第1806号 4/1

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●「アベノマスク」情報公開訴訟 単価を命じる大阪地裁判決が確定  谷 真介

●【特別寄稿】えん罪日野町事件の2度の再審開始決定を勝ち取った阪原家族の苦難の35年の闘いを讃えたい 救援会滋賀県本部 会長 中野 善之助

●団・日民協共催『死刑制度学習会』を開催しました 久保木 太一


 

「アベノマスク」情報公開訴訟 単価を命じる大阪地裁判決が確定

大阪支部  谷  真 介

1 「アベノマスク」と情報公開訴訟
 「アベノマスク」-新型コロナが一気に拡大しはじめた2020年4月1日の政府対策本部で、マスク不足に対応するためとして、突如、安倍首相が全世帯に2枚ずつ布マスクを確保し、配布すると発表した。約500億円もの税金を支出する政府事業として。世間では「なぜ1住所に2枚なのか」、「エイプリルフールの冗談では」との声が相次いだ。その形の不格好さと相俟って「アベノマスク」と揶揄されるのに時間はかからなかった。
 その後、先行して配布された妊婦向けマスクに虫の混入やカビが生えている等で回収騒ぎが起きた。また市場に不織布マスクが出回るようになったのに、いつまで経っても「アベノマスク」が届かない。その中、同年4月下旬、野党議員の国会質疑を受けても厚労省は業者へのマスク発注単価や枚数を明らかにせず、妊婦向けマスクを受注した企業について4社中1社について非公開とした。その残り1社がどこなのか、世間で大騒ぎとなり、ようやく開示されたのは「株式会社ユーズビオ」という、設立後わずか3年も経たない実態不明の会社であった。
 この不透明な発注問題がニュースに出た際、私は政治資金問題でかの有名な上脇博之教授(神戸学院大学)に「これは情報公開請求をすべきではないでしょうか」とそっと囁いた。実は私は、2007年の弁護士登録1年目、何も担当事件がないときに事務所の先輩の徳井義幸弁護士より「おもしろい事件がある」と言われ、阪口徳雄弁護士の事務所に連れて行かれ弁護団に入り、その後最高裁まで10年間闘った内閣官房機密費情報公開請求訴訟で、上脇教授とはともに闘ったいわば同志(人生の大先輩ですが)であり、同事件のMLが残っていたので思いつきで声をかけたのだった。すると上脇教授はすさまじいスピードで厚労省、次いで文科省に情報公開請求。すると各省より、見積書や契約書等の文書が開示されたものの、なんと単価や枚数が非開示(黒塗り)とされていた(理由は、企業のノウハウ等が判明し競争上の不利益のおそれがある等)。こんな布マスクの単価にどのようなノウハウが詰まっているというのか・・あまりに非常識な態度に阪口徳雄弁護団長が「提訴だ!」の鶴の一声、そして私が訴状を起案するのに時間はかからなかった(2020年9月に大阪地裁に提訴、以下「単価訴訟」)。
2 「単価訴訟」の国の主張と大阪地裁判決
 「単価訴訟」で、国は単価が分かると、需給の均衡が崩れた緊急時におけるマスク等における企業の調達能力や営業ノウハウ、アイデアに関する情報を同業他社が入手し、その仕入れ値を推知し、今後の仕入れの提示金額を上げることにより調達を容易にできる、あるいは仕入先が仕入価格をつり上げることが可能になる等の珍論を展開した。あるいは、単価が分かれば、今後、調達業者が政府に、値段をつり上げて契約単価が高止まりしてしまい、国の事務に支障が生じるとも主張した。厚労省におかれた合同マスクチームの責任者への尋問で、結局「値段が安くなるおそれがあるのか、高くなるおそれがあるのか、どちらか」と追及すると、「どっちもですね」と答えるというお粗末さであり、その時点で勝負あった。そもそも、このような評判の悪い政策を今後も続ける気があることを前提にした主張をすること自体、世間感覚とあまりにずれていた。
