第1742号 6 / 1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●5月集会in東京2021 ご報告  平 松 真 二 郎

●事務所のコロナ対策は多種多様  花 岡 路 子

●「よりそい弁護士制度」と自由法曹団  田 原 裕 之

*- 東日本大震災から10年 - 今、団員が想うこと ①(不定期継続企画)
●政府の汚染水海洋放出決定に抗う  鈴 木 雅 貴

*コロナ禍に負けない!貧困と社会保障問題に取り組みたたかう団員シリーズ ⑧(継続連載企画)
●コロナ渦で追いつめられる原発事故避難者 - 区域外避難者の住宅支援打ち切りと追い出しを巡る問題 -  藤 岡 拓 郎

●核軍縮のために、今、求められていることは何か ―藤原帰一氏「核兵器依存の不合理」についての共感と注文―  大 久 保 賢 一


 

5月集会in東京2021 ご報告

事務局長 平 松 真 二 郎

1 はじめに
 5月22日と23日の2日間、2021年5月研究討論集会が東京で開催されました。
 5月11日に、衆議院本会議において改憲手続法7項目改正案が賛成多数で可決され、12日にはデジタル監視6法案が成立し、19日には参議院憲法審査会での審議が始まり、21日には少年法改正が成立するなど、団が反対を強めてきた悪法について国会での議論が乏しいまま採決される極めて厳しい状況の下での開催となりました。
 全国から会場参加とオンライン参加を合わせて延べ約480名の参加者が集まり、基本的人権、民主主義、そして平和という日本国憲法の三原則を実現するために、経験交流と熱心な討論が繰り広げられました。
 詳細はおって団報にて報告しますが、取り急ぎ概略につき、ご報告します。
2 全体会
(1) はじめに

