第1788号 9/21

カテゴリ:団通信

【今号の内容】

●フジ住宅ヘイトハラスメント裁判・最高裁勝利決定~ 一人ひとりの人間が尊厳ある個人として生きることができるようこの社会を進歩させてゆく橋頭堡に ~  安原 邦博

●団と在日コリアン弁護士協会との出会い  岩田 研二郎

●「戦争の放棄」なしに「平和」は創れるか?  後藤 富士子

●総理。それだけでは足りないのです!!―核廃絶のために求められていること―  大久保 賢一

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【京都支部特集(その5)】

◆休憩時間のない実労働時間や、定期健康診断費用が使用者負担であることを認めた事例~セヴァ福祉会事件  塩見 卓也

◆京都成章高校常勤講師差別事件提訴の報告  中村 和雄

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●この10年の物故団員をしのぶ(2)  永尾 広久

■次長日記(不定期掲載)  永田 亮


 

フジ住宅ヘイトハラスメント裁判・最高裁勝利決定
~ 一人ひとりの人間が尊厳ある個人として生きることができるようこの社会を進歩させてゆく橋頭堡に ~

大阪支部  安 原 邦 博

 最高裁(第一小法廷)は、フジ住宅株式会社(https://www.fuji-jutaku.co.jp)及び同社今井光郎会長が職場で人種差別的資料を大量かつ継続的に配布する等し、それについて提訴をした原告に対し報復として極めて多数の従業員等を利用しながら侮辱的文言や身体に対する攻撃を示す文言を含む膨大な量の非難や人種差別的悪罵を浴びせる峻烈な個人攻撃をしたことに関して、同人らに対し損害賠償と資料配布差止めを命じた大阪高裁判決(2021年11月18日)を、2022年9月8日付け決定で確定させた。
この事件の経緯及び大阪高裁判決の詳細は、団通信の
・第1748号(https://www.jlaf.jp/03dantsushin/2021/1120_1064.html
・第1749号(https://www.jlaf.jp/03dantsushin/2021/1120_1065.html
・第1761号(https://www.jlaf.jp/03dantsushin/2022/0203_1127.html
 で報告済みである(この団通信を紙面で読まれている方は、お手数であるが団ホームページの「団通信」ページまで何とか辿り着いていただきたい)。本報告では、このたび最高裁が一人の裁判官の反対意見もなく大阪高裁判決を確定させた意義を述べておく。
 このたびの最高裁決定は、日本国憲法14条、人種差別撤廃条約及びヘイトスピーチ解消法の趣旨に照らして、人間には、民族的出自等に基づいて差別されたり侮辱されたりしないという人格的利益だけでなく、自己の民族的出自等に関わる差別的思想を醸成する行為が行われていない職場またはそのような差別的思想が放置されることがない職場において就労する人格的利益があることを確定させた。そして使用者の職場環境配慮義務として、民族的出自等に基づく差別的な言動が職場で行われることを禁止するだけでは足りず、そのような差別的な言動に至る源となる差別的思想が自らの行為または他者の行為により職場で醸成され人種間の分断が強化されることがないよう配慮する義務があることを確定させた。
 また、このたびの最高裁決定は、特定の者を名宛人としていない人種差別的行為について、不法行為に基づく損害賠償及び差止めに係る違法性を認めたものである。日本の法制度においては、不法行為に基づく請求をするには当該請求者の権利利益が侵害されたといえる必要があるところ、これまでの司法判断では、特定の者を名宛人としない差別的行為(例:公道や、テレビ、ネット上でなされる特定の属性に対する差別的言動)がなされる場合、個人の権利利益が侵害されていることを認めず、不法行為に基づく請求権を否定してきた。しかし、このたび最高裁は、上述のとおり、自己の民族的出自等に関わる差別的思想を醸成する行為が行われていない職場またはそのような差別的思想が放置されることがない職場において就労する人格的利益の存在を確定させ、もって、請求者が明示的に名宛人とされていなくても不法行為上の請求ができることを確定させたのである。
 そして、このたび最高裁が確定させた、使用者が、職場において、差別的言動だけでなく、その源となる差別的思想が醸成されないよう積極的に配慮せねばならない一般的義務は、使用者が差別目的を持っていたか、という主観に拘らず、差別的思想が自らの行為または他者の行為により職場で醸成されているのにそれを放置したか、という客観的行為(または不作為)があるだけで違反が肯定される。訴訟等において自己にとって不利なこと(差別等の悪しき目的があったこと)を自白する加害者は稀であり(差別問題においては差別目的を明け透けに述べる「確信犯」が比較的多い傾向にはあるものの)、裁判所が往々にして加害者が弁解するとおりにその目的を安易に認定しがちであるという実務的観点からすると、このたび最高裁が、人種差別撤廃条約等において差別の審査が「目的又は効果」でなされることをふまえ、「効果」(客観)のみで違法となることを正しく確定させたことも、高く評価すべきものである。このたびの最高裁決定は、レイシャル・ハラスメント事案の職場環境配慮義務に関する先例となるべきである。
 最後に、このたび最高裁が確定させた、「自己の民族的出自等に関わる差別的思想を醸成する行為が行われていない職場またはそのような差別的思想が放置されることがない職場において就労する人格的利益」は、職場においてのみ認められるべきものではなかろう。日本国憲法14条、人種差別撤廃条約やヘイトスピーチ解消法を参照するまでもなく、人間は、誰しも、自己の属性に関わる差別的思想を醸成する行為が行われていないところまたはそのような差別的思想が放置されることがないところにおいて生活する人格的利益がある。このたびの最高裁決定は、一人ひとりの人間が尊厳ある個人として生きることができるようこの社会を進歩させてゆく橋頭堡とすべきである。
(弁護団は、村田浩治原告弁護団長ほか多数)

