第1734号 3 / 11

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●「桜を見る会」を追及する法律家の会:結成1年間の活動報告  小野寺 義象

●消防士パワハラ自殺事件で和解が成立  脇山  拓

●原発事故高裁判決出そろう―― 群馬判決に批判を集中しよう  守川 幸男

●デジタル化関連法案は何が危険か  大阪支部  城塚 健之

●杉島幸生氏の1726号論稿への批判 ~何が差別かは人によって違うのではない  金 竜介


 

桜を見る会」を追及する法律家の会~結成1年間の活動報告~

宮城県支部  小 野 寺 義 象

 2020年2月13日に「桜を見る会」を追及する法律家の会が結成されて1年が経ちました。皆様のご支援・ご協力への感謝を込めて、この間の活動報告をさせて頂きます。
1 結成の趣旨
 100名近い弁護士・法学者の呼びかけで開催された結成総会では、「桜を見る会・前夜祭」問題が、政治的・道義的問題であるとともに、公職選挙法や政治資金規正法、公文書管理法等々の法律に抵触する違法な行為として法的責任も問われることを指摘し、法の支配のもとに生きる法律家としては、一国の総理の違法行為疑惑を目の前にしながら、ただ座してみているわけにはゆかず、法律家が率先して真相究明と法的責任と追及すると宣言しました。
2 「前夜祭」事件の刑事告発 
 活動の中心は、安倍晋三後援会主催の「前夜祭」事件の刑事告発です。告発内容は、確実な証拠が揃っている「2018年の前夜祭」に関する政治資金規正法違反(収支報告不記載)と公職選挙法違反(後援団体による寄附)の2点に絞り、4月中旬に告発状が完成しました。検察を動かすために、告発人は法律専門家(弁護士・学者)に限定し、1000名規模の告発にしようと決め、4月下旬に全国に呼びかけたところ、新型コロナ禍の中でも続々と告発状が集まりました。連休が明けると、政権の意のままに検察幹部の役職や定年を延長できるようにする検察庁法改正法案をめぐり予断を許さない緊迫した国会情勢になったため、告発を急ぐことにし、5月21日、662名で東京地検に告発を行いました。この日、黒川弘務東京高検検事長が「賭けマージャン」問題で辞職しました。偶然か必然か、なにか因縁めいたものを感じました。
 告発後、検察に捜査状況を問合せしても沈黙した状態が続きました。検察を動かすため、「桜を見る会」を追及する県民の会・宮城が、6月22日に検事総長宛てに[P1] 徹底捜査要請署名5571筆を提出しました。法律家の会も、8月6日に新たに279人の追加告発を行いました。告発人総数は941名に達し、47都道府県全てに告発人がいる態勢が整いました。
 引続き、告発人1000名実現をめざしていた中で、8月28日、安倍首相が持病悪化を理由として総理大臣を辞任すると発表しました。
 辞任の記者会見で、安倍首相は「私は政権を私物化したというつもりは全くありませんし、私物化もしておりません。まさに、国家国民のために全力を尽くしてきたつもりでございます。」と無反省な態度を取り続けました。菅新首相は、9月16日の就任当日、自分の任期中は「桜を見る会」を中止する、再調査する考えはないと幕引きを図り、退陣した安倍前首相は9月19日の靖国神社参拝を皮切りに活動を再開し、「安倍再登場」を求める声も自民党内で発生しました。これに対し、県民の会・宮城は、10月30日に、安倍前首相の刑事責任追及を求める8747筆の署名を東京地検に提出しましたが、検察の動きは全く分かりませんでした。
 これら菅政権の幕引きや安倍前首相の再起の思惑を打ち砕いたのが、11月23日から始まった東京地検特捜部の「桜を見る会・前夜祭」捜査の報道です。5月21日の告発から半年が過ぎていました。
 その後連日のように「前夜祭」の捜査報道が続き、国会での安倍前首相の答弁が虚偽だったことが次々と明らかになり、さらに、安倍前首相が代表の政治団体「晋和会」が前夜祭の費用を補填していたことも報道されました。
 法律家の会は、12月1日に、東京地検に真相究明と刑事責任追及を徹底する要請を行うとともに声明を発表し、国民の力が検察を動かしたこと、告発内容の正しさが裏付けられたこと、想定以上に犯罪内容が悪質であり情状も悪いことを指摘しました。
 12月上旬になると、東京地検特捜部が公設第一秘書だけを略式起訴し、安倍前首相は不起訴処分にする方針だという報道が流れ始めました。