 全体会の冒頭、神奈川支部杉本朗団員が議長に選出されました。
 吉田健一団長の開会挨拶に続き、斎藤幸平大阪市立大学大学院経済学研究科教授の記念講演がありました。
(2) 記念講演
 斎藤幸平大阪市立大学経済学研究科准教授
 斎藤幸平先生は、「SDGs」について、「マイボトル、マイバッグの利用」、「ペットボトルのリサイクル」で満足してしまうと、「人新世」において本当に必要とされている大胆なアクションが阻まれることになるとして、脱ファストフード、脱ファストファッションが必要であることが強調されました。
 さらに、現在のグローバル資本主義のもとでの「気候変動」対策は、経済成長戦略・産業政策してのみ、EVや再エネを輸出するなど、新技術が開発されてなんとかなるのではないかという期待にすがったものになっており、例えば、宮城県内でH.I.S.が進めているパーム油発電は、燃料となるアブラヤシ生産のための熱帯林の破壊、泥炭地開発やそれらに起因する温室効果ガスの排出、野生動物の生息地の消失など深刻な環境影響が現れていること、強制労働による農園労働者の人権侵害、農園開発に伴う地域住民との土地紛争等、先進国における成長のために、周辺国で、別の限りある資源が、より一層激しく採掘・収奪される構造があることが指摘されました。
 今のグローバル資本主義の下で、日本の社会で私たちは、「そもそも働き過ぎで、余暇は存在しない」、「約6分の1の世帯は貯金がない」。これが、経済成長と出世を目指して、みんなが必死に頑張った結果であり、人間と自然環境を犠牲にした経済成長であって、これを続けていくことへの懐疑が示されました。
 「人新世」においては、いまの生活・社会を変えないで、市場、技術、政策が変えてくれると期待するのではなく、危機をこれまでの生活の不合理さを反省し、新しい生活を生み出すきっかけにしなくてはならない、経済成長を続けながら、脱炭素社会を目指すことの困難さを認識し、脱成長(スローダウン・スケールダウン)に転換することの必要性が指摘されました。
 アイルランドのマイケル・ヒギンズ大統領は、「脱グローバル化、脱商品化、さらには脱成長さえも場合によっては追求する」ことを宣言するなど、「人新世」において「気候危機」を脱して「地球上での持続可能」する試みが始まっていること、あわせてオランダでは裁判所で「政府には気候変動の危機から国民を守る義務がある」ことが確認され、フランスでも、裁判所で「気候変動対策が不十分なのは国の責任」であることが確認されており、スペイン・バルセロナでは「脱自動車」の社会への取り組みが始まっていることが紹介されました。
 一方、日本では、二酸化炭素の排出をつづける石炭火力発電所の新設をめぐる訴訟において、住民側が敗訴環境アセスの違法性認めず(2021年3月神戸地裁)、石炭火力の停止差し止めを認めない(2021年4月仙台高裁)など、経済成長を続けながら、脱炭素社会を目指すことの困難さを認識されていないことが指摘されました。
 「気候危機」にどう取り組むか、団内ではまだまだ議論が不十分なテーマであると思います。「二酸化炭素を排出し続ける資本主義への逆戻りは、人類滅亡への道」であり、 いま「脱成長」に転換することの必要性が説かれた刺激的なご講演であったと思います。
(3) 幹事長問題提起
 斎藤先生の講演、質疑の後、小賀坂徹幹事長から、5
 月研究討論集会への問題提起がなされました。詳細は、5月集会特別報告集1頁以下に掲載されていますのでご参照ください。
①コロナウイルス感染拡大の下での人権状況
 昨年の緊急事態宣言時の際には、外出や営業の自粛「要請」あるいは「指示」に留まっていたものの、「自粛警察」に象徴されるような監視と分断が持ち込まれた。他方で、営業の自粛に対する十分な補償がなされないため、事業者や労働者は深刻な犠牲、私権の制限を強いられる結果となり、その影響は今後ますます広がっていくことが予想される。
 本年1月に成立したいわゆる「新型コロナ特措法」と「感染症法」により、罰則付きの「強制」が可能となったが、権利制限を罰則で強制することの問題性について議論が尽くされていない。事業者が時短や休業の要請に従えないのは、十分な補償や援助がされないからであることが見過ごされている。そうした根本を改めずに罰則を伴う権力的強制が行われようとしていることの重大性に私たちはもっと敏感になる必要がある。
 休業要請がされた東京、大阪などで「見回り隊」などが組織され、そこに警察官が動員されるなど市民生活に対する権力的介入が始まっている。新型コロナウイルス感染症対策の名目で、市民生活に対する権力的介入、合理性の乏しい権利制限がなされることのないよう今後とも十分注視していく必要がある。
②ヘイトスピーチ、ヘイトクライムを許してはならない
 アメリカではアジア系をターゲットとしたと思われる銃の乱射事件を含むヘイトクライム多発しているが、トランプ前大統領がChina Virus(あるいは武漢Virus)と連呼してきたことが要因となっている。
 日本でも麻生副総理が、国会で何度も「武漢ウイルス」と連呼するなどしており、横浜中華街の複数の店に「ウイルスをまき散らしやがって」「早く日本から出ていけ」などという中傷する手紙が届いてもいる。
 コロナ禍による閉塞感がますます強くなるなか、日本でも差別と分断が加速し、深刻なヘイトクライムに発展する恐れがないとは言えない。私たちは、こうした観点からも、新型コロナウイルス感染症対策の合理性や政治家や指導者の言動について注視し、必要な行動をしていかなければならない。
③ バイデン政権の誕生と米中情勢と日本の立ち位置
 バイデン大統領の最初の外交演説(2月4日)では同盟重視を打ちだすとともに中ロとの対決姿勢を鮮明にした。とりわけ中国に対しては「攻撃的で強圧的な行動に対抗し、人権、知的財産、グローバル・ガバナンスに対する中国の攻撃に反撃する」ことが強調されている。日米首脳会談の共同声明では、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」との文言が明記された。台湾海峡有事の可能性がどの程度であるか、いつ武力衝突が起こるのかはともかく、それが現実に起こりうることとして想定しなければならない。台湾海峡有事、米中の武力衝突という事態が、存立危機事態なのか重要影響事態なのかは、我が国がその矢面に立たされることになる。敵基地攻撃能力の議論も、こうした現実の枠組みの中に位置づけつつ議論を重ねる必要がある。
