2024年4月17日、「離婚後共同親権制度の導入をはかる民法改正案の衆議院可決に抗議し、 参議院での拙速な審議を許さない声明」を発出しました

カテゴリ:声明,子ども・教育

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離婚後共同親権制度の導入をはかる民法改正案の衆議院可決に抗議し、
参議院での拙速な審議を許さない声明

 

 2024年4月16日、衆議院本会議で「民法等の一部を改正する法律案」(以下「本法律案」という。)が可決された。本法律案のうち、離婚後共同親権制度の導入をはかる部分は、子どもやDV被害者など、弱い立場にある人が深刻な不利益を受けるおそれがあるほか、新たな類型の紛争の発生が懸念されるものである。また、離婚後共同親権制度に対応する家庭裁判所の人的物的体制は、現状では極めて不十分でありながら、具体的な体制整備の内容が明らかではなく、公布後わずか2年以内で十分な体制を整備することは非現実的であって、離婚事件の実務に携わる弁護士として看過できない深刻な問題が発生することが予想される。
 2024年2月17日、自由法曹団常任幹事会は「離婚後共同親権制度の導入をはかる民法改正の拙速な動きに反対する決議」を発出し、拙速な動きに反対してきたが、本法律案では、かかる決議で指摘した問題点が何ら解決されておらず、むしろ、本法律案の審議過程で、数多くの問題点が浮き彫りとなった。
 自由法曹団は、離婚後共同親権制度を導入する民法改正の拙速な審議と衆議院本会議での可決に強く抗議する。

1 DV・虐待事案を除外する方策が十分に講じられていない合意型共同親権
 本法律案では、附則において、離婚後の親権を決める際に父母の双方の真意に出たものであることを確認するための措置について検討をするとの修正がなされた。しかしながら「措置」の具体的内容は全くと言っていいほど議論がなされておらず、かかる附則では、協議離婚においてDV・虐待事案を共同親権の対象から排除する方策が十分講じられているとはいえない。そのため本法律案のままでは、DVや虐待の事案であるにもかかわらず、被害者の真意に反して「合意型共同親権」を「選択」した協議離婚とされる事態が多発するおそれがある。

2 親権の共同行使を支援する制度が欠落した下での非合意型共同親権における紛争の多発
 親権の共同行使を裁判所が強制することは前例がなく、裁判所がどのような証拠、調査によりどのような判断をすべきか全く不明である。共同親権を命じるか、あるいは単独親権を命じるかの判断基準について、国会審議においても繰り返し質問がなされたものの、「一概に回答することが困難であり、一般論として、共同して子の養育に関する意思決定を行うことが困難であるような場合には、父母が共同して親権を行うことが困難と認められるときにあたる」などと答弁されるにとどまり、その内容は全く不明なままである。
 また、仮に非合意型共同親権が妥当する事案があったとしても、裁判所が親権の共同行使を命じるだけでは共同親権は実際にはうまく機能しないことは明らかである。親権の共同行使を円滑にするための社会的な支援が必須であるものの、現在の日本社会には見るべき支援制度は存在せず、かかる支援制度も、今後の検討事項とされるにとどまった。