 ちなみに2022年9月の結審時には、1週間前に期限設定された最終準備書面について国が弁論当日朝に出してきたため、原告がクレームを出すと、裁判所から陳述が認められなかった。国相手の訴訟で国が提出期限を徒過し、書面の陳述が制される場面に初めて遭遇した。
3 「契約締結経過訴訟」での国の迷走
 単価訴訟の約半年後(2021年2月)に提訴し、併行して審理されてきた「契約締結経過文書訴訟」で、国の迷走ぶりは加速する。同訴訟は、上脇教授が「アベノマスク」の発注や契約締結経過が記載された文書、また業者とやりとりした文書(上記2の見積書や契約書を除く)について情報公開請求をしたところ、「(何も)存在しない」として不開示決定がされたことについて「そんなはずないやろ」と提訴した裁判である。
 国は答弁で「実は業者との間でメールがあったが、軽微な『一年未満文書』としていたため、担当者がその都度廃棄した」と答弁した。取引のメールをわざわざその都度廃棄しました等、もっともらしく非常識なことを述べるので、原告側と裁判所を混乱させる高等戦術かと疑う答弁であった。原告側はそれなら業者側にメールが残っているだろう、軽微な文書かどうかを確かめたら良いとし、受注業者に対するメールの文書送付嘱託申立をしたところ、裁判所はあっさり採用し、その結果いくつかの業者から生々しい膨大なメールが送付された。すると国は、「メールはその都度廃棄した」という主張を維持できないと考えたのか、「再調査する」と言い出した。その後しばらく期日が空転し、いつまで経っても結果を示さない国の代理人に対し、裁判長はしびれを切らし「真面目にやってください。心証にも影響しますよ」とまで述べる始末であった。そして、やはりメールはあった。国は、厚労省担当者の一部に100通以上のメールが残っていた、と言い出したのである。しかしその後、待てども待てども、同メールの開示決定処分の打ち直しはなされず、結局、国は見つかったメールは、原告がした「情報公開請求の対象文書には該当しないものだったので、不開示決定は適法だった」、「そのため見つかったメールも開示しない」と述べるに至った。
 国は徹頭徹尾、アベノマスクに関連する文書は何もない、あっても開示しない、という結論が先にあり、契約締結過程の文書がないとか、業者とのメールもあったが廃棄した等、世間で通用するはずがない言い訳を正々堂々と述べ、ぼろが出たらまたごまかす、という態度を続けている。これが今の日本の公文書管理のレベルかと思うと眩暈がする。
4 「単価訴訟」の判決と今後
 話を「単価訴訟」に戻すと、2023年2月28日、大阪地裁(徳地淳裁判長)は、「政府が随意契約により購入する各種物品の単価金額や数量等は、税金の使途に係る行政の説明責任の観点から、その性質上、開示の要請が高い」、「随意契約を締結する企業側においても、基本的には、単価金額等も開示されることを想定し、これを受忍すべきである」と述べ、国の非開示情報該当性の主張をことごとく排斥して、「単価」「枚数」に関する不開示部分の全てを取り消して、開示決定を義務付けた。判決翌日、松野官房長官は「大変厳しい判決だ」と述べていたが、結局、控訴は出されず、一審にて判決が確定した。
 マスクの単価という基本的情報を開示させるのに3年もかかってしまったが、これは当然に開示されるべき情報が開示されたにすぎず、問題の入り口に立ったにすぎない。本丸は、別件訴訟で争っている業者選定や発注・契約締結経過を明らかにさせるところにある。安倍政権の負の遺産ともいわれ、国民の税金が約500億円も支出されながらその効果も不明なままの政府のアベノマスク事業について、いまだに基本的な資料が出されず、十分な検証がされていないこと自体、異常である。引き続き取り組みを続けていきたい
(弁護団は大阪支部の阪口徳雄、長野真一郎、徳井義幸、坂本団、谷真介 ほか)

 

