、大阪における育鵬社歴史・公民教科書採択阻止活動について報告する。

二 育鵬社教科書採択阻止活動の経過
(1)メンバー集結
 二〇二〇年七月頭、私たちは大阪府下各自治体に、育鵬社の歴史・公民教科書を採択しないように要請する文章を考えた。実際に育鵬社の歴史・公民教科書を読んで気になる点を指摘し、「フジ住宅ヘイトハラスメント事件」を通じて明らかになった二〇一五年教科書採択の際のフジ住宅の従業員動員問題も指摘して、要請書を完成させた。
(2)申入活動
 私たちは、完成した要請書を、大阪府下の全市町村の教育委員会に発送したうえで、二〇一五年に育鵬社の歴史・公民教科書を採択している市町村、維新市長のいる市町村等、特に重要な市町村には、直接申し入れ行動に行くこととした。合計一三市町村に申し入れに行くことができた。

三 申入れの内容
 実際の申し入れは、弁護士と、教科書ネットに所属する市民の方々とで行うことが多かった。弁護士は、要請書に基づく説明をし、教科書ネットから、歴史教科書のファクトチェックについて説明をした。

四 採択結果
 結果として、大阪府下では、泉佐野市の公民教科書を除き、育鵬社の採択を阻止することができた。二〇一五年に育鵬社の歴史、公民教科書を採択した大阪市、四条畷市、公民教科書を採択した東大阪、河内長野市で採択を阻止したこと、及び泉佐野市についても、歴史教科書については採択を阻止したことは、大きな成果であるように思う。
 生徒数でみても、二〇一五年採択によって約二万二六〇〇名もの生徒が育鵬社の教科書で勉強することとなっていたが、二〇二〇年採択では、約八〇〇名に抑え込むことができた。

 

*岡山支部特集

会長声明と民主主義  岡山支部  則 武   透

 私は、昨年度から岡山弁護士会において憲法委員会の委員長を務めている。時々の憲法問題について会長声明の案文を起案し、執行部に提案の上、常議員会での議論を経て、会長声明を発出するのは、憲法委員会の大きな任務である。しかし、この二年の間で、残念なことに複数回にわたり会長声明が常議員会で否決された苦い経験がある。この間の、検察庁法改正問題、学術会議任命拒否問題などでは、各単位会で団員が獅子奮迅の活躍をしているが、その際に生じている共通の問題であるように思えるので、以下、報告する。

 岡山弁護士会では、二〇一九年二月の常議員会で、憲法九条に自衛隊を明記することに反対する会長声明が反対多数で否決された。また、二〇二〇年二月の常議員会では、自民党改憲四項目の憲法二六条改憲案に反対する会長声明案を常議員会に提案し、賛成が反対を上回っていたにもかかわらず、保留が多数で否決された。一方、二〇二〇年五月の常議員会では、検察庁法改正に反対する会長声明が全会一致で可決された。

 そして迎えたのが、学術会議任命拒否問題であった。ちょうど一か月に一回開催される憲法委員会が終わった直後にこの問題が浮上したので、次の委員会での議論を待っていては間に合わない。そこで、メーリングリスト上で持ち回り審議を行い、何とか一〇月の常議員会一週間前の執行部会議に委員会案を提案することが出来た。幸いなことに現執行部は会長声明に前向きであり、執行部ともすり合わせをして常議員会を迎えた。私はたまたま常議員でもあるので、説明要員の憲法委員会副委員長に援護射撃をするべく、準備をしていた。とはいえ、今年五月の検察庁法改正問題のときには、常議員会ではとりたて反対意見はなく、すんなり全会一致で可決されていたので、今回も高を括っていた。

