2022年3月22日、『平和と人権を危うくする経済安保法制に反対し廃案を求める意見』を発表しました

カテゴリ:声明,憲法・平和,秘密保護

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平和と人権を危うくする経済安保法制に反対し廃案を求める意見

 

1 本年2月25日、岸田内閣は、経済安保法案(「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」)を国会に提出した。
 同法案は、「安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的」とし、安全保障の確保に関する経済施策として、①特定重要物資の安定的な供給の確保(サプライチェーンの強化)、②特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度(サイバー攻撃等から防御する基幹インフラ整備)、③特定重要技術の開発支援、④特許出願の非公開に関する制度を創設することを内容としている(法案1条)。
 しかし、同法案は、以下に指摘するように軍事力強化と一体の施策を内容とするものであって、自由な経済活動に介入してこれを規制し、学問・研究の自由を侵害する一方、秘密保護法制の拡大、国民監視の強化など、平和と人権を危うくする重大な問題がある。

2 法案は、軍事力強化と一体の施策を内容とするものである。
 法案は、「国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性」に鑑み、「安全保障の確保に関する経済施策」を推進することを目的(法案1条)としており、各施策は、いずれも軍事目的にも活用しうる。
 すでに先行して、2020年4月には、経済と外交・安全保障が絡む問題の司令塔といわれる国家安全保障局(NSS)には経済分野を専門とする「経済班」が発足しており、2021年度からは、防衛省において、先進技術を含む経済安全保障全般に関する各種情報の「収集・分析」と「保全」の双方を所掌する体制を整備するため「経済安全保障情報企画官」が新設されている。
 本年1月7日の日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表においては、米中対立の激化に伴い日米同盟強化、軍事力の強化を進めることとあわせて、経済安全保障のための施策が重視されている。この共同発表では、日米が中国を念頭に、「人工知能、機械学習、指向性エネルギー及び量子計算を含む重要な新興分野において、イノベーションを加速し、同盟が技術的優位性を確保する」「日米は、新興技術に関する協力を前進及び加速化」させ、「防衛分野におけるサプライチェーンの強化に関する協力」を行うとして、経済・科学技術分野における軍事同盟強化を明確にしている。それらを具体化するのが、本法案に他ならない。
 昨年通常国会で成立した重要施設周辺等の土地利用規制法も、経済安全保障上の主要課題として位置づけられている(「経済安全保障法制に関する有識者会議」資料)が、同法は、自衛隊や米軍の基地、原子力発電所などの周辺、国境離島を注視区域に指定し、土地・建物の所有者やその国籍、利用目的を国が調査しうるとしたものであり、軍事防衛上の必要性から国民一般の私権を制限するものである。
 本法案における各施策も、次項以下で指摘するように、軍事を優先して基本的人権を危うくするものであって、憲法の平和主義に反するといわざるを得ない。

3 法案は、「国家及び国民の安全」のために、経済活動に介入し、規制するものであって、民間企業の自由な経済活動(憲法22条1項)が著しく制約されるおそれがある。
 ①サプライチェーンの強化に関しては「国民の生存に必要不可欠な若しくは広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資又はその生産に必要な原材料、部品、設備、機器、装置若しくはプログラム」について安定供給をはかることが特に必要と認められるときに、政令で「特定重要物資」として指定するものとされている(法案7条)。 「特定重要物資」には、半導体、レアアース、医薬品などが該当すると想定されているが、これらについて工場整備や備蓄など安定供給を確保するための取り組みに関する計画を提出して認定を受けた業者に対して、国が財政・金融面で支援することとなる(法案9条等)。大企業に対して巨額の公的資金が投入される一方、主務大臣には、所管する事業に係る物資の生産、輸入、販売、調達又は保管の状況に関し、必要な報告や資料の提出を求める調査権限が与えられ、金融機関等に対しては立入検査も可能としている(法案48条)、これに応じない認定業者や金融機関等には、30万円以下の罰金が科されることとされている(法案96条)。企業活動や貿易に対して過度に介入し統制することとなり経済活動の自由が脅かされるおそれがある。
 また、②サイバー攻撃等から防御するための基幹インフラ整備については、「特定社会基盤事業」を行う事業者に、重要設備の導入や維持管理などに際して、政府に計画書を届け出て、事前に審査を受けることが必要とされる(法案52条)。対象となるのは、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車・海上運送、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14分野の事業である(法案50条)。これらの分野の事業者が重要な設備やデータの保全を「わが国の外部」に依存しないよう事前に審査をすることとされ、その審査のために企業には「導入計画書」の提出を義務づけ(法案52条)、違反した場合は2年以下の懲役または100万円以下の罰金を科すとしている(法案92条)。さらに求められた報告・資料の提出、立入検査などに応じなかった業者には、30万円以下の罰金が科される(法案58条、96条)。民間企業の自由な経済活動(憲法22条1項)が著しく制約されることとなるのである。
 なお、電気通信、放送、郵便関係の事業者の設備に関しても、事前審査の対象とされており、情報通信や放送の自由が制約される危険もある。

