第1814号 6/21

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

~5月集会報告 ②~
■5月集会ハラスメント研修を終えて  千葉 恵子

■労働問題分科会に参加して「何がハラスメントにあたるのか?」 尾﨑 文紀

■事務局交流会の感想  藤井 直子

■はじめてのリアル参加  中井 結

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●マイナー健康保険証問題  莇 立明

●大阪教育集会(2023年6月4日開催)の報告「弁護士が道徳教科書を読んで感じること」(前編)  原野 早知子

●LGBT理解増進法案の成立には反対です②~それは社会の分断をすすめます~  杉島 幸生

●トランスジェンダー差別問題ー陰謀論に惑わされないために(後編)  太田 啓子

●衆議院外務委員会での穀田恵二議員による長射程ミサイルに関する質問(前編)  井上 正信

~追悼~
●岡田克彦さんのご冥福をお祈りする  鶴見 祐策

●東北の山(10) 焼石岳  中野 直樹


 

~ 特集 ② ~ 5月集会報告

 

5月集会ハラスメント研修を終えて

東京支部  千 葉 恵 子

1.5月集会全体会2日目のハラスメント研修、いかがでしたか?
 担当をしました千葉です。
 研修中、研修後、様々な感想、ご意見をいただきました。ありがとうございます。
 中には唐突に感じられた団員もいるかも知れないと思いまして、団通信に企画経緯やハ企画内容に関して投稿することにしました。
2.元団員の深刻なセクハラ加害事件の報道を受け、多くの人がハラスメントを許せないという気持ちや仲間に裏切られたような気持ち、何かできなかったか、という気持ちになったのではないかと思います。私もそうでした。
3.3月常幹ではその問題が議題とされました。議論の中で元団員の件とは別に団の活動において団員による団員に対するハラスメント被害についての問題提起が2件ありました。私は衝撃を受けました。問題提起をした2人の団員はいずれも団の理念を大切に思い、団活動を熱心にやっていたにも関わらず、団活動をする中でハラスメントを受け、しかも周りの人等が適切な対応してくれなかった、そのせいで団活動に支障が出ている等を報告し、今後の対応、対策を望まれていたからです。話を聞いているだけで段々と気持ちが重くなりました。ハラスメント被害の相談を受けた時に間違った対応をした自分の経験から、自分の問題としてこの提起を受け止めなくてはならない、と強く思いました。
 そこで、常幹後に同じ事務所の山田聡美団員に話をして、5月集会、何かやりたい、やらなければ、と本部に企画を持ち込もう!となり、本部に検討してもらうことになりました。
4.4月常幹ではハラスメントの防止やハラスメント被害があった場合の体制の必要性などが確認され、「元団員によるセクシャルハラスメント事案についての団長声明」「ハラスメント防止宣言」「ハラスメント防止対策について(執行部方針)」が出されました。同宣言の3,ハラスメント防止対策についての5には「継続的」「研修」が記載され、5月集会でハラスメント研修が実施されることになりました。
5.山田団員の他に辻田航団員、次長の高橋寛団員が加わってくれて、どういう研修にしたいか、話をしました。
 また、聞ける範囲で団員にハラスメント研修に望む事を聞いたり、福岡弁護士会作成の研修動画をお借りして、参考にさせていただきました。忙しい中、お話聞かせ下さった団員には感謝です。 担当者の話し合いでは、どういう行為がハラスメントとなるかを考えられるように、どうしたらハラスメントが行われた時に周りの人がそれを止められるか、を考えたい、団員全員が自分の問題として考えられるようにしたい、という点を検討していきました。
 当事者がハラスメントをしていると気づかないケースをどうしたら良いか、を考えると、ハラスメントとなり得る行為を暗記するのではなく、理由まで遡って考えたり、相手の気持ちを想像するなどすれば自分で判断を段々と出来ていくのではないかということで、第一部の講義形式で取り組むことにしました。
 また、周りの人がハラスメントを止められるようにする、という目的からは周りの人がハラスメントを止められない理由を考える事で止めるハードルを低くする方法を考えられたら、と思いました。
 こちらはグループディスカッションにした方が率直な意見が出やすくていいのではと思ったのですが、準備期間、担当者の数を考えると実現が難しく、台本を作ってパネルディスカッション形式にすることとしました。
 止められない理由として、行為を受けた人がどう思っているか分からない、ハラスメント言動をする人が指摘を受け入れてくれないのではと思ってしまうなどが考えられて、それはどうしたら克服できるのか、どういうやり方ならハラスメントを指摘された人がその指摘を受け入れやすいか、などを検討しました。
 パネラー役が必要となり、平井事務局長、緒方蘭団員に加わってもらいました。
 研修中に指摘されていた、「きれいだね」の時点でハラスメントでは、という点は企画検討段階でも議論した点でしたが議論してあの事例でとなりました。研修中にその点についてコメント出来れば良かったのですが、時間の関係で出来ませんでした。
 事例にひっかかってしまうことで趣旨が伝えきれなかったとしたら、残念な事なので、説明の仕方の工夫などがあったかと振り返って考えています。
6.色々な感想、ご意見をいただきました。趣旨を理解していただけた感想には嬉しくて、涙が出ました。
 厳しいご意見は今後の研修に役立てられたらと思っています。
 自分の感想としては、5月集会の全体会でハラスメント研修が出来たことはかなり意義があったと思っています。
 また、企画検討の段階で若い団員の考え方に触れる事が出来て、自分の認識も深まったことは、本当によかったです。忙しい中、引き受けてくれた担当者の皆さんには本当に感謝です。
 勇気を持って問題提起をしてくれた団員の思いに応える第一歩となれば、すごく嬉しいです。
7.団員全員がお互いに尊重されている、と感じられ、各人が自分の個性、興味に応じて、能力を十二分に発揮できることは、日本国憲法のもと個人にとって当然の事でありますが、その実現は団の活動を更に豊かにするもので、ひいては社会の進歩につながるものだと思います。
 その実現に向けて、引き続き頑張ります。
 当日の資料台本を団員ページに載せる予定でおりますので、活用いただければと思います。気になる点などはどんどん改良していただいて構いません。そのご経験なども是非団通信などでお知らせ下さい。

 