 台湾海峡のみならず、東シナ海、南シナ海をはじめとする地域で中国が展開する「力による現状変更」を決して許してはならないが、我が国がアメリカに一方的に加担し、米中の覇権争いの一方当事者と一体化することは、我が国の平和と安全にも、この地域の平和と安全にも資することはない。非軍事の枠組みでの問題解決、平和の国際秩序を強化する仕組みをどう作っていくのかということこそが求められている。そうでなく、我が国がアメリカの側に一方的にコミットする愚を犯し続ければ、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こる」(憲法前文)現実の危険に直面することになる。
(4) 全体会発言
 幹事長の問題提起の後、午前中の全体会発言として4名の団員から報告と訴えがありました。
① 改憲手続法と憲法審査会をめぐる情勢と課題
 東京支部・田中隆団員
② よみがえれ有明訴訟 福岡高裁和解勧試と国を和解の席につかせるための取り組みについて
 福岡支部・吉野隆二郎団員
③ 死刑制度廃止に関する総会決議に向けて各支部での討議の呼びかけ
 神奈川支部・森卓爾団員
④ 100周年記念出版「自由法曹団物語 人間の尊厳をかけてたたかう30話」完成と普及の呼びかけ
 東京支部・渡部照子団員
3 分科会
 一日目は、13時から15時、15時15分から17時15分の二コマで二つずつ合計4つの分科会が開催されました。
(1) 労働問題分科会
 労働問題分科会では、橋本陽子学習院大学法学部教授を講師に迎え「労働者概念について」講演をいただきました。
 「雇用によらない」就労者に対する労働法の観点からの保護の在り方について、厚労省に設置された「雇用類似の働き方に関する検討会」は、労働者概念を拡張することを選択肢の1つとして報告されています。しかし「雇用類似の働き方に係る論点整理に関する検討会」では、短期に結論を出すことが困難であるという理由から、労働者概念拡張の議論は進められていません。
  このような議論状況において、労働者概念を拡張すべきか否か、拡張するとすれば「労働者」をどのように捉えるか、拡張せずに「労働者」に近接する者の保護を図るとすればどのような方策が考えられるか等について議論を行いました。
(2) 原発問題分科会
 脱原発弁護団共同代表の河合弘之弁護士、海渡雄一弁護士、原発訴訟全国弁護団連絡会の南雲芳夫弁護士を講師に迎え、それぞれの訴訟のこれまでの到達点を踏まえて、原発ゼロを目指す共闘の可能性を議論しました。
 河合弘之弁護士から、差止訴訟では、原発の安全性について極めて高度な科学論争に踏み込んできたが、それが裁判所に届いているのか、専門技術性の高い訴訟であるので、裁判官がどこまで理解しているか、理解しようとすれば3年の任期の中で結論を出せなくなる恐れも含めて、これまでの裁判の取り組み方への自省を込めた発言がありました。
 原発賠償に関わる裁判については、南雲芳夫弁護士から、国の責任を巡って下級審裁判所の判断が分かれていることが報告され、現在、最高裁に係属している2020年9月の「生業を返せ、地域を返せ!」訴訟仙台高裁判決、本年1月の群馬訴訟、2月の千葉訴訟東京高裁判決について判断の統一がなされるであろうことが報告されました。
 賠償訴訟においても、国の責任追及のために、地震津波に関する知見をめぐった科学的な論争がなされていること、また、福島県浜通り地域の現状を裁判官に理解してもらうこと、現地進行協議等において、裁判官に防護服を着て帰還困難区域への立ち入りをさせることが、原発事故がもたらす被害の実態という損害事実の立証だけでなく、ひとたび事故を起こすとどうなるのか、事故を起こさせないために国が適切に規制権限を行使して行きたのかという国の責任を明らかにすることにつながるとの指摘がなされました。
 河合弘之弁護士からは、汚染水の海洋放出の差止めの仮処分等での共闘の可能性が語られ、双方のこれまでの到達をふまえ、いわば車の両輪として国を追い込み、被害救済、脱原発を実現させるための課題を共有し、実践をして行くことが話されました。
(3) 憲法問題分科会
 前衛5月号に「新政権発足 変容するアメリカとバイデン外交」という論考を発表した国際関係の分析を専門としている小林俊哉さんに、米中関係と日本の置かれた状況に関して基調報告がなされました。
 小林さんの報告を基に、米中対立を緩和させる方策、さらに日本が米国の戦争に巻き込まれないために必要なことは何か、日米軍事同盟からの脱却にむけて必要なことについて討議されました。
 その後、馬奈木厳太郎次長から「土地利用規制法案」が衆院で審議入りしていること、国民民主党、立憲民主党、維新の党がそれぞれ修正案を提案しようとしており、情勢が報告されました。沖縄支部新垣弁団員から、法案では、その目的に「安全保障に寄与すること」が掲げられており、軍事的安全保障の観点から私権を制限するものであって、憲法の平和主義に明確に反するものであって、断じて容認できないとの訴えがありました。
 その後、各地からの報告として、神奈川支部永田亮団員から「神奈川支部における憲法改正反対の取り組み」について、愛知支部中谷雄二団員から「大村知事リコール署名問題に関する取り組み」について、神奈川支部三嶋健団員から「学術会議任命拒否問題に関する取り組み」について報告がされました。
(4) 貧困・社会保障問題分科会
 貧困社会保障問題委員会では、上間陽子琉球大学教育学研究科教授に「沖縄の女性たちの学校・家族・生活-沖縄の女性調査より」と題してご講演をいただきました。
 上間先生のご著書「裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」で紹介されている、上間先生が出会った沖縄の少女たちが、貧困と暴力にさらされながら懸命に生き抜こうとする姿が取り上げられ、上間先生のご経験をもとに、沖縄における子どもの貧困の調査と支援を続けてきた立場から、子どもの貧困の実態をお話しいただきました。
4 事務局交流会
  一日目の分科会1コマ目の時間帯で、例年プレ企画として実施している事務局交流会を開催しました。
  今年の事務局交流会は、全体会として、東京支部の横山雅団員から「自由法曹団事務所の事務局に期待するもの」と題して、団員が取り組む集団訴訟などにおいて、団員事務所の事務局員のはたしている役割の大きさ、意義などについての講演がありました。
 その後は、3つの分散会に分かれて、「なんでも交流会」として、それぞれ活発な意見交換がなされました。
5 全体会 5月22日(土)17時20分~17時45分
(1) 全体会発言

