第1696号 / 2 / 21

カテゴリ:団通信

【東北ブロック特集】
*岩手支部が抱える問題  上 山 信 一
*東北大学雇止め事件 不当労働行為救済命令を勝ち取る!  野呂  圭
*り災判定下げ問題について  北 見 淑 之

 

●中東へ派遣された自衛隊は、海上警備行動により日本関係船舶を保護できるのか  井 上 正 信

●4月のニューヨークでの世界大会成功のために  大 久 保 賢 一

●モリカケ、日韓、桜見る - 憲法問題これみんな  守 川 幸 男

●奮闘する地方紙・ブロック紙『兵器を買わされる日本』『イージス・ アショアを追う』のすすめ  松 島   暁

●板井優先生の訃報に接して - 広田が立派な弁護士になる事は私が保証します  広 田 次 男

 


 

【東北ブロック特集】
岩手支部が抱える問題  岩手支部  上 山 信 一

 私が修習を終えて岩手弁護士会に登録するとともに団員となったのは、東日本大震災があった二〇一一年の一二月である。当時、団の岩手支部には私を含めて七人の弁護士が所属していた。岩手県は、北海道に次いで面積が広く(四国四県を合計した面積よりは少し狭く、神奈川県の面積を六倍したより少し広い)、車を飛ばしても県を縦断するのに三時間、横断するのに二時間近くかかる。そんな広大な岩手県だが、当時は、県北の二戸、県庁所在地の盛岡、県南の一関、沿岸の宮古と、バランスよく団事務所が存在していた。

 二〇二〇年二月現在、岩手支部の団員は五人(実働四人)となってしまい、団事務所の多くは盛岡に集中している。また、五〇期以降の中堅若手の団員は三人だけである。
 というのも、二〇一一年に盛岡の菅原一郎団員、二〇一三年に一関の千田功平団員、二〇一六年に盛岡の菅原瞳団員、二〇一八年に宮古の横道二三男団員と、次々に先輩団員がお亡くなりになられた。それぞれの事務所がご夫婦ないしはお一人で活動されていた事務所であったことから、主がいなくなった事務所はそのまま閉じることになった。
 それぞれの団員が地元で大いに活躍されていたということは、亡くなった後により実感することになった。各団員がそれぞれの地域の運動団体の中心的な役割を担っていたところにぽっかりと穴が空いてしまったのである。沿岸や県南から、憲法問題や国民救援会などの学習会の講師依頼が、県北の私のところにまでくるようになった。片道三時間以上かけて講師を務めることもある。

 岩手支部では、ひとたび団事務所がなくなってしまった地域に、再び新たな団員を迎えるということがとても難しいということを実感している。今後地方の人口減少が進めば、更に困難になっていくだろう。
 団事務所としては、個別の事件対応や各種の運動に力をそそぐことに加えて、自分が元気なうちに後継者を育成するということも重要な役割であるということかもしれない。しかしながら、自分の現在の状況を考えてみても経営的に相当な余裕があり、かつ地域的なキャパシティがなければ拡大路線に踏み切ることは難しい。加えて最近は都市部でも団員になりたいという人材が不足しているということも併せて考えると非常に深刻な問題であり頭が痛くなってくる。
 これといった展望を提案できるわけでもなく心苦しいが、岩手支部の現状を報告することで地方の支部が抱える問題を少しでも共有していただければ幸いである。最後に、もしも岩手(の特に県南や沿岸)での活動に興味をお持ちの団員がおられましたら、団本部かもりおか法律事務所までご一報ください。

 

東北大学雇止め事件 不当労働行為救済命令を勝ち取る!  宮城県支部  野 呂   圭

一 東北大学非正規職員大量雇止め
 二〇一八年三月三一日、国立大学法人東北大学は、有期契約の非正規職員(准職員及び時間雇用職員)約三〇〇名の雇止めを行いました。雇止めの理由は、「五年の更新上限に達したから」というものでした。

