2023年2月21日、『国民の自主申告権を阻害する税務相談停止命令制度の創設等に反対する意見書』を発表しました

カテゴリ:市民・消費者,意見書

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国民の自主申告権を阻害する税務相談停止命令制度の創設等に反対する意見書

 

2023年2月21日

自  由  法  曹  団
団 長 岩 田 研 二 郎

第1 はじめに
 第211回通常国会に提出予定である税理士法「改正」案において、税務相談停止命令制度(以下「本件停止命令制度」という)が創設されるとの報道がなされた。同制度の原型である税制大綱の内容やその法文案を踏まえると、本件停止命令制度は、「申告納税」という現代の税制・税法の原則を揺るがす制度であり、その法文自体にも多くの問題が内包されている。
 自由法曹団は、かかる本件停止命令制度の問題点を以下のとおり明らかにし、自由と民主主義を守る法律家団体として、緊急に意見書を発表することとした。

第2 意見の趣旨
 第211回通常国会提出予定の税理士法「改正案」において新設が予定される税務相談停止命令制度を定めた第54条の2およびこれと関連する第55条3項等の条項は削除し、廃案とすべきである。

第3 意見の理由

1 停止命令制度創設と税務分野での国民主権の破壊
⑴ 我が国は、戦後の民主改革の一環として、明治政府以来行われてきた賦課納税制度を廃し、申告納税制度を導入した。申告納税制度とは、行政の処分によって税額が確定されるのではなく、国民が、自ら税務署へ所得等の申告を行うことにより税額が確定し、これを納付すべき税額は納税者の申告により確定することを原則とした。この原則の意味するところは、税制度という国家制度自体に対して、国民が主権者として主体的に関わるという国民主権の税制分野での発現に他ならず、非常に重要なものである(国民が主権者として、自らが主権者として運営する国家の徴税を行うために、自らの申告という行為によって、納税義務を確定させるという意味で、まさに国民自らが主権の発露として国家運営の一翼を担うということに他ならない)。
 ⑵ かかる申告納税制度を維持する前提には、国民一人一人が税務申告を理解し、正しく申告手続を行う知識と経験を備えることが不可欠である。しかしながら、誰しもが、そうした知識や経験を最初から独力で得ることができるわけではない。申告納税制度を採用した背景には、当然に、主権者としての国民の税務申告の知識や経験の醸成が期待されており、その実現のためには国民同士での知識や経験の共有は不可欠である。国民主権の発現としての申告納税制度は、主権者である国民同士での「自主記帳」「自主計算」「自主申告」及び、そのための「助け合い・教え合い」を前提としており、それらは、国民が主権者として権限を行使するための権利として保障されなければならない。
⑶ ところで、現行税理士法は、有償無償を問わず、「税務代理」・「税務書類の作成」・「税務相談」を業としておこなうことは原則として税理士および税理士法人に限るとし、あたかも税理士を徴税機関の一環かのように位置づけ、徴税強化、統制につながりかねない規定を定めている。それに違反する行為に懲役刑や罰金刑の刑罰を科す規定に対しては、制限的・限定的な解釈適用が必要であることが刑法学者からも指摘されているところである。これに加えて、本件停止命令制度を設けるとすれば、さらなる税務相談の独占化を招き、税理士等でない者の税務相談を刑罰をもって徹底して禁止することになりかねない。
 この法文の建てつけは、①税理士又は税理士法人でない者が税金に関する相談を行えば、停止命令の対象となり得ること、②その中で、財務大臣が「措置」をとる必要があると認めたものについて、実際に停止命令を行うことができるというものである。つまり、法文上は、税理士又は税理士法人でない者の税金に関する相談は原則的には禁止されることとなると読める。
 そうすると、本件停止命令制度は、主権者国民同士での「自主記帳」「自主計算」「自主申告」、及び、そのための「助け合い・教え合い」の機会を奪うことになり、戦後の税法・税制の申告納税原則の前提を奪い、同制度を否定するものに他ならない。これは、国民主権の発現たる申告納税制度の否定そのものであり、本件停止命令制度は、税務分野での国民主権の破壊に他ならず、許されるものではない。
 ⑷ 以上の通り、本件停止命令制度は、戦後の税法・税制度の基本原則をないがしろにする重大な改変と言え、国民主権を脅かす重要な問題である。それにもかかわらず、現在の議論では、このような重大問題であることが看過されており、このまま同制度が創設されることは断じて許されない。