 ところが、質疑の冒頭に強烈な反対意見が出された。学術会議は学者の単なる名誉職の団体であり、そのメンバーが任命されなかったからといって学問の自由の侵害にはならないという意見だった。説明要員の憲法委員会副委員長も、そして私も、一五年戦争に科学者が協力したこと、戦前に滝川事件など学問の自由が侵害され科学者が戦争に協力させられたことの強い反省のもとで学術会議が作られたこと、学術会議は政府からの科学技術予算や研究方針に強い影響力を持つこと、特に学術会議の独立性を保つかどうかは学問の自由の制度的保障であることを強調した。しかし、意外と自民党や一部マスコミによるミスリードが浸透しているせいか、この問題は学問の自由の侵害というレベルの問題ではないとの消極意見が相次いだ。多くは日本学術会議法も見たことがない知識不足からくる謬論であった。常議員会での議論が継続審議の方向に流れそうになったとき、現会長の熱弁により、採決の結果、賛成多数で何とか会長声明が可決された。この岡山弁護士会での経験は、宮崎の成見暁子団員や東京の村田智子団員にも個別にお伝えした。

 このように憲法問題に関する会長声明が消極的に捉えられる背景には、強制加入団体である弁護士会が「政治問題」に意見を述べることへの抵抗感がある。賛成でも反対でもない保留票を投ずることが多いサイレントマジョリティの若手には、とりわけその傾向が強い。こうした消極意見を乗り越えて会長声明を勝ち取るには、どこに突破口があるのか。

 そもそも憲法とは、統治システムを定めた法であり、その意味では憲法問題はすべからく「政治問題」である。一方で、弁護士法一条の基本的人権の擁護、社会正義の実現という弁護士の使命は、日本国憲法の基本原理に依拠せざるを得ない。だとすれば、弁護士会が強制加入団体であっても、憲法の基本原理を崩すような問題については、きちんと意見を述べることこそが弁護士の使命である。決して、どこの政党を支持するかという意味での政治問題ではない。まずは、時間をかけてこの道理を説くことである。

 また、一致点を形成する努力を惜しまないことも必要である。団などの意見書であれば、短時間にシャープなものが作れるだろうが、弁護士会には様々な意見を持つ弁護士がおり、その意見の違いを乗り越えるような工夫が必要となる。宮崎の成見団員は弁護士会長として、常議員会で二時間もかけて説得と妥協を重ね、会長声明を獲得したという。その苦労を思うと、涙の出る話である。このように一致点を得るのは、時間のかかる作業であるが、そこにこそ民主主義の可能性や強靭さがあるのではなかろうか。

 これからも、憲法問題を巡る会長声明が常議員会で議論されるたびに、同様の問題が起こり、絶望する瞬間もあるだろう。しかし、決してあきらめてはいけない。そこで誠実に道理を説く団員がいる限り、かならず同調者が現れるはずである。「徳は孤ならず、必ず隣あり」である。

 

朝日訴訟発祥の地で、年金裁判を闘う  岡山支部  吉 村 清 人

一 岡山県津山市の紹介
 私は、東京で二三年間の弁護士生活を送った後、二〇一一年に出身地の岡山県津山市に戻って文字通りの一人事務所を開業した。津山市は、岡山県北の中山間地域に位置する人口一〇万人弱の小都市である。この地域は、旧国名を美作(みまさか)と言う。「作州浪人 宮本武蔵」の生誕の地である。
 日露戦争最中の一九〇四年のアムステルダムの万国社会党大会において、ロシア代表プレハーノフと握手して日露の労働者の反戦を訴え、後に日本共産党の結党に関わった片山潜も美作国出身である。私は彼の親戚筋にあたる。
 司法との関係では、戦前に大審院検事局検事総長、大審院長、司法大臣を務めた後、内閣総理大臣となり、独ソ相互不可侵条約の締結に「複雑怪奇」と声明して内閣総辞職した平沼騏一郎は、津山市の生まれである。その生家は私の実家と同じ町内にある。岡山地裁津山支部の会議室には、「審法度」(論語の言葉で「法度を審(つまびら)かにする」=「礼楽制度を細かく定める」の意味)という平沼騏一郎の書が掲げられている。
 しかし、司法との津山市のゆかりは、何と言っても、あの有名な憲法訴訟「人間裁判・朝日訴訟」である。原告の朝日茂さんは津山市の出身であり、津山市内の本行寺の「朝日家累代之墓」の脇には、訴訟経緯を解説した記念碑と、「守れ 憲法二五条」の石柱が建っている。今年(二〇二〇年)は、「朝日訴訟」の一審判決(一九六〇年一〇月一九日)から六〇年である。