 

団と在日コリアン弁護士協会との出会い

大阪支部  岩 田 研 二 郎

 自由法曹団と在日コリアン弁護士協会との共同企画で開催された、京都府宇治市のウトロ平和祈念館の見学会に大阪から参加しました。
 予想を超える50名余の弁護士が全国から集まりました。
 近畿の団京都支部から14名、大阪支部から4名、兵庫支部から1名、近畿以外から18名の団員、事務局が参加。そして在日コリアン弁護士協会(LAZAK)から14名の弁護士が参加しました。
 ウトロの見学のことは、他の参加者の感想に譲り、私は、この企画が、団と在日コリアン弁護士協会との共同企画で実施されたことが大変意義あることと思いましたので、そのことについてコメントします。
 私が弁護士登録した41年前には、在日コリアンが多く住む大阪には「大阪・在日朝鮮人の人権を守る会」という団体があり、支部の団員がそこで活動していました。古い大阪支部ニュースを見ると、1974年の支部ニュースに、朴正煕韓国大統領の狙撃事件を口実に朝鮮総連大阪府本部に対してなされた警察の不当な捜査や監視への抗議声明を団支部(宇賀神直幹事長)、民法協で出したこと、1978年には、「大阪・在日朝鮮人の人権を守る会」が、強制退去手続や特別在留許可基準を解説した「在日朝鮮人の在留権」という本を出版したことが松井清志団員(20期)により支部ニュースに紹介されています。
 しかし、その後は、大阪支部の議案書にもニュースにも在日コリアンの方々との活動について記された記録が見つかりません。その後の政治情勢で、団と朝鮮総連との関係が疎遠になっていったことが原因と思われます。
 しかし、私たち団員は、その後、弁護士会に増えていった在日コリアンの弁護士とは、人権擁護委員会などの委員会活動などでともに活動してきました。近弁連は、在日コリアンの外国籍会員の裁判所調停委員選任拒否問題に長く取り組み、団兵庫県支部の吉井正明団員がその中心で活動しておられます。今回のウトロ見学には、調停委員の選任を不当に拒否された弁護士も参加しておられました。私が日弁連の刑事法制委員会で一緒に活動している神奈川県弁護士会の方とも当日、顔を合わせて、「岩田さんは自由法曹団の方だったんですね」と言われました。
 2009年12月に「在日特権を許さない市民の会」が京都朝鮮第一初級学校に押し寄せ、大音量でヘイトスピーチを行った事件で、損害賠償、街頭宣伝禁止を求めた弁護団には、京都支部の団員も参加し、在日コリアンの弁護士とも共同して弁護活動に取り組みました(団通信1469号 谷文彰団員)。
 団本部の歴史を振り返ると、荒井新二元団長が作成された団の100年年表には、1923年の関東大震災時の朝鮮人虐殺事件で「団は在日朝鮮同胞被虐殺真相調査会の活動に協力」したと記されています。また日本の治安維持法で京城(ソウル)地方法院に101名の朝鮮人が起訴された朝鮮共産党事件では、自由法曹団の弁護士であった布施辰治と古屋貞雄が渡朝して、現地の朝鮮人弁護団と連携して弁護にあたりました。布施弁護士は朝鮮人無政府主義者の朴烈らが大逆罪に問われた朴烈事件にも、山﨑今朝弥、上村進団員らとともに弁護にあたりました。
 戦後も、在日朝鮮人の人権を守る会などで、全国の団員が活動し、1977年、「日韓条約以降の全国における在日朝鮮人の人権擁護の闘いをまとめた理論書」として、上田誠吉団長他の多くの団員が執筆した「在日朝鮮人の基本的人権」(二月社)が出版されています(団通信166号)。
 このように団と在日コリアンの人権問題とのつながりは、長い歴史と実績を持っており、一時的な空白はあったものの、今日では、団と在日コリアン弁護士という法律家が共同した取り組みが始まろうとしています。
 在日コリアン弁護士協会(Lawyers Association of ZAINICHI Koreans、略称LAZAK)は、2001年に結成され、現在150名を擁する団体です。
 この8月まで代表を務めておられた韓雅之弁護士(大阪弁護士会)は、ホームページに掲載された挨拶で、ヘイトスピーチの横行とともに在日コリアン弁護士へ大量懲戒請求攻撃が行われたことを指摘しながら、「しかし、私たちは日本社会に絶望していません。日本には、在日コリアンのおかれた境遇に共感し、ヘイトスピーチやヘイトクライムと闘ってくれる、多くの弁護士や市民の方々がいるからです。日本には、在日コリアン以外にも、他の属性をもった少数者(マイノリティ)や社会的に弱い立場にある人々が、社会からの不当な差別、偏見に対して反対の声を上げ、これに共感する輪が少しずつ広がっているように感じるからです。」と述べておられます。
 今年、創立20周年の記念に「裁判の中の在日コリアン~日本社会の人種主義・ヘイトを超えて」(現代人文社)を出版されています。
 今回の京都ウトロの見学会は、若手の団員により企画され、全国からの団員と在日コリアン弁護士協会の方々とが出会うきっかけを作っていただきました。事前のオンライン学習会では、大阪弁護士会に在籍しておられた具良鈺(く りゃんおく)弁護士が、自らが育ったウトロの問題、卒業した京都朝鮮第一初級学校での思い出を留学先の韓国から語ってくれました。
 見学会後の有志の懇親会で、LAZAKの新しい代表になられた金哲敏弁護士(57期、東京弁護士会)とお会いしました。金代表も「今回の取り組みで、自由法曹団と初めて出会い、その長い歴史や2000名を超える力強い団体であることを知り、驚いた」と言われていました。また「来年2023年が関東大震災時の朝鮮人虐殺事件の100周年となることから、今回の出会いをきっかけに、何か共同した取り組みができないか」ともお話しになっていました。
 京都ウトロの平和祈念館の見学で、「住居の明渡し訴訟が最高裁判決で敗訴してから、解決のために支援にたちあがってくれた日本の市民の活動に感動したウトロのおばあさんが『支援してくれる日本人に出会えたことで、自分は日本を恨まないで死んでいけることがよかった』と言われていた」との金副館長の言葉が心に残りました。

