2020年10月21日、法律家6団体「菅内閣総理大臣による日本学術会議の会員候補者の任命拒否に強く抗議し、日本学術会議法に則って会員候補者全員の任命を求める声明」

カテゴリ:声明,憲法・平和

菅内閣総理大臣による日本学術会議の会員候補者の任命拒否に強く抗議し、

日本学術会議法に則って会員候補者全員の任命を求める声明

2020年10月21日

改憲問題対策法律家6団体連絡会            

社会文化法律センター   共同代表理事 宮里 邦雄

自由法曹団            団長 吉田 健一

青年法律家協会弁護士学者合同部会 議長 上野  格

日本国際法律家協会        会長 大熊 政一

日本反核法律家協会        会長 佐々木猛也

日本民主法律家協会       理事長 新倉  修

 

 2020年10月1日、菅義偉内閣総理大臣は、日本学術会議が新会員として推薦した105名の科学者のうち、6名の任命を拒否した。その後、日本学術会議及び多くの市民の要求にもかかわらず、菅総理大臣は任命拒否の理由を明らかにしていない。
 私たちは、菅総理大臣に対し、違法・違憲な本任命拒否について強く抗議するとともに、日本学術会議法に則って会員候補者105名全員の任命を行うことで違法状態を解消することを求める。

第1 内閣総理大臣の任命拒否は日本学術会議法に違反すること

1 日本学術会議は、「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、科学者の総意の下に」、1948年、「わが国の科学者の内外に対する代表機関」として、「科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的」(日本学術会議法2条。以下単に「法」という場合がある。)として設置された機関である。学術会議は、政府から「独立して」職務を行う(法3条)ものとされ、政府に対し、種々の勧告をする権限を有している(法5条)。
 日本学術会議が、政府からの独立を保障されていることから、会員の任命は、「優れた研究又は業績がある科学者」という基準に基づいて、日本学術会議が推薦し(法17条)、この「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(法7条2項)とされていて、内閣総理大臣の任命権は、形式的なものであって裁量は認められていない。このことは、1983年改正の国会審議でも、中曽根康弘総理大臣や政府委員から、「総理大臣の任命は形式的なものであって、会員の任命を左右するものではない」と繰り返し答弁されていることからも、また、今回の任命拒否までは、日本学術会議の推薦する候補者がすべて任命されてきている運用からも明らかである。
 さらに、法は、内閣総理大臣は、会員から病気等の理由により退職の申出があった場合にも、「学術会議の同意」がなければ辞職を承認することができないと定め(法25条)、さらに会員に不適当な行為があった場合ですら、「学術会議の申出」に基づかなければ会員を退職させることができないと定めている(法26条)。これらの規定からも、内閣総理大臣には誰を学術会議の会員とするかについて実質的な判断権がないことは、明らかである。
2 日本学術会議が独立性を保障されている特別の機関で、内閣総理大臣の任命権が形式的なもので裁量の余地がないことは、日本学術会議が、「内閣総理大臣の所轄とする」(法1条2項)とされていることからも明らかである。すなわち、「所轄」は、「統括」と明確に区別され、一般の省庁が「内閣の統括の下」(国家行政組織法1条・2条)に置かれ、内閣の指揮監督を受けるのに対し、人事院や公正取引委員会、日本学術会議など、独立性を保障された組織の場合には、内閣又は内閣総理大臣の「所轄」とされ、内閣または内閣総理大臣の直接の指揮監督を受けないものとされる。1983年の法改正の際に、総理府(当時)が作成した「日本学術会議関係想定問答」(1983年5月2日付)にも、「内閣総理大臣は所轄機関である日本学術会議に対し、いかなる権限を有するのか。」の問に対し、「内閣総理大臣は、日本学術会議の職務に対し指揮監督権を持っていない。」と明確に述べられている。
3 以上より、菅内閣総理大臣による新会員候補者6名の任命拒否は、日本学術会議法3条、7条2項、17条に明確に違反する違法行為である。