二 年金裁判岡山訴訟との関わり
 ところで、二〇一三年一〇月から始まった特例水準の解消を口実とする年金減額や二〇一五年八月に行なわれたマクロ経済スライドの発動に対し、四三都道府県で五〇〇〇人を超える原告の集団訴訟が提起されている。いわゆる「年金裁判」である。岡山県でも二一七名が原告となって訴訟が提起されている。
 私は、この訴訟に当初から関わっていたわけではない。二〇一七年半ば、各原告の陳述書作成段階になって、則武弁護団長から、「弁護団メンバーに欠員が生じ、美作地域の原告の陳述書作成の弁護士の人手が足りなくなったので、応援に入ってほしい」との要請を受けた。それで、私は「陳述書作りだけなら」と途中から弁護団に加わった次第である。
 ところが、折しも、その頃、全国弁護団会議において、「年金減額による不利益」の争点・論点の主張・立証の課題の一つとして「年金減額による地域経済への影響」という課題が提起された。そして、この提起を真正面から受け止めた則武弁護団長により、弁護団の中では私が中山間地域の唯一の弁護士だったためか、この課題を私に無茶振りされた(苦笑)。それで、私は、弁護団に加わったばかりで年金裁判の右も左もまだ把握していないにもかかわらず、この課題を一手に引き受けることとなった。

三 年金減額による地域経済への影響
 協力してくれる学者も見つからないまま、種々の調査・研究を重ね、二〇一八年一二月と二〇一九年九月の二回に分けて、次のような概要の準備書面を作成して提出した。
(1)地域経済における公的年金の機能、役割(その一)
   ・・・所得の地理的な再分配効果
 公的年金における都道府県別の保険料、年金額、現役世代人口比率、高齢世代人口比率、保険料収入・受給権者年金額・収支(=年金額―保険料)の各県GDP比といった統計資料、グラフにより、公的年金が、世代間の所得再分配だけではなく、保険料徴収、年金給付を通じて、地域的な所得再分配の機能も発揮していることを明らかにした。
(2)地域経済における公的年金の機能、役割(その二)
   ・・・家計消費として地域経済を支える機能、役割
 都道府県別の高齢化率、年金総額の対県民所得比・対家計最終消費支出比といった厚生労働省資料により、公的年金には、家計消費として地域経済を支える機能、役割もあることを明らかにした。
年金総額の県民所得比は、当然のことながら、高齢化率の高い府県ほど高くなっている。
 少子高齢化、東京一極集中が進む中、年金総額の県民所得比は、都道府県のうちほとんどにおいて一〇%を超えている。
 また、家計消費に占める年金の割合が、二〇%に達している地域も現れている。
 高齢者が生活に使う公的年金は、地域経済を支える機能、役割を有するに至っており、地域経済の活性化にも重要となっている。
(3)地域経済分析システム(RESAS(リーサス))を利用した  岡山県津山市の分析
ア RESAS(リーサス)とは
 RESAS(リーサス)とは、日本・内閣府のまち・ひと・しごと創生本部が運用している、産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のいわゆるビッグデータを集約し、可視化を試みるシステムである。地域経済分析システムという表現も用いられる。
 二〇一五年四月二一日より供用開始されて、現在、①人口マップ、②地域経済循環マップ、③産業構造マップ、④企業活動マップ、⑤観光マップ、⑥まちづくりマップ、⑦雇用/医療・福祉マップ、⑧地方財政マップというカテゴリーに分かれている。
イ 地域経済循環分析とは
 地域経済循環分析とは、地域の経済を①生産・販売→②分配→③支出の三面で捉え、所得の流出入を把握し、地域の所得の循環構造を分析するものである。
 すなわち、①地域内企業の経済活動を通じて「生産」された付加価値は、②労働者や企業の所得として「分配」され、③消費や投資として「支出」されて、再び地域内企業に還流する。
 地域経済分析は、地域における経済を、この三つの側面(生産、分配、支出)の四つの視点(生産、分配、消費、投資)からとらえ、
  視点1(生産):域外に販売し対価を獲得している産業は何か
 …地域が、地域の資源や強みを活かして域外に販売する機能
  視点2(分配):域内に所得が分配されているか
 …得られた所得を域内の所得へと結びつける機能
  視点3(消費):住民の所得が域内で消費されているか
 …支出面で所得が域内への消費につながる機能
  視点4(投資):域内に投資需要があるか
 …企業の投資を促す機能
 の各機能の状態を把握するものである。
ウ 津山市の地域経済循環構造
 次図は、津山市の地域経済循環構造を図示したものである。

