2021年1月20日付、『「コロナ特措法」、「感染症法」等に新たな罰則規定を設けるなどして、措置を強制することに反対する』声明を発表しました

カテゴリ:声明,憲法・平和

「コロナ特措法」、「感染症法」等に新たな罰則規定を設けるなどして、措置を強制することに反対する声明

 

2021年1月20日  

自  由  法  曹  団
団長 吉  田  健  一

1 コロナ特措法及び感染症法への新たな罰則の導入

 政府・与党は、新型コロナウイルス感染症対策として、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「コロナ特措法」という)、及び「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という)等の改定案を今通常国会に提出する予定であるが、これまでに示された政府与党案の方向性は,新たな罰則規定を設ける等、下記に述べる通り看過できない重大な問題があり、この改定に強く反対する。

 (1) コロナ特措法改定の方向性

  ① 緊急事態宣言のもとで,特に必要がある場合に各都道府県知事が各種施設の営業時間短縮や利用制限等の「指示」ができるとする現行法45条3項の「指示」を「命令」にしたうえで,「命令」に違反した事業者に対し「50万円以下の過料」を科すものとし,

  ② 緊急事態宣言に至らない段階であっても,一定の場合に首相が「まん延防止等重点措置」をとることができ,この「重点措置」がとられる場合にも各都道府県知事は事業者に対し営業時間の短縮の「要請」ができるものとし,正当な理由なく「要請」に応じない場合に「命令」を発することができるものとし,「命令」を行った際に必要があると認めるときは事業者名を公表することができ、「命令」に違反した事業者に対し「30万円以下の過料」を科すことができる規定を新設する

ことをその内容としている。

 (2) 感染症法改定の方向性

  ① 都道府県知事による宿泊療養・自宅療養の協力要請規定を設け,要請に応じない場合には入院勧告ができることとし,入院措置に違反した場合は、「1年以下の懲役、または100万円以下
   の罰金」を科し

  ② 積極的疫学調査に応じない場合に「50万円以下の罰金」を科すこと、

  ③ 国や知事が医療機関に医療関係者民間等の検査機関への患者受け入れを勧告できるとされ、勧告に応じない場合、医療機関名を公表することができる

  ことをその内容としている。

 (3) このように両者とも、罰則や公表という強権的手段により、政府等の措置を強制できるようにすることにその主眼をおいている。

 

2 コロナ特措法改定の方向性は感染拡大抑止策として合理性を欠く

 (1) まず,コロナ特措法については、緊急事態宣言の発出が「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし,又はそのおそれがある」(法32条1項)というきわめて抽象的な要件に基づくものであり,対象とされる地域の選定基準や期間の設定の理由も十分明らかにされておらず、また,宣言の解除の要件も明らかではない。

 今回の緊急事態宣言の再発出についても,対象地域が1都3県であったのが5日後に7府県を追加されており,いかなる基準で対象地域が決定されているのか明らかにされておらず,また,今回の定められた「緊急事態措置」の対象が飲食店及び遊興施設等に対する営業時間短縮の要請に限定されているのか,さらに,遊興施設等についてもパチンコ店,ゲームセンター等が除外されているのかについても判然としない。

 このように必ずしも根拠や基準が明確でない施策について、行政に一方的に命令する権限を与え、さらに罰則や公表という強権的手段を用いて強制することは,行政の恣意的な判断によって行政罰の対象とされる措置が定められることにもなりかねないものであって,行政手続における適正手続の保障に悖るものと言わざるを得ない。

 とりわけ,コロナ特措法では政府対策本部長に首相を充てることとされているが(法16条1項),政府対策本部長は「緊急事態宣言」発出した際に,国会に報告することとされているにとどまり(法32条1項),国民の権利自由を制限することが可能となる宣言の発出について,行政機関の判断の妥当性を国民の代表機関である国会におけるチェックする仕組みがないこと自体,コロナ特措法の欠陥であると言わざるを得ない。かかる欠陥法に行政罰とはいえ国民に対する制裁規定を新たに設けること自体,到底,許されるものではない。