4 法案は、先端技術の開発支援、特許出願の非公開を定めており、技術研究について国の管理・統制をもたらし、学問・研究の自由(憲法23条)を侵害するおそれがある。
 ③特定重要技術の開発支援について、政府は、情報の外部からの不当な利用や外部から行われる妨害等により国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれのある特要技術の研究開発を促進し、その成果の活用を図るため、必要な情報提供・資金の確保などを実施する。そのために、関係大臣と研究開発者らで「協議会」を設置する(法案62条)。しかし、これは、産学官の共同を進めるものであって、軍事転用が可能な民生技術(デュアルユース)の研究開発についても、研究資金を通じて国家が一元的に管理・統制し、歯止めのない軍事研究開発へと進むことが危惧される。それは、軍事研究に協力しない態度をとっている学術会議への圧力ともなり、学術研究の内容に介入することにもつながる。
 また、④特許出願の非公開に関する制度に関しては、「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明」について、機微な技術の公開や情報流出を防止するとされる。核技術、先進武器技術なども対象となると考えられるが、それら対象となる特許出願については、保全審査を行うものとし、保全指定された出願内容については、実施することも開示することも制限され(法案73条、74条)、外国に対する出願も禁止される(法案78条)。これに反して発明内容を開示をした場合には2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に(法案92条)、外国で出願した場合には1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられるのである(法案94条)。これらの制度は、研究の自由を侵害し、研究交流を制約するものであるばかりか、学術の発展を阻害する可能性が大きい。

5 法案は、秘密保護法制を拡大し、国民への監視強化を進めるものである。
 前述した特許出願の非公開に関して、内容の開示などが禁止され、違反について処罰規程を設ける制度も、厳しい秘密保護制度であるが、さらに法案では、処罰規定を伴う秘密保持義務を様々に設けている。例えば、サプライチェーンの強化に関して創設される安定供給確保支援法人の役員・職員ら、特定重要技術の開発支援に関して創設される協議会の事務に従事する者、シンクタンクの役員・職員ら、特許出願の非公開に関して特許出願人・関係者、保全審査に関わる職員などについて秘密保護義務が科され、違反に対して、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる(95条)。
 土地利用規制法による基地周辺住民の調査活動に加え、本法案における大臣の調査権限の強化、秘密保護制度の拡大により、国民に対する監視がいっそう強められることが危惧される。警察や防衛省による情報収集活動はもとより、公安調査庁も、企業・大学等が有する技術・製品などの海外流出防止などに関して情報収集活動を強化しているのである。
 国民の知る権利や表現、学問研究の自由が抑圧される危険が大である。

 以上のように、経済安保法案は、憲法の平和主義と基本的人権の保障の原理に反するものであるので、自由法曹団は、経済安保法案に強く反対し、その廃案を求めるものである。

 

2022年3月22日           

自 由 法 曹 団 
団 長 吉 田 健 一

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