 法律家の会は、事件の重大性・悪質性を踏まえれば、政治資金規正法違反(収支報告不記載)だけでなく公職選挙法違反(寄附)の立件も行うべき、略式起訴は不当であり正式起訴を行うべき、秘書だけの処罰ではなく安倍前首相も処罰すべきとの3点を確認し、12月8日、再度東京地検に要請して上記3点を伝えました。さらに、東京地検が略式命令請求をした場合に備えて、東京簡裁裁判官に対して「略式命令が請求された場合、刑事訴訟法第463条1項の規定に基づき、通常の規定に従って、審判をしていただきたい。」と要請しました。
 さらに、法律家の会は、12月18日に、第2次刑事告発を行うことを決め、休日返上で告発状を作成し、12月21日に東京地検に告発状を提出しました。第2次告発の内容は、時効完成前の全ての「前夜祭」に関する犯罪、具体的には、2015年から2019年までに開催された全ての前夜祭に関する政治資金規正法違反(収支報告不記載:法12条1項1号ホ2号・25条1項2号)と公職選挙法違反(後援団体の寄附:法199条の5第1項・249条の5第1項)、そして、晋和会関係では、同じ期間の政治資金規正法違反(収支報告不記載)・安倍前首相の晋和会代表者としての会計責任者に対する選任監督義務違反(法25条2項)、安倍前首相の晋和会代表者としての重過失責任(法27条2項)です。スピードを要するため、第2次告発は、法律家の会の事務局メンバーを中心とした約10名の告発になりました。
 「桜を見る会・前夜祭」にとって、12月21日から25日までは、文字どおり、激動の5日間になりました。
12月21日:法律家の会が第2次告発を行いました。自由法曹団が東京簡裁に正式裁判を求める要請書を提出しました。
12月22日:東京地検特捜部が安倍前首相本人から任意で事情聴取していたことが報じられました。
12月23日:安倍後援会の会計責任者阿立豊彦氏が前夜祭の収支報告の訂正書を提出しました。
12月24日:東京地検特捜部が、安倍後援会の代表の配川博之・公設第一秘書を政治資金規正法違反(収支報告不記載)の罪で東京簡裁に略式起訴し、同日、東京簡裁は罰金100万円の命じ、配川被告人は即日納付しました。また、安倍前首相はじめその他の被告発人に対しては、嫌疑不十分として不起訴処分にし、公職選挙法違反(寄附)は不問としました。これを受けて、安倍前首相は記者会見で、前夜祭をめぐる国会答弁は事実に反するものがあったが、事務所が補填したことは知らなかった。補填の原資は事務所に預けている資金である。道義的責任を痛感し、国民と全ての国会議員にお詫びするが、議員辞職や離党はしないと述べました。
12月25日:衆参両院の議院運営委員会で前夜祭に関する質疑が行われ、安倍前首相は、国会答弁が事実と異なることを認めて謝罪はしたものの、秘書や会計責任者に責任を転嫁し、明細書や領収書の提出も拒否し、補填金の原資の説明もしませんでした。そして、委員会終了後の記者会見では、説明責任を果たした、次回衆議院選挙には出馬すると話しました。
 東京地検特捜部は、自らが行った捜査によって晋和会問題などさらに解明すべき疑惑が現れたにもかかわらず、消極姿勢に転換し、第2次告発後わずか3日で安倍前首相を嫌疑不十分として不起訴処分にしたのです。このような検察の対応は「安倍氏側」と手打ちして年内の決着を図ったと言わざるをえないものでした。
 県民の会・宮城の徹底捜査を求めるネット署名には短期間で約113,000人が署名し、マスコミの世論調査でも約80%が安倍前首相の説明は納得できないと答えました。また、安倍前首相の国会での虚偽答弁は、118回に及んでいるとの国会の調査結果も報告されました。
 法律家の会は、12月24日に緊急記者会見を行い、東京地検の処分は厳正公平な捜査が尽くされているとは言い難く、政治的配慮からなされた不当な処分であり到底容認できないと抗議し、安倍前首相は「国会質問で“禊”が済めば国民は忘れてくれるだろう」と高を括っているかもしれないが、その淡い期待は残念ながら崩れ去るであろう。この国に法の支配と民主主義を取り戻すまで、法律家の会の活動は続くと宣言しました。
3 刑事告発以外の活動
 法律家の会は、刑事告発以外にも様々な活動を行いました。
 安倍首相退陣表明後は、政治の私物化は安倍前首相だけの問題ではなくこれを容認してきた自民党の問題でもあると指摘し、9月8日、自民党総裁選挙候補者に対して公開質問を行いました。3名の候補者全員が回答を拒否したことは、政治の私物化問題を無視する自民党の体質を感じさせました。
