第1779号 6/21

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

~5月集会・感想(その2)~

◆憲法分科会(1日目)に参加して  金 正徳

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●抑止論への理論的・現実的批判について  今村 幸次郎

●「戦略的愚行」は繰り返されるか?  伊須 慎一郎

●9条をめぐる2つの「ウルトラC」と対峙しよう  宮尾 耕二

●安全保障のジレンマは避けられるか  木村 晋介

■大崎事件第4次再審請求(決定日6月22日)  村山 耕次郎

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~追悼特集~

●追悼 田中秀雄さんと事務所を共にして  吉井 正明

●追悼 田中秀雄さん  佐伯 雄三

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●『地域弁護士を生きる』のススメ  永尾 広久

●報告・TCフォーラムの定時総会とインボイス導入問題について  鶴見 祐策


 

*5月集会・感想(その2)*

 

憲法分科会(1日目)に参加して

神奈川支部  金  正 徳

1 自己紹介
 団員の皆様、はじめまして。74期新人の金正徳と申します。今年の4月から横浜合同法律事務所で執務しております。
 この度、5月集会に現地参加した神奈川支部の新人3名全員が感想文の執筆依頼をいただくという大変な名誉にあずかりました。
 その中でも憲法分科会の感想を執筆するというのは、私にとってあまりにも荷が重く、力不足を痛感しました。拙い文章となってしまい恐縮ですが、私なりの感想を述べさせていただきます。
2 ロシアによるウクライナ侵攻
 憲法分科会(1日目)では、名古屋大学の松井芳郎名誉教授に「ロシアのウクライナ侵略と国際法・国連の役割」と題してご講演をいただきました。
 ロシアのウクライナ侵略は、武器行使禁止原則(国連憲章2条4項)や不干渉原則(同2条1項)、紛争の平和的解決義務(同2条3項)、国際人道法の区別原則等に違反し、何ら正当化されるものではないこと、国連安保理事会や国連総会、関連機関の対応とその限界についてお話をいただきました。
 ロシアの軍事侵攻に対して国際法や国連は無力であるという声もありますが、まずは法律家として、ロシアによるウクライナ侵攻が国際法にどう違反するかという法的根拠を知ることの重要性を感じました。国際法は客観的な判断基準であり、それを支えるのは国際世論であるという松井教授のご指摘もあったことからすれば、自由法曹団の団員として、国際法の正確な知識に基づきロシアのウクライナ侵攻の違法性を多くの人々に伝えることによって、国際法の執行を担保する世論を形成していかなければならないと考えました。
また、今回の事態を受けた各国の対応についてもご発言がありました。欧米諸国では軍備増強、軍事同盟の強化、核抑止の議論が台頭しており、日本では「敵基地攻撃」論や「核共有」論、軍備増強の動きがあることについては、団員の方々もご承知のとおりだと思います。
3 「国難を乗り越える」
 分科会自体の感想からは話が少し逸れてしまいますが、昨今の情勢から私が感じたことを述べさせていただきます。
 今年3月14日の自民党役員会で、岸田文雄首相は「国難を乗り越えるには、政治の安定が不可欠だ。自民、公明両党の連携で参院選を勝ち抜く」と発言しました。「国難を乗り越える」というのは、岸田首相が昨年の自民党総裁選や衆議院選挙でも度々言及してきた言葉でありますが、私にとっては5年前の第2次安倍政権時代の出来事を想起させるものでした。
 2017年9月25日、安倍晋三首相(当時)は「国難突破解散」と称して衆議院解散を表明しました。ここでの国難とは、一つは少子高齢化、そしてもう一つは「北」朝鮮の問題です。ミサイル発射により緊迫する当時の情勢を「国難」と位置付けました。
 選挙の結果は、自民党の大勝。選挙後の自民党の会合では、麻生太郎副総理(当時)が選挙の結果について「明らかに北朝鮮のおかげもある」と本音を漏らしていました。
 ミサイル発射に伴うJアラートの発動や避難訓練の実施など、殊更に危機を煽っておきながら、選挙に勝てば「北朝鮮のおかげ」。
 当時ロースクールに在学していた私は強い憤りを覚えました。
4 参議院選挙に向けて
 それから約5年が経ち、ロシアのウクライナ侵攻や新型コロナウイルスという現実的な国難に直面している日本において、まさに「国難を乗り越えるため」という大義名分で憲法改正が強行されるおそれがあります。
 7月の参議院選挙の結果が「ロシアのおかげ」、「コロナのおかげ」とならないように、今こそ、憲法9条の価値を再確認し、日本国内で生活する人々の命と暮らしを守るために本当に必要なものは何なのか、広く社会に向けて問いかけるべきだと思います。
 私も自由法曹団の一員としてそのような役割を果たしていくために、今回の憲法分科会参加を契機として学習を深め、今後の活動につなげていく決意を新たにしました。