二 改正労働契約法と「五年更新上限」制度の遡及適用
 二〇一三年四月一日施行の改正労働契約法一八条により、有期労働契約が五年を超えて反復更新された場合には有期労働契約者の申込みにより無期労働契約に転換される「無期転換ルール(無期転換権)」が創設された結果、二〇一八年四月一日時点で五年を超えた有期労働契約者は無期転換権を取得できるようになりました。
 他方、東北大学では、改正労契法が施行される前から就業規則で非正規職員の更新上限を原則三年とする旨定めていましたが、実態としては更新上限を超えて更新されている職員も多く、一〇年以上更新されている職員もおり、更新上限は形骸化していました。ところが、東北大学は、改正労契法の制定後、無期転換ルールを意識した方策を検討し、二〇一四年四月一日、次のように就業規則を変更しました。
○更新上限を五年とする(就業規則上は「原則として五年」となっていますが、団体交渉における大学の説明によれば、法人化(二〇〇四年)後に採用された非正規職員は例外なく五年上限となります。)。
○五年更新上限は、二〇一三年四月一日に遡って適用する。
 例外のない五年更新上限制度にしたこと自体が不利益変更ですが、この就業規則が施行時(二〇一四年四月一日)から適用されることになっていれば、変更就業規則施行以前から更新していた非正規職員の更新上限到達日は二〇一九年三月三一日となり、その到達前である二〇一八年四月一日に改正労契法一八条により無期転換権を取得することができました。しかし、東北大学が変更就業規則の適用を一年遡及させたことにより、更新上限到達日が二〇一八年三月三一日となってしまい、非正規職員は無期転換権を取得する前に雇止めされてしまう結果となりました。
 弁護団は、このような東北大学の方策は「無期転換権発生回避目的」であり、公序良俗に反し違法無効であると主張しています。

三 地位確認等請求訴訟
 雇止めされた非正規職員は、雇止めされる直前の二〇一八年二月に地位確認を求めて仙台地裁に労働審判を申し立てましたが、東北大学が和解の姿勢を示さなかったため、労働審判は二四条終了となり、訴訟に移行しました。訴訟は、現在七回の口頭弁論を重ねています。

四 宮城県労働委員会命令
 東北大学雇止め問題では、非正規職員の権利を守る前記訴訟に加え、雇止めに至る過程での東北大学の東北大学職員組合に対する不誠実団交を理由とした不当労働行為救済申立も行いました。
 不当労働行為救済申立は、二〇一八年二月二〇日に行い、六回の調査期日と三回の審問期日を経て、二〇一九年一一月一四日付で命令が出されました。結審(二月一八日)から命令まで半年以上もかかりましたが、待った分、非常に価値のある命令となりました。
 命令の主文第一項は、「被申立人は、申立人との間で准職員及び時間雇用職員の無期転換に関する団体交渉を行う場合において、希望者全員を無期転換した場合の財務の見通しなどに関する質問に対して、無期転換を希望する人数を踏まえるなどした資料を提示した上で、人件費や財務への影響について具体的に説明し、誠実に対応しなければならない。」です。東北大学は無期転換できない理由として財政的な理由を挙げていましたが、運営費交付金が減少しているといった一般的な説明にとどまり、組合が要求していた上記の具体的な資料(シミュレーション含む)を提示しませんでした。これでは組合としても、東北大学の説明に合理性があるのかといった検証もできないため、誠実交渉義務違反を認定した上記命令は極めて妥当なものです。
  命令の主文第二項は、東北大学が組合に対して、不当労働行為を認定された事項及び今後このような行為を繰り返さないことを明記した文書を交付するよう命じる内容ですが、履行されていません。

五 闘いは続く
 宮城県労働委員会の命令に対して、東北大学は中央労働委員会に再審査申立をしました。
 訴訟もこれから佳境に入っていきます。
 本件雇止めが無期転換権発生回避を目的とした脱法行為であり、許されないことを明確に認定してもらうために、引き続き頑張ります。
(弁護団は、山田忠行団員、小野寺義象団員、菊地修団員、長沼拓団員、小関眞団員、宇部雄介団員、染谷昌孝団員、鶴見聡志団員、井澤徹団員、太田伸二弁護士、当職)

 