 また、10月30日には、市民集会「国政私物化をやめさせよう!~森友・加計・『桜』の徹底追及を」を開催しました。この集会はZoomで配信され、森友学園・加計学園・「桜を見る会」、菅首相が行った日本学術会議委員の任命拒否問題も取り上げ、立憲民主党、日本共産党、社民党の国会議員の連帯の挨拶があり、れいわ新撰組からもメッセージが寄せられました。上脇博之神戸学院大学教授が「国政私物化で日本の政治状況はどうなったか」を解説しました。この集会は、政治の私物化をやめさせる各分野の取組みが初めて一堂に会した連帯の場となりました。
4 今後のたたかい-検察審査会と第3次告発-
 検察の処分は、少なくとも、①「前夜祭」問題の本質は有権者に対する違法な寄附であり、これを隠蔽するために収支報告書に記載しなかったのに、これを不問にした、②証拠上晋和会が補填金を支出しているにもかかわらず、晋和会に問題を波及させないため、後援会の収支報告書の訂正だけで済ませた、③安倍前首相は少なくとも国会で自分自身が厳しい追及を受けた後(2020年5月)に提出した収支報告書不記載について、刑事責任は否定できないはずなのに、これを不問にした点で不当であり、特に、安倍前首相を嫌疑不十分として不起訴処分にしたことは容認できません。
 このため、法律家の会の第2次告発をしたメンバーは、2月2日、検察審査会に対して審査申立を行いました。今後検察審査会での闘いが始まります。
 これに加えて、この間の検討の中で、12月23日に行われた後援会の収支報告書(2017年分、18年、19年の3年分)の訂正が、驚くべき辻褄合わせに過ぎなかったことが判明しました。次のようなごまかしをしていたのです。前夜祭の収支報告不記載の訂正の仕方は、各年度の収支報告書の「支出」にホテルに支払った会場費を加え、「収入」に参加者から集めた会費と不足分の補填金を加えることになるはずです。そして、検察の捜査では、補填金は晋和会が支払っていたことになります。つまり、本来なら、「収入」は「参加者の会費+晋和会からの補填金」となるはずです。ところが、「安倍氏側」が12月23日に行った訂正では、「収入」は「参加者の会費+前年度からの繰越金」とすり替えられているのです。2017年、18年、19年の前夜祭の費用の不足分は合計すると6,012,329円になりますが、この6,012,329円を2017年度期首の繰越金に加算しておけば、この繰越金から2017年、18年、19年の不足分が支出されたという辻褄合わせができるのです。「安倍氏側」の訂正では、安倍後援会では3年前に繰越金額を6,012,329円も少なく記載していたことになりますが、あまりに人を馬鹿にした説明というほかありません。これは政治資金規正法が禁じている収支報告書の虚偽記載罪(法25条3号)に該当します。この虚偽記載の目的が「晋和会隠し」、すなわち、安倍前首相が代表である晋和会に「政治とカネ」の問題が波及することを隠蔽しようとしたことは明らかです。虚偽答弁をあれだけ批判されても、安倍前首相はいまだにウソにウソを重ねているのです。しかも看過できない問題は、こんな簡単なごまかしを東京地検特捜部が見破れないはずはなく、東京地検が虚偽記載であることを知りながら容認したということです。
 「安倍氏側」と「検察」が共同で行った「収支報告書の訂正」が収支報告虚偽記載という新たな犯罪を産み出したことになります。政治資金規正法は政治資金の流れの透明化のための法律であり、しかも、参加者の会費を上回る補填金は有権者への寄附に使われた黒いカネです。検察の使命はこの黒いカネの原資を解明することですが、東京地検特捜部の使命は、原資を隠蔽することにあるようです。法律家の会は、現在、第3次告発に向けた準備を行っています。
5 むすびにかえて
 この1年間は試行錯誤の連続でしたが、多くの方々のご支援を得て、大きな成果をあげることができました。現時点で安倍前首相は起訴されていませんが、法律家の会の取組みは憲法破壊・政治の私物化を推し進めてきた安倍政権退陣に貢献したように思います。そして、退陣した安倍前首相が再登場しようとしたとき、その思惑を撃破したのは977名の法律家の告発に基づく「前夜祭」事件の捜査報道であり、安倍前首相に致命的ともいえる打撃を与えることができました。
 しかし、いまだに、安倍前首相は国会議員の地位にあり、菅首相は「桜を見る会」の再調査を拒否し続け、自民党は政権の座に居座っています。
 私物化政治は「法の支配」の否定であり、その犠牲者は国民です。
 そして、「法の支配」を守るのは法律家の使命です。
 これからも引続き、法の支配を少しでも実現するために、試行錯誤を続けることになると思いますので、皆様方のより一層のご支援をお願い致します。