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抑止論への理論的・現実的批判について

東京支部  今 村 幸 次 郎

 5月集会における松井芳郎名大名誉教授の講演は、ロシアのウクライナ侵攻に国際社会がどう対応し、国際世論の力でこれをどう止めるのか等を考えるうえで、大変、参考になる貴重なお話でした。
 その中で、「今回の事態を前にして欧米諸国では、軍備増強、軍事同盟強化、核抑止の議論が台頭」「これらの批判のためには、抑止論の打破が必要」「理論的・現実的な批判(が必要)」とのお話がありました。そして、この点については「時間があったら後で触れる」ということでしたが、残念ながら、案の定、時間が足りず、「抑止論への理論的・現実的批判」の詳しい中身等は伺えませんでした。
 しかし、現に、我が国でも、ウクライナ危機に乗じて、軍備増強、軍事費倍増、核共有、9条改憲等々が一部の政党や政治家から声高に主張されており、これに対抗していくためには、この「抑止論に対する理論的・現実的な批判」が決定的に重要なのではないかと思います。松井先生の講演で、この点に触れられなかったのは、あるいは、自分たちでしっかり考えなさいということだったのかもしれません。
 そこで、にわか勉強ですが、「核抑止論」や「抑止論批判」について、少し調べてみました。
 まず、目をひいたのは、「核によるエスカレーション抑止」という考え方でした。これは、一般に、①進行中の紛争において、自国が劣勢に陥った場合、敵に対して限定された規模の核攻撃を行って戦闘の停止を強要する、②進行中の紛争ないし勃発が予期される紛争に米国等の大国が関与してくることを阻止するために、敵に対して限定された規模の核攻撃を行うものと理解されています。この「エスカレーション抑止」は現在のロシアの軍事戦略であるとも言われています(小泉悠「ロシアの核・非核エスカレーション抑止概念を巡る議論の動向」-令和2年度ロシア研究会研究報告)。
 では、これに、日米などの「拡大抑止」側はどう対抗するというのでしょうか。それについて、論者は、「エスカレーション・リスクを過度に恐れることなく、それに適切に管理するための戦略と手段が必要となる。拡大抑止にかかる共同演習や、核の先制使用を含む作戦計画を平時の段階から策定しておくことが欠かせない。日米拡大抑止協議の内容を日米ガイドラインにおける共同作戦策定作業と連関させ、グレーゾーンから核使用を含む高次のエスカレーションラダーをシームレスな形で構築し、核オプションのより具体的な形での保証を促すべきである」などと述べています(村野将「非核三原則の見直しと「核共有」は東アジアの拡大抑止のモデルとなりうるか-核をめぐる安全保障課題と日本の対応」)。使用も排除しない「核抑止論」があけすけに語られています。
 改めて言うまでもなく、核兵器は、単に戦争を抑止するための交渉の「道具」として配備されているわけではありません。核兵器は実際に使われる可能性をもった兵器であり、そのためにたえず整備され、兵器として役立つものでなければなりません。たえず、相手国に対して優位な立場に立つために、それぞれの国が新たな核兵器の開発と増強を進め、核軍備競争が続けられることになります。抑止戦略は、核軍備競争に拍車をかける働きをし、戦争を抑止するのではなく、戦争の可能性を増大させるものにほかなりません。
 核抑止論は、人類滅亡の道であり、人類存続のためには核廃絶しかありません。このことは、以下のとおり、世界の科学者らが指摘するところです。
 「核兵器の全面的な廃絶こそ、人類が生き残ることのできる唯一の解決策である」(フランク・バーナビ)。「人類の存続のためには、核軍縮が必要であります。しかし核軍縮さらには全面完全軍縮ですら核時代に生きる人類の課題のすべてではありません。最終の目標は、すべての国の安全がそれぞれの国の軍備を必要とすることなしに保障されるような世界システムを樹立することであります」(湯川秀樹外、第4回科学者京都会議声明)。
 「核抑止論」批判のポイントは、①核抑止の考えに立脚する限り、核開発競争・核兵器拡散をあおるだけで、世界の平和と安全に逆行する、②地球は資源・エネルギー的に限界があり、核爆発実験による環境破壊は言うに及ばず、現時点で核開発システムそのものがすでに各方面で限界を超過している、③一国の経済システムとしても「核抑止」は有効ではなく、軍事的に均衡ないし優位を保つためには、莫大な経済的負担を国民に強いることになる、④核抑止論に固執しているのは、一部の為政者及び兵器産業だけで、多くの人々はその被害者であり、世界人類に与え続けている精神的不安・圧迫並びに物質的損失には計り知れないものがある、などでしょうか(参考文献:「核抑止論の歴史的・批判的考察」中川益夫)。
 拡大抑止に基づく軍事費倍増路線にストップをかけ、9条改憲を阻止するために、それぞれが、「核抑止論批判」を深め、練り上げて、自分の言葉で語れるようにしていくことが重要ではないかと思います。

 

「戦略的愚行」は繰り返されるか?

 埼玉支部  伊 須 慎 一 郎

1 大先輩佐々木新一先生と2015年施行の安保法制違憲国賠訴訟の代理人として活動しています。困難な事件ですが、ほぼ2~3人で準備している状況ですので、大先輩の事件に取り組む姿勢を独占して勉強させてもらっている贅沢な状況です。ただ、実働弁護団は増えません。
2 その流れで、ジョン・W・ダワー「戦争の文化」を読みました。特に上巻「第五章 戦略的愚行」はインパクトがあります。日本・天皇制・真珠湾攻撃の決定経過と米国・帝王的大統領制・2003年イラクの自由作戦の決定過程を比較し、ジョージ・W・ブッシュ大統領(ブッシュ大統領)が、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官などの一握りの助言者を頼りに、反対意見や専門家の分析を無視して、戦争を開始したことが、真珠湾攻撃以上に無謀な「愚行」であったと指摘されています。CIAの情報分析官は、当時、ブッシュ政権は、イラクに関する問題につき、「戦争が賢明かどうかについての議論や開戦の決断は、ホワイトハウスの危機管理室で行われるのだが、そこできちんと会議が開かれたことも、政策オプションが書かれた文書が出されたことも、真剣な議論がなされたこともなかった。」、「好みの情報だけをつまみ食いする」、「見かけをとりつくろう」、「情報を政治的に加工する」などの問題があったと告発しています。詳細は上巻132~187頁。
3 ところで、集団的自衛権の行使等を法制化した2015年安保法制により、「存立危機事態」が認定されると、内閣総理大臣がわが国を防衛するため必要があると認める場合には、防衛出動を命じることができるとされました。
 問題は、「存立危機事態」の認定が、どのような情報により、どのような組織での議論を経て行われるか、国会などによる民主的コントロールが及ぶのかということです。
 「存立危機事態」の認定から防衛出動命令までの手続の流れは、①存立危機事態の認定の「前提」となる何らかの事実があると、②内閣総理大臣が対処基本方針案を作成し、③対処基本方針案の国家安全保障会議への諮問・答申を経て、④対処基本方針を閣議決定し、⑤原則として国会による対処基本方針の承認を経て、⑤内閣総理大臣は必要と判断すれば、防衛出動を命じることになっています(令和2年版防衛白書231頁以下)。
 この点につき、全国各地で争われている安保法制違憲訴訟で証人となった宮﨑礼壹元内閣法制局長官は、ホルムズ海峡の機雷除去、NATO軍のユーゴスラヴィアへの空爆、2003年のアメリカのイラク戦争などの事例を踏まえ「存立危機事態という絞り込みが、現実に発生しそうな諸々の事態に対し、何ら制限的作用を果たし得ないことを示している」と指摘しています。また、東京高裁に意見書を提出された長谷部恭男早稲田大学教授も「自衛権発動の基準が曖昧化したために、原告らを含む国民の権利侵害に関する具体的危険性発生の判断自体が困難となった」と指摘しています。
 このように「武力攻撃事態」と異なり、①「存立危機事態」はその概念自体が極めて抽象的であることに加え、②事態認定の前提となる事実についての情報源や内容の信憑性に問題があり(米国頼りの情報収集)、③国家安全保障会議のメンバーの好戦的な志向などからすると、国家安全保障会議において「好みの情報だけをつまみ食いする」、「情報を政治的に加工する」ことにより、結論先にありきで、たやすく「事態」認定がされかねません。
 2017年朝鮮半島危機の際、国家安全保障会議に15回参加した河野克俊統合幕僚長(当時)は、朝鮮半島における米朝間の軍事衝突の可能性が6割あり、日米共同作戦のシュミレーションを行ったと発言したことが報道されており、その間、国家安全保障会議で米軍の動きが逐一報告されていたものと思われます。この河野元統幕長は、著書の中で、安保法制により、日米は「相互に護衛することができる状態」に変わり、日米同盟の双務性に近づき、信頼向上に資することになるので、意義は大きい、日米同盟の本質は、最前線の兵士同士がリスクを共有することであるとまで述べています。今や台湾有事も含め、いつでも自衛隊員が米国の戦争の最前線に送り込まれる危機的状況です。
 札幌高裁・東京高裁で証言された青井美帆学習院大学教授は、政府ではなく、私人となった河野元統幕長がマスコミを通じて上記のような朝鮮半島危機当時の発言を繰り返していることにつき、民主的統制を及ぼすために、国会による事後的検証ができる仕組みを作り、事態認定の手続過程の透明性をはかることが重要であると指摘しています。
 私たちは、自衛隊員を無謀な戦争の最前線に送り込むことを阻止するためにも、明文改憲や新たな解釈改憲を阻止する取り組みのなかで、日本政府が「戦略的愚行」を繰り返さないため、可能な限りの監視・抵抗活動を強める必要があるのではないかと考えます。