り災判定下げ問題について  宮城県支部  北 見 淑 之

一 事案の概要
 仙台市は、東日本大震災で被災した物件についてり災判定を行い、被災者に対しり災証明書を発行した。り災判定にあたり、仙台市は、膨大な被災物件を簡易迅速にり災判定するため、その調査に際し、計測や計算を行わず、判定者の目視と社会通念を前提とする項目チェック式とし、該当する項目に割り振られた点数を合計すると損害割合が算出できる調査票を作成した。判定者は、建築士等の専門家ではなく、いわば素人が調査票にチェックする方式で行い、り災判定にあたり、被災者側からの申請を受け第一次調査を行い、その結果をもとにり災証明書を発行し、以後は、それに被災者側が不服を申し出るとさらに第二次調査を行い、内容に変更がある場合に新たなり災証明書を発行し直すものの、第一次調査の結果よりも第二次調査の結果の方が低くてもマイナス方向への変更はしないという運用を行った。
 こうして仙台市は、二五万件余りの被災物件についてり災判定を行い、被災者に対しり災証明書を発行したが、仙台市太白区にあるマンション一棟についてのみ、二〇一一年八月に第二次調査を行い、その結果大規模半壊のり災証明書を発行しながら、その後、突然同年一二月に入り、職権で、専門家による調査を行い、二〇一二年二月、一部損壊のり災証明書を発行した。
 これを受けて、被災者生活再建支援金の支給業務を行う公益財団法人都道府県センターは、二〇一三年四月、一旦支給した被災者生活再建支援金について、その支給処分の取消決定を行い、当該マンションの住民に対し、既に多くの住民が受領して費消済みの支援金の返還を求めた。これに対し、任意に受領した支援金と同額を返還した住民も一定数いたが、取消決定を受けた後所定の期間内に行政に対し不服申立てを行った住民四五名は、二〇一四年七月、都道府県センターを相手に支給処分の取消決定を取り消す訴訟を提起した。その後、支援金の任意返還も、所定の期間内に行政に対する不服申立てもしなかった住民に対して、都道府県センターは、支援金の返還を求めて提訴した。

二 争点
 これらの事件の争点は主に二つあり、最大の争点は、支援金支給という授益的処分について、授益者である住民に不利益に変更することが許されるか否かということであり、もう一つは、所定の期間内に行政に対する不服申立をしなかった住民に関し、支援金支給の取消決定が違法であったとして、さらに、その瑕疵が重大かつ明白で当然無効であると評価でき、こうした住民も救済できるか否かということである。

三 第一審の判決結果
 これらの事件は、すべて東京地方裁判所に係属し、当時のすべての行政部である、民事第二部、民事第三部、民事第三八部、民事第五一部において審理され、第一審では、民事第二部、民事第三部、民事第三八部は、いずれの争点でも住民側を負けさせたが、民事第五一部のみがいずれの争点についても住民側を勝たせた。

四 控訴審の判決結果
 すべての事件が控訴され、東京高等裁判所に係属し、第五民事部、第八民事部、第二二民事部において審理され、控訴審では、いずれの部も授益的処分の不利益変更禁止の争点では、住民側を勝たせたものの、当然無効の争点では、第二二民事部のみが住民側を勝たせたものの、第五民事部、第八民事部は住民側を負けさせた。
 その後、双方が上告し、現在は、事件は最高裁判所に係属している。

五 今後
 被災者生活再建支援法は、支援金を支給することにより、生活再建を支援し、住民の生活の安定を図るとともに被災地の速やかな復興を図ることを目的とし、その趣旨・目的から、正確さや厳密性よりも、できるだけ簡易迅速にり災証明書を発行し、被災者に支援金を支給していくことが要請される。そうであるにもかかわらず、本件のように事後的に一度支給され、費消した支援金の返還が許されるならば、被災者は、返還のために借入れを余儀なくされ、そうなれば、住民の生活の安定にも被災地の復興にも反することは明らかである。また、こうしたことが許されれば、今後、万が一の返還に備え、被災者は、支援金の使用を躊躇するようになってしまい、法の目的は完全に没却されてしまう。当弁護団は、被災者生活再建支援金制度が被災者にとって使えない制度になることがないよう、引き続き、最高裁判所においても、授益的処分の不利益変更禁止の争点はもちろんのこととして、当然無効の争点においても、被災者側が勝てるよう最大限の努力を続けていく所存である(実働弁護団は、草場裕之団員、長沼拓団員、髙橋芳代子団員、宇部雄介団員、私である)。

 

中東へ派遣された自衛隊は、海上警備行動により日本関係船舶を保護できるのか
                                 広島支部  井 上 正 信