労働問題分科会に参加して
「何がハラスメントにあたるのか?」

京都支部  尾 﨑 文 紀

1 はじめに 
 私は京都第一法律事務所に所属する弁護士の尾﨑文紀です。今回は、自由法曹団5月集会の2日目労働問題分科会に参加させていただきました。当分科会では、南山大学法学部法律学科教授の緒方桂子先生を講師として職場におけるハラスメントを主題とした学習会が行われました。
 近年ハラスメントは非常に問題となっております。私は、何がハラスメントなのか、個人の主観と時代によって変わるものであり、考えても仕方ないとあきらめている部分がありました。しかし、本分科会を通じて、何がハラスメントにあたるのか、どのように気を付ければよいのかの指針を得られた気がしました。今後の学習について非常に参考にすることができる学習会でありましたので、講師の緒方先生及び分科会関係者の方々にお礼を申し上げます。
2 緒方桂子先生のお話
(1)ハラスメントとは何か
ア 条文の確認
 まずは条文の確認を行いました。セクハラ・パワハラ・マタハラ・育児休業ハラスメント・不利益取扱禁止・差別禁止など、ハラスメントに関する条文は多岐にわたっており、非常にわかりにくい構造になっていました。緒方先生はこれを法的規制の在り方にかかわる問題として、投げかけていました。条文ではカバーしきれないハラスメントも多々存在しており、統一的・網羅的に法律を構成する必要性を感じました。
イ ハラスメントについて
 次に、ハラスメントが許されない根拠について説明がありました。憲法13条に基づく個人の人格尊重を根拠とし、ハラスメントは個人の人格を侵害するものと考えます。その上で、個人の人格を侵害する具体的な行為として、厚生労働省が掲げる職場におけるハラスメント関係指針を示され説明されました。
 当該指針には、暴力等わかりやすくハラスメント以外に、言葉の暴力などの人格を否定する言動も示されていました。問題となるのは、この人格を否定する言動によるハラスメントです。緒方先生は、愛媛大学法学部の笹沼朋子先生の著書を参照し、ハラスメントについて、哲学的用語としての「承認」を利用して説明してくださいました。
ウ 承認とは
 哲学的用語の「承認」とは、人間が他者の人格を自分と同様に自由で独立した存在であると認め、これを尊重することです。そして、当事者間に有形・無形の権力構造が存在し、承認を与える者が、これをはく奪することでハラスメントが生じるとされます。つまり、上司と部下という関係がある職場環境自体がハラスメントを常に生じさせる場であり、このことを自覚する必要があると考えるのです。職場で承認をはく奪するという行為は、例えば、仕事と関係のない「性欲の対象」として見ることや、新人や部下に対し「仕事ができない」と価値観を押し付けたりすることでハラスメントになるのです。また、上司と部下だけでなく「本来共に働く仲間」である同僚から、「一緒に働きたくない」「仕事ができないやつ」と本来あるはずの承認を得られなければ、それはハラスメントになりうるのです。このように、当事者の感じ方だけではなく、その空間が持つ性質がハラスメントに大きい影響を与えていることに納得がいくと共に驚きました。
エ ハラスメント解消への道程
 では、ハラスメントを解消するにはどうしたらよいのでしょうか。上記のとおり、権力構造の存在がハラスメントを生むのであれば、権力構造を解体すればよいと考えられます。そのためにはまず、権力関係の存在を認識し、それがまやかしであって、適切な権力関係を明確化することになります。例えば、年齢が高ければ偉いのでしょうか、役職があれば偉いのでしょうか、男性であれば偉いのでしょうか、そのような権力構造が不適切であると認識することから始まるのだと思いました。
 とはいえ、私も含めて、現在ある権力構造を認識し、適切な権力関係を明確化することは非常に難しく、頭を悩ませるものだと思われます。ハラスメントを根絶させるためには、常に私たちの持つ現在の認識について注意し、認識の歪みの是正に向けた不断の努力が必要であると感じました。
(2)ハラスメントと使用者の関係
 ハラスメントが労働法上の問題として、どこまで使用者に責任追及できるのか、という問題に対し、先生は二つのモデルを提示しました。一つは、当事者モデルであって、職場のハラスメントは個人的なトラブルではなく、経営上の問題が凝結したものであるとの考え方。もう一つは、監督者モデルといって、職場のハラスメントは個人的なトラブルの延長線上にあるとする考え方です。日本では多くの場合監督者モデルであり、問題があると感じられます。
 このため、ハラスメントを規制するシステムが重要になってきます。上記に述べたような包括的なハラスメント・不利益取扱い禁止規定が必要であり、当事者以外の申告や調査期間中の被害労働者への保護なども考える必要があるとの事です。
3 まとめ
 最初に述べたように、私はずっとハラスメントは当事者の問題が強いと思っていました。その指標はどこにもなく、当事者が嫌がったらハラスメント、嫌がらなかったハラスメントではないという考えです。しかし、本分科会で学ぶことで、ハラスメントが単に当事者の問題ではなく、当事者を含む権力的構造の問題であることを知り、自分が権力構造のどの位置に立つかを理解することで、ハラスメントを減らしていくことができると感じました。今後も学習を重ねハラスメントを根絶していきたいと思います。

 

事務局交流会の感想

堺総合法律事務所 事務局 藤 井 直 子

 初めてのリアル参加でした。
 初めての事務局交流会に慣れないZoomで参加した2年前と違い、空間を共有していると、緊張の中にも意見交換のしやすさを感じました。
 スケジュール管理や電話メモにITを取り入れている事務所がほとんどだったことは驚きでした。大阪に戻り弁護士に伝えると、「規模が大きい事務所には効率的かもしれないが、弁護士6人の事務所ではどうなのか」「関東と関西の事務処理(弁護士と担当事務の関係)は違うから(現状でOK)」、との事でした。
 事務局長は法律事務には携わらないというのも、驚いたことの一つです。当事務所は「事務局長」という役職こそないものの、それにあたる人はいて、担当弁護士に関する仕事、いわゆる事務局長が担う仕事、所内の名もなき雑務(特に担当者が決まっていないもの)、対外的な連絡についての窓口、など他にもあらゆることをこなしています。これも関東と関西の違いで、そもそものバランスが異なるのかもしれませんが、法律事務と事務局長の二足のわらじは大丈夫なのかと心配になりました。とはいえお手伝いするほどの余裕もなく、今日も今日とて頼りっぱなしです。この度世話人をしてくださったみなさまも、日常業務のかたわら5月集会のことも取りまとめてくださり、感謝申し上げます。
 最後に、「なかなか切れない依頼者さんからの電話」への対策が聞けてよかったです。試したい場面は5月集会以降既に何度もあるのですが、まだ試せていません。話術の上達とメンタル強化に自信ができた頃、試してみたいと思います。そして今度は「なかなか帰ってくれない依頼者さん」への対策をぜひご教示いただきたいです。

 

