第1733号 3 / 1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●団通信のリニューアルに当たって  平松 真二郎

●団100周年事業  篠原 義仁

●団創立100周年記念出版事業編集委員会日記(1)  中野 直樹

●バイデン氏とハリス氏コンビに期待すること-核政策と北朝鮮政策に関連して  大久保 賢一

●事務局長日記(不定期連作)


 

団通信のリニューアルに当たって

事務局長 平松 真二郎

 自由法曹団通信は,1973年3月21日に創刊号が発行されました。当時は,和文タイプ,B4版二つ折り,縦書き,2段組でした。当時は,「自由法曹団通信」の題字も縦書きの4ページ建てで創刊しています。創刊の辞として,本部事務局による「目由法曹団通信の発行について」と題する文章が掲載されています。再掲しますと「自由法曹団は、ここ数年で大きく発展し、団員数も六百名を超えるようになりました。そこで、団内の連絡を一層緊密にするため「自由法曹団通信」(旬刊)を発行することにします。一方通行的な本部事務局からの連絡だけでなく各支部からの報告,全国の団員の活動報告・近況・意見・提案等日常的な短信を掲載して行く予定です。……(中略)……発行は毎月一日、一一日、二一日の予定で、団員宛に送ります。」とされ,旬刊として発行して行くことが宣言され,それまで発行して来た「人権のために」と「団ニュース」は公刊物として,「団報」と「通信」は団内機関紙として運用することが明らかにされています。
 その後,当初の宣言通り,旬刊での発行を継続し,1975年11月21日に100号,1978年8月21日に200号,1981年5月11日に300号,1984年2月21日に400号,1986年12月1日に500号,1989年9月11日に600号,1992年6月21日に700号に達しています。
 最初の変更(これまでただ一度の変更でもあります)は,1994年1月1日755号です。B4版二つ折り,縦書き,2段組はかわりませんが,題字と目次が横書きに変更されています。このころはワープロで製作されていたようです。
 1995年4月1日に800号,1998年1月11日に900号,そして1998年10月21日号で1000号に達しています。
 団ホームページには,1991年1月1日の935号から掲載されるようになったようです。印刷媒体としては,B4二つ折り,縦書き,2段,題字と目次が横書きの体裁に変化はありませんが,団ホームページには横書きのテキストで掲載されています。現在は,団ホームページ「過去のページ」から「団通信」をクリックすると閲覧できます(なお,1973年3月21日の創刊号から1999年12月21日の970号までは,PDFファイル形式で団員専用ページ,過去の資料に収録しています。)
 21世紀を迎えた2001年1月1日号は1007号,宇賀神直団長(当時)の「21世紀あけましておめでとうございます」という巻頭言が掲載されています。
 2003年8月1日に1100号,2006年5月11日に1200号を迎えています。
 私の原稿が初めて団通信に掲載されたのは,2006年12月11日の1221号でした。弁護士登録直後に参加した2006年「北陸・能登」総会の感想を「新人学習会『東北アジアの平和をめぐる韓国民弁とのシンポジウム』で感じたこと」と題して投稿しています。同号には,総会で団長を退任された坂本修団員の退任のあいさつが掲載されています。
 2009年2月21日に1300号,2011年12月1日に1400号,2014年9月11日に1500号,2017年6月21日に1600号と発行を継続してきました。
 私が,2019年10月「愛知・西浦」総会で事務局長に選任されて,団通信の発行に携わるようになったのが,2019年11月11日号(1686号)からです。吉田健一団長の就任あいさつ,森孝博前事務局長の退任あいさつが掲載されています。そして,新型コロナウイルス禍の中2020年4月1日に1700号を迎えています。1700号は特集を組むこともなく,冒頭に泉澤章幹事長(当時)の「2020年沖縄・恩納5月集会中止のお知らせ」が掲載されています。
 そして,今回,旬刊の伝統を絶やさず続けて来て,48年目を迎える本号(2011年3月1日号(1733号))から大幅に団通信は生まれ変わります。
 判型をA3版二つ折りに拡大し,URL等のお知らせが分かりやすくなるよう横組みに変更します。
 1994年1月1日(735号)でそれまで縦書きだった「題字」と「目次」を横書きに変更して以来の26年ぶりの大幅リニューアルです。
 団通信は,年36回発行で,近年は年間平均300本程度の原稿が寄せられてきました。これまで一つの記事の目安を1500~1600字でお願いしてきましたが,判型拡大して1頁でおおよそ2000字の原稿を掲載できるようになります。
 2020年1月1日の1691号から各地の支部の取り組みについて原稿を寄せていただきました。その結果,昨年は,執行部からの呼びかけ記事,あるいは連載による論考記事が減り,各支部の皆さん,とりわけ若手中堅団員の皆さんからの投稿が増加しています。
 これからも,団通信は,旬刊の伝統は絶やさずに,本部事務局からの連絡等だけでなく各支部からの報告,全国の団員からの活動報告・意見・提案等の投稿を掲載してまいります。
 リニューアルのご感想やご意見なども事務局までお寄せください。