 一日目の分科会終了後、全体会が再開され、次の3名の団員から全体会発言がありました。テーマと発言者は次のとおりです。
① 入管法改正性阻止に向けた取り組みの報告
 東京支部・高橋済団員
②建設アスベスト訴訟最高裁判決訴訟の到達点
 神奈川支部・田井勝団員
③コロナ禍での解雇雇い止め等への取り組みの呼びかけ
 東京支部・平井哲史団員
(2) 5月集会特別決議
 全体会発言に引き続いて、次の7本の決議が執行部から提案され、会場の拍手で採択されました。
① 日本国憲法の改正手続きに関する法律の一部を改正する法律案」の衆議院採決に強く抗議し、参議院での廃案を求める決議
② 貧富の格差拡大を阻止しすべての国民の「健康で文化的な生活を営む権利」が保障される社会を実現するために全力で取り組む決議
③ コロナ禍で働く者の生活確保措置の拡充を求める決議
④ 「国民の裁判を受ける権利」を蔑ろにする、民事裁判手続のIT 化を許さない
⑤ 入管法改悪を許さず、出入国管理制度の抜本的改善を求める決議
⑥ 諫早干拓潮受堤防排水門の開門をめぐる紛争について国に福岡高裁での和解協議に応じることを求める決議
⑦ 少年法「改正」法の成立に抗議し、少年の要保護性に即した調査・処遇の維持を求める決議
(3) 拡大幹事会
 決議採択の後、拡大幹事会が開催され、2名の方の入団が承認されました
(4) 修習生の訴え
 全体会再開後、74期司法修習生から、修習が4月開始となっている関係で名称を「修習生フォーラム」として、従来の7月ではなく11月にオンライン中心で学習会を開催する準備を進めていること、開催に向けて物心両面の支援の訴えがありました。
(5) 総会へのいざない
 続いて、今年10月の100周年総会開催地である東京支部の黒岩哲彦支部長から、今年4月の国政の補欠選挙をホップとして、7月4日投開票予定の東京都議会議員選挙をステップとして、総会までに実施される衆議院議員総選挙でジャンプをして、10月23日の総会に参集しようとの呼びかけがなされ、5月集会一日目のプログラムが終了しました。
6 分科会
 二日目10時~12時の一コマ、一日目に引き続き分科会が開催されました。
(5) ヘイトスピーチ問題分科会
 奈須祐治西南学院大学法学部教授を講師に迎え、ヘイトスピーチの法規制のあり方について議論を行いました。奈須先生から、アメリカでは言論の自由を尊重する基本姿勢あり、特に言論内容の基づく規制は原則として禁止されるが、一定の例外として、連邦法・州法によるヘイトクライムの規制(十字架焼却等)、ジェノサイド煽動の規制がされていること、一方でカナダでは、非面前の不特定多数に向けられたヘイトスピーチの刑事法・人権法の規制が行われており、最高裁も、コーエン委員会が認定した「ヘイトスピーチの社会全体への害悪の防止」を正当な法益と認めている点でもアメリカと異なった規制が進められていることが解説されました。さらに、日本は比較法的にみて、アメリカ以上に表現の自由を尊重する姿勢を示しているが、熟慮の末の表現の自由の自覚的な選択というよりはマイノリティへの無理解や偏見に根ざしている可能性が高いことが指摘されました。
 その後、討論の時間を設け、各地の情勢として、神奈川支部・神原元団員から「ブログ『写楽』事件について、大阪支部・安原邦博団員から「フジ住宅ヘイトハラスメント裁判」について報告がありました。
7 アフター企画 新入団員・若手団員弁護士学習会
 二日目13時から15時までアフター企画として新入団員・若手団員の学習交流会を行いました。
 学習会では,まず,沖縄支部・新垣勉団員に「米兵等による公務外不法行為の被害補償について」の取り組みについてご講演いただきました。
 新垣団員からは,「毎年1000人以上の被害者が出ている」「被害者は,どこに相談しても仕方がないと思わされている」なかで,被害者が「泣き寝入り」をしないために賠償責任の追及・補償の実現への取り組みを続けていることが報告されました。
 後半では,「団に入ってよかったこと、悪かったこと 団活動のススメ」と題して,大住広太次長をコーディネーターに,髙橋寛団員(東京支部 70期),藤原朋弘団員(東京支部 71期),脇山美春団員(大阪支部 71期)をパネラーとして,パネルディスカッションを行いました。
 パネラーの皆さんから,団に対するイメージ(弁護士になる前と後),団に入ってみてよかったこと,役に立ったこと,団活動をして楽しかったこと,逆に団に入って悪かったこと,団の悪いところ,変わってほしいところなど率直な発言がなされました。
8 さいごに
 幹事長の問題提起にあったとおり、今年の通常国会では、1月に新型コロナ特措法に休業命令等に従わない者に対し制裁を科すことができるようにする新型コロナ特措法及び感染症法の改正がなされ、コロナパンデミックの中で私権の制限のハードルが下げられてきています。また、デジタル監視法が成立し、ビッグデータの利活用が進められる中で、個人情報保護の水準の切り下げが強行されています。これから審議が続く「土地利用規制法」では、軍事的安全保障のための私権の制限が強行されようとしています。
 今国会では,最終盤に向けて、改憲手続法7項目改正が参議院での審理がなされ、土地利用規制法については衆院での審議が始まっています。菅政権の政治運営は、もはや少数派の意見を切り捨てる民主主義の放棄というほかありません。
 菅首相自身、今年5月3日には改憲手続法7項目改正について「憲法改正議論を進める最初の一歩として、成立を目指す」と位置づけ、自民党改憲4項目の実現を目指すことを公言するビデオメッセージを改憲派集会に寄せています。
 これまで自公政権は、新自由主義的な考えのもと国民負 担を増大させながら、国の責務である保険医療、公衆衛生、社会福祉分野への公的支出を削減してきましたが、こうした「新自由主義政治」が、新型コロナウイルス感染拡大に対して保健医療、公衆衛生等の公的分野が十分に対応できない事態を生じさせています。菅政権は、オリンピック・パラリンピックの開催に固執するなど、国民のいのちと暮らしをないがしろにする政治を続けようとしています。
 5月研究討論集会in東京2021では、こうした情勢を受けて、全体会及び5つの分科会において、いずれも大変熱心な討論が繰り広げられました。今回の討論集会が団員一人一人の全国各地での今後の活動に役立ちうるものになったのであれば、主催者として大変嬉しく思います。
 今回の5月集会は、新型コロナ禍により、予定していた沖縄・恩納での開催を断念し、東京でハイブリッド方式での開催となりました。懇親会を実施することもかないませんでした。昨年来、沖縄開催に向けて準備をいただいていた沖縄支部の団員の皆さまには、2年続けて開催準備をご負担いただきました。遅くなりましたが、御礼申し上げます。
 最後になりますが、また、急きょ、東京での開催とし、会場の確保、ハイブリッド方式による配信準備等に協力をいただいた東京支部の団員の皆さま、さらに、当日会場での受付等にご協力いただいた事務局員の皆さまの多大なるご尽力によって何とか成功裏に終了することができました。
 執行部一同、深く御礼申し上げます。ありがとうございました。