2 規制立法としての問題
 以上の問題と同時に、本法案は、規制立法としても、看過できない問題を内包している。
 ⑴ 規制対象があまりにも過度に広汎であること
ア 対象の過度な広汎性
 上記にも記載した通り、法文上、客観的な要件としては、税理士又は税理士法人でない者が行う税務相談については、有償無償を問わず、いかなる相談も停止命令の対象となりうる。これは、これまで歴史的に税金の相談を行い、自主申告のための知識や経験を共有してきた同業者団体内部での相談等や後援会の支援者などの市民の相談役として各種相談に応じてきた国会議員、地方議員や秘書などの関係者による相談対応も規制の対象となる。さらには、法文上、家族や友人、知人関係での個人のつながりによる相談もこの要件には当てはまり禁止されることとなる。
 財務省の担当者は、本法案提出の背景として、「コンサルタントを名乗り、SNSやインターネットでセミナーを開き、不特定多数に脱税や不正還付の方法を指南して手数料を取るなどの事例が散見される。納税義務の適正な実現に重大な影響を及ぼす相談活動を防止するための措置が必要」と説明するが、そうであれば「有償での税務相談」ないし「営利目的による税務相談」に限定すれば足りるところ、本法案にはそのような限定すら付されていない。弁護士法第72条が「報酬を得る目的で」の無資格者の法律事務を禁止していることと比較しても、有償無償を問わないあらゆる税務相談を規制対象とする合理性は全く認められない。
 また停止命令の違反には刑罰が予定されているところ、およそ問題とすべきでない相談をも法文上、停止命令の対象となる可能性があるような法文の定めは、不利益処分を前提とした規制立法として過度に広汎にすぎ、憲法31条に違反する。
イ 対象選別の恣意性
 法文上、税理士又は税理士法人でない者が行う税務相談のうち、停止命令を行うか否かは、「財務大臣が…更に反復してその税務相談が行われることにより、不正に国税若しくは地方税の賦課若しくは徴収を免れさせ、又は不正に国税若しくは地方税の還付を受けさせることによる納税義務の適正な実現に重大な影響を及ぼすことを防止するため緊急に措置をとる必要があると認める」という要件となっており、財務大臣に必要性の判断について広い裁量を認めることとなっている。とりわけ法文上で「緊急に措置をとる必要があるとき」とせず、「(財務大臣が)・・緊急に措置をとる必要があると認めるとき」として、財務大臣の裁量(要件裁量)を許していることはたいへん危険である。
 このような広い裁量を認める要件では、規制権限の暴走の歯止めとなることはできず、時の財務大臣の恣意的な運用を可能とし、税務相談停止という重大な不利益処分の根拠規定として許されるものではない。
ウ 不利益が不相当に甚大であること
 本件停止命令制度において予定される主な不利益は、①インターネット上及び官報での公開、②国税庁長官は命令発出のための調査、③違反した場合には1年以下の懲役または100万円以下の罰金の刑罰である。
 刑罰や調査がなされることが不利益であることは言うまでもないが、さらにそれに加えて、命令がなされた時点でインターネットへ公開されるということの不利益は甚大である。すなわち、現代においてインターネット(特にSNS等)の持つ影響力は計り知れない。インターネット上での公開は、瞬時に拡散することが可能であり、場合によっては自動的にデータベース化され公開される危険もある。さらに一度広がった情報の拡散を止めることは困難である上に、一つ一つを削除したとしても、その情報を根絶することはできない。
 停止命令を受けたということは、当該団体や個人における社会的な評価を一気に貶める。上記の通り、法文上、停止命令自体は、主観的な要件をもって恣意的になされる危険があるところ、事後的に「措置をとる必要」がないことが明らかになったとしても、一度公開されてしまえば、その情報を取り消すことはできず、名誉を回復することは著しく困難であるし、団体であればその存続自体危ぶまれる。さらには、いわゆるネットリンチや私刑といった被害を発生させることも考えられ、停止命令の要件の緩やかさに比して、そのもたらす不利益は甚大である。
 停止命令の要件を見る限り、停止命令はあくまでも予防的措置であることは明らかである。それにもかかわらず、停止命令の時点でそのような不利益を科すことは相当性を欠く。
 さらに、当該停止命令の事実の公表に対する不服申立の制度が想定されていない。上記のとおり財務大臣の裁量によって判断がなされうるところ、当該停止命令の事実を公表された当該団体及び個人は、迅速な被害回復の方法がないこととなり、この点も憲法31条の適正手続の要請に照らし、極めて問題である(特に、財務大臣の誤った判断により当該事実が公表された場合に不服申立がなしえないことの損害は極めて重大なものとなる)。
 ⑵ 以上の通り、本件停止命令制度は、規制立法として看過できない問題を内包し、同制度の成立は断じて許されるものではない。

3 結語
 申告納税制度は、戦後日本が民主主義国家と生まれ変わるにあたり、税法分野における主権在民を体現する制度である。その制度の根幹をないがしろにする本件停止命令制度の創設は断固として許されてはならない。また、同制度の制度設計自体が規制立法として多くの問題を内包するものであり、その意味においても本件停止命令制度は廃案としなければならない。

以上

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