 

9条をめぐる2つの「ウルトラC」と対峙しよう

奈良支部  宮 尾 耕 二

 「…移動式ミサイル発射機の位置をリアルタイムに把握するとともに、地下に隠蔽されたミサイル基地の正確な位置を把握し、まず防空用のレーダーや対空ミサイルを攻撃して無力化し、相手国の領空における制空権を一時的に確保した上で、移動式ミサイル発射機や堅固な地下施設となっているミサイル基地を破壊してミサイル発射能力を無力化し、攻撃の効果を把 握した上で更なる攻撃を行う…」
 「…対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等を含む」
 とてつもない大規模空爆である。ロシアのウクライナ侵略を想起される方も多いかも知れない。しかし、なんと、この大規模空爆の主体は「専守防衛の自衛隊」なのである。
 この文章の出典は、令和2年7月9日の河野防衛相(当時)の答弁と、今年4月26日に公表された自民党「提言」のうち「反撃能力」に関する部分である。そして、この内容が、年内にも防衛3文書に盛り込まれるという。
 結論から言えば、これは、いわゆる「台湾海峡有事」を想定した事態である。自衛隊が空爆するのは、軍事大国・中国。
 台湾独立をめぐる軍事的緊張が高まり、日米の前線基地たる南西諸島へのミサイル攻撃の脅威が高まったとき、敵の第一撃をまたず、自衛隊が出動する。中国が本当にミサイルを発射してくるかどうかは「客観的・総合的」に決める。アメリカの情報と意見を参考にして…。
 自衛権に関する国連憲章51条によれば、敵国の武力攻撃の着手を具体的に証明できなければ、それへの反撃としての武力行使は正当化されない。憲章2条4号に違反する侵略戦争となる。だが、瞬時に発射される固形ミサイルの時代、発射前に「着手」を認定するのは不可能である。しかも、このような大規模空爆をするというのだから、刑法チックに表現すれば「先制的過剰防衛」。ピクリと動いただけで相手の家まで吹き飛ばすがごとき、立派な「侵略」である。
 ただ、この「反撃能力」、スケールが大きすぎて、なかなかイメージしづらい。この内容を理解するためのポイントが3つある。
 まず、自民党は、このトンデモの武力行使を、憲法改正を経ず「解釈」でやろうとしている。
 次に、日本の集団的自衛権の行使は必要ない。なぜか?
 「日本(南西諸島など)に対する脅威」を口実とする反撃だからである。1900発もある中国のミサイルが、台湾島を標的にしているのか、南西諸島を標的にしているかなど、事前にわかるはずがない。それゆえ、個別的自衛権の行使を大義名分とすることができる。
 あれ、アメリカは?
 実は、日本が個別的自衛権を行使する場面では、アメリカが集団的自衛権を行使できる(安保条約5条)。かくして、上記の大規模空爆にアメリカ軍も加わる。そして、核大国どうしの破滅的戦争が始まる。日本も舞台として…。
 書きながら「何と言うウルトラCなのか!」と唸らされる。
 この作戦の実態は、台湾防衛を目的とする日米共同の(違法な先制も含めた)集団的自衛権行使である。
 ところが、台湾海峡有事を前提にすれば、日本の平和勢力が警戒する「明文改憲」も「(日本の)集団的自衛権行使」もする必要が無い。裏をかいて、日本の「個別的自衛権」を「解釈」で国際法を逸脱するまでに拡張すれば、ここまでできる! 
 これは、台湾防衛のための武力行使を公言できないアメリカにとっても都合の良い理屈である。
 だが、ロシアのウクライナ侵略で冷静さを失った世論は、「次は中国」「ミサイル防衛に万全を」と、この実態を見抜けずにいる。今のままでは無風で、防衛3文書が閣議決定され、既成事実化してしまう。当然、カネもかかる。防衛費倍増、そんなカネ、一体どこからわいてくるのか…。
 この「反撃能力保有」論については、「明文改憲が必要条件」とか「存立危機事態(日本の集団的自衛権)との組み合わせでどうなるか」という議論がある。しかし、これは過小評価である。
 この「反撃能力保有」論は、それ自体自己完結した、恐るべき9条と国連憲章への攻撃である。これを理解しなければ、的確な対応はできない。
 だが、さらにややこしいことに、9条明文改憲も、同時並行的に進められる可能性が高い。しかも、「2項削除・国防軍」案ではない。「自衛隊明記」である。これが2つめのウルトラCである。
 自民のみならず、維新も、「自衛隊明記」を有力な改憲案として推している。世論調査の数字を見ても、国民の「自衛隊を明記するだけならいいだろう」という油断が見て取れる。
 このウルトラCには安倍政権時代から振り回されてきたが、注意すべきは、いろいろなバリエーションがあることである。今後、条文案の文言は変幻自在に変化すると思った方がよい。
 だとすると、9条の2として「前条の下、自衛隊を保有する」という一番シンプルかつ本質的な案に向き合う必要がある。ところが、それが難しい。
 なぜか。「9条守れ」という人達に「9条の欠陥」を説かねばならないからである。「国際紛争を解決する手段としては」と言う留保をつけた9条1項は、国連憲章51条の自衛権(集団的自衛権を含む)行使を認めている。他方、9条2項は、戦力不保持を定めている。つまり、1項と2項は矛盾する。そのどちらを優先するかで180度逆の結論となる。憲法の教科書では必ず触れられる論点である。
 それゆえ、明らかに2項と矛盾する「自衛隊の存在」を明記するだけで、1項優先の解釈(いわゆる「芦田修正説」)をすることとなり、台湾海峡有事に限定されず、フルスペックの集団的自衛権を行使できる。ただ、この理解は浸透していない。
そして、こちらが反論しないうちに、維新の議員が、国会で、岸田首相に対し「芦田修正説も排除しない」と発言する珍現象が起きている…
 さて、大規模空爆に向けた解釈改憲と自衛隊明記という「2つのウルトラC」にどう立ち向かうべきか。今のままでは大混乱は必至である。
 一つだけ確実に言えることは、この2つの課題は、同時に取り組まねばならないが、法的にも、政治的にも、別物だと認識すべきことである。
 そして、いずれも、「9条改正反対」「集団的自衛権阻止」で前のめりになった平和勢力の裏をかく変化球、ウルトラCだということも直視せねばならない。
 安保法制定のとき、安倍政権は、国会を取り巻く民衆の声に震え上がったという。それ故、このような卑劣な手段を執るようになったのだが、いずれのウルトラCも、国民に対する「大ウソ」である。 
 こちらが頭を切り替えれば、この大ウソを暴き、返り討ちにすることができる。
 そして。注目すべきは、近時、日本が侵略する側に回るのではないか? 今9条を改正することに何の意味があるのか?-という危惧が、意外なところから明らかにされつつあることである(たとえば映画監督の河瀬直美氏やエコノミストの藻谷浩介氏など)。
 複雑な状況を整理し、的確な批判を繰り広げる。「2つのウルトラC」に対峙するうえで、我々民主的法律家の果たすべき役割は大きいと考える。

