2021年8月27日付、「岡口判事に対する訴追及び職務執行停止決定に抗議し、裁判官の独立の保障を求める声明」を発表しました

カテゴリ:司法,声明,憲法・平和

岡口判事に対する訴追及び職務執行停止決定に抗議し、裁判官の独立の保障を求める声明

2021年8月27日

自  由  法  曹  団

団長 吉  田  健  一

 

1 国会の裁判官訴追委員会は、本年616日、岡口基一判事(以下「岡口判事」という)について、裁判官弾劾裁判所に対し罷免を求め訴追し、これを受理した裁判官弾劾裁判所は、本年729日、岡口判事の職務を停止する決定をした。これらは、いずれも憲法の保障する裁判官の独立を侵害するものであり、自由法曹団は裁判官訴追委員会、及び裁判官弾劾裁判所に対し、厳重に抗議する。

2 憲法は「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職務を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定め(憲法763項)、裁判官の独立を保障すると共に、それを実効あるものとするため、強い身分保障を定めている。そのため、裁判官は、心身の故障のために職務をとることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない(憲法78条前段)。弾劾による罷免事由は①職務上の義務に著しく違反し、または職務を甚だしく怠ったとき、②その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき、のいずれかに該当する場合にのみ認められる(裁判官弾劾法2条)。

3 このように裁判官の独立が認められ、身分が強く保障がされているのは、裁判が公正に行われ人権の保障が確保されるためには、裁判官がいかなる外部からの圧力や干渉をも受けずに職責を果たすことが必要であるからである。さらに司法権は非政治的権力であり、もともと政治権力からの干渉の危険が大きく、それを許すと司法の本来的役割である少数者の人権保障を図ることができなくなる。したがって、とりわけ政治権力からの独立を確保することが重要だからである。

4 弾劾裁判所への訴追権を独占する訴追委員会の委員も、罷免の判断をする弾劾裁判所裁判員も衆参両議院の議員のみで構成されるので(裁判官弾劾法51項、161項)、これが三権の相互抑制機能の一つとして国会に認められた権限(憲法64条)であるとしても、裁判官の独立が特に政治権力からの独立を強く要請されていることに鑑みれば、その権限行使は自ずと慎重かつ抑制的であることが求められる。

 そのため、これまで弾劾裁判所へ訴追され罷免となった事案は、検事総長の名を語って内閣総理大臣に電話をかけた謀略電話の録音テープをメディアに提供したものや、児童買春、裁判所職員へのストーカー行為、電車内での下着の盗撮等の明白かつ重大な犯罪行為や違法行為等に限られているのである。

 5 今回、訴追の対象となったのは、報道等によれば、岡口判事の自ら担当していない民事事件及び刑事事件のSNSや自らのブログへの投稿内容が問題とされたようである。しかし、その発言についても、少なくとも明白かつ重大な犯罪行為や違法行為、あるいはそれに匹敵するものは見当たらず、これまでの罷免事由とされたものと同等のものは存在しない。むしろ、裁判官であっても市民としての表現の自由は当然保障されるものであり、今回の訴追は、表現の自由の侵害という意味で重大であると共に、また当該表現内容についての評価が分かれるとしても、このような問題について弾劾の対象とすることは、政治権力からの干渉を呼び込む余地を常に残すものとなり、裁判官の独立は重大な危機に瀕することとなる。ひいては公正な裁判の実現が阻害され、司法による国民の人権保障そのものが機能しなくなることさえ危惧される。

 6 職務の停止についても同様である。弾劾裁判所は「相当と認めるとき」に、訴追を受けた裁判官の職務を停止することができる(弾劾裁判所法39条)が、この「相当と認めるとき」についても、裁判官の政治権力からの独立が強く要請されていることに鑑みれば、当該裁判官が職務を行うことそのものが「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と同視できる場合に限定されると解すべきである。そうでなければ罷免の結論が出る以前に、安直に同等の効果を及ぼすことが可能となり、裁判官の身分保障に真っ向から反することになるからである。

  岡口判事は、犯罪行為を行ったものでも、違法行為を行ったわけでもないのであるから、同人が職務を行うことそのものが「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と同視できる場合に該当しないことは明らかであろう。

 7 裁判官の独立、身分保障は、公正な裁判を実現するための不可欠の前提である。これまで述べてきた通り、その中でも、とりわけ重要なのが政治権力からの独立であり、これが担保されなければ、国民の人権保障は実現されない。

 岡口判事に対する今回の訴追、及び職務停止は、いずれも罷免事由としての合理性・相当性を欠き、結果として裁判官への政治的干渉となっており、到底看過することはできない。

 自由法曹団は、弾劾裁判所に対し、岡口判事の職務停止を直ちに撤回するよう求めると共に、罷免の裁判をすることのないよう強く求める次第である。

以上

PDFはこちら

TOP