 

「戦争の放棄」なしに「平和」は創れるか?

東京支部  後 藤 富 士 子

 参議院選挙で改憲派が3分の2を大幅に上回る議席を確保したことで、改憲発議に向けた動きが具体化されそうな情勢にある。ここで「改憲」というのは、自衛隊を憲法に明記する、安倍9条改憲論のことを取り上げることにし、この改憲を阻止しようという意思は「平和主義」つまり「平和の実現」を指向するということになる。
 そこで、「自衛隊が憲法に明記されると何が変わるか?」と問えば、憲法9条がある第2章のタイトルが、現在の「戦争の放棄」から「安全保障」に変わることを、まずもって指摘したい。それは、「安全の道を通って〈平和〉に至る道は存在しない」からである。
 これは、ドイツの神学者ディートリヒ・ボンヘッファー牧師が1934年に「教会と世界の諸民族」という講演で、「いかにして平和は成るのか」について述べた言葉である。続けて「平和は敢えてなされねばならないことであり、それは一つの偉大な冒険である。それは決して安全保障の道ではない。」「安全を求めるということは、自分自身を守りたいということである。平和とは、全く神の戒めにすべてをゆだねて、安全を求めないということであり、自分を中心とした考え方によって諸民族の運命を左右しようとは思わないことである。武器をもってする戦いには、勝利はない。神と共なる戦いのみが、勝利を収める。それが十字架への道に導くところでもなお、勝利はそこにある。」という。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節)のである。
 私は、憲法9条の条文を守りたいのではない。平和を実現したいのだ。だからこそ、平和への道標である第2章と9条を変えたくない。それに、「安全保障」というのは、際限のない軍拡にすぎないし、誰が考えても、「安全保障」自体も叶わない。平和を実現するには、「戦争の放棄」が原点なのではないですか?(2022年8月20日)

 