はじめてのリアル参加

堺総合法律事務所 事務局 中 井  結

 コロナ禍で前回の5月集会はZOOMでの参加でしたので、リアルでお会いできてとても嬉しかったです。画面越しでは伝わらないその場の空気や熱量を強く感じ、発言のしやすさや、コミュニケーションってこうだったよねと懐かしく感じました。各地の事務局の方々とお会いできて、世界が広がったように思います。
 新人ならではの悩みや着眼点、それをベテランの方々はどう乗り越えてきたのか、今でも悩んでいるなど、経験談をたくさん聞くことができて非常に勉強になりました。また、悩みはどれも共感できるものばかりで、自分だけではないのだと安心しました。
 具体的には、新人が業務で楽しいと感じたことは何かのお話で、「戸籍調査」が圧倒的に多かった点が面白いなと思いました。私も戸籍調査が楽しいので、私だけじゃなかった!わかるわかる!と共感の嵐でした。ベテランの方々が、戸籍調査が楽しいのは新人ならではかもしれないねとおっしゃっていたのが印象的でした。
 電話対応で困った時の対処法や、日常業務で「どうしてその作業が必要なのかを紐づけしながら仕事をすると意味がわかってくる」など、様々なアドバイスをいただけてとても勉強になりました。
 一番驚いた点は、どの事務所もIT化が進んでいたことでした。電話メモがアナログということに非常に驚かれて、東と西の業務体系の違いと合わせてカルチャーショックを受けました。
 他にも、事務所会議をどの時間帯でやっているのか、コロナでお昼ご飯が一緒にとれなくなったなど、自分の環境と同じこともあれば違うこともあり、とても興味深かったです。
 時間が過ぎるのはあっという間で、まだまだ話を聞いていたかったです。今回できた繋がりを大切したいと思います。

 

マイナー健康保険証問題

京都支部  莇  立 明

 これを「個人の医療情報の保護」の問題として、憲法21条の表現の自由、プライバシー侵害の観点から捉えねばならないのではないか。と思っています。
 6月13日の朝日新聞の清水勉弁護士の意見を読んでも、この点がはっきり出ていない感がします。「番号法」9条には、「事業者が特定個人情報を『提供』できるのは社会保障、税、及び災害対策に関する特定の事務のために従業員等の特定個人情報を行政機関等及び健保組合等に提供する場合に限る」としています。また、「番号法」9条(利用範囲)には、4項に「健康保険法第59条1項、3項若しくは4項の事務処理に関して必要とされる他人の個人番号を記載した書面の提出その他利用の事務を行う者は必要の限度で個人番号を利用できる」との規定があります。今回政府はこの番号法を適用できないと判断したのではなかろうか。それで健康保険法63条関係の省令「療養担当規則」の改正に踏み切ったものと思われますが。カルテやレセプトの「医療個人情報」はこれに入れるのは無理との判断があったのではないか。省令で、保険医療機関に対して「マイナー資格確認義務」を課することは、被保険者(患者)の「個人の医療情報」を「必要とされる者」への「提供」を、受診した保険医療機関に事前に放棄させる「同意書」を取得する義務を課することになる、それと同じではないか。

 

大阪教育集会(2023年6月4日開催)の報告「弁護士が道徳教科書を読んで感じること」(前編)

大阪支部  原 野 早 知 子

 子どもと教科書ネット21大阪主催で表題の集会が開催された。
 大阪では2年ほど前から、弁護士有志で中学公民教科書を読む取組をしてきた。今回は、本年検定済みの小学校道徳教科書を読み、弁護士の視点から見た問題点を発表したので、その内容を紹介したい。教科書全部を読むのは大変なので、弁護士の仕事に関わる「規則の尊重」や「自由と責任」の単元を中心にした。
 担当した弁護士は馬越俊佑、原野早知子、遠地靖志、
 藤井恭子、楠晋一の5名である(いずれも団員)。当日の発表は、楠弁護士と原野が行った。
 教科書をめぐる運動では、教科書展示会で意見を届けることや、問題ある教科書の採択を阻止する等の取組が行われている。一方で、実際に教科書を読んでみると、どの教科書が良い悪いというより、「道徳」を教科として成績を付けることや、検定・学習指導要領により教科書の内容が縛られていること自体に対して疑問が生じてくる。
1 弁護士は、道徳に「正解と不正解」があることに違和感を持つ
 弁護士は「適法か違法か」、言い換えれば、「処罰されるかどうか」又は「訴えられたら損害賠償しなければならないか」というレベルでものを見ている。
 一方、道徳は、守らなくてもペナルティーを受けないものの「よりよく」生きるためにどうするかというレベルの問題である。このレベルで、「何が正しいか」は、状況や時代によって様々な選択肢があり、一義的に決まるものではない。しかし、道徳が教科である以上、そこには「正解・不正解」があり、成績評価が行われる。ここに強い違和感がある。
 教科書には「正しいことは、その場で声に出して言う」ことを推奨する教材が目立つ。裏山へ遊びに行こうとする友達に「僕は行かない」と大声で言う(ぽんたとかんた・低学年)等である。しかし、この場合、友達の家族に伝えるといった選択肢も存在しており、「直接声に出して指摘する」ことだけが正解ではないだろう。
 目の前でいじめが起きているような場面では、問題はよりシビアになる。声に出していじめっ子に立ち向かうことができれば立派だが、報復される怖れもある。「声を出すことが唯一の正解」と教えることは、子どもを追い詰めかねない。(なお、少数ながら、いじめられている子に「寄り添う」という選択肢を呈示する教材もある。光村6年「隣る人」)
 「正しく生きる」ことを推奨し、強制することは「正しくないことを許さない」ことにつながる。現実の社会で、人は間違ったり、迷ったりして、その上でやり直すこともよくある。弁護士の仕事のうち、刑事事件の情状弁護や自己破産は、その部分のサポートであり、道徳的な正しさを追及していたらやっていられない部分がある。そして、窮屈なのは決して弁護士に限らないはずである。
2 弁護士は、法と道徳の区別が出来ている教科書が少ない(というか、ほとんど無い)ことが気になる
 現実社会において、法と道徳が混同されていることはままある。筆者は労働法の出張授業に出かけると、担任の先生から「仕事は頑張って続けるように生徒に言って下さい」と言われることがある。これは道徳の命題であり、法律家としては、法の命題である「労働者は辞めたければ退職できる」と伝えなければならない。
 道徳教科書に戻って、「規則の尊重」の教材には、様々な「ルール」が登場するが、「法」レベルと「道徳」レベルのルールが混在し、区別が出来ていないものが大半である。しかし、この区別は法を学ぶ場合の基礎であり、本来教科書は、その違いをこそ教えるべきものであろう。(東書6年「法律って何だろう」は、その中で珍しく、平易な言葉で道徳との違いを説明する教材である。)
 また、弁護士としては、「規則」や「ルール」について勉強するなら、「なぜ、そのきまりがあるのか」を子どもに考えてほしいと思う。ところが、教科書の教材には、単純に「きまりだから守る」というものが目立ち、中には「きまりを守ると気分がいいから」という教材すらある。
 しかし、「きまりだから守る」という観点だけだと、「きまり自体に問題があるのではないか?」という問題意識や、「決まりは手順を踏んで改めることが出来る」という理解を持つことができない。教材の中には、「自分たちでルールを作る、変える」という観点を示すものもあるが(Gakken6年届け!ぼくらの願い)、残念ながら極めて少ない。
 同様に、「やくそくだから守った」と「約束を守る」ことを単純に推奨するかの教材がある。これも「無理があっても、一旦約束したらやり抜け」を「正解」にすれば、ブラック企業の過重労働から抜け出せない思考につながりかねないことが気になる。現実には、労働法や消費者保護法などの現代法は「やくそくだから守る」というルールを修正しているからである。
3 弁護士は、道徳教科書の徳目が旧憲法・教育勅語体制下のままであることに驚く
 道徳の学習指導要領には、学習の基本として内容項目(いわゆる徳目)が列挙されている。ところが、この中には、日本国憲法の三大原則が載っていない。
 人権については、高学年で、「公正、公平、社会正義」と絡めて、人種差別・男女差別・障害者差別などを取り上げる教材があるが、民主主義・平和に関わる教材が極めて少ない。
 民主主義については「規則の尊重」に絡めた教材、平和については「命の大切さ」に絡めての教材が散見される程度である。民主主義と平和主義が徳目に含まれない結果、教科書会社の工夫の範ちゅうで扱うに止まっている。
 学習指導要領の「徳目」は、むしろ廃止されたはずの教育勅語と共通する部分が多い。例えば、「規則の尊重」は「常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ」を受けている。「決まりだから従うべき」という単純な内容をも引き継ぎ、「きまり」の根拠に踏み込まない教材群に結びついているように見える。人権を侵す「きまり」を国民が自ら見直していくという、日本国憲法の原則(基本的人権保障や民主主義)に沿った「ルール」のあり方にはそぐわないものである。
 今回、全社の教科書が、子どももスマホを触る時代を反映し、インターネットの使い方を取り上げた。学習内容が時代に応じ変化するなら、まず、基本の部分を、現在の日本国憲法に見合ったものとすべきではないだろうか。
4 弁護士は、どうせ勉強させるならもっと面白い話を載せて欲しいと思う
 これは弁護士だからというより、個人の感想の面が大きいが、道徳教科書には、編集委員会作のものが多い。最初から結論が見えてしまい、基本的につまらない。
 また、教科書には設問が合わせて載っているが、設問がわかりにくかったり、とんちんかんに感じられるものも多い。
 「道徳」の時間は、文学作品を読んだり、学校生活の出来事を題材にしたりして、子どもたちが考えたり意見を交換することで十分ではないだろうか。
 結局、「道徳は成績をつけ、教科書の内容を検定や学習指導要領で縛るものなのか?」という疑問に再び帰着するのである。制度そのものへの問題提起を続けねばならないということかと思う。(後編へ続く)

