2026年2月24日付、「菊池事件再審請求棄却決定に抗議する」声明を発表しました
菊池事件再審請求棄却決定に抗議する
2026年1月28日、熊本地方裁判所刑事部(中田幹人裁判長)は、菊池事件について、再審請求を棄却する決定(以下、「本件決定」という。)を行った。
菊池事件は、1951年8月に熊本県で発生した殺人未遂事件(第1事件)及び翌1952年7月に起きた殺人事件(第2事件)について、ハンセン病とされた被告人に対し、ハンセン病療養所菊池恵楓園内に設置された特別法廷で審理が行われ、死刑が言い渡された事件である。被告人は三度にわたる再審請求を行ったが、いずれも棄却され、三度目の再審請求が棄却された日の翌日である1962年9月14日、死刑が執行されている。
菊池事件の大きな特徴として、ハンセン病患者への徹底した差別が根底にあったことが挙げられる。日本の近代化の名目でハンセン病患者を徹底して隔離・収容する政策が取られてきたが、戦後もかかる政策は維持され(1947年厚生省通知「無癩方策実施に関する件」等)、全国各地で「無らい県」(すべてのハンセン病患者を療養所に強制隔離して在宅患者等がひとりもいなくなった都道府県のこと)が目指されるなど、強烈な差別意識が醸成されていた中で特別法廷での審理も行われた。
被告人は逮捕当初に自白調書を取られた以外は一貫して無実を訴えたが、裁判は公開の法廷ではなく閉鎖された療養所内や療養所に隣接するハンセン病患者専用刑務所(以下、「隔離法廷」という。)において非公開のまま行われた。隔離法廷は消毒液の匂いが立ち込め、裁判官を含む法曹関係者全員が白い防護服に身を包み、ゴム手袋、ゴム長靴を着用して、証拠物は箸で扱うという状況であったとされる。
また、公判では、被告人が無実を訴えているにも関わらず、弁護人は「何も言うことはありません」と述べ、あろうことか検察官請求証拠にすべて同意をするなど、適正な手続きによる審理が行われることがないまま、被告人は死刑判決を受ける結果となっていた。
なお、最高裁判所は、2016年4月、隔離法廷について「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」において、差別的で誤った裁判所法の運用であったことを認めた上で、「国民の基本的人権を擁護するために柱となるべき立場にありながら、このような姿勢に基づく運用を続けたことにつき、その責任を痛感」するとして謝罪をし、最高裁判所裁判官会議も「心からお詫びする」との談話を発表している。
さらに、熊本地方裁判所は、全国ハンセン病療養所入所者協議会等の代表者らが提起した国家賠償請求訴訟において、2020年2月26日、菊池事件の隔離法廷での指定及び審理について、明確に憲法13条及び14条1項に違反し、憲法37条1項、同82条1項にも違反する疑いがあると認めている。
本件の再審請求事件は以上の経緯を受けたものであり、憲法違反の刑事裁判を放置することは日本国憲法を蔑ろにする行為であると捉え、現行の刑訴法435条各号で規定されていない場合でも憲法違反があれば再審事由たり得ると主張した(いわゆる憲法的再審事由)。また、原判決で凶器とされた短刀が創傷と一致しないこと等を新たな法医学鑑定をもって新証拠とする実体的再審事由も主張した(刑訴法435条6号)。
しかし、本件決定は、憲法的再審事由が認められるかにつき、「憲法及び刑訴法の体系において、確定判決の審理手続に重大な憲法違反があったことが判明し、当該憲法違反が確定判決の事実認定に係る重大な事実誤認を来す場合には再審を開始すべき余地があることは否定できない」と述べ、一定の場合には再審開示事由たり得ることを示したものの、憲法違反や憲法に違反する疑いがあることのみを理由とする再審開始事由は認めなかった。
また、本件決定は結論において、憲法13条および同14条1項に違反し、37条1項および82条1項に違反する疑いがあるとしながら、「これら憲法の各規定に適合し、公開法廷における審理を実施したとしても確定判決の証拠関係等に変動はないから、これらの憲法違反が確定判決の事実認定に係る重大な事実誤認を来すものとは認められない」として再審開始を認めなかった。
しかしながら、すでに最高裁自ら隔離法廷は差別的であり、裁判所法の運用を誤っていたことを認めている以上、控訴審が公判廷で開かれていたとしても事後審である控訴審において、第1審における過誤が是正されるものではなく、改めての公開の法廷における審理が必要不可欠であることは明らかである。本件決定の結論を是認すれば、憲法違反があった場合でも事実誤認が認められなければ再審開始とならないこととなり、憲法違反が是正される機会を与えられないまま刑罰が執行されることが許容されることになるが、それは日本国憲法の理念を蔑ろにするものであって到底認められるものではない。
また、本件決定は、短刀に付着した血液に関する法医学鑑定等の新証拠をもってしても「証明力は限定的と解さざるを得」ないとして明白性を否定し、結論として再審請求を棄却しているが、刑訴法435条6号の証拠の明白性についてあまりにも厳格に過ぎ、再審制度の目的である「無辜の救済」を放棄するものであって極めて不当である。
現在、法制審刑事法(再審関係)部会で再審法改正案の取りまとめが進められているが、法制審では憲法的再審事由を新設することも議論された。しかし、法制審の最終的な要綱(答申案)には反映されなかった。それだけでなく、要綱(答申案)では証拠開示の範囲の限定や再審請求に対する調査手続というスクリーニング制度の導入が狙われている。適正手続を保障し、無辜の救済を図ることは憲法上の要請でもあるから、憲法的再審事由を認めるべきことは当然であるし、再審開始への道を閉ざすような改正は到底認められない。
自由法曹団は、本件決定に対して断固として抗議するとともに、憲法的再審事由を認めることを含め、「無辜の救済」を真に実効あらしめるための再審法の早期改正を行うことを改めて強く求めるものである。
2026年2月24日
自 由 法 曹 団
団 長 黒 岩 哲 彦