 

安全保障のジレンマは避けられるか

東京支部  木 村 晋 介

抑止力論の欠陥は証明されたか
 NATOの東方拡大がロシアのウクライナ侵略の誘因だとする幹事長の見解(5月集会特別報告集)についての私の意見は、本誌1777号(6月1日号)で述べさせていただきましたが、少し加えます。幹事長はそのように判断する根拠として、前段では「ウクライナがNATO加盟を目指すことをしなかったら(中略)今回の事態は避けることができたと考えるのは非合理、あるいは牽強付会ではないだろう」と慎重に言葉を選んで、「避けられた」と断定することを回避しておられます。このことを断定的に主張する「どっちもどっち」論や西側主責任論には与しないことを明らかにされたということでしょう。
 しかし、その後の抑止論批判や軍事同盟批判論にきますと、一転して、ウクライナがNATO加入を目指したことがこの戦争の原因であることを所与の前提とした断定的な発言になっています。ここに大きな飛躍があります。
 いわく「ウクライナの教訓は、軍事同盟に頼った抑止論は『攻められない』ための有効な手段たりえず、かえって軍事行動を誘発することになった」「むしろ非同盟中立の立場の優位性、抑止力論の欠陥を浮き彫りにした」。何とかウクライナ戦争を逆用して、国民が抑止力理論に攫われないように食い止めよう、という意識から生じたものとは思いますが、前段とは矛盾しています。
 それと、もう一ついえることがあります。(同盟国でない)ウクライナの要請を受けて、アメリカやNATOが集団的自衛権に基づき直接ロシアと闘うことは可能だったのです。しかしそれは実際にはできませんでした。それは、ロシアの核軍備の抑止力が効いたからといっていいでしょう。ここで、第三次世界大戦を避けさる方向に、核の抑止力がはたらいたということです。
安全保障のジレンマは克服できるか
 幹事長の言われた「安全保障のジレンマ」は、平和構築のための重要なキーワードだと私は思っています。これは、ウクライナ戦争を引き合いに出さなくても語れることです。
 私が本誌で何度もいってきたことですが、国民の命と安全を保障するということは、国家の国民に対する重要な責務だということには争いがないと思います。一方、ヒトという生物は、狩猟採取の時代から農耕採取の時代に移ってから、備蓄された食料や、農耕採取や牧畜に必要なテリトリーをめぐって、武器をもって取ったり取られたり、そして守ったり攻めたりすることを繰り返してきました。その争いに強い種族が現在まで生き残っているわけです。
 戦力のない国際社会をつくりたいと思う人はたくさんいるでしょう。矢崎暁子さんば本誌1777号でそのための様々な提案をされています。私もそれができたらいいなと思うものばかりです。しかしそれをどういう順序でどういう手法で実現するんでしょうか。方法論を教えていただきたい。一生懸命安全保障のジレンマを説けば、どの国もわかってくれて実現するでしょうか。
 今の国際社会は戦力であふれています。それは特別なことではなく、ヒトという生物の作っている社会としては、当たり前のことです。そこで、たった一つの国が戦力を放棄したとすれば、その放棄した領土を恐らく複数の国が取りに来るでしょう。日本がそれをしたとすれば、日本の国土が軍事的に空白となり、パワーバランスも崩れますので、領土を巡って、アメリカと中国間の戦争の引き金になるかもしれません。核戦争を引き起こす可能性もないとはいえません。
 とすれば、皆で一斉に戦力を放棄するしかありませんが、そのためには自分以外の国が同時に本当に軍備をなくそうとしているのかについての確証がなければできません。例えばですが、アメリカと英仏、ロシアと中国の間によほど高い信頼関係ができないとできないでしょう。ここに壁があります
 二つの大戦が終わって、あるいは、冷戦が終結して、戦争は無くなるかと思った人も多かったと思いますが、どこも核を含めて軍備を放棄しませんでした。
 非常に残念ながら、遠い将来社会は別として、現代社会では、軍事力は安全保障を確保するための不可欠な道具だ、というのがリアリズムの立場でもリベラリズムの立場でも、国際政治学の中での共通の安全保障観です。
(経済的相互依存が国家間の緊張を緩和するという考え方もあります。確かに冷戦後一定の効果を上げたように思いましたが、ウクライナ戦争のようなことが起きた場合、かえって経済制裁をかけるうえでの障害となりました)。
 集団的安全保障機構の一つの狙いは、加盟国間の戦争をなくすということです。加盟国の1国が侵略した場合は、加盟国が寄ってたかって侵略国をボコボコに叩くという仕組みになっています。このため、NATOができてからは、ヨーロッパの国家間の戦争は起きていません。もう一つの狙いは、個々の国の軍備費の圧縮です。三つめはもちろん抑止力(戦争にならないための力)と対処力(実際に戦争になってしまったとき発揮される軍事力)の強化です。
軍縮運動の可能性
 集団的安全保障機構の目的の一つに軍備費の圧縮があるのは、まさに各国が安全保障のジレンマを意識せざるを得ないからです。ただし、こういうこともありました。冷戦期に、米+西欧とソ連が互いに軍事力を競い合いましたが、ソ連が軍事費の負担に耐えかねて経済的に破綻してしまいました。冷戦終結は、安全保障のジレンマが生みだしたものといいえるでしょう。そして、欧米の経済支援もあって経済的に復活したロシアが、新たな冷戦・熱戦のプレーヤーとなっているのは皮肉なことです。
 安全保障のジレンマは、必ず国内の資源配分を不安定にし、経済的疲弊を生む傾向があります。経済的疲弊は政権基盤を弱体化させます。この不安定な政権基盤が、なんとか外に敵を「作り」、国民の関心を外に向けようとする動機と結びついたとき、戦争が起こる、このことを歴史は示しています。これはどの国にも生じえます。できれば政権基盤を安定させるためにも、増えるばかりの膨大な軍事費を切り詰めて、国民生活に直結する分野に資源配分したい。このことが軍縮へのモチベーションを生みます。非武装化は当面無理だといいましたが、軍縮は(困難がありますが)可能です。そして軍縮の先に完全非武装化を望む、という二段階革命論のようなスローガンの立て方はありだと思います。
 現に、世界には核兵器から通常兵器まで、10指に余る軍縮条約が存在します。この点で、国連の果たした役割は非常に大きいと思います。どこも本音は軍備を縮小したいのです。
 しかし、この軍縮のためには多国間の信頼関係を作り出すことが必要です。ここにNGOの出番があり、人権を愛する自由法曹団の出番があります。戦争は人権に対する最大の脅威です。日本には核廃絶、軍備撤廃を目指すNGOはありますが、軍縮に軸足を置いたNGOはなかなか見当たりません。自由法曹団から呼びかけてそういう新しいムーブメントを作り出すことは出来ないものでしょうか。

