2022年12月28日、「M&A業務を裁量労働制の対象とすることに反対する声明」を発表しました

カテゴリ:労働,声明

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M&A業務を裁量労働制の対象とすることに反対する声明

 

1 本年12月27日、厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会の労働条件分科会は、「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」と題する書面(以下「本報告書」という。)を労働政策審議会に提出した。
 本報告書において、同分科会は、「専門型について、本人同意を得ることや同意をしなかった場合に不利益取扱いをしないこととすることが適当である。」とし、従前は労働基準法において裁量労働制の適用に対する本人同意が必須とされていなかった専門業務型裁量労働制についても、本人同意を得ることとすることが適当である旨を報告しており、一定の評価ができる。
 他方で、本報告書において、同分科会は、裁量労働制の対象業務に関して「銀行又は証券会社において、顧客に対し、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務について専門型の対象とすることが適当である。」とし、金融機関における企業の合併・買収(M&A)等の考案・助言をする業務に関して専門業務型裁量労働制の適用対象とすることが適当である旨を報告している。
 自由法曹団は、以下の通り、M&A等の考案・助言をする業務(M&A業務)について裁量労働制の対象とすることに反対するものである。

2 労働基準法は、労働者の生命・健康・生活時間を守るため、実労働時間に対する規制を定めている。
 そして、1日の労働時間を8時間までとすることは労働基準法の大原則であるところ、裁量労働制は、生命・健康・生活時間を守るという労働基準法の定める原則の例外の制度であり、安易な拡大は決して認めるべきでない。
 厚生労働省における「これからの労働時間制度に関する検討会」が本年7月15日に公表した報告書によれば、「労働者調査による1日の平均実労働時間数は適用労働者が 9:00、非適用労働者が 8:39 と適用労働者の方が若干長い」とされており、厚生労働省の行った調査によっても、裁量労働制が適用される労働者の方が実労働時間が長くなる傾向が示されている。加えて、「効率的に働くことで、労働時間を減らすことができる」と回答した割合は専門型・企画型のいずれにおいても非適用労働者における同回答の割合を下回っている。
 このように、厚生労働省行った調査によっても、裁量労働制の適用によって労働時間が長期化する傾向が示されている。
 さらに、同報告書によれば、専門型では40.1%、企画型では27.4%の対象者が自分の1日のみなし労働時間を「分からない」と回答しているうえに、同報告書では、「労働者において始業・終業時刻の決定に係る裁量がないことが疑われるケースがみられる」とされている。
 いま行うべきことは、安易に裁量労働制の適用対象を拡大することではなく、現に適用されている裁量労働制の問題点・濫用的な運用実態を洗い出し、適切な監督を行って健康・生活時間の確保に繋がる運用を厳格にさせていくことである。

3 本年12月13日に労働条件分科会が公表した資料によれば、「プロジェクトファ イナンスの場合には、プロジェクト自体から生まれる将来キャッシュフロー、それから、中長期的にわたるリスクを正確に予測する高い専門性が求められます。」「M&Aによる事業収益への影響やプロジェクトの将来キャッシュフローの正確な予測など、上司でさえ答えをもたないものが多くあり、まさに業務の性質上、適切に遂行するには遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要のある業務です」といった使用者側委員による発言概要が紹介されている。
 しかしながら、専門業務型裁量労働制の対象業務は、その業務の性質上その遂行方法を労働者の裁量に任せる必要があるものとされており(労基法38条の3第1項)、M&A業務は、その内容の専門性はともかく、業務の性質及び遂行方法としては他の事務系労働者と何ら異なるところはなく、「上司でさえ答えをもたないものが多くあ」るか否かと、専門業務型裁量労働制の対象業務たりうるかどうかは全く別の事柄である。このように、M&A業務について専門業務型裁量労働制の対象とすることは、その要件該当性を満たしていないので、許されない。
 また、「M&A等の考案・助言をする業務」なるものは、その外延が不明確であり、業務の一部にM&Aとの関わりが少しでもあればこれに含まれるとする運用も不可能ではなく、上記の報告書が示している裁量労働制の濫用的な運用実態からすれば、このような業務について裁量労働制を適用すれば、新たに濫用的に裁量労働制を適用され、健康や生活時間を脅かされる労働者が歯止めなく増えるおそれがある。

4 そもそも、法人顧客を対象とする提案型の営業への裁量労働制の適用拡大は、2018年のいわゆる働き方改革関連法案の中で、企画業務型裁量労働制の対象業務拡大という形で提起され、国会で審議されたが、その際、政府が根拠としてきた統計調査の有意性・信頼性の問題点が指摘され、法案から削除されるに至ったものである。
 今回、もし、M&A業務(法人営業の一種)を裁量労働制の対象にしたいというのであれば、正確な統計調査の結果やそれを踏まえた必要性等について国会で審議したうえで、企画業務型裁量労働制の対象拡大(労基法38条の4第1項第1号の改定)として審議されるべきものであり、これを、省令改正で対応することができてしまう専門業務型裁量労働制の対象拡大によって裁量労働制の対象としてしまうことは、国会での審議を回避して、事実上、企画業務型裁量労働制の対象業務を拡大することにつながり、手続上も重大な問題がある。
 自由法曹団は、省令改正によって、M&A業務について専門業務型裁量労働制の対象業務とすることは、手続面においても看過できない問題がある点を指摘する。

5 今般本報告書が提示した、M&A業務を専門業務型裁量労働制の対象業務とすることは、労働者の生命・健康・生活時間を守るという点で問題があるだけでなく、その要件該当性を満たしておらず、必要性及び改正手続にも重大な問題があるものである。
 いま厚生労働省が行うべきは、裁量労働制の対象拡大ではなく、現在の裁量労働制の運用における問題点を改善していくことである。
 自由法曹団は、M&A業務を専門業務型裁量労働制の対象業務に加えることに断固として反対する。

 

 2022年12月28日

                    自由法曹団団長  岩田 研二郎

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