第1751号 9/1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●100 年目の「偉業」-団百年史年表の刊行によせて  松島  暁

●大井川の水と南アルプスの自然、
         動植物を守るためにその(1)        伊藤 博史

●事務局長日記(不定期連載)

 

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100 年目の「偉業」―団百年史年表の刊行によせて
                             

東京支部  松 島   暁

 先日、手もとに赤い表紙の「自由法曹団百年史年表」が届いた。団通信をはじめとする様々な記録文書を丹念に読み込んだうえで、団100 年の歴史のなかで後世に残されるべき歴史的事実を抽出するという、きわめて地道で根気のいる作業の結晶である。まずは、本書の作成・編集・校正等に参加・協力された全ての団員・関係者に敬意を表したい。
 科学者・研究者には自律・自助を強要し、目先の儲けや短期間の成果と実利を追求、目に見える成果をすぐにはあげづらい基礎研究や基礎科学を軽視する近時の流れに対し、日本学術会議第4 部会報告は、「現状を見ると、技術・産業の当面の振興に気を奪われるあまり、直ちに利益を生まないように見える理学(純粋基礎科学)が軽視され、科学技術の基幹部分に空洞化が起こっているといわざるを得ない」(『理学(基礎科学)研究の振興について』)と警鐘を鳴らしている。
 基礎研究・基礎科学を軽視する風潮は、出版界にも及び実利偏重、売れる本作りが幅をきかせ、基礎的な専門書や学術書は苦戦を強いられてい。「辞書」や「地図」そして「年表」は、基礎中の基礎、派手ではないがなくてはならない類いの出版物であるところ、団が「百年史年表」を編纂し出版にこぎつけたことは、「偉業」と評してよいのではないかと考える。
 もちろん全く問題がないわけではない。個人的には1934年から1945 年8 月13 日までの空白の12 年間は可能な限り埋めて欲しかった。天皇制権力による迫害に対する抗議の意味付けの重要性は理解しつつも、戦後の団の再建は、この空白の雌伏期間があったればこそであり、基礎作業としの事実の発掘、記載がなされるべきだったと考えるからである。しかし、このことは次の世代による訂正、補充という将来の課題というべきでで、「偉業」との評価はいささかも揺るがない。
 本書の編集責任者である荒井新二元団長は、団通信1747 号で「団100 年記念出版三部作の掉尾をかざるもの」と紹介している。三部作の「最後」をかざるとでも言えばよいのに、小難しい「掉尾」という言葉を選ぶのも荒井流の表現方法かとも思ったのだが、念のため「掉尾」を調べてみた。辞書には「とうび、ちょうびの慣用読み。物事や文章が終わりに至って勢いがふるい立つこと。転じて、最後。」とあった。「年表」こそが三部作の「真打ち」という荒井さんの矜持がこの言葉を選ばせたのかもしれない。
 『自由法曹団物語』『自由法曹団百年史1921−2021』ともども、多くの団員に目を通していただきたい。
(追記)本年表によれば、ちょうど100 年前の今日(8月20日)、日比谷・松本楼にて自由法曹団の発会式が行われた。

 

 

大井川の水と南アルプスの自然、動植物を守るためにその(1)

