2022年10月21日、「労働基準法施行規則の一部を改正する省令案」に対する意見(パブコメ)を発表しました

カテゴリ:労働,声明

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「労働基準法施行規則の一部を改正する省令案」に対する意見

 

2022年10月21日

〒112-0014                  
東京都文京区関口1-8-6 メゾン文京関口Ⅱ202号室
自由法曹団       
団長  吉 田 健 一

 

 自由法曹団は、2022年9月22日に公示された「労働基準法施行規則の一部を改正する省令案」(案件番号:495220170。以下「省令案」という。)に対し、以下のとおり意見を述べる。

1 改正の趣旨に対する意見

該当箇所
 省令案「1 改正の趣旨」2点目

意見内容
 労働基準法施行規則(以下「労基則」という。)第7条の2第1項を改正する必要はない。

理由
 省令案では、「キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活動するニーズも一定程度見られる」ことを労基則改正の理由の1つとしている。しかしながら、労働法制審議会労働条件分科会における議論では、いわゆる賃金のデジタルマネー払いが必要な理由について、外国人労働者が我が国において預金口座を開設しにくいという点が挙げられていた。
 そうであるなら、現状で必要な措置は、外国人労働者が必要な預金口座の開設を行えるようにすることであり、賃金のデジタルマネー払いを解禁する必要はない。
 また、デジタルマネーは未だ信用性をもって社会の隅々まで浸透しているとはいえない状況にあり、労働者が賃金をデジタルマネーで受領したとしても、税金や公共料金の支払、家賃の支払等は未だにデジタルマネーではほとんど行われていない。したがって、結局、労働者は賃金をデジタルマネーで受給しても、それを現金化するなどの作業が必要となり、労働者に不便を強いるものとなる危険もある。
 以上のことから、賃金のデジタルマネー払いを導入する必要性はない。なお、賃金のデジタルマネー払いに対するニーズがあるとしても、後述するとおり、現状でデジタルマネー払いを解禁することによる弊害は極めて大きい。

 

2 指定資金移動業者の要件に対する意見

該当箇所
 省令案「1 改正の概要」1点目

意見内容
 現在の資金移動業者の要件は、労働者が賃金の支払を受けられない危険を防止する観点からは不十分である。したがって、より厳格な要件を課すべきである。

理由
 省令案「2 改正の概要」1点目では、指定資金移動業者の要件として、「①賃金支払に係る口座の残高(以下「口座残高」という。)の上限額を100万円以下に設定していること又は100万円を超えた場合でも速やかに100万円以下にするための措置を講じていること」、「②破綻などにより口座残高の全額を速やかに弁済することができることを保証する仕組みを有していること」、「③労働者の意に反する不正な為替取引その他の労働者の責めに帰すことができない理由により損失が生じたときに、その損失を補償する仕組みを有していること」等が挙げられている。
 これらの点につき、まず口座残高の上限について、資金移動業者が破綻した場合に確実に労働者に賃金相当額の金銭の支払が行われる金額を設定する必要がある。この観点から、口座残高の上限額を100万円に設定することは高額に過ぎると考えられる。したがって、口座残高の上限額をより低額とすべきである。
 次に、資金移動業者が破綻等した場合の措置としては、保険会社や保証会社が支払を担保する仕組みが検討されているが、これらに対して厚生労働省が必要な指導・監督を行えるかどうかには疑問が残るし、保証会社には業法規制がなく、監督官庁が存在しないという問題もある。労働者にとって賃金は生活の糧であり、少なくとも毎月1回以上、労働者に支給されなければならない。資金移動業者が破綻等した場合に、労働者には賃金が支給されず、また、その支給が期日より遅れることがあれば、労働者は死活的な不利益を被ることになる。 
 したがって、まず講ずべきことは、資金移動業者の破綻等の防止、不正な為替取引等の防止等の危険防止策である。しかし、省令案における資金移動業者の要件は緩やかであり、経営状況に問題がある業者も広く参入できる内容になっているものと思われる。そのため労働者の不利益に対する懸念が払拭できない。
 以上のことから、省令案が定める指定資金移動業者の要件は緩やかに過ぎると言わざるを得ない。よって、万が一、賃金のデジタルマネー払いを解禁するとしても、資金移動業者の要件をより厳格なものとすべきである。

 

3 労働者の同意要件に対する意見

該当箇所
 省令案「2 改正の概要」2点目

意見内容
 労働者の同意は、労働者の選択権を保障する機能を事実上有さない。少なくとも、適用対象について労働者の同意のほか客観的要件を設けるべきである。

理由
 現在、賃金の通貨払いの原則の例外として、預金口座への振込みによる支払が広く行われている。そして使用者は、預金口座への振込みによる賃金を支払う場合には、労働者の同意を得ることが必要である(労働基準法施行規則第7条の2第1項柱書)。しかし、現状において、労働者は入社に際して、使用者が指定した金融機関の口座の開設を事実上強制されている。すなわち、現状でも労働者の同意要件は、労働者が賃金の通貨払いの原則の例外を選択する権利を保障するものとはなっていない。この状況は、賃金のデジタルマネー払いについても同様となることが必至である。
 そのうえ、デジタルマネーが高い安全性をもって流通しているとはいえない現状においては、労働者が賃金のデジタルマネー払いを事実上強制されることによる労働者の不利益は大きい。
 したがって、賃金のデジタルマネー払いは原則として禁止されなければならない。万が一、賃金のデジタルマネー払いを解禁する場合であっても、労働者が生活上の支障を被ることがないよう、労働者の同意のみならず、適用対象者に関する客観的要件を設けるべきである。

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