 

団100周年事業

神奈川支部  篠 原 義 仁

.1976年9月発刊の自由法曹団物語(戦前編)の「はじめに」では、団の結成について、次のとおり紹介されている。
 「自由法曹団は1921年(大正10年)に創立されました。ときの天皇制政府が、神戸の川崎造船・三菱造船の労働争議に対してくわえた流血の弾圧に抗して、多くの弁護士がその調査と抗議の運動にたちあがりました。自由法曹団は、この遮動に参加した弁護士が中心になって、その直後に創立されたのです。明治以来の社会主義者や、大正デモクラシーのなかで輩出した新進の弁護士たちが人権の擁護、伸長を旗じるしにして、一つの団体に結集したのです。とき、あたかも日本の大衆運動が自分の組織をもって、前進しはじめようとしていた時期にあたります。創立者たちは、この法律家の団体に自由の名を冠したのでした。」
 また、上田誠吉さん(自由法曹団元団長)は、「自由法曹団の創立と戦前のあゆみ」のなかで、より詳しく団の創立を紹介している。
『自由法曹団の創立 
 天皇制国家権力の人権蹂躙に抗して、人権の擁蔑とその伸張をはかる法律家の活動は、遠く明治の自由民権運動にその源を求めることができる。
 大井憲太郎の仕事などはそのひとつであろう。さらに花井卓蔵、今村力三郎、平山修などもこの伝統をついだものであろう。
 布施辰治は早くも1906年(明治39年)の電車賃値上反対市民大会の騒擾事件や、1911年(明治44年)東京市電ストライキ事件の弁護に立っていた。山崎今朝弥は渡米中に社会主義に近づき、1907年(明治40年)に帰国してから社会主義の宣伝・啓蒙につとめ、すすんで社会主義者の弁護にあたっていた。吉田三市郎もまた山崎らと組合東京法律事務所をもうけ、機関紙「法治国」を出して自由と人権のための言論活動をつづけていた。上村進は1915年(大正4年)、山崎のもとで弁護士をはじめ、山崎について社会主義者との交友をはじめ、また普通選挙運動にうちこんでいた。
 他方、新人会や建設者同盟などの学生運動のなかで、民主主義、社会主義の思想にめざめた新進の法律家が薩出してきた。
 これらの法律家が昂揚しつつあった大衆運動と集団的に結びついて、1921年(大正10年)8月に自由法曹団を結成した。その結びつきのきっかけをなしたのが、この年の夏におこなわれた神戸の三菱内燃機・三菱造船・川崎造船の大争議、そのなかで起こった人権蹂躙事件と、これに東京から大挙して出かけた弁護士の一団の調査・抗議の遮動であった。この一団の弁護士は帰京したのちに、大衆運動の要請にこたえて、労働者・農民・勤労市民などの権利の擁蔑・伸張を旗じるしにして自由法曹団をつくったのであった。』
 私自身が、不確かな記憶で記載するよりも、この論稿を引用するほうが当然のこととして正確である。なお、余談的にいうと、創立時期は、1921年8月までは確定できでいるが、日付については未確定である。
 激動の時期に結成されたため、8月のどの日付なのか、結成に関わった関係者の間でも一致せず、未確定と言われている。
 但し、90周年に際して、元赤旗の記者の蛮闘で、当時(8月)の写真が発見され、1921年8月の誕生は確かなものとなっている。
 従って、2021年8月に団は結成100周年を迎える。ちなみに政党等諸団体との関係でみても、現在まで続いているという意味では、団がわが国で一番歴史的に古い。ちなみに、最も伝統のある政党は日本共産党であるが、その結成は1922年で、団の歴史はそれより1年先輩ということになる。