総理。それだけでは足りないのです!!
―核廃絶のために求められていること―

埼玉支部  大 久 保 賢 一

 9月8日、公明党核廃絶推進委員会・青年委員会合同会議に参加した 。今回のNPT運用検討会議(再検討会議) の結果についての政府から説明を聞くためである。山口那津男代表のあいさつの後、外務省軍縮不拡散・科学部長の海部篤氏 から報告があった。氏の報告を、岸田総理の一般討論演説、日本政府としてのとりあえずの評価、日本の果たした役割の順で紹介し、そのあとも私の見解を述べる。
岸田総理の演説
 岸田総理は、国際社会の分断は一層深まり、「核兵器のない世界」への道のりは更に厳しいものになっている中、NPT体制の維持・強化が国際社会全体の利益であるから、NPTの守護者として各国と共にNPTを守り抜いていくと表明。
 「核兵器のない世界」という「理想」と「厳しい安全保障環境」という「現実」を結びつけるために、核リスクの低減に取り組みつつ、①核兵器不使用の継続、②透明性の向上、③核兵器数の減少傾向の維持、④核兵器の不拡散と原子力の平和利用、⑤各国指導者の被爆地訪問の促進の5つの行動を基礎とする「ヒロシマ・アクション・プラン」に取り組むことを訴えた。
 更に、①包括的核実験禁止条約(CTBT)のフレンズ会合の首脳級での開催、②国連への一千万ドル拠出を通じた「ユース非核リーダー基金」の立ち上げ、③「核兵器のない世界に向けた国際賢人会議」の第1回会議を11月23日、広島で開催することを発表。
とりあえずの評価 
 最終的には、ロシアのみの反対でコンセンサスは成立しなかったが、争点になったのは、ロシアによるウクライナ侵略に関する記述であって、NPT自体の問題ではない。
 最終文書案は、議長による作業文書として、登録された。
 次期会議の開催時期(2026年)や、運用プロセス強化に関する作業部会の設置が決まるなど、NPTを維持・強化していくことの重要性が各国の間で強く認識された。
 結局、コンセンサスは成立しなかったけれど、NPT体制が維持されたことはよかった、という評価である。
日本政府の取り組み・貢献
 岸田総理の「ヒロシマ・アクション・プラン」をはじめ、軍縮・不拡散教育共同ステートメントが過去最高の賛同を得るなど、わが国の考え・提案について、多くの国から支持・理解が得られた。最終文書案にもその多くが反映された。
 海部氏は、核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用などの分野で、日本の考えや提案が反映されているとして26項目を紹介していた(パラの総数は289)。自画自賛的な側面はあるが、ここではそのことは触れない。
 以上が、海部報告の紹介である。
私の感想
 私は、岸田総理が、歴代首相として会議に出席して、それなりの提案をしたことは大事なことだと思っている。「核兵器のない世界」をラフイワークとしている広島出身の政治家らしい態度だと評価している。けれども、「総理。それだけでは足りないのです」と言いたいのである。なぜなら、岸田氏の演説には「核兵器のない世界」という言葉はあるけれど、「核兵器廃絶」という言葉はないし、そのための具体的な方策は何も示されていないからである。演説で示されている方策がすべて実現したとしても、核兵器はなくならないのである。
 それは、「核兵器のない世界」を先送りしているだけなのである。これでは、「私たちが生きている間に核兵器の廃絶を」という被爆者の願いは実現しないことになる。それが、私が「総理。それだけでは足りないのです」と思う理由である。
総理のジレンマ
 そもそも、岸田総理は、「核兵器のない世界」は「理想」であって「現実的課題」ではないとしている。岸田氏にとって「核兵器のない世界」は現実的課題ではないのである。要するに、彼は、今すぐ核兵器をなくさないと言っているのである。その理由は「厳しい安全保障環境」に対処するためということである。核兵器は日本の安全のために必要だというのである。
 国家と国民の安全と生活に責任を負う総理が、核兵器に依存しながら核兵器廃絶をいうパラドックスがここにある。依存しながらなくすということは両立しえない事柄である。依存している限りなくせないし、なくしてしまえば依存できないし、そういう意味で、総理はジレンマに陥っているのである。
 この矛盾を解消するためには核兵器に「依存する」か「依存しない」の二択である。それをしない限りは「密約」という隠ぺいで処理するか、「橋渡しをする」などとごまかすしかなくなるのである。岸田氏は広島への想いがあるので「依存する」とは言えないし、米国のドルと核を選択している政治家なので「依存しない」とも言えないのである。あっちこっちにいい顔をしようとするとそういうことになるのである。総理がどこまで自覚しているかは知らないけれど、傍から見るとそういうことである。
総理の中途半端さ
 私は、総理に「核兵器には依存しない。核兵器廃絶のために、即刻、核兵器禁止条約に加入する」と広島出身の政治家らしい決断をして欲しいと思うけれど、無理は言わない。私の提案は、NPT6条の活用である。総理は「NPTの守護者」を自任しているのだから、その自覚をもとに言行を一致させて欲しいのである。日本政府は6条も含めて全面的にNPTにコミットするとしているのだからその決意を実践して欲しいのである。
 6条は、核軍拡競争の停止、核軍縮の推進、全面軍縮などを実現するための交渉を締約国に義務付けている。国際司法裁判所は交渉の完結も含むとしている。全面軍縮を実現するための法的枠組みを作る義務は、既に、国際規範となっているのである。その背景にあるのは「核戦争は全人類に惨害」をもたらすので、それを避けなければならないという法思想である。核兵器不使用だとか、核兵器の数の減少などは、50年も前からの国際法上の義務なのである。今更そんなことを言うことは「周回遅れ」を自覚していないだけのことである。
総理に期待することと私たちの課題
 総理は、誰にも遠慮することなく、6条の実現を演説すればよかったのである。「ヒロシマ・アクション・プラン」のメインテーマとしてNPT6条の実現を掲げればいいのである。それこそが、遠い遠戚関係にあるサーロー節子さんを含む多くの被爆者の願いに応えることであろう。そうなれば、私も喝さいを送り、「あっぱれ」と叫ぶであろう。今からでも遅くはない。心から総理の英断を望んでいる。
 その英断をせずに、隔靴掻痒かつ自画自賛の方策を並べ立てても、それは、「理想」に近づいているふりをしているだけだという謗りを受け続けることになるであろう。
 核兵器廃絶は、政治的立場も、信仰も、収入も、学歴も、出自も、職業も、性的志向ももちろん年齢も全く関係のない全人類的課題である。核兵器はいかなる人為的区別にも無頓着に作用するからである。しかも、核戦争の危機は冷戦時代よりも高まっているのである。「絶滅危惧種」と指摘されているのである。
 日本政府が変わることは「核兵器のない世界」を実現する上で大きな転機となるであろう。そのために必要なことは、私たち市民社会の大同団結と不屈のたたかいである。(2022年9月9日記)

 

~京都支部特集~(その5)

 