※本稿は子どもと教科書全国ネット21のニュースに寄稿した原稿に加筆したもので、同ニュースの記事と重複があることをお断りする。

 

LGBT理解増進法案の成立には反対です②
~それは社会の分断をすすめます~

大阪支部  杉 島 幸 生

1 LGBT理解増進法は社会の分断を生み出しかねません 
 前号では、LGBT理解増進法(増進法)のトランスジェンダーに関する部分について多くの女性たちから不安の声が出されていること、これに対して推進派の一部から差別主義者などの厳しい非難がなされていること、それは社会の分断をすすめるものであって、トランス当事者にとっても望ましくない事態を生み出しかねないことなどを指摘しました。本号ではそれを踏まえたうえで、増進法案の成立で分断がますます進みかねないことを検討したいと思います。
2 理解増進法とは?
 自公、立共社、国維から3つの理解増進法が国会に提出されていますが、その基本的枠組みは同じです。いずれの法案も、まず「目的」「基本理念」にもとづき「基本計画」を定めるとしています。地方公共団体、事業主、学校などは、その「基本計画」への協力を求められ、政府がその実施状況を調査し、数年ごとに「基本計画」の見直しが行われます。さらに「基本計画」を実効あるものとするために関連各省横断の「理解増進連絡会議」を設置するとされています。この枠組みからすれば、増進法がどのように運用されるのかは、「基本計画」次第ということになります。そして、その「基本計画」の枠組みは、「目的」や「基本理念」に拘束されるのですから、結局は、「目的」や「基本理念」が、どのような社会を目指しているのかが決定的に重要だということになります。しかし、もともとは超党派議連案としてつくられた立共社案を見ても、「基本理念」に「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されないものであるとの認識の下、相互 に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資する」とあるだけで、どのような社会を目指すのかの具体的なイメージをつかむことはできません(この点は、自公案、国維案も大差はありません)。結局、それは「性自認を理由とする差別は許されない」という文言の解釈次第ということになります(本稿では、LGBについての検討は省きます)。
3 増進法はなにを理解させようとしているのか
 それでは増進法は、どのような社会をめざし、その理解を増進させようとしているのでしょうか。多くの人が男女の性別は生物学的に決定されていると考えていると思います。これは自然科学上の知見とも私たちの日常的な生活体験とも合致するごく常識的な考え方です。この考え方からすれば、生物学的な性別を変更することはできないのですから、トランスジェンダーへの理解増進とは、自分の性を女性だと認識している男性、男性だと認識している女性の存在を認め、身体の違いを前提に、そうした人として社会が受けとめることへの理解を求めるということになるかと思います。ここからは、身体の違いにもとづく合理的な区別については、トラスジェンダーについても当てはまるということになります。これに対し推進派は、男女の性別は、その性自認によって決定されるとしています。身体の状態がどうであれ、性自認が女性であれば女性、男性であれば男性なのですから、原理的には身体の違いにもとづく区別という発想は否定されます。この立場からは、トランス女性を女性、トランス男性を男性と認め受け入れることが理解増進だということなります。
 増進法には「性自認を理由とする差別は許されない」との文言はありますが、「身体」という言葉はなく、身体の違いから生じる女性たちの困難(例えば性被害)、それへの抵抗から女性たちが得てきた権利(女性専用スペースや女子スポーツなど)との調整という視点もありません。こうしたことからすれば、増進法は後者の立場にたっていると解釈するのが自然です。また増進法は「差別は許されない」としながらその定義規定を置いていません。ここからは、「男女の性別は生物学的に決定されている」との考え方や、そうした考え方にもとづく施策や女性たちの権利との調整を求めることが「差別」だとされ、そうした考え方を否定することが理解増進だと位置づけられかねません。
4 理念法だと軽視することはできません
 増進法は理念法だから法制定により社会のあり方が突然に変わることはないと言う人がいます。確かにそのとおりです。しかし、突然ではなくても、徐々には変わっていきます。そうでないと増進法を制定する意味がありません。増進法ができれば、基本計画にもとづいた条例が各地で制定されていきます。身体の違いを軽視した性自認にもとづく処遇が公共施設で求められたり、そのことに疑問を入れる市民の言動を差別的だとして規制したり、啓発の名のもとに特定の考え方を市民や職員に押しつけるというようなことは充分にありえます。条例には罰則をつけることができますからその影響は甚大です。トイレをめぐってトランス女性と女性たちとの板挟みになる事業主もでてきます。この事業主には、それを受け入れるように女性従業員たちに理解を求めることが要請されます。当然それに反発する女性たちもでてきます。しかし、労使の力関係からすれば女性たちは沈黙するしかありません。また男女の性は性自認によって決まるという考え方を受け入れることが学校教育の課題とされていきます。そうなれば、それを受け入れることのできない自分は差別者なのだと思い悩む子どもたちも生まれてきます。第二次性徴による身体の変化への不安が、身体と性自認の不一致としてとりあげられ誤った処遇を受ける子どもたちがでてくるかもしれません。政府は理解増進がどのように進んだのかを調査し、数年ごとに「基本計画」の改定をしなければなりません。それにより問題はさらに複雑化していきます。現時点ではこれは推測です。しかし、ありえないことではありません。少なくとも今の増進法案を見る限り、こうしたことが起こらない保証はどこにもありません。理念法だからと軽視することはできません。
5 増進法は大きな武器となります。
