2020年4月16日付、「拙速な民事裁判手続のIT化の動きに懸念を表し、国民の裁判を受ける権利に十分に配慮した慎重な議論・検討を求める決議」を採択しました

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拙速な民事裁判手続のIT化の動きに懸念を表し、国民の裁判を受ける権利に十分に配慮した慎重な議論・検討を求める決議

1 2018年3月30日、内閣官房に設置された「裁判手続等のIT化検討会」は、「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ-『3つのe』の実現に向けて-」を発表した。また、2月21日に開かれた法制審議会総会では、民事裁判手続等のIT化の諮問が行われており、今年4月以降民事訴訟法部会での実質審議を経て、早ければ2022年中の民事訴訟法の改正を求めるとの報道もある。
 この法制審部会での審議は、上記IT化検討会の議論を踏まえて設置された公益社団法人商事法務研究会の民事裁判手続等IT研究会(以下、「研究会」という。)が2019年12月に取りまとめた報告書(以下、「報告書」という。)に基づき行われるという。すでにフェーズⅠ(現行法下でのWeb会議・テレビ会議等の運用)として、高裁所在地の地裁本庁(東京地裁は21か部、大阪地裁は12か部)と知財高裁に加え、今年5月からは、横浜、千葉、さいたま、京都、神戸の各地裁本庁で、双方不出頭のWeb会議手続が開始され、以後、順次拡大されるという。
 また、今後、法改正とともにフェーズⅡ(新法に基づく弁論・争点整理等の運用)、フェーズⅢ(オンラインでの申立て等の運用)と段階的に民事裁判手続のIT化が進められる計画となっている。

2 IT技術の発展に伴い、国民の裁判を受ける権利をより充実させる見地から、司法の分野においてもIT化の導入を検討・議論すべき時期にさしかかっていること自体を否定するものではない。
 しかし、これまでの上記IT化検討会や研究会の議論は、「未来投資戦略2017」(2017年6月閣議決定)で指摘される「迅速かつ効率的な裁判の実現を図る」という企業活動のしやすさを確保する見地から、IT技術に成熟した企業や司法を担う法曹の「利便性」を重視する形での議論が先行している傾向にあり、情報技術・IT機器に成熟していない国民が自ら裁判によって救済を受ける機会の保障に関する議論が不十分である。
 民事裁判手続の改変は国民の「裁判を受ける権利」に直結する。そのため、民事裁判手続のIT化を検討するにあたっては、国民にとって、憲法上保障される「裁判を受ける権利」に資する改変であるかどうかが第一に重視されるべきである。
 世界銀行が毎年発表する“Doing Business”2017年度版によれば、わが国の「裁判手続の自動化(IT化)」の順位は、先進国(OECD加盟国35か国)中23位であり,政府は,2020年までに「裁判手続の自動化(IT化)」を含むビジネス環境ランキングで3位以内を目指すことを明らかにしているが、間違っても、わが国の司法のITレベルが国際的に低位にあるとの指摘に誘発された政府主導のビジネス環境ランキングを上げる目的の企業本位の議論に引っ張られるような拙速な改変であってはならない。

3 民事裁判手続のIT化に際し、何より慎重に検討されるべき問題は、このIT化に対応できない(情報技術・機器を有さない)国民の裁判を受ける機会(特に本人訴訟)をどのように保障するのかである。
 報告書を受け、裁判所や弁護士会では、裁判手続に関するサポートの充実の議論を進めているようであるが、サポートが充実したからといって、国民の裁判を受ける権利を後退させて良い理由にはならない。情報テクノロジー(IT)の壁の外側の国民の「裁判を受ける権利」の行使を困難もしくは萎縮させ、実質的に情報テクノロジー(IT)の使用を強制するような制度設計は許されない。
 民事裁判手続のIT化は現行制度の補完的役割を担う併存的選択肢にとどめるべきであり、強制によって実現されるべきものではない。

4 さらに、強制との観点でいえば、訴えのオンライン申立の問題もある。報告書は、甲案(オンライン申立を原則義務化する考え方)、乙案(オンライン申立を士業者に限り義務化する考え方)、及び丙案(オンライン申立を任意とする考え方)を列挙した上で、丙案からスタートし、段階的に義務化(甲案)の実現を目指すとしているとしている。
 しかし、段階的とはいえ義務化(甲案)の実現を目標設定としている時点で、ITに成熟していない国民の「裁判を受ける権利」の行使が制約を受けることを軽視していると言わざるを得ない。
 そもそも、真に民事裁判手続のIT化が多くの者の利便性に資する制度であるならば、義務化をせずとも、必然的に利用者は増えていく。そのメリットをより充実させることで、利用者の多くがオンライン申立を選択するようになることは想像に難くない。例えばオンライン申請を認めている登記手続は従来の窓口申請も併存させているし、司法におけるIT制度の先進の例としてあげられる大韓民国でもオンライン申立を義務化する制度になっていないが、実際にはいずれもオンラインの申請・申立が広く利用されている。義務化は必要ないのである。
 にもかかわらず、わが国で民事裁判手続のIT化に関し、義務化を伴う制度設計が提起される背景には、低位にあるとされるわが国の司法のITレベルを、急激に引き上げたいという政府=行政側の思惑があるからというほかない。

5 また、民事裁判手続のIT化が、憲法82条の定める裁判の公開原則を弱める懸念もある。
 憲法82条は「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行う。」と定める。この「対審」は、裁判手続の核心的部分を構成し、裁判官の面前で、口頭でそれぞれの主張をたたかわせることをいうとされる。そして、直接主義、口頭主義が要求されるのは「裁判官の面前で」であり、パソコン画面を通してではない。
 もとより、昨今の特に民事裁判は、書面による審理が中心となり、法廷での直接主義、口頭主義が軽視される傾向にある。しかし、書面に表われる事実が全てとは限らない。私たちは、事件の被害者や国民の生の声を裁判官に届けることで、画期的な判決に至った事例をいくつも経験してきている。効率化、迅速化が重視される事件がある他方で、直接的に裁判官の心証に働きかけて、慎重な判断を求めることが必要な事件も多い。
 民事裁判手続のIT化は、こういった国民の多様な要請に対応すべく、国民の選択肢の1つとして提供される制度であるべきである。間違っても、義務化を伴う制度とされるべきではないし、IT化された手続を原則とする必要もない。

6 民事裁判手続のIT化については、他にも送達のシステムや濫用的な申立の防止、Web会議を利用した証人尋問の是非といった意見の対立の激しい課題が多く存在する。
 また、こういった各論の問題だけでなく、事件屋や非弁活動の暗躍に対する懸念、支部・地方の軽視と本庁・大都市への事件集中による地域住民の裁判を受ける権利への懸念など、本質的・総論的議論もまだ十分に尽くされていない。
 これらは本来、司法を担う法曹において、経験に基づく個別具体的な問題点を抽出し、国民の裁判を受ける権利に資するかどうかの観点から、慎重に議論・検討されるべき課題である。

7 そして、民事裁判手続のIT化は、慎重な議論・検討を経て、国民の裁判を受ける権利に資すると判断される制度から順次導入を進めていけば足りる。1度の法改正で全面的な制度改変を実現する必要はない。
 少なくとも、法改正の必要がないという理由で、双方不出頭のWeb会議手続を導入したという現在のIT化の動きは拙速というほかない。
 自由法曹団は、拙速な議論で進められている民事裁判手続のIT化の動きに懸念を表するとともに、国民の裁判を受ける権利に十分に配慮した慎重な議論・検討を求める。

 

2020年4月18日

自  由  法  曹  団
団長 吉  田  健  一


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