休憩時間のない実労働時間や、定期健康診断費用が使用者負担であることを認めた事例~セヴァ福祉会事件

京都支部  塩 見 卓 也

 2022年5月11日、京都地裁にて、未払賃金、未払残業代、不当利得返還、付加金を併せて、保育園を運営する社会福祉法人に対し、1400万円以上の支払いを命ずる判決を得ました(京都地判R4.5.11)。この事件、未払賃金・残業代請求事件でよく出てくる論点が目白押しの事案だったのですが、原告が休憩時間を全くとれていなかった事実を認定した点と、労安法66条1項により事業主に実施義務がある定期健康診断につき、その費用が事業主負担であることを明らかにした点が、特に珍しい判断といえるので、報告します。
 本件の受任は、被告法人の運営する保育園にて保育士として勤務する原告から、「労働契約書で示されている給料の額よりも少ない金額しか支給されていない」との相談を受けたのがきっかけでした。そこでピンときて、私は、労働時間がどれくらいか尋ねたところ、案の定、深夜にわたる残業も頻繁に行っていたとのことでした。この保育園は、夜間保育もやっていたので、管理職の立場にあった原告は、必然的に長時間労働となったのです。
 しかし、当初原告は、「契約書に、『基本給は15時間分の残業代を含む』と書いてあるので、残業代は請求できないんじゃないでしょうか」と言っていました。固定残業代の設定によって、残業代を請求できないと誤信させられる典型のような話です。就業規則を見せてもらったところ、基本給の全額を「通常の賃金」に組み入れて割増賃金計算を行う規定内容となっており、かつ固定残業代設定の根拠となる規定も存在しなかったので、私は、「この記載は就業規則に矛盾するので、無効ということになりますし、どんなに少なくとも、月間15時間を超える部分の残業代を請求できます。契約書どおりの給料を払ってもらっていない部分の差額だけでなく、過去2年分の残業代を請求すれば、おそらく数百万になると思います」と伝えました。
 原告からは、さらに、「実は定期健康診断の費用も自己負担にさせられていたのですが、それも請求できますか」と聞かれました。定期健康診断費用を事業主が負担するのは社会常識なので、「なんちゅうセコい話や」と驚きつつ、それも不当利得として返還請求することにしました。
 訴訟では、未払賃金・残業代請求につき、①賃金減額合意の存在、②管理監督者性、③変形労働時間制適用の可否、④固定残業代設定の有効性、⑤労働時間性、特に休憩時間が採れていたか否か、⑥退職後の遅延損害金の利率として賃確法所定14.6%の適用の可否が主な争点になりました。判決では、①②④をいずれも認めず、③も恒常的に週平均労働時間が40時間を超える勤務シフトが組まれていたことから適用は違法としました。⑥については、被告は賃確法施行規則6条4号の「合理的理由」を主張していましたが、「被告の主張はおよそ合理的な理由とは認め難い」として賃確法所定の利率適用を認めました。
 未払残業代請求との関係で、この判決が画期的といえる判断をしたのは、⑤の点です。実際の労働相談では、「休憩時間もろくにとれないまま長時間労働を行った」と言われることが多いですが、訴訟では、「休憩時間がとれていない」という主張を行ったとしても、「いくら休憩時間がとれていないといわれても、昼飯くらい食べているだろう」という感覚で、裁判官が1日1時間の休憩時間を認定してくることが多いと思います。判決は、この保育園では京都市の定める保育士配置基準を満たす職員が確保されていなかったことや、原告が幼児クラスの一人担任を務めていて保育現場を離れることができなかったり、管理職業務も多かったこと、食事時間も「食事指導」という業務の一部であることなどから、原告は休憩をとることができていなかったと認定しました。
 定期健康診断の費用については、行政解釈においても、法により事業主に定期健康診断の実施が義務づけられている以上、当然に事業主が負担すべきものとされており(昭和47年9月18日基発第602号)、それが社会常識といえます。しかし、私がこの事件をきっかけに調べた限りでは、そんなものを労働者負担にするようなセコい職場が少ないせいか、それだけでは訴訟をやるほどの請求金額にはならないせいか、この点に関し判断した裁判例が見つかりませんでした。
 判決は、上記行政通達を引用の上で、定期健康診断の費用は使用者が負担すべきものであるとして、不当利得返還請求を認容しました。被告は、原告が被告指定の医療機関で健康診断を受けていないとの点を、原告負担とする根拠として主張していました。判決は、被告が指定医を指定していた事実自体を認めず、使用者は、労働者の負担した費用が必要性、合理性を欠く場合でない限り、償還を拒むことができないと判断し、50代の原告の健康診断費用として2~3万円程度は必要かつ合理的と認定しました。非常によい判断であるといえますし、おそらく、定期健康診断費用は使用者負担であることを明示した初めての判決だと思います。
 本判決は、論点も多く、その中に先例価値が高いといえるよい判断も多く含まれています。是非、ご参考にしていただければと思います。

 