.この100周年を記念して、団本部では3つの企画の準備を進めている。
 その第一が、出版物の発刊である。自由法曹団物語は何回か発刊されているが、その中で一番面白いと言われているのが、1976年9月発刊の「自由法曹団物語戦前編」(その前に45周年を記念して1966年発刊の自由法曹団物語もある)と、それに続く1989年12月発刊の「自由法曹団物語戦後編」である。
 若手団員には、是非読んで「団の伝統と作風」を学びとって、今後の実践に役立ててもらいたいものである(なお、団創立80年記念事業として、2002年にも団の歴史と戦後の活動をより詳しく紹介し、そして、地域(各支部)での活動をも紹介した自由法曹団物語が刊行されている)。
 この経験を生かして、100周年事業でも、「団の歴史と伝統」、「大衆的裁判闘争の確立」を中心にして「100年史本」にまとめ、これとともに、各支部、各団員の分野別、課題別取組について「団物語」を発刊し、2021年5月の5月集会にはお手元に届くよう、その出版事業の作業が進展している(出版社は日本評論社を予定)。
 「団物語」は、「大衆的裁判闘争」を共通の柱として、憲法・改意阻止、沖縄・基地、刑事・治安・弾圧、戦後補借、労働、社会保障・貧困、教育、原発、公害環境、行政・構造改革、人権•国際、女性の権利・ジェンダー等々各分野の取り組みや裁判闘争を網羅し、執等者も全国各地から、そして経験豊かなペテランから新進気鋭の若手まで、いろいろな硯点から人選された。これと並んで、100年史に対応する年表についても、この際集約しておかないと散逸の危険もあるのできちんと整理しておこうということで、大変な労力を傾注して、その作業も進行している。
.第二に、100周年企画として、「100周年記念のつどい」と銘うって、講演等を内容とする企画も立てられている。
 メインの講師は、田中優子さん(法政大学総長)に要請したところ、「『桜の会』で頑張っておられる方々ね」ということで快諾して頂き、田中さんの現在の問題意識のもと講演をしてもらうこととし、それに加えて、田中さんが近時、数多く発言しているジェンダー問題、差別、環境問題も織り込んでもらうことを予定している。
 この他、各支部(約10を予定)の活動を紹介する動画を制作してもらい、団本部、東京中心の企画とならないようにと配慮して、団全体の企画となるよう工夫し、準備されている。団員のスピーチも6~7本予定し、分野別、年代別に配置して実施することを予定している(会場は日本教育会館を確保)。
 第三の企画としては、100周年記念のレセプションを行うこととしている。但し、コロナ対応という問題もあるので、5月の沖縄集会で最終確認し、6月目途にレセプションについては予定どおり行うか、延期するかを判断することとしている。

<日程>
●100周年のつどい
と き:2021年10月22日(金)午後1時30分~5時
ところ:日本教育会館
●100周年記念のレセプション
と き:2021年10月22日(金)午後6時~
ところ:ANAインターコンチネンタル東京
(但し、レセプションについては延期の可能性あり)
ちなみに、2021年の団総会は、翌日の2021年10月23日(土)に、「つどい」と同じ会場の日本教育会館での開催が予定されている。