 ※「財政移転」には、年金の政府負担分が含まれている

 津山市では、企業の生産・販売による収入が三三七五億円なのに対し、住民に分配される所得は四〇五〇億円に膨らんでいる。これは、国や県からの交付税や補助金の額がかなり大きいためである。
 この図で「財政移転」と表示されている九三五億円というのが、交付金税や補助金などの国や県からの所得移転である。
 要するに、津山市では、財政移転等で所得は高いが、設備投資、生産に所得が循環していないという、地域経済循環構造になっている。
エ 津山市の地域経済において年金所得の占める位置
 地域経済循環分析の財政移転には、公的な年金のうち政府負担の分が含まれている。 
 津山市における年金給付状況(共済年金を除く)は、厚生労働省の統計資料「市区町村別年金給付状況」によると、平成二八年三月末現在で、
  受給者数合計  のべ六万六六四九人
  年金給付額総計 四二五億五一三七万五〇〇〇円
に及んでいる。
 津山市の平成二九年度の予算規模は四九六億五〇〇〇万円であるが、前記の年金給付額総計の金額は、この津山市の予算規模に匹敵する金額である。
 また、前記の年金給付額総計の金額は、前述した津山市の地域経済循環構造の規模(分配で四〇五〇億円)に比しても、大きな割合の金額である。
オ 結語
 以上のとおり、津山市は、地域経済循環構造において、住民に分配される所得について国や県の財政移転に依拠する比率が高く、その財政移転の中には公的年金も含まれている。
 したがって、年金減額が津山市の地域経済に与える影響は大きく、しかも、津山市の人口構成における老年人口の比率は漸次増加していくので、年金減額が津山市の地域経済に与える影響も拡大していくものと言えるのである。

四 年金裁判岡山訴訟の勝利を目指して
 年金裁判岡山訴訟では、原告が申請した証人、原告本人の七名全員が採用され、一一月二四日に尋問が実施される。
 朝日訴訟発祥の地から、勝利の扉をこじ開けたいものである。

 

「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか―『部落差別解消推進法』を検証する」
(杉島幸生著)の書評と団大阪支部への期待  東京支部  金   竜 介