京都成章高校常勤講師差別事件提訴の報告

京都支部  中 村 和 雄

■ 事件の概要
 原告は、1年間の有期雇用契約である常勤講師として12年間社会科の教員として勤務していたが、授業担当や校務担当・部活顧問などすべての教員業務において、無期教員である専任教員とまったく同様でした。
 原告が無期転換権を行使したところ、教員業務を外され図書館の整理業務へ配転されました。
 また、同高校では、常勤講師と専任教員の賃金規定は別に定められており、常勤講師の賃金額は専任教員に比べて著しく低いのです。さらに、専任教員は毎年賃金額が増加するのに対して、常勤講師は勤続5年を超えると賃金額が増加しない規定となっている。しかも、無期転換した常勤講師は賃金額が増加しないだけでなく、有期契約のときには支給されていた期末手当が支給されないのです。
 原告は、①配転の無効と②差別賃金の回復を求めて、本年6月30日、京都地裁に提訴しました。弁護団は諸富弁護士と私です。第1回口頭弁論期日は8月26日でしたが、まだ被告からの実質的な答弁はなく、次回以降の提出予定となっています。
■ 正規教員不足が背景
 無期契約の正規の教員のほかに有期契約の教員が多数採用され、クラス担任をもったり、クラブ活動の顧問を担当したりしている実態は全国の多くの学校でみられる。私立の学校だけではなく、公立校の現場でも正規の教員と同じように勤務している多数の非常勤の教員の存在が常態化している。学校経営を安上がりに乗り切ろうとする経営者の思惑や国や地方自治体の教育予算不足などのために、必要な数の正規教員をきちんと配置しないことが背景に存在している。
 こうした非正規教員たちは、正規教員とほとんど変わりのない激務を担当しているにもかかわらず、賃金などの待遇において大きな差別が存在している。しかしながら、次年度の契約更新の不安などから声を上げられないことは、多くの非正規労働者と同様である。
■ 本裁判の争点
 本裁判の争点は、配転命令の効力と賃金差別の是正です。以下のとおり主張しています。
(1)教員職から事務職への配置転換の有効性について
 原告の労働契約は教員職に限定されたものであり、事務職への配転は契約違反となります。今回の配転命令に合理性はまったくありません。
(2)賃金差別について
① 無期転換前の時期(2020年3月31日まで)
 労契法20条に違反 ただし消滅時効の問題はあり。
② 無期転換前の時期(2020年4月1日から2022年2月15日(or27日)
 パート・有期法9条(および8条)に違反
③ 無期転換後の時期(2022年2月15日(or27日)以降)
 パート・有期法9条(および8条)類推、民法90条に違反
■ 本裁判の意義について
 労契法20条裁判において最高裁が判決を積み上げていますが、基本給などの賃金格差については不合理とすることについて厳格な解釈を示しています。
 しかし、まったくあるいはほとんど同じ仕事をしているにもかかわらず、賃金に大きな格差がつくことを認めることはできません。パート・有期法9条の適用について認めさせていくとともに、同法8条の解釈についても同法9条との均衡を踏まえた解釈を求めていくことが必要です。
 さらに、無期転換により「有期」でなくなったからと言って、温存されている差別を放置することは許せません。無期転換後の差別については、同法の類推や民法90条の適用などによって不合理な差別を是正する解釈が必要です。
 働く者の差別是正のための一歩となる判決を求めていきます。皆さんのご支援をよろしくお願いします。

 

この10年の物故団員をしのぶ(2)