 

消防士パワハラ自殺事件で和解が成立

山形支部  脇 山  拓

 Aさんは、物心がついたころから消防士やレスキュー隊員になりたいと言っており、ご両親もはしご車体験、一日消防士体験等に参加させていました。小学5年生の職場体験では、自分で希望して、たった一人で消防分署に行きましたし、卒業文集等の将来の夢にはいつも「レスキュー隊」と書いていました。高校に進学すると、1年生の時から公務員模試を受けたり、公務員希望者向けの勉強会に積極的に参加していました。消防の合格通知が届いた時には家族全員で大喜びをしたそうです。幼い頃からの夢を叶えたAさんをご両親は誇らしく思っていました。
 2012年4月に念願の消防士となったAさんは、消防士という仕事に真剣に取り組んでいました。しかし、2013年4月から始まった障害突破訓練が負担となったようで、2014年4月以降、普段は愚痴を言わないAさんが訓練の厳しさを訴えるようになってきました。そして、同年6月2日、Aさんは自ら命を絶ってしまいました。
 Aさんのお母さんは2015年6月に実施された全国一斉過労死110番に電話をかけてこられ、その電話を受けたのが私でした。Aさんのご両親は、その時既に公務災害認定の請求をするとともに、消防本部に対して事実究明のための第三者委員会の設置を申し入れていました。Aさんが残した遺書の内容などから、ご両親はAさんが障害突破訓練の際にパワハラを受けていたと確信していたのですが、消防本部はこれを認めようとせず、第三者委員会の設置も必要ないとしていたので、これからどのような対応をしていけばよいかというご相談でした。
 これが契機となり、その後山形支部の団員を中心にしたメンバーが公務災害認定請求の代理人となり、ご両親と共に真相究明のための活動が始まりました。
 地方公務員災害補償基金での調査は迅速に進み、2016年11月7日にAさんの死は公務災害であると認定する決定がなされました。
 すると消防本部は、それまでの立場を一転し、事実関係検証のために第三者委員会を設置すると発表しました。報道では、委員の人選や調査方法などについて遺族とも相談して進めるとされていましたが、消防本部側で人選した結果が一方的に事後報告されてきたため、このような消防本部の手法に対して抗議すると共に、調査方法について第三者委員に対して申し入れを行うなどしました。
 第三者委員会の調査報告書は2017年3月22日に完成し、ご両親にも個人名は伏せた形で公開されました。報告書では、障害突破訓練のコーチとキャプテンの2名が、時には暴力も含んだパワハラ行為をAさんに繰り返していた状況が詳細に認定されました。
 ご両親は、第三者委員会からこのような調査結果が出されたことで消防本部のみならず、パワハラ行為の当事者からも真摯な謝罪が行われるものと期待していましたが、具体的な動きはありませんでした。
 そのため、ご両親はAさんの死に対する責任の所在を明らかにし、今後同様の悲劇が繰り返されないようにしようとの思いから、同年7月12日、消防本部に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。
 裁判は同年9月から始まりましたが、消防本部は、Aさんの死に対する責任があること自体は争わないものの、パワハラ行為の内容については争うと共に、ご両親に対してこれまで不誠実な対応を続けていたことも認めないという、全く納得の出来ない応訴態度でした。その一方で消防本部としては積極的な立証はしないという、奇妙な方針であったため、全て原告側からの申請で、2019年7月と8月に、Aさんの亡くなった当時の消防長とパワハラの当事者である障害突破訓練のコーチとキャプテン、そしてAさんのお母さんに対する尋問が行われ、調査報告書などではわからなかったいくつかの事実が明らかになるとともに、消防長やパワハラ当事者の考えについて、厳しく問い質すこととなりました。
 その後、弁論終結前に和解協議を行うことになりました。原告側では、そもそも提訴した目的から、賠償金額の話をする前に、消防本部が今後の再発防止策をきちんと定めること、具体的にはパワハラに関する研修を行うことや毎年公表される消防長の署員へのメッセージには必ずパワハラ再発防止を盛り込むことなどを要望しましたが、消防本部側は原告側の要求に激しい抵抗を行いました。まるで金さえ払えば文句ないだろうと考えているのかとも思える対応だったため、一時は和解協議を断念するかどうかも検討の対象になるほどでした。最終的には、どんなに不十分と考えられても消防本部に裁判所で一定の約束をさせることは、必ず今後につながる、その意義を重視しようとの判断から、和解を成立させる道を選ぶことになりました。
 2021年2月24日、山形地方裁判所鶴岡支部で和解が成立しました。消防本部は、賠償金支払い以外に①全体のハラスメント防止講習会に加え、Aさんが参加していた同じ訓練参加者に対する講習も行い、内容はHPで公開する、②第三者委員会の調査報告書を職員が閲読できる機会を設ける、③消防長が毎年発するメッセージにパワハラのない職場作りに取り組む内容を盛り込み公表するなどを約束しました。
 和解成立にあたってご両親は「和解という結果は一つの節目ではありますが、亡くなった息子は帰ってきませんし、私たち遺族の悲しみ苦しみはこれからもずっと続くのです。今後、消防本部が、今回の事件を決して風化させることなく、これを教訓としてハラスメント防止に真摯に取り組み、開かれた消防組織となり、他組織の模範となるように望みます。」とのコメントを出しました。
 本件を担当した団員は、五十嵐幸弘、田中暁、土田文子、長岡克典と私(他に非団員の弁護士が1名)です。