 

事務所のコロナ対策は多種多様

京都第一法律事務所 事務長 花 岡 路 子

 団の5月集会に参加したのは、勤続26年にして3回目である。
 京都第一法律事務所の事務局は、まず入所した年に一度参加ができる。その後は、毎年新人がいれば新人事務局が、いなければ団担当事務局や希望者が参加してきた。
 子どもの手も離れ、5月集会も参加可能になった。2015年に事務長に就任してからは、全国の団の活動に刺激を受けたり、事務所運営について交流したいと考えていたが、5月集会は旅行を兼ねているようなところもあって旅費が高く、おいそれと行きたいとは言えない雰囲気もあって言いそびれてきた。が、今年はコロナでリモート開催という。費用はかからないので、遠慮せずに参加を表明できた。
 午前中の全体会講演も新しいテーマを果敢に勉強される先生方をモニター越しに拝見して、すごいなと感心した。側を通りがかった娘が「全国から参加してはる」と画面に表示される都道府県名を見て驚いていた。
 さて、午後から参加した事務局交流「なんでも相談会」は、『コロナの何でも交流会』であった。終了時に司会者より「だれか感想を団通信に書いてください」と提案がありご指名を受けた。直前に行われた事務局向けの基調講演で、東京合同法律事務所の横山雅先生が「団からの要請は基本断らない」と仰っていたのを受けて、私も感化されて引き受けることにした。
 『コロナ何でも交流会』は、参加者は恐らく9名であった。東京、埼玉、大阪、北海道、京都からの参加で、ほとんど20年選手で事務局長クラスだという。
 コロナ対策については、我が事務所は運営委員の弁護士と相談しながら、所員を守る、営業を守る観点から、可能な措置はすべて実施してきたと思っている。相談室へのアクリル板設置はもとより、事務局席は、前面と横隣も遮蔽アクリル板を設置している。マクス着用、消毒液設置は言うまでもなく、加湿器、非接触体温計、サーキュレーター、除菌シートなどの設置も完了している。所内のコロナ対応マニュアルも改定を重ねた。ヘッドセットは全員に配布し、所内会議もリモートで開催。FAXも自動でPDFデータを蓄積し、外部から確認 できる状態となっている。弁護士は、事務所サーバに外部からアクセスできるし、電話メモもスケジュールもクラウド化を実現した。いつでも、どこでも、弁護士は仕事ができる環境は整っている。相談は面談を原則としているが、顧問先には電話相談も実施し、一部リモート相談も準備した。
 各事務所の対策状況を交流して驚いたことは、アクリル板を嫌がる弁護士がいるので設置していないとか、事務局間の遮蔽は何もしていないという事務所が存在していたこと。他方、先進的な取り組みをされる事務所もあった。PCR検査の簡易キットを全員に配布するとか、コロナ陽性者が発生した場合に接触不安のある所員は事務所が費用負担してPCR検査が受けられるとか、来所者に熱を計ってもらう、体調管理カードを記載してもらうなどの取り組みもあった。宣伝用に購入したフェイスガードが、聴覚障がい者の相談の際に口元が見えて役に立ったとか、ワクチン接種休暇の検討など、参考になる指摘も多かった。
 相談については、新規相談は原則電話相談とし、面談相談を例外として実施している事務所もあれば、相談予約受付は当番の弁護士が電話対応し、電話で済む相談は電話で済ませて、予約を受け付ける事務所もあった。これも弁護士の要望で始まったことというから、ところ変わればで、驚くことも多かった。
 さて、求められた字数を大幅にオーバーしてしまったが、基本講演を終えて13時50分から始まった分散会はあっという間に終わってしまった。久しぶりに参加でき全国の主要事務所の方々と交流できてとても楽しく元気がでた。また、来年も参加して今度は直接お会いできることを楽しみに、課題の多い団事務所の一員として、事務所を支えて頑張っていきたいと思う。

 

 「よりそい弁護士制度」と自由法曹団

愛知支部  田 原 裕 之

 ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、私、愛知県弁護士会の「よりそい弁護士制度運営委員会」の委員長を務めている。日弁連では、刑事拘禁制度改革実現本部事務局長代行、同本部社会復帰支援部会長。
 この数年、「よりそい弁護士制度」の実現と拡充に向けた活動をしているが、自由法曹団の活動としてどのように位置づけられるかという提起はしたことがなかったので、この記事を投稿することにした。
 「よりそい弁護士制度」とは、裁判手続(少年の場合は審判手続。以下、成人を念頭に書くのが、支援対象者には少年を含む)終了後の罪に問われた人の社会復帰、再犯防止のための弁護士の活動に弁護士会が一定の費用を支払う制度。例えば、執行猶予判決を受けた後、生活保護窓口に同行して申請手続を援助する(入口支援)、刑務所出所者の帰住先、就労先、福祉施設入所、医療機関入院の調整を援助する(出口支援)などである。4時間以内の活動であれば1万円、4時間を超える活動であれば2万円の支援費と交通費(の一部)を支援活動にあたった弁護士に弁護士会が支払う。これまでもこのような活動は行われていたが、どこからも費用が支払われず、弁護士のボランティアとして行われてきた。愛知県弁護士会では、2019年度からスタートし、本年度は3年目に入った。
 自由法曹団は、刑事弁護活動において、弾圧事件での闘い、えん罪・再審事件などに精力的に取り組み、成果を上げてきた。上記のような「よりそい弁護士制度」に取り組むことは自由法曹団としてどのような意味があるのだろうか。
 われわれ弁護士は、日常の刑事事件で、「また万引きして起訴された」「覚醒剤依存から立ち直れない」という事件に直面することが少なくない。こういう問題を解決するアプローチとして、「個人モデル」と「社会モデル」がある。個人モデルは、その人の決意の問題とか人格形成の未熟さの問題とか、要するに個人のレベルで解決させようとするアプローチ(菅首相が言う「自助」の世界。再犯防止推進法にもその哲学が所々顔を出している)。後者は、個人の問題を考えつつも、問題を社会レベルで解決させようとするアプローチ。「万引きを繰り返す高齢者」には、生活苦という問題がある場合が多い。年金では生活できない、生活保護は受けたくないので、コンビニでおにぎりを1個万引きしてしまう。繰り返すと常習累犯窃盗になり重罰化していく。終の棲家が刑務所になる。福祉施設の入居は審査が厳しいが、刑務所は犯罪を犯せば入ることができる。福祉の貧困が犯罪をもたらしている。窃盗を繰り返す人の中には窃盗壁という依存症になり治療が必要な人がいる。覚醒剤依存者に対する治療の必要性もつとに指摘されている。日本社会でこうした人への福祉や医療の体制はどうなっているか?
 要は、社会福祉や医療の貧困さが社会復帰の妨げになり、再犯を生み出しているという社会構造の問題に行き着く。
 こうした問題を解決する1つのチャレンジがよりそい弁護士制度だ。
 新自由主義が生み出す貧困と格差の拡大、医療と社会福祉貧困の進行。こうしたことと闘う自由法曹団としても、よりそい弁護士の活動の重要性は位置づけられるのではないだろうか。
 権力からの弾圧やえん罪からの救済を求めるような派手さはなく、こういう分野の弁護士の活動が自由法曹団で取り上げられたことはなかった。刑事弁護をバリバリやっている団員からすると、そんななまっちょろいことに関わっている余裕はない、と言われそうだ。弁護士会の中でもなかなか市民権を得られないのが現状。ちなみに、全国的によりそい弁護士制度を行っているのは、兵庫と愛知だけ。しかし、こういうことも結構大事なことではないかと思って、提起させていただく次第です。