福岡支部  永 尾 広 久

 団通信1770号に「この10年の物故団員をしのぶ」をのせてもらったとき、最後に「続く」と書いたところ、続きがいつになるのか団本部に問い合わせがあったと聞いて、驚いた。もちろん、本当に続きを書くつもりだった。210頁もある冊子を通して読んだ人は少ないだろうし、私のよく知っている団員を思い出す作業は私にとっても故人を偲びながら、若いころを思い出すのはなつかしく楽しいことでもあるので、ここに続きを書いてみた。
 横浜の伊藤幹郎さんを同期の岡田尚さんが「最後まで労働弁護士」として紹介しているが、伊藤さんは私にも強烈な印象を与えた人で、忘れることができない。ほかにもたくさんの物故団員を思い出したが、今回は「続き」はなしとしたい。
佐藤 正明さん
 仙台の佐藤さんは同期(26期)なので、司法修習生になる前からの出会いもある、青法協(青年法律家協会)づくりに一緒にがんばった仲間だ。青法協の会員は直前の25期が130人、私たちは500人の3分の1を目ざしてがんばった。23期の修習修了式で阪口徳雄氏が不当にも罷免され、宮本康昭判事補が再任拒否された翌年に司法研修所に入った。司法反動の嵐が吹き荒れているなか、必死にがんばったおかげで、ついに150人を達成して結成総会を迎えることができた。司法研修所での青法協活動の中心は、先輩弁護士の案内で公害被害の現場に出かけることにあった。安中公害、川崎公害、そして忍野村の米軍と自衛隊の演習場(射撃場)を見学に出かけた。そして、青法協会員のまま裁判官になった人がいた(裁判所内で相当いじめられたと定年退職後に聞かされた。たとえば、支部や小都市への配置が多く、大阪地裁の部総括にはなりたかったのに、なれなかった、とか・・・)。
 佐藤さんは柔らかい人柄、まったくギスギスしたところのない温かさがあった。久しぶりに会うと、いつも右手を上げて「やあやあ」と優しい声をかけてくれた。
 仙台中央に長く所属したので、労働事件も数多く手がけたようだ。カネカ整理解雇事件、国鉄の分割民営化の過程で頻発した不当差別とのたたかい(中央労働委員会で勝利)など…。そして、佐藤さんは、刑事再審事件にも取り組んだ。不当にも死刑判決を受けた斉藤幸夫さん(杉山事件)を死刑台から生還させることができた。
 佐藤さんは、私と同じように日弁連では副会長として活躍した(1999年度)。司法制度改革の枠組みを議論していたころの日弁連執行部は、まさしく激動の日々にあったが、同じく50歳台前半の若さでがんばり抜いた。
 佐藤さんが仙台中央から独立して、「これからは、のんびりやるよ」と言っていたのに、宮城県知事選挙に立候補したと聞いたときにはびっくり仰天した。はったりのない人柄なので、政治家にはとても向かないと思っていたから…。幸か不幸か、当選しなくて本当に良かった(と私は思う。選挙民にとっては不幸なことだったと言うべきかもしれないけれど・・・)。
 佐藤さんは古希表彰を受けることなく、69歳で亡くなった。もっともっと長生きして後進をどしどし育ててほしかった。
辻本 章さん
 辻本章さん(27期)は熊本は八代の生まれで、私と同じ団塊世代。九大の4年生のとき、劇症肝炎で危ない目にあったとのこと。辻本さんの死因は肝ガンなので、因果関係があるのかもしれない。
 辻本さんと事件を一緒にしたことはなく、若いころは毎晩のように中洲通いしていると本人から聞かされ、すごくタフなんだねと驚いた覚えがある。といっても辻本さんはお酒は強くなかったという。小唄をやっているというのも本人から聞いて、案外に粋(いき)な人だなと感心もした。
 辻本さんは、初めは福岡綜合法律事務所(今のあおぞら事務所の前身)に入り、福岡空港騒音訴訟や一人暮らし裁判を担当した。
 独立して辻本法律事務所を開設してからは、顧問会なる中小企業の社長たちを組織した組織をつくって25年以上も活動を続けた。これはすごいことだ。そのときどきの新法を解説したり、判例をかみくだいて説明することをずっとやってきたわけで、これで顧問先との固いきずなが維持された。見習うべき活動だ。
 辻本さんは小唄のほか、囲碁も麻雀も趣味とした。いずれも私はやらないので、その腕前のほどは知らない。そこそこ強かったのではないかと思うけれど、よく決断できるというか、あきらめも早いので、のめりこむということはなかったのではないか(真相は不知)。
 そして、脊柱管狭窄症に悩むようになってからは、配偶者の辻本育子さん(福岡の女性協同法律事務所を原田直子さんと二人ではじめた。日本のセクハラ事件のパイオニア。最近、弁護士を廃業した)と二人して近郊の山を歩くようになった。「山を歩くと元気になる」と言って、あちこちの山をのぼったようだ。しかも、なんと、亡くなる4日前まで歩いたという。「今日は1000歩あるいた」とか言って、最後まで前向きに、あくまで生きる意欲を失うことがなかった。
 いよいよ最後の日、延命措置を望むかどうか問われたとき、辻本さんは、こう答えた。
 「4年9ヶ月か、しゃあないなー、まっ、いっか」
 いかにも辻本さんらしい返事だ。この4時間後に辻本さんは彼岸に旅たった。享年72歳。まだまだ元気に活躍してほしかった。
宮原 貞喜さん
 佐賀県唐津市で弁護士(32期)として活動していた宮原さんも、私と同じ団塊世代だ。
 福岡第一法律事務所で2年ほど修業したあと、唐津市に法律事務所を構えて活動をはじめた。宮原さん自身は唐津市に縁がなかったようだけど、唐津出身の吉野高幸弁護士(元・北九州第一)とは配偶者同士が姉妹の関係になるので、その影響は大きかったのではないか(根拠の乏しい憶測)。
 宮原さんが唐津に移住した1983年というのは、サラ金そしてクレジット被害が社会的に大問題になっていたころなので、宮原さんも当然その渦に巻きこまれて奮闘した。私とも、その接点で結びつきがあった。クレジット・サラ金被害者の九州ブロック交流集会を唐津市のそばの浜玉町で1999(平成11)年6月に開いたときには240人もの参加があり、大盛況だった。
 自由法曹団の福岡・佐賀支部の団員の交流会である「弱小辺境事務所交流会」を1984年11月に唐津市で開いたときは、秋の唐津おくんち(祭り)にあわせたので、このお祭りを特等席で見物することもできた。もう1回、1994年に開いた交流会のときには、海の自然環境保護の話を専門家から聞くことができた。このとき、宮原さんは海釣りによく行っていて、釣りは面白いよと本人から聞いた。
 地域に根ざす自由法曹団員が否応なく取り組まざるをえないものとして、住民訴訟がある。行政の違法・不当をただすべく怒りに燃える市民とともに裁判に訴える。だけれど、なかなか勝訴できない現実がある。ほとんどの裁判官は権力者の不正を断乎としてただすという気概に欠け、乏しいことによる。そこを励まして奮い立たせるのが弁護士の役割だと頭では分かっていても、目の前の裁判官たちの顔を見ると、「やっぱり、ダメか・・・」と、溜め息をつくことが多い。本当に残念だ。私が裁判官評価アンケートにずっと熱心に関わっているのも、この現実をなんとかして変えたいという願いからだ。団員のなかに裁判官を少しでも良い方向に変えようとする、この取り組みに無関心な人が少なくないのが残念でならない。
 宮原さんは、オンブズマン活動に協力して唐津市長の不正支出をただす行政訴訟に取り組み、また佐賀県のコピー費を水増し支出して裏金づくり(なんと6億4千万円)をただす訴訟に東島浩幸団員らとともに取り組み、大きな成果をあげた。さらに、懇談会出席者名を非開示とした処分の取り消しを求める訴訟でも勝訴した。やる前からあきらめずに取り組むことの大切さを教えてくれる。宮原さんは、高校生向けの消費者教育にも取り組んでいた。若い人たちに団員の活動をもっともっと広めたい、知らせたいものだ。
 宮原さんも古希を迎えることなく67歳で亡くなった。好きな魚釣りしながらでも、弁護士として地域での地道な活動をもっとしてほしかった。宮原さんの照れ笑いをつい思い出してしまう。
 今、唐津市には宮原さんと一緒にやっていた吉野建三郎団員(吉野高幸団員の三男)が引き続きがんばっている。