 トランス女性活動家の中には、トランス女性があらゆる女性専用スペースを利用できるのは当然のことであると主張しそれを求める人たちもいます。女性専用スペースへの侵入を成果として発信するトランス女性もたくさんいます。私が推進派なら、その願いを実現するために増進法を活用することを必ず考えます。裁判はそのための有効な手段です。たとえ、すぐには目的を実現することができなくても、そうした運動の成果をもとに、政府に対して「基本計画」の改定を、地方公共団体に対して条例化を求める運動を行います。増進法がある以上自治体もその要求をむげにはできません。これまで私たち法律家は、たとえ不充分な法律であってもそれを活用して権利の拡充を求める活動を様々な分野で行ってきました。増進法だけが、そうした使われ方をしないと考える方がどうかしています。推進派にとって増進法は大きな武器となります。
6 それは社会の分断をすすめます
 増進法は、私たちにその性別観(それは人間観でもあります)の転換を求めるものなのですから丁寧なうえにも丁寧な議論が必要です。社会としてどちらの性別観を選択するのか、個人の性別観との調整をどうするのか。本来であれば審議会を設定し数年かけて国民的な議論をすべき課題です。ところが現在の国会状況をみると成立ありきの姿勢が目立ち、落ち着いた議論を期待することはできそうにありません。女性たちの不安の声も無視されそうな気配です。それは女性たちを孤立化させます。私にはそれ自体が社会の分断に思えます。男女の性別は性自認によって決定されるという推進派(増進法)の考え方は、身体という動かしがたい事実を軽視し、私たちの日常的な生活体験とも合致しないものであって、長続きするとは思えません。それを前提とした施策は、遅かれ早かれ社会の大きな反発を生み出すことでしょう。LGBT先進国と言われる諸国ではすでにそうなっています。日本がそうならない保証はありません。そのとき推進派が、増進法を根拠に、差別だ、トンラスヘイトだ、増進法違反だとして、その声を押さえつけようとすれば、さらなる反発と分断を生み出します。それは普通の市民として普通に生きたいと願うトランス当事者にとっても不幸なことです。今ならまだ間に合います。いったん立ち止まり、トランスジェンダーと、そうではない人たちが、ともに生きる社会とはどういうものなのか、私たちはどういう社会をめざすのかを丁寧に議論することがぜひとも必要です。                   

 

トランスジェンダー差別問題
ー 陰謀論に惑わされないために(後編)

神奈川支部  太 田 啓 子

1 差別的言説への処方箋として-当事者のリアルを知るための資料 
 あらゆる差別は無知に根差している。陰謀論に基づく差別的言説に対抗するためには、学ぶことと、学んで理解したことを更に拡散することである。参考資料をいくつか紹介したい。
 トランスジェンダー当事者は人口の約0.5%程度とされ(2020年埼玉県調査 ※1)、カミングアウトしている当事者は更に少ないのだから、身近にトランスジェンダーの知人がいないという人が大半だ。
 このため「知らないからこそ現実からかけ離れたイメージを膨らませてしまい、誤解が拡散してしまうのではないか」という問題意識から当事者らが作成した無料冊子「トランスジェンダーのリアル」(※2)は、まさに「リアル」を知るために非常に優れている。ここには、「自分は男性の体に生まれてきたけれど、自分のことを女性と思っているから当然女性トイレを使いたい」などという声とかけはなれた、当事者のリアルな声がある。周囲から見とがめられるのを恐れ、その時の自分と場所の状況を踏まえて最もトラブルが起きなそうなトイレ利用を模索し、自分の体に対する複雑な葛藤を抱きながら社会と折り合いをつけようとし続けているのが当事者のリアルである。
 このような点について、法律実務家の立場から書いた、トランスジェンダー女性である仲岡しゅん弁護士の論考(※3)は必読である。理解できるまで、何度でも読まれるべき論考だと思う。
 耳慣れない用語説明含めた基本的解説としては、「トランス101.jp はじめてのトランスジェンダー」というサイト(※4)が秀逸である。また、典型的にみられる差別的論法をパターンごとに明解に論じる「トランスジェンダリズム(性自認至上主義)」とは?【トランスジェンダーと陰謀論①】(※5)も是非お勧めしたい。関東弁護士連合会の 報告書 「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる-人権保障のため私たちひとりひとりが何をすべきか」(※6)は、トランスジェンダー当事者が色々な生活の場面で抱える諸問題について網羅した大作である。医療面、労働面、刑事収容施設での処遇等、トランスジェンダーでない者は気にしたことがないような深刻な壁に当事者がひとつひとつぶつかり、葛藤していることをよく理解することができる。トイレ、風呂などの陰謀論がいかに当事者の苦しみを矮小化する言説であるかもよくわかる。
2  「対話が重要」論について
 「トランス女性の処遇について対話を重ね、社会的合意を形成することが重要だ」などという意見を聞くことがある。この「対話が重要」論の問題について短く触れておきたい。
 一般論として、異なる意見を持つ者どうしが議論と対話を重ね、社会的合意形成を模索することの意義を否定するものではない。しかし議論をするのであれば、最低限、トランスジェンダー当事者のリアルについて基本的な状況認識を正しく持ち、陰謀論的な差別的言説の誤りを理解していなければならない。
 陰謀論的な差別的言説を持っている者がトランスジェンダー当事者やアライに対して「対話」を求め続けることは、単なる、差別的態度への忍従の強制にすぎない。このような弁護士の態度も最近見る機会があったので、注意喚起しておきたい。紹介した資料などを読み、当事者の声に学ぶことが重要である。
※1 埼玉県 多様性を尊重する共生社会づくりに関する調査
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0001/news/page/2020/0219-02.html