 

大崎事件第4次再審請求(決定日6月22日)

鹿児島県支部 村 山 耕 次 郎

1 大崎事件とは
⑴   事件の概要
 1979(昭54)年10月15日、鹿児島県郡大崎町で、3日前から行方不明だった中村四郎(中村家の四男。42歳)の死体が、四郎方の牛小屋で堆肥に埋もれて発見された。アヤ子が、二郎、ついで一郎に働きかけ、10月12日夜、三人で四郎の首をタオルで絞めて殺害し、翌13日未明、太郎を加えた四人で、死体を遺棄したとされた殺人・死体遺棄事件。
⑵ 罪名等 
【殺人、死体遺棄】
原口アヤ子(旧姓・中村)52歳 懲役10年 
中村一郎(アヤ子の夫〈当時〉)52歳  懲役8年
中村二郎(一郎の弟)50歳   懲役7年
【死体遺棄】
中村太郎(二郎の長男)25歳  懲役1年
2 確定審における裁判所の判断の概要
 アヤ子に対する1審判決と一郎らに対する1審判決は、同じ裁判体によって、同じ日に下された。
「犯行に至る経緯」:四郎は、10月12日、朝から酒びたりであったが、午後8時ころ酔いつぶれて溝に落ちて引き上げられ、道の横に倒れているのを部落の者に発見された。IとTが四郎を四郎方に届け、四郎を土間に置いたまま帰った。アヤ子は、Iから連絡を受け、I方に行き、Iから四郎の様子を聞き、午後10時30分ころ、Tと帰宅する途中、四郎方に立ち寄った。アヤ子は、泥酔して土間に坐り込んでいる四郎を認めるや四郎に対する恨みがつのり、四郎を殺害しようと決意し、二郎、ついで、一郎に四郎殺害を持ちかけた。
「罪となるべき事実」:アヤ子、一郎、二郎は、三名共謀のうえ、10月12日午後11時ころ、土間に坐り込んで泥酔のため前後不覚となっている四郎の顔面を数回殴打し、四郎を四郎方中六畳間まで運び込み、アヤ子が四郎の両足を両手で押さえ、二郎が四郎に馬乗りになって四郎の両手を押さえ、一郎がアヤ子から渡された西洋タオルを四郎の首に1回巻いて交差させ力一杯引いて締めつけ、四郎を窒息死させて殺害し、二郎が一旦帰宅して、太郎に死体遺棄に加勢するように言い、翌13日午前4時ころ、四名共謀のうえ、四郎の死体を四郎方の牛小屋に運搬し、スコップまたはフォークで深さ約50センチメートルの穴を掘って死体を埋没し、遺棄した。
3 裁判の経過
1979(昭54)10.12 「事件」発生
1980(昭55)3.31 1審判決(確定判決)鹿児島地裁
一郎、二郎、太郎は、控訴せず、アヤ 子のみ控訴。
       10.14 控訴審判決 福岡高裁宮崎支部
1981(昭56)1.30 上告審決定 最高裁上告棄却
1990(平2) 2.17 アヤ子 満期出所
1995(平7) 4.19 アヤ子 第1次再審請求
1997(平9) 9.19太郎 第1次再審請求
2001(平13)5.27太郎 自殺
      8.24太郎の妻ハナが太郎のために再審請求 
2002(平14) 3.26 鹿児島地裁(裁判長笹野明義) アヤ子、太郎につき再審開始決定
検察官 即時抗告
2004(平16) 12. 9 福岡高裁宮崎支部(裁判長岡村稔)原決定取消し・再審請求棄却
アヤ子 特別抗告
2006(平18) 1.30 最高裁(裁判長藤田宙靖)特別抗告棄却
2010(平22) 8.30 アヤ子、故一郎(一郎1993〔平5〕10.2死亡のため、請求人は長女)第2次再審請求
2013(平25) 3.6 鹿児島地裁(裁判長中牟田博章)再審請求棄却
アヤ子、故一郎 即時抗告
2014(平26) 7.15 福岡高裁宮崎支部(裁判長原田保孝)即時抗告棄却
アヤ子、故一郎 特別抗告
2015(平27) 2. 2 最高裁(裁判長金築誠志)特別抗告棄却
        7.8 アヤ子、故一郎 第3次再審請求
2017(平29) 6.28 鹿児島地裁(裁判長冨田敦史) 再審開始決定
検察官  即時抗告
2018(平30)  3.12 福岡高裁宮崎支部(裁判長根本渉)即時抗告棄却(再審開始維持)
検察官  特別抗告
2019(令1)  6.25 最高裁(裁判長小池裕)再審開始決定取消・再審請求棄却
2020(令2)  3.30 アヤ子、故一郎(いずれも請求人は長女) 
第4次再審請求
4 第3次再審請求最高裁判所の判断
 第3次再審請求の即時抗告審(根本決定)は、被害者四郎の死体の死斑が乏しいことから、体内の大量出血を推定し、死因は自転車事故に伴う骨盤骨折等による出血性ショックによる可能性が高いとした吉田謙一教授の鑑定(吉田鑑定)に加え、四郎を自宅に搬入した近隣の住民IとTの供述に矛盾があることを考慮すると、四郎は自宅に到着した時点(午後9時頃)で死亡しており、確定判決における午後11時頃絞殺されたこととするには合理的に疑いがあるとして、再審開始決定を維持した。
 ところが最高裁判所(小池決定)は、吉田鑑定を根拠に、共犯者らとされる一郎及び二郎の自白、二郎の妻ハナの供述の信用性を否定すれば、IとT以外に死体遺棄者は想定しがたいことになる。そのようなことは「全く想定できない」とし、「少なくとも、死体を堆肥に埋めたことについては、何者かが故意に行ったとしか考えられず、その犯人として一郎ら近親者以外の者は想定しがたい」と断定した。
 その上で「吉田鑑定は四郎の死因が出血性ショックであった可能性を示すものではあるが、同人の死亡時期を示すものではなく、IとTが四郎を同人宅に送り届けるよりも前に死亡し、あるいは瀕死の状態にあったことを直ちに意味する内容とはなっていない」と判示した。
 そこで、第4次請求審における争点は、被害者の死亡時期とIとTの供述の信用性となった
5 新鑑定書の内容
 弁護団はこの争点に対し、医学鑑定と供述鑑定を新証拠として提出した。
 第1は、澤野誠埼玉医科大教授の鑑定(澤野鑑定)である。澤野鑑定では、四郎の頸椎前出血は、転落事故による高エネルギー外傷で、頸髄損傷(運動機能障害)に陥った。さらに、水に濡れ裸同然で18℃以下の外気に晒されていた四郎は、低体温症となり、小腸の腸管細胞が壊死し大量出血したこと(非閉塞性腸管壊死)が剖検写真から認められ、そこに、IとTの「頸椎保護」を怠った不適切な「救助」活動が加わった結果、頸髄損傷が一気に悪化し、四郎は自宅に到着した時点で死亡、もしくは死亡していた可能性が高いというものである。すなわち、澤野鑑定は小池決定のいう死亡時期を明確にした。
 第2は、IとTの供述及びアヤ子さん供述の各信用性についての、現実の犯罪捜査でも用いられているテキスト・マイニングの手法によって分析した稲葉光行教授の鑑定(稲葉鑑定)と第2次請求以来のスキーマ・アプローチ法による大橋靖史教授と高木光太郎教授の鑑定(大橋・高木鑑定)である。
 独立した2つの供述に関する鑑定は、IとTの四郎を自宅へ送り届けた際の供述は、相互に矛盾し、かつ曖昧で、非体験供述の可能性が高く、逆に、アヤ子さんの供述はその体験に基づいた供述であり信用性が高いという点で一致した。
6 検察官提出の鑑定書
 これに対し、検察官は澤野鑑定の証明力を否定する証拠として佐藤寛晃教授の鑑定(佐藤鑑定)と近藤稔和教授の鑑定(近藤鑑定)を提出した。
 佐藤鑑定は四郎の頸椎体前血腫は転落事故に伴って生じたものではなく、それ以外の機会(四郎の絞殺時)に四郎の頸部に外力が加わった時に生じたと考えるべきであるとか、澤野鑑定が主張する腸管の血腫は死後変化である血液就下(臓器死斑)であると主張した。
 しかし、佐藤鑑定は、頸部損傷の存在を強く推認させる事実で、証拠上明らかな、四郎が前後不覚で長時間町道上に横たわっていたという事実を無視したものであった。しかも、佐藤教授のいう絞殺時の態様は確定判決における絞殺の態様とは著しく異なるものであった。
 また、検察官は近藤教授については尋問さえ行わなかった。
7 決定日の告知
 6月1日(水)に、裁判所より、「決定日を22日(水)とする。」との連絡があった。
 現在、弁護団や国民救援会を始めとする支援者は再審決定を信じて、急ピッチで準備中である。     

