2025年10月20日、「労働基準法における「労働者」に関する研究会において、 労働者保護に向けた公正な議論を求める決議」

カテゴリ:労働,決議

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労働基準法における「労働者」に関する研究会において、労働者保護に向けた公正な議論を求める決議

 

1 「労働者」概念の重要性
 労働基準法(以下「労基法」という)の最大の存在意義は、合意によっても下回ることのできない基準を法定することで、経済力や交渉力の面で使用者に劣後する労働者を、劣悪な条件で労働を強いられることから保護することにある。この労基法の適用(保護)を受けるためには、同法における「労働者」に該当する必要があり、これに該当しなければ、同法の保護を受けられない。
 したがって、「労働者」に該当するか否かは、同法による保護を受けるか否かを決する極めて重要な問題であり、本来「労働者」として同法の保護を受けるべき者が取りこぼされることは決してあってはならない。
 先般、厚労省内に、労働基準法上の「労働者」に関する研究会(以下「研究会」という)が発足し、法改正を含めた、同法の「労働者」をめぐる議論が開始された。自由法曹団としては、以下に述べるように、近年、「労働者」該当性についての不当な司法判断が相次いでいることなどを踏まえ、研究会において、労働者保護のための法改正に向けた、公正な議論がなされることを求める次第である。

2 就労実体を見ない不当判決
 上述のとおり、労基法の最大の存在意義は、使用者と労働者の経済力・交渉力の格差により、労働者が不利な条件での合意を強いられることから、契約自由の原則を修正し、労働者を保護しようという点にある。にもかかわらず、契約の名称や契約内容によって、「労働者」の該当性を除外できるとするのであれば、それはすなわち、労基法の適用を、合意によって除外できることを、正面から認めることとなる。これは、強行法規性を以て契約自由の原則を修正し、労働者の保護を図るという労基法の存在意義を完全に没却する結果となる。したがって、契約の名称や合意内容等の形式的な事情によって、「労働者」該当性を判断することは、「労働者」該当性の解釈ないし適用として、本質を誤るものである。
 したがって、少なくとも、契約当事者本人が直接労務を提供する契約における、当該労務提供者の「労働者」該当性は、形式的な契約の名称や契約内容ではなく、就労・労務提供の実態から、客観的に判断されなければならない。
 しかしながら、今般、東京地裁判や大阪地裁において、本来労働基準法上の「労働者」もしくは労働契約法上の「労働者」に該当してしかるべき事例において、契約内容等の形式的事情を重視して、不当に「労働者」該当性を否定する判断が相次いだ。
 例えば、東京地裁は、2025年7月10日、ホテルの支配人・副支配人の労基法上の労働者性が問題となった事案で、同人らに一定の時間的・場所的拘束が生じていたということができると認めながらも、「被告が原告らに業務の遂行を指揮監督する必要によるものではなく、本件委託契約の内容又はホテルの運営業務という業務の性質から生ずるものであると解される。したがって、原告らに上記のような一定の時間的・場所的拘束が生ずることをもって使用者の労働者に対する指揮監督関係を基礎付けるものということはきない。」などと「契約の内容」や「業務の性質」という形式論を重視して、労働者性を否定する判断を行った。 
 「契約の内容」や、そこで合意された「業務の性質」という形式論を持ち出して、就労・労務提供の実態を軽視し、指揮監督関係を否定することは、本来のあるべき「労働者」該当性の判断からかけ離れる不当な判断である。
 研究会においても、委員から、近年の労働者性についての裁判所の判断を疑問視する発言もなされているところである。

3 労働法規を潜脱する契約形式の悪用事案が散見されること 
 自由法曹団員は、日頃、実態は労基法・労契法上の労働者として扱われるべきであるのに、請負、業務委託の形式の就労者の相談を多数受けている。その業種は、物流、サービス(ホテル、美容室・理容室等)、塾講師、学校の講師など多種多様である。また、労働契約から請負・業務委託への切り替え事案もある。
 これらの事案を通じて、労働法規を潜脱する請負、業務委託などの契約形式の悪用事案がいかに多いか、その解決までに時間がかかることから、労働者が裁判等の法的解決手段に出ることを断念したり、あるいは、裁判手続に出たとしても、低額の解決内容を受け入れざるを得ないケースが多く存在することも痛感している。

4 研究会で労働者性の推定規定を含めた労働者保護のための議論こそが求められる
 このような状況で、労働基準法上の「労働者」に該当すべき者が、確実に「労働者」として保護を得られるよう、法制度を整備することが急務である。
 また、近年、デジタル社会の急速な進展にともない、勤務場所や、指揮命令の受け方などが従来と異なる多種多様な働き方が増えており、昭和60年の労基研報告における判断要素を機械的に当てはめるだけでは適切な解決を図れないような事案も増加している。
 以上より、自由法曹団は、研究会において、就労者の労基法の「労働者」性の判断にあたって、客観的な就労・労務提供の実態から判断することをさらに推し進め、「労働者」として保護されるべき者が確実に保護されるよう、国外の法制度なども参考にして、適切な推定規定及び立証責任の転換を設けることなどを含め、労働者保護のための公正な議論がなされることを、強く求めるものである。

 

2025年10月20日

自 由 法 曹 団
2025年茨城・筑波山総会

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