一 「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか」(杉島幸生著)
 杉島氏が一人で行うには荷が重い作業だったのだろうなというのが公刊時に本書を読んだときの感想でした。本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律を「ヘイトスピーチ規制法」という誤った用語で説明していることからして杉島氏には差別に関する法律の知識が不足していることがわかります。差別に関するインターネット上の情報を分析するという作業はとても地道で根気のいる仕事であり、何よりも法律家としての知識と経験が必要です。一面的とはいえ本書の分析の観点は悪くはないのですが、人種等を理由とする差別に詳しい複数の弁護士といっしょに作業を行っていれば、ずいぶんと違った分析結果となっただろうと思われます。
 私が、本書を読もうと考えたのは、杉島氏が、インターネット上の差別的表現には対抗策が存在すると明言した弁護士だったからです(団通信一五六三号)。現行法で対抗できるということを杉島氏が部落差別解消法に反対する理由の一つとして挙げていたので具体的な対抗策が本書で学べると思ったのです。ところが、本書では、インターネット上の差別的表現に対する具体的な対抗策には全く触れられてはいません。実務家の書籍としては極めてずさんというほかありません。既存の法律が追い付かず、インターネット上の差別的表現が深刻な被害を生み出している現実をどのように解決するのかを期待して本書を読み進めても杉島氏が明言していた自説を述べないため最後まで全くわからないで終わってしまうのです。
 Yahoo知恵袋の「質問」と「回答」を分析した杉島氏は、差別と評価できる「質問」が存在することを現認しながら「回答」が差別を否定するものであるとの理由で被害がないかのように論を展開します。質問者が差別の扇動を意図して行った「質問」について回答者が否定しているか、肯定しているかは、差別の扇動の効果の大小を考える点では有益だとはいえます。しかし、人種等を理由とする差別にあたる「質問」がインターネットに表示されること自体が深刻な被害を生じさせるという観点が杉島氏の論評には欠けているのです。二〇一四年近弁連人権擁護大会(※)では、荒唐無稽なヘイトスピーチは誰も相手にしないのだから無視すればよいのだという論の克服が提言されたのですが、本書はそれ以前の意識に留まっているように見えます。
 部落地名総覧のような類型について、杉島氏は、具体的な特定の人物に対する加害の意図がある場合に限って違法性を認めるべきとしています。ただし本書では損害賠償や差止との関係で論じられるのみで当該行為が差別として禁止すべきものであるかについては言及されません。差別の意図をもって〈〇〇地区が被差別部落である〉との情報を流布する行為が差別的言動であることについては明確には述べられてはいないのです。この点は、東京弁護士会の「人種差別撤廃モデル条例案」が、「差別の意識をあおり又は誘発することを目的とする差別的言動であって、次に掲げる情報を頒布、掲示その他これらに類する方法で公然と摘示するもの(摘示した事実の有無にかかわらない。)」「人種等に関する共通の属性を有するものが、当該属性を有することを容易に識別することを可能とする特定の地名、人の氏、姓その他の情報」を差別的行為として禁止しているのでぜひ参考にしてください。
 本書では〈外形のみで差別と判断すると差別の意図がない言動についても差別とされてしまうこと〉についての危惧は強調されるのですが、差別の意図をもって行う差別的言動の被害についてはほとんど述べられてはいません。部落差別解消推進法に反対するという著者の意思は明確なのですが、人種等を理由とする差別による被害に詳しい実務家が書いた本ではないという点に注意して読む必要があります。

二 団大阪支部の取り組みに期待します
 あることを熱心に行っている弁護士に対し、他のことをしていないことをもって批判するのは慎むべきでしょう。しかし、自由法曹団は違います。もし自由法曹団大阪支部が、人種等を理由とする差別をなくすための取り組みを積極的に行うことなく、部落差別解消推進法が不当であることだけを訴えたとしても多くの市民の共感を得ることはできないからです。
 二〇一五年に人種差別撤廃基本法案(人種等を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律案)が野党から提案された際には、差別事由から部落差別を除外しないのであれば法案に反対すべきとの意見を述べた弁護士がいました。しかし、そのような論に賛同する弁護士は自由法曹団では少数だと考えられます。国立市条例(※2)や狛江市条例(※3)のような条例を各地で作る際に〈差別事由に部落差別を列挙するのであれば条例づくりに反対する〉という意見が自由法曹団の主流となることは考えられません。部落差別についても他の差別事由と同様に社会からなくすべき差別と考えるのが団員の多数意見でしょう。
 大阪弁護会や近畿弁護士会連合会は、差別の根絶のための貴重な取り組みを続けてきました。日弁連の企画をきっかけに全国の弁護士有志による反差別のネットワークが作られたのも大阪の弁護士の提案によるものです。大阪市条例(※4)の改善と活用を求める二〇一七年意見書(※5)の内容は団大阪支部が目指すところと一致しているはずです。
 人種等を理由とする差別がない社会を現実のものとするために大阪支部が全国の団支部をリードするような取り組みを行うことを期待します。
※1 第三八回近畿弁護士会連合会シンポジウム第一分科会「ヘイ ト・スピーチは表現の自由か」」二〇一四年一一月二八日
※2 国立市人権を尊重し多様性を認め合う平和なまちづくり基本 条例
※3 人権を尊重しみんなが生きやすい狛江をつくる基本条例
※4 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例
※5 大阪弁護士会「ヘイトスピーチ解消に向けた積極的施策の早 期実施を求める意見書」二〇一七年一月一八日