(2022年6月9日)

 

田中秀雄団員(兵庫県支部)~追悼特集~

 

追悼 田中秀雄さんと事務所を共にして

兵庫県支部  吉 井 正 明

 田中さんとは同期で、神戸修習で、修習事務所も神戸合同法律事務所でした。田中さんは東京出身で私も東京出身でしたので、私は修習が終われば東京で就職しようと思っていました。修習が終わりに近づいた頃、神戸合同法律事務所から事務所に残って欲しいと誘われ、一席を設けるからと私と田中さんが呼ばれました。私は田中さんも東京出身だから神戸に残る気はないだろうと勝手に思い込み、おいしい料理を食べて一緒に断ればいいだろうと気軽に酒の席に出向いたのでした。宮崎弁護士、前田修弁護士から事務所に入って欲しいとの話が出て、先に「田中君どうだね」と尋ねられ、田中さんはすぐに「お世話になります」といったので、私はびっくりしてしまい、予想外の田中さんの返事に私は動揺してしまいました。その日は明確な返事をしないで別れましたが、帰りに田中さんと二人きりになったとき、田中さんから「吉井君、一緒に事務所に入ろう」といわれ、私はますます混乱してしまいました。私は外国人の人権問題に取り組みたいとの思いがあり、神戸合同法律事務所は「在日朝鮮人の人権を守る会」を組織し、外国人の人権問題に取り組んでいたので、事務所には魅力を感じていたので、東京に戻って事務所を探すのも面倒くさいし、田中さんも残るならと一緒に残ろうという気持ちが強くなり、二人で神戸合同法律事務所に入った次第です。以後、田中さんが息子さんと事務所をやりたいということで独立するまで40年近く神戸合同事務所で一緒に活動してきました。田中さんは労働事件をやりたいという希望があったので、労働事件を中心に活動し、公害事件(国道43号線道路公害訴訟、尼崎大気汚損公害訴訟)でも大きな成果を上げてきました。弁護士会でも司法問題を中心に取り組んできました。私は外国人の人権問題、サラクレ、消費者問題を中心に、弁護士会では日弁連の人権委員会に所属して活動してきました。二人して、二人三脚で神戸合同事務所の発展に尽くしてきたと自負しています。
 田中さんはグルメで良く一緒に食事をしました。私があの店がおいしかったというとすぐに奥さんと出かけていって食べに行ったりしていました。
 また、日弁の人権大会には必ず奥さんと同行で参加し、その後奥さんとその地域の名物料理や温泉に旅行し、夫婦睦まじい姿を見てきました。
 今年に入って、いきなり体調が悪く入院したとの連絡が入り、見舞いも断るとのことで心配していましたが、亡くなったのは本当に残念でなりません。勇輝弁護士と一緒に事務所を共同し、奥さんとも旅行を楽しみ、田中さんとしてはもう少し今の生活を楽しみたかったのではないかと思います。それでも、田中さんは、亡くなる前日まで事務所に仕事に行っていたとの話を聞き、責任感の強さに感服しています。本当に残念でたまりません。

 