※2 無料冊子「トランスジェンダーのリアル」を広めよう
https://tgbooklet.wordpress.com/

※3  法律実務の現場から「TERF」論争を考える(前後編) 仲岡しゅん弁護士
https://wan.or.jp/article/show/9099#gsc.tab=0

※4 トランス101.jp はじめてのトランスジェンダー
https://trans101.jp/

※5 「トランスジェンダリズム(性自認至上主義)」とは?【トランスジェンダーと陰謀論】
https://cinemandrake.com/transgenderism-conspiracy-theory1

※6 「性別違和・性別不合があっても安心して暮らせる社会をつくる-人権保障のため私たちひとりひとりが何をすべきか」(2021年度関東弁護士連合会シンポジウム報告書)
http://www.kanto-ba.org/symposium/detail/r3.html

 

衆議院外務委員会での穀田恵二議員による長射程ミサイルに関する質問(前編)

広島支部  井 上 正 信

1 2023年6月1日付けしんぶん赤旗2面で、衆議院外務委員会での穀田恵二議員による、防衛省内部文書を使った質問の記事が掲載されています。記事を見た私は穀田議員事務所へお願いし、穀田議員が使用した防衛省内部文書を送ってもらいました。穀田議員による委員会質疑の趣旨は、南西諸島に能力向上型12式地対艦ミサイルを配備して、長射程火力戦闘を行うのではないかということです。
 文書は、①防衛省2023年1月作成「勝連駐屯地への地対艦誘導弾部隊の配置について」、②2018年10月2日陸上幕僚監部作成「平成30年度学校長等会議及び防衛大臣直轄部隊長会同における統幕施策説明」、③2018年11月「第3回将来の防衛力検討会議資料②陸上自衛隊の将来体制」、④2018年12月防衛省作成「自衛隊の体制・装備」(安全保障と防衛力に関する懇談会12月配布資料)で構成されています。
2 ①文書は、23年度内(2024年3月末まで)に、陸自勝連分屯地へ12式地対艦ミサイル部隊を配備することにつき、防衛省が地元うるま市へ説明し際の資料です。うるま市の陸自勝連分屯地への12式対艦ミサイル部隊配備問題では地元で強い反対運動がありながら、防衛省は一貫して地元住民への説明を拒否し、うるま市への説明に止めています。
 ③の文書は、30大綱策定のために防衛省内に設置された「将来の防衛力検討会議」第3回会議に配布されたものです。④の文書は30大綱策定のため官邸内に設置した有識者会議の第6回か第7回会議で配布されたもので、官邸HPで公表されていた有識者会議の公表資料には含まれていない非公開資料です。
 ②の文書の作成時期から、これも1か月後に閣議決定される30大綱の内容を先取り的に踏まえた陸自の施策を説明する資料です。
 ですから、①を除けば、いずれも近いうちに閣議決定される30大綱での陸自の施策を説明していると見てよいでしょう。
3 ①文書は、全国の陸自対艦ミサイル部隊の配備状況が一目でわかる資料です。現在北海道を含めて全国に5個の地対艦ミサイル連隊があり、勝連分屯地に12式地対艦ミサイル部隊を配備したうえで、南西諸島へ配備している12式地対艦ミサイル部隊を組織した第7地対艦ミサイル連隊として、その連隊本部を勝連分屯地へ置くというものです。
 ちなみに、安保三文書の一つ防衛力整備計画の別表では、地対艦ミサイル連隊を現有5個連隊から7個連隊に増やす計画で、勝連分屯地に置かれる第7地対艦ミサイル連隊は新設されるものの一つになります。
 これを見れば、12式地対艦ミサイル部隊が熊本の西部方面隊に置かれた第5地対艦ミサイル連隊と南西諸島へ配備されていること、その他の対艦ミサイル連隊には12式よりも一つ旧式の88対艦ミサイル部隊であることが分かります。陸自西部方面部隊、とりわけ第8師団と水陸機動団は南西諸島での戦闘の際に機動展開される部隊です。
 このことは、防衛省、陸自が南西諸島の防衛態勢をいかに重視しているかが分かります。
4 ②文書は、30大綱で計画している陸自南西諸島防衛態勢を示しているものです。この時点では与那国島へ配備された沿岸監視部隊(2016年配備)だけですが、30大綱により、奄美大島を含む南西諸島(宮古島、石垣島)へ12式地対艦ミサイル部隊を配備する計画であることを示しています。2019年に奄美大島と宮古島へ配備され、2023年3月には石垣島へ配備されました。
 この文書の中の「将来の我が国防衛における陸上防衛力の役割」と題するイメージ図は2018年10月の作成でありながら、現在の防衛態勢を示しています。南西諸島有事には日本全土から陸自部隊が機動展開する、水陸機動団が離島奪還作戦を行う、有事になる前から日米共同で展開訓練、共同乗艦による抑止体制を強化する(柔軟抑止選択‐FDOの意味i)、平素からの部隊配置による抑止(南西諸島への陸自部隊-対艦、対空ミサイル部隊と普通科部隊の配備)、併せて全国の重要防護施設、海自・空自・米軍の作戦基盤等を防衛・警備する、南西諸島での長射程火力戦闘を行うなどの作戦構想が描かれています。これらの作戦構想は全体として領域横断作戦として取り組むことが示されています。
 右肩には「役割を拡大」として領土から海・空域・電磁波・サイバー・宇宙領域まで陸自の役割を拡大することを示しており、伝統的に陸上での戦闘を任務としてきた陸自が、陸以外の戦闘領域でも統合された戦闘行動を行うのが領域横断作戦の意味です。これが30大綱の主要な内容となっています。
5 ③文書は、30大綱策定のため防衛省内に設置された「将来の防衛力検討会議」の第3回会議資料の一つです。30大綱策定に向けて,首相への諮問機関として有識者懇談会(安全保障と防衛力に関する懇談会)が官邸内に設置され、審議内容の概要が公表されています。防衛省内の検討会議の内容はいわばブラックボックスのようなもので、比ゆ的に言えば、有識者会議が表の顔であれば、検討会議が裏の顔になります。
 現在の12式地対艦ミサイルの配備は2017年度から始まっていますが、2018年に30大綱を策定する過程で、ミサイルの射程を伸延することが計画されていたことになります。
 防衛省が2023年4月11日に作成した「スタンド・オフ防衛能力に関する事業の進捗状況について」によると、地上発射型の12式地対艦ミサイルの能力向上型(射程約1000キロに伸延)は2026年、2027年度に納入される予定です。
 南西諸島の住民が、陸自駐屯地に能力向上型12式地対艦ミサイルが配備され、南西諸島が敵の標的になるのではないかと懸念し、那覇防衛局に質問しても、那覇防衛局はこれをどこに配備するか決定していないと答えるだけでした。
 穀田議員の質問もこの点に焦点を当てています。防衛省の答弁はまだ配備場所は決定していないと、「とぼけた」返答を繰り返しています。しかし、射程が1000キロの地対艦ミサイルによる敵基地攻撃を行なおうとすれば、ミサイルの配備場所は南西諸島の島嶼部と九州北部しか考えられません。それ以外の場所からは「敵基地攻撃」は不可能です。
 ③文書には、「長射程火力戦闘機能の整備・強化を通じた南西地域における抑止・対処体制の充実」と記されており、文書②のイメージ図も南西諸島の島嶼部で長射程火力戦闘を行うものになっています。
 長射程火力戦闘の意味につき、穀田議員の質問に防衛省は、長距離ミサイルを用いた作戦行動だと答えています。文書②のイメージ図では、長射程火力戦闘として敵基地攻撃ではなく、敵の艦船を攻撃するものになっています。これは当たり前の話で、2018年当時には未だ敵基地攻撃能力保有の政策決定をしていないからです。安保三文書で反撃能力を保有し、これを行使すると決定したことや、反撃能力の手段として能力向上型12式地対艦ミサイルも挙げられているので、現在からこのイメージ図を見れば、南西諸島の島嶼部から中国本土へ敵基地攻撃をすることになることはあきらかです。
6 ④文書は、官邸内に設置された「安全保障と防衛力に関する懇談会」の12月開催の会議で防衛省から提出された配布資料になります。
 実は私は30大綱を分析した際には、この懇談会の第1回から第7回までの議事内容、議事要旨、配布資料を官邸HPからすべてをダウンロードしていました。ところが私がダウンロードした文書の中には、④文書がありませんでした。公表された懇談会の資料以外にも非公表資料があることを初めて知る機会にもなりました。
 ④文書の中に「長射程火力戦闘機能の強化」との項目があり、高速滑空弾の整備、SSM(12式地対艦ミサイルの意味)、中SAM(陸自中距離対空ミサイルの意味)の長射程化を挙げています。
 先ほどの防衛省作成の「スタンド・オフ防衛能力の関する事業の進捗状況について」によれば、12式ミサイル能力向上型の開発は2021年度から始まっています。
 なぜ2021年度からか?2020年12月18日菅内閣の閣議決定で、スタンド・オフ防衛能力の強化、12式ミサイルの能力向上型の開発を行うとしたからです。この中には、12式ミサイルを地発型だけではなく、空発型、艦発型も開発することを決定しています。
中SAMは、2917年度から取得配備が始まっていますが、2018年12月作成の④文書では射程伸延の計画が示されています。防衛省が作成した中SAMの能力向上型の開発計画によれば、2023年度から開発を進めます。中SAM能力向上型は、新型短距離弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイル(HGV)への対処も可能になるとしています。
 ちなみに、④文書の内容は4年後に策定された安保三文書の内容をかなり具体的に述べていることも分かります。(後編へ続く)