 自衛隊中東派遣に反対する立場から、これまで何人かの弁護士から質問を受けました。その質問になにか違和感を覚えることがありました。それは海上警備行動で日本関係船舶を保護する問題です。法的には、海洋に関する国際法と海上警備行動を規定する国内法(自衛隊法、警職法、海上班長法)の適用関係です。このことにつき少し考えてみました。以下は私の見解です。まず海上警備行動で対象となる船舶とそれによる保護対象船舶とを区別したうえで議論の整理が必要ではないかと考えております。私の結論は、今回の派遣された自衛隊に対し、海上警備行動の発令自体ができないし、日本関係船舶は保護できないというものです。それにもかかわらず、閣議決定の中で、不測の事態発生の際には海上警備行動を発令して、いかにも日本関係船舶の保護に当たるかのような個所もあります。
 政府の発表やそれを受けたマスコミ報道が、あたかも派遣された護衛艦が、海上警備行動により日本関係船舶を保護できるかのごとき情報を私たちに与えているため、議論が混乱しているのではないでしょうか。

 そもそも二〇一九年一二月二七日閣議決定と、自衛隊派遣一般命令は、海上自衛隊を派遣する目的を「情報収集」としているだけで、日本関係船舶保護のためではありません。
 今回の海上警備行動を巡る問題は、日本の領海内での行動ではなく、公海上での行動であるという点で特異な問題です。
 領海内であれば、我が国の警察権が領海全域に及ぶわけですから、政府公船(外国の軍艦や外国政府が運航する船舶)以外のいかなる民間船舶(無国籍戦を含む)に対しても警察権を行使できます。我が国の国内法が適用されるわけです。
 公海上の警察権行使は、旗国が当該船舶に対する排他的管轄権を有します(国連海洋法条約第九〇条以下)。その例外として、国連海洋法条約が規定するのが海賊行為、奴隷輸送、麻薬不法取引、無許可放送です。この場合には船舶の国籍にかかわらず警察権を行使できます。その場合の警察権とは、臨検(強制的船舶検査)、船舶の拿捕、積み荷の押収、逮捕処罰などです。また、領海内で不法船舶の追跡を開始し、公海に出てからも追跡できる追跡権もあります。

 では中東に派遣された護衛艦、海上自衛官は、何ができるのか?
今回は日本関係船舶の航行を妨害したり、攻撃をする場合に、その船舶を保護できるのかが問われています。
 議論を進めるうえで、まず保護する対象の船舶の国籍以前の問題として、海上警備行動の権限を行使する対象である加害船の国籍が問題になります。加害船が政府公船ではなく、且つ無国籍船(国旗を掲げていない場合や複数の国旗を掲げている場合です)であれば、問題なく海上警備行動の権限を行使できるはずです。
 しかしながら、政府公船ではない国旗を掲げている民間船舶に対しては、国籍国の同意がない限り警察権の行使はできません。それは当該民間船舶に対して国籍を有する国家が持っている排他的管轄権を侵害することになるからです。海上警備行動時の権限は、警職法が適用されるため、強制的な船舶検査になります。国連海洋法条約が公海上の警察権である臨検の権利行使を認めているのは旗国主義に基づき旗国ですから、このような民間船舶に対して自衛隊は海上警備行動時の権限を行使できません。できるばあいは加害船が無国籍船に限ります。

 中東派遣を巡る議論は、海上警備行動により保護される船舶の国籍に関することでしたが、私は議論が混乱していると思います。議論の混乱の一番の原因は、閣議決定あたかも日本船籍船を海上警備行動で保護しうるかのように述べているからかもしれません。その一文を以下に引用します。
 閣議決定は、「海上警備行動に際してとりうる措置は、保護対象船舶が日本籍船か外国籍船かの別、侵害行為の態様といった個別具体的な状況に応じて対応する」と述べています。これを読めば日本船籍船を保護するのだと理解しても不思議ではありません。しかし注意深く読めば、その点はあいまいな書きぶりとなっており、「旗国主義の原則をはじめとする国際法を踏まえ」と述べています。海上警備行動で日本関係船舶を保護するのだ、とは述べていません。
 加害船が無国籍船、海賊船であれば、海上警備行動は可能でしょう。しかし、政府公船であるイラン革命防衛隊の船舶やイラン政府の海上警察であれば、見ているしかありません。加害船が国旗を掲げた民間船舶であれば、旗国の同意を得ない限り、海上警備行動はできません。これも見ているしかありません。
 閣議決定は保護対象船舶の国籍の如何を述べています。この意味は、おそらく旗国として管轄権を行使できる船舶であれば、国家として当然保護すべきだとの考えがあるのではないでしょうか。これは国際法や自衛隊法、海上保安庁法、警職法の解釈適用とは次元が異なる政治的判断のように思えます。
 しかし公海上での警察権行使は、旗国船を保護するためではなく、旗国船を取り締まるためです。その反射的効果として保護されるかもしれませんが。もし日本船籍船を保護しようとすれば、武力紛争時の自衛権行使しかありません。自衛権行使はいくらなんでも、憲法九条、国際法に照らして無理です。
 いくら日本関係船舶を保護すると強調しても、海洋に関する国際法が適用される公海である以上、護衛艦、自衛隊員にはなすすべはありません。このことを逆に述べれば、自衛隊法等の国内法制が適用される船舶は、日本船籍船だけだということです。