追悼 田中秀雄さん

兵庫県支部  佐 伯 雄 三

 突然の訃報でした。田中秀雄さんが2022年3月29日に亡くなられた。79歳でした。
 私と田中秀雄さんとは研修所27期の同期で神戸修習でも同じ班で修習生をすごした。その後、共に神戸で弁護士となり公害事件(国道43号線道路公害訴訟、尼崎大気汚染公害訴訟)などの弁護団でも一緒に仕事をしてきました。
 田中さんは、根っからの巨人ファンでした。東京出身ということもあったでしょうが、巨人が勝つとスポーツ紙を全紙買って喫茶店で読んでいたとのこと。喫茶店をこよなく愛し、起案なども喫茶店でやることも多かったと聞いている。パソコンを習得されたのはかなり歳を重ねてからであったと思います。
 田中さんとは法律家団体である自由法曹団(団)などでも一緒に活動してきました。2015年から2016年にかけて団のベテランメンバー(姫路の竹嶋健治さん、前田正次郎さん、山内康雄さん)が相次いで病魔で去ってしまったことがありました。団では2年連続追悼号をだすことになり、田中さんは「良い奴ばかりが先に逝く」と題して追悼文を書いて下さった。田中さんはその冒頭で「小林旭の『惚れた女が死んだ夜は』という唄が好きだ。その中に『いいやつばかりが先にゆく、どうでもいいのが残される』という一節がある。」と引用して、「皆私より若い。彼らが逝くたびに頭の中でこのメロディが鳴った。3人とも誠実に頑張ってきた良い奴だった。ちなみに『どうでもいいのが残される』というのは我が身のことであり、現在お元気の他の方達のことと思っているわけではない。」と。さらに、「彼らが逝ってしまったのに、私ごときが未だ生かされているのは、特に意味はなく神の気まぐれである。でも私には、『お前は何をしてんだ。彼らのように何事にも真摯に向き合って行かないとあの世に行かしてやらないぞ』との神の叱咤激励のように思える。」と結んでいる。
 田中さんは神戸合同法律事務所を退所して独立してからは一人で事務所を運営していましたが、田中さんのライフワークというべき離婚事件なども多数かかえていたと聞いている。何年か前にご子息の田中勇輝弁護士が事務所に入って共に弁護士活動をされていた。田中さんはもっともっと弁護士として仕事をしたかったと思うと残念です。もっとも、あとは田中勇輝弁護士が立派に引き継いでやってくれるでしょうから田中さんは安心して安らかに眠られることと思います。

(兵庫県弁護士会報掲載の原稿転載)


 

『地域弁護士を生きる』のススメ

福岡支部  永 尾 広 久

 二日市で長く活動してきた稲村晴夫団員(以下、稲村さん)は、この4月から小郡市で、妻の鈴代弁護士、娘の蓉子弁護士と一家3人で法律事務所を構えている。この本はそれを記念して稲村さんの二日市での38年間の活動を振り返ったもの。
 なにより表紙の稲村さんの慈愛あふれる笑顔がいい。法廷では「敵」の大企業を厳しく追及する稲村さんは、カラオケをこよなく愛する、心優しい多趣味の人。
来たれ、地域弁護士
 稲村さんは、弁護士になったことを後悔したことは一度もない、弁護士の仕事が嫌になったことも一度もないと語っている。私も同じで、弁護士こそ天職。
 自由で、自分の信念に従って生きることができて、それなりの収入も得ている。人権・正義・公平を武器にしてたたかえる職業は、他にはそんなにないのではないか。弁護士になって本当に良かった。じん肺の患者や中国人労工たちのため、長く汗水を流し、涙を流した。それは少しも苦労ではなかったし、むしろ生きがい、やりがい、そして喜びでもあった。稲村さんは、このように心境を吐露している。

私は、このことを若い人たちにぜひぜひ伝えたい。企業法務だけが弁護士の仕事ではない。地域弁護士を生きることは、大きな生き甲斐、そして大きな喜びとともにある。そのことを本書は実感させてくれる。それというのも、九州各県とも新規入会者が激減していて、県によっては自由法曹団の支部も消滅しかかっている状況にある。新人弁護士が安定志向とやらで東京へ一極集中し、合格者1500人の大半が地方へ目を向けていない。こんな状況で合格者を1000人に減らしたら、ますます地方に新人(団員も)がこなくなるのではないかと私は心配している。法テラスのスタッフ弁護士の希望者は確保するのが大変になっていると聞くし、九州の弁護士過疎地へ弁護士を供給するための「あさかぜ法律事務所」も必死で弁護士を確得しようとしているが、とても苦労している状況にある。大都会だけが弁護士の活躍の場ではないんだよと私は若い学生・ロースクール生・司法修習生に呼びかけたい。

稲村さんは馬奈木昭雄団員の下で5年間イソ弁をつとめたあと、二日市駅前に独立・開業した。二日市には、裁判所があるわけでもない。弁護士が、みな裁判所の周辺に法律事務所を構えているというのに、福岡市のベットタウンにすぎない二日市駅前に事務所を構えて、果たして喰っていけるのかと心配する人がいた(私自身は心配無用と思っていた…)。ところが、実際には、たちまち稲村事務所は繁盛し、弁護士を次々に迎え入れて大きくなっていった。

稲村さんの地域での活動の多彩さには、目を見張るものがある。ちくし法律事務所は、ロータリークラブ、ライオンズクラブ、中小企業家同友会、青年会議所、商工会、社会福祉協議会、後見サポートセンターといった団体とつながっている。そのほか、稲村さんは、筑紫平和懇、九条の会、アンダンテの会(いい映画をみる会)、民主商工会(税金裁判をともにたたかった)、「士業学習会」(二次会のあとカラオケへ)とも親密な関係にある。
じん肺訴訟などの集団訴訟
 稲村さんの弁護士としての活動として特筆すべきは、じん肺訴訟などの集団訴訟で大いに学び、またおおいに活躍したこと。
 2002(平成14)年12月の『週刊朝日』は、「勝てる弁護士180人」を特集したが、そのなかに稲村さんが選ばれている。選抜基準は「画期的な判決」を勝ちとったかどうか。稲村さんについては、「2001年7月の福岡高裁において、じん肺にかかった炭鉱労働者に対する国の責任が問われた筑豊じん肺訴訟で国と三井鉱山ら三社に勝訴。総額19億円の賠償金を獲得した」と紹介している。
 稲村さんは、自分にとっての集団訴訟は、正義・人権のために志を同じくする原告団・弁護団・支援者とともにたたかうことのやり甲斐と喜びを感じることのできる場だった。そこは筋書きのないたたかいのなかで、怒り・悲しみ・失望・不安・喜び・達成感な ど、さまざまなドラマを体験させてくれた場でもあった、としている。
 じん肺訴訟の原告となった人が16年間の裁判闘争について手記のなかで、次のように書いている。
 「もし裁判がなかったら、多くの人々との出会いもなく、世の中のことも知らずに終わっていただろう。人との出会いのすばらしさを感じた。裁判を起こして本当に良かった。裁判闘争がなかったら、山深い田舎の路傍の石で終わっていただろう」
 じん肺訴訟において、稲村さんは、国側の重要証人に対する反対尋問のとき、その前の1週間はすべての仕事を入れずに反対尋問事項づくりに熱中した。その証人の書いた論文をはじめ、双方の証拠をふまえた詳細なレジュメをつくり、そこに書証の標目と要旨を書き込んだ。それを全部読み直して尋問事項書をつくりあげると、自分の頭の中で問いと答え、こう答えたら、この証拠を突き出す、こう答えたら、こっちの証拠を突き出すというシュミレーションを繰り返した。それによって、その証人がどんな証言をしても、こちらの目標とする回答を引き出すことができるとの確信をもって法廷にのぞむことができた。実際、反対尋問はうまくいった。周到な準備と、事実に反する不当な証言は絶対に逃げきりを許さないという情熱。これが大事だと稲村さんは強調する。
 じん肺訴訟で勝利したご褒美として、じん肺弁護団は南アフリカへ旅行した。このときは歌手の横井久美子も参加し、みんなで大いに盛り上がり、楽しい旅行になった。ダチョウにこわごわ乗っている稲村さん、また、ペンギンのあとをペンギン歩きの格好をして追っていった稲村さんの写真も紹介されていて、ほほえましい。写真といえば、ちくし法律事務所あげての海外そして国内旅行のスナップ写真とあわせて弱小辺境事務所交流会の写真もあったりして、大変なつかしかった。
 38年間つとめた「ちくし法律事務所」が、感謝の気持ちこめて一冊の立派な本(税込2200円)に仕立てあげた。海鳥社の制作による本づくりは、体裁も内容もすばらしい出来上がりになっている。みなさん、ぜひ一読してほしい。