 (2) 実際のところ、現在の時短要請に応じられていない事業者は、倒産や廃業の危機に直面しており、要請に従いたくても従えないというのが大半であろう。この中で求められるのは、時短や休業に伴う減収分を行政が適切に支援、補償し、安心できる環境を整備することである。

 これをせずに、罰則や公表で有無をいわさず強制することは憲法13条、22条、25条、29条に反するものといわなければならない。今回、時短要請に応じた事業者への支援につき「必要な措置を効果的に講ずる」とされているが、その「支援」の内容は何ら明らかにされておらず、これまで政府が極めて不十分な「支援策」しか講じてこなかったことからしても、十分な支援策が担保されているとは到底いえない。

 新型コロナウイルス感染拡大を防止する取組みを実効あるものとするためには、国民に対し制裁や公表という不利益を科すことではなく,感染拡大防止措置によって生じる事業者や労働者の損失を最小限に抑える措置が講じることこそが必要なのである。

 

3 感染症法改定の方向性は,深刻な人権侵害を招来する危険が大きい

 (1) 感染症法は、「過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要」「患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保」(前文)するとの認識に基づき、感染症に対する諸施策は「感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進される」(法2条)ことを基本理念としている。こうした基本理念からすれば、感染症の制御は国民の理解と協力によるべきであり、入院強制や検査・情報提供の義務に刑事罰を用いて強制することは、これに真っ向から反するものである。

 例えば、入院措置を拒否するには、これによって就労や家庭での役割等自らの社会的役割の喪失や、周囲からの偏見・差別を恐れるなどの理由が考えられるのであり、現に感染者や治療にあたる医療従事者への差別・偏見が報じられている。こうした状況を無視し、個人にのみ責任を負わせることは、同法2条に反し、感染者の人権を不当に侵害する恐れがある。

 (2) また,刑罰を科すことによって、それを恐れるあまり、検査結果を隠したり、検査を受け控えることを誘発し、その結果、かえって感染状況の把握自体が困難になりかねない。さらに罰則を伴う強制は国民に恐怖や不安、差別を惹起することに繋がり、感染症対策として不可欠な国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れは大きく、感染症対策としてもデメリットをもたらすものといわざるを得ない。

 医療機関が積極的に患者を受け入れることができないのは、それが可能となるような経済的援助(経営的支援、必要な設備の確保など)や医療スタッフの確保等医療供給体制の整備が整わないことが一因である。こうしたことに対する援助を行わないまま、勧告に応じない医療機関を公表することによって、医療機関のみに責任を押しつけることは許されない。まずは、医療機関が患者を受け入れることが可能となる施策が先行すべきであることは明らかである。

 

4 コロナ特措法及び感染症法への新たな罰則の導入に反対する

 このように、今回のコロナ特措法、感染症法を改定して、新たな罰則等による強制手段を設けることは、政府が本来行なわなければならない施策をサボタージュしたまま、その責任を事業者や患者、医療機関に押しつけるものであって、断じて容認することはできない。のみならず、警察や行政権力が市民生活に過度に介入することを許容し、監視社会、密告社会となっていかざるを得ないのであり、これらの罰則規定を設けることには、到底看過することのできない重大な問題がある。

 そもそも罰則等は国民の人権を強度に制約するものであるから、正当な行政目的の実現のための必要最小限度のものでなければならないが(厳格な合理性の基準)、これまで述べてきたことから明らかなように、今回の法改定により新たな罰則を設けることは目的達成のための合理性を欠き、過度に人権を侵害することになり、前述の通り、憲法13条、22条、25条、29条等に反するものである。

 自由法曹団は、コロナ特措法、感染症法を改定して、新たな罰則等を設けることに強く反対する。

以上


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