 

名古屋自動車学校労働契約法二〇条裁判-基本給・賞与の格差是正を認めさせる
                                 岐阜支部  仲 松 大 樹

  労働契約法(旧)二〇条に基づき、定年退職後一年更新の嘱託職員となったことに伴い賃金が引き下げられたことの是非を問うていた裁判で、二〇二〇年一〇月二八日、名古屋地方裁判所において、基本給及び賞与の格差が不合理なものであるとする判決を勝ち取りました。

 原告二名は、愛知県内に複数の事業所を持つ名古屋自動車学校との間で期間の定めのない労働契約を締結し、長く正職員として教習業務に従事してきた労働者です。いずれも六〇歳で同校を定年退職したあと、期間を一年と定める労働契約を締結し、これを更新しつつ六五歳まで勤務を続けていましたが、これに伴い、①基本給は定年退職時の四割代にまで引き下げられ、②皆精勤手当(のちに敢闘賞(精励手当))は一月当たり五〇〇〇円の減額、③家族手当は不支給、④賞与も大幅な引き下げになり、その支給額は月例賃金だけでも定年退職時の五六・一%~六三・二%とされてしまいました。そこで、労働契約法(旧)二〇条に基づき、これの是正を求めて闘ってきたものです。

 裁判所は、基本給については、そもそも退職時の額が賃金センサスに照らして低額であるのに、さらに五〇%以下に減額していること、その結果若年正職員すら下回る金額に抑えられていること、基本給が労働契約に基づく労働の対象の中核であるという重要なものであるということから、格差は不合理としました。皆精勤手当・敢闘賞(精励手当)の格差についても、当該賃金の趣旨に照らせばその必要性は正職員と嘱託職員で相違はないとして不合理と認めています。さらに、賞与についても、性質上判断には慎重にならなければならないとしつつも、その減額の大きさ等、基本給と同様の考慮を行い、格差は不合理としました。

 もっとも、裁判所は、基本給と賞与については「嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の六〇%を下回る限度」でしか不合理性を認めませんでした。労働者の生活保障の観点を踏まえたものとされていますが、その導出過程は必ずしも明らかではありません。また、家族手当についても、嘱託職員が老齢厚生年金の支給を受けることができることを理由にあげ、不合理と認めませんでした。

 本事件の特徴は、定年退職の前後で、職務内容及び変更範囲に相違がなかったことにつき当事者間に争いがなく、純粋に労働契約法二〇条の解釈・適用が問題となったところにあります。本判決は、この点でまず、定年後嘱託職員については賃金額を切り下げて差し支え無しとする暗黙の社会通念を不当と断じたものです。また、本判決は、基本給や賞与という、趣旨による限定が及びにくい賃金も労働契約法二〇条による判断の対象となることをはっきりと示し、さらにその格差の不当さを断じたもので、この認識において画期的なものと評価できます。

 もっとも、先に述べた六〇%という基準は、原告らの救済としても不十分なうえ、誤って一般化されればその程度までは引き下げて差し支え無しとする使用者側の解釈を招きかねません。家族手当についても、労働契約外の事情をもって賃金不支給を不当と断じない姿勢は問題です。原告ら及び弁護団は、これらの点についてさらに前進を勝ち取るべく既に控訴しています。今後のさらなるご支援をお願いいたします。

 なお、弁護団は高木輝雄団員・中谷雄二団員(愛知支部)及び私です。
 また、裁判では、労働法研究者である石田眞先生に、何度も何度も議論及びご助言をいただき、また研究成果を意見書としていただきました。この場を借り、改めて先生にもお礼を申し上げます。

 

 