 

報告・TCフォーラムの定時総会とインボイス導入問題について

東東京支部  鶴 見 祐 策

1 30回総会の開催
 6月1日に衆議院第二議員会館でTCフォーラム(納税者権利憲章をつくる会)の第30回の定時総会が開かれた。TCフォーラムとは1993年4月に全国の税理士、弁護士、研究者、中小企業団体などが結集して納税者の権利保護のため「納税者の権利憲章」及び「税務行政手続法」の制定を目指し広く世論を喚起し納税者の権利を確立することを目的に結成された団体である(呼びかけ人の北野弘久教授を代表に発足)。税金裁判に関わる当時の団員たちもこの運動に参加されたと思う。その30年目の総会である。全国各地から団体加盟の全建総連や全商連のほか税理士を中心に会員がズーム参加を含めて約100名の出席があり、会場には衆議院副議長と衆参の財務金融委員(国民民主・無所属・日本共産党)ら7名から連帯のメッセージが寄せられた。
2 21年度の活動報告と22年度の活動方針
 21年度の活動では、オンラインの運営会議で一般会員も参加できる形で7回の政策学習会が行われ「国税庁が求める税理士法改正案」の批判的検討、「税務援助制度と税理士のあり方」、「電子インボイスとは何か」国家監視の狙い、危険な使い方の検証、などが論議された経過が報告された。その政策学習会の論議をふまえパンフレット「納税者支援調整官を使いこなそう」「質問応答記録書とは何か」が発行され好評を呼び大量の注文が続いている。
 本年度の活動方針としては納税者権利憲章の制定を目指し、業者団体、弁護士会、税理士会、その他の団体と連携し、国税通則法付則106条に基づき第1条(目的)に「国民の税に関する権利利益の保護を図る」旨を明記する改正要請の行動を展開するなどが決められた。
3 インボイス導入問題について
 総会に先立って運営委員の岡田俊明税理士(東京税財政センター理事長)から「インボイス導入問題を再検討する」と題して来年(2023年)10月1日から実施されるインボイス制度(適格請求書保存方式)の問題点を全面的に解明する記念講演が行われた。最大の問題は、中小零細な事業者(免税事業者)が商取引一般から排除される理不尽にある。インボイスを発行できない売り手や受注者が敬遠されるのは必然だろう。仕入れ税額控除は消費税の構造上の当然の「権利」のはずなのだが、それが奪われるにひとしい。その不利益を甘受する買い手や発注の企業はあり得ない。その埒外を避けるには零細業者も「課税事業者」として「登録事業者」の途を選ぶほかない。日本独自の帳簿方式と単一税率を前提に導入した「消費税」が複数税率とインボイス導入の自公政権のもと税務権力が宿念と本性を現わした感を免れない。「仕入れ税額控除」をテコに自営業者に対する税務権力の攻撃と闘った団員には特に看過できない事態だと思う。いずれマイナンバーの強要とも連動するだろう。すでに来年の施行の阻止を求める様々な運動が各方面で始まっている。団としても、そのための取り組みの強化が望まれる。TCフォーラムに参加の団員が限られてきている事実がある。諸般の事情によるものだが、税制と税務行政の民主化、「納税者の権利」確立の運動に参加される新たな団員の加入を求めたいと思う(ちなみに「TCフォーラム」「納税者権利憲章をつくる会」でネット検索と活用もお勧めしたい)。

 

事務局長日記 ④(不定期掲載)

平 井 哲 史

 唐突ですが、コロナに感染し、自宅療養を経験しました。小学生の子どもが5月19日に熱発し、20日にコロナ陽性と判明。五月集会のための記者会見の後、知らせを受けて急遽濃厚接触者として自宅待機になり、その後、配偶者、続けて自分と熱発し、検査の結果、コロナ陽性と判明。五月集会をほぼ休む形になってしまいました。執行部の仲間はじめご迷惑をおかけいたしました。
 なんとも‘貴重な’体験をしましたので、せっかくだから感想を書いてみます。
① 今回、子どもの隣のクラスで3分の1も休んでいるのに学級閉鎖とならず、合同体育で組体操みたいなことをした2日後に発熱していました。無症候で登校した生徒から感染が広がるのは止めようがなく判断も難しいとは思いますが、休む子が多くなった時点で学級閉鎖を考えてもよかったのではないか?(その後、感染はほかの学年に飛び火し、学年閉鎖になっていました。)
② 小さい子がいる家庭は、隔離は無理なので、家族に感染するかしないかは運次第。
③ 自宅療養でもサポートは意外と手厚い。ただ、毎日体調を報告しなければならなかったのには閉口しました。都のサポートデスクからLINEで問い合わせが来て、返信しないと何度も電話がかかってきました。これは「置き去り」にしないための措置ですが、私の場合、基礎疾患ありに分類されたため、基礎自治体経由で厚生労働省のフォームにも同じ報告を求められ、軽症でしたが10日間、変わらず1日4回同じ報告を求められたので、なんだか「囚人」になったようでした。ここは国と自治体の連携でもっと省力化が図れるだろう、もっとマンパワーと費用をかけるべきところがあるだろうと思いました。このほど政府は「保健所に対応能力がなかった」というなんとも無責任な総括を発表していましたが、公衆衛生を弱体化させてきた責任を参院選で追及されてしかるべきでしょう。
 なお、こうした行政への報告のほか単位会と裁判所にも報告が必要で、特に裁判所には、世間の取扱からずれて発症前1週間だか10日間に遡って立ち寄った部および法廷について申告を求められました。
④ teamsを使った手続が増えているため、単独事件で書面や証拠のいらない和解協議などの手続は療養中もこなせました(共闘事件は共闘者にお願いしました)。これは便利でしたが、言うことの聞けない幼児の相手をしながら手続をこなすのはしんどかったです。起案やメールでの連絡もやればできるため、結局、仕事と家事・育児を平行してやることになり、普段、家事・育児をもっぱら担っている配偶者の偉大さを感じました。

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