 

原発事故高裁判決出そろう―― 群馬判決に批判を集中しよう

千葉支部  守 川 幸 男

はじめに
 生業、群馬、千葉の3つの高裁判決が出そろった。
 国の責任をめぐって、生業は一審に続いて勝訴、群馬はまさかの逆転敗訴、千葉一陣は悲願の逆転勝訴であった。
 詳細はそれぞれの弁護団の主要メンバーの論考に期待したい。沖縄5月権利討論集会でも特別報告がされるであろう。
 私は千葉の弁護団の一員であり、ほとんど原稿を書くことはないが、弁護団の公式見解でないことでも感想的に意見を言うことはできる。
群馬判決に対する批判を集中しよう
 三事件の勝利のためには、最高裁対策としても、また世論化するという運動の力点としても、群馬判決批判こそ重要と考え、感想的な意見を述べる。
 不当判決に共通している問題点もある。
 まず、最高裁対策としては、三件ともいずれかの小法廷に係属するであろうが、判断は統一されるから、三弁護団がこれまでどおり協力し、最高裁に対して、生業、千葉と群馬のいずれを取るかの選択を迫ることになる。
 次に、世論化である。群馬判決のひどさは際立っており、三者を比較すれば優劣は歴然であると確信するが、油断はできず、世論化こそ重要である。
⑴    裁判所をどう見るのか
 裁判所は、憲法、法律、良心に従って、証拠に依拠した事実と道理に基づく判断を求められている。
 他方で裁判所は、弱い環とは言え国家権力の一つである。国などを相手とする裁判で、ときにあり得ない非常識な判決が下されることもある。国に忖度するのかそれとも健全な世論に依拠するのか、裁判官はときに揺れる。
 群馬判決は、国に忖度した結論ありきの判決と言わざるを得ない。
⑵    証拠のつまみ食いとその結果
 しかし、なんとかして国を勝たせたい裁判所として、提出された証拠に依拠した事実と道理をどうするのか。それには、主張をねじ曲げたり提出された証拠をつまみ食いするしかない。不当判決の共通点である。詳細は群馬弁護団に譲る。
 第1に、提出された証拠を無視する。国側証人の反対尋問での重大な獲得物を全く無視したことは、その一つの象徴である。
 第2に、結審直前に提出され反対尋問にさらされない意見書を不当に重用した。これは千葉の一陣訴訟でも同様であったが、これもその一つの象徴にすぎない。
 こうして群馬判決は、電力会社が加わる土木学会の津波評価技術と整合しないなどとして、これを理由に、阪神淡路大震災の後に国が設置した地震調査研究推進本部の長期評価を否定し、なんと、民事裁判で初めて、予見できなかったと判断した。そして、防潮堤でも水密化でも結果の回避はできなかったとまで言う。
⑶    金額を増やしたからいいだろう
 これではさすがにおさまりが悪い。ではどうするか。
 原告たちは要するにお金がほしいんでしょ、だから金額を増やしましょう、ということである。
 これも、ふるさと喪失損害を事実上認め、他の訴訟と比較すればではあるがそこそこ損害賠償額の多い千葉の一陣訴訟と同様である。
邪推か?
 こんなことを言うと、裁判官に「邪推だ」と言われるかもしれない。明確な根拠に基づかないからそのとおりかも知れない。しかし、では、これらの不当判決の共通点をどう弁明できるのか?無意識にそのような判断をしていないのか、官僚裁判官の限界としてそのような傾向に陥ることはないと言い切れるのか、よくよく考えるべきだと思う。
 我々としては、遠慮なく批判の世論を高めればよい。

 