.出版物の発刊に関しては、多くの団員に購入して頂き、また各団員の関係者への購入を広めて頂くこと、つどいとレセプションについては東京開催であるので、近隣である神奈川支部からの多数の参集と関係団体、関係者への参加要請を強めていただくことが期待されている。

 

団創立100周年記念出版事業 編集委員会日記(1)

神奈川支部  中 野 直 樹

2018年
 2018年4月20日、7月20日、9月18日、当時の船尾徹団長、荒井新二・篠原義仁元団長の呼びかけで100周年記念事業の下打ち合わせ会議が開かれた。団の本部役員経験者・長老格の方々との意見交換から始まった。そこでは、100年史を自前でまとめることは困難であり社会史研究者等に依頼したらどうか、ジャーナリストに執筆をしてもらったほうが読者ウケのいいものができるとか、写真を軸にした冊子にしたらどうか、などの諸説が出されたが、結局、自前でつくるという現実路線に落ち着いた。荒井新二さんからは、人民のたたかいを盛り込んだ100年の年表をつくることの値打ちが力説された。
 11月19日、船尾団長からの呼びかけで、100周年記念事業・出版事業検討会議が招集された。ここ5年以内に団本部の次長を務めた中堅団員にも参加呼びかけ対象がひろがった。20名以上の参加の会議となった。ここで2021年に記念事業としてのシンポ・レセプションと出版事業の二本立てで準備することが確認された。そして出版事業を推進する編集委員会の発足(編集委員長・船尾徹、副委員長・渡部照子・吉田健一・今村幸次郎、事務局長・中野直樹、年表担当・荒井新二)となった。
 私が事務局長に当てられたのは、本部事務局次長時代の1998年に「憲法判例をつくる」(キャップ故中田直人関東学院大学法学部教授・団員)の編集作業にかかわり、本部事務局長時代の2002年に「自由法曹団物語」(編集委員会事務局長・船尾徹団員)の編集作業に関与したことの経験を買われてのことだったと受け止めている。私はこのような出版事業の経験の継承のためには5年以内に次長を経験した団員にも編集作業に参加していただいた方がよいと考え、検討会議の呼びかけ対象にしていただいた。
 これ以降編集委員会が独立して活動することとなり、12月12日に100周年記念出版事業・編集委員会(団編集委員会)の第一回会議となった。この時点では、100年をどのような形態でまとめるかについて委員間でイメージの統一化ができなかった。
2019年前半
 1月18日の第二回編集委員会で、私は、団の100年史と2002年団物語をイメージした民衆の弁護士物語を一冊(上下)に統合して記述・編集することは相当困難であること、両者はコンセプトが異なるので歴史と物語は別個の本にしたほうがよいと思うとの意見を述べた。
 1月の時期の作業として、団物語で取り上げるテーマの選定のための資料として、1998年から2018年までの間の五月集会特別報告集に寄稿された原稿のテーマを一覧にしてみた。
 2月6日、第二回出版事業検討会議が開かれた。この会議で結論として、歴史本と物語本そして年表の3冊に特化したものを刊行する、ということとなった。この検討会で、準備した特別報告集原稿のテーマ一覧を材料にしながら団物語で取り上げるテーマ(25本目安)と執筆可能な団員についての意見交換をした。ここで提供された情報はその後の選定のうえで大変役に立った。団物語のテーマの選定、団100年史の構成については、4月の常任幹事会で議論をするということが確認された。なお、私は「団物語」のテーマの一つとして、団本部の組織活動や支部活動を素材に「本部物語」「支部物語」の一節を設けたらどうかと提起した。これには、いくつかの理由を付いた消極意見が相次いだ。一応私の持ちかえり検討扱いとなったが、私は直ちにあきらめた。
 3月6日に3回目の編集委員会、4月9日に三回目の出版事業検討会議を経て、100年史のテーマ案と執筆候補者案、団物語の30テーマ案と執筆候補者案、本の体裁・頁数の目安等を書面にまとめ、4月20日の常任幹事会に提出し、私が報告した。私は実に久しぶりの常幹への出席の機会となった。
 5月15日、日本評論社も交えた編集委員会(五回目)。先に記した「憲法判例をつくる」、2002年団物語も発行・日本評論社だった。団100年史の時代・テーマ区分と割当字数、執筆候補者への承諾取付の段取り、執筆サポートの配置、「団物語」の30本(1本10000字前後)のテーマの絞り込みと執筆候補者からの承諾取付の段取り、次長経験者による執筆サポート態勢づくり、刊行までの工程などをつめた。
 このあたりからとみに忙しくなった。
 6月3日の四回目の出版事業検討会で、100年史、団物語とも団編集委員会の企画案の了解となった。執筆候補者からの了解もおおむね取り付けた。
 6月12日の団編集委員会(六回)から、団100年史、団物語とも執筆要領をつくる作業を行い、いよいよ執筆者への着工依頼となった(続)。