3 子に関する重要事項を決定できないおそれ
    離婚後共同親権が導入された場合には新たな類型の紛争の多発が懸念され、子の利益に反する結果を招来させる危険性がある。
 すなわち、父母双方が親権者であっても、「子の利益のために急迫の事情があるとき」(民法改正案824条の2第1項3号)や「監護及び教育に関する日常の行為」(民法改正案824条の2第2項)については単独での親権の行使ができるとする。しかし、かかる定めでは、具体的にいかなる場合に、単独での親権の行使が認められるのかが不明であり、紛争を防止することができない。一方が「急迫の事情」あるいは「監護及び教育に関する日常の行為」に該当すると考えたとしても、他方から、該当しないものとして、事後に無効確認訴訟や損害賠償請求訴訟を起こされる事態が予想されるためである。かかる事態の防止策として、基準の明確化や法的安定性を図るための制度の必要性について、国会審議において質問がなされたが、具体的な答弁もなく、いずれも具体化されないままになっている。
 国会審議では、受験願書の提出期限が翌日に迫っている場合は、「急迫の事情」に該当するとの答弁がされたが、父も母も「急迫の事情があるとき」と判断して、父はA校への出願を単独で希望し、母がB校への出願を単独で希望した場合に、具体的にどうなるのか不明である。
 また、一方が子に手術を受けさせたいと考えても他方が受けさせたくないと考えていた場合、どちらの判断が優先するのか不明であり、もし手術が実施された場合、手術に反対していた側の親は他方の親や医療機関に対し、親権侵害を主張する事態も生じうる。これらの点について、国会審議でも、「監護及び教育に関する日常の行為」につき、法定代理人の同意権と取消権(民法5条)の規定がそれぞれ単独で行使することできること、父母の一方が共同の名義でした行為の効力について定めた規定(民法825条)が離婚後共同親権において適用されないことが確認された。その上で、権利濫用や表見代理等の一般規定に委ねて解決を図るのではなく、同意権行使、取消権行使の効力に関する規定、具体的な濫訴の防止策や少なくとも第三者保護規定などといった具体的な法的安定性を確保するため規制を創設するべきではないかという質問がなされたものの、具体的な修正は講じられなかった。そのため、本法律案のままでは、適時適切な医療が受けられず、子の生命・身体に危険が生じうる。
 さらに、手術前提の検査をするためには、早い段階で手術同意書の提出が必要になるところ、国会審議において、2、3か月前では「急迫の事情」にあたらないとの答弁がなされ、手術前提の検査が行われない危険性がある。
 このように、離婚後共同親権制度は、子の重要事項に関する意思決定に混乱と遅滞が生じることについて具体的な方策を打ち出せるものとなっておらず、ひいては、子の利益に反する結果を招来させる危険性があることがより鮮明となった。

4 子を高葛藤の父母の間に置き続ける事案の増加のおそれ
 本法律案では、父母双方が親権者であっても、「子の利益のために急迫の事情があるとき」は一方が単独で親権を行使する(民法改正案824条の2第1項3号)と規定されており、「急迫の事情」がなければ、婚姻中に相手方の承諾なく子連れ別居をすることや離婚後の共同親権の場合に相手方の承諾なく子を連れて転居することは、いずれも相手方の親権を侵害するとされるおそれがある。
 国会審議において、配偶者によるDV・虐待等から逃げるための準備期間は人によって様々であるところ、逃げるための準備期間も「急迫の事情」に該当するという解釈でよいかとの質問がなされたところ、「急迫の事情」が認められるのは、加害行為が現に行われているときやその直後のみに限られず、加害行為が現に行われていない間も、「急迫の事情」が認められる状態が継続し得ると解釈できることが確認された。
 しかしながら、「急迫の事情」との文言からそのような広い意味を導くことは困難であり、「急迫の事情」という限定的な文言を用いる本法律案には反対である。