 以上のように考えた場合、閣議決定が不測の事態で海上警備行動を発令するなどと「勇ましい」ことを述べていますが、現実に日本関係船舶が侵害されそうになった場合、海上警備行動はまずとれないとの結論になります。私には自衛隊を派遣するうえで世論を納得させるための「言い訳」のように思えます。でも法的にできないことをあたかもするかのごとく装いながら護衛艦を派遣することは許せません。
 護衛艦たかなみには、わざわざ機関銃を新たに搭載し、艦橋のガラスを防弾仕様に変更し、超大型の拡声器を搭載します。拡声器で大声を出すくらいは、なにも海上警備行動を発令するまでもなくできるのでしょうが、それも無視されれば(無視されるでしょう)見ているしかありません。実際には何もできないと考えたほうが良いのではないかというのが私の結論です。

 

四月のニューヨークでの世界大会成功のために  埼玉支部  大 久 保 賢 一

はじめに
 四月二四日から二六日の三日間。ニューヨークでの世界大会が呼びかけられている。そのテーマは、「核兵器廃絶、気候の危機の阻止と反転、社会的経済的正義のために」とされている。「原水爆禁止世界大会」との報道もあるけれど、核兵器廃絶にとどまらない大会である。日本の呼びかけ人は、日本原水爆被害者団体協議会の田中熙巳さん、原水爆禁止日本協議会の高草木博さん、原水爆禁止日本国民会議の川野浩一さんの三名である。外国人としては、言語学者のノーム・チョムスキー氏、国際平和ビューローのライナー・ブラウン氏、アメリカフレンズ奉仕委員会のジョセフ・ガーソン氏などが名前を連ねている。具体的行動としては、原水爆禁止世界大会の開催、ヒバクシャ署名のNPT再検討会議への提出、軍縮・平和・正義・環境のフェスティバルなどが提案されている。課題は複数であるが、原水爆禁止がメインといえよう。

呼びかけの内容
 呼びかけ文の冒頭は「人類は、存亡にかかわる二つの脅威に直面しています。増大する核戦争の危機と気候の崩壊です。これらの危機は人間が生んだものであり、ただ多数の人々の行動によってのみ押し戻すことができます」としている。そして、「私たちがめざすものは、核戦争を阻止し、核兵器の全面禁止・廃絶を達成し、世界の被爆者の援護と連帯のために行動することであり、軍縮を推進し、気候の危機を止め、押し戻し、社会的経済的公正をはかり、私たちが実現する必要のある横断的運動を作ることです。軍縮は様々な企画の重要なテーマであり、『戦争ノー』は私たちの行動の全般的基礎です」と展開している。
 「気候の危機はすでに人間の命と福利に重大な被害を及ぼしはじめている」との問題意識を提示しつつ、核兵器禁止条約については「希望の光」と位置づけ、世界大会は、「人類と核兵器は共存できない」という被爆者が掲げ続けている警告に光を当て、ラッセル・アインシュタイン宣言の「あなたの人間性を思い起こし、他のすべてを忘却せよ」との指針を想起する重要な機会となるでしょうと位置付けている。

原水爆禁止だけではないことの意味
 核兵器は、戦争の手段であり、政治的意思実現のための道具である。ただし、それが使用されれば、人類が滅亡するので、政治の手段としての効用は失われている。危険で無駄なものは廃棄されて当然である。気候変動は、人類の自然との物質代謝に際しての無知と無謀の結果である。財物やエネルギーを確保する方法が、人類の生存に危機をもたらしているのである。格差や貧困は資本主義的生産様式から恒常的に拡大再生産される帰結である。そういう意味では、人の営みであり改革しなければならない課題であるという共通性はあるけれど、それぞれ異なる現象なのである。その違いを無視することは賢明ではない。
 けれども、これらの課題を「私たちが実現する必要のある横断的運動」と位置付けることは、重要なことである。なぜなら、私たちにこれらの実現しなければならない課題を提供しているのは、いずれも現在の政治的、経済的、文化的支配層だからである。核兵器という究極の暴力に依存し、利潤追求のためには、地球環境や格差や貧困には無頓着で、「それで何が悪い」と開き直っている勢力が、私たちにあれこれの課題とのたたかいを強いているのである。横断的運動が求められるのは当然であろう。けれども、単に横断的運動というにとどまらず、これらの課題の背景にある構造的連関を探求することも求められているように思うのである。
 壊滅的人道上の結末が予見されているにもかかわらずそれを回避しない勢力、気候変動が人々の命と福利に害を及ぼしているのにその事実すら認めようとしない勢力、自分とその一族の繁栄しか興味のない勢力、そんな彼らの発想と行動を解析し、私たちの未来社会を展望することが求められているのである。