 

次長日記(不定期掲載)

永 田  亮 神奈川支部 

 差別問題対策委員会で企画をし、2022年8月21日、自由法曹団とLAZAK(在日コリアン弁護士協会)の共催で京都ウトロ地区の放火現場及びウトロ平和祈念館の現地調査を行いました。先の福山団員、青龍団員の投稿にあるとおり、差別やヘイトクライムの卑劣さと、人権を勝ち取っていくウトロの人たちの力強さの両方を感じる、とても勉強となる機会となりました。10月24日の総会後の半日旅行でもウトロ平和祈念館の訪問が企画されておりますので、ご興味のある方はぜひご参加ください。
 なお、京都に行く機会があるときにはできるだけ寄るところが3つあります。1つには、自由法曹団で次長も務められました、事務所の先輩でもある阪田勝彦団員のお墓参りです。阪田団員は2014年12月に亡くなられたので、67期以降の人は知らないと思いますが、建設アスベスト訴訟を始め、多くの人権活動に尽力されました。いまお元気だったら事務局長とかやっていたでしょう。私にとって、全然追いつけない遠い目標ですが、お墓参りのたびに「アスベストは最高裁で勝ちましたよ」とか「団本部の次長になりましたよ」とか報告をしております。阪田団員は、八坂神社の隣にあります大谷祖廟の共同納骨堂でお休みされておりますので、全国の皆様も10月の京都総会の折、もしよろしければお顔を見せていただければと思います。
 あとの2つはしょうもない話で、私がこよなく温泉を愛しておりますので、京都に着いたら、気軽に天然温泉に浸かれる西京極大門町の「天翔の湯」でひとっ風呂浴びます。京都駅からバス一本で行けるのに金属感と塩気のあるいいお湯が湧いていますのでオススメです。お風呂を上がると、私はこよなくクラフトビールも愛しておりますので、またバスに乗って烏丸御池に向かい「BEER PUB TAKUMIYA」で「京都醸造」など関西地方を中心とした各地のクラフトビールを飲みます(すぐ帰らないと行けないときは京都駅近くの「CRAFT HOUSE KYOTO」でも美味しいビールが飲めます)。ウトロ現地調査で京都に行く機会を作れて、3つとも行けたのでとても有意義な夏休みとなりました。
 京都のウトロ現地調査もそうですが、差別やヘイトとのたたかいの中で学ぶことは非常に多く、当事者の熱量やそれと一緒にたたかう弁護士の力など、弁護士として重要な経験になっています。一方で、そういった取組みの中で日本各地を訪れる機会がありまして、一介の風呂好きビール好きとしては各地の湯に浸かり、各地の酒を浴びる良い経験をさせていただいております。
 慰安婦問題に関する訴訟で札幌に伺った際は、弁護団の方にご紹介いただいた「豊平峡温泉」でのびのび天然温泉に浸かり、クラフトビールのお店で「ノースアイランドビール」や「ホップコタン」のビールをいただきました。
 懲戒請求関係で神戸地裁に行く機会があったときは、有馬温泉の「太閤の湯」で金泉銀泉に浸かり、そのまま三宮に出て「HOP STAND三宮店」で焼き鳥と「六甲ビール」に舌鼓を打つのが定番となりました。
 福岡に行くと、天神にある「ビアキチ」でしこたまクラフトビールを立ち飲みして一泊し、朝から二日市に向かって「二日市温泉 博多湯」で硫黄の臭いに包まれて、そのまま高速バスで空港に出て帰るのがルーティーンです。
 ここ数年で大のお気に入りになったのが、香川です。裁判の後には「仏生山温泉」のまるで化粧水のようなお湯に浸かります。そのまま瓦町近辺で飲むこともありますが、基本はそのまま丸亀に足を伸ばして、ビールを醸造していてその場で飲める「ミロクビール」で気の向くまま飲んで、〆にうどんを食べます。香川には他にも「さぬき温泉」という良いお風呂がありますし、小豆島に行くと「まめまめビール」という麹やもろみを使った珍しいビールが飲めます。
 つい先日は大阪高裁に行く機会がありましたので、安原次長オススメのカレーうどんを食べつつ、「箕面ビール」の直営店で美味しいビールを頂きました。
 いろんな地域で飲んでいますと、隣り合った人とおしゃべりしてオススメのお店を教えて貰えますし、何ならそのまま二軒目になだれ込んだりして、その地域の人たちのあたたかさをヒシヒシと感じます。まだ行ったことのない地域には、人権課題ももちろんありますが、まだ見ぬ温泉とビールが待っていると思いますので、今後も探求を続けたいと思います。
 ビールの話ばかりをしましたが、食べ物に合うのであれば、日本酒でもワインでも焼酎でも泡盛でも何でも飲みます。阪田団員もお酒が好きでしたから、短い間ではありますがいろんなお酒を飲みながら人権問題や裁判についてのお話をいろいろとしました。全国の団員の皆様、各地の人権課題の取組みや阪田団員との思い出話と併せて、オススメの温泉や飲み屋情報もお待ちしております。

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