i) 柔軟に選択される抑止措置(Flexible Deterrent Options FDOと略)
 米軍が採用している作戦概念。新日米防衛協力の指針(2015.4)において、初めて日米の軍事的合意となる。「Ⅳ日本の平和及び安全の切れ目のない確保」において、平時から緊急事態までのいかなる段階でも切れ目のない形で、同盟調整メカニズムを活用して、(日米の軍事的共同により‐井上記)日本の平和と安全を確保するための措置をとると述べ、政府全体に亘る同盟調整メカニズムを活用する目的の一つに「柔軟に選択された抑止措置(中略)の方法を立案すること」を挙げている。FDOは新日米防衛協力の指針において、日米の共同軍事行動における重要な作戦概念として位置付けられている。
 30大綱「Ⅲ我が国の防衛の基本方針」の「1我が国自身の防衛体制の強化」の中の「(3)防衛力が果たすべき役割」の「ア平時からグレーゾーン事態への対応」において記述(10頁)、「2日米同盟の強化」の中の「(1)日米同盟の抑止力及び対処力の強化」において、(日米間で)各種の運用協力及び政策調整を一層深化させるとし、特に重要な領域の一つに「日米共同による柔軟に選択された抑止措置」を記述(13頁)するなど、30大綱(2018年12月閣議決定)においても、重要な防衛概念として位置づけられている。
 「柔軟に選択された抑止措置」(FDO)とは、米統合参謀本部作戦文書によると、「相手に適切なシグナルを与え、相手の行動を抑止するために事前に綿密に調整・計画された選択肢」「危機の切迫に際し、大規模紛争を回避するために相手に段階的な圧力を加える選択肢として意思決定者に提供されるとともに、FDOを実施して状況を解明しつつ、相手の意図や能力に関する情報も収集する。」と説明されている。
 国際紛争が軍事的緊張にまで深刻化したさいに、相手の軍事的行動に対して、対抗的な軍事的措置をとりながら相手を抑止し、事態の深刻化を防止するというものだが、一歩間違えば軍事的な挑発となりかねず、本格的な武力紛争に発展するリスクもあると思われる。比ゆ的に言えば「チキンレース」だ。

 