第2 内閣総理大臣の任命拒否は憲法の保障する学問の自由(憲法23条)に違反すること
1 日本国憲法23条が、思想及び良心の自由(憲法19条)や表現の自由(憲法21条)とは別に「学問の自由」を明文で保障したのは、1913年の沢柳事件、1933年の滝川事件、1935年の天皇機関説事件など、学問の自由の侵害が、市民一人一人の思想・良心の自由をはじめとした精神的自由の侵害・剥奪に帰結し、最終的に、無謀な侵略戦争による国内外での無数の悲劇を招いた歴史の痛苦の教訓に基づいている。滝川事件に抗議して京都大学の教授を辞職した末川博は、戦後、日本学術会議の創設メンバーとなるが、学問の自由の封殺は、国民が真実を知り、政府を批判することを封じることになると振り返り、警告を発している。
 戦前の歴史的経験に対する反省から生まれた学問の自由の保障(憲法23条)は、真理を探求するうえで要求される学問の自律性、特に政治権力からの学問への介入・干渉を防ぐことをその核心とする。この自律性は、個々の科学者・研究者に対してだけでなく、科学者の自律的集団(大学・学会・研究会など)に対しても保障される必要がある。日本学術会議もまた戦前の反省に基づき、日本国憲法施行の翌年である1948年に、「わが国の科学者の内外に対する代表機関」(法2条)として設立された学者の国会と言われる機関である。政治権力との関係における自律性は、「大学の自治」と同様に、憲法23条によって保障される。
2 このことは、1983年選挙制から推薦制へ変更する同法改正案の審議において、当時の中曽根康弘総理大臣が、「学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と答弁したことによって確認されている(1983年5月12日 参議院文教委員会)。1983年以前の当選証書の交付が総理大臣の任命に形式上置き換えられただけであって、国会議員選挙当選者に対して選挙管理委員会が当選証書の交付を拒否できないのと同様に、総理大臣は会員の任命を拒否できないことを確認したのである。学術会議の自律性を保障するために総理大臣の任命権が形式的なもの、裁量のないものとされたことが、推薦制が採用されてから一貫しているとみるべきである。
3 以上より、菅内閣総理大臣による6名の任命拒否は、学問の自由(憲法23条)で保障された日本学術会議の自律性を侵害した点で、憲法23条に反し、違憲である。

第3 憲法15条1項・65条・72条は任命拒否を正当化しないこと
1 任命拒否が問題化した後、政府は、平成30年11月13日付の内閣府日本学術会議事務局が作成した内部文書を公表した。
同文書には、
①   日本学術会議が内閣総理大臣の所轄の下の国の行政機関であることから、憲法第65条及び第72条の規定の趣旨に照らし、内閣総理大臣は、会員の任命権者として、日本学術会議に人事を通じて一定の監督権を行使することができるものであると考えられること
②   憲法第15条第1項の規定に明らかにされているところの公務員の終局的任命権が国民にあるという国民主権の原理からすれば任命権者たる内閣総理大臣が、会員の任命について国民及び国会に対して責任を負えるものでなければならないことからすれば、内閣総理大臣に、日学法第17条による推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えないと考えられること、と記述されている。
 しかし、以下のとおり、同文書の見解は憲法及び日本学術会議法の解釈を誤っており、憲法15条1項・65条・72条は本任命拒否を正当化するものではない。
2 まず①の点であるが、日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄の下の国の行政機関ではあるが、内閣府設置法第40条3項で「別に法律の定めるところにより内閣府に置かれる特別の機関」とされ、その別の法律とは、日本学術会議法であり、内閣総理大臣の任命権は、前述したとおり同法が認める範囲内で認められる形式的なものに過ぎない。行政機関一般に対する監督権限が認められるとする政府の説明は、日本学術会議法の存在を否定するに等しい。また、内閣総理大臣の「所轄」とされていることから、日本学術会議が、内閣総理大臣の指揮監督を受けないことは、前述したとおりである。
3 次に②の点であるが、憲法15条1項は、あらゆる公務員の終局的な選定・罷免権が国民にあるという国民主権の原理を表明した規定であって、内閣総理大臣に公務員の任免権を与えた規定ではないことは異論の余地はない。
 憲法が任免権者を規定した公務員(内閣総理大臣、裁判官など)以外の任免権をどのように具体化するかは、国民主権の原則の下で、公務の種類・性質に応じて、全国民の代表である国会議員により法律によって決定すべきことである。そして、前述したとおり、国民は、日本学術会議法7条2項、17条を通じて、会員の選定を日本学術会議に付託しているのであって、内閣総理大臣に付託してはいない。また、国民は日本学術会議法26条を通じて、その罷免の権利を日本学術会議に付託しているのであって、内閣総理大臣に付託してはいない。
 したがって、憲法15条1項及び日本学術会議法によれば、日本学術会議の推薦に従って会員を任命することこそが内閣総理大臣の国民及び国会に対する責任の内容であり、憲法15条1項から任命に関する内閣総理大臣の裁量を導くことは不可能である。
4 以上のとおり、上記内部文書①②の内容は、いずれも憲法の基本的解釈を誤るものであるばかりか、1983年国会答弁等の政府見解から読み取ることもおよそ不可能なものであり、むしろこれまでの政府見解に真っ向から反するものである。

第4 任命拒否に抗議し105名全員の任命を求める
 菅内閣総理大臣は、拒否の理由と経緯を説明せよ
 以上のように、菅総理大臣による6名の任命拒否は違法・違憲であり、99名しか任命されていない現在、日本学術会議は、210人の会員をもって組織すると規定した法7条1項に違反する違法状態である。また、菅総理大臣は任命拒否の理由を未だに明らかにしようとしない。
 今回の任命拒否は、単に学術の分野における政治の介入にとどまる問題ではなく、政府による一般市民の思想・信条の自由、表現の自由など精神的自由権全般への広範な侵害へとつながる危険を持つきわめて重大な問題である。私たちは、菅内閣総理大臣に対し、違法・違憲な任命拒否について強く抗議し、再発防止のために任命拒否の理由と経緯を明らかにすることと、法に従って日本学術会議推薦の105名全員を任命して違法状態を解消することを、強く求めるものである。

以上


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