 

バイデン氏とハリス氏コンビに期待すること-核政策と北朝鮮政策に関連して

埼玉支部  大久保 賢一

バイデン氏とハリス氏への評価
 アメリカ大統領がトランプ氏からバイデン氏に代わろうとしている。ジョー・バイデン氏を支えるのはカマラ・ハリス氏である。早稲田大学の水島朝穂氏は、「『トランプ災害』からの復興が、バイデンとハリスのコンビに求められている」としている。氏の二人に対する期待の大きさは、「二人の勝利演説は人々に希望を与えるものだった。とりわけカマラ・ハリスのそれは、目配り、気配り、心配りの行き届いた、言葉を精選した、人々の心を射抜く名演説だった」という表現に現れている。
 「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の川崎哲氏は「大統領選でトレンドが変われば、米国なりの言葉で非人道性の訴えに答える可能性はある」としている。
 「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)の森滝春子共同代表は、来年1月に発効する核兵器禁止条約については「米国の核政策が抜本的に変わるわけではない」と厳しい視線を向けつつも、「政権交代で、少なくとも常識的な協調姿勢が戻ると思うと、少しほっとした」と率直に語っている。『赤旗』は、バイデン氏は「核兵器の唯一の目的は抑止であり、もし必要なら、核攻撃に対して(核で)報復する」と明言。「核抑止」を維持する考えを明確にしており、発足当初のオバマ政権が標榜していた「核なき世界」には触れていませんと厳しい指摘をしているけれど、「バイデン政権は新たな『核態勢見直し』(NPR)に着手する可能性もある」ともしている。
 『毎日』は社説で「トランプ大統領の政策が、核の脅威を増大させたのは明らかだろう。同盟国の信頼も損ねた。政権交代を機に、「究極的な核廃絶」を目指す路線に立ち戻り、核軍縮を主導すべきだ」としている。
 いずれの論調も、トランプ時代よりも情勢は好転するだろうとしている。気候危機を理解せず、WHOから脱退し、人種差別を煽り立てる「トランプ災害」が去ることについて反対する人はいないのであろう。けれども、バイデン氏たちに対する評価が手放しであっていいとは思わない。ここでは、核政策と北朝鮮政策を見てみることにしよう。
トランプ政権の核政策
 トランプ政権は、中距離核戦力(INF)全廃条約から脱退した。核態勢(NPR)を見直して、非核兵器による攻撃にも核兵器使用を選択肢としたし、現実に使用できる小型核の配備もしている。未臨界実験も再開したし、イラン核合意からも離脱している。新STARTも解消されてしまいそうである。米ロ間の核軍拡競争が激化している。加えて、トランプ氏は「持っている核兵器をどうして使えないのか」との疑問を持っている危険な指導者であった。「終末まで100秒」と警告される政権だったのである。この事態を解消しなければならないとするのは、核戦争阻止や核兵器廃絶を目指す人であれば当然であろう。だから、トランプ政権からバイデン政権に代わることは期待されるのであろう。けれども、川崎さんは「可能性はある」としているだけだし、森滝さんも「常識的な協調姿勢が戻る」としているだけで、手放しで喜んでいるわけではない。バイデン政権で「米国の核政策が抜本的に変わるわけではない」と考えているからであろう。
バイデン氏は核政策を抜本的に変えるか