デジタル化関連法案は何が危険か

大阪支部  城 塚 健 之

 菅政権の看板政策であるデジタル化関連法案。おそらくは、利便性が高まるのはいいことだ、くらいの認識しかない人が多いだろう(だからこそ、不祥事だらけの菅政権の浮揚策となりうる)。
 確かに、便利になるのはよいことであろう。重大な副作用がなければ。ところが、デジタル化関連法案には恐ろしい問題があるのである。
 この点、団は2021年1月21日付けで「行政のデジタル化等の急進による個人情報保護制度の改悪に反対する」意見書を発表し、さらに団も参加する「デジタル監視法案に反対する法律家ネットワーク」が同年2月25日付けで「「デジタル監視法案」(デジタル化関連法案)について、プライバシー保護の観点から慎重審議と問題個所の撤回・修正を求める意見書」を発表した。
 いずれも労作であり、勉強になるし、意見に賛成である。なお、行政デジタル化を推進する立場の学者(医学部教授)から、ビッグデータを成長戦略に使いたいがために、「データ共同利用権」を人権として認めるべきという提案まで出されているのには驚いた(その享有主体は事実上大企業だけ?)。
 ただ、これらの意見書は問題点の指摘を個人情報保護の危険性に絞っている。しかし、デジタル化関連法案の危険性はそれだけではない。そこには、①民間企業による国と自治体の支配、②地方自治(住民福祉)の破壊、③格差と貧困の拡大という重大な危険が含まれている。
 ①について。デジタル庁の事務次官級とされる「デジタル監」をはじめ、国や自治体の中枢には民間企業(IT企業)の役員ないし社員が座り、実務もそうした社員が行うことが予定されている(今後は公務員の採用枠にデジタル職も登場するようだが)。これは民間企業が国も自治体も支配することである。官民癒着などというレベルではない。総務省幹部職員を接待した菅首相の長男も可愛く見えてくる。そこには民主的コントロールというものはほとんどなく、公的資源のすべてがIT企業の利益のために供せられる。もしかすると政府はIT企業への奉仕イコール公共性と考えているのかもしれない。
 ②について。このデジタル化は自治体に国仕様を押し付けることにより、自治体独自の住民福祉策(たとえば子育て世帯、障がい者のいる世帯などへの支援策)をほとんど無効化する。自治体が独自策を実施するには自治体ごとに再度のカスタマイズが必要となるが、それには莫大なコスト負担がかかってくるからである。そういえば、島根県知事がコロナ禍の中での聖火リレー中止を表明したところ、これを上から目線で「注意する」と述べた政治家がいたが、デジタル化は、それすら超えて、地方行政全般にわたる国による地方支配を貫徹させることにつながる。
 ③について。デジタル化による自治体窓口の無人化などが素晴らしい未来であるかのように宣伝されている。そこでは万人がPCやスマホを使いこなせることが前提とされている。しかし、世の中はオンライン申請できる人ばかりでできてはいない。
 また、貧困やDV虐待などさまざまな困難を抱えていても、それを自己責任ととらえ、公的機関に相談しようとすらしない人も多い。住民と直接接触する自治体職員は、そうした人のサインをキャッチし、さまざまなセイフティネットにつないでいる。しかし自治体の窓口が無人化されればこうした機能はほとんど失われてしまう。それは単なる「デジタルデバイド」(情報格差)にはとどまらないものであり、格差と貧困はさらに拡大していくだろう。
 そこで、自治労連全国弁護団としては、自治労連と協力して、こうした問題点を明らかにするための意見書を作成することになった(主筆は京都の大河原壽貴団員。)。
 もちろん、これを自治労連全国弁護団のみの意見とするのではなく、できることなら、団全体の意見にしていただきたいと考えている。
 ちなみに、しんぶん赤旗2020年12月8日号からの連載「塩川鉄也議員に聞く 行政のデジタル化は何をもたらすか」(全5回)では、広範な角度から危険性が分析されている。さすが地方公務員出身である。

 