【特別寄稿】

えん罪日野町事件の2度の再審開始決定を勝ち取った阪原家族の苦難の35年の闘いを讃えたい

救援会滋賀県本部 会長 中 野 善 之 助

1 事件との出会い、家族の苦悩との出会い
 1984年日野町内で酒店を営む女主人が何者かに殺され、手提げ金庫が奪われるという強盗殺人事件が起こった。その3年後、同町内に住み、その酒店の壺入り客であった阪原弘さんが逮捕・起訴され、裁判で無期懲役の刑が確定した。
 その事件の再審を求めて、いつ果てるともしれない苦難の闘いに身を置いてきた阪原弘さんの子どもさんたちに焦点を当てて小稿を書いてみたい。
 私がこの日野町事件に関わったのはかれこれ25年前になる。教員を退職後、救援会の運動に入ったのがきっかけでこの事件の闘いを知った。
 えん罪被害者阪原弘さんの子どもである長男浩さん、長女美津子さん、次女きみ子さんが集会や裁判の度に、お礼を述べ支援を訴える姿を見て非常に私の心を捉える強い感動を覚えた。
 それは3人それぞれの家庭があり、それぞれの人生があるのによくぞ心を合わせて闘っているなという率直な思いである。知ってみるとそれぞれの生活も平坦ではない。
 それぞれが生きていくのに闘わなければならない生活上の事情を抱えている。長女、次女とも小さな子どもを抱えての裁判闘争である。特に長女は岡山県に家庭があり、事あるごとに滋賀県まで出向かなければならない。連れ合いや子どもたちに理解がなければ続く闘いではない。家族の生活を守り、闘うことの両立は厳しい。支援する側の胸が痛むこと度々であった。
2 有罪判決と支援の広がり
 弘さんが逮捕され、起訴され一審有罪の判決が出ると地元では「犯人が捕まりほっとした。」「これでうちの地域に平和が戻る。」という一件落着の空気が広がった。
 「よくしてもらってた人を手にかけた弘は人でなしだ。」という非難の声に家族は地元に居られなくなって、土地・家などすべての財産を処分して住み慣れたふるさとを追われるように離れた。
 この苦難の家族を支え、再審裁判を求めて闘ったのは弁護団、国民救援会は言うまでもないが地元につくられた支援の組織の存在が大きい。
 救援会がえん罪事件として正式支援決定をすると、それに呼応して地元の有志が集まり、なぜこの事件がえん罪なのかを納得がいくまで学習・議論を経て阪原さんの膝元に大きく強力な支援組織が作られた。弘さんの子どもたちが卒業した地元中学校の元校長はじめ元教師たちも支援の輪に加わり、分厚い組織になった。私の経験から見ても、犯人とされた人の地元に支援組織が作られるというのはあまり例が無い。
 弘さんが生まれ育った地元に「弘さんを救おう」という運動組織ができたことが大きな力を発揮した。「弘は犯人でないらしい。」からやがて「えん罪の弘を助けてやってほしい。」という世論に変っていった。地元の運動組織があったからこそ関西の救援会の仲間も地元に入り、住民の皆さんへの署名・対話・事件の情報収集など度々行うことができた。その行動の日には地元救援組織の皆さんが炊き出しのごちそうを用意してくれて、賑やかで元気な支援活動ができた。
 地元の空気の変る中で、阪原きょうだいも地元に入って父の無実を訴え、支援の呼びかけを街頭でできるようになった。ふるさとを追われるように離れざるを得なかった逮捕当時には考え及ばなかった情勢の変化である。
 あるときには地域の中をのぼり旗を持ち、ハンドマイクで訴えて歩くと町内の運動場でゲートボールをしていた数人の人たちが「弘を助けてやってくれ」と数千円ものカンパを寄せてくれたことがある。地域の中に「弘は犯人ではない」という世論が定着してきたと実感する出来事でもあった。
 犯人の身内だという烙印を押され、射るような非難のまなざしを浴びた者でしかわからない屈辱で心をズタズタにされた兄妹を立ち上がらせたのはこの地域の世論の変りようであると私は思う。
 この支援組織を作った人たちをはじめとする地域の人たちの人間性、困っている人に対して支援の手をさしのべる熱い心を持った人たち。これがひしひし感じ取れるこの地域はすばらしいと感じているのは私だけではないと思う。それほど弘さんの生まれ育った地域は心が熱く、魅力がある。
3 無罪確定は遠くない
 検察の最高裁への特別抗告審を勝ち抜き、再審裁判で弘さんの無罪が確定する日が来るのはそう遠くない。その日まで阪原さん遺族とともに元気で歩み続けたいと思っている。
 (注) 阪原弘さんのお子さんのお名前はいずれも仮名。