おわりに
 呼びかけ文は、「平和と民主主義のたたかいは表裏一体のものです。会議はまた、横断的で青年が先頭に立つ運動を発展させるまたとない機会を創り出す」としている。私も、若い世代が平和と民主主義の課題に主体的に取り組んでほしいと思う。私よりも彼らの方がこれからが長いからである。「怖いおじさん」や「したり顔のおばさん」たちの自己満足型の運動では、若い人たちには毛嫌いされるかもしれない。けれども核戦争にしろ、気候変動にしろ、格差と貧困にしろ、あなた任せでは解決しない課題である。人類が絶滅するということは、他人事ではないのである。格差と貧困に苦しめられるのは誰だって嫌なのである。無関心は誰にも許されていないのである。
 一九五四年当時、湯川秀樹さんは「原子力の脅威から人類が自己を守るという目的は、他のどの目的よりも上位に置かれるべきではなかろうか。人類の繁栄と幸福とは本来何人も異論することのできない共通目的であるはずである。しかしそれは現実においては多くの場合、各人の生活からかけ離れた理想にすぎなかった。現実においては、各人はもっと切実な動機によって動かされてきた」と言っている。
 私たちは、人類の繁栄と幸福という理想の探求というよりも、私たち自身の絶滅を憂慮しなければならない時代に生きているかのようである。そんな時代とおさらばするために、今度の世界大会を成功させたいと思う。(二〇二〇年二月一〇日記)

 

モリカケ、日韓、桜見る - 憲法問題これみんな  千葉支部  守 川 幸 男

モリカケ 忖度 改ざんで
民主主義がこわれてる
忖度答弁おかしいね
全体奉仕の公務員
使命を忘れた公務員
「情報」政治の検証に
歴史の検証するための
情報改ざん知る権利
侵す政治はどこへ行く

内政外交行き詰まり
ソ連、中国、北朝鮮
お次は韓国やっつけろ
みんな韓国悪いのよ
敵がい心をあおるだけ
あおるマスコミどこへ行く
ゆがんだ報道どこへ行く
狙いは九条改憲へ

桜見る会あきれたね
やっぱり情報隠してる
憲法七章なんだろう
民主国家の基本だよ
国の予算はだれのもの
財政私物化あり得ない

モリカケ、日韓、桜見る
憲法問題これみんな

二〇二〇年一月  もりかわうらゝ

若干の補足   
 このポエムは千葉県弁護士会の会報「槇」に掲載予定のものである。一月に投稿したが、団通信への掲載の方が早くなった。

一 憲法問題の観点が重要

 - あわせて桜を見る会問題での会計検査院への申し入れを
 私は二〇一八年四月二一日号(一六三〇号)に「公文書隠蔽、捏造、改ざん問題と憲法との関係―森友学園問題を中心に」と題する論考を出した。
 この中で、(1)公正な行政の観点、(2)国民主権と知る権利・情報公開、(3)三権分立の危機、(4)行政の公正な執行の理念の侵害(要検討)と項立てした。
 なお、吉田団長が法律新聞二〇二〇年一月一日号の「年頭にあたって~憲法の視点で考える」の中で、公務員としての全体の奉仕者(憲法一五条二項)、国権の最高機関たる国会(同四一条)、国民の知る権利(同二一条)に触れている。問題意識が私と共通である。
 その後、日韓問題や桜を見る会問題が浮上した。後者をめぐっては、安倍首相の公選法および政治資金規正法の各違反、背任などの刑事責任(犯罪である)の観点から法律家の役割が期待されているが、私は法律家なのだから憲法の観点も重要と考えてきた。その中で、右の(1)ないし(3)の各論点に加え、今まさに(4)の論点に注目すべきである。
 また、安倍内閣による独裁政権なみの恣意的人事の横行は、最近の黒川東京高検検事長の違法人事に加え、いずれ会計検査院の人事に及ぶであろう。会計検査院に対して、桜を見る会に見られる国家予算の私物化をきちんと検査せよとの申し入れも検討すべきと思う。

