2024年3月11日、「国の地方公共団体に対する指示権を拡大する地方自治法改正案に反対する声明」を発表しました

カテゴリ:声明,憲法・平和,構造改革

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国の地方公共団体に対する指示権を拡大する地方自治法改正案に反対する声明

 政府は、3月1日、大規模な災害、感染症のまん延といった国民の安全に重大な影響を及ぼす事態等に、国が地方自治体の自治事務に関して必要な指示をすることができる仕組みを盛り込んだ地方自治法改正案を閣議決定した。同法案について政府は、新型コロナ対応での課題等を踏まえ、国民の安全に影響を及ぼす事態において、国と地方を通じた的確な対応を可能とする観点からの改正であると説明している。
 しかしながら、国の自治体に対する指示権を拡大する内容を含む本改正案は、以下のような極めて重大な問題を孕んでおり、自由法曹団は同法案に強く反対する。

1 団体自治を侵害し、地方自治の本旨に反する指示権の拡大 
 明治憲法が地方自治を憲法に定めなかったこととは対照的に、日本国憲法は独自の章を設け、地方自治を憲法上の制度として厚く保障している。地方自治は、「民主主義の学校」であるとともに、中央集権の弊害を抑制して人権侵害を防ぐための重要なシステムである。
 1999年に成立したいわゆる「地方分権」一括法は、国と地方の「対等・協力」の関係が確認された面がある一方で、国と地方の役割分担の名の下に地方自治を縮小したり、国が地方に対して権力的に関与する仕組みを確立させたりした大きな問題があった。
 本改正案は、この関与の仕組みをさらに強化し、個別法の根拠規定なしに、一般法たる地方自治法に基づいて国の自治事務に対する指示権の行使を可能にする。また本改正案は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が実際に発生した場合のみならず、「発生するおそれがある場合」にも指示権を行使しうるとするなど、国が指示権を行使できる場面を大幅に拡大している。さらに、本改正案が想定する「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」や「発生するおそれがある場合」という文言は漠然としており、「平時」にも適用される余地を残すなど、指示権が濫用される危険が極めて大きい。
 このような指示権を認める本改正案は、自治体の方針に反して自治事務に容易に介入する権限を国に与えるものであり、国と地方の「対等・協力」の関係を崩し、自治体の自主性・自立性を奪い団体自治を侵害するものであって、地方自治の本旨に反する。
 政府は、コロナ禍において国と自治体間の調整・連携が不十分だったことを指示権の範囲を拡大する理由とする。しかし、実際には、休校要請など、現場から遠く限定された情報しか持っていない国の判断がかえって自治体の業務や住民の生活に混乱を招いた実例もある。災害等の非常時においてこそ、自治体による地域の具体的状況の把握とそれに応じた適切な対処・対応が切実に求められる。かかる場面で中央からの統制を強め、自治体の自主性を奪うことは、地域住民の安全や権利を守るという観点から弊害が大きい。
 この間、辺野古新基地建設問題においては、政府が、沖縄県の方針や県民の意思を踏みにじって、「代執行」によって設計変更の承認権限を知事から奪い、工事を強行しているが、このような事態を見れば、指示権の拡大によって政府による自治体への不当な介入がエスカレートする傾向が強まることは容易に想像がつく。
 憲法が保障する地方自治の観点からは自治体の権能を制約することには抑制的でなければならないのであって、対象の範囲が曖昧であり、濫用の余地が大きく、しかも具体的な必要性も明確とは言えない指示権の拡大は認められるべきではない。

2 有事法制と連動した自治体への統制強化のおそれ
 本改正案は、有事下でも国が地方自治法に基づいて自治体に指示権を行使することを可能とする規定となっている。 現行の有事法制下では、国が自治体の対処措置に是正の指示を行えるのは、国民保護法による避難・誘導・救援と特定公共施設利用法による港湾・空港の利用に限定されている。また指示や代執行に至るには、総合調整と意見申し出の手続が要求されているなど、戦時においても国の強制を最小限にし、可能な限り手続を尽くすべきとの一定の抑制が働いていると考えられる。 
 ところが本改正案によれば、武力攻撃事態にあってはもちろんのこと、武力攻撃予測事態の認定すらできない段階であっても、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が「発生するおそれがある場合」と判断されれば、国が指示権を行使できる上、一般法である地方自治法を根拠として、自治体の自治事務全般に対して網羅的に指示権を行使することも可能となる。これにより国は有事において、自治体に対し、例えば侵害を排除するために出動する自衛隊のために通行路を空ける措置や、武力攻撃に備えて施設・住戸に防護措置を施す措置や、自治体職員を市役所に配置させてミサイル攻撃に備える措置を講じるよう一方的に指示することなどが可能になる。
 このように本改正案は、有事における国の自治体に対する統制を一気に強化し、侵害排除作戦へ自治体を丸ごと動員することを可能にする内容となっている。このことが地域住民の平穏な生活の破壊に繋がることは自明であり、指示権の拡大は、平和主義の観点からも重大な問題がある。

3 緊急事態条項創設の憲法改正の先取り
 2012年に自由民主党が発表した日本国憲法改正草案は、緊急事態条項の創設を謳っている。同草案で提唱されている緊急事態条項は、内閣総理大臣による緊急事態宣言によって生じる、①内閣の政令制定権、②内閣の財産処分権、③国会議員の任期延長、④地方自治体に対する指示権を内容とする。
 現在国会の憲法審査会では国会議員の任期延長を内容とする憲法改正をねらう議論がなされているが、本改正案は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態等においては国が自治体に対してフリーハンドで指示権を行使することを可能にする点で、同党が主張する緊急事態条項の一部をそのまま実現する内容となっており、緊急事態条項創設の憲法改正の先取りであるといえる。本改正案は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態等においては、立法府である国会での法改正や法制定を経ずに、あるいは既存の法律の頭ごなしに、政府の専権による自治体への指示を認める点で、政府に独裁的権限を付与し、国会の役割を卑小化するものである。本改正案によって侵害されるのは地方自治だけではなく、国民主権原理と立法権までもが侵害されることになることも極めて大きな問題である。
 一時的にせよ立憲的な憲法秩序を停止し、行政権力に一種の独裁的権限を付与することとなる緊急事態条項を創設する憲法改正が許されないことは自由法曹団がこれまでも表明してきたとおりである。本改正案は、緊急事態条項の内容の一部を法律改正によって実現して既成事実化し、憲法改正への足がかりとしようとするものであり、立憲主義、基本的人権の保障、議会制民主主義の観点からも到底認められないものである。
 以上のとおり、自由法曹団は、政府が同法案を国会に提出することに強く反対する。

 

2024年3月11日

自 由 法 曹 団  
団長 岩田研二郎

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