 

*- 東日本大震災から10年 -今、団員が想うこと (1)[不定期継続企画]

政府の汚染水海洋放出決定に抗う

福島支部 鈴 木 雅 貴

 政府は、2021年4月、福島第一原発で発生する汚染水を浄化した「処理水」を海洋放出することを決定した。
 政府の説明は、「処理水」には放射性物質のトリチウムを含むがトリチウムを含む水の海洋放出は正常に稼働している原発でも実施していること、敷地内でのタンク保管は限界があり廃炉作業に支障をきたすこと、漁場等でのモニタリングを強化すること、風評対策を徹底し、仮に風評被害が発生した場合には東電に賠償するよう指導するというものである。 
 決定後、梶山経済産業大臣は、「海洋放出は福島の復興を進めるのに不可欠」と述べ、海洋放出に反対する漁業関係者に理解を求めた。 
 この海洋放出については、様々な個人や団体が反対の立場を示しており、福島県内では農林水産団体と消費者団体が連携して反対の意思を表明している。
 福島の復興の担い手はどう考えても住民である。
 その住民が強い反対意見を述べているのにも関わらず、政府は海洋放出が福島の復興に不可欠だという。
 政府の考えと住民の考えのギャップはどこから生ずるのだろうか。
 政府は「処理水」の安全性を強調するが、住民は風評被害発生は不可避であると考えている。
 「処理水」は安全であると確信している人たちにとっては、海洋放出は安全なものを海に流すだけであるから、大した問題でないのだろう。
 しかし、そもそも原発は絶対安心安全なものとして周知がなされてきたにも関わらず事故が発生したのである。さらに言えば、政府と東電は、2015年8月に福島県漁連との間で交わした「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」との約束を反故にした。ここまで背信的行為を繰り返した挙句、「処理水」は安全であると言われても、素直に聞くことはできず、安全性を疑問視するのも当然である。
 また、食の安全の観点から、安全かどうか分からない食品の消費を避けることはよくあることであるし、ある食品が安全だとしてもその意味するところは市場に流通してもよいという限度にとどまる。政府の説明を聞いても、食欲が増す要素はない。
 政府は、仮に風評被害が発生した場合は東電に賠償するよう指導するというが、これまでの政府と東電の姿勢から賠償は不公平で過少となる可能性が高い。また、海洋放出により、事業者は営業意欲を削がれ、事業の継承が困難となることが予想されるが、こうした金銭賠償では償うことが難しい被害も発生する。住民の強い懸念に対しては、賠償で解決できる問題であると考えるのは傲慢である。
 海洋放出決定は、こうした多くの問題点を有しているから、どうしても福島の復興に不可欠だとは思えない。
 汚染水の海洋放出決定は、政治の貧困という問題もある。
 政治においては、ある根本的な問題が深刻で激しい対立をもたらし、その解決が困難であることはよくある。
 住民も汚染水の処分方法は決めなくてよいとは考えていないから、汚染水の処分方法を決めることはできた。しかし、その方法が海洋放出となると次元が異なる話となる。
 現時点の海洋放出決定は、農林水産団体等が述べるとおり、この10年間の関係者の懸命な努力を一瞬にして水泡に帰す懸念がある。生産者の努力では如何ともしがたい放射能汚染リスクに起因する消費回避行動を惹起する。
 原発事故被害の一つに、平穏かつ安定した生活を送るための基盤の破壊が挙げられる。ある被害者は、事故後、一度も満ち足りたという気持ちになったことはないと語っていたが、基盤の破壊により、自尊心を持って生きることが困難になったとか、極端に生きづらくなったと言い換えてもよいだろう。
 ジョン・ロールズは、基本善(≒市民が自由で平等な者として一生を送るのに必要とするもの)の中に、「自尊の社会的基盤」を挙げる。それは、自尊心を抱くことを可能にする社会的諸基盤をいう(私の理解が怪しいこともあり、ここでは、「自尊の社会的基盤」が重要であるという限度で理解されたい)。
 マイケル・サンデルは、『実力も運のうち 能力主義は正義か?』において、能力主義(≒学歴至上主義)が、頂点にいる者が自力でそこに登り詰めたのだとするうぬぼれを生み、他方の者には屈辱を生むことを指摘し、機会の平等は不正義を正すために道徳的に必要な手段ではあるが、それはあくまでも救済のための原則であり、善き社会にふさわしい理想ではないと述べる。その上で、「機会の平等に代わる唯一の選択肢は、不毛かつ抑圧的な、成果の平等と考えられがちだ。しかし、選択肢はほかにもある。広い意味での条件の平等である。それによって、巨万の富や栄誉ある地位には 無縁な人でも、まともで尊厳のある暮らしができるようにするのだ――社会的に評価される仕事の能力を身につけて発揮し、広く行き渡った学びの文化を共有し、仲間の市民と公共の問題について熟議することによって。」と述べ、労働の価値の承認を提言する。
 地元紙で、ある識者は「漁業者が望むのは風評が起こらず、矜持をもって漁業に勤しめる環境ではないか。」と述べた。
 福島の復興を真剣に考えるのであれば、普通に真面目に暮らしている住民がまともで尊厳のある暮らしができる社会的基盤を整備すべきであり、住民の熟議のもとに汚染水の処分方法が決定されるべきである。
 政府による汚染水海洋放出決定は、少数者の犠牲をいとわない功利主義的な考えであり、生産と交換の基盤を毀損する行為を住民の意見を無視して決定した暴挙であるから速やかに撤回されるべきだ。

 