~追悼~岡田克彦団員(東京支部)
岡田克彦さんのご冥福をお祈りする。

東京支部  鶴 見 祐 策

 岡田克彦さんとは思えば長いお付き合いだった。
 昨年10月の末ごろと思う。会合の席で遠くから挨拶を交わしたが、笑顔を返されたご本人は元気なご様とその時はお見受けした。
 その後に私自身が再入院で闘病の毎日を過ごす間のご逝去らしい。久しぶりに事務所に出勤した5月半ば過ぎになって、私は、弁護士会から届いていた連絡を見ることで、そのことを知った。
 同時に一緒に取り組んできた「裁判所速記官制度を守る会」の奥田正副会長からもお便りをいただいた。添えられた奥田さんの弔意文も読ませていただいたが、運動を進めるうえで岡田さんが果たされた業績が記述され余すところない。「守る会」の正式名称は「裁判所速記官制度を守り、司法の充実・強化を求める会」だが、設立に際して岡田さんが「守る会」では「労働運動になりかねない、運動の方向性を見据えれば、速記官制度の維持・充実・発展が司法の充実・強化のために必要だとの観点を踏まえるべきと主張され、現在の名称に決まりました」と記されている。
 岡田さんと私とは個別の裁判でご一緒した経験には恵まれなかったが、旬報事務所を舞台とする多彩なご活躍には早い時期から知ることができた。その岡田さんが最高裁の企てに怒りを燃やし「弱音を口にすることもなく笑顔で誠実に黙々と取り組まれていた姿」に私自身も大いに励まされてきた。
 心からお礼を申し上げるとともに岡田さんのご冥福をお祈りする。

 

東北の山(10) 焼石岳

 神奈川支部  中 野 直 樹

緊急事態宣言
 2020年春、新型コロナウイルス・パンデミックがまたたくまに世界を覆い、4月7日に東京、神奈川をはじめ6都道府県に緊急事態宣言が出され、4月16日には全国が対象となった。山や渓は三密とは無縁な環境だが、登山口、林道はどこもかしこもロープが張られ、車の駐車をシャットアウトする事態となった。この時期の手帳を見返すと、ほとんどの予定に×が付けられている。
 5月25日に宣言は全国で解除されたが、都県を越えた不要不急の移動はひかえることが強調されていた。
奥の細道・岩手の旅
 1689年、芭蕉一行は一関に宿をとり、平泉に足をのばして、藤原三代の栄華と滅亡、この地で果てたと言われている源義経に思いをはせたであろう「夏草や兵どもが夢の跡」を詠んだ。また中尊寺が朽ちている有様に触れて「五月雨の降り残してや光堂」と表した。心象風景を詠んだものだ。この中尊寺は文化財として蘇り世界遺産となっている。
 芭蕉はここから北上せず一関に戻ってもう1泊した後、仙台藩の岩出山から鳴子峡の尿前の関を経て、出羽の国(最上藩)に向かった。この関あたりで作ったのが「蚤虱馬の尿する枕元」である。
尿前(しとまえ)
 平泉の西側、秋田県との県境になっているのが焼石連峰である。ハイマツと残雪を背景にハクサンイチゲの白花が一面に咲いている写真がJR東日本の観光ポスターに使われている。その魅力にひかれて6月12日6時、国道397から、胆沢ダムに注ぐ尿前沢の林道に入り、中沼登山口へ向かおうとした。
 この尿前沢には94年に釣りに入ったことがある。当時、「しとまえ」との読み名も難しいこの名の記憶から、芭蕉の辿った道かと思ったが、それは勘違いだった。この渓沿いの林道を車で上ると湿原があった。そこから本流に注ぐ枝沢を下りながら竿を差すと岩魚が4~5尾釣れた。ところが、本流はゴーロ(岩場)の険谷で、ザイルをもった沢屋でないと遡行は無理で早々に撤退したのだった。
予定狂い
 さて、その林道の入口で、上から次々と車が下ってくるので発進できない。すぐわきで止まった車の運転者に何があったのか尋ねたところ、中沼登山口の駐車場が満車で止められないので、みんなつぶ沼キャンプ場の駐車場に移動しているとのことだった。
 私も車の方向を変えつぶ沼駐車場に向かった。つぶ沼駐車場は広くゆとりをもって駐車できた。ここの標高は440mであり、中沼登山口より約300m低いし、登山道の距離も長い。隣に止めた車の男性は、帰着が17時頃になるのではないか、と言う。
大不調
 気を取り直して支度をし、6時50分に出発した。ブナの若葉が見ている間にも伸びていくような息吹を全身に感じながら、快調に歩き始めた、はずだった。ところがいつもの自分のリズムと違う。ゆるやかな道なのにすぐ息があがり、やたら汗が出てきてやまない。どんどん追い抜かれた。これまでの山歩きでは経験しない異変だった。気分が悪くなり胃液がこみ上げてきた。どうなっているんだ。途中で幾度も引き返そうかと弱気になった。
 それでも右手に流れる金山沢の徒渉のときの休憩で少し持ち直した。標高970mの岳山を越えると樹間から瑠璃色の石沼が見えた。その先は、道端にシラネアオイの群生が迎えてくれた。いつ見ても淡いピンクのこの花は気品がある。9時、中沼コースとの分岐のところに残雪の壁があり、その手前に小ぶりな水芭蕉とリュウキンカの黄色花が並んで春を告げていた。
 あえぎあえぎ雪の壁を越えると水芭蕉の小道となった。木道歩きの目線の高さに瑞々しい青葉の回廊ができ、目には忙しく、身体には休みの口実となった。9時30分、銀明水避難小屋に着いた。コースターム2時間20分のところ、2時間40分要したことになる。
 銀名水を力水にして残雪に一歩、また一歩と足をのせた。
見惚れる
 それは、10時40分に姥石平分岐にさしかったときに、パッと目の前に現れた。緩やかな傾斜一面がハクサンイチゲ(白山一花)、チングルマの白花の絨毯になっていた。そこに鮮やかなピンクの花が白に埋没しないで彩を発揮している。ミヤマシオガマだ。広大な花園上方には、ハイマツの深い緑の中に残雪が腕の良い庭師の技によるごとく配置されており、自然の造形の見事さにただ感嘆するばかりであった。花畑はゆるやかに下りハクサンイチゲの花が地平線をつくり、そのはるか下方に北上川が望まれた。
 これが見たくてやってきたのだ。
 頭頂部には円周の散策コースがあり右回りに周回した。写真を撮るポイントが多く忙しい。12時、焼石岳山頂(1547m)に着いた。閉じこもりから開放された人々の笑顔が満ちていた。私は、一応ランチタイムとして腰をおろしたが、食欲がなく、小さなパン2個をかじっただけだった。
 12時30分下山開始し、15時半頃に駐車場に到着。夏日の気温となり、出だしからバテてしまった苦行の1日が終わった。同じころ出発した隣の車の方も帰着した。持参してきた昼用のおにぎり2個を車に忘れ非常食のチョコでしのいだこと、ここに4~5回登っているが今日のような見事な花盛りは初めてだ、とのごくろうさん話をしていた。ハクサンイチゲの盛りが終わると別の花種に衣替えをし、東北のトップクラスの花の山は夏を迎える。

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