二 日韓問題は改憲戦略の一環
 私は団通信二〇一九年一一月一日号(一六八五号)で「日韓問題は憲法問題―安倍改憲戦略の一環の問題と位置づける」と題する論考を出した。ここでは、日韓問題固有の論点を中心にしたので実はあまり論証がなかった。要は、内政、外交のどの分野でも破綻し行き詰まった安倍内閣が、敵がい心をあおり、マスコミも巻き込んで、憲法九条が悪い、という印象操作をしているのである。これまた憲法問題なのである。

 

奮闘する地方紙・ブロック紙
『兵器を買わされる日本』『イージス・アショアを追う』のすすめ  東京支部  松 島   暁

 国境なき記者団(RSF)の「世界報道自由度ランキング二〇一九」によると、一位から三位は北欧三国(ノルウェー、フィンランド、スウェーデン)、フランス三二位、イギリス三三位で、日本はといえば韓国(四一位)台湾(四二位)にも及ばない六七位である。権力に対するチェック機能というメディアの役割からすると、日本の六七位は妥当な評価のように思う。そんな日本のマスメディアのなかで頑張っているのが、ブロック紙・地方紙である。その代表格が、東京新聞と秋田魁新報である。
 「募ってはいたが募集してはいない」等と言い逃れようとする安倍政権のデタラメさは、軍事・防衛部門においても顕著であると同時に、米トランプ政権に対する卑屈さも、尋常ではない。東京新聞社会部『兵器を買わされる日本』(文春新書)と秋田魁新報取材班『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報社)の二冊はこの安倍政権のデタラメさと卑屈さを明らかにしている。
 『兵器を買わされる日本』~税金がアメリカに搾取されている!は、東京新聞で連載された「税を追う」をベースにした新書で、「税を追う」は、一般国民にとって縁遠い税金(「血税」という言い方は情緒的すぎて個人的にはあまり使いたくはない)の使われ方を通して日本の防衛、日米関係を追いかけた好企画だった。
 第二次安倍政権発足後、アメリカ製兵器をアメリカの言い値(FMS)で「爆買い」した結果、兵器のローン残が年間予算を上回る額に膨らみ借金地獄と化していること、防衛費の総額を少なく見せかけるために、SACO関係費と米軍再編費用約二五〇〇億円を別枠として予算額を発表していること、さらには、「予算作成後に生じた事由」に対応するために設けられている補正予算制度(財政法二九条)を悪用し、補正予算枠約四三〇〇億円を使ってこっそりローン返済に充てていること等が明らかにされている。
 秋田市の新屋演習場へのイージス・アショア配備が明らかになって以降、秋田魁新報は全社一丸となってイージス・アショア問題に取り組んできた。この『イージス・アショアを追う』には、同社取材班による連載記事~「地上イージス/秋田と山口」、「地上イージスレーダーの現場から」、「配備地を歩く/ルポ東欧の地上イージス」「盾は何を守るのか」~が納められていると同時に、開始から直近までの取材の舞台裏が明かされている。
 秋田魁新報の取り組みの姿勢は、自分個人の思いを書きたいと社長自らが筆を執った「どうする地上イージス 兵器で未来は守れるか」(二〇一八年七月一六日一面掲載)に現れている。特定のニュースのために記者が独自に取材先を開拓しアポを取り、旅程を組んで海外に行くことなど滅多にない地方紙が、「行くしかない」とイージス・アショアが唯一実戦配備されていているルーマニアに出向いた心意気の高さにエールを送りたい。なぜ新屋演習場なのか、イージス・アショア候補地選定についての報告書の杜撰さをスクープしたのも秋田魁新報である。報告書が防衛省が候補地に直接出かけていって調べたものではなく、グーグルアースと分度器を使って作成したものであることを突き止めた舞台裏など、興味深い紹介が多く掲載されている。
 団員諸氏におかれては、前記二書をぜひお読みいただければと思います。(個人的には魁新報の奮闘に敬意を表し、一日一〇本の有料記事が購読できる月額五五〇円のデジタル版Mコースに入っています。)