杉島幸生氏の1726号論稿への批判~何が差別かは人によって違うのではない

東京支部  金  竜 介

1.自説の根拠を述べない杉島氏~「インターネット上の表現に対しては、すでに対抗策(例えば、プロバイダー責任制限法)が存在しています」
 自由法曹団通信1563号において杉島幸生氏は「インターネット上の表現に対しては、すでに対抗策(例えば、プロバイダー責任制限法)が存在しています」と明言した。しかし、その後、杉島氏がプロバイダー責任制限法のどの条文でどのようにインターネット上の差別表現に対抗するのか、具体的な方法を説明することはなかった。同氏の著書「インターネット上に『部落差別』はあふれているのか(以下『あふれているのか』)には、杉島氏が存在すると明言していたインターネット上の差別表現に対する対抗策(例えばプロバイダー責任制限法)が明記されていなかった。そのため私はそれを1723号で指摘した。これに対し、本の目的が違うからと杉島氏が回答したのが通信1726号である。しかし、これは全く回答にはなってはいない。同書で杉島氏が自説(インターネット上の表現には対抗策があること、例えば、プロバイダー責任制限法)を述べなかった理由は、同書の目的が違うからではなく、対抗策を杉島氏が知らないからである。これはもう一つの著書を読むことで明らかとなる。
 杉島氏は、「部落問題に逆行する『部落差別解消推進法』(共著)」(以下『逆行する』)において「インターネット上の差別表現と法的規制」の章を執筆した。そこで杉島氏は、インターネットの表現が特定の個人・団体に対する名誉棄損罪や侮辱罪、威力業務妨害罪に該当する場合に被害者は加害者の刑事処罰を求めることができる、民事上の損害賠償を請求できる、サイト運営者にプロバイダー責任制限法で削除や投稿者の情報開示を要請することができると説明しているが、杉島氏が同書で説明する現行法の対抗策はこれだけである。不特定の者を標的とした差別表現についての対抗策(例えばプロバイダー責任制限法)は全く書かれていない。『あふれているのか』でインターネット上の差別表現の対抗策を述べなかったのは、本の目的が違うからと弁明する杉島氏だが、それでは『逆行する』でも対抗策を述べなかったのは何故か。杉島氏が執筆した章の題は「インターネット上の差別表現と法的規制」であり、まさに法的規制を論じることが目的の論稿であるにもかかわらずである。
 杉島氏の前記通信の論稿が掲載された2016年は、不特定多数に対する害悪の告知や侮辱、虚偽情報の流布が社会問題となり、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイトスピーチ解消法)が制定された年であった。不特定多数に対する差別的言動に対抗する現行法がないことが社会的な論点となっている中で、杉島氏は、自由法曹団通信で「インターネット上の表現に対しては、すでに対抗策(例えば、プロバイダー責任制限法)が存在しています」と明言した。しかし、不特定の者に対する差別表現にどのように対抗するかという問題意識を杉島氏は全く欠いて発言していたことが、『あふれているのか』『逆行する』の二書に加え、1726号論稿で明白となった。現行法での対抗策が存在すると明言した杉島氏に現行法の対抗策とは何かを重ねて問うことは無意味であることが理解できたので、これ以上、杉島氏にこの点を尋ねることはやめることにする。
 なお、杉島氏は、1726号で、「対抗策は一つではありません」と述べて、現行法以外の対抗策について論じているが、これも無意味な回答である。杉島氏は、対抗策の一つとして、例えばプロバイダー責任制限法のような法律があるという自説を述べた弁護士なのであるから、法律によってどのように対抗できるのかを答えるべきであろう。現行の法律で対抗可能ですと述べながら、では具体的にどのような法律がどのように適用されるのかを尋ねると、対抗策は一つではありませんと返す。このような対応は自己の発言に責任を持つ実務家の姿勢とはいえない(※1)。
2.差別は人によって違うのではない
 杉島氏は、何を差別と考えるかは人によって違うとする(※2)。
 杉島氏はどういう趣旨で述べているのか。
 ある表現について差別と考える者もいれば、差別と考えない者もいるということを述べているのであれば、それが事実であることに特に異論はない。「エッタ博物館、非人博物館」「エッタ出てこい。どエッタ」(※3)との表現行為を支持する者はこの表現を差別と考えないであろうし、逆に、これを差別と考える者もいる。部落差別に限らずにいうと、DHCやフジ住宅の会長の発言を人種差別ではないと考える人もいるし、差別だと考える人もいる。森喜朗氏発言が女性差別ではないと考える者も多くいる。杉島氏の意見の趣旨が、ある表現行為について差別と考える者と考えない者が同時に存在するという事実を述べただけだというのであれば特段に誤った考えとはいえない。
 そのような趣旨ではなく、杉島氏が、何を差別と考えるかは人によって違うのであるから、規範を定立することはできないとの趣旨で述べているとしたら明らかな誤りである。「部落の人間はウソつきばかりだ」「〇〇町は部落だから近づくな」「部落の人間とは結婚しないほうがいい」(いずれも杉島氏の著書で挙げられている例)との表現を差別と考えない者もいるのであるから、これらが差別に該当するとの規範を定立することはできないと杉島氏が考えているのであればだ。