-・-追悼-・-

情熱弁護士佐藤欣哉君のこと  東京支部  江 森 民 夫

 去る一〇月一七日佐藤欣哉弁護士が享年七四才で亡くなりましたので、追悼文を書きます。
 私が佐藤欣哉弁護士(以下あだ名の「欣ちゃん」といいます)と初めてあったのは、司法研修所に入所する半年前頃から始まった二四期青法協結成準備会の会合でした。準備会は大学ごとにできましたが、東大・中大・早稲田のような大学ごとの準備会を結成できない、一橋大の欣ちゃん、都立大の私などは「その他大学グループ」を結成しました。このグループには、明大の戸張さん、商船大の田川さん、神戸大の小川さんたちが参加し、都立大に集まり勉強会を開催していました。
 そして入所直前に準備会主催で東邦亜鉛精錬所の公害現地を訪ねる企画が行われました。欣ちゃんは、亜鉛公害を隠すために緑色に染めた綿を山肌に敷いた企業の行為に怒り、「私の弁護士像は固まってきた」と、団の古希文集を書いています。ところで欣ちゃんはこの綿を拾ってこれを定期入れに入れて、「これが原点だ」述べてかなり長い間持っていました。なお欣ちゃんとは年齢が一緒なので色々しゃべる事が多かったのですが、ある時欣ちゃんは、白土三平の「カムイ伝」は私にとっての「資本論」のようなものだと話していました。私はこの二つの話で欣ちゃんはとても「ナイーブ」な人間であるという感じを、強く持ったのを覚えています。
 なお欣ちゃんは山形の庄内の生まれですが、庄内は藤沢周平の出身地であり、茨木のり子の母親とご主人の出身地です。藤沢周平の小説を読むと、農民や庶民に対する愛情、不正な権力への怒り、かたむちょと呼ばれる頑固な精神を感じます。また茨木のり子の詩を読むと、崇高で自立した精神を感じます。ところで欣ちゃんと付き合う中で、欣ちゃんは単に「ナイーブ」なのではなく、この二人の持っている、庶民に対する愛情、強固な意思と熱情等を小さな身体一杯に持った弁護士であると思うようになりました。
 また私達二四期修習生が研修所に入所した時期の裁判所は、裁判官の再任・任官拒否、坂口修習生の罷免、平賀書簡と福島裁判官訴追など、「青法協攻撃」「司法反動」と言われた時期でした。こうした中で私達はいかなる立場で行動するか毎日毎日議論をしました。この議論はやや思い詰めたものでしたが、皆懐かしい思いを持っています。そしてこの仲間全員が六〇才になった頃の二〇一〇年に、二四期青法協の同窓会を開くようになりました。この第一回は欣ちゃんや奥さんが準備し、その後の集まりの基礎を作りました。
 この第一回の同窓会は、欣ちゃんの運転するバンに乗り、銀山温泉、羽黒山、鶴岡、湯野浜温泉、酒田などをめぐる二泊の旅で、とても楽しい旅でした。欣ちゃんは、高速道路で欣ちゃんの運転する車の前を走る車から、欣ちゃんの車を後ろ見ると運転手の欣ちゃんが見えず、無人カーが走っているように見えてびっくりしたことがあったことなどを話ながら、にこにこ運転をしていました。
 これから欣ちゃん一緒に旅行をし語り合えなくなるのが残念ですが、また天国で話をしましょう。
追記
 佐藤弁護士の奥さんは、偲ぶ会等ができないので、佐藤弁護士の追悼文の文集を作ることにしました。原稿締め切りは本年中だそうです。
 そこで追悼文を掲載することをご希望される場合は、次の住所あてご送付願います。
 〒九九〇―〇〇三四 山形市東原町二丁目六の三  佐藤 匡子

 

さようなら欣ちゃん!!  京都支部  岩 佐 英 夫

 欣ちゃん(佐藤欣哉さん)は、僕のことを三歳年長のせいか岩佐さんと呼んでいた(たまにケムちゃんと呼ぶこともあった)。僕は欣ちゃんと呼んでいた。はじめて出会ったのは、修習開始前の青法協準備会の取組みであった。修習開始直前の群馬県・東邦亜鉛の公害現地調査に僕も参加させていただいた。このときは、もと自由法曹団団長の篠原さんに案内していただいた。この時の経験がその後の「活動の原点」と欣ちゃんが語っていたと江森さんが紹介しているが、僕も深い感銘を受け、京都スモン訴訟弁護団への参加や公害委員会での活動の原点になっていると思う。