 バイデン氏の上司であったオバマ氏は「核兵器のない世界」を標榜していた。私たちもそれに大きな期待を抱いた。けれども、その期待は裏切られている。オバマ時代に戻ったからといって「核兵器のない世界」が実現するわけではないのである。だから、「核兵器のない世界」を実現するためには、オバマ氏を超える政策提示とその遂行が求められるのである。バイデン氏は、「核態勢見直し(NPR)に着手する可能性もある」ので「先制不使用」や「唯一目的」は提案するかもしれないけれど、「核兵器禁止条約」には反発し続けるであろう。そして、核不拡散条約(NPT)6条の核軍縮義務の履行を誠実に行うこともないであろう。新STARTが延長されて、米ロ間での核兵器削減は進むかもしれないけれど、それは、両国の核戦略の都合の範囲に留まるものでしかないであろう。こう予測する根拠は、バイデン氏はアメリカの核政策の抜本的変更を予定していないからである。
オバマ氏もバイデン氏も「核抑止論」信奉者
 根本的変更がないのは、オバマ氏もバイデン氏も、核兵器が平和と安全をもたらす大事な道具(「秩序の兵器」)だと考えているからである。オバマ氏は自分の生きている間に核兵器はなくならないとしていた。核兵器の必要性を認めていたからである。バイデン氏は「もし必要なら、核攻撃に対して(核で)報復する」と明言している。彼らは、核兵器は自国の安全保障のために不可欠と考える「核抑止論者」であり、核兵器の使用を公言しているのである。核兵器を「秩序の兵器」としている人たちが「核兵器のない世界」実現のための努力を自発的に行うと考えることは幻想である。バイデン氏も「広島と長崎の恐怖を二度と繰り返さないため、核兵器のない世界にさらに近づけるよう取り組む」と表明しているけれど、その口先以外の取組む姿勢は示してはいない。私たちはその現実をしっかりと認識しておかなくてはならない。核兵器に依存して自国の安全保障を確保しようとする勢力の口車に乗っていては、「核兵器のない世界」は永遠の彼方に遠ざかることになるからである。
『毎日』の社説
 その口車に乗っているのが『毎日』の社説である。政権交代を機に「究極的な核廃絶」を目指す路線に立ち戻れ、というのである。この社説は、いつ「核兵器のない世界」を実現するつもりなのだろうか。なぜ「核兵器禁止条約」の発効を歓迎し普遍化を進めようと言わないのであろうか。『朝日』の世論調査によれば、核兵器禁止条約に「参加する方がよい」は59%、「しない方がよい」は25%だという。『毎日』はこの賛成意見にどうこたえるのだろうか。再確認しておくと、「究極的な核廃絶」というのは、日本政府と同様に、「核兵器のない世界」の早期実現の足を引っ張る「核抑止論者」たちの目標なのである。『毎日』も、核兵器禁止条約の実現を目指す「ヒバクシャ国際署名」キャンペーンリーダーの林田光弘氏を特集しているのだから、「核抑止論」に同調する姿勢は転換すべきであろう。
二人は、北朝鮮とどう関わるつもりなのか
 バイデン氏は金氏が嫌いである。バイデン氏は、10月のテレビ討論で金氏を「悪党」と呼んだだけではなく、昨年5月18日、「われわれはプーチンや金正恩のような独裁者や暴君を包容する国民なのか。そうではない。だが、トランプはそうだ」と述べたという。北朝鮮が「人間の初歩的な品格も備えていない俗物の無駄な醜態」と評論したというが無理もないであろう。