5 極めて不十分な家庭裁判所の人的物的体制
 離婚後共同親権の導入によって新たな事件類型も含め、大幅な紛争増加が想定される。それにもかかわらず、現状では、家庭裁判所の人的物的体制の強化が全くなされていない。さらに、今後、家庭裁判所の人的物的体制の強化を具体的に、いつ、どのようにしていくのかも明らかになっていない以上、施行後わずか2年以内に人的物的体制を十分に整備することは、非現実的である。
 国会審議においても、家庭裁判所の人的物的体制が極めて不十分である現状が明らかとなった。
 さらに、参考人からは、DV被害者や子の利益への配慮についての調停委員、裁判官、調査官の能力、資質面での不十分さも指摘された。実際に、裁判所が適切にDV、DVのおそれ及び虐待について判断することができるのかについても、参考人からは、十分にスクリーニングができていないかもしれないとの指摘があった。そのため、単に裁判所の人員を拡充するだけではなく、DV被害者や子どもの利益に配慮した能力を有する人的体制の拡充が必要となる。
 家庭裁判所の人的物的体制が極めて不十分となっている現状に対して、最高裁は、事件解決までの期間が長期化していること、事件数の増加が見込まれていることを認識しているものの、長期化の原因や具体的な対策は、今後情報収集し、検討すると回答するに留まり、具体的な審理体制の整備がいつどのようになされるのか全く示されなかった。調停委員、調査官、家事調停官の採用及び育成には、長時間かかる以上、施行までの期間を2年以内とするのは、非現実的である。
 今後、家庭裁判所の人的物的体制の整備が十分になされないとなると、過重な事件数を抱えた家庭裁判所が拙速に審理を進める結果、原則共同親権の運用に流れ、説得しやすい方、つまり弱い方に痛みが強いられ、子どもやDV被害者の意見が封じられる危険性すらある。

6 関係府省庁等での検討不足の実態
 離婚後共同親権制度が導入されることにより、様々な法令等で「親権行使」の局面として規定されているあらゆる事項の運用に、根本的な変容をもたらすのはもちろんのこと、親権者の収入その他の属性を基準に決定される子ども、あるいは親子の権利義務の規定の運用にも大きな影響を与えることとなる。
 例えば、国会審議において、子が海外留学するためにパスポートを取得するケースにおいて、外務省は、離婚後の共同親権の場合、片方の親権者の署名だけをもって発給をしていいかどうかは慎重に検討したいと答弁するにとどまった。
 また、国会審議において、教育支援制度の影響について、現在の教育支援制度には、高校等の就学支援金又は大学などの修学支援制度について、親権者が2名の場合は、2名分の収入証明が必要となるところ、離婚後共同親権の場合、同じ扱いになるのかどうかが問題となった。これに対し、文部科学省は、高等学校等就学支援金について、保護者等の収入に基づき受給資格の認定が行われるところ、共同親権を選択した場合には親権者が2名となることから、親権者2名分の所得を合算して判定を行うとの答弁がなされた。そして例外的に、親権者が2名の場合であっても、親権者の一方がDVや児童虐待等によりもう一方に就学に要する経費の負担を求めることが困難である場合には親権者1名で判定を行うとしているとの答弁がなされた。しかし、「困難事案」と認められなければ、親権者2名の収入が合算されるということになり、無償化等の支援が受けられなくなるシングル世帯が激増する危険がある。
 これら事例からも明らかなとおり、子の利益を十分にはかることができるか見極めるためには、基準や運用を明らかにする必要があるところ、国会審議において、親権者、保護者等の合意や関与が必要とされる事項につき、本改正法の影響の有無は、一時的には法令を所轄する関係各省庁等において検討されるべき事柄であり、法務省において、運用の基準を明らかにすることは困難と答弁した。このように、法案の前提となる運用の基準が検討されず、法務省は、他府省庁や地方自治体に下駄を預けており、子の利益に反する運用がなされる危険性について十分な検討がなされていないことが判明した。
 そのため、上述のとおり、国会審議においては、関係府省庁等の管轄となる具体的な問題について質問が繰り返されたが、具体的かつ明快な答弁がなされず、関係府省庁等とも連携して、適切かつ十分な周知、広報に努めたい等と答弁するにとどまった。そもそも、子の利益を考えた制度設計であれば、まずは、他の法律との関係で、子の利益に反しないかどうかを具体的な事例に基づいて検討すること先決である。

 自由法曹団は、衆議院における本法律案の審議で明らかとなった以上の問題点を指摘するとともに、衆議院における離婚後共同親権制度を導入する民法改正の拙速な審議と可決に強く抗議し、参議院において拙速な審議がなされないよう求めるものである。

2024年4月17日

自  由  法  曹  団
団長 岩田研二郎

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