静岡県支部  伊 藤 博 史

リニア中央新幹線計画は、東京名古屋間を最高速度505km で、所要時間40 分で結ぶというものです。両駅間286km 中その86%はトンネルとなります。2027 年開業の予定でした。JR 東海の予定では、その後2045 年までに大阪まで延伸することになっていました。
 建設費は、全額JR 東海が負担します。東京名古屋間が5 兆5000 億円、名古屋大阪間が3 兆6000 億円です。2016 年には、安倍内閣の下、大阪までの延伸を8年間前倒しするとの理由で、3 兆円の財政投融資が実行されました。
2 国土交通大臣は、2014 年10 月と2018 年3 月の2 度にわたって、中央新幹線鉄道施設の工事計画書について認可処分を行いました。この認可処分によると、静岡工区は8.9km となっていますが、別紙図2 の長野工区の東端と山梨工区の西端の合計1.8km は静岡県内にあります。この合計10.7km 全体がトンネル工事になります。
 2020 年10 月30 日、大井川流域において大井川の水の恵みを享受する人々や静岡県内外にあって南アルプスの豊かな自然を享受する人々106 名が原告となって、JR 東海を被告として上記10.7km にわたる静岡県内における工事の差し止めを求める訴えを静岡地方裁判所に提起しました。
 永年にわたって南アルプスの地質を研究してこられた松島信幸博士の2 つの論文(「南アルプスをリニア新幹線が貫くと」日本の科学者49 巻10 号、「日本の屋根に穴を穿つリニア新幹線計画」環境と公害2019 年7 月)に基づいて、新幹線計画の概要、南アルプス赤石岳の特質について紹介します。(地名等は7ページの別紙図を参考にして下さい。)
 国土交通大臣による工事計画書の認可処分によると、静岡県内工事は全長10.7km でこの全区間がトンネル工事となります。
①リニア新幹線は、東京側から行くと、富士川からトンネルに入り、櫛形山南稜を通過し、早川を橋で渡り、再びトンネルに入り悪沢(わるさわ)岳、小河内岳の直下を抜け、天龍川を橋で渡ります。
②トンネルは、甲府盆地から早川谷の新倉(あらくら)の北で糸魚川静岡構造線(以下、糸静線と略称します)を横切ります(その間、12km)。その手前では、茂倉断層を通ります。これらの断層は、1750~1500 万年前の地層が赤石山地と接合したときに発生した断層運動を激しく受けています。
③糸静線から大井川間は8km で、この間には並行して走る笹山構造線、井川大唐松山断層、椹島(さわらじま)断層を通過します。3 つの断層は、異なる地質帯が直立しており、谷が深く、大型の山体崩壊が発生しているところがあります。
④大井川西俣谷は、地層が破砕しています。トンネル(約10km)はその右岸側を通過します。トンネルの上部では、悪沢、蛇抜沢、新蛇抜沢が急勾配で西俣に向かって落ちています。地山は安定していません。トンネルは、小河内岳の南の稜線、2800m の直下を通過します。山頂とトンネルの標高差(これを土ど被かぶりと言います)は、約1400mにもなります。悪沢岳北稜直下では1300m の標高差となります。トンネルは、土被1300~1400m から発生する超高圧の山体内地下水で潰れて行くことになります。
西俣川付近では、トンネルは西俣川の約400m直下を通過します。
⑤皆さんは、赤石山地は今も毎年4mm ずつ隆起し続けているということを御存知でしょうか(最近、間の岳の標高が奥穂高と同じ3190m と訂正されました)。赤石山地は多雨地帯です。今も隆起と崩壊を繰り返しています。このように、リニア新幹線のトンネルは、固い岩盤とはほど遠い脆弱な地層を掘り進み、かつ多くの断層破砕帯(岩盤の中で岩が細かく砕け、地下水を大量にため込んだ軟弱な地層を破砕帯と言います)を通過します。断層ごとに地質が変化し、その上、通過する赤石山地は日本で屈指の高山地域で、地震と共に将来に動く山域です。
⑥JR 東海は最近、トンネル工事によって大井川の水が毎秒2 トン失われることを明らかにしました。しかし、何故26トンなのかについては説明をしておりません。加えて、トンネル内の突発湧水によって大量の地下水が失われるおそれがあります。
 南アルプスの山岳トンネル掘削工事の成否は、山体内の水抜きに成功するかどうかであると言われています。
JR 東海の計画では、トンネルは小河内岳直下から早川に向かって一方的に下る片勾配になっています。そのため、地下水とトンネル下方に貯蔵されている高圧の山体内地下水は、トンネルの掘削により、早川、富士川に流れ出します。JR 東海はトンネルの掘削に当って、作業員の安全を守るために(トンネル上方から掘ると下方に貯留した地下水のため作業員が危険にさらされるので)下方から掘ると言っています。そのため、一旦流出した地下水はもはや大井川には戻らないことになります。長野県側にも同じことが生じます。何百万トンもの突発湧水によって地下水が失われると言われています。
 地下水が大量に失われることにより、地表の動植物は大きな悪影響を受けます。
5 私たちは大井川の生命の水を守るため、南アルプスのかけがえのない自然と動植物を守るために立ち上がりました。以下は訴状よりの引用です。
 箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川江戸時代の馬子唄にも歌われたとおり、大井川は古来より流量が豊富で、大雨で水嵩が増せば旅人は何日も足止めを食らわされる「東海道の難所」でした。
 しかし、20世紀後半には大井川上流部に多数の発電用のダムが造られ、また東京電力による早川(山梨県)への分水等もあり、大井川の水量が大幅に減少するに至りました。
 そのような状況を危惧した地元住民らによる「水返せ運動」が起こるなど、近年は大井川の水量減少が社会問題にまで発展するに至っています。
 加えて、近時の気象状況や、急峻な山々に囲まれて土砂が堆積しやすいという大井川特有の環境も相まって、大井川の「砂漠化」は進み、近年は渇水期に長期間にわたり取水制限が行われるなど、大井川の水量減少を巡っては量減少を巡っては大井川の水を利用する周辺住民にとって死活問題ともいえる緊迫した情勢となっています。
 このような状況下で、リニア中央新幹線の工事によってこれ以上の水量減少が生じてしまうなどということは、大井川の水を使用している8 市2 町約62 万人の住民にとって、日々の生活を根底から脅かすほどの「非常事態」です。
 リニア中央新幹線のトンネル工事が行われようとしている南アルプスは、1964 年に国立公園に指定され、さらに2014 年にはユネスコエコパークに指定されるなど、その自然環境が国内のみならず世界的にも保存すべき極めて高い価値を有するものと評価されていました。この大自然の恩恵に授かるため毎年多くの登山者や渓流釣り愛好者などが「命の洗濯」に訪れる、最高の名所になっています。
 私たちは、大井川の水を生活用水及び農工業用水として使用する8 市2 町約62 万人の生活を守るため、また南アルプスの大自然の恩恵を子々孫々に引き継ぐため、本訴訟を提起するに至りました。
(つづく)