 

板井優先生の訃報に接して - 広田が立派な弁護士になる事は私が保証します
                                 福島支部  広 田 次 男

 昨年の愛知での団総会の二日目、私は一人会場を抜け出して熊本に向かった。
 かねてより「板井先生(私と二人の時は常に「板井、広田」だったので失礼ではありますが、以下「板井」とさせていただきます。)の病勢が相当悪い」と聞き及んでいた。「生きているうちに板井の顔を見ておかなければ、今後生きている限り後悔の種になるに違いない」と思えたからである。
 熊本駅前のホテルで待ち合わせたが、何回も架け直して集合場所を確認した。ようやく落ち合えたホテルのロビーに座った板井の容猊は、私が慣れ親しんだ板井とは全く異なっていた。声も弱々しく、会話もユックリであった。
 二時間余りも話をしていると、話題は尽きないにも拘わらず疲れた様子が手に取るように分かる状況であった。帰りの飛行機まで未だ時間はあったが、板井の手を取って駅前のタクシー乗り場までユックリ歩いた。「今生の別れ」の想いであった。

二 「東大斗争」は東大生だけのものではなかった。
 早大などの私立大学、その他の地方大学の学生も参加、関連してその過程で自らの生き方を模索した場であった。
 私は早大、板井は熊大であった。各々卒業後の生き方として弁護士を目指した。東大斗争に参加した活動家が各大学毎に司法試験のための勉強会を作り、連携を図った。
 私は板井とは、その連携のなかで知り合い、同じ三一期として合格した。三一期約五〇〇名の修習生は青法協一二〇名、反法連(反戦法律家連盟・今は影も形もない)六〇名といわれ、修習生活動は活発であり、私も板井も青法協活動の中心に居た。

 当時の修習生の落第制度は習慣化しており、活動家の何人かが引っかけられるとされていた。誠に運悪く私がその一人に引っかかってしまった。
 私は早大を卒業する時に両親に手をついて「二度と学生運動のような事には手を出さない。勉強に専念するから暫く就職しないでいる事を大目に見て欲しい」とお願いした経過があった。
 修習中に結婚した妻は、亡保守系国会議員の未娘であった。私は結婚を約束する直前に妻には自らの党派性を告白していたが、私と結婚したい一心であった妻は、自分の両親にも私の告白を知らせていなかった。
 そこに降って沸いた私の落第である。私の親族も、妻の親族も大騒ぎとなった。妻の親族が亡保守系議員の部下であった現役議員に問い合わせたところ「私の身元」は簡単に割れた。この事が騒ぎを増々大きくし、親族会議開催の運びとなった。
 私は仲間に事の次第を説明したところ、板井が「俺が友人代表として親族会議に出席してやる」という事になった。

 親族会議には私と板井の二人が出席し、板井が「落第が(当時の)研修所の修習生抑圧政策の一環である」事を説明した後に、殺し文句が冒頭の「広田サンが立派な弁護士なる事は私が保証します」であった。
 初対面の私の親族一同を目の前にして言い切った。勿論、根拠を示す事もなく、保証の効果をアテにできないのは当たり前なのだが、その断言が余りにも堂々としていたため、反論も質問もなく親族会議は無事終了となった。
 当時から板井は恰幅が良く、貫禄があったので、殺し文句は正に決まっていた。

 その後、二か月を経て(当時の落第は二か月の「卒業延期」であった)、無事弁護士となった私は、様々な所で板井と会い、一緒に酒を飲んだ。
 親族会議での言動からすると、板井は私の保証人となるのだが、そんな自覚は全くないらしく、大酒を散々に飲み、時には深夜に及んでも飲み続ける事も何回かあった。二人とも酒には滅法強かった。
団の集会、公害総行動等で顔を合わせるのは勿論、ダム建設反対等、取り組む課題が共通する事もあった。
 弁護士として最後に会ったのは、一昨年三月の福島地裁いわき支部での原発避難者第一陣訴訟判決の言い渡し日であった。既に体調を崩していたにも拘わらず、遠くいわき市まで駆け付けて、私の事務所の隣の神社で行われた判決報告集会に参加してくれた。この時には、私は忙しさに紛れて板井とは言葉を交わす事もできなかった。
 この時の想いが冒頭の熊本行きに繋がっている。

 訃報に接し、改めて親族会議での板井の保証文言は、私が生きている限り履行のための努力をし続けなければならないと決意を新たにしている。

 

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