2025年11月11日、「労働時間の規制緩和ではなく、労働時間規制強化を含む労働者の命と健康を守るための 労働法制の実現を求める声明」を発表しました
労働時間の規制緩和ではなく、労働時間規制強化を含む労働者の命と
健康を守るための労働法制の実現を求める声明
1 高市首相の労働時間規制の緩和指示の内容とその問題点
(1) 2025年10月21日、自民党と日本維新の会の連立によって高市早苗自民党総裁が新首相に選ばれた。報道によれば、高市首相は、同日、全閣僚向けの指示書の中で、上野賢一郎厚生労働相に対し、「心身の健康維持と従業者の選択を前提とした労働時間規制の緩和の検討を行う」よう指示したとのことである。
(2) 労働基準法は、1日の8時間を超えて労働をさせることを原則として禁じ、それを超えて労働させる場合には、法律で定められた割増賃金を支払うことを義務付けるなど、厳格な労働時間の規制を設けている。このような労働時間規制は、労使の力関係の格差故に、労働者が長時間労働を強いられることを防ぎ、労働者の生命・身体・生活時間を守るために定められたものである。したがって、その労働時間規制を緩和することは、「心身の健康維持」と本質的に矛盾し、相容れない関係にあるものである。
また、上記指示書では、「従業者の選択を前提」とするとし、あたかも、労働者の意に反して、労働時間規制の保護から外されることがないよう配慮するかのような文言がある。しかし、もとより、労働時間規制を含む労働基準法の規制は、労使の合意を以てしても、その適用を除外したり、規制内容を緩和したりすることが出来ない「最低基準」として定められたものである。この最大の意義は、経済的にも、交渉力という点においても、使用者に従属・劣後する労働者が、不利な「合意」を迫られることによって、過重労働や劣悪な労働条件を強いられることから、労働者を保護することにある。
このような「最低基準」をあいまいにする方向で労働時間規制を緩和させる一方で、「従業員の選択」を強調することは、結局は、「従業員の選択」の名のもとに、一日8時間労働制をはじめとする労働時間規制が「例外の設定とそれへの合意」という形で骨抜きにされること意味しており、多くの労働者が長時間労働を強いられる結果になることが目に見えている。
(3) 現行の労働法制のもとでも長時間労働が蔓延し、多くの過労死・過労自殺が発生し続けているなかで、労働者の「心身の健康維持」を図るためには、最長労働時間の上限を短縮するなど、現行の労働時間規制を強化することがなされるべきであり、それに逆行する労働時間規制の緩和を行うことは、断じて許されるものではない。
2 裁量労働制の拡大に向けた議論は許されない
現在、厚生労働省の労政審労働条件分科会にて、2019年に施行した「働き方改革関連法」の見直し等のために議論が進められている。同分科会の議論は、2024年1月に公表された、労働基準法制研究会報告書の内容を受け、その法制度化に向け行われている。同報告書では、裁量労働制の拡大をするべきという具体的な提言はなされなかった(テレワークに関する裁量労働制を除く)。にもかかわらず、同分科会では、使用者側委員より、「法定基準の調整・代替」(いわゆるデロゲーション)として裁量労働制の拡大を求める意見が頻出している。さらに、先般の高市首相から上野厚労相に出された上記指示に呼応する形で、使用者側委員より「厚労省には早期に(緩和の)検討をお願いしたい」とし、裁量労働制の対象業務拡大や要件緩和などを指向する声が出されるに至っている。
裁量労働制は、実労働時間にかかわらず一定の労働時間を働いたものとみなす制度であり、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる」(労基法38条の3第1項1号)ことが要件とされるが、労働時間に重要な影響を与える労働の「量」や「期限」について裁量があることは要件とされていないことから、ひとたび適用となれば長時間労働を強いられる可能性が高い危険な制度である。実際に自由法曹団員は、本来裁量労働制の対象業務でないのに裁量労働制を適用されていたり、労働者がよく理解しないまま裁量労働制を適用されているケースなど、同制度を濫用し、その結果長時間労働を強いられている事案等を扱っており、裁量労働制が、如何に、労働時間規制の潜脱のために濫用的に利用される危険な制度であるかを、肌身をもって実感している。
いま真に行われるべきは、長時間労働の是正や労働時間法制の規制強化など、労働者のワークライフバランスを実現する仕組みの整備であり、裁量労働制の拡大など労働時間規制の緩和などではない。
3 結語
以上より、自由法曹団は、高市首相による現行の労働時間規制の緩和検討指示に対して断固として抗議をするとともに、労働者の命と健康、ワークライフバランスを守るため、労働時間規制の強化や、その他労働者の保護のための法制度(勤務インターバル制度の義務化、つながらない権利についての法制度化等)の整備を行うことを強く求めるものである。
2025年11月11日
自 由 法 曹 団
団 長 黒 岩 哲 彦