 欣ちゃんは奈良修習、僕は京都修習であったことから、京都でのさまざまな企画に奈良から参加してくれた。また青法協会員の拡大の相談などで京都の僕の下宿で関西の会員が集まることがときどきあった。僕は、研修所が紹介してくれた下宿を断り、自力で見つけたが、それは素敵な下宿だった。比叡山の麓で銀閣寺や左大文字山もすぐ近く、道路をへだてた畑には四季折々の花々が咲き乱れる京風の佇まいの屋敷の離れ部分だった。(但し家賃は安かった)。一〇人位の会合には充分耐えられ、どうやって会員を拡大するか喧々諤々の議論をやっていた。真面目な欣ちゃんは、決まった方針をすぐに実行に移し四国まで出かけて会員を拡大してきた。皆さんが指摘されているように、口だけでなくきちんと実践する欣ちゃんである。心からの敬意を今改めてかみしめている。

 欣ちゃんが活動した大阪の「きづがわ共同法律事務所」の小林さんは、欣ちゃんの活動の原点は、「窓口一本化違法確認訴訟」弁護団の事務局長として活躍したこと、大阪空港騒音被害公害訴訟弁護団の活動に参加したこと、と欣ちゃんがある手記に記していたことを紹介されている。「窓口一本化」とは、変質した部落解放同盟と行政との醜い癒着であり、全国各地で深刻な被害をもたらしていた。これを「窓口一本化違法確認訴訟」の控訴審逆転勝訴で打ち破り、全国から大歓迎された。

 実は、この素晴らしい欣ちゃんの活動の更なる原点が京都にあることを紹介したい。欣ちゃんは、京都の部落問題研究所の学習会等に足しげく通っていた。そこで欣ちゃんが知り合ったのが同研究所で重要な役割を果たしていた奥田匡子さんである。匡子さんは、言うまでもなく欣ちゃんの連れ合いさんである。どちらが先に惚れたかは知る由もないが、欣ちゃんの活動の原点の原点が部落問題研究所にあることは想像に難くない。匡子さんと結婚することになった時、部落問題研究所をはじめとして京都で大切な役割を果たしておられた匡子さんが京都からいなくなってしまうことに惜しむ声が少なくなかったと聞いている。おふたりの娘さんは現在、京都民医連で活躍され、大きな憲法集会でも司会をなさる等、京都では知る人ぞ知るである。

 皆さんが紹介されているように、欣ちゃんは仕事の虫である。しかしながら、平日夜は、いつも匡子さん・家族と一緒に近くの温泉につかりに行っていたという。フォーク・デュオのダ・カーポのような素敵なおしどり夫妻だなぁと羨ましいかぎりである。

 江森さんが紹介されているように、二四期が修習開始のときは、裁判官再任拒否・二三期任官拒否、坂口さん罷免事件などが集中的に起こり、司法の反動化・激動の時期であった。二四期が前期修習のため探した東京周辺の下宿等に右翼の「全貌社」から「青法協の素顔」なる冊子が送りつけられてきた。(住所は家族・知人以外は最高裁しか知らないはずである。)京都での実務修習の開始式は、それまでの例にならい二二期・二三期・二四期の三期合同の式典であった。そこで卒業していく二二期の修習生が裁判官任官のきまっている人も含めて全員が次々と裁判所批判の発言をされたことに圧倒されたことを鮮明に記憶している。
 この激動の時期、通常は萎縮は避けられず、〝谷間の二四期〟 と呼ばれたこともあった。しかしながら二四期青法協メンバーは、修習開始後、繰り返しクラス討論を提起した。勿論欣ちゃんも一組で奮闘しておられた。二回試験面接のときもビラまきをおこなった(ビラをまきながら、その日出た問題を聞き出し知らせあって、皆で合格に役立てた。)こうして二四期は各地で実務についた。それから約五〇年経過、いま、〝谷間の二四期〟は、〝谷間の百合〟に変身し、各地で香気をはなっていると思う。

 

 

 

TOP