 

 

事務局長日記(不定期連載)

 7 月24 日の東京五輪開幕以降,新型コロナウイルスの感染拡大は全国に広がり,8 月29 日現在,緊急事態宣言の対象区域は21 都道府県,まん延防止等重点措置の対象区域も12 県に逐次拡大されてきた。
 そもそも政府は「新規感染者数や病床の使用率などを目安に総合的に判断」するとしているが,このような総合的判断には五輪開催や経済活動を優先するという取り込まれるべきではない考慮要素が取り込まれた「政治的判断」にほかならない。
 振り返ってみれば,アベノマスク,GOTO キャンペーン,そして五輪の強行,そして,頼みの綱のはずのワクチン接種も供給不足を露呈するに至るなど安倍・菅政権での医学的知見・科学的知見を無視する新型コロナ対策はことごとく失敗を重ねている。
 一方で,通常国会の最終盤で改憲手続法7 項目改正が可決成立した直後,加藤勝信官房長官は,緊急事態条項を創設する憲法改正について「新型コロナウイルスによる未曽有の事態を全国民が経験し、緊急事態に対する関心が高まっている。議論を提起し進める絶好の契機だ」と述べるなど,コロナ禍に便乗した改憲論議を推し進める構えを見せている。そして,この間,7 月8 日には,すぐに撤回に追い込まれたものの,緊急事態条項を先取りするかのように西村経済再生相による酒類販売事業者に対する飲食店との取引停止の要請や金融機関からの飲食店への働きかけを求める要請等,法的根拠なく強権的に飲食店の営業の自由を制限する手法を画策するに至った。
 政府のコロナ対策の問題点を追及するため7 月16 日,立民,共産,国民,社民の野党4 党は憲法53 条に基づく臨時国会の召集を要求している。
 2017 年,当時の安倍政権は野党の臨時国会召集要求に対して98 日間国会を召集しなかった。7 月16 日から数えて98 日目は10 月21 日。現在の衆院議員の任期満了日である。菅首相は,それまでに国会を招集して解散に打って出るのか。
 いずれにせよ次の総選挙が,無能無策な菅政権を倒すときである。


                    

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