2023年4月24日、「被害者の聴取結果を記録した録音録画媒体に係る証拠能力の特則の新設」に反対する声明を発表しました

カテゴリ:声明,治安警察

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「被害者の聴取結果を記録した録音録画媒体に係る証拠能力の特則の新設」に反対する

 

 令和5年3月14日に「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案」が閣議決定され、通常国会に提出された。本法律案は、強制性交罪等の性犯罪について構成要件等の変更をすることを中心とするものであるが、合わせて刑事訴訟法上の、伝聞証拠の証拠能力を原則として否定するという法則(伝聞法則)について、例外規定を新たに設けることが盛り込まれている。
 その新たに例外を設けようとする法改正が、刑事訴訟法改正案のうちの「被害者の聴取結果を記録した録音録画媒体に係る証拠能力の特則の新設」(以下、ここで新設されようとしている特則を「本件特則」という。)である。本件特則は、一定の事件の被害者について、一定の録音・録画記録媒体に伝聞法則の例外(伝聞例外)を設けることにより、被害者の主尋問に代えて、録音・録画記録媒体の証拠能力を肯定し、取調べを認めるものである。
 この新たな伝聞例外を設けることは、以下に述べる理由により、是認できない。
1 伝聞法則と伝聞例外(前提)
 刑事訴訟法における重要な原則が、伝聞法則である。伝聞法則とは、刑事裁判においては、供述者本人が法廷に出頭し、証言することを原則とし、そうではない供述書面等(画像や動画を含む)や又聞きの証言については事実認定の判断に際して利用できないとする考え方である。
 そもそも、供述書面等や又聞きの証言では、もともとの供述内容が事実と異なる危険(過誤・虚偽を問わない)やその伝達過程において正確性が損なわれる危険が存在している。にもかかわらず、伝聞証拠においては、その原供述者を、法廷において、反対当事者や裁判官が尋問によって確認できないため、真実性が十分に担保されない。刑罰という重大な処分の判断である刑事事件においては、そのような真実性が担保されない資料をもって、判断を行うことは許されない。そのため、人の供述等については、公判廷における供述以外については原則として証拠能力を認めないという上記原則が採用されている。
 一方、同原則にも例外が存在するが、上記原則の趣旨を損なわないよう厳格に規定されたものに限られている。たとえば供述者本人がすでに死亡している場合や行方不明で出頭ができない場合等で、かつ、供述が特に信用できる場合など(刑事訴訟法321条1項3号)であるが、いずれも、原則に対する例外として、厳格に運用されるべきものとされている。
2 本件特則が伝聞例外の拡大を招くこと
 本件特則は、現行の伝聞例外の範囲が拡張され、上述した供述者の死亡等の事情がなくとも、一定の事件の被害者の供述について、一定の録音・録画記録媒体に証拠能力を認めようとする規定である。
 本件特則により、証拠能力が認められれば、本来であれば、その供述者(被害者)が証言台に立ち、検察官による主尋問が行われるべき場面において、主尋問に代えて、録音された音声や録画された動画が流されるだけとなってしまう。
 本件特則では、その後の反対尋問の機会を与える旨が規定されているものの、被害者が事前に準備したうえで語る動画等が裁判官・裁判員の心証に与える影響は極めて大きいものになると考えられ、反対尋問による真実発見は現行制度以上に困難になる。それが十分に準備されたものであって、裁判官・裁判員に効果的に伝えるための台本に基づいたり、切り貼りの編集がなされたりしていれば尚更である。さらに、反対尋問において必要な情報の開示を担保する規定もなく、本件特則に定められている反対尋問規定の実効性は非常に疑わしく、伝聞例外として採用するに足りる真実性の担保が存在するとは言えない。
 本件特則によって、刑事弁護において極めて重要な、被害者(犯行の相手方とされる者)に対する尋問が形骸化し、被告人及び刑事弁護人の権利が奪われ、不当な量刑や冤罪が増加することが危惧される。
3 聴取対象者が限定されていないこと
 そもそも本件特則は、刑法の性犯罪規定の改正に伴って検討されてきたものである。ところが、本件特則における聴取対象者には、「㈢ ㈠及び㈡に掲げる者(いわゆる性犯罪被害者)のほか、犯罪の性質、供述者の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、公判準備又は公判期日において更に供述することで精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者」と、いわゆる「バスケット条項」が加わっており、本件特則の適用対象の限定はないに等しい。必ずしも性暴力の被害者に限定されず、文言上あらゆる犯罪類型におけるあらゆる関係者(目撃者・被害者等類型を問わない)に本件特則が適用されていく危険がある。
 また、そもそも、本件特則において想定されている手法について、対象を成人まで広げることは相当ではない。すなわち、本件特則において、法務省が検討している手法は、いわゆる「司法面接」を参考としたもの(決して「司法面接」と同じものではない)と解されるが、諸外国で取り入れられる「司法面接」とは、もともと子どもを対象として想定し、子どもの供述特性を踏まえた技術であり、立法例を見ても、成人も含めて性被害者全体を対象とした例は見当たらない。本件特則においては、後述の通り、いわゆる「司法面接」としての要件(真実性の担保等)すら規定されない本件特則の対象を、先行的な諸外国の立法例よりも広げることは問題が大きく、適切ではない。
4 聴取主体の問題
 また、本件特則には聴取主体の定め方にも問題がある。
 本件特則では、聴取主体が専門家に限定されておらず、検察官や警察などの捜査機関が聴取者になることが想定されている。しかし、そもそも本来の「司法面接」は、児童心理などに深い見識のある専門家によって行われることによって、適切な聞き取りを行うものである。諸外国においては国家資格を設けるほど専門性が高く、聴取主体については慎重に検討しなければならないものとされている。警察官や検察官は、心理学に精通して資格を与えられている者ではなく、日常業務に加え適切な研鑽が受けられるわけもなく、その専門家となることができるはずがない。むしろ、捜査主体という特性を考えれば、中立性は害され、誘導や暗示のリスクが高いと言わなければならない。現に過去の冤罪事件では幾度となく虚偽の自白調書が作出されており、捜査機関による聴取によって適切な聞き取りがなされることは期待できない(前述したように「台本」が作られる可能性すらある)。このような専門性を無視した聴取主体の規定は容認できない。
5 措置内容のあいまい性
 本件特則では、「供述者の不安又は緊張を緩和」「誘導をできる限り避けること」その他の供述の内容に不当な影響を与えないようにするための必要な措置をあげ、伝聞例外を許容しうる聞き取り手法についての規定としているが、これは通常の聴取でも当然に求められることが定められているにすぎない。
 「司法面接」においては、本来、その趣旨に見合ったプロトコル(聴取方法)を定め、それに則る形で実施されるべきであるが、本件特則においては、そうしたプロトコルが定められておらず、「やり方」の側面からも問題性が大きい。相当性要件についても掲げられてはいるが、実効的であるとは考えられない。本件特則に定められた要件では、今ある取調べをそのまま録音録画すれば、伝聞例外とできる危険すらあり、伝聞例外の不当な拡張に歯止めがかからないこととなる。

 以上により、本件特則は、刑事訴訟法の原則を大きく変えるものであり、ひいては従来の刑事弁護の在り方を根底から覆すものであって、到底是認できない。
 自由法曹団は、刑事被告人の正当な権利を保護し、冤罪を防ぐという観点から、必要な議論もなされないまま突如提案された本件特則の新設に断固として反対するものである。

 

 2023年4月24日

                        自由法曹団 団長  岩田研二郎

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