 ある表現が差別であるか否かは、客観的な規範を定立することで判断が可能となる。これは、表現する側の主観や受け取る側の主観によって結論が左右されるものではない。何が差別かは、個々人の受け止め方だという考えを否定して客観的に判断できるものと考え、膨大な表現行為のサンプルを緻密な作業によって類型化し、何が差別であるかという規範を定立する作業を多くの弁護士たちが行ってきた。それが可能であるのは、差別が個別のものではなく、普遍的なものだからだ。それを理解しない弁護士が、差別か否かは個人によって異なるという考えにとらわれることとなる(例えば、ある表現について〈それを差別と感じない女性もいる〉という事実をもって女性差別でないことの抗弁とする)。
 各地の弁護士会も差別についての法規範の定立は可能であるとの考えを示している。「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例が全面施行されてから一年を迎えるに当たっての会長声明(大阪弁護士会2017年6月29日)」は、同条例を法規範として何がヘイトスピーチであるかを行政が判断できると大阪弁護士会の弁護士たちが考えたから支持されたのである。「川崎市・相模原市に対して,ヘイトスピーチ対策として実効性のある条例の制定を支持する会長声明」(神奈川県弁護士会2019年6月14日)も同様である。
 ある表現について差別と考える者と差別と考えない者が存在するという事実は、〈何を差別と考えるかは人によって違う〉ということでないし、何が差別かの法規範を定立することが不可能であることを意味しない(※4)。
 なお、「部落地名情報」の開示について、杉島氏は、差別とは考えないと述べるが、そうであれば、杉島氏が考える差別の規範を述べて、「部落地名情報」の開示は差別ではないと論ずること(あるいは、「部落地名情報」の開示という行為について、差別となる態様、差別とならない態様を論ずること)は充分に可能であるし、そうすべきであろう。「部落地名情報」の開示が差別であるかについて杉島氏が判例と異なる見解を持っていたとしても、何が差別かは人によって異なるということを意味しないし、差別の規範の定立が不可能であるということでもない。
3. 差別を論じるために必要なこと
 前掲の二書を改めて読んだが、差別について充分な知識を持たない弁護士が執筆した書籍であるとの評価が変わることはなかった。
 例えば、杉島氏は、明白且つ現在の危険論のみに依拠して自説の論を展開している。杉島氏の結論自体が問題だとまではいわないが(憲法学者の中に同様の見解の者はいる)、差別表現の規制について憲法学者の最新の議論が伝統的な明白且つ現在の危険論とは異なるアプローチで展開されていることを杉島氏が知らずに論じているのは、差別に関する本の著者としては知識不足といわざるを得ない。大阪弁護士会や近畿弁護士連合会は、非常に水準の高い学習会やシンポジウムを主催している。そのような企画にこれまでは参加することがなかった杉島氏が積極的に参加して新しい知識を得ることも有用となろう(※5)。
 『あふれているか』で杉島氏が行ったヤフー知恵袋の分析が正しいか誤っているかについては、杉島氏が自己評価を繰り返しても客観的に正しい結論にたどり着くことは困難である。杉島氏が分析したサンプルを保存しているのであれば、杉島氏が信頼する自由法曹団大阪支部の弁護士たちに分析結果を検討してもらうことも有益であろう。膨大なサンプルを差別であるものと差別でないものに分析するという作業、これを充分な知識経験を持たない弁護士でも一人で行えると考えてしまったことが誤りなのである。
 差別の問題は、日常的なものであるため誰でも語ることはできるが、弁護士が公刊物を執筆するためには、充分な知識と経験が必要だということを多くの弁護士に認識してもらいたい。
※1 杉島氏は、特定の個人・団体に対するインターネット上の差別表現については、刑法やプロバイダー責任制限法で解決可能とこともなげにいうが、そのような簡単なものでないことは実務経験のある弁護士の共通の認識である。この点についても杉島氏の実務家としての経験不足は顕著である。
※2 何をもって部落差別と考えるかは人によって違うという杉島氏の意見が、部落差別に限らずどのカテゴリーの差別についても同様であるという趣旨で述べていると理解して本稿の論を進めていることをお断りしておく。〈性差別や障碍者差別、民族差別など部落差別以外の差別は、何をもって差別と考えるかは人によって違うということはないが、部落差別に特有の問題として、何が部落差別かは人によって違うのだ〉との趣旨で杉島氏が述べているのであれば、本稿は若干の修正が必要となろう。
※3 2011年に在日特権を許さない市民の会の活動家が行った発言(水平社博物館前差別街宣事件)。不法行為と認定し損害賠償請求を認容した奈良地裁判決(2012年6月25日)が第一審で確定。
※4 この問題をグレイゾーンや境界事例の議論と混同してはならない。すべての表現について常にきっちりと区分けすることができないということは、他の分野の規範と同様である。いかなる規範を定立しようとグレイゾーンや境界事例は残るし、論者によって結論が異なるという事態は生じる。しかし、規範を定立することによってグレイゾーンや境界事例であることを共通認識とすることは可能である。
※5 誤読されないように付け加えておくが、私は、全ての自由法曹団員がこれらのことを行うべきだと述べているのではないし、これをしなければ差別の問題について発言する権利はないといいたいわけでもない。差別に関する書籍を弁護士が公刊するのであれば、高度な知識と経験が不可欠であり、最新の情報に接して自己の知識を常に更新することが必要であるといっているのである。

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