*コロナ禍に負けない!(継続連載)貧困と社会保障問題に取り組みたたかう団員シリーズ ⑧

コロナ渦で追いつめられる原発事故避難者 - 区域外避難者の住宅支援打ち切りと追い出しを巡る問題 -

千葉支部  藤 岡 拓 郎

 事故から10年が経過し,国や福島県は,このコロナ渦でも避難者に対する追い出しの圧力を益々強めている。実際,2020年3月,県は新たに都内の国家公務員宿舎等に居住する複数の区域外避難者に対し退去を求めて提訴を強行した。未だ多くの避難者が避難生活を送り事故の収束にはほど遠い中,とりわけ経済的苦境下にある区域外避難者の居住権が脅かされる切迫した事態に直面している。
1 住宅支援の打ち切り
 2011年3月の事故後,区域外避難者には災害救助法に基づいて都内の国家公務員宿舎や都営住宅などのみなし仮設住宅が提供された。当初都内の国家公務員宿舎にはおよそ360世帯が入居していた。
 しかし,2015年に入り,政府は「復興加速化指針の改定」を閣議決定,同年6月には,県知事が2017年末で区域外避難者の住宅無償提供の打ち切りを発表した。翌年には,県から避難者に対し住宅供与終了の通知を送付,2017年3月末の時点で,約3万人(約1万2000世帯)いた区域外避難者の住宅無償提供の打ち切りを強行しようとしたのである。
2 セーフティネット契約と2倍家賃条項
 その後,県は,前記打ち切り時期に合わせて,緩和措置として,低所得の避難者に限定して,民間賃貸住宅の家賃補助と国家公務員宿舎への2年間の有償での居住を認めた。そして,国家公務員宿舎の避難者に対し,セーフティネット使用貸付契約書なるものや期限までに退去を約束する誓約書を送り,署名押印を迫った。同契約は,県が財務省から国家公務員宿舎を2年間借り上げて,そこに避難者を住まわせるもので,その内容には極めて問題がある。なかでも,契約期間終了後に避難者が明け渡しを完了しない場合には,明け渡しに至るまで賃料相当額の2倍の損害金を請求できるという,いわゆる2倍家賃条項である。公営住宅法には家賃2倍の条項があるが,これは公営住宅の趣旨に沿わない高額所得の入居者に対する明渡し制度を定めるもので(それもあくまで他の住居への斡旋措置や期限延長等一定の配慮により合理性が認められる例外措置である),何ら経済的事情も考慮しないでむしろその多くが生活困窮状態にある区域外避難者に対しこの条項を一方的迫るのは懲罰的で非人道的である。
3 コロナ渦でも続く追い出し圧力
 2年後の2019年3月末以降,県は,国家公務員宿舎から退去できなかった数十世帯(当初60世帯は徐々に減少し現在約30世帯ほど)に,2倍家賃相当の損害金の請求書を送り続けている。避難者は,経済的にも苦しいため民間住宅の家賃では生活が維持できず,また,都営住宅へは要件を満たさずに入れない等,適切な住居も見つけられないまま現在に至る。いずれ裁判を起こされて,転居先もみつからない中,路頭に迷うことのなるのか,避難者は精神的に相当に追い詰められている。県は,このような居住実態を把握しようともせず,転居希望者には民間住宅の紹介や公営住宅の公募情報を提供するのみで避難者に寄り添う姿勢は皆目見られない。
 さらに耳を疑うことが起きた。昨年末あたりから県の担当者が避難者とは別に住むその親のもとに押しかけたり文書を送るなどし,「あなたの子どもは○○円の家賃を滞納している。支払って1月中(2021年)に退去するよう親から言ってほしい,さもないと法的手段に訴える」などと避難者の周囲へ圧力をかけてきたのである。区域外避難者をあたかも社会に迷惑を掛ける存在とみているようで,差別的で社会的な排除の意識を感じざるをえない。
4 居住権を中心に提訴に備える
 東京支部の林治団員と私は,この2倍家賃の請求を受けている区域外避難者を支援する弁護団の一員である。しかし,弁護団が県との交渉にもあたっても,県はあくまで「最後の1人が退去するまで続ける」との強硬な姿勢を崩していない。
 避難者は不正をしているわけではない。事故で避難せざるを得ず,そこを頼らざるを得なかったし,今も頼らざるを得ない。一体誰のための何のための追い出しなのか。
 居住権の内実が疎かにされている。弁護団は,憲法25条はもとより,国際人権規約(社会権規約)における居住権(同11条1項)に焦点をあて(社会権規約委員会は強制退去の違法性を一般的意見で繰り返し表明している),県の提訴に備えて準備を整えている。

 