 他方、ハリス氏は「トランプ大統領は金正恩に宣伝的勝利をもたらした」と批判しているけれど、「単純に完全な非核化を要求することは失敗したレシピであることは明白だ」、「われわれは、長期の目標を目指し、交渉しながら、北朝鮮の短期的な脅威を抑制し、同盟国と緊密に協力しなければならい」と述べている。ただし、「北朝鮮が核プログラムを撤回するために検証可能な措置を取るなら、北朝鮮住民の生活を改善するために、選択的制裁緩和を考慮する」と付け加えている。ハリス氏のモノの言い方は穏やかに聞こえるけれど、彼女も北朝鮮に「核プログラムの撤回」を求めていることでは同じである。北朝鮮の核はアメリカにとって脅威であるのと同様に、アメリカの核は北朝鮮にとって脅威である。「俺は持つお前は捨てろ核兵器」という論理で北朝鮮が核プログラムを放棄すると考えることは非合理的である。武力で物事を解決しようとすれば核兵器は最終兵器である。だから、北朝鮮にとって核兵器は「最後の砦」である。私は、武力で脅迫を加えながら、武装解除の先行を求めるような人たちに期待はしない。バイデン氏たちは、北朝鮮問題でのトランプ氏の努力を無駄にしてしまうであろう。彼らの行動が歴史的愚策と評価される日が来ないことを祈りたい。
まとめ
 私は、トランプ氏の地球と人類の未来への影響を問われればマイナス評価をする。気候危機やウィルスに対する見解などは耳をふさぎたくなるようである。けれども、北朝鮮にとどまらず、彼は歴代大統領に比べれば、国外での武力行使には慎重だった。アメリカの行動は常に正義だといわんばかりの大統領に比べ、他国の民衆を殺戮することは少なかったことに注目しておきたい。「世界の警察官」がいなくなったので国際社会は不安定になったという評価もあるけれど、私は、国際社会を不安定にしてきた原因はアメリカの覇権主義にあると思っているので、米兵が故郷に帰ることは大賛成である。
 現在、日本政府は、アメリカの世界戦略に同調し、武力での問題解決を避けるどころか、「積極的平和主義」などとして軍事力の強化を進め、「敵基地攻撃」を検討している。9条はもとより憲法全体を軽視している。核兵器の保有や使用も憲法違反ではないともしている。軍事研究に否定的な学術会議などは邪魔者扱いにしている。そして、それを異常とは思わない民衆も決して少なくない。
 こういう状況であるからこそ、バイデン氏たちの政治的スタンスを冷静に見ることが求められているように思う。彼らに、気候危機の原因であり新型ウィルス蔓延の遠因である資本主義的生産様式に目を向けてくれなどと無い物ねだりはしないけれど、せめて、朝鮮半島での武力行使を慎み、一刻も早い「核兵器のない世界」の実現には努力して欲しいと思う。名演説はいらないから、現在と将来の民衆の命を優先する政策の立案とその遂行に期待したい。
(2020年11月18日記)

 

☘事務局長日記☘ (不定期連載)

 通常国会が始まり,予想されていたとはいえ,インフルエンザ特措法&感染症法改正,少年法改正,入管法改正,デジタル改革関連法案……問題のある法案が山積しています。敵基地攻撃能力保有の議論を待たずに攻撃型の武器を調達する費用が組み込まれた政府予算案が提案されています。
 コロナ禍でマスク警察,自粛警察など,国民の相互監視が始まっています。かつて、日本では、強い社会的同調圧力が国民精神総動員に利用され、戦争に積極的な協力をしない人に対して「非国民」「国賊」という非難を浴びせることに利用されてきました。それを是とする国民性が排外主義と結びつき、関東大震災の際には「自警団」の名のもとで朝鮮人虐殺の非道にもつながりました。21世紀の日本社会でも、これに似た現象が「自粛警察」の名のもとで起こっているように感じます。デジタル庁の設置によるマイナンバーを通じたあらゆる個人情報の一元的な国家管理の構想は,実質的にはデジタル庁が,思想良心につながる,あるいは個人の尊厳につながるセンシティブ情報を一元的に管理する思想警察とでもいうべき存在となり,国民監視を通じて,さらなる人権侵害,自由な活動を委縮させる効果は計り知れないと思います。

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