 

団・日民協共催『死刑制度学習会』を開催しました

刑事・治安警察委員会担当次長  久 保 木 太 一

1 日民協の共催企画 
 自由法曹団では、これまで死刑問題に関する学習会を繰り返し開催し、団内での議論を進めていきました。
 そして、このたび、日本民主法律家協会(日民協)と連携し、死刑制度に関する運動をさらに発展していく方針を決めました。
 その「キックオフイベント」として、3月1日に、団と日民協の共催で死刑制度学習会を団事務所で開催(ZOOM併用)し、盛況に終わりましたので簡潔にご報告いたします。
2 基調講演(新倉修青山学院大学名誉教授)
 基調講演として、日民協の新倉修教授をお招きし、世界死刑廃止会議についてご報告いただきました。
(1) 世界死刑廃止会議inベルリン
 8回世界死刑廃止会議は、昨年11月15日〜18日にベルリンにて開催され、日弁連から元法務大臣の平岡秀夫弁護士を含む4人の弁護士が参加しました。
 新倉教授からは、会議においてテーマの1つになった死刑廃止は国際法上の強行法規(jus cogens)であるという議論を紹介していただきました。
 国連加盟国の中で死刑存置国は18カ国だけであり、その中に日本が含まれています。また、G7で死刑を執行しているのも日本です。世界的に見て日本は後塵を拝しているのですが、日本政府は死刑存置は国内法の問題だと考えているのでしょう。しかし、国際法で禁止されているものを国内法で広めて良いということにはなりません。命を奪わない拷問が強行法規で禁止されているのであれば、当然、命を奪う死刑も強行法規違反であるはずです。
(2) 日本の死刑制度の問題
 日本の死刑制度に関しては、情報公開の面でも大きな問題があります。最近では、「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」の会長である平沢勝栄氏が死刑執行状の開示を求めたところ、拒否がされました。
オウム真理教の松本智津夫の死刑執行に関する資料についても、ほとんどが黒塗りで、情報公開されたとは到底言えないものでした。

 日本政府が言っているのは、文化相対主義と国家主権です。しかし、日本政府の立場は首尾一貫しているわけではありません。
 オーストラリアとの間の円滑化協定では、オーストラリアが自国の軍人が日本で死刑になることを懸念し、交渉が難航しました。結果、一定の場合で日本が裁判権を放棄することになっています。将来的には、オーストラリア以外の国との間でも同様の話になるでしょう。

(3) 現在の日本の議論状況
 憲法学者で死刑制度について議論している人はほとんどいません。
 ただ、最近は、井田良教授をはじめ刑法学者にはめざましい議論がありません。
 日弁連は色々な取り組みをしています。単位会でも、決議を出す単位会が続々増えています。
磐石ではないものの、じわじわと死刑廃止に向かう世論作りは進んでいるのではないでしょうか。
3 討論
 その後、会場にいる団員を中心に討論をしました。その内容を仔細に紹介することはできませんが、比較的人口が多い国が死刑存置国であるという指摘に対して、人口は関係なくあくまでも体制の質なのではないかという議論や、死刑制度と宗教との関係についての議論が行われました。
 また世論調査に関して、生活と密接に関係しない問題については「現状維持」の回答がとられやすいので、たとえば「あなたが新しい国を作るとして、死刑制度を作るかどうか」という質問をすべきではないかという指摘もありました。
 加えて、死刑制度があることによって、死刑判決が予期される被告人の弁護が意思能力を争う精神鑑定のみが争点になってしまい、犯行に至るまでの経緯や原因についての探究がされなくなるというデメリットも指摘されました。
4 終わりに
 最後に、日民協の新屋達之福岡大学教授より閉会の挨拶があり、日本が死刑廃止をしない理由において被害者問題は「仮面」として用いられているが背景には権威主義があると指摘し、死刑制度問題は人権論からだけではなく権力論からも考えていく必要があると訴えました。
 「キックオフイベント」を無事終え、今後は、団と日民協の共同アピールや、次なる学習会企画を実施することなどを検討しています。

 

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