核軍縮のために、今、求められていることは何か ―藤原帰一氏「核兵器依存の不合理」についての共感と注文―

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 国際政治学者の藤原帰一氏が、朝日新聞8月19日付夕刊に「核兵器依存の不合理」と題する論稿を寄せている。本稿は、この藤原論稿に対する共感と疑問と注文である。
藤原氏の論稿の概要
 冒頭はこうである。「1945年に広島と長崎に原爆が投下されてから今日、核兵器は75年の間使われていない。この事実から、核兵器は相手の攻撃を思いとどまらせる手段だ、実戦で使用されることはないと結論を下す人もいるだろう。その結論は誤りである。核兵器の使用に合理性はなくても、核兵器を使いかねないと思わせることには合理性を認めることができるからだ」。そして、ニクソン元米国大統領時代、北ベトナムから譲歩を引き出すために、戦術核兵器の使用計画が立てられていたことを紹介しながら、「核を使う意思はなくても、使いかねないと相手をひるませる方策は検討されていた。核兵器の先制使用は不合理でも先制の威嚇は合理的なのである」と論を進めている。
 その上で、ダニエル・エルズバーグ(60年代米国国防総省勤務・ペンタゴンペーパーズをリーク)やウィリアム・ぺリー(クリントン政権下の国防長官)など米国の軍事戦略に直接かかわった実務家の言説を紹介している。例えば、ペリーの「米国の核の歴史の最大の矛盾の一つは、大統領が核戦争を始める必要もそのつもりもないのに、その選択肢を捨てない」という言葉である。ペリーは、冷戦終結から30年も経ているのに、米国政府が核兵器先制使用を放棄していないことを厳しく批判しているという。エルズバーグは、ケネディ政権下で核の実戦使用がどのように検討されてきたのかを暴露しているし、「トランプはトルーマン以来の歴代大統領(中略)-ヒラリー・クリントンも含む―と同じ立場に立っているにすぎない」としているという。藤原氏は、彼らは、核戦争の危険から目を背けることができないので、米国の核政策を批判しているというのである。
 藤原氏は核兵器について次のようにいう。「核による威嚇は核戦争を引き起こす可能性を否定できない」、「必要な選択は核軍縮、そして、核の廃絶である。…実現できない理想と一蹴される可能性の高いこの選択こそが合理的である。そういう時代に私たちは生きている」、「核戦略は国家機密に包まれており事実を知ることは容易ではない。…その結果として、核兵器の使用が実際に検討されている現実は国民の目から隠されてきた。他方では、核保有と核抑止のために平和がもたらされているという虚偽を現実として言いくるめるプロパガンダが繰り広げられてきた」。そして、この論稿は、「核軍縮の展望を開くためにも、国民の安全を左右する情報を政府に独占させず、情報公開を求め続ける必要があるだろう」と結ばれている。
藤原論稿への共感
 藤原氏は、核による威嚇は核戦争を引き起こす可能性を否定できないので、核の廃絶が合理的であるとしている。このことには全く異論がない。しかも、核兵器は相手の攻撃を思いとどまらせる手段だ、実戦で使用されることはないとの結論は誤りである。核保有と核抑止が平和をもたらしているというのは虚偽だとしているのであるから、核抑止論者でないことは明らかである。私は、この姿勢と結論に心から共感する。
「核兵器使用の威嚇の合理性」について
 そのうえで疑問に思うのは、「核兵器の使用に合理性はなくても、核兵器を使いかねないと思わせることには合理性を認めることができる」、「核兵器の先制使用は不合理でも先制の威嚇は合理的である」としていることである。このような言い方は、あたかも、核兵器を先制使用するとの威嚇は合理的であるかのように読めるからである。この場合の「合理性」は、この威嚇によって、自国の意向を貫徹できる「合理性」を意味しているようである。けれども、北ベトナムは、米国による戦術核兵器使用の威嚇を受けながら、米国を相手とする戦争に勝利している。ここでは、核兵器使用の威嚇は機能していなかったのである。それがどうして「合理的」になるのか私にはわからない。更に、北朝鮮は米国と対峙しながら、核兵器とミサイルを開発している。ここでも、核兵器使用の威嚇は機能していないのである。私は、藤原氏の「核兵器使用の威嚇の合理性」を理解することはできない。
歴代大統領は核兵器を使用する意思はなかったのか
 藤原氏は、ニクソンは核兵器を使用しようとしていたわけではないとか、ペリーの「大統領が核戦争を始める必要もそのつもりもないのに」などという言葉を引用している。また、トランプ大統領についても、核兵器使用の危険性ではなく、「核先制攻撃の威嚇を試みる危険」を指摘している。歴代大統 領は核戦争をするつもりがなかった、あるのは先制使用の脅しだけという書きぶりである。私は、このような受け止め方はあまりにもナイーブだと思う。彼らは、共産主義者に支配されるぐらいなら、人類社会の滅亡を選択するという精神の持ち主であったし、今も、自分たちが誰かの後塵を拝するようであれば、洪水とともに滅びようと考えていると思うからである。エルズバーグが暴露しているのは、「核の実戦使用」すなわち「世界滅亡装置」(人員、兵器、電子機器、通信、組織、計画、訓練、規律、演習、ドクトリンからなる巨大システム)についてであって、「核兵器使用の威嚇」についてではない。私には、藤原氏が、核兵器による威嚇が核戦争を誘発する危険性を指摘し、核兵器は廃絶されるべきとしながら、米国の歴代大統領が核兵器を使用する意図はなかったとの言い方には違和感を覚える。そもそもそれは違うだろうと思うだけではなく、核兵器は意図的な使用だけではなく、人為的なミスや、計器の誤作動などでも発射される可能性があることを視野に置いていないからである。核兵器は存在そのものが危険なのである。核兵器の廃絶と使用するとの威嚇は両立しないのである。
核軍縮の展望を開くために求められていること
 藤原氏は、核軍縮の展望を開くために「情報公開を求め続ける必要」をいうけれど、それ以上は何も言っていない。「情報公開」が不必要などとは思わないけれど、それだけで足りるわけではないであろう。情報公開が必要だというなら、「核密約」などに対する批判もセットであろう。そもそも、米国や日本政府がどのような核政策をとっているかは、別に情報公開を求めなくとも、公文書で明らかにされている。そういう意味では、政府は隠し事などしていないのである。彼らは、核兵器を国家安全保障に不可欠な道具としているのである。
 今、核軍縮のために求められているのは、この核兵器に依存する政府の態度をどう転換するのかである。藤原氏の論稿は、核兵器禁止条約やそれに対する日米政府の態度などについては何も触れていない。NPTについても同様である。「核兵器依存の不合理性」を論ずる論稿の結論が、「情報公開を求める続ける必要」だけでは、羊頭狗肉の感が拭えない。核の廃絶が求められている時代に生きていると論じているのだから、高齢となった被爆者をはじめ、核兵器廃絶を求める内外の潮流への目配りを注文したいところである。核抑止論を虚偽とし、核廃絶をいう藤原氏には決して難しいことではないであろう。
(2020年8月20日記)

 

TOP